第3章 労働時間・賃金等の動向

2023年の労働時間は、総じて前年から横ばいとなり、一般労働者では微増、パートタイム労働者では微減であった。産業別にみると、「運輸業,郵便業」については、一般労働者、パートタイム労働者ともに、労働時間が長く、特に、一般労働者の所定外労働時間が長い。このほか一般労働者においては「宿泊業,飲食サービス業」、パートタイム労働者では「製造業」が高水準となった。また、年次有給休暇の取得率については、働き方改革の取組を背景に上昇傾向であり、2023年調査で過去最高を更新した。
 賃金について、現金給与総額は所定内給与、特別給与の増加により、3年連続で増加している一方、実質賃金は物価高により減少した。一般労働者については、特に所定内給与と特別給与の増加がみられ、所定内給与については、2023年の春季労使交渉での賃上げなど、特別給与については、経済社会活動の活発化に伴い、経常利益拡大等がみられたことなどから、増加したものと考えられる。パートタイム労働者の現金給与総額については、最低賃金の引上げや同一労働同一賃金の取組の進展等による所定内給与の増加から、大幅な増加となった。産業別現金給与総額では、「運輸業,郵便業」「宿泊業,飲食サービス業」等で増加がみられた。
 賃上げについてみると、2023年は、30年ぶりの高水準となった春季労使交渉を受け、比較可能な1999年以降、改定額、改定率ともに最高であった。2024年にもこうした流れは続いている。
 本章では、こうした状況の中で、2023年の労働時間・賃金・春季労使交渉等の動向について概観する。

第1節 労働時間・休暇等の動向

2023年の月間総実労働時間は横ばい圏内、働き方改革の取組の進展等を背景に、長期的には減少傾向

まず、労働時間の動向についてみていく。第1-(3)-1図は、従業員5人以上規模の事業所における労働者一人当たりの月間総実労働時間(以下「労働時間」という。)の推移をみたものである1。これによると、労働時間は、働き方改革の取組の進展等を背景に、長期的には減少傾向で推移している。2021年以降は、経済社会活動の正常化に伴い、労働時間の増加がみられたものの、2023年は、横ばい圏内で推移した。
 労働時間を詳細にみていく。労働時間は所定内労働時間2、所定外労働時間3に分けられるが、2018年以降は、どちらも減少傾向で推移しており、2020年は感染症の影響などにより大幅な減少となった4。2021年以降は、所定内労働時間、所定外労働時間ともに増加がみられた。2023年は、どちらも横ばい圏内で推移しており、2019年よりも低い水準で推移している。

2023年の一般労働者の労働時間は前年から増加、パートタイム労働者では横ばい圏内

次に、就業形態別に動向をみてみよう。第1-(3)-2図(1)により、一般労働者5の労働時間の推移をみると、2018~2020年まで減少、2021年以降は経済社会活動の正常化とともに増加がみられた。詳細にみると、2021年以降は、所定外労働時間は増加したが、2023年においては、所定内労働時間は増加、所定外労働時間は横ばいであった。また、同図(2)によりパートタイム労働者の労働時間の推移をみると、2013年以降、減少傾向で推移している中、感染拡大の影響により、2020年に大きく減少しており、それ以降は横ばい圏内となっている。

パートタイム労働者比率は長期的に上昇傾向。一般労働者の所定内労働時間がプラスに寄与したことから、労働時間は増加

就業形態別の労働時間の変化は、全体の労働時間の増減に、どの程度、影響しているのだろうか。第1-(3)-3図(1)は労働時間の前年差を就業形態別に要因分解したものである。これをみると、2023年においては、一般労働者の所定内労働時間がプラスに寄与したことから労働時間が微増した一方、パートタイム労働者の構成変化とパートタイム労働者の労働時間がマイナスとなっている。これは、相対的に労働時間が短いパートタイム労働者比率が上昇していることに加え、パートタイム労働者の労働時間も短くなっていることが背景にある。
 そこで、同図(2)により、パートタイム労働者比率をみると、長期的に上昇傾向にある。2020年には感染症の影響を受けて女性を中心にパートタイム労働者が減少したことにより、一時的に低下したが、2021年以降は上昇が続いており、2023年は過去最高水準の32.2%となった。これは、経済社会活動が正常化したことに伴う労働力需要の増加に加え、最低賃金引上げや処遇改善のほか、多くの労働者が働きやすい環境整備が進んだことなどにより、女性や高齢者の労働参加が進み、パートタイム労働者が増加したことによるものと考えられる。

一般労働者では「建設業」「運輸業,郵便業」「宿泊業,飲食サービス業」、パートタイム労働者では「製造業」「運輸業,郵便業」の労働時間が長い

続いて、産業別に労働時間をみてみよう。産業別労働時間について、一般労働者では、「建設業」「運輸業,郵便業」「宿泊業,飲食サービス業」、パートタイム労働者においては、「製造業」「運輸業,郵便業」が他の産業と比べて労働時間が長く、これらの産業は、いずれも所定外労働時間が長い。また、「情報通信業」においては、DXなどのIT関係の需要増に伴い6、一般労働者、パートタイム労働者とも感染拡大前の2019年の水準を上回っているが、「宿泊業,飲食サービス業」においては下回っている。

週60時間以上就労雇用者の割合は近年低下傾向にあり、2021年以降横ばい傾向で推移

長時間労働の状況を確認するため、第1-(3)-5図(1)により、週60時間以上就労している雇用者(以下「週60時間以上就労雇用者」という。)の割合の推移をみると、男女ともに2020年までは低下傾向で推移している一方、2021年以降は横ばい圏内となっている。
 同図(2)により、年齢階級別の週60時間以上就労雇用者の割合をみると、長期的にはおおむね全ての年齢階級において低下傾向で推移しており、2018年以降、全ての年齢階級で10%を下回っている。特に、比較的高い水準で推移している25~54歳までの年齢階級において低下傾向が顕著である。働き方改革における労働時間の上限規制が中小企業にも適用されたことなどにより7、2020年に大きく低下しており、2021年以降、ほぼ全ての年齢階級で横ばい圏内となっている。

年次有給休暇の取得率は働き方改革の取組を背景に上昇傾向。2023年調査で過去最高を更新

ここでは、年次有給休暇の取得率についてみていく。第1-(3)-6図(1)をみると、2016年調査(2015年の状況)以降、働き方改革の取組の進展8もあり、取得率は男女計では8年連続で上昇しており、2023年調査(2022年の状況)は、1984年の調査開始以降初めて6割を超えた。男女別にみると、2016年調査(2015年の状況)以降、男女ともに上昇傾向となっている。
 また、同図(2)により、企業規模別にみると、2016年調査(2015年の状況)以降、全ての企業規模で取得率が上昇傾向となっており、2023年調査(2022年の状況)も、全ての企業規模で取得率が上昇している。規模が大きい企業ほど取得率が一貫して高い傾向にあるが、30~99人規模企業が2020年調査(2019年の状況)で5割を超えるなど、近年、中小企業においても取得率が上昇している。
 同図(3)により、産業別にみると、この10年間で、特に「医療,福祉」「建設業」「卸売業,小売業」「宿泊業,飲食サービス業」等の取得率が大きく上昇していることが分かる。

