IDESコラム vol. 52「おそれるべきは…?」

感染症エクスプレス@厚労省 2019年9月27日

IDES養成プログラム5期生:吉見 逸郎

 IDES5期生の吉見です。現在、12月末まで厚労省健康局結核感染症課に配属され、ポリオ根絶を目指す取り組みのほか、風しんの追加的対策に関する啓発、エボラ出血熱に関する対応など、国内外の感染症関係の事案に関わらせて頂き、日々実践的に学ばせて頂いています。IDESはちょうど6期生の募集がありますが、感染症診療現場で尽力されておいでの先生方だけでなく、公衆衛生、保健所などで研鑽をつまれておられる先生方もぜひ応募をご検討ください!
 さて、皆様は小松左京氏の小説「復活の日」をお読みになったことはあるでしょうか。かくいう私は実は無いのですが、映画「復活の日」は小学生のときに観ました。英題は”VIRUS”、=ウイルスですが、当時は「ビールス」と言っていたような気がします。以下ネタバレです。
 核戦争の脅威の時代、生物兵器を研究していた実験室から「ビールス」が盗まれ、搬送・逃走中に悪天候で雪山に衝突し、全員死亡して「ビールス」の容器も破損してしまいます。それから春になり、「ビールス」の液も溶けてしまい、ふもとの農村では謎の病気によって動物やヒトが死んでいきました。謎の病気は徐々に拡がり、「○○かぜ」と呼ばれ世界を恐怖に陥れました。壊滅的な影響をうけ、生存者は各国から派遣されていた南極基地の隊員たちを残すだけとなり、人類は滅亡の危機に瀕してしまいます。追い打ちをかけるように、実はある国では核攻撃後の壊滅状態でも反撃できるシステムを作動させていて、巨大地震が起こると、そのシステムが勘違いして作動し、核ミサイルを発射してしまう・・・人類滅亡の危機です。そこで南極から、地震の前にそのシステムを止めるため北上して指令基地に入りましたが、間一髪間に合わず、地震で勘違いしたミサイルが発射されてしまいます。が、核ミサイルの影響なのか、「ビールス」の影響が弱まった世界に、南極基地に残されていた人々が戻っていく…という流れでした。
 子供のころのあいまいな記憶によるもので、正確ではないかもしれませんが、子供心にはとにかく、これでもかという壮大な恐怖の連続で、1980年代には、知らないところで新種の「ビールス」が広がり始めていて、いつかニュースになる・・・と本気で怖かったです。実際1980年代半ばにHIVウイルスが「発見」されましたが、「それが実は作られたビールスじゃないか」と思っておりました。
 さて、ウイルス学の研究がさらに発展した今日からすれば、つっこみどころはあるのでしょうが、小松左京氏の小説「復活の日」は1964年に書かれたものだとのことです。「ビールス」もまだ最先端どころか、よくわかっていないことが多かった時代だったと思われます。取材力、想像力、は本当にすごいと思いますし、大学時代の微生物学の教授も、珍しく同作品のことを評価されていました。
 しかし、大人になって映画「復活の日」DVDを見ると、新型の微生物の恐怖ではないところに「こわさ」があったことに気づきました。
 核戦争や自動報復システム、はたまた生物兵器やその盗難…すべてヒトが考え行ったことです。それらもさることながら、南極基地に残された各国の隊員たちが、生き残りをかけて話し合い、協力し、時に裏切り…ここでもヒトの姿、群像劇が展開していました。その様子は紛糾する国際会議ではありませんが、ある意味類似の構造が濃く表現されていました。様々な立場や背景を抱えた人々がぶつかりあう濃厚な「場」です。
 そういえば映画「復活の日」は深作欣二監督の1980年の作品ですが、同監督は「仁義なき戦い」シリーズや、晩年の作品でも物議を醸した「バトル・ロワイヤル」などで有名です。異端、暴力…などで括ることは簡単ですが、監督はもしかすると、様々な人々の群像劇、ヒトとヒトのあいだに起こるものごと…に徹底的に焦点を当てたかったのではないか、と思いました。
 危機管理ということでは、やはりさまざまな背景のヒトとヒトのあいだで起こることがたくさん出てきます。国際的に懸念となっている感染症でも、なかなか食い止められない背景には、紛争や集団間の力関係が存在していることも珍しくありません。前回扱ったポリオの撲滅が後ろ倒しになっていることもまさにその一例ですね。そうした国際的な課題に限らず、日常的な感染症の発生やその対応も、地域の危機管理のひとつでもあります。
 国際、地域、関係なく、そこにはさまざまな背景を抱えるヒトとヒトとのあいだで起こることがたくさん出てきますが、地域、関係者、構造などを多面的にとらえ、感染症の拡がりを抑えるための「協調」をどう結い上げていくのか。そんな視点も求められているのかもしれない、などと、映画「復活の日」を想い出し、日々発生する大小の感染症対策事案を通じて考えています。
●当コラムの見解は執筆者の個人的な意見であり、厚生労働省の見解を示すものではありません。
●IDES(Infectious Disease Emergency Specialist)は、厚生労働省で4年前の平成27年度からはじまったプログラムの中で養成される「感染症危機管理専門家」のことをいいます。
 
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