第3章 労働時間・賃金等の動向

2022年の雇用者の労働時間の動向をみると、感染拡大等による2020年の大幅な落込みから回復し、月間総実労働時間は前年と比べて増加した。一方で、働き方改革の取組の進展等を背景に、感染拡大前の2019年と比較して低い水準となった。また、年次有給休暇の取得率の上昇や長時間労働者の割合の低下などもみられた。
 賃金の動向をみると感染防止策と経済社会活動の両立が図られ、経済活動が正常化に向かっていることなどから、所定内給与、所定外給与、特別給与はいずれも前年と比べて増加し、現金給与総額は感染拡大前の2019年を上回った。また、最低賃金の引上げや同一労働同一賃金の取組の進展、人手不足などに伴うパートタイム労働者の所定内給与の増加などもみられ、春季労使交渉においては賃上げに向けた動きもみられた。一方で、名目賃金が大きく増加する中でも、実質賃金が前年比でマイナスとなるなど、物価上昇の影響もみられた。
 本章では、こうした状況の中で、2022年の労働時間・賃金・春季労使交渉等の動向について概観する。

第1節 労働時間・有給休暇の動向

月間総実労働時間は、感染症の影響による2020年の大幅減から2年連続で増加したが、働き方改革の取組の進展等を背景に、長期的には減少傾向

まず、近年の我が国の労働者の労働時間の動向について概観していく。
 第1-(3)-1図は、2013年以降の従業員5人以上規模の事業所における労働者一人当たりの月間総実労働時間(以下「月間総実労働時間」という。)の推移をみたものである1。これによると、月間総実労働時間は減少傾向で推移しており、働き方改革の取組の進展等を背景に、近年は減少幅が大きくなっていることが分かる。2020年は緊急事態宣言の発出等による行動制限や世界的な感染拡大による景気減退の影響から経済活動が停滞し、月間総実労働時間も大幅な減少となった。
2022年は、感染症の感染者数の増減はあったものの、感染防止策と経済活動の両立が図られ、経済活動は徐々に正常化に向かったこともあり、月間総実労働時間は前年に比べて増加した。
 労働時間は、あらかじめ定められた労働時間である「所定内労働時間」2と、それを超える労働時間を指す「所定外労働時間」3に分けることができ、それぞれの動きをみていくこととする。
 2013年以降の推移をみると、所定内労働時間は2018年以降、やや大きな減少幅となっている。一般労働者4の所定内労働時間が減少に寄与するとともに、パートタイム労働者比率の上昇やパートタイム労働者の所定内労働時間の減少も関係している。一方、所定外労働時間は2013~2017年まではおおむね横ばいで推移していたが、この間の働き方改革の取組の進展等から、2018年以降減少傾向がみられる。2020年には、感染症の影響による経済活動の停滞により所定内労働時間、所定外労働時間ともに大幅な減少となった。特に、所定外労働時間は前年比13.2%減とリーマンショック期の2009年(前年比15.0%減)に迫る減少幅となった。2021年も影響は続いたが、2020年と比較すると影響は限定的となり、所定内労働時間、所定外労働時間はいずれも増加した。2022年は、経済活動の正常化に向けた動きが進む中、2年連続で所定外労働時間が増加し、所定内労働時間は微減となった。
 感染拡大前の2019年の労働時間と比較すると、2022年の「所定内労働時間」と「所定外労働時間」はいずれも減少している。2020年、2021年は感染症の影響により、労働時間は特異な動きを示したが、働き方改革の取組もあり、労働時間は減少傾向で推移してきている。2022年は前半に一部地域に行動制限はあったものの、年後半は行動制限がなかったことから、正常化に向けた動きが進む経済社会状況を反映した形となっている。

2022年の月間総実労働時間は、2021年と比較すると、一般労働者、パートタイム労働者ともに増加しているものの、感染拡大前の2019年以前の水準と比較すると低い水準

