IDESコラムvol.80「国際移住機関(IOM)での海外研修」
2024年9月27日
IDES養成プログラム9期生:安里 晨
IDES養成プログラム 9期生の安里 晨(あさと・しん)です。
2024年4月から2025年3月までの1年間、国際移住機関 アジア太平洋事務局(International Organization for Migration, Regional Office for Asia and the Pacific)にて勤務・研修しています。IDES養成プログラムの海外研修については、具体的な内容が分かりにくいかもしれませんので、このIDESコラム9月号では、私が現在研修している国際移住機関(IOM)や、ここでの業務内容についてご紹介したいと思います。
1.国際移住機関(IOM)について
本機関は、1951年に設立された欧州移民移動政府間委員会を前身とし、当初は欧州からラテンアメリカ諸国への移住を支援していました。その後、活動範囲が徐々に世界中に拡大し、いくつかの名称変更と1989年の憲章改正を経て、現在の国際移住機関(International Organization for Migration )となりました。2016年に開催された「難民と移民に関する国連サミット」の際に、国連の関連機関となりました。IOMの本部はスイスのジュネーブにあり、世界9ヵ所に地域事務所を構え、100ヵ国以上にフィールド事務所を持っています。IOMの職員数は約2万人に達し、加盟国は175ヵ国にのぼります。また8カ国がオブザーバー資格を有しています。日本は1993年に加盟しました(参考1、2)。
IOMに関するより詳しい情報は、IOMの公式 ホームページや月刊IOMなどで確認できます。(参考文献1~5)。
2.国際移住機関(IOM)での活動について
私は現在、タイ・バンコクに拠点を置くアジア太平洋事務局のMigration Health Division (MHD)に所属し、主に公衆衛生の分野に携わるチームで勤務しています。このチームはオーストラリア人の上司を中心に、イギリス、トルコ、タイ、マレーシア、香港出身のメンバーで構成されており、国際色豊かな環境の中、和気あいあいとした雰囲気で業務に取り組んでいます。
私が担当している主な業務は、TEAM2(Tuberculosis Elimination Among Migrants)プロジェクトのサポートです。このプロジェクトは世界エイズ・結核・マラリア対策基金(GFATM)からの資金提供を受け、様々なレベルのパートナー機関と連携しながら、IOM アジア太平洋地域事務所が主導する3 年間(2022年1月~2024年12月)のプロジェクトです。対象国は大メコン圏に位置するタイ、ベトナム、カンボジア、ミャンマー、ラオスの5か国で、国境を越える移民、帰還者、難民、国内避難民といった脆弱な集団を対象としています。このプロジェクトでは、見逃されている結核症例に焦点を当て、移民における負担の軽減を図り、最終的にはこの大メコン圏全体での結核撲滅を目指しています。
プロジェクトの実績として、2022年1月から2023年12月の2年間で、128,735名に対してヘルスエデュケーションを提供し、101,920名を対象に結核スクリーニング検査を実施、そのうち9,180名が結核と診断されました。今年はプロジェクトの最終年であり、2024年9月末現在、シームレスな出口戦略の検討を進めています(参考文献6,7)。
▲Figure: TEAM2 Project Map and Sub-Recipient Project Location
出典:About TEAM2 | IOM Regional Office for Asia and the Pacific
私はこのプロジェクトの一環として、データの分析や評価、成果物の文書化支援、ワークショップの企画や運営を通じた医療関係者やパートナー機関とのネットワーク構築に取り組んでいます。また、ベトナムのハノイ市にある国立肺病院や、ベトナム・カンボジア国境沿いのタイニン省のコミュニティベースのヘルスセンターを訪問し、地域レベルの取り組みのモニタリングや評価を通した技術的支援を行いました。さらに、結核に罹患した移民に対する誤解や偏見を払拭するため、移民、職場、雇用主、医療関係者向けに正しい知識や治療の重要性を伝える資材を作成し、2024年6月にIOM ウェブサイトで公開しました。「You are my Heroes!」というタイトルのこの資材は、アニメーション動画、ポスター、パンフレットで構成されおり、大メコン圏の主要言語で作成することで、移民コミュニティへの普及を図っています(参考文献8)。 先日のベトナム・タイニン省へ訪問時には、この資材が現場で活用されている状況を拝見しました。