コラム1–2 物流業界における2024年問題に向けた取組について

働き方改革の一環として、労働基準法(昭和22年法律第49号)において、時間外労働の上限が規定され、2019年4月(中小企業は2020年4月)から施行された。自動車運転の業務においては、業務の特性や取引慣行の課題等から適用が5年間猶予9され、2024年4月から上限規制が適用されることとなった10。上限規制の適用により、特にドライバーの健康を害しかねないような長時間労働が是正されることが期待される一方で、長距離輸送の困難化が懸念されるなどのいわゆる「物流の2024年問題(以下「2024年問題」という。)」も指摘されている11。経済社会活動に必要不可欠な物流を維持していくためには、物流現場の取引環境や労働時間の改善について、トラック事業者の努力のみならず、荷主企業や物流を利用する関係者で一体となって取り組んでいくことが重要となっている12
 本コラムでは、そうした物流業界の課題を解決する取組として、①「リレー輸送」や「シャトル便」を行っている株式会社朝日通商、②モーダルシフトを実施している山九株式会社について紹介していく。

株式会社朝日通商

株式会社朝日通商は1970年に創業し、建材、紙、食品等の荷物を扱う輸配送事業を始めとして、倉庫事業、3PL事業、販売支援事業、国際事業を展開している(従業員数306名(グループ全体425名)(2024年3月時点)、本社:香川県高松市)。
 人手不足解消に向けた働き方改革として、①新しい輸送方式の確立、②労働条件の整備、③ITの活用による業務効率化の三つの取組を2019年から開始した。
 まず、新しい輸送方式の確立については、従来課題となっていたトラックの長距離運行における拘束時間の長さ13に対処すべく、新しい輸送方式として、長距離輸送で「リレー輸送」を14、中距離輸送で「シャトル便」を確立した。
 リレー輸送では、一つの行程を複数の運転手で分担する。2地点からトラックが同時に出発し、中継地点で運転手が入れ替わり、相手が乗ってきたトラックに乗って、中継地点から出発地点まで引き返す。同社は、業務提携先の他社の運転手と分担して一行程を担っている。きっかけは、運転手の休息時間の確保と顧客のニーズの両立だった。四国から関東までは距離があるため、ワンマン運行の場合には、改善基準告示を遵守すると、顧客のニーズに応じた短納期にすることが難しいという課題があった。
 リレー輸送を始めたことで、労働時間が短縮され、毎日自宅へ帰ることができ、プライベートの時間も確保できるようになった。具体的には、拘束時間が1日当たり2時間30分減少した。また中継地点では運転手が入れ替わるだけで、技術が必要な荷物の積卸し業務がないため、運転業務のみのポストもでき、比較的体力のない人でも運転手を務められるようになった。実際に、女性ドライバーの採用も増えてきており、同社では1名だが、グループ会社では5名が活躍している。
 運転手に多様な選択肢が生まれただけではなく、荷主にとっても次のようなメリットがある。日帰り運行では、トラック内に車中泊用のベッドスペースを設ける必要がないため、一般的な長距離輸送よりも積載できる荷物が増加した。なお、一行程に携わる運転手の人数が増えても、運転時間に変動はないため、同社の労務費は変わっていない。中継地点での待ち合わせは、休憩時間と中継地点への到着時刻が重なるように運行を工夫したり、交通渋滞の際は渋滞に巻き込まれていない方のトラックが近くまで向かうなどして柔軟に調整したりしている。
 リレー輸送の運行地域も徐々に広げているところだが、検討課題も残っているという。現在のルールでは、トラックを交換する際にサービスエリアを利用することができないため、高速道路から一度出て一般道路沿いの広場まで行く必要があり、その分のコストと時間が課題となっている。また、近年、運転手の給与もあがっており、運賃の引上げ等について荷主から理解を得ることも課題である。ただし、「物流革新に向けた政策パッケージ(令和5年6月2日)」の中にも運賃に関する内容が含まれたことやトラックGメン15の活動によって、顧客の理解も徐々に得られるようになり、以前よりも運送会社の方針を取り入れた一定水準以上の賃金体系を受け入れてもらえるように状況が改善されつつあるという。
 シャトル便は1日で香川と関西を往復運行する方式だ。元々は、輸送した翌日に荷卸しを行っていたため、往復に2日間要していたが、荷卸しの時間を荷主と調整することで、一行程あたりに要する時間が短縮され、シャトル便の方式を採用することが可能となった。これまでの運行よりも、タイトなスケジュールになるため、目的地到着後すぐに荷卸しができるような体制を顧客に準備してもらう必要があり、荷主の協力が不可欠となる。まだ体制が整っていないところでは、引き続き荷主へ協力を要請していくことも必要であるが、作業時間の短縮のためにフォークリフト等の機械を使った荷役ができるよう、パレット16の活用等も進めていく必要があるという。
 リレー輸送とシャトル便どちらにおいても、運転時間や距離等がほぼ一定のため、安定した収入につながっているという。また、2023年4月に全ての社員に対して、基本給を4%引き上げた。現時点では、二つの方式は勤務時間帯が異なるため、安全衛生の観点から双方を組み合わせて勤務することができないが、今後勤務時間帯の調整がかなえば、より柔軟な勤務が可能になると考えているという。
 次に、労働条件の整備については、2020年4月から週休2日制を導入し、年間休日を95日から119日へと増加させた。こうした取組を導入するきっかけとなったのは、新卒ドライバーの採用活動の際に高等学校の先生が、学生が仕事を選ぶ際の条件として「屋根の下で働けて、休みが100日以上、毎日家に帰れる」という三つをあげていたことであったという。
 さらに、ITの活用による業務効率化も積極的に進めている。自動配車システムの導入、モバイル端末によるナビゲーションシステム(以下「ドライバーナビ」という。)の導入、受発注のデジタル化、日報の電子化等、運転手に直接関わる業務から、バックオフィス業務まで幅広く改革を行っている。
 自動配車システムは、荷物・車両・時間の情報を取り込んでAIが最適な配車を自動で行う仕組みだ。リレー輸送の配車組みはパターンが複数あり、開発に時間がかかっている状況(2024年4月時点)だが、間もなく稼働の予定だという。ドライバーナビは、デフォルト機能の道案内のほかに、荷役・積み付けの状態や事故の注意ポイントの情報の提供を行い、業務の標準化や輸送の安全・品質の確保につなげている。経験年数の少ない運転手の業務補助としても機能しているという。
 発想の転換による新たな輸送方式の確立や、運転手の労働環境や待遇の改善等、エッセンシャルワーカーである運転手の生活を中心に据えて新たな取組の可能性を広げていった同社の事例は、運転手の負荷軽減と物流維持の両立を実現していくための手がかりとなり得るだろう。

