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- 令和7年版 労働経済の分析 -労働力供給制約の下での持続的な経済成長に向けて-(HTML版) >
- 第1章 持続的な経済成長に向けた課題
第1章 持続的な経済成長に向けた課題
本章では、我が国の経済成長の過程を振り返り、経済社会活動及び人口構造が変化する中、持続的な経済成長を目指す上で必要な対応について検討を行う。第1節では、1980年代以降の我が国のGDPの推移について、国際比較により、これまでの我が国の経済成長の要因について分析する。第2節では、経済成長の要因のうち労働生産性に着目し、労働生産性の向上のために必要な対応について検討する。
第1節 我が国のGDP成長率と労働力供給量の推移
我が国の過去約40年間の実質GDP成長率は、米国及び英国より低いが、フランス及びドイツとほぼ同水準
過去約40年間をみると、世界経済全体における我が国の経済の立ち位置は、時代に応じて変化している。自国の経済状況を表す代表的な指標であるGDPの推移をみると、我が国の名目GDPが世界全体の名目GDPに占める割合(以下「GDPシェア」という。)は、1980年は約10%であったが、1991年には15%を超えた(第2-(1)-1図(1))。しかし、その後2010年には8.6%とほぼ30年前の水準となり、2024年には3.6%まで低下した。米国のGDPシェアはほぼ横ばいで推移しているが、我が国及び米国を除くG7諸国全体のGDPシェアの推移は新興国の経済成長等を背景に1980年の25.9%から2024年の14.5%まで低下し、我が国とほぼ同様の動きとなっており、GDPシェアの低下は我が国に限ったことではないことが分かる。
我が国の経済成長の推移及び要因を確認するため、過去約40年間の実質GDPの動きを我が国、米国、英国、ドイツ、フランス及びイタリア(以下「主要国」という。)で比較する。1980年以降の過去約40年間の実質GDP成長率1をみると、我が国の実質GDP成長率は米国及び英国より低いが、フランス及びドイツとほぼ同水準である(第2-(1)-1図(2))。年代別に実質GDP成長率の推移をみると、1980年代の我が国の実質GDP成長率は4.5%と、旺盛な消費需要、活発な設備投資及び輸出の拡大2等を背景に主要国のなかで最も高い水準となり、その後米国、英国と続いている(第2-(1)-1図(3))。1990年代及び2000年代は、バブル経済の崩壊の影響を受け、我が国の実質GDP成長率は急速に低下し、2000年代の我が国の実質GDP成長率は0.4%と、主要国のなかで最も低い水準となった。2010年代以降の我が国の実質GDP成長率は、0.9%と2000年代と比較し持ち直した一方で、経済の成熟化3などに伴い実質GDP成長率の伸び悩みがみられた国もあったことなどから、ドイツ及びフランスとは大きな差がない水準となっている。
我が国の労働力供給量は1990年代から緩やかに減少し、2010年代以降はほぼ横ばい
GDPは、コブ=ダグラス型生産関数4を仮定すると、資本投入量5、労働投入量及び技術進歩等の三つの要因で表すことができる。労働投入量は、就業者数と一人当たり労働時間を乗じて算出するため、労働力供給量で代用することができる。この点を踏まえ、主要国の労働力供給量をみると、1980年代以降、米国は増加しているが、米国及び我が国を除く主要国については横ばいで推移している(第2-(1)-2図(1))。我が国の労働力供給量は、1990年代及び2000年代は緩やかに減少し、2010年代以降はほぼ横ばいで推移している。
労働力供給量は、就業者数と一人当たり労働時間を乗じて算出されるため、それぞれの動きについて確認する。就業者数は、米国を除く主要国において、1980年以降、緩やかな増加傾向で推移しており、ほぼ同様の動きとなっている(第2-(1)-2図(2))。また、一人当たり年間総労働時間の推移は、我が国を除く主要国について、1990年代前半までは年間1,600~1,900時間で推移していたが、我が国は年間約2,100時間で推移しており、他の主要国と比較して相対的に長い労働時間が1980年代末まで続いていたことが労働力供給量の増加の背景にあったと考えられる6(第2-(1)-2図(3))。1990年代後半以降、我が国の労働時間は減少傾向で推移し、近年では主要国と同程度の水準となっている。
我が国の労働力供給量は、男性が1990年代以降減少傾向、女性が2010年代以降増加傾向