第1-(3)-2図により、一般労働者・パートタイム労働者の労働時間の動向をみていく。同図(1)により一般労働者の月間総実労働時間の推移をみると、2013~2019年まで所定外労働時間がほぼ横ばいで推移する一方で、所定内労働時間は減少傾向がみられ、一般労働者の月間総実労働時間は2018年以降減少傾向で推移している。
 また、同図(2)によりパートタイム労働者の月間総実労働時間の推移をみると、2013年以降、女性や高齢者を中心に労働参加が進んだことも背景に、所定内労働時間が減少傾向で推移し、月間総実労働時間は一貫して減少していることが分かる。
 2020年は感染症の影響による経済活動の停滞から、一般労働者・パートタイム労働者の所定内労働時間、所定外労働時間はいずれも減少したことにより、総実労働時間は大幅に減少した。
 2022年は、2021年と比較して、一般労働者の所定内労働時間は減少し、所定外労働時間は増加した結果、月間総実労働時間は若干増加し、2020年の大幅減から2年連続の増加となった。また、パートタイム労働者の月間総実労働時間は、2020年に大きく減少した後、ほぼ横ばい傾向で推移しており、2021年と比較して、所定内労働時間、所定外労働時間とも若干増加した。
 2022年の月間総実労働時間を2021年と比較すると、一般労働者、パートタイム労働者ともに増加しているものの、感染拡大前の2019年以前の水準と比較すると低い水準である。この要因としては、感染症による影響もあるものの、働き方改革の進展等も考えられる。
 次に、第1-(3)-3図により、月間総実労働時間の増減要因の推移をみていく。同図(1)は2013年以降の月間総実労働時間の前年差を要因別に分解したものである。これをみると、2020年には感染症による影響から、一般労働者、パートタイム労働者の労働時間は、ともに大幅にマイナスに寄与した一方、対人サービス部門を中心とした経済活動の抑制、停滞等の影響を受けたと考えられるパートタイム労働者比率の低下はプラスに寄与した。その後、2021年は一般労働者の所定内労働時間、所定外労働時間のプラスの寄与、2022年は一般労働者の所定外労働時間、パートタイム労働者の総実労働時間のプラスの寄与により、総実労働時間は2年連続で増加した。
 同図(2)をみると、2019年まで一貫して上昇していたパートタイム労働者比率は、2020年には感染症の影響を受けて低下したが、2021年には上昇に転じ、2022年も引き続き上昇して31.60%と、2019年の31.53%を上回って過去最高水準を更新している。

週60時間以上就労の雇用者の割合は近年低下傾向にあり、感染拡大後の2020年以降は低水準ながらも横ばい傾向で推移

続いて、長時間労働の状況を確認するため、第1-(3)-4図(1)により、週60時間以上就労している雇用者(以下「週60時間以上就労雇用者」という。)の割合の推移をみると、近年、低下傾向で推移している。男性の方が高い水準で推移しているものの、働き方改革関連法が施行5された2018年以降は、低下傾向が顕著にみられる。2020年以降は、感染症対策としての経済活動の抑制の影響により低下幅が大きくなっている可能性に留意する必要はあるが、2020年に大きく低下した後、2022年までほぼ横ばいとなっている。
 同図(2)により、年齢階級別の週60時間以上就労雇用者の割合をみると、おおむね全ての年齢階級で近年低下傾向がみられる。特に、比較的高い水準で推移している20歳台後半~50歳台前半までの年齢階級において顕著に低下傾向がみられる。感染症の拡大に伴う経済活動の停滞の影響から、2020年は水準が低下していたが、2021年以降も年齢階級により若干の違いはあるものの、全ての年齢階級でほぼ横ばい傾向で推移している。