山九株式会社

山九株式会社は、国内外の運送事業に加え、倉庫事業や機工事業等、幅広い物流サービスを展開する大手総合物流企業である(従業員数12,235名(2024年3月時点)、本社:東京都中央区)。同社は2024年問題への対応の一環としてモーダルシフトを実施しており、これまでも(一社)日本物流団体連合会による「モーダルシフト取組優良事業者賞」や「物流環境大賞特別賞」を受賞するなど、同取組で注目されている。
 モーダルシフトとは、これまで行われていたトラックによる長距離輸送を、船舶や鉄道を利用した輸送に転換する取組であり、環境負荷の低減やトラック運転手の拘束時間削減の効果が期待されている。同社では船会社や鉄道会社と協力しながら、化学品や鋼材等の長距離輸送をフェリー・RORO船17・コンテナ船の定期航路や鉄道の定期線の利用へと転換しており、トラック輸送は集荷先・配送先~近くの港・駅間に限って実施している。なお、船舶による長距離輸送の際には、トラック運転手が船舶に乗り込む場合には乗船中は原則休息扱いとなるが、航路間にトラック運転手が同乗する必要がないよう、トレーラー部のみを船載した無人航走にも取り組んでいる。
 同取組の結果、ある荷主のトラック長距離輸送において年間運転時間を87.3%削減できたという。また、バース18予約・受付システムの導入により不要な待機時間を削減する取組や、荷役のパレット化・トラック運転手による自主荷役の廃止により荷役時間の削減の取組等を推進している。
 一方、モーダルシフトは天候の影響等を受けやすいため、リードタイム19延長の可能性や、輸送コスト上昇の可能性がある。そのため、同取組の推進にはこうした課題に対する荷主の理解が不可欠となる。同社は今後もモーダルシフトをはじめ、脱炭素社会の実現及び運転手不足の解決に積極的に取り組み、持続可能な社会に貢献していきたいとしている。

コラム1–3 地域公共交通の人材確保に向けて~バス会社の取組について~

生活圏を支える路線バスは地域公共交通の「最後の砦」といわれるが、バス運転手の深刻な人手不足から20、既に全国でバスの減便が相次ぎ、人々の生活への影響が指摘されている。人手不足が深刻化する中、働く人の健康を保ちながら、同時に地域住民の生活に直結する「地域の足」をどのように確保していくのか。本コラムでは、バス運転士等の人材確保に向けて、女性活躍の推進や採用活動の工夫等を積極的に進めている茨城交通株式会社の取組を紹介していく。

茨城交通株式会社

茨城交通株式会社は1944年に創業し、茨城県の県央・県北地域での乗合バス事業を主として行っており、そのほかに観光バス事業、旅行業、広告業、タクシー事業、運行請負業、レンタカー事業等を行っている(従業員数1,025名(2024年3月時点)、本社:茨城県水戸市)。
 これからの人手不足の状況に大きく関わる、運転手の高齢化への対応は、同社でも喫緊の課題になっている。運転手になるために初期費用として免許取得費がかかることや不規則な勤務形態であることを理由に若い世代からは運転関係の職種が敬遠される傾向がある。同社の運転士は50歳台以上が6割ほどで年齢層が高く、今後も高齢化が進んでいくことに危機感を持っているという。
 2014年頃、同社は事業拡大のために増員を検討していたが、十分な採用人数が見込まれず、運転士不足が懸念される状況にあった。2013年の成長戦略(日本再興戦略)でも柱の一つに位置づけられて政策が進められた「女性の活躍推進」も追い風となり、同社においても、女性専用休憩室の設置やトイレのリニューアルをして、女性が働きやすい環境の整備を進めた。また、採用促進のために、女性運転士相談窓口を設置したり、バスの運転に必要な大型二種免許を得られる年齢や運転経験年数に達するまで営業所で業務できるよう、「運転士養成員」を設け、高校新卒女性も採用したりした。2024年4月時点で20名弱の女性運転士が活躍している。
 求職者へのアピールを高めるために自社の採用サイトも刷新した。他社のサイトを研究して情報量の充実を図るなど、細かく作り込んだという。国土交通省による人材確保に関する補助金制度も後押しになったという。採用サイトでは、求職者が業務のイメージをつかみやすくなるよう、入社からバス運転士になるまでの詳細な流れや、新人運転士研修の様子を撮った動画を掲載しており、工夫がされている。2023年8月に新しい採用サイトが公開された後は、新型コロナウイルス感染症の拡大前の水準にまで応募者数が戻ったという。
 自社サイトのほか、他媒体も活用して人材募集の工夫を行っている。リマーケティング広告21の実施や運転手専門の求人サイトへの掲載、県外の新聞折込求人広告への掲載等、多様な方法で、全国幅広い地域を対象にアピールしている。運転手専門の求人サイトへの掲載においては、トラック運転手での転職を考えている人に、バス運転士の道もあることをアピールしているという。自己都合退職者の再雇用や縁故者の採用も行っている。
 転職者を受け入れやすい制度の整備も行っている。転職準備金制度、遠隔地転居者住宅補助制度、遠隔地転居者レンタカー貸与制度を新設している。転職準備金制度は転職者の金銭的負担の軽減を目的として、大型二種免許を取得済みの人には最大30万円、これから取得する人には10万円に加えて資格取得費用を支給する制度で、2023年7月の創設以降、2024年4月時点で28名が利用している。同社の所在地周辺は「クルマ社会」であるため、遠隔地から転居した運転士にはレンタカーを貸与する制度も設けている。
 また、バス運転手に必須の大型二種免許は、近年、僅かながらも女性の取得者数が上昇傾向にあるが、全体の取得者数は、この10年間で約23万人減少するなど、減少傾向が顕著となっている22。このため、免許取得費用を会社が負担する、大型二種免許取得養成制度を設けており、引き続き、入職者の負担を軽減することで、採用につなげていきたいと考えている。運転士以外の、整備職、総合職(運行管理)、旅行営業職も人手不足だという。特に、整備職は、バスの安全な運行には必須の職種であるが、全国で人手が不足しており23、自動車専門学校の学生はディーラー(自動車販売店)の整備職の募集とも競合するという。人材確保に向けて、運転士と同様に資格取得の費用を負担したり、高卒の未経験者に対する育成環境を整えたりしているほか、ベトナムからの技能実習生も受け入れているという。
 人材定着のために運転士の働き方をサポートする取組も進めている。長時間労働削減に向けた取組については、2024年4月より適用されている「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(改善基準告示)」では拘束時間4週平均1週65時間以内であるが、2015年2月から既にそれより短い63時間で運用している。また、育児休業や介護休業の積極的な利用も推進しているという。しかし、バスの運行にあたっては、運転士はダイヤに合わせて動く必要があるため、折返地点での待機も含めると拘束時間は1日平均12時間程度と長時間に及ぶことはやむを得ない状況だという。
 こうした取組は着実に採用の増加に結びついているという。一方で、より好待遇な他業種への転職もあり、同社の人事担当者は「退職の要因は低賃金だけではない」と感じているという。2023年4月に1万円ほど初任給を引き上げ、それに伴い全体の賃上げも行ったが、長時間労働で給料が安いというイメージが定着している状況もあり、人手不足の現状については深刻に受け止めているものの、個社でできる工夫には限界があるとも感じているという。従業員がワーク・ライフ・バランスを図ることができるよう、労働条件の改善を進めていく考えだ。
 人手不足の新たな解決策として、自動運転の実証実験やAIデマンドバスの運行等24、最先端のAI技術を取り入れて、今後もバスの運行を維持できるような取組も進めているという。
 同社は、人材確保の面から困難な状況に置かれつつも、採用活動の工夫や、従業員が働きやすい環境の整備を進めて、採用数の増加へとつなげている。
 バスは地域を支える公共交通機関であるため、その人手不足は地域の孤立にもつながりかねない。免許取得者が減少する厳しい状況の中、公共交通サービスの維持のために、全国各地のバス会社においては同社のように様々な新しい工夫・取組を取り入れていくことが、利用者においては減便・路線の廃止や運賃値上げ、新たな運行形態等に対する理解が求められてくるようになるだろう。