我が国の労働力供給量の推移を詳細に確認する。男女計でみると、我が国の労働力供給量7は、1990年代以降緩やかに減少し、2021年以降は主要国のなかで最も少子高齢化が進んでいるにもかかわらずほぼ横ばいで推移している(第2-(1)-3図(1))。男女別で労働力供給量の推移をみると、男性は1990年代以降減少傾向が続いているが、女性は2010年代以降増加傾向にあり、働き方改革の推進や多様な働き方の広がりなどによる女性の労働参加が労働力供給量にプラスの影響を与えていることが分かる。
この影響を詳細に確認するために我が国の就業者数の推移を確認する。我が国の就業者数は生産年齢人口の増加に伴い、1980年代は増加傾向であったが、1990年代、2000年代前半は景気の低迷による雇用情勢の悪化や高齢化が進んだことなどから減少傾向となり、就業率も低下した(第2-(1)-3図(2))。生産年齢人口は減少傾向にあるが、2010年代以降は人手不足や景気回復による雇用情勢の改善、女性の労働参加の推進等により、就業率は上昇し就業者数は緩やかな増加傾向となっている。
2010年代以降の男女別、年齢階級別、労働時間別の就業者数の推移をみると、男性の就業者については、2010年に全男性就業者の約7割を占めていた60歳未満かつ週35時間以上就業している就業者(以下「60歳未満・週35時間以上の男性就業者」という。)数は減少傾向で推移している(第2-(1)-4図)。一方、女性の就業者については、2010年代以降、60歳未満かつ週35時間以上就業している就業者(以下「60歳未満・週35時間以上の女性就業者」という。)数はほぼ横ばいで推移しているが、男性、女性ともに60歳以上の就業者数が増加傾向であること、また、60歳未満・週35時間以上の男性就業者数が減少していることを踏まえると、新卒時の女性の正社員比率の上昇や正社員の登用の促進などにより労働時間が以前より相対的に長く働く者が増加したことが、60歳未満・週35時間以上の女性就業者がほぼ横ばいでとどまった要因であると考えられる。
経済成長と労働参加が進まなければ、就業者数は約1,000万人減少
今後の労働力供給量の動向を見通すため、生産年齢人口の将来推計を確認する。主要国の生産年齢人口の将来推計をみると、今後、米国及び英国の生産年齢人口が増加傾向となるが、高齢化が進む我が国、ドイツ、フランス及びイタリアの生産年齢人口は減少傾向となることが予測されている(第2-(1)-5図(1))。我が国については、独立行政法人労働政策研究・研修機構(以下「JILPT」という。)が行った「2023年度版 労働力需給の推計-労働力需給モデルによるシミュレーション-」(以下「将来推計」という。)によると、①一人当たりの実質成長がゼロ、労働参加も現状から進まないと仮定したシナリオでは、2040年の就業者は5,768万人と、2022年の就業者数6,724万人と比較して約1,000万人減少、②経済成長と労働参加が同時に実現するシナリオでは、2040年の就業者は6,734 万人と、2022年の就業者数6,724万人と比較してほぼ現状の水準を維持するという推計となっている(第2-(1)-5図(2))。
持続的な経済成長には、労働生産性の向上が重要
これまで分析してきたように、我が国の労働力供給制約が今後も続くことを踏まえると、我が国の持続的な経済成長のためには、労働力供給以外の要因に着目することが必要である。GDP成長率の変化は、労働力供給量の変化及び実質労働生産性の変化により表すことができるため、要因分解を行い、これらの我が国の実質GDP成長率の変化への寄与を確認する。1980年代は労働力供給量の増加が実質GDP成長率の上昇に寄与していたが、我が国は労働力供給量の増加より実質労働生産性の上昇が大きく実質GDP成長率を押し上げていたことが分かる(第2-(1)-6図)。しかし、我が国の1990年代以降は、実質労働生産性の実質GDP成長率への寄与が低下し、実質GDP成長率の鈍化につながったと考えられる。また、1990年以降の労働力供給量をみると、米国及び英国は、労働力供給量の増加が実質GDP成長率の上昇に寄与した期間が存在するが、その寄与度は最大でも実質GDP成長率1%強相当分と大きいものとはなっていない。