年次有給休暇の取得率は働き方改革の取組を背景に上昇傾向であり、2022年調査(2021年の状況)では過去最高を更新

ここからは、年次有給休暇の取得状況について確認する。
 第1-(3)-5図(1)により、年次有給休暇の取得率の状況をみると、2016年調査(2015年の状況)以降、7年連続で上昇している。特に、働き方改革関連法の施行による2019年4月からの年5日の年次有給休暇取得の義務付けを背景に、2020年調査(2019年の状況)では大幅な上昇がみられるなど、近年の働き方改革の取組の進展により、取得率は上昇し続けている。
 2022年調査(2021年の状況)では、年次有給休暇取得率58.3%となり、過去最高を更新した。男女別にみると、男性より女性の取得率が高い傾向にある。2016年調査(2015年の状況)以降、2021年調査(2020年の状況)では女性に低下がみられたが、2022年調査(2021年の状況)においては、男女ともに上昇傾向となっている。
 また、同図(2)により、企業規模別に年次有給休暇の取得率の状況をみると、企業規模が大きいほど高く、2016年調査(2015年の状況)以降全ての企業規模で上昇傾向となっている。2022年調査(2021年の状況)は、全ての企業規模で取得率が上昇している。

年次有給休暇の取得率は、男性、中小企業、「建設業」「卸売業,小売業」「宿泊業,飲食サービス業」において大きく上昇

続いて、第1-(3)-6図により、2013年と2022年における年次有給休暇の取得率の状況をみてみる。近年の働き方改革の取組の進展から、2013年と比較し、2022年は取得率が上昇していることが分かる。2022年における取得率をみると「情報通信業」「製造業」などでは高い水準、「教育,学習支援業」「卸売業,小売業」「宿泊業,飲食サービス業」などでは低い水準となっている。2013年と2022年を比較すると、男女別では男性、企業規模別では「30~99人」「100~299人」といった中小企業、産業別では「建設業」「卸売業,小売業」「宿泊業,飲食サービス業」における取得率が大きく上昇している。

第2節 賃金の動向

2022年の現金給与総額は所定内給与の増加などにより、2年連続で増加し、感染拡大前の水準を上回った

本節では、前節で確認した労働時間の動きを踏まえつつ、雇用者の賃金6の動向をみていく。
 まず、我が国の現金給与総額7の状況について確認する。第1-(3)-7図は、2013年以降の労働者一人当たりの現金給与総額の推移とその増減の要因を就業形態別にみたものである。2022年の現金給与総額は、就業形態計、一般労働者、パートタイム労働者のいずれも、感染拡大前の2019年を上回った。
 一般労働者の現金給与総額の状況をみると、2013~2019年までは一貫して増加傾向で推移していたが、2020年は、感染拡大による経済活動の停滞の影響から、所定外給与と特別給与に大幅な減少、所定内給与にも小幅な減少がみられ、現金給与総額は大きく減少した。2021年は、所定内給与、所定外給与ともに増加したことから現金給与総額は増加した。2022年は、経済活動の正常化に向けた動きが進む中、所定内給与、所定外給与及び特別給与のいずれも前年より増加しており、特に、所定内給与と特別給与の増加が大きかったことから、感染拡大前の2019年を大きく上回った。
 次に、パートタイム労働者の現金給与総額の状況をみると、2013~2019年までの間、長期的に緩やかな増加傾向で推移している。パートタイム労働者の労働時間は、所定内労働時間を中心に減少傾向がみられた8ものの、要因別にみると、最低賃金の引上げなどにより増加した所定内給与9が、現金給与総額の増加を牽引した。このように、労働時間が減少傾向で推移している中でも、所定内給与を中心に賃金の増加がみられたことから、パートタイム労働者の待遇改善が進んでいる状況がうかがえる 10。2020年は、感染拡大による経済活動の停滞の影響から、所定内給与、所定外給与が大幅減となったが、特別給与は増加となった。特別給与については、働き方改革関連法のうち、いわゆる「同一労働同一賃金」(同一企業内における正規雇用労働者と非正規雇用労働者の不合理な待遇差の解消)に関する規定11が施行され、パートタイム労働者に賞与等を新設・拡充した事業所が増加したことが背景にあると考えられる12。2021年は、所定外給与は引き続き減少したが、所定内給与は増加となり、現金給与総額は小幅な増加となった。2022年は、パートタイム労働者の所定内給与が大きく増加したことから、現金給与総額は、感染拡大前の2019年を上回った。

