第3章 主体的な転職やキャリアチェンジの促進において重要な要因

これまで、我が国の労働移動の促進の重要性や、労働移動に関する概況をみてきた。本章においては、労働移動に関する状況をより詳細に分析し、労働者の主体的なキャリア形成の意識に基づく労働移動を促進する上で重要と考えられる要因について明らかにしていく。労働者が主体的にキャリア形成を行う中で、転職も一つの選択肢である。労働移動の促進に当たっては、希望する者が、希望する仕事への転職を主体的に実現できる環境づくりが求められる。
 このような問題意識に基づき、転職を希望する者(転職希望者)が、転職活動へ移行し、実現するに当たり、重要な要素が何であるかについて明らかにしていく。また、職種間の移動に着目し、異分野へのキャリアチェンジに当たって重要となる要素についても考察する。転職やキャリアチェンジに関する意思決定には、労働者の職業経験や能力、職場環境といった働くことに関する要素に加え、労働者の家族の状況など様々な要素が影響すると考えられる。加えて、主体的な転職活動への移行や転職の実現に当たっては、「キャリアの見通し」や「自己啓発」も重要と考えられることから、それらが転職やキャリアチェンジの実現に及ぼす影響について分析していく。
 さらに、今後、労働力需要が高まっていく介護・福祉分野及びIT分野について、他分野からこれらの分野に移動する者の特徴について分析を行う。

第1節 転職希望者の転職活動への移行や転職の実現に向けた課題

本章では、リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」を主なデータの一つとして用いて分析を行っていく。「全国就業実態パネル調査」の2019年調査(2018年12月時点)の対象者で就業者のうち、転職希望がある者を「転職希望者」(以下同じ。)と定義し、そのうち実際に転職活動をしている者を「転職活動移行者」(以下同じ。)と定義する。さらに、2019年調査において転職希望者であった者について、2021年調査(2020年12月時点)において、2019年調査以降に転職をしたと回答した者を「2年以内転職者」(以下同じ。)と定義する1
 本節では、転職希望者等の概況や転職活動への移行等に関する課題について、労働者の属性別にみていく。

転職希望者は就業者のうち4割程度であり、このうち転職活動移行者は1割強、2年以内転職者は2割程度となっており、いずれも年齢とともに低下する傾向がある

まず、転職希望者等の状況を概観する。第2-(3)-1図は、男女別・年齢階級別に転職希望者、転職活動移行者及び2年以内転職者(以下「転職希望者等」という。)の割合をみたものである。これによると、2018年12月時点において、転職希望者は就業者のうち37.6%となっている。転職希望者のうち、転職活動移行者は15.2%、2年以内転職者は20.5%となっており、転職希望者のうち、実際に転職活動を行う者や転職を実現する者は1~2割程度である。年齢階級別にみると、転職希望者の割合は年齢が上がるにつれて一貫して低下する一方、転職活動移行者の割合は「55~64歳」までは低下した後、「65歳以上」では上昇する。また、2年以内転職者割合は「45~54歳」までは低下した後、55歳以上の年齢層では上昇する。
 男女別にみると、男女ともに転職希望者の割合は年齢が上がるにつれて低下しており、55歳以上を除き、いずれの年齢階級でも女性の方がやや高くなっている。転職活動移行者割合は、男女ともに年齢が上がるにつれておおむね低下し、男性は「65歳以上」、女性は55歳以上の年齢層で上昇している。転職活動移行者の割合については、54歳以下の年齢層では、男性の方が女性よりもやや高くなっている。2年以内転職者割合をみると、男女ともに54歳以下の年齢層までは低下し、55歳以上では上昇しており、「55~64歳」を除き、女性の方が男性よりも高くなっている。
 高年齢層で2年以内転職者の割合が上昇しているのは、定年や退職勧奨といった、自己都合以外の理由により前職を退職する者が増えるためと考えられる2。そのため、高年齢層の転職動向については他の年齢層と区別してみる必要があるが、男女ともに、年齢が上がるにつれて転職希望者等の割合は低下する傾向がおおむねみられる。

現職の産業別では「飲食店、宿泊業」「医療・福祉」で転職希望者の割合が高く、「飲食店、宿泊業」「教育・学習支援」等で転職活動移行者の割合が高い。職種別では「サービス職」で転職希望者や転職活動移行者の割合が高く、「管理職」で低くなっている

第2-(3)-2図により、現職の産業別に転職希望者等の状況をみると、転職希望者の割合は「飲食店、宿泊業」「医療・福祉」で高くなっており、転職活動移行者の割合は「飲食店、宿泊業」のほか、「教育・学習支援」等でも高くなっている。2年以内転職者の割合は、「電気・ガス・熱供給・水道業」で高いほか、「飲食店、宿泊業」「医療・福祉」等でも比較的高く、「郵便」「建設業」等で低くなっている。「飲食店、宿泊業」で転職希望者や転職活動移行者の割合が高いが、非正規雇用労働者の割合が高いことが影響している可能性がある。
 第2-(3)-3図により、現職の職種別についてみてみると、「サービス職」で転職希望者及び転職活動移行者のいずれの割合も高くなっているのに対し、「管理職」ではいずれの割合も相対的に低くなっている。2年以内転職者については「サービス職」のほか、「生産工程・労務職」でやや高くなっている。「サービス職」でいずれの割合も高いのは、「飲食店、宿泊業」と同様、非正規雇用労働者の割合が高いことが影響していると考えられる。一方で「管理職」は、年齢が高い者や就業経験年数が長い者も比較的多いことが影響していると考えられる。

男性の中堅層で転職活動移行者や2年以内転職者の割合が低くなっている

ここまで、性別や年齢層などにより転職希望者等の状況をみてきた。転職希望者等の割合は、いずれも年齢が上がるにつれておおむね低下することや、男性よりも女性の2年以内転職者の割合が高いなど、男性と女性でやや傾向が異なることが分かった。
 転職に係る意思決定には、現職の雇用形態や役職といった、過去の就業経験を通じて形成してきた自らの労働市場での評価や転職後の職業生活の見通しが影響を及ぼす可能性がある。
 また、職業生活は家庭生活にも大きく影響を与える。転職によって、勤務地、勤務時間、収入などが変化することもあるため、転職に当たって、家族への影響も検討して意思決定をしている労働者も多いと考えられる。ここからは、労働者個人の職場や仕事に関する状況や、家族の状況といった要素が転職意思や転職行動に及ぼす影響について考察を行うとともに、転職希望者が転職活動に踏み切り、転職を実現する上で重要となる要因について分析を行っていく。
 まず、第2-(3)-4図は、男女別・役職別にみた転職希望者等の状況である。男性についてみると、「役職なし」と比較して、「係長・主任クラス」「課長クラス」「部長クラス」といった役職者では役職が上がるにつれて転職希望者の割合が低下している。転職活動移行者や2年以内転職者については、「係長・主任クラス」「課長クラス」のいわゆる中堅層で低くなっている。女性についてみると、転職希望者割合は男性と同様、役職が上がるにつれて低下し、2年以内転職者の割合も「係長・主任クラス」「課長クラス」といった中堅層で低くなっているが、転職活動移行者の割合はこれらの者での低下はみられない。