このため、労働力供給量をできるだけ維持することを前提としつつ、我が国の持続可能な経済成長には、労働生産性の向上を推進していくことが最も重要であると考えられる。労働生産性の水準は前提となるデータや計算方法によって結果が異なり、一定の幅を持ってみる必要がある8ため、労働生産性の水準ではなく上昇率に着目することが重要である。実質労働生産性の上昇率を国際比較で確認すると、1980年代以降の我が国の実質労働生産性上昇率は、主要国のなかで最も高い水準で推移している(第2-(1)-7図(1))。
我が国の実質労働生産性の上昇率を年代別にみると、1980年代は、実質労働生産性の上昇率が約3.6%と、主要国のなかで最も高い上昇率であった(第2-(1)-7図(2))。1990年代に入ると、長期的な経済低迷及び少子高齢化などの影響を受け、我が国の実質労働生産性の上昇率は徐々に低下し、2000年代以降は1%前後にとどまっている。経済状況等により実質労働生産性の上昇率が低下することは我が国に特有の現象ではなく、米国を除く主要国で、2010年代以降の実質労働生産性の上昇率を比較すると、1%前後となっており、我が国とほぼ同じ水準である。
第2節 労働生産性の向上に向けた課題と対応
我が国の労働生産性の上昇と相関がある無形資産投資の上昇率が弱い
第1節では、労働力供給制約に直面する中で、我が国が持続的な経済成長を実現していくためには、労働生産性の向上が重要であることを示した。本節では、労働生産性の向上に向けてどのような対応が必要であるか分析を行う。
まずは、名目労働生産性9の上昇率を、スキル10別の労働者の構成比率を表す「労働者の構成比」、研究開発費、人的資本投資及びソフトウェア投資を含む「無形資産投資11」、PC等のハードウェアを中心とする「ICT投資12」及び建物、機械、付属設備投資等の「非ICT投資」、技術革新、社会構造変化等の「その他13」に分解する。我が国の非ICT投資の名目労働生産性の上昇に対する寄与度は、米国、英国及びドイツよりも高い寄与となっている(第2-(1)-8図(1))。また、我が国の労働者の構成比14の名目労働生産性の上昇に対する寄与度は、英国には及ばないものの、米国、英国及びドイツと比較し名目労働生産性の上昇に対し遜色がない寄与となっている。さらに、我が国のICT投資の名目労働生産性の上昇に対する寄与度は、米国よりは低いものの、英国及びドイツと異なりプラスであり、非ICT投資と同様に英国及びドイツと比較すると遜色はない。ただし、我が国では、組織の再編や従業員への追加的なICTスキルに関するトレーニング費用を避けるため、企業が企業独自のIT機器を使い続けたことなどによりICT資産を非効率に活用してきた可能性があるとの指摘がある15。
一方で、我が国における無形資産の名目労働生産性の上昇に対する寄与度は米国、英国及びドイツと比較すると、低い水準にあり、2010年代はほぼ0%になっている16。このため、我が国の無形資産の状況について詳細に確認する。無形資産投資の対名目GDP比を我が国、米国、英国及びドイツで比べると、我が国は小さいほか、2010年代の無形資産投資の上昇率をみると、我が国では年平均で0.9%17と、米国、英国及びドイツと比較して弱い動きとなっている(第2-(1)-8図(2))。また、無形資産投資の上昇率と名目労働生産性の上昇率との関係について分析を行うと、1990年代後半、2000年代、2010年代のいずれの期間においても、無形資産投資と名目労働生産性の間に正の相関関係がみられており、無形資産投資の増加が名目労働生産性の上昇につながっていることが考えられる(第2-(1)-8図(3))。
続いて、産業別の無形資産の状況について確認する。産業別のデータについては、前提となるデータや推計方法によって結果が異なるため、推計値は相当な幅を持ってみる必要はあるが、産業別の無形資産投資の上昇率と名目労働生産性の上昇率の関係についてみると、製造業及び卸売・小売業等の非製造業の両方で、無形資産投資の上昇は、名目労働生産性の上昇に対しプラスで統計的に有意な推計結果となっている(第2-(1)-9図)。また無形資産投資の上昇が名目労働生産性の上昇に与える影響については、卸売・小売業及び医療・福祉業などでも情報通信業と効果は大きく変わらないとの推計結果になっている。しかし、我が国の各産業における無形資産投資の上昇率は、米国、英国及びドイツと比較すると低水準にとどまっており、このことが名目労働生産性の上昇率の鈍化を招いていると考えられる18。
AI等の利用促進につながる非製造業のソフトウェア投資の促進が重要