2022年の現金給与総額は全ての月において前年と比べて増加し、12月は25年11か月ぶりの増加率

続いて、第1-(3)-8図により、2022年の賃金の動きを月別に詳細にみていく。2022年においては、経済活動の正常化などに伴う所定内給与の増加により、雇用形態を問わず、全ての月で前年よりも賃金が増加した。
 就業形態計を月別にみると、12月に前年同月比4.1%と、1997年1月に6.6%増となって以来、25年11か月ぶりの大きな伸び率となった。これには、賞与を含む特別給与の対前年同月比が、感染症の影響の反動等もあり、大きく増加したことが寄与している。

名目賃金は2022年に上昇したものの、物価も上昇し、実質賃金は減少した

第1-(3)-9図により、名目賃金指数(現金給与総額に対応した指数)及び実質賃金指数(名目賃金指数を消費者物価指数で除して算出した指数)をみる。名目賃金は2022年には増加したものの、それ以上に、物価が上昇したことから、実質賃金は減少した。

現金給与総額は2021年、2022年に上昇したものの、2022年は物価要因がマイナスに寄与し、実質賃金は減少

続いて、第1-(3)-10図(1)により、現金給与総額の変動について要因をみる。賃金の変動は、就業形態ごとの賃金の変化と、就業形態の構成割合の変化に要因を分けることができる。就業形態の構成割合の変化が賃金の変動の要因となるのは、労働時間の短いパートタイム労働者の賃金水準が一般労働者の賃金水準よりも低いからであり、パートタイム労働者の割合が高くなると、就業形態計の賃金の減少につながる。
 近年は、女性や高齢者を中心とした労働参加の進展により、パートタイム労働者比率が上昇し、現金給与総額の変動に対してマイナスに寄与していた。その一方で、一般労働者の所定内給与及び特別給与がプラスに寄与したため、2018年まで現金給与総額は増加していた。感染症の影響から、2020年にはこれまでの傾向から逆転し、パートタイム労働者比率が低下した結果、これが現金給与総額の変動にプラスに寄与したものの、一般労働者の所定外給与及び特別給与の大幅減がマイナスに寄与したことで、現金給与総額は減少した。2022年は、経済活動の正常化に向けた動きが進む中、パートタイム労働者の比率が上昇し、現金給与総額の変動にマイナスに寄与した一方で、一般労働者の所定内給与、所定外給与、特別給与がいずれもプラスに寄与し、現金給与総額は増加した。
 次に、実質賃金の状況をみていく。同図(2)は、実質賃金の変動を名目賃金の寄与と物価の変動による要因に分けてみたものである。2020年は物価要因による変動はみられなかったが、名目賃金が減少し実質賃金も減少した。2022年は、名目賃金がプラスに寄与したものの、それ以上に物価の上昇13によるマイナスの効果が大きく、実質賃金は減少した。物価上昇を上回る賃上げに向けて、賃金の増加だけではなく、価格転嫁など物価の推移についても注視していく必要がある。

労働分配率はおおむね感染拡大前と同程度の水準で推移

第1-(3)-11図により、企業の資本金規模別に労働分配率14を確認していく。2013年以降の景気拡大局面では、企業収益が増加傾向であったことから、全ての資本金規模において労働分配率は低下傾向にあった。2020年の感染拡大による景気減退の影響から企業収益が悪化し、全ての資本金規模で労働分配率は大幅に上昇した。2022年は人件費、付加価値ともおおむね感染拡大前の水準に戻りつつあり、感染拡大前と同様に低下傾向で推移している。

資本金規模が大きいほど、労働生産性の伸びと賃金の伸びにギャップがみられる

続いて、労働生産性について確認する。第1-(3)-12図は、1997年第Ⅰ四半期(1月-3月期)を100として、1985年からの一人当たり労働生産性の伸びと賃金の伸びの推移を表した図である。2022年における一人当たり労働生産性と一人当たり賃金は、どの資本金規模においても上昇しているが、労働生産性の伸びと比較すると、賃金の伸びが鈍くなっている15
 さらに、同図をみると、資本金規模が大きいほど、労働生産性の伸びと賃金の伸びにはギャップがみられることが分かる。同図(2)の資本金規模が「1億円以上10億円未満」と、同図(3)の「1千万円以上1億円未満」では、労働生産性と賃金は、おおむね連動して推移している。一方、同図(1)の資本金規模「10億円以上」では、労働生産性が上昇している2003~2008年、2013~2019年においても、労働生産性が低下した2020~2021年においても、賃金は横ばい傾向で推移している。2022年は、2021年より労働生産性は大きく上昇しているものの、賃金に大きな伸びがみられなかった。