子育て世代では、男性では子どもがいない場合、転職希望者の割合は高いほか、転職活動移行者は末子が「15歳以上」の場合に、2年以内転職者は末子が6歳以上の場合に低い割合となっている

労働者の家族の状況が転職行動に及ぼす影響もみてみよう。子どもの有無とその年齢は、子育てにおけるワークライフバランスの確保や、教育費などの子育てに必要な収入の確保といった観点から、転職行動に対して何らかの影響を及ぼしていることが考えられる。第2-(3)-5図は男女別に、子どもの有無とその年齢階級別に転職希望者等の状況をみたものである。本人の年齢や就業経験年数による影響をできる限り除きつつ、子どもの年齢階級ごとのサンプルサイズをある程度確保するため、本人の年齢を「30~49歳」(子育て世代)に限定し、末子の年齢を「0~5歳」(未就学児)、「6~14歳」(小・中学生)、「15歳以上」(高校生以上)に分けて分析した。子どもがいない場合と比較すると、子どもがいる場合での転職希望者の割合は男女ともにいずれの年齢階級でも低くなっており、男性の方がその差が大きくなっている。また、男性では末子の年齢が上がるにつれて転職希望者の割合は低下している。転職活動移行者についてみると、男性では末子が「15歳以上」の場合に、割合が低くなっており、2年以内転職者については末子が6歳以上の場合に、割合が低くなっている。一方、女性では転職活動移行者や2年以内転職者の割合は、末子が「0~5歳」の場合に比較的高くなっているが、男性と比較すると子どもの有無やその年齢によって転職活動移行者や2年以内転職者の割合に大きな違いは無い。
 この結果からは、子どもの有無やその年齢は、男性の転職行動により大きく影響を与えている可能性が示唆される。この要因について、「全国就業実態パネル調査」のデータから更なる分析を行うことは難しいが、末子が就学年齢以上の者は、教育費用等の子育て費用が大きくなるため、転職により収入への影響が出ることを懸念している可能性が考えられる。
 また、第2-(3)-4図において、男性において中堅層で転職行動に移行しにくい傾向があることを指摘したが、現在の職場において一定の立場を確保している場合、転職により、役職が低下することを懸念している可能性も考えられる3

仕事の満足度が低い場合やワークライフバランスが悪化している場合に加え、キャリアの見通しができている場合などに、転職活動への移行が促進される可能性がある

転職の意思や転職活動への移行を促進する要因は何だろうか。「全国就業実態パネル調査」では、労働者の現在の職場の状況や、仕事の満足度、ワークライフバランス、自己啓発活動の有無等の状況について調査している。これらの要因が転職の意思や転職行動に及ぼす影響をみてみよう。
 第2-(3)-6図は、職場の状況、仕事の満足度及びワークライフバランスの状況と転職希望者等の割合の関係をみたものである。「仕事そのものに満足していた」「職場の人間関係に満足していた」といった項目ごとに、当該項目に「当てはまる」と答えた者又は「当てはまらない」と答えた者のそれぞれについて、転職希望者等の割合を算出し、「当てはまる」場合の転職希望者等の割合から「当てはまらない」場合の転職希望者等の割合を差し引いている。したがって、数値が正の場合は、当該項目に「当てはまる」場合の方が転職希望者等の割合が高く、負の場合は「当てはまらない」場合の方が転職希望者等の割合が高いことを意味する。
 これによると、「仕事そのものに満足していた」「職場の人間関係に満足していた」など、仕事に対して満足感を感じている場合は、転職希望者や転職活動移行者の割合が低いことが分かる。一方、「処理しきれないほどの仕事であふれていた」「仕事と家庭の両立ストレスを感じていた」など、仕事に対して負担やストレスを感じている場合は転職希望者の割合が高くなっている4。転職活動移行者の割合についても同様に、仕事に対して満足感を感じている場合にやや低く、負担やストレスを感じている場合にやや高くなっているが、他方で「今後のキャリアの見通しが開けていた」に該当する場合にも高くなっている。転職希望がある者は、自らのキャリアの展望が明確である場合の方が、転職活動に移行することができていることを示唆している。
 第2-(3)-7図は、各種の自己啓発活動について、当該活動の実施の有無別に、同様に転職希望者等の割合の差をみたものである。総じて、自己啓発を実施している場合の方が、実施していない場合よりも転職を考えている割合が高く、「学校に通った」「単発の講座、セミナー、勉強会に参加した」「通信教育を受けた」など、より積極的な学習活動では、転職活動移行者の割合が高くなっている。
 なお、「単発の講座、セミナー、勉強会に参加した」以外の自己啓発活動については、実施していない場合の方が、2年以内転職者の割合が高くなっているが、自己啓発活動の実施以外にも、労働者本人の技能や経験、前職を退職した理由など様々な要因が転職の実現に影響していると考えられることも考慮する必要がある。