無形資産の動向をより詳細に確認する。無形資産は、情報化資産、革新的資産、経済的競争能力に分けることができる19。情報化資産は、ソフトウェア投資、データベース等が対象となっている。革新的資産は、研究開発、著作権、デザイン等が含まれており、経済的競争能力は、ブランド、企業特殊的人的資本20、組織改編費用が対象となっている。
情報化資産、革新的資産及び経済的競争能力の推移をみると、我が国は、米国、英国及びドイツと比較して経済的競争能力のGDPに占める割合が低く、経済的競争能力の内訳をみると特に組織改編費用の割合が低い(第2-(1)-10図(1))。組織改編費用は、組織の改編や発展のための経費で構成されているが、これには、社内の組織改編、組織の統合のみならず、給与制度など組織の制度変更なども含まれている。ただし、各国とも組織改編費用は各国の役員報酬の20%相当という仮定等を置いて推計していること、各国で会社の組織改編に対する慣習の違いがあることなどを踏まえると、組織改編費用は各国で単純に比較できないことに留意が必要である。例えば、米国では、IT改革の際に、IT関係のソフトに合わせて組織改革が進んだ一方、我が国では既存組織を変えずに特注のソフト導入が一般的だったとの指摘があり21、この場合は米国では組織改編費用が大きく増加することになるが、我が国では組織改編費用はほとんど変化がないことになる。また、経済的競争能力のうち企業特殊的人的資本の割合も、我が国は、米国、英国及びドイツと比較して最も低い(第2-(1)-10図(2))。ただし、企業特殊的人的資本は、企業の教育訓練費用とその機会費用から計測されており、職場外研修費用(OFF-JT)に限定して計測しているため、OJTが多い我が国では相対的に小さくなる可能性が高いと考えられ、経済的競争能力の推計値については相当な幅をもってみる必要がある。
近年、社会構造がこれまでにないスピードで大きく変化する中では、労働力需要に応じた組織の変化が必要となる機会が増加していくと予想される。円滑な組織の変化の実現には、人への投資の強化等を通じ、労働者のスキルが向上することなどが重要となるため、企業は組織改編費用、人的資本投資が含まれる経済的競争能力への投資を行っていくことも必要であると考えられる。
続いて、革新的資産及び情報化資産のGDP比をみると、我が国は、米国、英国及びドイツと遜色がない。しかし、情報化資産の多くを占めているソフトウェアの資本ストックについて製造業及び非製造業に分けて確認すると、我が国は、情報化資産のうちソフトウェアの資本ストックは製造業においては米国、英国及びドイツと比べても遜色がない伸びとなっているが、非製造業においては、米国、英国及びドイツと比べて伸びが低迷しており、非製造業におけるAI投資の中核を構成しているソフトウェア投資22の遅れが課題であることが分かる(第2-(1)-11図)。
大企業と比較し中小企業ではAI等の利用促進が進んでいない
我が国の非製造業のソフトウェア投資が遅れている背景には、非製造業の約99%23を占める中小企業24の投資が遅れていることが考えられる。非製造業について、資本装備率をみると、中小企業は、大企業と比較し、その割合が低く、特にソフトウェア装備率に限ると、中小企業は大企業の7%程度にとどまる(第2-(1)-12図)。また、ソフトウェア投資のうち近年広がりをみられる生成AIの活用状況を企業規模別にみると、従業員数300人未満の企業では、生成AIを「全社的に活用している」と回答した割合は1.3%にとどまり、「一部の組織で活用している」も18.4%と低い。一方、5,000人以上の大企業は、「全社的に活用している」割合が19.0%で、300人未満の企業を大きく上回る。「一部の組織で活用している」は36.5%であり、大企業でみると半分を超える企業でAIを活用している機会があることが分かる(第2-(1)-13図)。
近年では生成AIを使った機械化や自動化などAIの活用は多くの場面でみられていることから、大企業だけでなく中小企業も、設備投資が相対的に少なく済む生成AIの導入の検討を積極的に行うことが重要である。中小企業におけるAI等の導入を促進するには、デジタル投資の促進の支援策など企業のAI等の新しいテクノロジー(以下「AI等」という。)を通じた業務効率化等を後押しする支援策を行うことが望ましい。また、中小企業は、AI等の導入といった課題を設定する以前に、そもそも自社の課題が明確化されていないことも多い25ため、中小企業の課題明確化の支援を国や地方自治体で行うなど労働政策だけでなく産業政策との両輪で取り組むことが必要である。
AI等の導入には労働者が導入の変化に対し具体的なイメージを持てるようにすることが必要