第3節 春季労使交渉等の動向

2022年春季労使交渉では、4年ぶりに前年の水準を上回る

2022年の春季労使交渉の概況についてみる。
 第1-(3)-13図により、賃上げ集計結果をみると、2022年は、妥結額は6,898円、賃上げ率は2.20%となり、妥結額、賃上げ率ともに4年ぶりに前年の水準を上回った。また、(一社)日本経済団体連合会(以下「経団連」という。)の調査16では2.27%、日本労働組合総連合会(以下「連合」という。)の調査では2.07%となり、いずれも2021年を上回った。
 なお、2023年については、春季労使交渉における妥結額は11,245円、賃上げ率は3.60%と、集計対象が異なるため厳密な比較はできないものの、1993年の3.89%に次ぐ30年ぶりの高水準となっている。

2022年は、2021年を上回る賃金引上げ

春季労使交渉の結果を受けて、2022年の平均賃金がどのように変化したかをみる17
第1-(3)-14図により、2022年の一人当たりの平均賃金の改定額及び改定率をみると、企業規模計では、2021年に比べ改定額、改定率ともに増加・上昇した。同図(1)により、2022年の改定額をみると、2021年と比べて全ての企業規模において増加 した。また、同図(2)により、2022年の改定率をみると、2021年と比べて全ての企業規模で上昇した。

賃上げやベースアップを実施する企業の割合は、2022年は大きく上昇

次に、平均賃金の引上げを行った企業の割合及びベースアップの実施状況について確認する。
 2022年の状況については、第1-(3)-15図(1)により、賃上げ実施企業割合をみると18、企業規模計では85.7%となり、3年ぶりに上昇した。企業規模別にみると、全ての企業規模において2021年より上昇した。
 同図(2)により、ベースアップを実施した企業の割合をみると19、2022年は、企業規模計では29.9%となり、3年ぶりに上昇した。また、企業規模別にみると、全ての企業規模において2021年より上昇し、特に企業規模5,000人以上の企業において大きく上昇した。

2022年の夏季一時金及び年末一時金は、増加

次に、第1-(3)-16図により、夏季・年末一時金妥結状況の推移をみると、夏季一時金の妥結額は、前年比7.59%増の83.2万円となり、4年ぶりに増加した。また、年末一時金の妥結額は、前年比7.77%増の84.3万円となり、3年ぶりに増加した。