正社員の場合や中堅層の場合、転職活動への移行や転職の実現がしにくい可能性がある。また、キャリア見通しができていると、転職活動に踏み切りやすい可能性がある

ここまで、男性について子どもがいる場合や、正社員・中堅層である場合に転職活動に踏み切りにくいこと、キャリアの見通しができている場合などに転職活動への移行が促進される可能性があることについてみた。既に述べたように、転職活動への移行や転職の実現には、職場の状況や労働者本人の属性等、様々な要素が影響すると考えられるため、これらについて、より詳細な検証を行う必要がある。そこで、転職希望者について、転職活動移行者となるか否か及び2年以内転職者となるか否かのそれぞれを被説明変数とし、性別や役職の有無、子どもの有無といった属性や、キャリア見通しの状況及び自己啓発の実施といった要因を説明変数として、重回帰分析(ロジスティック回帰分析)を行った。
 第2-(3)-8図の左図は、転職希望者について、転職活動への移行の有無を被説明変数とし、性別と役職の有無、子どもの有無とともに、キャリア見通しや自己啓発の実施を説明変数としてロジスティック回帰分析を行った結果である。これによれば、「子ども有り」の場合や「正社員」の場合に係数が負で統計的に有意となっており、これらの場合に転職活動に移行しにくい傾向がある。また、「男性」かつ「係長・主任クラス」である場合の交差項の係数が負で統計的に有意となっていることから、「男性」の「係長・主任クラス」である場合は転職活動に移行しにくい傾向があることが分かる。右図は同様の説明変数を用いて、被説明変数を転職希望者について2年以内の転職の有無としたロジスティック回帰分析の結果であり、「正社員」のほか、役職が「係長・主任クラス」の場合の係数が負で統計的に有意となっており、男女問わず正社員である場合や「係長・主任クラス」の役職者で転職が実現しづらい傾向があることが分かる。
 他方、左図の「キャリア見通しができている」「自己啓発実施」の係数は正で統計的に有意となっており、男女ともにキャリア見通しができている者や、自己啓発に取り組んでいる者は、転職活動に移行しやすい傾向があることが分かる。
 次に、第2-(3)-9図は、被説明変数を転職希望者が2年以内に転職するか否か、説明変数を雇用形態や役職とキャリア見通しの状況等としたロジスティック回帰分析の結果である。転職活動は、現在の会社での役職や将来にわたるキャリアと引き替えに、新しい会社での地位とキャリアを得るものである。このため、転職活動移行者や2年以内転職者は、双方のキャリアについての展望を明確にしているものと想定される。左図では、現職で正社員であるか否かやキャリア見通しができているか否か等の状況を説明変数としているが、「正社員」の係数が負で統計的に有意である一方、「正社員」と「キャリア見通しができている」の交差項の係数は正で統計的に有意となっている。また、右図は現職の役職やキャリア見通しができているか否か等の状況を説明変数とした結果であるが、役職が「係長・主任クラス」「課長クラス」である場合の係数が負で統計的に有意である一方、「課長クラス」と「キャリア見通しができている」の交差項の係数が正で有意となっている。したがって、正社員や役職者である場合、キャリア見通しができている者の方が転職を実現しやすい傾向があることが分かる。
 これらの結果は、キャリア見通しができていることや自己啓発の実施により転職活動への移行や転職の実現がしやすくなるという因果関係を必ずしも示すものではないことに留意が必要であるが、一般的にキャリア見通しができていることや自己啓発を実施していることで、転職希望者が転職活動に移行しやすくなったり、転職が実現しやすくなったりする可能性が示唆される。特に、一定の役職のある者など、職場で一定のキャリアを築いている場合、キャリアの見通しができていることが転職の実現に重要である可能性があるといえる5

第2節 キャリアチェンジを伴う転職の促進に向けた課題

本節においては、さらに、成長分野や人手不足の分野への円滑な労働移動の支援という問題意識に沿って、異分野へのキャリアチェンジを促進していくに当たっての課題について考察していくこととしたい。労働者が転職の動機を形成するに当たっては、前節でも触れたような、現職の職場の状況やキャリア意識、家庭生活の状況等の様々な要因が影響すると考えられる。転職やキャリアチェンジについても、ワークライフバランスや、積極的なキャリアの転換など、様々な目的があり得る。本節では、労働者が自らの能力を最大限発揮するための積極的なキャリアチェンジを如何に促進していくかという問題意識に基づき、分析を進めていくこととする。
 キャリアチェンジを伴う転職には、異業種間を移動する転職と、異職種間を移動する転職が考えられる。本節では、両方を分析した上で特に異職種間の移動について重点的に分析する。

男性はおおむね子どもがいる場合の方が職種の変わるキャリアチェンジをしにくい傾向がある

前節で転職希望者の転職活動への移行等について、子育て世代(30~49歳)に着目して分析を行った。キャリアチェンジの動向についても同様に、子育て世代(30~49歳)についてみていくこととしよう。
 第2-(3)-10図をみると、男性については、子どもがいる場合の方が、いない場合よりも、職種間のキャリアチェンジをした割合が低くなっている。女性については、末子の年齢により異なり、末子が6~14歳の場合に異なる産業・職種に転職する者の割合が高い。
 前節において、男性では、末子が就学年齢以上の場合には転職活動に移行しにくい傾向があることをみたが、異職種への移動のような、仕事内容の変更を伴うキャリアチェンジについても、子どもの有無が影響している可能性があることが分かった。

職種間移動をする者は、転職先を選ぶに当たり、ワークライフバランスに関する条件を重視する者が多い傾向がある

男性では子どもがいる場合に職種間移動を行う者が少ない傾向があることをみたが、労働者が職種間移動を行う理由は何だろうか。第2-(3)-11図は、男女別に、転職希望者のうち2年以内転職者を対象として、職種間移動(職業大分類)の有無を被説明変数とし、転職先を選んだ理由(複数回答)のほか、労働者の属性を説明変数としてロジスティック回帰分析を行ったものである。これによると、男女ともに「自分の技能・能力が活かせるから」と答えた場合の係数は負で統計的に有意となっており、男性では「賃金が高いから」と答えた場合も職種間移動をする確率が低い傾向がある。他方で、男女ともに「労働条件(賃金以外)がよいから」「地元だから(Uターンを含む)」と答えた場合の係数は正で有意となっている。
 この結果からは、自らの能力をより発揮したいという動機や賃金を上げたいといった動機で職種間異動する者は少ない傾向があることがうかがえる。また、賃金以外の労働条件や地元で働くことができることなど、ワークライフバランスに関する理由を重視して転職先を選ぶ傾向が強いこともうかがえる。

