IDESコラム vol. 36「時代と国境を越える感染症対策」

感染症エクスプレス@厚労省 2019年1月25日

IDES養成プログラム3期生:高橋 里枝子

 こんにちは。米国CDCで勤務しておりますIDES3期生の高橋里枝子です。

 2019年の年明けから早3週間以上が経過し、多くの方が仕事も本格稼働しているかと思いますが、皆様はどのような年末年始を過ごされたでしょうか。日本ではお正月というと大晦日から三が日にかけてご家族とゆっくり過ごされる方も多いかと思いますが、実は米国では元旦のみが休日となります。大晦日も通常通り出勤したところ、思いがけない光景を見かけました。

 米国CDCには、有名なスミソニアン博物館と提携している博物館があります。普段は来場者をあまり見かけないのですが、大晦日の午後、この博物館に多くの一般市民が来場していて驚きました。

 この博物館での展示では、1800年代後半の黄熱やコレラの国際的流行に対する検疫に始まり、1940年代にCDCが設立され、マラリアや結核などの感染症に対して行ってきた取り組みが紹介されています。約80年前にポリオ患者に使用されていたIron Lungという人工呼吸器の現物もあります。また、天然痘、エボラ出血熱、ギニア虫感染症など、思わず目を背けたくなるような辛い病気についての展示もあります。CDCの取り組みや米国での公衆衛生の歴史などが展示されており、エンターテインメント性がほぼ無い内容ですが、年末の貴重な時間を使って、この博物館に足を運ぶ方々の、自分事として感染症を学んでいらっしゃる姿勢に感動しました。

 このような展示を見ると、疫学調査等の科学的アプローチが、現状を「見える化」する意味でも、感染症の克服において重要な役割を果たしていることがわかります。ですが、人々の意識や行動を変えるためには、データだけでなく、別のアプローチが必要となることも同時に感じました。例えば、展示されている1980年代のポスターには、HIV感染症について分かり易く説明したものや、著名人を起用しているようなものがありました。偏見をなくし、適切な予防が出来るよう、正しい知識を発信するための様々な工夫がされた歴史がうかがえました。

 ところで、感染症対策の歴史を紹介する資料館が、日本にもあることをご存じでしょうか。横浜市にある旧長濱検疫所一号停留所(検疫資料館)は、明治時代の面影を感じながら日本の検疫業務等の歴史について学ぶことが出来ます。1895年、コレラ流行地域からの船客用停留施設として建設され、当時の個人防護具、医療器具、便器まで展示されています。一方で、美しい食堂や庭など、停留中の気持ちがほぐれるよう工夫されていた施設も残されており、感染している可能性のある人をただ孤立させるのではなく、信頼関係を損なわないように努めていた事が良く分かります。やはり、医療者や行政と患者やその家族との信頼関係を築くためのコミュニケーションは、時代や国境を越えて普遍的な感染症対策なのかもしれません。

 まさに、現代においても、感染症対策における信頼関係の重要性を示唆する事例があります。コンゴ民主共和国でエボラ出血熱が流行し、700人以上の患者が報告されていますが、医療者や行政への不信感から治療を拒む患者がおり、治療だけでなく公衆衛生の対応が難航している状況があります。信頼あるコミュニケーションや適切な情報発信といった包括的な対策なくしては、科学の進歩をもっても感染症に立ち向かうことは難しいのだとつくづく感じます。

 厚生労働省では、引き続き国民の皆様に正しい情報が届けられるよう、ポスターやSNSを通じて情報を発信して参ります。CDCの博物館に来ていた人々のように、感染症を自分のこととして捉えて頂けるよう、私たちも力を尽くして参りますので、厚生労働省のtwitterやfacebookをフォローしていただき、私たちの情報に耳を傾けていただけると嬉しいです。
(編集:成瀨浩史)

●当コラムの見解は執筆者の個人的な意見であり、厚生労働省の見解を示すものではありません。
●IDES(Infectious Disease Emergency Specialist)は、厚生労働省で3年前の平成27年度からはじまったプログラムの中で養成される「感染症危機管理専門家」のことをいいます。
 
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