IDESコラム vol. 71「”リーダーシップ”と”連携力”・”調整力”の秘訣を探る」

感染症エクスプレス@厚労省 2023年4月7日

IDES養成プログラム7期生:日尾野 宏美

 感染症危機管理専門家養成プログラム(IDES)7期生の日尾野宏美と申します。IDES2年目のプログラムで、米国保健福祉省(HHS: Department of Health and Human Services)が主導するコンソーシアムである国立新興特殊病原体研修・教育センター(NETEC: National Emerging Special Pathogens Training & Education Center) に派遣されております。

 NETEC(“ニーテック”と呼ばれています)は、HHSの戦略的準備・対応管理局(ASPR: Administration for Strategic Preparedness and Response)が、米国の特殊病原体のケアシステムの構築を行うため、Emory大学、Nebraska大学医療センター、NYC Bellevue病院の3医療機関を指定して実施しているコンソーシアムです。その発足の端緒は、2014-15年の西アフリカにおけるエボラ出血熱のアウトブレイクに遡ります。エボラ出血熱等の高病原性の感染症に対する米国内の準備と対策の強化を行うことを目的に、全米10地域毎に少なくとも1箇所の地域新興特殊病原体治療センター(Regional Emerging Special pathogen Treatment Centers:RESPTCs)を選定しており、その中でも、エボラ出血熱患者の治療を実際に行い、その功績が評価された3医療機関が、RESPTCsの能力向上を目指すためのリーダー的役割を担う機関として選定され、NETECとして設立されました。

 2015年以降、NETECは、RESPTCsと連携し、高病原性の感染症への事前準備のために、定期的な訓練や演習、教育、事前準備のためのコンサルテーション業務などの活動を通じて治療センター間の連携を継続的に図り、更に2016年には、特殊病原体研究ネットワーク (SPRN: Special Pathogens Research Network) を設立し、新興の特殊病原体に対する迅速な多施設間臨床研究の迅速な実施体制の確立を推進しています。例えば、SPRNは、日頃から、臨床研究の事前準備のために、検体の輸送訓練やプロトコル作成、人員配置のためのツールキット作成、中央倫理審査委員会(central IRB)の迅速な立ち上げと審査のための机上演習などを行っています。机上演習では、Central IRBが迅速に立ち上がり審査が完了するまでの目標時間を設定し、律速段階や問題点を洗い出し目標時間達成に向けてRESPTCsからのSPRNリーダーが定期的に議論を行い、事前準備を徹底的に行なっております。新型コロナの発生初期では、こうしたNETECの取り組みが国際的にも重要な臨床試験の迅速な成果に結びつきました。米国国立衛生研究所(NIH)が主導し、レムデシビルの早期承認につながったAdaptive COVID-19 Treatment Trial 1 (ACTT-1)においては、SPRNが最初の被験者を登録し、最終的に全体の4分の1以上の症例の組入れに貢献しました。ACTT-1では、SPRNは多施設共同試験を72時間以内にアクティベートさせており、NETECのこれまでの迅速な臨床試験立ち上げ体制の連携力と調整力の賜物であったと思います。

 米国は、COVID-19パンデミックにおいて、臨床試験という観点では、世界でも他国の追随を許さない功績を残しましたが、一方で、社会経済格差や医療保険制度の課題もあり、世界で最多の死亡者を出してしまったという事実もあります。ASPRでは、2021年にNETEC のこれまでの功績とネットワーク力を評価し、全米で危機への医療の備えを確保するため、持続可能で公平な全米の感染症医療機関のネットワークである特殊病原体ケアシステムの構築を開始しています。今まさに、NETECのスタッフはこの大目標の成功に向けて全力で取り組んでいます。

 如何に感染症治療のネットワークを構築していくのか、各地域の医療機関間のギャップや、地域間での医療ニーズのギャップをどのように埋めていくのか、どのように各地域の重要なステークホルダーを巻き込んで地域のリソースの最大化を計っていくのか、どのように連携力を維持し調整を行なっていくのか、など、まだまだ全貌は見えてきませんが、NETECの優れた連携力や調整力の秘密について、残りのプログラムの期間で最大限学び、日本に還元していくことができれば、と思っております。

【参考文献】
https://www.healthaffairs.org/do/10.1377/forefront.20211217.673380
https://www.cdc.gov/library/covid19/pdf/2020_10_23_Science-Update_Final_Public.pdf
https://www.phe.gov/Preparedness/planning/hpp/reports/Documents/RETN-Ebola-Report-508.pdf
https://www.liebertpub.com/doi/pdf/10.1089/hs.2021.0188
https://www.cdc.gov/healthequity/whatis/?
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7826045/

 



(編集:松下 愛美) 

  • 当コラムの見解は執筆者の個人的な意見であり、厚生労働省の見解を示すものではありません。
  • IDES(Infectious Disease Emergency Specialist)は、厚生労働省で平成27年度からはじまったプログラムの中で養成される「感染症危機管理専門家」のことをいいます。

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