IDESコラム vol. 64「心に“ささる”メッセージ」

感染症エクスプレス@厚労省 2022年3月18日

IDES養成プログラム7期生:桝永 萌

 みなさま、はじめまして!感染症危機管理専門家(IDES)養成プログラム7期生の桝永萌(ますなが もえ)と申します。7期生として本コラムに寄稿するトップバッターですので、まず、我々のことについて少しご紹介致します。IDES7期生は、総勢6名、そのうち4名が女性です。年齢もバックグラウンドも様々で、なかなか多様性に富んでおります。私を含め全員小さい子どもがいます。もし、感染症エクスプレスをお読みの方でIDESに興味があって家庭の状況等で躊躇されておりましたら、ぜひ結核感染症課にご相談されることをお勧めします。

 2021年4月、コロナ禍まっただ中にIDESプログラムに入り、あっという間にもうすぐ1年。周囲のみなさまのおかげでいろいろと貴重な経験をさせて頂けたと感じております。さて、IDES養成プログラム期間中は、新型コロナウイルス感染症以外にも結核感染症課の様々な業務をローテーションで経験します。本日は、現在私が担当している、風しんについて書かせていただきつつ、厚労省のお仕事についてご紹介できればと思います。

 風しんは、発熱、倦怠感といったいわゆる感冒様症状の他に、発疹が出るのが特徴です。飛沫感染で、感染者のせきやくしゃみで人から人へ伝播します。一般的には症状は軽く、無症状の人もいるくらいですが、非常に感染力が高く、一人の感染から周囲の5~7人にうつる可能性があると言われております。一番心配なのが、妊婦に感染すると胎児の発育に影響し、生まれてくる子どもに先天性心疾患や難聴、精神発達遅滞などがおこる(先天性風しん症候群(CRS))可能性があることです。人類にとって幸運なことに、風しんはヒト以外に自然宿主はなく、ワクチンで予防できる疾患です。そのため、世界保健機関(WHO)は、ワクチンの接種を推進すれば風しんを社会から完全に排除することが可能だ!と宣言し、Global Vaccine Action Plan(GVAP)においては、世界の全ての地域において風しんを排除することを目標に掲げております。なんと、既に欧米では、ワクチン接種キャンペーン等により10年程前に風しん“ゼロ“が達成されている国もあります。我が国でも、先天性風しん症候群の予防や風しんのまん延防止のために1976年に風しんを定期の予防接種の対象疾患に加えて以降、風しんワクチンの接種を推進しています。その努力が実を結び、1990年頃までは毎年推計数十万人の方が風しんに感染していましたが、2005年には年間数百人台まで減少しました。風しんは、いつの間にか、身近な疾患ではなくなってきております。

 しかし、完全排除となるとなかなか難しいところで、流行は未だ数年毎に発生しております。2012年には1万人以上、2018年にも数千人規模の患者が発生しました。この原因となっているのが、風しん抗体保有率が低い世代の存在です。我が国の風しんに対する定期接種は、女性や子どもから開始され、徐々にその対象範囲が拡大されたため、1962年4月2日~1979年4月1日生まれ(2022年4月2日時点で43歳~60歳)の男性は、1回も公的にワクチンを接種する機会が無かった世代となっております。この世代の男性は国内に1800万人程度(日本の人口の14%程度ですね!)なのですが、ここから風しんが広がる可能性が危惧されております。

 そこで、厚生労働省は、2019年から3年間、『風しんに関する追加的対策』として1962年4月2日~1979年4月1日生まれの男性に自治体からクーポン券を配布し、原則無料で風しん抗体検査と、検査の結果必要な方にはワクチンも受けられるようにしました。残念ながら、新型コロナウイルス感染症の影響等により、クーポン券の利用率は目標に掲げていたほどには上がりませんでした。こうした事情もあり、本対策は3年間延長されることになりました。2024年度までですので、このコラムを読んでいる皆様も、是非周知にご協力下さい。