▲結核の症状の関するポスター(カンボジア語)
▲結核の治療に関するポスター(ミャンマー語)
▲職場や雇用主向けのポスター(ラオス語)
※こちらに掲載されているポスターは一部です。さらに詳しい情報は、こちらをご参照ください。(参考文献8)
▲結核の症状の関するパンフレット(ベトナム語)
▲結核患者とその家族向けのパンフレット(タイ語)
※こちらに掲載されているパンフレットは一部です。さらに詳しい情報をご希望の方は、こちらをご参照ください。(参考文献8)
▲「You are my Heroes!」のアニメーション動画、ポスター、パンフレットを実際に活用している写真(ベトナム タイニン省)
TEAM2プロジェクト以外の取り組みとして、他の国際機関や学術機関との共同プロジェクトの事前文献レビュー、IOM Thailand のHealth Assessment Centerの訪問、またワークショップや勉強会への参加などがあります。上司やチームの理解もあり、多くのワークショップや勉強会に参加する機会を多くいただいています。
例えば4月23日~25日にバンコクで開催されたSEARO主催の「Translating global and regional political commitments towards ending TB into action in the South-East Asia region」では、タイの結核対策プログラムの今後の取り組みや課題について学ぶ機会がありました(参考文献9)。特に、薬剤耐性結核患者への生活支援や栄養支援が検討されていること、移民の結核患者の治療における言語の壁や帰国時の紹介の難しさが課題となっていること、さらに移民の結核患者に対する差別や偏見が新たな問題として浮上しており、今後の大きな課題であることを学びました。これらの課題はすぐに解決できるものではありませんが、今後も引き続き関与していきたいと考えています。
▲Health Assessment CenterにてDr.リーナとの写真
▲Translating global and regional political commitments towards ending TB into action in the South-East Asia regionでの集合写真(出典 Summary Report of the SEARO/IAPB Meeting on Elimination of Avoidable Blindness and Regional Launching of Vision 2020 (who.int))
IOM業務外の活動としては、在タイIOM邦人職員会(2024年9月時点:IOM Regional Office in Bangkok, IOM Thailand, IOM Myanmar在籍者)、在タイ国際機関邦人職員会、そして国際移住機関IOMと世界食糧計画WFPとの親睦会に参加しています。これらの場を通じて、人脈形成や情報交換を行い、他の国際機関で活躍する邦人職員との交流を深めています。
▲在タイIOM邦人職員会(9月6日)
▲在タイ国際機関邦人職員会(4月18日)
最後になりますが、IDES養成プログラムの海外研修も折り返し地点を迎え、この機会に国際移住機関(IOM)での活動について簡単にご紹介させていただきました。国際機関での勤務は、異なるバックグラウンドを持つ方々と英語で仕事をするため、言語の壁や文化的な違いによる苦労もありますが、これまでのIOMでの経験を通して、多くの学びを得ることができました。残りの任期においても、大メコン圏のMigration Healthについて理解を深め、さらに貢献ができるよう努めていきたいです。
参考文献
1.IOM公式ホームページ:国際移住機関(IOM)とは
2.国際移住機関(IOM)の概要
3.月刊IOM:IOM駐日代表と考える移住の世界(YouTube)
4.月刊 IOM :人の移動と健康(YouTube)
5.月刊IOM:エチオピア現地リポート(YouTube)
6.グローバルファンドの概要 | FGFJ - グローバルファンド日本委員会 (jcie.or.jp)
7.About TEAM2 | IOM Regional Office for Asia and the Pacific
8.You Are My Heroes! | IOM Regional Office for Asia and the Pacific
9.WHO公式ホームページ:Meeting Report