第2節 賃金の動向

現金給与総額は3年連続で増加。所定内給与は、一般労働者では月額約5,000円増で1997年以降最大の増加幅、パートタイム労働者も月額約2,500円増で2000年以降最大の増加幅

本節では、賃金25の動向をみていこう。まず、労働者一人当たりの賃金を示す現金給与総額26の状況について確認していく。第1-(3)-7図により、2023年の現金給与総額は、就業形態計、一般労働者、パートタイム労働者のいずれも3年連続で増加した。
 一般労働者の現金給与総額の状況を月額でみると、長期的には増加傾向にあり、2021年以降は、所定内給与、所定外給与の増加が続いている。2023年においては、特に所定内給与と特別給与の増加が大きく、所定内給与については、春季労使交渉での賃上げ幅が30年ぶりの高水準となったことなどから、前年を上回る月額約5,000円(前年比+1.6%)の増加と、1997年以降最大の増加幅となった。特別給与については、経済社会活動の活発化に伴い、経常利益拡大27等がみられたことから、堅調に増加している。
 パートタイム労働者についてみると、所定内給与については、長期的に増加傾向にある。2023年においても、所定内給与が月額約2,500円(前年比+2.5%)と大きく増加しており、前年に引き続き、2000年以降で最大の増加幅となった。この背景には、最低賃金の引上げや同一労働同一賃金の取組28の進展のほか、労働力需給の引き締まりなども考えられる。特別給与については、2023年においては若干の減少がみられる。
 続いて、第1-(3)-8図により、就業形態別賃金の月次の動きをみると、2023年においては、2022年と同様、所定内給与の増加により、全ての就業形態において、全ての月で前年よりも賃金が増加した。就業形態計では24か月連続、一般労働者では33か月連続、パートタイム労働者では26か月連続の増加となっており、ここ数年名目賃金の上昇が続いている。

2023年の名目賃金は前年比で増加がみられた一方、実質賃金は物価上昇により減少

ここまでみた就業形態別の賃金の増加は、全体の賃金の増減に、どの程度影響しているのだろうか。また、物価が上昇する中、実質賃金はどのように変化しているのだろうか。
 第1-(3)-9図により、2023年の現金給与総額の変動について要因をみると、パートタイム労働者の増加により、パートタイム労働者比率が上昇し、マイナス寄与となっている29一方で、一般労働者の所定内給与、所定外給与、特別給与はいずれもプラスに寄与した。
 実質賃金30の変動要因について、同図(2)により、名目賃金と物価に分けてみると、2022年以降は、円安や原材料価格高騰等の影響により物価高が続き31、物価要因によるマイナスの寄与分が名目賃金の増加の寄与分を上回り、実質賃金は前年に続き減少した。
 加えて、第1-(3)-10図により、名目賃金と実質賃金の月次の動きをみると、名目賃金は、2023年においても、年間を通じて前年よりも増加しており、24か月連続の増加となったが、実質賃金は、年間を通じて減少しており、21か月連続の減少となっている。
 こうした状況を踏まえ、政府としては、「経済財政運営と改革の基本方針 2023」に基づき、物価高を上回る賃上げに向け、賃上げ促進税制の拡充、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」の徹底活用、省力化投資の支援等を行っている。加えて、我が国の多くを占める中小企業の賃上げのための支援に加え、中小企業の「稼ぐ力」を高めるための投資支援等、幅広い支援を行っている。

産業別賃金は、「運輸業,郵便業」「宿泊業,飲食サービス業」等は増加

産業別の賃金の動向をみてみよう。第1-(3)-11図は、2020年を100とした後方12か月移動平均の推移を示したものである。2021年以降、「運輸業,郵便業」「宿泊業,飲食サービス業」等で伸びている。「運輸業,郵便業」「宿泊業,飲食サービス業」は、経済社会活動の回復に伴い、人の移動が活発化する中で、サービス需要が好調となったことなどが要因と考えられる。
 第1-(3)-12図により、就業形態別・産業別にみると、パートタイム労働者においては「建設業」「製造業」「情報通信業」等多くの産業で増加がみられており、一般労働者を上回る伸びとなった産業もあった32

年齢別所定内給与をみると、若年層では10年前と比べて、いずれの企業規模においても増加

次に、企業規模別・年齢別の給与の動きをみてみよう。近年、春季労使交渉や物価対策等により、賃上げの動きが加速しているが、10年前と比較して、労働者の賃金にどの程度反映されているのだろうか。第1-(3)-13図により、企業規模別・年齢別にみた所定内給与について、2023年と2013年を比較すると、全ての企業規模で、若年層の賃金が増加していることが分かる。一方で、1,000人以上規模事業所では、中年層の給与の減少がみられ、厚生労働省(2023)でも指摘されているように、生え抜き正社員33の中で役職に就いている者の割合が低下したことによるものと考えられる。

労働分配率は2021年半ば以降、若干低下している。資本金規模が大きい企業ほど低くなる傾向

次に、マクロでの分配の面からみた労働分配率34、労働生産性と賃金の関係について、資本金規模別と産業別に確認する。
 まず、第1-(3)-14図により、企業の資本金規模別の労働分配率をみると、2014年以降の景気拡大局面では、全ての資本金規模において労働分配率は低下傾向にある。2020年の感染拡大による景気後退の影響により企業収益が悪化し、労働分配率は大幅に上昇した35が、翌年以降は、経済社会活動の活発化に伴い、企業収益が増加したことで、低下がみられる。
 資本金規模別にみると、資本金規模が大きい企業ほど分配率が低く、小さい企業ほど高くなる傾向がある。賃金上昇が続く中で、中小企業の賃上げが注目されているが、中小企業の労働分配率の高さは、賃上げの原資となる付加価値額が低いこともその要因として考えられる。

