IDESコラム vol. 56「お祭りと感染症」

感染症エクスプレス@厚労省 2019年11月22日

IDES養成プログラム5期生:吉見 逸郎

 秋のお祭りシーズンも終わりつつあり、街中でも先日まで店先にはハロウィン関連商品が並んでいたと思ったら、今度はクリスマス関連商品に変わっています。早いもので師走も近づいてまいりました。
 ハロウィンは、1920年代大恐慌の後、子どもたちをなだめるために行っていたものが今のような形になったとのことですが、先日、さらにその昔の歴史を垣間見るようなクイズ記事を見かけました(*1)。すでに本コラムでも水島さんや大塚さんも書かれているように、古くからの無病息災的な、感染症に関連のある厄除け的なイベントの一つという側面があったようです。医療技術も薬も今とは異なり、昔の人はお祈りやお祭りなどの機会を通じて、病原体の感染による病気を避けようとしていたのでしょう。
 記事の中では、蚊、コレラ、黒死病(ペスト)、といった、今日でも負荷の大きな、あるいは恐れられている病気に対して、衣装を工夫したり、お祭りなどの非日常を、病気を避けるための機会にしていた様子がクイズになっていました。さらに調べてみますと、黒死病(ペスト)の対応をする医師の服装(鳥のようなくちばし型のマスク)の中には、「悪い空気」を追い払うため、酢を染み込ませた綿などが詰められていたとのことです。病原体による感染症、という概念ができる以前ですが、いろいろな工夫があったのですね。
 さて、日本でもお祭りや民話などで感染症に関するものは少なくは無さそうですが、「結核の歴史」(*2)を読んでいると、明暦の大火に関して結核の話があります。16歳で結核で死んだ娘の振り袖を通じて別の娘さんも亡くなり、命日にそろった家族がその振り袖を焼いたところ、お寺の本堂に燃え移り、さらに江戸中へ広がった…。なんとも恐ろしい話ですが、同書では、明暦の大火の諸説にも触れつつ、この結核のエピソードも作り話とした上で、しかし、結核がヒトからヒトへ移る疾患、という概念も含めて、当時の市民にも認識されている程度には存在していたことを指摘しています。
 結核はこののち、明治以降近代化のなかで「国民病」とまで言われるようになり、レントゲン撮影など医療機器や、検診、医療保険など、今日の医療制度や体制の基礎にも影響を及ぼしましたが、そのさらに昔の様子が民話(真偽はともかく)などに現れていることは興味深いですね。
 ところで、私が以前お世話になっていた地域で、なんとコレラに関連したお祭りがありびっくりしたことがあったのでご紹介します。コレラは、南方と航海、水運が起こり始めた江戸時代末期に国内でも大流行が繰り返され、当時の防疫上の最大関心事のひとつでした。東京の東、千葉の県境・葛西に「雷の大般若」というお祭りがあります。残念ながら私は実際のお祭りを見たことはないのですが、このお祭りは、コレラの流行を避ける狙いがあったそうです。
 江戸川区のホームページ(*3)によれば、『江戸時代末期にコレラが蔓延した際、和尚が大般若経を背負って家々を回ったところ被害がなくなったことに由来』しているのだとか。さらにその後、『結核にかかった妹のために兄が妹の長襦袢を来て厄払いをしたことがきっかけとなって、現在は女装をした青年らがまちを駆け巡るようになりました』ということです。区のホームページをみるとなかなかインパクトのあるお祭りですが、街の様子は変わっても、地域をまもった想いを伝承しておられるのはすごいことだと思います。いつか見に行きたいと思っています。 

参考資料
(*1)Halloween Quiz: Test Your Knowledge Of Global Disease Costumes / npr 2019.10.31
https://www.npr.org/sections/goatsandsoda/2018/10/27/661046379/halloween-quiz-test-your-knowledge-of-global-disease-costumes
(*2)結核の歴史 日本社会との関わり その過去、現在、未来 / 青木正和 講談社 4062116359
(*3)江戸川区ホームページ「えどがわ情報局 奇祭「雷の大般若」開催」 
https://www.city.edogawa.tokyo.jp/e004/kurashi/chiikicommunity/johokyoku/hotnews/h28/daihannya.html

 
●当コラムの見解は執筆者の個人的な意見であり、厚生労働省の見解を示すものではありません。
●IDES(Infectious Disease Emergency Specialist)は、厚生労働省で4年前の平成27年度からはじまったプログラムの中で養成される「感染症危機管理専門家」のことをいいます。
 
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