AI等を職場に導入するにあたっては、労働者のAI等に対する漠然とした不安をなくし、職場で安心して働き続けるようにしていく環境づくりが不可欠である。JILPTが2025年2~3月にかけて実施した「働く意識の変化や新たなテクノロジーに応じた労働の質の向上に向けた人材戦略に関する調査」では、経済社会活動の変化及び新技術に対する認識について設問が設けられ、AI等が職場に導入された場合に期待される効果や、労働者が抱く不安・懸念について調査が行われている。この調査結果を踏まえ、労働者の職場におけるAI等の導入に対する認識を明らかにする。
まずは「煩雑なタスクから解放される」又は「仕事のパフォーマンスが向上する」といった労働者のAI等への期待について、職種別に労働者の認識を整理すると、顕著な傾向がみられる(第2-(1)-14図)。AI等の導入をポジティブにとらえる者の割合が相対的に高いのは、「IT関係の仕事」を筆頭に、「営業の仕事」「事務の仕事」「管理的な仕事」(以下「非現場職種」という。)に従事する者である。非現場職種では、既にAI等の活用が日常業務に定着しており、AI等を応用する具体的なイメージを持ちやすく、前向きな評価が促進されていると推察される。一方で、「医療関係の仕事」「技能工・生産工程に係る仕事」「介護関係の仕事」「輸送・機械運転の仕事」「サービスの仕事」といった職種(以下「現場職種」という。)においては、「煩雑なタスクから解放される」又は「仕事のパフォーマンスが向上する」と認識する者の割合は、相対的に低い水準にとどまっている。現場職種では、業務の多くが対人対応や身体的作業であり、AI等による省力化や効率化の恩恵を実感しにくい構造にあるとともに、AI等が業務負担の軽減につながるというイメージが十分に共有されていない可能性がある。以上の職種間の認識の差異を踏まえると、AI等の導入を促進していくためには、現場の実態に即した導入事例の周知啓発の取組が必要である。
次に、AI等が職場において活用された場合に関する不安を確認するために、「職場で取り残されることが心配」と認識する者の割合をみると、「専門的な仕事」や「IT関係の仕事」においては、職種の専門性の高さに加え、既にAI等が導入されていることから、不安感が他の職種と比較して低い状況にある(第2-(1)-15図)。また、「営業の仕事」や「サービスの仕事」についても、業務の中核に対人コミュニケーションが位置づけられていることから、不安感は限定的となっている。一方で、「労務作業等の仕事」や「事務の仕事」のほか、「介護関係の仕事」や「技能工・生産工程に関わる仕事」では、「職場で取り残されることが心配」と認識する者の割合が他の職種と比較して高い水準にある。
これらの結果から、AI等の導入に対する不安は、職種の性質や既存の技術的環境によって異なることが分かる。特に業務内容の変化が直接的に影響を及ぼす可能性の高い職種においては、導入プロセスにおける十分な説明と現場対応が不可欠である。今後、導入の円滑化を図る上では、AI等の導入の具体的な活用事例や成果について丁寧に周知し、その利点や業務改善効果を可視化するなど、労働者一人ひとりの理解・納得を得るための丁寧なコミュニケーションが求められる。また、実際の業務への展開を見据えた効果的な研修やスキル形成の機会を確保することで、技術導入に伴う不安の軽減を図ることも必要である。
少子高齢化の進展に伴い医療・福祉業及びサービス業等の就業者が占める割合は高まる傾向
労働生産性の変化は、技術進歩などによる社会構造変化、高齢化による産業構造変化など、単なる資本と労働の変化によらないものにも影響を受けることから、これらの要素が第2-(1)-8図(1)の「その他」の一部を構成していることが考えられる。このため、我が国が直面している高齢化による産業構造の変化に焦点を当て、労働生産性との関係について分析を行う。なお、本分析は国際比較に関するデータベースを用いていることから、各国において産業分類等が完全には一致しておらず、一定の幅を持ってみる必要がある。
まずは、主要国の産業間における名目労働生産性26の格差をみると、共通する傾向がみられており、金融・保険業や情報通信業といった分野では相対的に名目労働生産性が高いが、卸売・小売業、建設業、医療・福祉業、宿泊・飲食サービス業などの産業(以下「医療・福祉業及びサービス業等」という。)では、相対的に名目労働生産性が低い傾向がある27(第2-(1)-16図(1))。また、医療・福祉業について、当該産業での就業者割合と高齢化率との関係をみると、高齢化率が高い国ほど医療・福祉業に従事する就業者の割合が高くなる傾向にあり、少子高齢化が進むと医療・福祉業などサービス関係の産業で働く就業者の割合が高まり、相対的に名目労働生産性の低い産業の就業者のシェアが上昇する傾向があることが分かる(第2-(1)-16図(2))。
