IDESコラムvol.83「文化や制度の違いを越える情報の発信と共有」
2025年2月28日
IDES養成プログラム9期生:城 有美
9期生の城 有美 (じょう ゆみ)です。2024年4月から米国疾病予防管理センター(U.S. Centers for Disease Control and Prevention: CDC)に派遣されています。
Atlantaはこの冬すでに2回目の積雪に見舞われています。Winter storm の警報が発出されると、公共交通機関は運休され、オフィスも閉鎖されるので、自宅に閉じこもりながら、この原稿を書いています。この機会に昨年4月に渡米してからのエピソードを振り返ってみました。
2024年4月に何があったか、皆さんの記憶にございますか?当時、CDCではH5N1インフルエンザへの対応が課題となっていました。CDCに派遣された当初、私は、CDCでいくつかの部署に順に配属されその部署の仕事を学ぶ予定でしたが、ちょうど、この時期から、私が配属を希望する部署は、H5N1インフルエンザへの対応により、とても忙しくなっていました。いくつかの部署に連絡をし、やっと数週間後からの配属の約束を取り付けても、配属開始数日前に受け入れはできないと連絡されることが何度か続きました。3か月後の7月には、部署配属での研修は難しそうだと思い、この時期には、オンデマンドの研修動画を集中的に閲覧することにしました。
この研修動画を閲覧する中で感じたことは、日米の研修内容の違いでした。日本では地震とそれに伴う火事などに対する訓練が多いと思いますが、私が閲覧した研修動画の題材は、洪水や火事とともに、銃乱射への対応方法について、かなりの量の研修動画がありました。そのようなことが起こりうる環境なのだ、と感じました。実際、悲しいことに、9月には、私が住んでいるGeorgia州にある高校で銃乱射事件がありました。米国では、自宅での銃保有が自殺の危険因子であるとも言われています。このような背景もあり、研修動画では、銃乱射に対する対応方法やできるだけ生存する可能性を高める方法が示されていました。
一方、研修動画を閲覧する中でも、日本でよく見る地震の際の対応については、見かけることはありませんでした。米国の市民は地震の際の対応には詳しくないのかもしれない、とも思いました。日本では、地震に見舞われることは稀ではありません。順序は状況に応じて異なるかもしれませんが、緊急地震速報があったら、または揺れを感じたら身の安全を確保し、火を消し、避難経路を確保することを幼いころから学びます*1。我々は知識を身に着け、行動できるように訓練し、被害を軽減することに役立てています。研修動画の閲覧をとおして、日米の間の対策の力点の違いを改めて感じました。
このような日米の違いを感じるとともに、同様であることを感じることもありました。冒頭に紹介したH5N1インフルエンザに関して印象的だったのは情報発信の速さでした。会議後速やかにその会議の内容がCDCウェブサイトに公開されていました。研究費が寄付金から捻出されることもあり*2、CDCの各部署は、研究の結果を含め、情報の発信を積極的に進めています。2024年5月には、CDCウェブサイトを操作しやすく、視認性を高めたスタイルに変更したのですが、変更が終了した時もしっかりと広報され、情報発信が重要視されていることを改めて感じました。
私の派遣は研修する部署が見つからないことに始まりましたが、様々な文化の違いに触れ、考え方の違いの背景には文化・歴史、制度の違いが影響していることも学びました。感染症は人の移動、動物の移動、食べ物を含む物質の移動で世界に拡大します。このような性質を持つ感染症から自国・各国・各地を守るためには、それぞれの国や地域を尊重した情報共有、協力体制が必要だと私は考えています。そして、平時からのコミュニケーションとそれによる信頼関係の構築は国際的な協力関係の基盤となるものであると感じています。
2025年1月21日、米国では、Trump新大統領が就任し、新政権が発足しました。世界保健機関(WHO)からの脱退やアメリカ合衆国国際開発庁(USAID)の閉鎖が身近な話題となっていますが、大統領令*3に沿って各種変更がCDCでも進められています。例えば、1960年9月から中断することなくCDCより発行されてきたMorbidity and Mortality Weekly Report (MMWR)*4 の発行が一時中断され、CDCのウェブサイトには、「CDC's website is being modified to comply with President Trump's Executive Orders. 大統領令に従った内容に変更しているところである。」と掲載されるようになりました。
“win-win”な関係の構築が重視されていく中で、感染症危機管理で必要とされる他国との関わり方は、どのようなものなのか?感染症危機管理専門家(IDES)養成プログラム*5でCDC に派遣されている私も熟思していきたいと思います。
参考文献
1.消防庁 防災マニュアル
2.Our Story | CDC Foundation
3.https://www.federalregister.gov/presidential-documents/executive-orders/donald-trump/2025
4.https://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/su6004a3.htm
5.感染症危機管理専門家(IDES)養成プログラム