資本金規模が大きいほど、労働生産性の伸びと賃金の伸びにギャップがみられる。

次に、第1-(3)-15図により、資本金規模別に労働生産性と賃金の関係についてみてみよう。2021年以降、労働生産性、賃金ともに上昇がみられた。労働生産性については、資本金「10億円以上」の企業において大きく伸びているが、資本金「10億円未満」の企業はそれほど伸びていない。一方、企業規模間における賃金の伸びの差は労働生産性よりも小さいことから、企業規模が大きいほど、労働生産性の伸びと賃金の伸びにギャップが生じていることが分かる。持続的賃上げに向けては、規模の小さい企業を中心に、賃金の原資となる労働生産性を高め、付加価値の向上を図ることが不可欠である。中小企業向けの生産性向上のための各種助成制度や下請けなどの価格転嫁対策など、政府全体での付加価値向上のための取組が引き続き重要となる。

「運輸業、郵便業」「サービス業」「卸売業・小売業」の労働分配率は低下傾向

次に、第1-(3)-16図により、産業別に労働分配率についてみると、「医療、福祉業」や「サービス業」といった労働集約的な産業ほど高い傾向がある。また、賃金は景況の動きよりも遅れて反応することから、好況時の初期には低下し、不況時の初期には上昇しやすい。産業別の労働分配率をみると、おおむねどの産業においても長期的には低下傾向にあるが、2020年の感染拡大期には、特に「運輸業、郵便業」「サービス業」「卸売業・小売業」などで、企業収益の悪化がみられ、大幅な上昇となった。2023年は、経済社会活動が活発化したことで、全体として低下している。

「医療、福祉業」を除き、総じて、労働生産性の伸びが賃金の伸びを上回っている

産業別の労働生産性と賃金の関係について確認しよう。全産業をみると、一人当たりの労働生産性及び一人当たり賃金は上昇傾向で推移している。産業別にみると、一人当たりの労働生産性は特に「製造業」「建設業」「卸売業・小売業」で上昇傾向であるが、「医療、福祉業」は低下傾向にある。一人当たりの賃金は労働生産性と比較すると、「医療、福祉業」を除き、総じて、労働生産性の伸びが賃金の伸びを上回っている。

コラム1–4 バス・タクシー業界における賃金の現状について

コラム1-2においては物流業界における2024年問題に向けた取組、コラム1-3においてはバス会社、コラム2-10においてはタクシー会社における人材確保に向けた取組について紹介しているが、本コラムでは、人材確保に向けて重要な要素である賃金の動向を紹介しよう。
 まず、コラム1-4-①図(1)により、産業大分類ごとに新型コロナウイルス感染症(以下、本コラムにおいて「感染症」という。)拡大前(2019年)からの賃金上昇率を比較すると、「運輸業,郵便業」は5.0%となっており、「卸売業,小売業」よりも高い伸びとなっている。同図(2)から、「運輸業,郵便業」の内訳をみると、特に、バス・タクシー業界等を含む「道路旅客運送業」においては、感染拡大前の水準を超え、他の産業と比べても大きく増加していることが分かる36
 詳細にみると、特に小規模事業所において賃金の底上げが行われていることが分かる。コラム1-4-②図(1)をみると、近年は5~29人規模事業所での名目賃金の伸びが顕著である。この結果、同図(2)が示すように、事業所規模間の所定内賃金の差は縮小傾向にあり、産業計と比較して逆の動きとなっている。
 ただし、小規模事業所の事業所における賃上げは、必ずしも利益が増加したことによるものではない。コラム1-4-③図(1)によると、2021年の5~29人規模事業所の付加価値額は2012年の水準を下回っている。また、同図(2)によると、輸送・機械運転従事者の欠員率は、5~29人規模事業所において顕著に高い。こうした状況を踏まえると、道路旅客運送業における小規模事業所での賃上げは、人材確保のため、あるいは人材の流出を防ぐための防衛的賃上げの可能性がある。
 既にバス・タクシー業界では、コラム1-4-④図のように、高齢化が顕著に進んでおり、今後も人材確保は課題となり続ける可能性がある。国土交通省では、賃金引上げ実現に向けた運賃改定の円滑な実施や二種免許取得支援の導入等の支援策を講じている。また、厚生労働省においても、ハローワークに人手不足対策コーナーを設置し、企業の求人充足に向けた助言や求職者へのきめ細かな支援等を行っていることに加え、バス、タクシー等の長時間労働改善に向けたポータルサイトで改善事例等を紹介している。
 バス、タクシー等は、人々の移動を支える大切なインフラであり、運転手確保に向けた賃金や労働条件等の待遇改善は喫緊の課題であろう。これについて政府や利用者も含め、社会全体で、人手確保対策や処遇改善に向けて何ができるか、引き続き、考えていく必要があるだろう。

第3節 春季労使交渉等の動向

2023年春季労使交渉では賃上げ率は3.60%と、1993年の3.89%に次ぐ30年ぶりの高水準

春季労使交渉の概況についてみる。春季労使交渉とは、多くの企業の労働組合37が、毎年2~4月頃にかけて、賃金引上げ等を中心とする労働条件の要求を各企業等(使用者)に提出する、団体交渉を指す。通常、個別企業が労使交渉を行う前に、労働者側は日本労働組合総連合会(以下「連合」という。)等の労働組合の全国中央組織が、使用者側は(一社)日本経済団体連合会(以下「経団連」という。)といった経済団体が、それぞれ交渉の方針を示している。賃金交渉にあたっては、2月頃に、主に大手企業の労働組合が要求を提出し、3月に交渉を行い、回答が3月終わり頃にとりまとめられる。中小企業については、大手企業交渉結果を踏まえ交渉が開始され、7月頃まで交渉が行われ、最終的な結果がとりまとめられるのは7月以降となる。
 政府としては、政労使の意見交換の実施や三位一体の労働市場改革38等、賃上げを実現するための環境整備に取り組んでいる。
 第1-(3)-18図により、賃上げ集計結果をみると、2023年は、妥結額は11,245円、賃上げ率は3.60%(厚生労働省調査)となり、集計対象が異なるため厳密な比較はできないものの、1993年の3.89%に次ぐ30年ぶりの高水準となった。また、「経団連」の調査39では3.99%、連合が2023年7月5日に公表した第7回(最終)回答結果では3.58%となった。
 なお、2024年の賃上げ率については、連合の集計結果では5.10%と1991年の5.66%に次ぐ33年ぶりの高水準となった。

2023年の賃金の改定額、改定率ともに、比較可能な1999年以降、最高値

春季労使交渉の結果を受けて、2023年の賃金改定の状況をみていこう40第1-(3)-19図により、一人当たり平均賃金の改定額は9,437円、改定率は3.2%と、比較可能な1999年以降41、改定額、改定率ともに最高値となった。5,000人以上規模企業の改定額は12,394円、改定率は4.0%となるなど、大きく賃金を上昇させたほか、100~299人規模企業においても改定額は7,420円、改定率は2.9%となるなど、底上げが行われたものの、改定額、改定率ともに企業規模によって差が見られた42

