IDESコラム vol. 47「おもてなし」

感染症エクスプレス@厚労省 2019年7月19日

IDES養成プログラム4期生:飯田 康

 IDES 4期生の飯田康です。2019年4月からイングランド公衆衛生庁に派遣され業務に当たっております。このイングランド公衆衛生庁は、イングランドというイギリスの一部に当たる地域の、地方自治体、ヘルスシステム、産業界、学術界、市民に向けたエビデンスに基づいた専門的、科学的知識の提言、助言を行っている機関です。日本の厚生労働省に相当する、政策立案を進めていく機関は保健社会福祉省となり、このイングランド公衆衛生庁とは異なります。日英間での人材交流において、互いの国の公衆衛生分野の向上に微力ながら寄与できるよう、日々精進しております。

 家族5人での飛行機での渡英となりましたが、こちらにきて図らずも英国の方々が様々なおもてなしをしてくれました。まずベビーカーに子供と荷物を載せて階段を上っていると、男女問わず声をかけてくれては荷物を持ってくれたり、電車では子供に席を譲ってくれたりします。また、自然も豊かで郊外では森林から野生のリス、キツネ、シカが出てくるなど、動物からのおもてなしもあります。

 そんなある日、登録した家庭医から電話がありました。「1週間後の15時半に来て、長男にワクチンを受けさせるように。わかった?1週間後よ。」イギリスはNational Health System(NHS)という日本の国民皆保険制度に似た制度があり、一つの診療所を家庭医として登録すると、最低限の医療は無料で受けることができます。ビザを申請する際に規定の保険料を支払わないとビザが発行されない仕組みになっています。無料で受診できるので、NHSの登録病院は常に混んでおり、新規で予約をとろうとすると1ヶ月先になることなどよくあることです。
 急遽有休休暇をとり長男を連れていくと、案外時間通りに呼ばれました。診察室に行くと、日本の母子手帳を見せるように言われました。英国の接種スケジュールと見比べて、必要なワクチンは追加接種してくれることになりました。先日英国で1歳を迎えたばかりの長男は、麻疹・風疹・ムンプスの混合ワクチン、インフルエンザ桿菌・髄膜炎菌C群の混合ワクチン、髄膜炎菌B群ワクチン、肺炎球菌(13価)ワクチンを接種することになりました。昼寝から起きたばかりで寝ぼけ眼の長男の体幹、四肢を私が抑えている間に、両足に4本の筋肉注射がなされました。びっくりした長男は泣き叫び、病院側が気を紛らわせるためにシャボン玉をとばしてくれましたが、長男は気にも留めず号泣しておりました。

 さて、上記の髄膜炎菌ワクチンはあまり馴染みのないワクチンかもしれませんが、2015年から日本でも任意接種が薬事承認されています。私も過去に髄膜炎ワクチンを担当接種医として接種する機会があった際、厳密には英国で接種されているワクチンとは異なりますが、保険がきかず、1本で1~2万円かかり非常に高価な印象がありました。特にアフリカの特定地域に行かれる方、マスギャザリング・イベント(マスギャザリング:特定の期間に特定の場所に沢山の人々が集まること)に参加される方、海外の学生寮などに長期住まれる予定の方、留学で学校などから接種を求められる方に勧めていました。
 髄膜炎菌は、口や喉からの気道分泌物を吸い込む、またキスなどの直接的な接触により、人から人へと感染し、髄膜炎という命に係わる病気を引き起こす可能性があります(*1)。2015年にも世界スカウトジャンボリーという世界的なボーイスカウトのキャンプ大会が日本で開催された際に、スコットランドとスウェーデンの参加者が侵襲性髄膜菌性髄膜炎を発症し、分子疫学的解析で同じ菌であることがわかりました。アウトブレイクの懸念から、他の参加者へ向けた抗菌薬(シプロフロキサシン)の予防内服の啓発活動が行われました(*2)。当初、発症者が限定的でなかったので、スウェーデンでは約1900人のジャンボリー参加者全員への予防内服が提案されましたが、髄膜炎菌の保有率を評価するため咽頭ぬぐい液の検査を並行して行い、結果53名(先導者、濃厚接触者、スウェーデン国外からの個人)に対象者が限定されました(*3)。

 これから日本では、先日の大阪でのG20に続き、ラグビーワールドカップ、東京オリンピックパラリンピックなど海外からのアスリート、訪問客を招く機会が目白押しです。一度、タンスの奥にしまわれている母子手帳など見返され、自身だけでなく訪問者が病気にならないように、予防接種という自分や日本にも必要な行為でおもてなしの機会を作ってみることも、ホスト国である日本に住む一人として求められることと思います。

引用文献
*1)Meningococcal disease: guidance, data and analysis
https://www.gov.uk/government/collections/meningococcal-disease-guidance-data-and-analysis
*2) Mass gatherings medicine: public health issues arising from mass gathering religious and sporting events. Lancet 2019; 393: 2073?84
*3) An international invasive meningococcal disease outbreak due to a novel and rapidly expanding serogroup W strain, Scotland and Sweden, July to August 2015. Euro surveill. 2016; 21(45)

(編集:相原 瑶)

●当コラムの見解は執筆者の個人的な意見であり、厚生労働省の見解を示すものではありません。
●IDES(Infectious Disease Emergency Specialist)は、厚生労働省で4年前の平成27年度からはじまったプログラムの中で養成される「感染症危機管理専門家」のことをいいます。
 
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