 私の結核感染症課での風しんの業務は、この風しんのクーポン券をなるべく多くの対象男性に使って頂けるようにすることです。2019年からの対策では、特に、職域で風しん抗体検査を実施していただけるような体制作りが行われました。40代、50代の男性は働き盛りで、責任ある立場の方も多いだろう事が想定されます。忙しい方でも仕事を休むこと無く風しん抗体検査を受けられるように、職場の定期健康診断等と同時に風しん抗体検査を実施していただけるよう、各所へご協力をお願いしています。クーポン券は、①職場の定期健診等の機会、②医療機関・健診機関の個別健診や人間ドック受診の機会、③医療機関受診の機会に使用できます。風しんの抗体検査のためだけだとなかなか行動に繋がらない方でも、何かのついでであれば抗体検査を受けてくれるかも!と期待しております。今般の延長でも、さらにクーポン券の利用のハードルが下がるように頭をひねっています。

 また、風しん対策についても、どう情報発信すれば、対象男性に“ささる”か、皆で頭を悩ませております。クーポン券を貰った人が、風しんの抗体検査が必要だと考え、クーポン券を使うという行動をとる、これが非常に難しいなと感じます。実は、20年前程前は風しんに実際に罹る方も多く、高齢の方ほど風しんの抗体を自然に持っています。ワクチンを1回も接種していない対象男性では、8割弱の方が風しんの抗体を持っています。本施策は、まずワクチンが必要かどうかまず抗体検査を受けてチェックをしましょう。検査した方のうち、5人に1人はワクチンが必要な可能性があり、抗体検査の結果で必要だと判明したらワクチンも打ちましょうという2段階の建て付けになっております。コロナのおかげでワクチンによる免疫について一般の方にも認知度が高まっておりますが、我々の掲げる目標値は、対象男性の抗体保有率90%以上です。5人中4人の方は、ワクチンは必要ないかもしれませんが、周囲も自分も安心して過ごせるように、抗体検査を受けて、結果を確認頂きたいと考えております。


<性別世代別風しん抗体保有率>

 

 先日の2月4日は、「風しんの日」でした。 (風(=2)しん(=4)にちなんで、毎年2月4日を「風しんの日」とし、風しんの啓発イベントをやっております!)「風しん理解促進Zoomウェビナー」を開催し、元サッカー日本代表の武田修宏さんと中澤佑二さんにゲストとしてご参加頂き、大盛況でした。武田さんは、風しんが妊婦の方や赤ちゃんに影響が大きいことを踏まえ、独身であることに言及されると、ワクチン接種の重要性を訴えつつ「パートナーをすぐに探したい」とユーモラスにお答えいただきました。中澤さんは、「大丈夫だという結果を知ることで安心した」とおっしゃっておりました。誰かと一緒にいたいという欲求は誰にでもあり、「誰かと安心して一緒に過ごすために」というのは年代にかかわらず、“ささる”メッセージなのかなと、ほっこりしました。忙しいことも多いですが、こういう瞬間、厚労省のお仕事に関われて良かったなと思うIDES生活です。
 
 
<参考>
・第46回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会・第57回厚生科学審議会感染症部会(合同開催)資料
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/shingi-kousei_127717.html
・風しんの定期接種制度の変遷について IASR Vol. 40 p130-131: 2019年8月号
・厚生労働省ホームページ「風しんの追加的対策について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/rubella/index_00001.html
・日刊スポーツ「54歳武田修宏氏「パートナーをすぐに探したい」独身謳歌とツッコまれ結婚願望アピール」(2022年3月9日)
https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202203090000164.html
・WHO Global Vaccine Action Plan
https://www.who.int/teams/immunization-vaccines-and-biologicals/strategies/global-vaccine-action-plan
 

 (編集:松下 愛美)
  • 当コラムの見解は執筆者の個人的な意見であり、厚生労働省の見解を示すものではありません。
  • IDES(Infectious Disease Emergency Specialist)は、厚生労働省で平成27年度からはじまったプログラムの中で養成される「感染症危機管理専門家」のことをいいます。

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