次に、医療・福祉業及びサービス業等の就業者の割合を確認すると、少子高齢化が進んでいる米国、英国及びドイツでは我が国と同様の傾向がみられており、1990年代後半と比較して、2010年代には医療・福祉業を始めとした産業の就業者数の割合が上昇していることが分かる(第2-(1)-17図(1))。1990年代後半及び2010年代について、全産業に占める医療・福祉業及びサービス業等の付加価値の割合の変化をみると、米国、英国及びドイツと同様、我が国はほぼ横ばいとなっている。しかし、2000年代から2010年代にかけての実質労働生産性上昇率について確認すると、医療・福祉業、卸売・小売業、宿泊・飲食業ともに我が国は米国、英国及びドイツよりも低い水準となっており、実質労働生産性の上昇が課題であることが分かる(第2-(1)-17図(2))。
就業者と実質労働生産性の関係をより詳細に確認するため、我が国、米国、英国及びドイツの4か国における産業別の実質労働生産性の変化と、産業別の就業者数の変化との関係をみる。主要国のなかで実質労働生産性の高い産業のうち、情報通信業は、米国、英国及びドイツにおいて、就業者数の増加とともに実質労働生産性の上昇がみられる(第2-(1)-18図)。一方、我が国の情報通信業では就業者数の増加は確認されているが、近年は実質労働生産性の上昇が鈍化している。製造業については、我が国においても米国及び英国と同様に、実質労働生産性の上昇とともに就業者数の減少がみられる。
第2-(1)-16図(2)のとおり、少子高齢化が進むにつれて医療・福祉業及びサービス業等の就業者数の割合が高まるため、我が国では、医療・福祉業及びサービス業等に着目することが必要である。JILPT が行った将来推計によると、成長実現・労働参加進展シナリオにおいて、医療・福祉業は現在よりも200万人以上の就業者数の増加が見込まれている。
これらを踏まえ、医療・福祉業の就業者と実質労働生産性の関係を詳細に確認すると、我が国の医療・福祉業では、高齢化の進行に伴い就業者数が増加しており、実質労働生産性は緩やかに低下していることが分かる。一方で、米国、英国及びドイツでは、医療・福祉業の就業者数は我が国と同様に増加しているが、実質労働生産性は上昇又はほぼ横ばいで推移している28。卸売・小売業では、我が国は、就業者が米国、英国及びドイツと同様の動きとなっているが、実質労働生産性はほぼ横ばいとなっている。また、宿泊・飲食業では、我が国は、米国、英国及びドイツと同様、就業者数が緩やかに増加し実質労働生産性が低下しており、これらの国のなかで最も実質労働生産性が低下していることが分かる。
医療・福祉業及びサービス業等の実質労働生産性の上昇に向けては、前述のように、AI等ソフトフェア投資の促進が重要な取組の一つである。例えば、介護においては、センサー技術とAI等を組み合わせた遠隔モニタリングシステムは、高齢者の健康状態を24時間継続的に見守ることにより異常の早期検知を可能とし、介護現場での緊急対応の必要性を軽減する効果が期待できる。国際機関のレポートでは、介護におけるアラームやスマートセンサー等の導入により、夜間の見回り業務に要する時間が37%削減される旨が指摘されている29。また、介護の利用者への直接的な介護サービスの提供だけでなく、介護事業所における給与計算等の事務的業務についても、AI等を導入することによって労働者の事務作業の負担を軽減することが可能と考えられる。「令和6年版労働経済の分析」では、給与計算を一元管理するシステム及び情報共有を可能にする他事業所との連携プラットフォームなどの導入が、介護の事務的業務の軽減に効果があると分析しており、医療・福祉業及びサービス業等においても、AI等の積極的な活用が重要である30。
注釈
- 1年平均成長率をいう。
- 2小峰編(2011)によると、1980年代後半においては、積極的な設備投資需要や堅調な消費の伸びが内需主導型成長の要因であったと分析している。
- 3IMF(2017)によると、多くの諸外国において、経済の成熟と合わせて発生する高齢化等による労働力の上昇率の低下により、経済成長が鈍化する傾向にあることが示されている。
