IDESコラム vol. 7 感染症エクスプレス@厚労省 2017年11月17日

「感染症の足跡を探る探偵と発見者」

IDES養成プログラム 3期生:高橋 里枝子

 突然ですが、皆さんには尊敬する歴史上の人物はいますか?アーティスト、
映画監督、政治家でしょうか。疫学を専攻していた私はジョン・スノウ氏を
尊敬しています。
「ジョン・スノウ」と検索すると、米国で大人気のテレビドラマ「ゲーム・
オブ・スローンズ」の登場人物が挙がりますが、私の言う「ジョン・スノウ」
は「感染症疫学の父」のジョン スノウです。
 1850年代のロンドンでコレラが流行した際、コレラの感染経路は不明でし
た。そのような中で、スノウ氏は、コレラの感染経路を同定すべく患者の家
を訪ね、話を聞いて周りました。そこで、スノウ氏は、あるポンプ井戸の水
が共通項であることに気がつき、井戸水がコレラの感染拡大の原因であると
推測しました。その推測に基づき、自治体がポンプのハンドルを外して井戸
を使えなくしたことにより、コレラの感染拡大は沈静化したわけです。
 スノウ氏が作図したコレラ患者の発生場所と井戸の位置関係を示した地図
は今でも残っているのですが、井戸を中心としてコレラが発生していた様子
が見事に描かれています。私は、大学時代にこの地図を見て、感染症とその
原因の関係性を見出し、多くの命を救う「疫学」という分野に魅入られたの
です。

 前回のコラムでは、検疫の「疫」は感染症を意味するとお話しました。疫
学は英語で、Epidemiologyですが、語源で分解しますと、「Epi:降りかかる」、
「demi:民衆に」、「ology:学問」です。つまり「民衆に降りかかるものに
関する学問」というギリシャ語が語源で、感染症に関わることがわかります。
疫学と聞くと、数字・データや法律など堅苦しく、面白くないイメージをお
持ちかもしれません。ですが、疫学の重要さ・面白さはこの数字・データに
あります。この数字・データをエビデンスとして用いて、感染症の感染経路
などを探る、いわば「感染症の足跡を探る探偵」のような側面を持った奥深
い分野なのです。そういう意味では、ジョン・スノウ氏は感染症の名探偵と
言っても良いのではないでしょうか。
 マラリアとハマダラカ、レジオネラと冷却塔、アカントアメーバとコンタ
クトレンズの関係など、これまで数多くの「探偵」達が疫学の分野で辣腕を
ふるっていました。人々に恐れられた感染症に対し、原因を明らかにするだ
けでなく、予防につなげることもできます。
 このような感染症の足跡を探る探偵は、現代でも必要です。その探偵の仕
事は、多くの、精度の高いデータにより、正しい判断が可能になります。そ
のために、行政機関は、感染症のサーベイランスを制度として取り組んでい
ます。結核、麻しん、梅毒、食中毒などの多岐にわたる感染症に対して、情
報を収集し、感染経緯の特定などを行うため自治体・医療機関の方々が活躍
されてるわけです。

 さて、推理小説では、発見者がいないと探偵の話は進みませんね。我が国
の感染症対策・公衆衛生において、この発見者の役目を担うのは日々患者さ
んを診断し、報告している医療従事者の方々です。我が国の感染症の疫学は、
自治体・医療機関の方々によって支えられていると言っても、過言ではあり
ません。医療従事者の皆様におきましては、今後とも感染症の届出などへの
ご協力をよろしくお願い申し上げます。
  • 当コラムの見解は執筆者の個人的な意見であり、厚生労働省の見解を示すものではありません。
  • IDES(Infectious Disease Emergency Specialist)は、厚生労働省で平成27年度からはじまったプログラムの中で養成される「感染症危機管理専門家」のことをいいます。