キャリアチェンジをする者の職業生活の満足度は、ワークライフバランスを理由とする者だけでなく、自らの能力発揮や仕事内容といった要因でも高くなりやすい

キャリアチェンジをする者には、ワークライフバランスを理由とする者が多い傾向があることが分かったが、キャリアチェンジをする者の職業生活の充実の度合いは、理由によりどのように異なっているだろうか。ここでは、転職後の仕事の満足度によって、職種間移動を行う者について、職業生活の充実の度合いをみてみることとする。
 第2-(3)-12図は、職種間のキャリアチェンジをした者の職業生活全体の満足度(1~5のスコア)を被説明変数とし、転職先を選んだ理由を説明変数として、回帰分析(順序ロジット分析)を行っている。これによれば、職種間移動をした場合、まず、「労働条件(賃金以外)がよいから」「地元だから(Uターンを含む)」といった、主にワークライフバランスによる理由で転職先を選んだ場合の係数は正で有意になっている。他方で、「賃金が高いから」「自分の技能・能力が活かせるから」「仕事の内容・職種に満足がいくから」といった、キャリアアップのための積極的なキャリアチェンジをする場合も、係数は正で統計的に有意となっている。
 これらの結果から、職種間移動を行う者にはワークライフバランスを理由とする者が多く、その場合の転職後の満足度は高くなりやすい傾向がある。労働者がワークライフバランスを改善したいという希望を持っている場合、キャリアチェンジによってその希望は実現しやすいことがうかがえる。一方、自らの能力を発揮したいという目的や、より自らが満足できる仕事がしたい、転職により高い賃金を得たいという希望を労働者が持っている場合も、職種間移動により満足度は高くなりやすくなっている。このことからは、積極的なキャリアアップのためのキャリアチェンジが、ワーク・エンゲイジメント6の向上等を通じて、労働者の職業生活の充実につながる可能性が示唆される。
 労働者がキャリアチェンジを通じて、自らの能力をより適切に発揮して、高い満足度を感じながら働くことができるのであれば、労働者全体の生産性の向上にもつながることが期待される。労働者がその職業生活を通じて、その希望に応じて自らの能力発揮や、満足できる仕事で働くことを実現できるよう、キャリアチェンジを促進していくことが重要となるといえる。

職種間移動をする者についても、キャリア見通しができていることや自己啓発によりスキルを向上させることで、転職後の仕事の満足度等が高くなりやすい傾向がある

自らの能力を発揮できることや、満足できる仕事に就くことがワーク・エンゲイジメントの向上につながる可能性があることをみたが、自らの能力の発揮や、満足できる仕事への転職の実現に重要な要素は何だろうか。前節において、転職の実現に向けて、キャリアの見通しや自己啓発の取組の重要性について指摘した。職種間移動をする場合には、キャリアに関する具体的な展望や、新たなスキルを身につけるための取組が特に重要になると考えられるため、キャリア見通しと自己啓発の取組に着目して分析を行っていく。
 まず、第2-(3)-13図は、「全国就業実態パネル調査」を用いて、職種間移動をした者について、前職におけるキャリアの見通しの状況と、転職後における仕事の満足度、ワーク・エンゲイジメント(「生き生きと働くことができていた」のスコア)、仕事を通じた成長実感といった仕事の状況に関するスコアの分布の関係をみたものである。これによれば、いずれのスコアも、前職におけるキャリアの見通しが開けているほど、高い傾向がみられる。
 次に、第2-(3)-14図において、「令和2年転職者実態調査」を用いて、職種間移動者について、転職後の職業生活全体や仕事内容・職種の満足度を被説明変数とし、転職準備として自己啓発を行ったか否か等の状況を説明変数として回帰分析(順序ロジット分析)を行った。これによれば、職種間移動を行った者について、仕事内容・職種の満足度を被説明変数とした場合(右図)、転職準備として自己啓発を行った場合の係数が正で統計的に有意となっており、転職準備としての自己啓発への取組が、仕事内容・職種の満足度にプラスの効果を及ぼす可能性が示唆されている。

キャリア相談によるキャリア見通しの向上や自己啓発によるスキルの向上を通じて、労働者が職種間移動する場合の自らの能力発揮や、満足できる仕事への転職の可能性を高める可能性がある

続いて、こうしたキャリア見通しに関する状況や自己啓発への取組状況と、先ほどみた、転職時の自らの能力発揮や満足できる仕事への就職の関係について考察する。
 第2-(3)-15図は、第2-(3)-14図と同様、「令和2年転職者実態調査」を用いて、職種間移動者について、転職先を選んだ各種の理由への該当の有無を被説明変数とし、キャリアに関する相談の有無や、自己啓発への取組の状況を説明変数としたロジスティック回帰分析を行ったものである7。これによれば、職種間移動をする場合、転職の準備としてキャリア相談を行っている者は「自分の技能・能力が活かせるから」「仕事の内容・職種に満足がいくから」といった理由での転職を行いやすい傾向があるとともに、自己啓発に取り組んでいる者も「仕事の内容・職種に満足がいくから」という理由での転職を行いやすい傾向があることが分かる。この結果は、キャリア相談や自己啓発を行ったことが、これらの理由による転職につながったという因果関係を必ずしも示すものではないが、キャリア相談によるキャリアの見通しの向上や、自己啓発によるスキルの向上が、職種間移動する場合に、転職後の仕事での自らの能力発揮の実感や、満足できる仕事への転職の可能性を高める可能性があることを示唆している。
 これらの結果をまとめると、職種を変えて転職する場合、キャリア相談によるキャリア見通しの向上や自己啓発によるスキルの向上を通じて、自らの能力発揮や、満足できる仕事への転職の可能性を高める可能性がある。したがって、自らのそれまでのキャリアとは異なる職種への転職に当たっては、キャリアコンサルティングの活用、講座受講などによる自己啓発などの転職前の準備が、転職後のワーク・エンゲイジメントを高める上でも重要である可能性があると考えられる。

キャリアチェンジをする場合、賃金が増加する者がいる一方で、賃金が減少した者も存在する

本節の最後に、自らの能力発揮や満足できる仕事に就くことと、キャリアチェンジによる賃金の変動との関係についてもみてみる。
 まず、キャリアチェンジによる賃金の変動の状況を概観する。第2-(3)-16図は、「転職者実態調査」を用いて、産業間移動、職種間移動のそれぞれにおいて、賃金が増加した者、賃金の変動が無い者、賃金が減少した者の割合をみたものである。賃金の変動は景気動向にも大きく影響を受けると考えられるため、平成27年調査及び感染症の影響下である令和2年調査の状況を併せてみると、産業間移動、職種間移動のいずれも、産業や職種をまたいで移動した場合の方が、賃金が増加したと答える割合はやや高くなっている。他方、職種間移動については、2015年は職種をまたいで移動した場合の方が、そうではない場合よりも賃金が減少したと答える割合が若干高い一方、2020年には職種をまたぐ移動をしなかった場合の方がその割合がやや高くなっている。したがって、キャリアチェンジによる賃金への影響は一様ではなく、当該キャリアチェンジの態様によって異なることがうかがえる。
 第2-(3)-17図は、転職者実態調査の令和2年調査を用いて、男女別・雇用形態の変化別にキャリアチェンジによる賃金の変動状況をみたものである。正社員から正社員以外に転職する場合は一般に賃金が下がることが多いが、女性では、職種間移動をする場合に賃金が減少した者の割合が特に高くなっている。