- 4コブ=ダグラス型生産関数では、生産量は以下のように表される。
Y = AKα L1-α
ただし、YはGDP、Aは技術進歩等、Kは資本投入量、Lは労働投入量、αは資本分配率を表す。 - 5資本投入量及び技術革新に関する分析は、厚生労働省「平成28年版労働経済の分析」参照。
- 6一人当たり年間総労働時間については各国のデータ出典の違い等から各国間比較を行う際には一定に幅を持ってみる必要がある。
- 7月間総実労働時間に就業者数を乗じて算出したもの。
- 8我が国の名目ベースの労働生産性の水準を国際比較でみると、OECD諸国中でも低位にとどまる。しかし、例えば、サービス業の生産性の水準を計測し国際比較する場合、サービスの質の国際格差を調整することが困難との指摘がある点に留意が必要である。具体的には、小売店舗で類似の商品を扱う平均的な競合店舗より従業員を多く配置して接客サービスを提供する場合、顧客は満足度の高いサービスを受けている可能性があるが、仮に売上が同じであれば、労働費用が高い分だけ、労働生産性水準は低く計測される。
- 9使用するデータの制約上、労働生産性について名目値を用いて分析を行っている。
- 10分析においてはスキルを賃金の水準で代用している。
- 11受注ソフトウェア・パッケージ・ソフトウェア・自社開発ソフトウェア・データベース・研究開発(R&D)、他の製品開発・著作権及びライセンス・デザイン(機械設計、建築設計)・資源開発権・ブランド資産(広告、市場調査)・企業特殊的な人的資本形成の取組(社員教育・研修の実施、実施に必要な人材導入)・組織改編(コンサルタントサービスの導入、経営管理にかかる取組)。
- 12ICT投資とは、PCのハードウェアや通信機器への投資をいう。
- 13その他については、技術革新等資本と労働の増加によらない生産の増加を表す様々なものが含まれている。
- 14労働者の構成比の寄与は、製造業の労働者が減少する一方で医療・福祉業等のサービス業の労働者が増加していることなどから、近年では主要国で名目労働生産性に対する寄与は小さくなってきている。
- 15ICT資産に関する指摘については、Fukao et al(2021)を参照。
- 16無形資産と労働生産性の上昇の関係の分析については、内閣府「年次経済財政報告」、厚生労働省「労働経済の分析」及び国際機関のレポート等多くの先行研究がある。
- 17有形資産と比べて無形資産は、一般的に企業にとっては、その蓄積によってどの程度の成果を得ることができるか不確実性が高いこと、資金調達の際の担保になりにくいことなどの特徴が指摘されている。
- 18深尾(2009)によると、米国では1990年代後半に無形資本が急速に成長したのとは対照的に、我が国の無形資本の成長率は1980年代後半から2000年代初頭にかけて減少したことが示されている。
- 19無形資産の分類についてはCorrado et al(2005)を参照。
- 20「企業特殊的人的資本」(firm-specific human capital)とは、人的資本のうち一般的な人的資本(general human capital)と区別して特定の企業でのみ通用する人的資本をいう。詳細は、Becker(1962)を参照。
- 21我が国における組織改編費用の特徴についてはFukao et al(2021)を参照。
- 22内閣府「令和5年度年次経済財政報告」では、Corrado et al(2005)に基づいて、情報化資産には、ソフトウェア及びデータベースが含まれており、DXの中核を構成していると整理している。
- 23詳細は中小企業庁「中小企業の企業数・事業所数」を参照。
- 24中小企業で働く労働者の割合をみると、製造業64.9%であるが、非製造業のうち例えば宿泊・飲食サービス業は78.1%、医療・福祉は89.4%となっている(「中小企業・小規模事業者の数(2021年6月時点)」)。
- 25中小・小規模事業者のうち、経営課題が明確でない事業者に関する調査については、中小企業庁(2017)を参照。
- 26使用するデータの制約上、労働生産性について名目値を用いて分析を行っている。
- 27この傾向はOECD(2023a)も指摘している。
- 28日本における就業者は1995年から2021年にかけて0.4%増加している。
- 29介護現場におけるソフトウェア投資の影響についてはOECD(2023b)を参照。
- 30詳細は厚生労働省(2024)を参照。