2023年の春季労使交渉の動き

ここでは、2023年の春季労使交渉の動きについて、労働者側、使用者側の双方からみていく。
 まず、労働者側の動きをみていく。連合は、「2023春季生活闘争方針」を公表し、「くらしをまもり、未来をつくる。」というスローガンのもとに、「国・地方・産業・企業の各レベルで、日本の経済・社会が直面する問題に対する意識の共有化に努め、ステージを変える転換点とする」、「規模間、雇用形態間、男女間の格差是正を強力に進める」、「企業内での格差是正の取り組みに加え、サプライチェーン全体で、生み出した付加価値とともにコスト負担も適正に分かち合うことを通じ、企業を超えて労働条件の改善に結びつけていく」ことに取り組み、「賃上げ要求」については、「各産業の『底上げ』『底支え』『格差是正』の取り組み強化を促す観点とすべての働く人の生活を持続的に維持・向上させる転換点とするマクロの観点から、賃上げ分を3%程度、定昇相当分(賃金カーブ維持相当分)を含む賃上げを5%程度とする。」としている。
 これに対する使用者側の動きとして、経団連は、2023年1月に公表した「2023年版経営労働政策特別委員会報告-『人への投資』促進を通じたイノベーション創出と生産性向上の実現」において、「2023年春季労使交渉・協議においても、各企業が自社の実情に適した対応を行う『賃金決定の大原則』に則って検討する方針に変わりはない。その上で、経団連は、様々な考慮要素のうち、『物価動向』を特に重視しながら、企業の社会的な責務として、賃金引上げのモメンタムの維持・強化に向けた積極的な対応を様々な機会を捉えて呼びかけていく」「近年に経験のない物価上昇を考慮した基本給の引上げにあたっては、制度昇給(定期昇給、賃金体系・カーブ維持分の昇給)に加え、ベースアップ(賃金水準自体の引上げ、賃金表の書き換え)の目的・役割を再確認しながら、前向きに検討することが望まれる」「収益状況がコロナ禍前の水準を十分回復していない企業においては、労使で真摯な議論を重ね、できる限りの対応を期待したい」としている。
 こうした中で、2023年3月15日に、多くの民間主要労働組合に対して、賃金、一時金等に関する回答が示された。足下の急激な物価上昇などに対応するため、基本給を底上げするベースアップや賞与で、労働組合側の要求に軒並み満額で回答があった。連合が7月5日に発表した「2023年春季生活闘争の第7回(最終)回答集計結果」によれば、加重平均での月例賃金は、賃上げ額10,560円、賃上げ率3.58%と、1993年の3.90%に次ぐ30年ぶりの高水準となった。組合員数300人未満の集計でみても、月例賃金は賃上げ額8,021円、賃上げ率は3.23%と1993年の3.99%に次ぐ30年ぶりの高水準であり、大企業にとどまらず、中小企業にまで、賃上げの力強い動きに広がりがみられる。企業によっては、労働組合の要求を上回る回答や人材確保の観点からパートタイム労働者の待遇改善を目的に時給引上げを回答するケースもあり、様々な産業で、賃上げの力強い動きがでてきていることがうかがえる。

労働組合員数は2年連続で減少し、推定組織率は2年連続で低下

最後に、労働組合の状況についてみてみよう。
 第1-(3)-17図により、労働組合員数及び推定組織率の推移をみると、2022年は、労働組合員数999万人と4年ぶりに1,000万人を割り、推定組織率は16.5%となり、ともに2年連続で低下した。
 また、第1-(3)-18図により、パートタイム労働者の労働組合員数と推定組織率の推移をみると、2022年は、パートタイム労働者の労働組合員数は過去最高の140万人、推定組織率は8.5%となり、ともに2年ぶりに上昇した。