キャリアチェンジを賃金の増加に結びつけるためには、前職で蓄積したスキルや、自己啓発により新たに身につけた専門的なスキルを、自らが納得できる仕事でいかすことが重要である可能性がある

キャリアチェンジをした者のうち、職種間移動をした者の賃金が増加しやすいのはどのような場合だろうか。
 第2-(3)-18図は、「令和2年転職者実態調査」を用いて、職種間移動をした者について、前職・現職の職業の区分ごとに、賃金が増加した者の割合から、賃金が減少した者の割合を引いた賃金変動D.I.である。これによると、「専門的・技術的な仕事」から「販売の仕事」8「管理的な仕事」といった職種に移動した場合、賃金が増加した者の割合が高くなっている。また、「サービスの仕事」「事務的な仕事」から「専門的・技術的な仕事」「管理的な仕事」といった職種に移動した場合も賃金が増加した者の割合が高い。
 転職者実態調査においては、前職・現職の職種は職業大分類でしか把握することができないため、詳細な分析には限界があるものの、これらの職種変化の類型から、前職が「専門的・技術的な仕事」である者については、前職で培った専門知識を異職種でも活用し、仕事の付加価値を高めることで賃金の増加につながっている可能性が考えられる。また、前職が「サービスの仕事」や「事務的な仕事」など、非専門職や非管理職の者である場合にも、賃金が増加している割合が高くなる。これらの者の現職は、「専門的・技術的な仕事」や「管理的な仕事」であるため、新たに専門知識を身につけ、専門的な仕事にキャリアチェンジする場合や、キャリアアップにより管理職に昇進することで賃金が増加している可能性がある。
 これに関連して、職種間移動をする場合の転職先を選んだ理由と賃金の増加の関係をみてみる。第2-(3)-19図は、職種間移動をした者について、転職後に賃金が増加したか否かを被説明変数とし、転職先を選んだ理由の各項目について該当するか否かを説明変数としてロジスティック回帰分析を行ったものである。これによると、職種間移動をした場合、転職先を選んだ理由として「自分の技能・能力が活かせるから」「仕事の内容・職種に満足がいくから」に該当する場合の係数が正で統計的に有意となっており、これらの理由を選んだ者は賃金が増加しやすい傾向があることが分かる。第2-(3)-18図の分析と併せて考えると、前職の職業経験で培ったスキルや、新たに身につけたスキルをいかして、自らが満足できる仕事に転職できた場合には、賃金の増加につながりやすい可能性があることが指摘できる。

キャリアの見通しや自己啓発への取組は賃金の増加にもつながる可能性がある

最後に、キャリアの見通しや自己啓発の取組が賃金の増加にも関係する可能性について指摘する。
 第2-(3)-20図は、リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」を用いて、前職におけるキャリアの見通しのスコア(1~5)と、転職前後の賃金の変化率の関係をみたものである。これによれば、前職におけるキャリアの見通しのスコアが高い(5)場合、スコアが低い(1)場合と比較して転職後の賃金の増加率が高い傾向がみられる。特に、キャリアの見通しができていると明確に感じている者は、キャリアチェンジをした場合に賃金の増加が起きやすい可能性がある。
 また、第2-(3)-21図は、「令和2年転職者実態調査」を用いて、職種間移動をした者について、賃金の増加の有無を被説明変数とし、キャリア相談や自己啓発への取組の有無を説明変数としてロジスティック回帰分析を行った結果である。これによれば、職種間移動において、転職の準備として自己啓発を行った者の方が、賃金が増加する確率が高くなっており、キャリアチェンジする場合、賃金増加と自己啓発の取組に相関があることが示されている。
 既にみたように、キャリアチェンジする場合に、キャリアの見通しがあることや、自己啓発をすることが、自らの能力を発揮できる仕事や満足できる仕事への転職に結びつける効果がある可能性が示唆されている。これらの分析の結果については、キャリア見通しや自己啓発の取組が賃金の増加につながるという因果関係を必ずしも示すものではないが、キャリア見通しや自己啓発の取組により、自らの能力発揮や満足できる仕事への転職の可能性が高まることで、結果として賃金の増加にもつながる可能性があると考えられる。

第3節 介護・福祉分野やIT分野へキャリアチェンジする者の特徴

本章の最後に、今後労働力需要が高まってくる代表的な分野として、介護・福祉分野やIT分野へのキャリアチェンジをする者についての特徴をみていく。介護・福祉分野及びIT分野への転職の動向は詳細な職種の変化をとらえることが必要であるため、ここではリクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」を用いて分析を行う。なお、他分野からこれらの分野に転職する者のサンプルサイズはかなり限定されているため、分析できる内容には制約が大きいことに留意が必要である。

介護・福祉職に他分野から転職する者は女性が多く、就業経験年数は比較的長い者が多い。前職の産業は「医療・福祉」等が多く、職種では「サービス職」からの転職が多い

まず、介護・福祉分野にキャリアチェンジする者の特徴をみていく。第2-(3)-22図は、他職種から介護・福祉職9に転職した者について、男女別・就業経験年数別の割合をみたものである。他職種から介護・福祉職に転職する者は女性が多く、6割程度を占めている10。また、就業経験年数は比較的幅広く分布しているが、経験年数30年以上の長い者も多くなっている。
 次に、第2-(3)-23図(1)により、介護・福祉職にキャリアチェンジする者の前職の産業及び職種の状況についてみると、他職種から介護・福祉職に転職した者の前職の産業は「医療・福祉」が多く、「製造業」「教育・学習支援」の割合も比較的高くなっている。同図(3)により、前職の産業からの移行しやすさを比較するため、前職の産業別の転職者に占める介護・福祉職に転職した者の割合をみると、「教育・学習支援」の割合が最も高く、「医療・福祉」や「運輸業」が続いている。
 同図(2)により、他職種から介護・福祉職に転職した者の前職の職種別の割合をみると、「営業販売職」で低いほかは同程度だが、同図(4)により、前職の職種別の転職者に占める介護・福祉職に転職した者の割合をみると、「サービス職」で高くなっており、「生産工程・労務関連」が続いている。
 これらによると、介護・福祉職にキャリアチェンジする者は、産業としては「医療・福祉」のほか、「教育・学習支援」のような対人コミュニケーションが求められる分野で多く、また、職種としては対人サービス職を含むサービス職から転職する者が多くなっていることがうかがえる。