2024年4月から2025年3月までの1年間、国際移住機関 アジア太平洋事務局(International Organization for Migration, Regional Office for Asia and the Pacific)にて勤務・研修しています。IDES養成プログラムの海外研修については、具体的な内容が分かりにくいかもしれませんので、このIDESコラム9月号では、私が現在研修している国際移住機関(IOM)や、ここでの業務内容についてご紹介したいと思います。
1.国際移住機関(IOM)について
本機関は、1951年に設立された欧州移民移動政府間委員会を前身とし、当初は欧州からラテンアメリカ諸国への移住を支援していました。その後、活動範囲が徐々に世界中に拡大し、いくつかの名称変更と1989年の憲章改正を経て、現在の国際移住機関(International Organization for Migration )となりました。2016年に開催された「難民と移民に関する国連サミット」の際に、国連の関連機関となりました。IOMの本部はスイスのジュネーブにあり、世界9ヵ所に地域事務所を構え、100ヵ国以上にフィールド事務所を持っています。IOMの職員数は約2万人に達し、加盟国は175ヵ国にのぼります。また8カ国がオブザーバー資格を有しています。日本は1993年に加盟しました(参考1、2)。
IOMに関するより詳しい情報は、IOMの公式 ホームページや月刊IOMなどで確認できます。(参考文献1~5)。
2.国際移住機関(IOM)での活動について
私は現在、タイ・バンコクに拠点を置くアジア太平洋事務局のMigration Health Division (MHD)に所属し、主に公衆衛生の分野に携わるチームで勤務しています。このチームはオーストラリア人の上司を中心に、イギリス、トルコ、タイ、マレーシア、香港出身のメンバーで構成されており、国際色豊かな環境の中、和気あいあいとした雰囲気で業務に取り組んでいます。
私が担当している主な業務は、TEAM2(Tuberculosis Elimination Among Migrants)プロジェクトのサポートです。このプロジェクトは世界エイズ・結核・マラリア対策基金(GFATM)からの資金提供を受け、様々なレベルのパートナー機関と連携しながら、IOM アジア太平洋地域事務所が主導する3 年間(2022年1月~2024年12月)のプロジェクトです。対象国は大メコン圏に位置するタイ、ベトナム、カンボジア、ミャンマー、ラオスの5か国で、国境を越える移民、帰還者、難民、国内避難民といった脆弱な集団を対象としています。このプロジェクトでは、見逃されている結核症例に焦点を当て、移民における負担の軽減を図り、最終的にはこの大メコン圏全体での結核撲滅を目指しています。
プロジェクトの実績として、2022年1月から2023年12月の2年間で、128,735名に対してヘルスエデュケーションを提供し、101,920名を対象に結核スクリーニング検査を実施、そのうち9,180名が結核と診断されました。今年はプロジェクトの最終年であり、2024年9月末現在、シームレスな出口戦略の検討を進めています(参考文献6,7)。
▲Figure: TEAM2 Project Map and Sub-Recipient Project Location
出典:About TEAM2 | IOM Regional Office for Asia and the Pacific
私はこのプロジェクトの一環として、データの分析や評価、成果物の文書化支援、ワークショップの企画や運営を通じた医療関係者やパートナー機関とのネットワーク構築に取り組んでいます。また、ベトナムのハノイ市にある国立肺病院や、ベトナム・カンボジア国境沿いのタイニン省のコミュニティベースのヘルスセンターを訪問し、地域レベルの取り組みのモニタリングや評価を通した技術的支援を行いました。さらに、結核に罹患した移民に対する誤解や偏見を払拭するため、移民、職場、雇用主、医療関係者向けに正しい知識や治療の重要性を伝える資材を作成し、2024年6月にIOM ウェブサイトで公開しました。「You are my Heroes!」というタイトルのこの資材は、アニメーション動画、ポスター、パンフレットで構成されおり、大メコン圏の主要言語で作成することで、移民コミュニティへの普及を図っています(参考文献8)。 先日のベトナム・タイニン省へ訪問時には、この資材が現場で活用されている状況を拝見しました。
▲結核の症状の関するポスター(カンボジア語)
▲結核の治療に関するポスター(ミャンマー語)
▲職場や雇用主向けのポスター(ラオス語)
