IDESコラム vol. 69「薬剤耐性(AMR)対策の近年の動きと今後について」

感染症エクスプレス@厚労省 2022年12月16日

IDES養成プログラム7期生:北野 泰斗

 IDES7期生の北野です。薬剤耐性(以下、AMRという。)とは、抗菌薬が病原体に対して効かなくなることを指します。AMRについては、このIDESコラムでも過去にとりあげられたことがありますが、新型コロナウイルス感染症の世界的流行などもあり、近年も様々な変化があったので、改めてAMR分野の近年の動きについて、ここで取り上げてみたいと思います。

 AMR対策の重要性は世界的にも認知されてきており、世界保健機関(WHO)等のレポートによると、2018年時点で、AMR対策アクションプランが100の国で策定されています。日本でも、2016年に2016-2020年の5年間のAMR対策アクションプランを策定しました。このアクションプランには、大きな6つの目標と成果指標が盛り込まれており、成果指標の一つに、「2020 年の人口千人あたりの一日抗菌薬使用量を2013年の水準の3分の2に減少させる。」というものがあります。

 世界各国の抗菌薬使用の論文やデータなどを見ると、国や地域などの全体の抗菌薬使用を大幅に減少させるというのは相当な労力が必要であることが分かります。実際に日本のレセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)に基づく抗菌薬使用量の推移をみると(国立国際医療研究センター AMR臨床リファレンスセンター公表資料)、2013~2015年までは、抗菌薬使用量は横ばいから微増傾向であるのに対し、アクションプラン策定以後2016~2019年からは微減となっています。

 2019年までのこの微減幅は、目標としていた3分の2に減少には到底達しない程度の減少だったのですが、2020年に大きく減少し、結局2020 年の人口千人あたりの一日抗菌薬使用量は2013年の水準の24.2%減となりました(それでもきっちり3分の2まで減ったわけではありませんが)。2020年は、ご存じの通り、新型コロナウイルス感染症が日本を含め世界の多くの国で流行した初年であり、人々の行動様式を大きく変えました。これには、新型コロナウイルス感染症に伴うさまざまな影響が考えられます。興味深いことに、この「2020年に抗菌薬処方が大きく減少した」というのは日本だけでなく、世界中の多くの国で報告されています。

 私も2020/2021年当時は、カナダで、抗菌薬処方量のモニタリングをしておりましたが、そこでも日本と同様に新型コロナウイルスのパンデミックが始まって以降、抗菌薬処方量が著明に減少しました。パンデミックによって、多くの国で抗菌薬処方量が減少傾向となったことはある程度分かってきましたが、この減少が一時的なものなのか長期的に続くものなのかはまだ分かっていません。おそらくそれは私たちが今後どれだけAMR対策を高いレベルで推進できるかにかかっていると思っています。

 次に、新規抗菌薬開発についてふれておきたいと思います。新規抗菌薬の開発数や承認数は、近年減少傾向となっており、新規抗菌薬ができないということは薬剤耐性微生物に対して治療できる選択肢が広がらないことを意味します。抗菌薬というのは使用量されると耐性をとられて効かなくなってしまうという流れを繰り返してきました。上で述べたように抗菌薬使用量を抑える(本当に必要な時にのみ使用する)ことはもちろん大切ですが、新規に抗菌薬が開発され続けることも、今後の薬剤耐性菌の治療選択肢を考える上で重要です。

 しかしながら抗菌薬を新たに開発するのには資金を要する上に、近年の抗菌薬適正使用の推進によって販売量が伸びないリスクがあるなど、開発する側からすれば抗菌薬の分野というのは参入が難しいといわれることがあります。その中で、新規抗菌薬開発をサポートしうる方法の1つとして、インセンティブがあります。このインセンティブは、いくつかのタイプに分けられたりもしますが、例えば、新規抗菌薬の開発に成功し、その抗菌薬の製造販売が承認された後に、開発者が市場からインセンティブを受け取るようなものを、市場インセンティブといいます。研究費補助金等による支援が承認に向けて押し上げる“プッシュ型”のインセンティブであるのに対し、承認後のインセンティブを設けて、引き上げる形のインセンティブであることから、“プル型インセンティブ”とも呼ばれます。

 新規抗菌薬の市場インセンティブの現状は、一部の国がそれぞれ独自に検討・実施しているという状態で、日本でも検討が行われています。ここからは私見ですが、今後より多くの国が何らかの新規抗菌薬の市場インセンティブ制度を導入するようになる可能性は高いのではないかと思っています。最終的には、新規の抗菌薬の開発に向けた国際的なインセンティブに関する枠組みをより強固にしていくことが長期的かつグローバルなAMR対策の視点からは重要だと思っています。

 ここで挙げたのはAMR分野のごくごく一部の内容です。AMRは、新型コロナウイルス感染症のようなパンデミックを引き起こす感染症と同じように、グローバルに広がっていくため、AMR対策の効果を最大限に発揮するためには、先進国だけでなく、全世界でAMR対策を推進していく必要があります。私もこれからも何らかの形でAMR対策に貢献できればと思っております。
 
 
参考文献
1.MONITORING GLOBAL PROGRESS ON ADDRESSING ANTIMICROBIAL RESISTANCE. Analysis report of the second round of results of AMR country self-assessment survey 2018. WHO, FAO, OIE.
https://www.fao.org/3/ca0486en/CA0486EN.pdf
2.国立研究開発法人  国立国際医療研究センター AMR臨床リファレンスセンター 匿名レセプト情報・匿名特定健診等情報データベース(NDB)に基づいたサーベイランス 
https://amrcrc.ncgm.go.jp/surveillance/010/20181128172333.html



(編集:松下 愛美) 

  • 当コラムの見解は執筆者の個人的な意見であり、厚生労働省の見解を示すものではありません。
  • IDES(Infectious Disease Emergency Specialist)は、厚生労働省で平成27年度からはじまったプログラムの中で養成される「感染症危機管理専門家」のことをいいます。

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