介護・福祉職に他分野から転職する者は非正規雇用から非正規雇用での転職をする者が多く、入職経路としてはハローワーク等が多くなっている

続いて、介護・福祉職に転職する者の雇用形態の変化や入職経路についてもみてみよう。第2-(3)-24図は、介護・福祉職に転職した者の雇用形態の変化の類型別の割合をみたものであるが、非正規雇用から非正規雇用での転職をしている者の割合が最も高くなっている。
 第2-(3)-25図は介護・福祉職に転職した者の入職経路別の割合をみたものであるが、入職経路は「ハローワーク(公共職業安定所)」のほか「家族や知人の紹介」が比較的多くなっている。介護・福祉職へのキャリアチェンジをするに当たり、ハローワークが比較的大きな役割を果たしていることがうかがえるほか、家族や知人の紹介のような、職業紹介事業を介さない縁故での入職も比較的多いことが分かる。

介護・福祉職にキャリアチェンジする場合、前職が専門職・技術職の場合や前職とのタスク距離が遠い場合にワーク・エンゲイジメントは高くなりやすい。タスク距離が遠い場合、特に就業経験が長い者の方がワーク・エンゲイジメントが高くなりやすい可能性がある

次に、介護・福祉職にキャリアチェンジして、ワーク・エンゲイジメントが高くなりやすいのはどのような人だろうか。一般に、ワーク・エンゲイジメントを高めることは早期離職を防止する上で重要と考えられることから、離職率の高い介護・福祉職での人材確保を検討する上でも重要である。
 ワーク・エンゲイジメントに影響を及ぼす要素は様々であると考えられるが、ここでは、介護・福祉職にキャリアチェンジした者の分析に資する利用可能なデータとして、前職と介護・福祉職とのタスク距離11に着目して分析を行う。タスク距離に着目したのは、介護・福祉職は、他者に対するケアを行うといった対人サービスの要素が強いため、例えば、前職が対人ケアなどの対人サービスの要素が強い職種の場合、介護・福祉職への潜在的な適性があり、ワーク・エンゲイジメントが高まる可能性があるのではないかと考えられるからである12
 第2-(3)-26図は、介護・福祉職にキャリアチェンジした者について、前職とのタスク距離別に「近い」「中程度」「遠い」グループに分け、それぞれについて、転職後のワーク・エンゲイジメントスコアの分布をみたものである。これによれば、3つのグループの中央値には差は無いが、平均値は前職と介護・福祉職との距離が中程度の場合に比べ、近い場合と遠い場合の方が高くなっている。また、タスク距離が近いグループの職種をみると、前職が「専門職・技術職」の場合にスコアが高い傾向があることが分かる。
 介護・福祉職との距離が遠いグループについては、どのような要因がワーク・エンゲイジメントを高めることにつながっているだろうか。入手できるデータの範囲で考えると、就業経験年数が関係する可能性がある。就業経験年数が長い者は自らの適性を把握しているため、仮にタスク距離が遠い職種から介護・福祉職に移動しても、ワーク・エンゲイジメントが高くなりやすいのではないだろうか。
 第2-(3)-27図は、介護・福祉職にキャリアチェンジした者について、ワーク・エンゲイジメントスコアを被説明変数として、介護・福祉職と前職とのタスク距離や前職の職種及び就業経験年数を説明変数として重回帰分析(順序ロジット分析)を行ったものである。これによると、介護・福祉職との距離が遠い場合や、前職が専門職・技術職の場合にワーク・エンゲイジメントスコアが有意に高くなっている。介護・福祉職との距離が近いグループにおいては、主に医療・福祉分野において専門職として働いていた者において、介護・福祉職に転職した場合のワーク・エンゲイジメントが高くなりやすくなっているのではないかと考えられる。
 一方、介護・福祉職との距離が遠い場合については、就業経験年数との交差項が正で有意となっている。したがって、介護・福祉職との距離が遠い者のうち、特に就業経験年数が長い場合にワーク・エンゲイジメントが高くなりやすい傾向があることが分かる。この理由としては、特に就業経験が長い者について、自ら把握している適性に応じて介護・福祉職に移動しているため、ワーク・エンゲイジメントが高くなりやすい可能性が示唆される。

IT職に他分野から転職する者は男性が多く、就業経験年数は比較的幅広い。前職の産業は「情報通信業」や「製造業」が多く、職種では「専門職・技術職」や「事務系職種」が多い

次に、IT職にキャリアチェンジする者の特徴についてもみていこう。第2-(3)-28図により、他職種からIT職にキャリアチェンジした者の男女別・就業経験年数別の割合をみると、他職種からIT職に転職する者は男性が多くなっている。また、経験年数は幅広く分布しているものの、介護・福祉職と比較すると、経験年数10年未満の者の割合がやや高く、20年以上の者の割合はやや低くなっている。
 第2-(3)-29図により、IT職にキャリアチェンジする者の前職の産業別・職種別の割合をみると、前職の産業は「情報通信業」のほか、「製造業」の割合がやや高く(同図(1))、同図(3)により前職の産業別の転職者に占めるIT職への転職者の割合をみても、「情報通信業」が高くなっている。職種別の状況をみると、同図(2)により前職の職種別にみた転職者の割合では「専門職・技術職」のほか「事務系職種」も比較的多くなっている一方、同図(4)により前職の職種別の転職者に占めるIT職への転職者の割合をみると、「専門職・技術職」でやや高いほか、「サービス職」で低くなっていることが分かる。
 これらのことから、介護·福祉職と異なり、IT職にキャリアチェンジする者については、男性が多く、就業経験年数はやや短い者の割合が高くなっている。また、前職の分野としては、産業では「情報通信業」、職種では「専門職・技術職」が多く、前職でもIT分野で働いていた者や、専門的な技術職として働いていた者が比較的多い傾向があることがうかがえる。

IT職に他分野から転職する者は、正規雇用から正規雇用や非正規雇用から非正規雇用での転職をする者が多く、入職経路としてはインターネットの転職情報サイト等が多くなっている