※こちらに掲載されているポスターは一部です。さらに詳しい情報は、こちらをご参照ください。(参考文献8)
▲結核の症状の関するパンフレット(ベトナム語)
▲結核患者とその家族向けのパンフレット(タイ語)
※こちらに掲載されているパンフレットは一部です。さらに詳しい情報をご希望の方は、こちらをご参照ください。(参考文献8)
▲「You are my Heroes!」のアニメーション動画、ポスター、パンフレットを実際に活用している写真(ベトナム タイニン省)
TEAM2プロジェクト以外の取り組みとして、他の国際機関や学術機関との共同プロジェクトの事前文献レビュー、IOM Thailand のHealth Assessment Centerの訪問、またワークショップや勉強会への参加などがあります。上司やチームの理解もあり、多くのワークショップや勉強会に参加する機会を多くいただいています。
例えば4月23日~25日にバンコクで開催されたSEARO主催の「Translating global and regional political commitments towards ending TB into action in the South-East Asia region」では、タイの結核対策プログラムの今後の取り組みや課題について学ぶ機会がありました(参考文献9)。特に、薬剤耐性結核患者への生活支援や栄養支援が検討されていること、移民の結核患者の治療における言語の壁や帰国時の紹介の難しさが課題となっていること、さらに移民の結核患者に対する差別や偏見が新たな問題として浮上しており、今後の大きな課題であることを学びました。これらの課題はすぐに解決できるものではありませんが、今後も引き続き関与していきたいと考えています。
▲Health Assessment CenterにてDr.リーナとの写真
▲Translating global and regional political commitments towards ending TB into action in the South-East Asia regionでの集合写真(出典 Summary Report of the SEARO/IAPB Meeting on Elimination of Avoidable Blindness and Regional Launching of Vision 2020 (who.int))
IOM業務外の活動としては、在タイIOM邦人職員会(2024年9月時点:IOM Regional Office in Bangkok, IOM Thailand, IOM Myanmar在籍者)、在タイ国際機関邦人職員会、そして国際移住機関IOMと世界食糧計画WFPとの親睦会に参加しています。これらの場を通じて、人脈形成や情報交換を行い、他の国際機関で活躍する邦人職員との交流を深めています。
▲在タイIOM邦人職員会(9月6日)
▲在タイ国際機関邦人職員会(4月18日)
最後になりますが、IDES養成プログラムの海外研修も折り返し地点を迎え、この機会に国際移住機関(IOM)での活動について簡単にご紹介させていただきました。国際機関での勤務は、異なるバックグラウンドを持つ方々と英語で仕事をするため、言語の壁や文化的な違いによる苦労もありますが、これまでのIOMでの経験を通して、多くの学びを得ることができました。残りの任期においても、大メコン圏のMigration Healthについて理解を深め、さらに貢献ができるよう努めていきたいです。
参考文献
1.IOM公式ホームページ:国際移住機関(IOM)とは
2.国際移住機関(IOM)の概要
3.月刊IOM:IOM駐日代表と考える移住の世界(YouTube)
4.月刊 IOM :人の移動と健康(YouTube)
5.月刊IOM:エチオピア現地リポート(YouTube)
6.グローバルファンドの概要 | FGFJ - グローバルファンド日本委員会 (jcie.or.jp)
7.About TEAM2 | IOM Regional Office for Asia and the Pacific
8.You Are My Heroes! | IOM Regional Office for Asia and the Pacific
9.WHO公式ホームページ:Meeting Report
- 当コラムの見解は執筆者の個人的な意見であり、厚生労働省の見解を示すものではありません。
- IDES(Infectious Disease Emergency Specialist)は、厚生労働省で平成27年度からはじまったプログラムの中で養成される「感染症危機管理専門家」のことをいいます。