IDESコラム vol. 35「2019年といえば」

感染症エクスプレス@厚労省 2019年1月11日

IDES養成プログラム3期生:市村 康典

こんにちは。IDES3期生の市村康典です。
新年を迎えて第1回目のコラムとなります。本年もよろしくお願いいたします。2019年にちなんだ感染症についてお話しします。

今から10年前の2009年、新型インフルエンザ(A/H1N1)がメキシコで確認され、世界的大流行となり、我が国でもその対応に追われたことを覚えていらっしゃる方も多いかと思います。さらに遡ること100年前、俗に「スペインかぜ」と呼ばれるスペインインフルエンザの大流行(1918-1919年)が起こっていました。
この「スペインかぜ」の大流行は、歴史的に見ても、14世紀のペスト(黒死病)などと並んで、感染症として非常に大きな規模でした。「スペインかぜ」は3波にわたり世界的に流行し、患者数は世界人口の25-30% あるいは世界人口の3分の1ともいわれ、死亡者数は、全世界で4000万人とも、5000万人とも、1億人ともいわれています。ちなみに、「スペインかぜ」と言われるのは、当時は第一次世界大戦の最中でもあり、米国やヨーロッパではこの大流行について厳しい情報統制のために発表が制限される中で、中立国であったスペインでは報道はそのような検閲を受けず、国王が罹患したことを含めて多く取り上げられたために、スペインが大きな被害を受けている印象を世界にもたらして「スペインかぜ」と呼ばれるようになりました。

日本でも、スペインかぜは2波にわたる大きな流行がみられました。内務省衛生局の統計では、「流行性感冒」として記載された統計上の総患者数はおよそ 2300 万人にのぼり、死亡者数は 39 万人と報告しています。当時の日本の人口が約5670万人であり、日本への大きな影響が想像できます。2度の大流行の前にも、世界的な第1波の時期と合わせて「かぜ」が国内各地の軍隊や力士で流行し、「力士風邪」という言葉もつけられていました。日本も、世界的な感染症の流行の影響を受けることが、この時期での出来事からも理解されるかと思います。

現在私がいるイギリスでも、「スペインかぜ」は猛威を振るったことが記録されています。当時3800万人であった人口の約4分の1が罹患し、死亡者数は22万8000人であったと報告されています。中でも、第一次世界大戦が終戦をむかえ、非常に多くのひとびとが広場などに集まって終戦を記念した写真が多く残されていますが、このようにひとびとが密集したことが「スペインかぜ」流行の一因になったとも言われています。本コラムvol. 32(昨年12月)の船木さんも書いているように、特定の期間に特定の場所に沢山の人々が集まることは「マスギャザリング」、マスギャザリングをもたらす出来事を「マスギャザリングイベント」と表現されます。上記のことも、マスギャザリングの感染症に対するインパクトを示す1つの例である思います。

さて、歴史の振り返りから戻り、本年2019年について考えてみると、日本はこの一年にいくつかのマスギャザリングイベントを迎えます。主なものとしては、G20大阪サミット・関係閣僚会合(5月11日から11月23日の期間内)ラグビーワールドカップ2019日本大会(9月20日から11月2日)があります。御存知の方も多いかと思いますが、ラグビーワールドカップは、世界で最も大きなスポーツイベントの1つであり、FIFAワールドカップやオリンピック・パラリンピック競技大会に次ぐ規模とも言われ、前回2015イングランド大会では250万人もの観客動員数でした。2019日本大会は、札幌、南は熊本までの12都市で開催され、59自治体52件が公認チームキャンプ地として内定しています。つまり、海外から選手や観光客の訪問を日本全体でむかえることとなります。

「スペインかぜ」でのエピソードからも考えられるように、マスギャザリングイベントを迎える場合には、感染症の観点からも対策が重要です。関係機関の協力体制の構築、事前のリスク評価、サーベイランス体制を含めた国内外の情報収集・情報共有、それぞれ適切な対象への情報発信、外国語での対応など多くの準備が必要となります。また、人やモノの動きが大きくなるために、世界の感染症の動向にもより注意を払う必要があります。このような状況において、我々IDES生は、感染症と危機管理の対策を行う上で本プログラムを通して学び経験したことを踏まえて微力ながらも貢献していきたいと考えています。

本年2019年は、日本への注目が増すとともに、日本の実力について評価される機会が増えていきます。過去の経験から学び、しっかりと準備を行ったうえで我が国でのマスギャザリングを迎えることは、日本の感染症対策にとっても試金石となるのではないでしょうか。そのためには、日本で感染症対策に従事していらっしゃる、または関心をお持ちの本コラムをお読みの方々みなさまのお力も必要になるかと思います。今年一年を振り返った時に、日本がマスギャザリングの開催国として、特に感染症への対策について、その任務を無事に務められたと安堵できるような一年となるよう力を尽くして参ります。

参考
国立感染症研究所感染症情報センター インフルエンザ・パンデミックに関するQ&A: 
http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/pandemic/QA02.html
Public Health England Vaccine update: Issue 289 - December 2018:
https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/766857/VU_289_December_2018.pdf
東京都健康安全研究センター 日本におけるスペインかぜの精密分析:http://www.tokyo-eiken.go.jp/sage/sage2005/
逢見憲一 J. Natl. Inst. Public Health, 58(3): 2009 公衆衛生からみたインフルエンザ対策と社会防衛 ―19世紀末から21世紀初頭にかけてのわが国の経験より―
ラグビーワールドカップ2019日本大会公式ホームページ:https://www.rugbyworldcup.com/?lang=ja

(編集:成瀨浩史)

●当コラムの見解は執筆者の個人的な意見であり、厚生労働省の見解を示すものではありません。
●IDES(Infectious Disease Emergency Specialist)は、厚生労働省で3年前の平成27年度からはじまったプログラムの中で養成される「感染症危機管理専門家」のことをいいます。
 
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