賃上げを実施する企業は約9割、ベースアップを実施する企業は大きく増加し、比較可能な2004年以降で最高水準。いずれも前年に引き続き全ての企業規模で増加

次に、平均賃金の引上げを行った企業の割合及びベースアップ43の実施状況について確認する。第1-(3)-20図(1)により、2023年の賃上げ実施企業割合44をみると、春季労使交渉などを反映して、前年に引き続き大きく上昇しており、9割近くに達している。企業規模別にみると、5,000人以上規模企業においては9割以上が賃上げを実施又は実施予定であることが分かる。一方、100~299人規模企業においては5,000人以上の規模よりも10%ポイント近く低い水準となっており、企業規模が大きいほど実施割合が高い。
 同図(2)により、2023年の一般職のベースアップ実施企業割合45をみると、春季労使交渉などを反映して、前年を大幅に上回る5割近くの企業が実施又は実施予定であり、比較可能な2004年以降で最高値となった。企業規模別にみると、「1,000~4,999人」及び「5,000人以上」の規模の企業においては7割近くであるが、「100~299人」規模企業は20%ポイント近く低い水準となっており、企業規模が大きいほど実施割合が高い。
 2023年においては、賃上げやベースアップを実施又は実施予定の企業が前年よりも更に増加している46ものの、規模の小さい企業は大企業よりも少なく、改定率等においても、大企業よりも小幅となっている。春季労使交渉などを通じて、大幅な賃上げが続いているが、持続的な賃上げに向けては、我が国の大半を占める中小企業の労働者の賃上げやベースアップの動きがより活発になり、賃金の上昇を国民全体で実感できるようになっていくよう、引き続き、政労使一体となった取組が望まれる47

夏季一時金及び年末一時金は、2年連続で増加

さらに、第1-(3)-21図により、夏季・年末一時金妥結状況の推移をみると、2023年の夏季一時金の妥結額は84.6万円、前年比1.59%増、年末一時金の妥結額は85.0万円、前年比0.78%増と、両者ともに2年連続で増加した。

2024年の春季労使交渉の動き

2023年の春季労使交渉においては、30年ぶりの大幅な賃上げとなり、ベースアップを実施する企業も多数見受けられた。ここでは、2024年の春季労使交渉の動きについて、労働者側、使用者側の双方からみていく。
 まずは、労働者側の動きをみてみよう。連合は、2023年12月に「2024春季生活闘争方針」を公表し、「みんなで賃上げ。ステージを変えよう!」というスローガンのもとに、「社会全体で問題意識を共有し、持続的な賃上げを実現する」「「人への投資」をより一層積極的に行うとともに、国内投資の促進とサプライチェーン全体を視野に入れた産業基盤強化などにより、日本全体の生産性を引き上げ、成長と分配の好循環を持続的・安定的に回していく」こと等に取り組むこととしており、価格転嫁に向けたサプライチェーン全体での取組について言及している。その上で、「賃上げ要求」としては、「経済社会のステージ転換を着実に進めるべく、全ての働く人の生活を持続的に向上させるマクロの観点と各産業の「底上げ」「底支え」「格差是正」の取組強化を促す観点から、前年を上回る賃上げを目指す。賃上げ分3%以上、定昇相当分(賃金カーブ維持相当分)を含め5%以上の賃上げを目安とする。」とし、昨年の水準を上回る賃上げ要求を掲げている。
 さらに、使用者側の動きをみてみよう。経団連は、2024年1月に公表した「2024年版経営労働政策特別委員会報告-デフレ完全脱却に向けた「成長と分配の好循環」の加速」において、賃金引上げについて、「社内外の様々な考慮要素を総合的に勘案しながら適切な総額人件費管理の下で自社の支払能力を踏まえる「賃金決定の大原則」に則った検討の際、特に物価動向を重視し、自社に適した対応について企業労使で真摯な議論を重ねて結論を得る必要がある。」「物価動向との比較検討にあたっては、企業全体の賃金増加分(賃金総額の上昇率)だけではなく、働き手個々人における実際の賃金引上げ状況を表している「賃金引上げ率(制度昇給+ベースアップ)」を用いるなど、多面的な見方も必要である」「月例賃金(基本給)の引上げにあたっては、物価上昇が続いていることに鑑みれば、制度昇給(定期昇給、賃金体系・カーブ維持分の昇給)に加え、ベースアップ実施を有力な選択肢として検討することが望まれる。」「さらに、労働力不足が深刻化し、人材獲得競争がより激化する中、自社の賃金水準が国内外の企業に対して競争力を有しているかを検証した上で、人材確保の観点から、必要に応じてベースアップ実施による賃金水準の引上げを含めた見直しを検討することが有益といえる。」とし、ベースアップ実施について言及している。
 こうした中で、2024年3月13日に、多くの民間主要労働組合に対して、賃金、一時金等に関する回答が示された。足下の急激な物価上昇などに対応するため、基本給を底上げするベースアップや賞与で、労働組合側の要求に軒並み満額か要求を上回る回答があった。
 連合が7月3日に発表した「2024年春季生活闘争の第7回(最終)回答集計結果」によれば、加重平均での月例賃金は、賃上げ額15,281円、賃上げ率5.10%と、1991年に次ぐ高水準となった。組合員数300人未満の集計でみても、月例賃金は賃上げ額11,358円、賃上げ率は4.45%と高水準であり、大企業にとどまらず、中小企業にまで、賃上げの力強い動きに広がりがみられる。企業によっては、労働組合の要求を上回る回答や人材確保の観点からパートタイム労働者の待遇改善を目的に時給引上げを回答するケースもあり、様々な産業で、賃上げの力強い動きがでてきていることがうかがえる。

労働組合員数は3年連続で減少、推定組織率は3年連続で低下したものの、パートタイム労働者の労働組合員数、推定組織率ともに過去最高

最後に、労働組合の状況についてみてみよう。
 第1-(3)-22図により、労働組合員数及び推定組織率の推移をみると、2023年は、労働組合員数994万人と2年連続で1,000万人を割り、推定組織率は16.3%となり、ともに3年連続で低下した。
 一方、第1-(3)-23図をみると、2023年は、パートタイム労働者の労働組合員数は過去最高の141万人、推定組織率は8.4%となった。

