IDESコラム vol. 40「沙羅双樹の木に引っかかることはない今、投薬を考える」

感染症エクスプレス@厚労省 2019年4月5日

IDES養成プログラム4期生:大塚 美耶子

 暖かくなり、色々な花が咲き始め本当に春らしくなりました。IDES4期の大塚美耶子です。

 4月5日の今日、下の娘が小学校に入学しました。
 これからは多くの先生や友達、地域の方々との出会いや交流があるでしょう。
 私も今まで色々な出会いがあったことで今の自分がいるわけで、人種も様々、色々な人と出会えてここまでこられたことを本当にありがたく思います。
 そして今後彼女の人生において沢山の素敵な出会いがあることを母親として心から願います。

 ところで皆さんは、「投薬」という言葉が、お釈迦さまの母親の、子であるお釈迦さまへの強い思いから生まれたことをご存じでしょうか?

 釈迦涅槃図(しゃかねはんず)には「投薬」のお話が描かれています。涅槃図とは、釈迦が入滅(お亡くなりになること)した時の様子を描いたもので、釈迦が入滅されたことを「涅槃に入る」ということから、そのように呼ばれるそうです。
 涅槃図には必ず描かれるものとして、釈迦、沙羅双樹(さらそうじゅ)、釈迦を取り巻く弟子逹や動物、そして天には釈迦の母である摩耶夫人(まやぶにん)があげられます。釈迦が沙羅双樹の樹のもとで入滅される時、我が子釈迦の急を知った天の摩耶夫人が駆けつけ、弱った身体を回復させて、もっと長く多くの人に教えを説いて欲しいという願いより、薬を届けようと天上から釈迦をめがけて薬を投げたことから、薬を与えることを「投薬」と呼ばれるようになったそうです。
 残念ながら、投げられた薬袋は沙羅双樹の木の枝に引っかかってしまい、釈迦に届くことはなかったそうですが、皆さんが、もし釈迦涅槃図をみる機会があれば、摩耶夫人や釈迦の頭側にある薬袋を探してみて下さい。そこには我が子の身を案じる母親の強い思いがこめられているのです。

 冬の風邪の季節は過ぎましたが、春になり、保育園や幼稚園に入院したとたんに様々な感染症にさらされてしまうであろうお子さんの親御さんや、夏が来て流行するウイルス感染症(いわゆる夏風邪)などにかかってしまう方は、病院にかかるとき、抗菌薬が処方されないと心配になるかもしれません。しかし、多くの風邪の原因であるウイルスには抗菌薬は効きません。一方、肺炎などの細菌による感染症の治療にこそ抗菌薬が必要です。

 釈迦の時代と比べて、今の世の中では薬は格段に手に入りやすいものになりました。しかし、それゆえに、本来は抗菌薬の必要のない、ウイルスによる感冒の症例にまで抗菌薬が投薬されているという現実、そして一方では、本来であれば効くはずだった抗菌薬を投薬しても効かない、薬剤耐性(AMR)を持つ細菌が出現し、増加しているという現実があります。

 摩耶夫人の願いは“薬を投げること”ではなく、“薬が効くこと”でした。お子さんの身を案じる思いとは、医師に抗菌薬の処方を求めることではなく、医師に正しい診断と説明を求め、理解することです。そのうえで、抗菌薬を処方された場合は、医師の指示に従って、正しく使用してください。そして医師の方は、ウイルス感染症に抗菌薬を処方していないか、入念な診断と説明によって患者さんや親御さんの心配に応えられているか、今一度ご確認ください。”抗菌薬が効くこと”を皆に届けるためのものであるAMR対策に皆さんひとりひとりが関心を持ち、広げていくことが出来れば、と願っています。

参考
<薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン>
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000120769.pdf
<抗微生物薬適正使用の手引き>
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000166612.pdf
<AMR臨床リファレンスセンター>
http://amrcrc.ncgm.go.jp/

(編集:成瀨浩史)

●当コラムの見解は執筆者の個人的な意見であり、厚生労働省の見解を示すものではありません。
●IDES(Infectious Disease Emergency Specialist)は、厚生労働省で3年前の平成27年度からはじまったプログラムの中で養成される「感染症危機管理専門家」のことをいいます。
 
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