コラム1–1 労働組合加入による非正規雇用労働者への効果について

賃金等を含め労働条件は労使の交渉の末に決定されていくものであることを踏まえれば、企業との交渉力を高める手段の一つとして、労働組合の組織率が高まることは重要である。こうした観点から、本コラムにおいては、パートタイム労働者等を含む非正規雇用労働者の労働組合への加入により、どのような効果が生ずるかについて分析する。
 まず、労働組合への加入は、非正規雇用労働者にとって、どのようなメリットがあるだろうか。連合が非正規雇用労働者に対して行ったアンケート調査から、労働組合の加入・非加入別に賃金増加率や待遇等の違いについて確認しよう。コラム1-1-①図(1)より、1年前と比べた時間当たりの賃金(直接雇用・民間計)についてみると、組合加入者の約半数が「上がった」と回答している一方で、非加入者では約34%と、組合加入者・非加入者で大きく差がある状況である。同図(2)より、ボーナス等の一時金の支給状況についてみても、「支払われていない」割合は組合加入者では約20%である一方、非加入者では約42%と高くなっている。時給やボーナスでみると、組合加入者は非加入者よりも相対的に待遇が良い傾向にある。同図(3)(4)で、年次有給休暇制度等の諸制度の利用のしやすさや、正社員になれる制度の有無でみても、組合加入者は、非加入者と比べて、諸制度を利用しやすく、正社員転換制度も整備されていることが確認できる。
 こうした組合員の相対的な待遇の良さは、組合に加入することより、賃金やボーナス等の待遇が改善することを必ずしも意味するものではないが、賃金等を始めとした労働条件等における交渉にあたり、労働組合の加入が非正規雇用労働者にとって有利に働いた結果、こうした待遇における差異が生じている可能性が考えられる20
 労働組合への加入が非正規雇用労働者の待遇改善に寄与する可能性は、労働組合への調査からもうかがえる。コラム1-1-②図(1)は、(独)労働政策研究・研修機構が約3,000の労働組合に対して2016年6月30日時点の状況を調べた調査21から、非正規雇用労働者を組織化している労働組合における非正規雇用労働者の処遇改善が実現した割合をみたものである。これによると、非正規雇用労働者に組合加入資格があり、実際に非正規雇用労働者の組合員がいる組合では、「時給の引き上げ」や「一時金の導入や支給額の引き上げ」等の賃金だけではなく、「休日・休暇の取得促進」「正社員登用制度の導入・改善」等について、全組合と比べて非正規雇用労働者の待遇改善を実現している組合の割合が高い。すなわち、非正規雇用労働者を組織化している労働組合ほど、非正規雇用労働者の処遇改善が実現される傾向があることが確認できる。
 非正規雇用労働者の組織化は、労働者だけではなく、組合にもプラスの側面がある可能性がある。同図(2)は、労働組合に対して、非正規雇用労働者の意見を収集し、その意見に対応した結果、どのような変化(成果)があったかについて尋ねたものである。これをみると、特に非正規雇用労働者に組合加入資格があり、実際に非正規雇用労働者の組合員がいる組合では、「会社に対する組合の交渉力が高まった」や「組合活動が全体的に活発になった」と回答した労働組合の割合が、全組合に比べても高くなっている。各企業において欠かすことのできない戦力となっている非正規雇用労働者の組織化を進めることが、企業に対する交渉力を高め、組合活動そのものも活発にする効果があるものと考えられる。