注釈

  1. 1第Ⅰ部第3章第1節の「毎月勤労統計調査」の労働時間の図表の数値は、指数(総実労働時間指数、所定内労働時間指数、所定外労働時間指数)にそれぞれの基準数値(2020年)を乗じ、100で除し、時系列比較が可能となるように修正した実数値であり、公表値とは異なる。
  2. 2「所定内労働時間」とは、労働基準法(昭和22年法律第49号)により、原則週40時間以内、かつ、1日8時間以内とされている就業規則等により定められている労働時間を指す。
  3. 3「所定外労働時間」は、早出、残業、臨時の呼出、休日出勤等の実労働時間数。企業の経済活動の状況を反映して変動する傾向がある。
  4. 4働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律(平成30年法律第71号)による労働基準法の改正により、時間外労働の上限規制が設けられ、2019年4月(中小企業は2020年4月)から施行された。
  5. 5一般労働者とは、常用労働者のうち、パートタイム労働者でない者をいう。常用労働者とは、①期間を定めずに雇われている者、②1か月以上の期間を定めて雇われている者、のいずれかに該当する者をいう。また、パートタイム労働者とは、常用労働者のうち、①1日の所定労働時間が一般の労働者よりも短い者、②1日の所定労働時間が一般の労働者と同じで1週の所定労働日数が一般の労働者よりも少ない者、のいずれかに該当する者をいう。
  6. 6付1-(3)-1図参照。
  7. 72020年には、感染拡大により経済社会活動が抑制されたことで、休業を余儀なくされたなどによる労働時間減少も含まれている可能性等に留意する必要がある。
  8. 8改正労働基準法により、2019年4月から、使用者は、①雇入れの日から6か月継続勤務、②全労働日の8割以上出勤の要件を満たした労働者に対し、年次有給休暇を付与せねばならない。なお、付与日数は継続勤務年数等によって決まる。
  9. 9運輸業界においては、輸送能力の不足、事業者の売上や運転手の収入の減少等、影響が広範囲に及ぶことが懸念され、荷待ち時間の短縮や荷役作業の軽減には荷主企業の理解や協力も必要となることから、一定の周知・準備期間のため、5年間適用が猶予された。
  10. 102024年4月以降の自動車運転の業務における上限規制では、特別条項付き36協定を締結する場合の年間の時間外労働の上限が年960時間という規制は適用されるものの、一般の労働者と異なり、①時間外労働と休日労働の合計について、月100時間未満、2~6か月平均80時間以内とする規制及び、②時間外労働が月45時間を超えることができるのは年6か月までとする規制は適用されないことが定められている。なお、自動車運転の業務に従事する労働者は、別途、「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(改善基準告示)」を遵守する必要がある。改善基準告示は、法定労働時間の段階的な短縮を踏まえて見直しが行われた1997年以降、改正は行われていなかったが、2022年12月に自動車運転者の健康確保等の観点により見直しが行われ、拘束時間の上限や休息期間等に係る規定が改正された(2024年4月1日施行)。
  11. 11物流業界の主な課題としては、荷物の積卸しのために待機する「荷待ち」時間等が長時間労働につながっていることがあげられる。また、特に長距離輸送においては、長時間の運転に宿泊も伴うため、拘束時間が長くなり、身体的負担がかかる。これらの長時間労働、長い拘束時間、身体的負担の大きさなどにより、働き手が見つからず、運転手不足が深刻化している。
  12. 122023年6月2日に開催された、「我が国の物流の革新に関する関係閣僚会議(第2回)」において、荷主企業、物流事業者(運送・倉庫等)、一般消費者が協力して、我が国の物流を支えるための環境整備に向け、抜本的・総合的な対策として「物流革新に向けた政策パッケージ」がとりまとめられた。同政策パッケージに基づく施策の一環として、経済産業省、農林水産省、国土交通省の連名で、発荷主事業者・着荷主事業者・物流事業者が早急に取り組むべき事項をまとめた「物流の適正化・生産性向上に向けた荷主事業者・物流事業者の取組に関するガイドライン」が公表された。ガイドラインでは、トラック運転手の1運行あたりの荷待ち・荷役作業等にかかる時間の短縮や、物流への負担となる商慣行の是正、運送契約の適正化について定めている。
  13. 132021年度に厚生労働省の委託事業として行われた「トラック運転者の労働時間等に係る実態調査事業報告書」によると、1年間の拘束時間別の運転者数について、運行種別でみると長距離運行では3,300時間以上が25.2%であるのに対し、近・中距離運行では21.6%となっている。
  14. 14中継輸送(リレー方式)は、ここで紹介する方式のほかに、荷物を積載するコンテナ部分が脱着可能なスワップボディコンテナ車両を使用し、コンテナだけを積み替える方式もある。この方式においては、コンテナ車両を入れ替えるための場所と、コンテナを間違いなく入れ替えるよう、コンテナの流れを把握することが必要となるが、自動車部品メーカーの株式会社デンソー(連結従業員数162,310名(2023年12月時点)、本社:愛知県刈谷市)では、幹線中継輸送サービス「SLOC(Shuttle Line Of Communication)」の実証実験を行っている。同輸送サービスでは、QRコードを用いてコンテナ管理を行い、複数の荷主からの荷物を複数の運送業者を介して運搬を行う。コンテナを分離できるという特長をいかし、荷主が荷物の積卸しを行う「荷役分離」も容易になるとしている。このシステムの実証実験に参加をしている三井倉庫ロジスティクス株式会社(グループ従業員数2,140名(2024年3月時点)、本社:東京都中央区)は、一貫物流会社として、荷主企業に代わって、最も効率的な物流戦略の企画立案や物流システムの構築の提案を行い、かつ、それを包括的に受託し、実行する事業(3PL事業)を展開している。同社の担当者によると、取組に参加した運転手から「日帰りで家に帰れるので楽になった」「元々予定が組まれているのでやりやすかった」「復路の仕事もあらかじめ決まっていて安心した」という声があったという。いずれの方式においても、長距離輸送で運転手の日帰り勤務を可能とすることができ、また荷物の積卸しがないため、長い労働時間及び拘束時間、身体的負担等のマイナス面をなくすことができる。これらは運転手の働きやすさを改善するものといえ、若者、女性、高齢者等、多様な運転手の活躍も期待できる。
  15. 15トラックGメンは、「物流革新に向けた政策パッケージ」に基づき、適正な取引を阻害する疑いのある荷主企業・元請事業者の監視を強化することを目的として、国土交通省により創設された。
  16. 16パレットとは、荷物を載せる荷役台のこと指す。
  17. 17RORO船とは、貨物を積んだトラックやトレーラーごと輸送する船舶を指す。
  18. 18バースとは、荷物の積卸しのためにトラックを停車する場所のことを指す。
  19. 19リードタイムとは、商品やサービスの発注から納品までにかかる時間を指す。
  20. 202024年4月より、適用を猶予されていた働き方改革推進法に基づく時間外労働の上限規制がバスの運転手にも適用されている(コラム1-2の脚注参照)。
  21. 21リマーケティング広告とは、Web広告の配信方式の一つで、あるWebサイトを訪れたユーザーを追跡して、別のWebサイトを訪れた時に表示する広告のこと。広告を再表示することで、閲覧者への認知率と訴求力を高める効果がある。