Atlantaはこの冬すでに2回目の積雪に見舞われています。Winter storm の警報が発出されると、公共交通機関は運休され、オフィスも閉鎖されるので、自宅に閉じこもりながら、この原稿を書いています。この機会に昨年4月に渡米してからのエピソードを振り返ってみました。
2024年4月に何があったか、皆さんの記憶にございますか?当時、CDCではH5N1インフルエンザへの対応が課題となっていました。CDCに派遣された当初、私は、CDCでいくつかの部署に順に配属されその部署の仕事を学ぶ予定でしたが、ちょうど、この時期から、私が配属を希望する部署は、H5N1インフルエンザへの対応により、とても忙しくなっていました。いくつかの部署に連絡をし、やっと数週間後からの配属の約束を取り付けても、配属開始数日前に受け入れはできないと連絡されることが何度か続きました。3か月後の7月には、部署配属での研修は難しそうだと思い、この時期には、オンデマンドの研修動画を集中的に閲覧することにしました。
この研修動画を閲覧する中で感じたことは、日米の研修内容の違いでした。日本では地震とそれに伴う火事などに対する訓練が多いと思いますが、私が閲覧した研修動画の題材は、洪水や火事とともに、銃乱射への対応方法について、かなりの量の研修動画がありました。そのようなことが起こりうる環境なのだ、と感じました。実際、悲しいことに、9月には、私が住んでいるGeorgia州にある高校で銃乱射事件がありました。米国では、自宅での銃保有が自殺の危険因子であるとも言われています。このような背景もあり、研修動画では、銃乱射に対する対応方法やできるだけ生存する可能性を高める方法が示されていました。
一方、研修動画を閲覧する中でも、日本でよく見る地震の際の対応については、見かけることはありませんでした。米国の市民は地震の際の対応には詳しくないのかもしれない、とも思いました。日本では、地震に見舞われることは稀ではありません。順序は状況に応じて異なるかもしれませんが、緊急地震速報があったら、または揺れを感じたら身の安全を確保し、火を消し、避難経路を確保することを幼いころから学びます*1。我々は知識を身に着け、行動できるように訓練し、被害を軽減することに役立てています。研修動画の閲覧をとおして、日米の間の対策の力点の違いを改めて感じました。
このような日米の違いを感じるとともに、同様であることを感じることもありました。冒頭に紹介したH5N1インフルエンザに関して印象的だったのは情報発信の速さでした。会議後速やかにその会議の内容がCDCウェブサイトに公開されていました。研究費が寄付金から捻出されることもあり*2、CDCの各部署は、研究の結果を含め、情報の発信を積極的に進めています。2024年5月には、CDCウェブサイトを操作しやすく、視認性を高めたスタイルに変更したのですが、変更が終了した時もしっかりと広報され、情報発信が重要視されていることを改めて感じました。
私の派遣は研修する部署が見つからないことに始まりましたが、様々な文化の違いに触れ、考え方の違いの背景には文化・歴史、制度の違いが影響していることも学びました。感染症は人の移動、動物の移動、食べ物を含む物質の移動で世界に拡大します。このような性質を持つ感染症から自国・各国・各地を守るためには、それぞれの国や地域を尊重した情報共有、協力体制が必要だと私は考えています。そして、平時からのコミュニケーションとそれによる信頼関係の構築は国際的な協力関係の基盤となるものであると感じています。
2025年1月21日、米国では、Trump新大統領が就任し、新政権が発足しました。世界保健機関(WHO)からの脱退やアメリカ合衆国国際開発庁(USAID)の閉鎖が身近な話題となっていますが、大統領令*3に沿って各種変更がCDCでも進められています。例えば、1960年9月から中断することなくCDCより発行されてきたMorbidity and Mortality Weekly Report (MMWR)*4 の発行が一時中断され、CDCのウェブサイトには、「CDC's website is being modified to comply with President Trump's Executive Orders. 大統領令に従った内容に変更しているところである。」と掲載されるようになりました。
“win-win”な関係の構築が重視されていく中で、感染症危機管理で必要とされる他国との関わり方は、どのようなものなのか?感染症危機管理専門家(IDES)養成プログラム*5でCDC に派遣されている私も熟思していきたいと思います。
参考文献
1.消防庁 防災マニュアル
2.Our Story | CDC Foundation
3.https://www.federalregister.gov/presidential-documents/executive-orders/donald-trump/2025
4.https://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/su6004a3.htm
5.感染症危機管理専門家(IDES)養成プログラム
- 当コラムの見解は執筆者の個人的な意見であり、厚生労働省の見解を示すものではありません。
- IDES(Infectious Disease Emergency Specialist)は、厚生労働省で平成27年度からはじまったプログラムの中で養成される「感染症危機管理専門家」のことをいいます。