IDESコラム vol. 50「歴史から学ぶワクチンの重要性」

感染症エクスプレス@厚労省 2019年8月30日

IDES養成プログラム5期生:水島 遼

 こんにちは。IDES5期生の水島です。少し時間が経ちましたが、私は5,6月の2ヶ月間、プログラムの一環として国立国際医療研究センターで研修をさせていただきました。そこでは海外渡航者に対して、ワクチン接種の業務をさせていただく機会がありました。
 ワクチンは基本的に値段が高く、複数種類打つと万札が簡単に飛んでいきます。大人でさえも渋る金額であり、学生などはなかなか手が出ないと思いますが、立地の関係(新宿)もあり、私の母校の後輩もちょくちょく来院していました。正直、「えらいな」と感心しながら診察していました。
 私が20歳の頃は、それらの学生と同様、海外旅行によく行きましたが、恥ずかしながら渡航用のワクチンは打っていませんでした。アフリカやインドなど特に感染症リスクの高い国には行きませんでしたが、それでも東南アジアの国々で、現地の川に入ったり、路上屋台のカットフルーツを食べたり、防蚊対策せず蚊に刺されたりなど、リスク的には結構高い行動をとっていました。
 免疫がしっかりしている現在の日本人であれば、特に若い人は感染症にはあまり罹患しません。しかし感染症とは一度罹患すれば、ものによっては命に関わる病です。20歳頃の私を含め、健康に生きている人は、一般に認識が甘い傾向にありますが、一度感染症を発症して生死の境をさまよっている患者を見ると、感染症とは本当に恐ろしいものだと実感します。

 その恐ろしさを伝える例え話として、そう大昔というわけでもない、江戸時代の麻しんの話をしたいと思います。麻しんは、江戸260年の歴史で13回流行したとされています。中でも、特に大きな流行があった文久二年(1862年)のものでは、「江戸洛中麻疹疫病死亡人調書」によると江戸だけで75,981人が亡くなったとされています。しかし、実際の死亡者はもっと多かったともされ、江戸の寺からの報告をまとめたものでは、麻しんで死亡した人の墓の数が239,862にも上ったとの記録もあります。
 当時の江戸の人口をざっと100万人と考えると、後者の記録なら江戸の人口の約1/4(25%)が、前者で考えても約1/13(7%強)が一回の麻しんの流行で亡くなったことになります。江戸ではなく日本全土の比較になりますが、太平洋戦争で亡くなられた日本人は、軍民あわせ3%程度(約300万人/1億人)ということですから、その惨状がわかるかと思います。また、死亡に加え合併症の眼病で失明した人も多かったそうです。太平洋戦争後までは、麻しんは失明の主要な原因の一つだったとのことです。
 そして同時期にはコレラが繰り返し世界流行を起こしており、日本も打撃を受けています。発病して三日以内に死ぬケースも多く、「三日コロリ」と恐れられ、麻しんとともに、膨大な数の人間を死に追いやりました(麻しんの死亡率が高かったのは、コレラの流行と重なったことも考えられています)。
 しかし、なにもこの時代が特殊なわけではなく、人類の歴史のほとんどはこのような感染症の恐怖が常に隣にあったのです。有史以来、感染症は人間を最も死に追いやった病といわれるように、本来とても恐ろしいものなのです。現在は子供の時のワクチンの定期接種や、高い衛生・医療水準、栄養バランスのとれた食生活などのおかげで感染症の脅威は日本では割合陰に隠れていますが、先人が経験した感染症への恐怖は忘れるべきではないと思います。
 このコラムでは麻しんに関しての話をしましたが、海外渡航先でかかる感染症は、発症すれば命に関わるものも少なくありません。渡航用ワクチンは、それらの疾患を未然に防ぐことができる、感染症の恐怖から生み出した人類の英知の結晶です。今回ワクチン接種業務をする機会をいただき、学生たちの行動を見て、過去の自分を反省しました。業務を通して改めてワクチンの存在に感謝するとともに、海外渡航する皆様にはしっかりと免疫をつけてから渡航されることを勧めるという思いを改めて確認しました。貴重な機会を下さった国立国際医療研究センターの皆様、どうもありがとうございました。

参考文献
・酒井シヅ(2008) 『病が語る日本史』 pp. 178-193, pp. 238-249 講談社学術文庫
 
●当コラムの見解は執筆者の個人的な意見であり、厚生労働省の見解を示すものではありません。
●IDES(Infectious Disease Emergency Specialist)は、厚生労働省で4年前の平成27年度からはじまったプログラムの中で養成される「感染症危機管理専門家」のことをいいます。
 
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