  22. 22警察庁「運転免許統計」によると、2023年末の大型二種免許保有者は782,694人(うち女性15,531人)であり、2013年末と比較すると、男女計では225,049人減少(22.3%減)しているものの、女性の保有者数は2,817人増加(22.2%増)している。
  23. 23自動車整備士の不足は全国で課題となっており、都心部では「整備の空洞化」が進んでいる。日本自動車整備振興会連合会の「自動車特定整備業実態調査結果の概要について」(旧名称:自動車分解整備業実態調査結果の概要について)によると、整備士は2011年度の約34万7,276人をピークに減少に転じ、2023年度は約33万1,255人と、10年ほどで約1万6,000人減少している。
  24. 24AIデマンドバスは、従来のバスのように時刻表や決まった運行ルートがなく、予約状況等に応じてAIが最適な運行ルートを選択する。
  25. 25第Ⅰ部第3章第2節の「毎月勤労統計調査」の賃金の数値は、指数(現金給与総額指数、定期給与指数、所定内給与指数)にそれぞれの基準数値(2020年)を乗じたものを100で除して算出。なお、時系列比較が可能となるように修正した実数値であり、実際の公表値とは異なる。
  26. 26「現金給与総額」とは、税や社会保険料等を差し引く前の金額であり、「きまって支給する給与(以下「定期給与」という。)」と「特別に支払われた給与(以下「特別給与」という。)」に分けられる。「定期給与」とは、労働協約、就業規則等によってあらかじめ定められている支給条件、算定方法によって支給される給与を指し、「所定内給与」と、所定の労働時間を超える労働に対して支給される給与、休日労働、深夜労働に対して支給される給与である「所定外給与」の合計額である。一般的に、「所定内給与」は、一般労働者において短期間で大幅な増減がみられることはあまりないが、「所定外給与」は所定外労働時間の変動に従って増減することから、企業の経済活動の状況等を反映して増減する。「特別給与」とは、賞与、期末手当等の一時金等や諸手当、あらかじめ就業規則等による定めのない突発的な理由等に基づき支払われた給与等の合計額を指し、企業の業績に従って大きく変動することから、経済の動向を反映して水準が変動する傾向にある。
  27. 27第1-(1)-5図参照。
  28. 28同一労働同一賃金は正規・非正規雇用労働者の時給比を約10%縮小させた可能性があることが、厚生労働省(2023)で確認されている。
  29. 29就業形態の構成割合の変化が賃金の変動の要因となるのは、例えば、労働時間の短いパートタイム労働者の賃金水準は一般労働者よりも低く、パートタイム労働者の割合が高くなると、結果として就業形態計の賃金の減少につながることがあげられる。
  30. 30実質賃金は、名目賃金を消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)で除して算出される指数。
  31. 31詳しくは、第Ⅰ部第1章第3節を参照。
  32. 32実額については、付1-(3)-2図参照。
  33. 33厚生労働省(2023)においては、「大卒等(大学・大学院卒)では22~25歳、高卒等(高卒・短大卒)では18~21歳の期間で、正規雇用・無期契約として就職し、その企業に勤め続けている59歳までの者」と定義している。
  34. 34労働分配率とは、企業の経済活動によって生み出された付加価値のうち、労働者がどれだけ受け取ったのかを示す指標であり、分母となる付加価値、特に営業利益は景気に応じて変化の度合いが大きいことから、景気拡大局面においては低下し、景気後退局面には上昇する特徴がある。内閣府「国民経済計算」又は財務省「法人企業統計」から算出する方法が一般的であるが、統計により付加価値の水準やトレンドが異なることから、労働分配率は一定の幅を持ってみる必要がある。また、労働分配率は産業による水準の差異が大きく、長期的には産業構造の変化が労働分配率に影響することにも留意する必要がある。なお、ここでは、資本金規模別や産業別の動向及び景気局面の動向について着目して分析を進めていくため、財務省「法人企業統計調査」の四半期別調査により算出した労働分配率(分母の付加価値は粗付加価値)を用いる。なお、数値の動きは後方4四半期移動平均を用いている。
  35. 35企業の利益が減少した場合、企業は利益の減少割合ほど、従業員や役員の給料等を減少させないことから労働分配率が上昇する。
  36. 36実額ベースは、付1-(3)-3図参照。
  37. 37労働組合は、企業別労働組合が中心であるものの、それらが集まった産業別労働組合や、さらに、それらが集まった日本労働組合総連合会(連合)といった全国的中央組織をつくり、毎年の春季労使交渉を主導している。
  38. 38三位一体の労働市場改革は、リ・スキリングによる能力向上支援、個々の企業の実態に応じた職務給の導入、成長分野への労働移動の円滑化を指す。
  39. 392023年の調査は原則として従業員500人以上、主要21業種の大手企業241社のうち回答が把握できた136社の金額について集計した妥結結果である。
  40. 40「賃金引上げ等の実態に関する調査」は、中小企業や労働組合のない企業も含む民間企業(常用労働者100人以上。)について調査しており、第1-(3)-18図における東証一部上場、従業員500人以上大手企業を調査対象としている「春季労使交渉・大手企業業種別回答状況(加重平均)」、組合のある企業を対象としている「春季生活闘争(最終)回答集計結果」等の春季労使交渉の調査と比較して、調査範囲が広い。
  41. 411998年調査以前は「一人当たり平均賃金」が増額した企業のみ調査しているため単純比較できない。
  42. 42なお、改定後の賃金を支給する企業の割合は、5月頃から徐々に上昇し、8月頃には約9割の企業に反映されることとなる。(付1-(3)-4図
  43. 43ベースアップは、賃金表(学歴、年齢、勤続年数、職務、職能などにより賃金がどのように定まっているかを表にしたもの)の改定により賃金水準を引き上げることをいう。これに対し、あらかじめ労働協約、就業規則等で定められた制度に従って行われる昇給のことで、一定の時期に毎年増額することを「定期昇給」という。毎月勤労統計調査における名目賃金は、マクロの賃金データであるため、その伸び率は「ベースアップ」の影響を受けやすく、各労働者の「定期昇給」による賃金増の影響は受けづらいことに留意が必要。
  44. 44「一人当たり平均賃金を引き上げた・引き上げる」企業の割合。
  45. 45賃金の改定を実施又は予定している企業及び賃金の改定を実施しない企業のうち定期昇給制度がある企業について集計したもの(一般職については、定期昇給制度がある企業割合は、企業規模計で2023年83.4%)。
  46. 46物価高騰を受け、賃金改定の決定にあたり、物価の動向を重視する傾向がみられる。(付1-(3)-5図
  47. 472024年においては、政府は、春季労使交渉の開始に先立って政労使の意見交換を行い、政府は物価上昇を上回る持続的な賃上げの実現に向け、賃上げ促進税制や価格転嫁対策、特に労務費の転嫁の強化を強力に進めていくとし、経済界と認識の共有を行った。厚生労働省では、賃上げの流れが地方や中小企業にも波及していくよう、労使団体、地方公共団体、経済産業省や公正取引委員会等の関係省庁とも連携しながら、春季労使交渉の行われた3月に、全国の都道府県労働局において「地方版政労使会議」を開催した。