第Ⅱ部 持続的な賃上げに向けて

2022年の我が国の賃金の動向については、経済活動の正常化に向けた動きが進む中で、所定内給与と特別給与の増加が牽引し、特に、12月の現金給与総額については、25年11か月ぶりの伸び幅となる等、感染拡大前の2019年の水準を大きく上回った。こうした中で、2022年の春季労使交渉については、妥結額、賃上げ率ともに4年ぶりに前年の水準を上回った。一方で、ロシアのウクライナ侵攻や円安の進行等により、輸入原材料の価格の高騰に伴った大幅な物価上昇がみられ、これにより実質賃金が減少した。
 既に人口減少社会に入り、労働供給制約を抱えている我が国経済が再び成長軌道に乗るためには、将来にわたって企業が安定的な成長を続けるとともに、賃上げを通じて、企業活動による果実がしっかりと分配され、消費等を通じてそれが更なる成長につながる「成長と分配の好循環」を実現していくことが極めて重要である。
 第Ⅱ部では、賃金と労働生産性(以下「生産性」という。)の伸びに乖離がみられるようになったここ25年間に着目し、我が国において賃金が伸び悩んだ背景について分析していくとともに、賃上げが企業・労働者や経済全体に及ぼす影響や、今後の持続的な賃上げに向けた方向性等について確認していく。
 具体的には、第1章では、1996年以降の我が国の賃金動向について、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスといった主要先進国とも比較しながら確認するとともに、我が国において賃金が必ずしも生産性の伸びほど増加していない背景について、過去の労働経済白書における分析を踏まえつつ、5つの仮説の検証を行っている。
 第2章では、賃金が増加することによりもたらされる好影響をテーマとして、企業や労働者へ与える効果(ミクロの視点)と、消費や生産、結婚等の経済全体への効果(マクロの視点)に分けてそれぞれ分析を行った。ミクロの視点では、求人賃金が求人の被紹介確率に与える影響や、賃金の増加が労働者の満足度に与える影響等を確認するとともに、マクロの視点として、賃金が増加することによる消費や生産への影響や、結婚確率に与える影響等を分析した。
 第3章では、(独)労働政策研究・研修機構が実施した企業への調査を用いて、企業が賃金決定に当たり考慮する要素をみることで、賃上げと業績や経済見通し、企業における価格転嫁や賃金制度等の関係について分析した。また、今後持続的に賃金を増加させていくための方向性として、スタートアップ企業等の新規開業、転職によるキャリアアップに加え、非正規雇用労働者の正規化を取り上げ、これらが賃金に及ぼす影響を確認した。さらに、法律により賃金等について規定する最低賃金制度と同一労働同一賃金の2つの政策を取り上げ、これらが賃金に及ぼした影響についても分析した。