IDESコラム vol. 51「英国の保険について」

感染症エクスプレス@厚労省 2019年9月13日

IDES養成プログラム4期生:飯田 康

 IDES 4期生の飯田康です。英国のイングランド公衆衛生庁に派遣いただいてから、早くも5ヶ月が経ちました。実際に現地で住んでみると、普段日本では当たり前のこととして感謝の意識が乏しいことでも、日本の素晴らしいシステムの恩恵に預かっていたことに気づかされることは往々にしてあります。その一つが「保険」です。
 ある休日の朝、歯間ブラシをしていると約10年振りに歯の詰め物がポロリと取れました。海外で受ける医療は保険が効かないため高額と聞いていましたので、渡英前に虫歯がないのを確認していたにもかかわらずのまさかの展開でしたので、血の気が引きました。しかし放っておくわけにもいかないので、歯医者に電話をし、予約を取ることにしました。
 虫歯と感染症は一見関係がないように思われがちですが、虫歯を放置しておくと、口腔内の衛生環境が悪い状態が続き、菌血症という血液中に菌が認められる状態になりやすくなります。血液中に侵入した菌が心臓の弁に付着し、感染性心内膜炎という病気になると、菌の塊が血流を介して様々な臓器に飛び、20~50%で脳塞栓症などの塞栓症を合併します。また、菌により心臓の弁が破壊されているような重篤な場合は心臓の手術が必要になる場合があります。そうなる前に、歯科治療を受けておきたいところです(※1)。
 こちらにはNational Health Service(以下NHS)という、日本の国民皆保険に似て非なる制度があり、VISA申請の際に滞在期間に応じた保険料を払うことを求められます。NHSに所属している公的医療機関であれば、基本的には診療にかかる費用はかからないとされています。
 ネットで評判を調べ、利用者のコメントや歯科医の持っている資格などをみて、クリニックに電話をしました。こちらでは基本的に保険料を支払っておれば無料で診察がうけられるので、クリニックは混んでいて、初診であれば1ヶ月ほど待たされることが常と聞いていました。日本であれば予約なしでクリニックに初診で受診しても、数時間待ちで受け入れてくれるところが殆どでないかと思います。幸い3日後が空いているとこのことで快諾しました。
 事務手続きには時間がかかるだろうと思い、少し早めに行くとポータブル型の超音波診断装置(エコー機器)のような電子機器を渡され、個人情報を入力するよう指示されました。基本的に紙媒体は無く、同意書書類にも電子ペンでサインをしました。ただ、歯科治療はNHSの医療機関であっても費用がかかるようで、治療内容に応じて費用が発生するというリーフレットを渡されました。18歳以下や、妊婦、生活保護を受けている場合は無料になりますが、私の場合は該当しませんので支払うより仕方がありません。22ポンドをカードで支払いました。
 費用が掛かるのが分かった上、何度も受診するのは気が引けたので、取れた歯の詰め物を持参し、「近日中に日本に帰って治療を受けるので、詰め物の緊急処置のみしてほしい。」と良くはありませんが嘘をつきました(近日中に日本に帰国する予定はありませんでした)。「詰め物の箇所が虫歯になっておらず、詰め物の型が合えば。」と言われ治療が始まりました。10分程度で手際よく詰め物を詰めてもらいましたが、詰め物の治療は更に高いランクの治療となり、40ポンド追加で必要となりました。計62ポンド(1ポンド130-140円でしたので、計8500円程度)を支払ったことになります。もし私立の歯科医院を受診していたなら、どれだけ高い治療費を請求されたかわかりません。
 今回、ロンドンという異国の地の医療機関を受診することにより、日本で臨床医をしていた際に診療する機会のあった外国人患者さんが、非常に身構えられて私の診療を受けておられたことを思い出しました。虚偽を訴えてしまうほどの、様々な不安な気持ちをよく理解できました。また、日本の公的保険制度が如何に恵まれたものであり、医療アクセスが良い点について、非常に優れたシステムだと気づくことができ、良い経験となりました。
<参考>
※1 感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン(2017年改訂版)
●当コラムの見解は執筆者の個人的な意見であり、厚生労働省の見解を示すものではありません。
●IDES(Infectious Disease Emergency Specialist)は、厚生労働省で4年前の平成27年度からはじまったプログラムの中で養成される「感染症危機管理専門家」のことをいいます。
 
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