IT職に移動する者の雇用形態の変化や入職経路の状況をみてみる。第2-(3)-30図により、IT職にキャリアチェンジする者の雇用形態の変化別の割合をみると、正規雇用から正規雇用での転職をした者の割合が最も高く、続いて非正規雇用から非正規雇用での転職をした者の割合も高くなっている。介護・福祉職では非正規雇用から非正規雇用への転職が最も多くなっていたこととは異なっている。また、第2-(3)-31図により、入職経路別の割合をみると、IT職に転職する者は「インターネットの転職情報サイト」が多くなっている。介護・福祉職ではハローワークや家族・知人を介した転職が多くなっていたが、IT職にキャリアチェンジする者は民間の転職情報サイトを活用して転職をする者が多いことが特徴的である。

コラム2–4 産業界におけるDXの進展とIT人材需給の動向について

第2-(1)-7図でもみたように、企業におけるDXの推進等を背景として、IT人材の供給は2030年までに最大80万人程度不足すると推計されている。他方で、IT人材といっても、その業務の領域やレベルによって必要なスキルや需給の状況は異なっている。
 以下では、(独)情報処理推進機構(以下「IPA」という。)の「DX白書2021」及びIPAが実施したIT企業やユーザー企業を対象としたIT人材の動向に関する調査13を用いて、産業界におけるDXの進展の状況及びIT人材に求められるスキルや人材類型別の需給動向等について概観する。

1 産業界におけるDXの進展と求められるIT人材

(1)産業界におけるIT業務増減の見通しとDXの取組状況

まず、DXの進展の中で、産業界における具体的なIT業務の増加の見通しについて、事業会社におけるIT部門、事業部門それぞれの状況をみてみよう。コラム2-4-①図により、事業会社のIT部門におけるIT業務増減の見通しをみると、2020年度調査では、「データ分析などの高度化による情報活用」を除く全ての業務で「増加」する見通しであると回答する割合が2019年度調査より高くなっている。「全社ITの企画」「情報セキュリティリスク管理」における「増加」の割合が特に高く、5割前後となっている。
 一方、コラム2-4-②図により、事業会社の事業部門等におけるIT業務増減の見通しをみると、2020年度調査ではIT部門と同様、ほぼ全ての業務で2019年度調査より「増加」の割合が高くなっているが、特に「新事業(業務)の実施」「社内業務プロセス設計」においてはそれぞれ10.1%ポイント、8%ポイント高くなっており、比較的大きく「増加」の割合が高まっている。事業部門においてはITを活用した新規事業の立ち上げや業務効率化の動きが活発になっていることがうかがえる。
 次に、我が国の企業における事業領域ごとのDXへの取組状況について、米国企業との比較をしてみてみる。コラム2-4-③図によれば、「すでに取組んでいる」「実証実験(PoC)中である」を合わせた実際に何らかの取組を始めている企業の割合が、米国企業においては事業領域によらず5~6割となっている一方、日本企業においてはいずれの事業領域でも3割未満にとどまっていることが分かる。「すでに取り組んでいる」割合が最も高い事業領域は日米ともに「製品・サービスへの適用」で、日本企業は19.3%、米国企業は49.3%となっている。一方、日本企業においては、「サプライチェーン」「人事、人材採用など」において取組を始めている割合が2割未満と低く、米国企業との差も大きくなっている。
 また、コラム2-4-④図により、DXの取組内容ごとの成果をみると、「すでに十分な成果が出ている」割合はいずれの取組内容でも、日本企業は米国企業より20%ポイント以上低くなっている。特に、「アナログ・物理データのデジタル化」においては、日米ともに「すでに十分な成果が出ている」割合が最も高いが、日本企業は17%なのに対して、米国企業は56.7%と大きな差がついている。さらに、日本企業においては、「顧客起点の価値創出によるビジネスモデルの根本的な変革」「企業文化や組織マインドの根本的な変革」といった、ITによるビジネスの変革やITリテラシーに関わる領域の課題について取組が遅れていることもうかがえる。

(2)企業において求めるIT人材の人材像

上記のようなIT業務やDX化の取組の動向を踏まえ、企業において求められるIT人材の人材像についてみてみよう。コラム2-4-⑤表は「デジタル事業に対応する人材」としてIPAが分類しているものである。この分類に基づき、コラム2-4-⑥図により、事業会社及びIT企業のそれぞれにおいて最も重要と考え育成したいと答えたIT人材の割合をみると、企業区分によらず「プロダクトマネージャー」の割合が最も高くなっている。そのほかの人材については、IT企業においては「先端技術エンジニア」「エンジニア/プログラマー」といったITエンジニアの割合が比較的高いのに対し、事業会社においては「ビジネスデザイナー」「データサイエンティスト」といった人材の割合がIT企業よりも高くなっており、事業会社においてはITをビジネスに応用する人材のニーズが相対的に高いことがうかがえる。

2 IT人材の需給動向

(1)IT職種の分類と現在の人材推計結果

IT人材の需給動向についてみていく。まず、現状の職種別の推計をみてみよう。
 コラム2-4-⑦表は、IPAがIT職種を11種類に分類しているものである。この分類に基づき、コラム2-4-⑧図により、事業会社、IT企業それぞれに在籍するIT人材の職種・レベル別推計をみると、まず、IT企業に在籍するIT人材の合計数は事業会社の約3倍となっており、現状我が国ではIT人材はIT企業により多く在籍していることが分かる。職種別の内訳は、事業会社とIT企業でそれほど大きな違いは無いが、事業会社では「プログラマー」の割合が最も高いのに対し、IT企業においては「エンベデッドシステム技術者・担当者」「アプリケーション技術者・担当者」の割合が事業会社よりもやや高くなっている。

(2)企業におけるIT人材の過不足の状況

企業におけるIT人材の過不足の状況についてもみてみよう。コラム2-4-⑨図により、事業会社におけるIT人材の過不足の状況を「質」「量」の面から、「大幅に不足している」と感じる企業の割合をみると、「量」においては2017年度調査の結果から、「質」においては2018年度調査の結果から上昇し続けており、2020年度調査では約4割となっている。2020年度調査では、従来のIT人材に加えて、ITを活用して事業創造や製品・サービスの付加価値向上、業務のQCD(品質、費用、納期)向上等を行う人材も対象に含めて調査を行っているが、その結果、人材の「量」について「大幅に不足している」と感じる企業の割合の上昇幅がやや大きくなっている。
 一方、コラム2-4-⑩図により、IT企業におけるIT人材の過不足の状況をみると、「量」「質」ともに、2019年度調査の結果から「大幅に不足している」割合が低下に転じており、2020年度調査では2割前後になっている。IT人材の過不足の状況については、近年、主に事業会社で量・質ともに不足感が強く、特にITを活用して事業における付加価値の創造につなげることができる人材の量的な不足感が強くなっていることがうかがえる。

