第Ⅱ部 労働者の主体的なキャリア形成への支援を通じた労働移動の促進に向けた課題

第Ⅰ部「労働経済の推移と特徴」でみたように、2021年も、感染症の影響による経済社会活動の抑制措置が断続的に行われた。雇用情勢は一進一退の状況となったものの、2020年に引き続き、雇用調整助成金等の政策による下支え効果もあり、完全失業者数の大幅な増加はみられなかった。他方、近年増加してきた転職者数は2020年に引き続き、2021年も大幅に減少となり、より良い条件の仕事を探すためといった、前向きな理由で転職する労働者が大幅に減少しており、感染症の影響下で外部労働市場における労働移動の動きには停滞がみられる。
 我が国の労働市場をとりまく状況をみると、介護・福祉人材やIT人材の労働力需要の増大など、経済社会の変遷に伴い変化する労働力需要への対応が求められている。我が国が人口減少局面を迎えている中、こうした労働力需要を新規学卒者のみで満たすことは困難である。これまで、女性や高齢者などの労働参加を促進する政策を展開してきたが、これに加えて、中途採用などの外部労働市場を通じた労働力需給の調整も重要となっていくと考えられる。
 また、我が国の経済成長や賃上げといった主要課題の実現には、生産性の向上が重要である。労働移動を通じた外部人材の登用は、組織の活性化等を通じて生産性の向上にも資すると考えられる。
 また、感染症の拡大後の不安定な雇用情勢の中では、雇用や生活を守ることが重要となっており、雇用調整助成金等の対策が重要な役割を果たしてきた1が、今後は、こうした雇用維持政策に加え、労働者の能力開発等を通じた労働移動の支援の充実が求められている。
 第Ⅱ部では、こうした問題意識に基づき、労働者の主体的なキャリア形成への支援を通じた労働移動の促進に向けた課題について分析を行っていく。
 第1章では、我が国の今後の労働力需給の展望を見据えた上で、我が国の労働市場が抱える課題や今後の日本経済のさらなる成長及び賃上げに向けた課題を概観しつつ、それらの課題に取り組む上での労働移動の重要性を確認する。第2章では、我が国の労働移動の概況について、転職者の全体的な動向を概観するとともに、産業間や職業間の移動など、いわゆるキャリアチェンジを伴う転職の動向や、賃金、役職の変化など、転職によるキャリアアップの動向について分析する。
 第3章では、転職やキャリアチェンジを希望する者が転職を実現する上でどのような課題があるかについて分析を行う。第4章では、第3章でみた課題を踏まえ、労働者の主体的なキャリア形成や労働移動を促進する上で労使や行政に求められる取組について考察する。特に、行政の取組については、根拠に基づく政策形成(EBPM)の一環として、厚生労働省が保有する行政記録情報を用いて公共職業訓練の効果と課題に関する分析を行う。

注釈

  1. 1「令和3年版労働経済の分析」において、雇用調整助成金等の支給により、2020年4月~10月の完全失業率は2.6%ポイント程度抑制されたと推計している。他方で、同白書は、雇用調整助成金等について、成長分野への円滑な労働移動等、円滑な産業調整を遅らせるといった指摘や、長期間にわたり休業による雇用維持を図り続けることで、労働者の能力が十分に発揮されず、経済社会の中での活躍の機会が得られないといった指摘があるとしている。