IDESコラム vol. 68「ヨーロッパの巨人」

感染症エクスプレス@厚労省 2022年8月19日

IDES養成プログラム6期生:髙橋 宏瑞

今回は、私の派遣先である欧州疾病対策・予防センター(European Centre for Disease and Prevention Control: ECDC)についてご紹介いたします。IDESとして初めてECDCに派遣されましたが、ECDCは組織として非常に優れているというのが私の個人的な印象です。今回はその中でも最も素晴らしいと感じた「教育」についてお伝えいたします。

ECDCはその名の通り、ヨーロッパの感染症の動向調査やリスク評価を行う機関です。2002年に発生したSARSに危機を感じた欧州連合(EU)が、ヨーロッパに感染症の危機が訪れたときに対応できるための組織として2005年に設立しました。まさにCOVID-19に対応するための仕組みがあり、的確な対応がされていました。

日本でコロナ対策をしていたときにもECDCのレポートはよく拝見しておりましたが、いつもエビデンスとオピニオンが綺麗にまとめられておりました。特に印象に残ったのはECDCが公表した学校閉鎖に対する推奨のレポートでした。米国CDCや世界保健機関(WHO)が感染対策にフォーカスする中、ECDCは感染対策の重要性を指摘しつつも、同時に「学校閉鎖による子供達の教育への影響は計り知れない」という内容のレポートを作成しており、感染対策もさることながら、なんとか子供たちの教育に悪影響が起こらないようよく考慮された推奨を出していました。のちにそのレポートが2021年のECDCのレポートで最も閲覧されたレポートであることを知りました。

なぜECDCはこんなに優れたレポートを書けるのか、その理由は、ECDCが単に優れた人材が集まる組織なのではなく、教育によってネットワークを構築し、クオリティーを高めているのだということがわかりました。ECDCにはThe European Programme for Intervention Epidemiology Training (EPIET) というトレーニングプログラムがあります。世界の大学や大学院で疫学を学んだ者が、ECDCに所属しつつヨーロッパ各国に散らばり、疫学を実践するプログラムです。普段はヨーロッパ各地で感染対策に関わる仕事をしつつ、1~2か月に1回はストックホルムに集合して1週間ホテルに泊まってトレーニングを行います。彼らの給料や教育のための旅費や宿泊費は全てECDCが負担します。私も実際にEPIETのトレーニングにも参加してみましたが、レクチャーとハンズオンが上手く織り込まれており、スキルを学び、使うというところまで学ぶことができました。EPIETの卒業生はそのままその国に残ってポジションを取ったり、WHOなどの国際機関でポジションを取ったりします。ECDCのDirectorもEPIETの卒業生です。

EPIETが優れているのは、それが単なる教育で終わるのではなく、ヨーロッパ各国や国際機関のネットワークにそのままなっている点にあります。優れたバックグラウンドを持つ受講生に優れた教育を行い、各々の所属する組織で成長してもらい、ネットワークが構築されています。ECDCの仕事の最も重要なポイントとして、ヨーロッパ各国や国際機関との情報交換があります。そういった機関で働く人たちが同じ教育を受けているのであれば、あらゆることがスムーズに対応できるというわけです。

言うまでもなく、タイトルにある「ヨーロッパの巨人」はECDCのことを指します。巨人の肩の上に立つという言葉がありますが、ECDCから学べることはとても多かったです。また機会があればご紹介したいと思います。

(編集:松下 愛美)

  • 当コラムの見解は執筆者の個人的な意見であり、厚生労働省の見解を示すものではありません。
  • IDES(Infectious Disease Emergency Specialist)は、厚生労働省で平成27年度からはじまったプログラムの中で養成される「感染症危機管理専門家」のことをいいます。

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