IDESコラム vol. 46「検疫所で働くということ。」

感染症エクスプレス@厚労省 2019年7月5日

IDES養成プログラム2期生:鎌田 一宏

 「イタリアの次に、こうしてミャンマーで会えるとはね。」
 大学を卒業してからずっと私が師と仰いでいる先生(感染症医)の言葉です。なかなか顔を出さない弟子である私に会うために、我が師は仕事を作って遠くミャンマーはヤンゴンまで会いに来てくれたのです!

 写真:ヤンゴン市内の小児病院にて
 
 私は、2018年4月に感染症危機管理専門家(IDES)養成プログラム(2年目はイタリア国立感染症研究所で勤務)を修了し、現在は、感染症研究国際展開戦略プログラム“J-GRID”(AMED)のプロジェクトで、主にミャンマーに滞在し、現地での医療人材の育成及び、感染症の研究を行なっています。今年で医師となって10年目ですが、これまでのキャリアの中で、たくさんの良き師に出会い、教えを受けてきました。今では教える時間も多くなりましたが、それでも時折訪れる、師との時間は貴重です。どの業界もそうでしょうが、師弟関係というものは医療の世界も例外でないと思います。

 日本医学界の代表的な師弟関係と言えば、北里柴三郎と野口英世があげられます。今話題の、日本紙幣の新旧1000円タッグですね。北里柴三郎は、今から100年以上前、ドイツで破傷風の血清療法を発見した後に日本へ帰国し、国内初の伝染病研究所を建てました。この研究所では、伝染病の研究だけでなく、公衆衛生の改善や後進の育成にも務めています。ここで育った数多くの研究者に、赤痢菌の治療法を確立した志賀潔や、黄熱病の研究をした野口英世がいます。

 野口英世は、伝染病研究所での勤務を経てアメリカへ渡り、ヘビの毒や梅毒の研究で業績をあげました。その後、ガーナにて黄熱病の研究の最中に自らも黄熱に罹患し、51歳で亡くなりました。実はあまり知られていませんが、この野口英世はアメリカへ渡る前、横浜検疫所で検疫医官補として働いていたのです。当時、海外旅行といえば船旅を意味していました。海外から帰って来る渡航者が病気を国内にまん延させないために必要な感染症の水際対策をする、それが検疫所の任務でした。実際、明治32年(1899年)、野口英世はここで、横浜港に入港した豪華客船・亜米利加丸の船員からペスト菌を検出し、日本の検疫業務の実力を世界に示したと言われています。

 日本の検疫業務は、今では更に守備範囲を拡げています。時代の流れとともに、拡げざる得ない状況になっているのです。人の移動は海路にとどまらず空路にまで拡がり、航空機での渡航者に検疫を行う必要が出てきました。航空機や港内では、感染症を運ぶ恐れのある媒介動物が生息していないかに関する調査なども行っています。また、国際的に物流が盛んになった現在では、輸入動物や輸入食品等に対する監視・相談等も行わなければなりません。

 この“検疫”という仕事には、私もIDES養成プログラム中に従事しました。横浜検疫所では、黄熱ワクチン外来を定期的に行いながら、船舶検疫や、感染症対策総合訓練などを行いました。成田空港検疫所では航空機で到着する乗客等の検疫・健康相談や診察を担当しました。見聞きするだけではなく実際に検疫業務を経験することで、まさに国における“盾”のような役目、それが検疫であると実感することができました。

 観光立国を謳う日本への外国人旅行者数は増加傾向であり、2018年の訪日外国人旅行者数は3000万人を超えています。ラグビーW杯は間もなく開幕し、来年には東京オリンピック・パラリンピック競技大会、2025年には大阪万博が控えています。こうしたマスギャザリングに対して、“検疫”という“盾”を使い、国・地域が一体となって、危機管理という観点での「備え」と、有事の際の「対応」をしていかなければならないとIDESの一員として強く感じています。

 来たる7月14日は検疫記念日です。国立国際医療研究センター研究所(新宿区)にて、公開シンポジウム「検疫所で働くということ」が開催されます。検疫業務経験者たちが集い、キャリアパス、今後の検疫のあり方について語り合います。私、鎌田一宏もシンポジストの一人として登壇しますので、皆さん、どうぞ聞きにいらしてください。

 検疫記念日 公開シンポジウム
URL: https://www.forth.go.jp/keneki/tokyo/syokai/20190714oshirase.pdf

 感染症危機管理専門家(IDES)養成プログラム2期 修了生
 新潟大学ミャンマー感染症研究拠点 鎌田一宏

●当コラムの見解は執筆者の個人的な意見であり、厚生労働省の見解を示すものではありません。
●IDES(Infectious Disease Emergency Specialist)は、厚生労働省で4年前の平成27年度からはじまったプログラムの中で養成される「感染症危機管理専門家」のことをいいます。
 
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