第4節 小括

本章では、転職希望者が実際に転職活動へ移行し、転職を実現するに当たって、どのような要因が重要であるかについてみるとともに、特にキャリアチェンジを伴う転職をするに当たって重要な要因は何かについてみてきた。最後に分析結果をまとめる。
 まず、転職希望者が実際に転職活動に移行し、転職を実現にするに当たって、正社員や役職に就いているなどの場合、転職活動への移行や転職の実現がしづらい傾向があることがうかがえた。加えて、転職希望者が実際に転職活動へ移行するに当たっては、男女問わずキャリア見通しができていることや自己啓発の実施が重要である可能性が示唆されるとともに、転職の実現に当たっては、特に中堅層や正社員を中心にキャリア見通しが重要である可能性が示唆された。正社員や役職についている者などでも、普段からキャリアの棚卸し等を通じて自立的なキャリア形成の意識を高め、キャリアの見通しを良くすることで、転職の決断がしやすくなる可能性があると考えられる。
 次に、キャリアチェンジを伴う転職のうち、職種間移動は、ワークライフバランスを理由とする者が多い傾向があることが分かった。また、キャリアチェンジをする場合の職業生活の満足度は、ワークライフバランスのほか、自らの技能・能力の発揮、仕事内容、賃金の増加といった、積極的なキャリアアップを目的とした場合に向上しやすいことも示唆される。このため積極的なキャリアアップのためのキャリアチェンジを促進していくことは重要であると考えられる。また、キャリアチェンジにおいても、キャリア相談によるキャリア見通しの向上や自己啓発によるスキルアップを行う場合、自らの技能や能力を発揮し、満足できる仕事に転職しやすい可能性が示唆された。さらに、自己啓発やキャリア見通しの向上は、自らの能力を発揮できる適性のある仕事への就職を通じて、賃金の増加にも資する可能性があることも分かった。
 最後に、今後労働力需要の高まりが想定される介護・福祉分野やIT分野にキャリアチェンジする者の特徴についても分析を行った。その結果、介護・福祉職へキャリアチェンジする場合、前職との距離が遠い場合に、就業経験の長い者でワーク・エンゲイジメントが特に高くなりやすい傾向があることが分かった。このことからは、介護・福祉分野への労働移動に当たり、タスク距離が遠い者も、介護・福祉職へのキャリアチェンジしうることが示唆された。また、就業経験の長い者の方が、自らの職業適性の的確な把握により、ミスマッチの少ない転職ができる可能性があると考えられる。IT分野については、他分野から転職する者は男性が多く、就業経験年数は比較的幅広い。前職の産業は「情報通信業」や「製造業」が多く、職種では「専門職・技術職」や「事務系職種」が多く、入職経路としてはインターネットの転職情報サイト等が多くなっていることが分かった。

注釈

  1. 1転職希望者、転職活動移行者及び2年以内転職者をまとめて「転職希望者等」と定義する。
  2. 2本章における2年以内転職者は、2018年12月時点における転職希望者のうち、2020年12月時点において退職経験がある者について、前職の退職時期が直近2年以内である者として定義している。また、「全国就業実態パネル調査」では、前職の退職理由について調査しているが、2018年12月以降に複数回転職をしている場合は、2018年12月以降1回目の転職の際の前職の離職理由が自己都合であるか否かを把握することができない。
  3. 3労働者の役職の有無等が転職行動に及ぼす影響に関連する先行研究として、酒井(2022)では、(独)労働政策研究・研修機構が2019年に実施した「職業と生活に関する調査」のデータを用いて、現在の勤務先での就業継続希望の有無を被説明変数としたロジスティック回帰分析を行っている。それによると、男女ともに年齢が高くなるにつれて現職での就業継続を希望する傾向が強くなることや、男性について昇進意欲がある方が現職での就業継続を希望する傾向が強いという結果が得られている。
  4. 4ワークライフバランスと転職希望の関係について、既に述べた酒井(2022)における現在の勤務先での就業継続希望の有無を被説明変数としたロジスティック回帰分析の結果では、男性について、「仕事のために家庭や自分のことができない」と感じる場合には、現職での就業継続を希望しない傾向が強くなることを指摘している。
  5. 5転職行動に関するキャリアの見通しについては、労働者が社外でより能力を発揮できるという前向きな見通しを持っている場合もあれば、現職では能力発揮が難しく、社内でのキャリア形成に限界を感じている場合もあると考えられる。本稿においては、いずれの場合であっても、客観的に自らの状況を把握し、その結果転職の実現等に結びついていることが重要であるとの考えの下、キャリア見通しの重要性について指摘している。
  6. 6ワーク・エンゲイジメントについては、「令和元年版労働経済の分析」などで詳細な分析を行っているが、オランダ・ユトレヒト大学のSchaufeli教授らが提唱した概念であり、「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)、「仕事に誇りとやりがいを感じている」(熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)の3つが揃った状態として定義される。(「令和元年版労働経済の分析」のp.172を参照。)
  7. 7「令和2年転職者実態調査」には、キャリアの見通しに関する直接的な項目は無いため、キャリアに関する相談を行った否かを代替的な変数として用いている。
  8. 8前職が「専門的・技術的な仕事」で現職が「販売の仕事」である者の産業別の内訳をみると、「卸売業」の者が最も多くなっている。したがって、これらの者の現職は、商品販売従事者ではなく、主に営業職業従事者である可能性が高いと考えられる。そういった者の例としては、製造業で技術職として勤務していた者が、技術職としての専門知識をいかし、いわゆる「技術営業」として営業職で働く場合などがあり得る。
  9. 9ここでは、「全国就業実態パネル調査」の職種のうち、「介護士」「保育士」「福祉相談指導専門員」を「介護・福祉職」と定義している。
  10. 10もともと介護・福祉職では女性が多いことが影響していると考えられることに留意が必要。
  11. 11タスク距離の算出方法は第2-(2)-30図第2-(2)-33図と同様(付注2参照)。
  12. 12なお、IT職については、O-NETのタスクのスコアでみた場合、介護・福祉職における、他者に対するケアを行うといった、特有のタスク項目に着目することが難しいため、タスクの距離による分析は行っていない。
  13. 13本調査はIPAにより毎年実施されているもので、事業会社(有効回答数:2017年度974、2018年度967、2019年度821、2020年度878)及びIT企業(有効回答数:2017年度1,319、2018年度1,206、2019年度996、2020年度979)を対象とした、IT人材の現状やITの活用動向等に関する調査である。