注釈

  1. 1第1節の「毎月勤労統計調査」の労働時間の図表の数値は、指数(総実労働時間指数、所定内労働時間指数、所定外労働時間指数)にそれぞれの基準数値(2020年)を乗じ、100で除し、時系列比較が可能となるように修正した実数値であり、公表値とは異なる。
  2. 2「所定内労働時間」とは、労働基準法(昭和22年法律第49号)により、原則週40時間以内、かつ、1日8時間以内とされている就業規則等により定められている労働時間を指す。
  3. 3「所定外労働時間」は、早出、残業、臨時の呼出、休日出勤等の実労働時間数。企業の経済活動の状況を反映して変動する傾向があり、働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律(平成30年法律第71号。以下「働き方改革関連法」という。)による労働基準法の改正により、上限規制が設けられた。
  4. 4一般労働者とは、常用労働者のうち、パートタイム労働者でない者をいう。常用労働者とは、①期間を定めずに雇われている者、②1か月以上の期間を定めて雇われている者、のいずれかに該当する者をいう。また、パートタイム労働者とは、常用労働者のうち、①1日の所定労働時間が一般の労働者よりも短い者、②1日の所定労働時間が一般の労働者と同じで1週の所定労働日数が一般の労働者よりも少ない者、のいずれかに該当する者をいう。
  5. 5働き方改革関連法による労働基準法の改正により、時間外労働の上限規制(大企業は2019年4月施行、中小企業は2020年4月施行)、年5日の年次有給休暇の確実な取得(2019年4月施行)等が定められ、順次施行された。
  6. 6第2節の「毎月勤労統計調査」の賃金の数値は、指数(現金給与総額指数、定期給与指数、所定内給与指数)にそれぞれの基準数値(2020年)を乗じ、100で除し、時系列比較が可能となるように修正した実数値であり、実際の公表値とは異なる。
  7. 7「現金給与総額」とは、税や社会保険料等を差し引く前の金額であり、「きまって支給する給与(定期給与。以下「定期給与」という。)」と「特別に支払われた給与(特別給与。以下「特別給与」という。)」に分けられる。「定期給与」とは、労働協約、就業規則等によってあらかじめ定められている支給条件、算定方法によって支給される給与を指し、「所定内給与」と、所定の労働時間を超える労働に対して支給される給与、休日労働、深夜労働に対して支給される給与である「所定外給与」の合計額である。一般的に、「所定内給与」は、一般労働者において短期間で大幅な増減がみられることはあまりないが、「所定外給与」は所定外労働時間の変動に従って増減することから、企業の経済活動の状況等を反映して増減する。「特別給与」とは、賞与、期末手当等の一時金等や諸手当、あらかじめ就業規則等による定めのない突発的な理由等に基づき支払われた給与等の合計額を指し、企業の業績に従って大きく変動することから、経済の動向を反映して水準が変動する傾向にある。
  8. 8この間、女性や高齢者のパートが増加しているが、第2-(1)-32図によると、60歳未満の女性や60歳以上の男女の希望する賃金形態は、時給制の割合が高く、希望する賃金額も60歳未満の男性よりも低い傾向がある。これらの背景については、第2部第1節、コラム2-11を参照。
  9. 9最低賃金のパートタイム労働者への影響については、第2-(3)-30図、コラム2-10及びコラム2-11を参照。
  10. 10パートタイム労働者の時給の推移については、付1-(3)-1図を参照。
  11. 11「同一労働同一賃金」の導入は、同一企業における正規雇用労働者と非正規雇用労働者(パートタイム労働者、有期雇用労働者、派遣労働者)の間の不合理な待遇差の解消を目指している。また、パートタイム・有期雇用労働法等においては、正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間の不合理な待遇差の禁止、待遇に関する説明義務の強化、それらに関する労働者と事業主の間の紛争に対して裁判によらない無料・非公開の紛争解決手続きを利用できること等が定められている。
  12. 12詳しくは、第Ⅱ部第3章第3節を参照。
  13. 13詳しくは、第Ⅰ部第4章を参照。
  14. 14労働分配率とは、企業の経済活動によって生み出された付加価値のうち、労働者がどれだけ受け取ったのかを示す指標であり、分母となる付加価値、特に営業利益は景気に応じて変化の度合いが大きいことから、景気拡大局面においては低下し、景気後退局面には上昇する特徴がある。内閣府「国民経済計算」又は財務省「法人企業統計」から算出する方法が一般的であるが、統計により付加価値の水準やトレンドが異なることから、労働分配率は一定の幅を持ってみる必要がある。また、労働分配率は産業による水準の差異が大きく、長期的には産業構造の変化が労働分配率に影響することにも留意する必要があり、第3次産業のうち、「保健衛生・社会事業」「飲食・宿泊サービス業」などは労働生産性の水準が低く、かつ低下傾向がみられる。なお、ここでは、企業規模別の動向及び景気局面の動向について着目して分析を進めていくため、財務省「法人企業統計調査」の四半期別調査により算出した労働分配率(分母の付加価値は粗付加価値)を用いる。なお、数値の動きは厚生労働省で独自に作成した季節調整値でみている(後方3四半期移動平均)。労働分配率の定義等の詳細については、コラム2-1を参照。
  15. 15労働生産性の伸びと比較して賃金の伸びが低いことに係る分析や、その背景については、第Ⅱ部第1章を参照。
  16. 16経団連は大手企業の妥結結果である。
  17. 17「賃金引上げ等の実態に関する調査」は、中小企業も含む民間企業(「製造業」「卸売業,小売業」は常用労働者30人以上、それ以外の産業は常用労働者100人以上。労働組合のない企業を含む。)について調査しており、第1-(3)-13図の春季労使交渉の調査より調査範囲が広い。
  18. 18「1人平均賃金を引き上げた・引き上げる」企業の割合。
  19. 19賃金の改定を実施し又は予定している企業及び賃金の改定を実施しない企業のうち定期昇給制度がある企業について集計したもの(一般職については、定期昇給制度がある企業割合は、企業規模計で2022年78.0%)。
  20. 20先行研究では労働組合が雇用者の待遇改善だけではなく、企業の生産性向上にも資する可能性があることが指摘されている。詳細については、様々な文献をレビューしている戸田(2022)を参照。
  21. 21調査票を配布した21,539組合のうち、回答を得たのは3,227組合である。