第3章 労働時間・賃金等の動向

2020年の雇用者の労働時間・賃金の動向は、世界的な感染拡大による経済社会活動の停滞や緊急事態宣言下における行動制限などの影響を受けた。労働時間は減少し、賃金も所定外給与や特別給与を中心に減少した。2021年には、感染拡大を踏まえた働き方や事業活動が広がる中で労働時間や賃金も持ち直しつつあるが、感染状況により断続的に続いた経済社会活動の抑制措置の対象となった産業では、依然として厳しい状況がみられた。また、長時間労働の是正や、いわゆる「同一労働同一賃金」の取組によるパートタイム労働者の待遇改善など、「働き方改革」の取組による成果もみえてきている。
 本章では、こうした2020年から続く感染症の影響や近年の「働き方改革」の取組状況を含め、2021年の労働時間・賃金等について概観する。

第1節 労働時間・有給休暇の動向

月間総実労働時間は、「働き方改革」の取組の進展等を背景に、長期的には減少傾向にあるが、感染症の影響による2020年の大幅減からの持ち直しの動きがみられた

まず、近年の我が国の労働時間の動向について概観していく。
 第1-(3)-1図は、2013年以降の従業員5人以上規模の事業所における労働者1人当たりの月間総実労働時間(以下「月間総実労働時間」という。)の推移をみたものである。2013年以降、月間総実労働時間は一貫して減少傾向で推移しており1、「働き方改革」の取組の進展等を背景に、近年は減少幅が大きくなっている。2020年は、緊急事態宣言の発出等による行動制限や世界的な感染拡大による景気減退の影響から経済社会活動が停滞し、月間総実労働時間も大幅な減少となった。2021年は、依然として感染症の影響が残る中、飲食店への営業時間短縮要請や外出自粛要請等の経済社会活動の抑制が長期間にわたり断続的に行われたものの、特定の産業分野に集中的に行われたこと等から、その影響は2020年と比較すると限定的となり、月間総実労働時間は2012年以来の増加となった。
 労働時間は、あらかじめ定められた労働時間である「所定内労働時間」と、それを超える労働時間を指す「所定外労働時間」に分けることができ、それぞれの動きをみていく。「所定内労働時間」とは、労働基準法(昭和22年法律第49号)により、原則週40時間以内、かつ、1日8時間以内とされている就業規則等により定められている労働時間を指す。一般的に、「所定内労働時間」は、企業の経済活動の状況による変動は小さい一方で、「所定外労働時間」は、企業の経済活動の状況を反映して変動する傾向がある。「所定外労働時間」は、働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律(平成30年法第71号。以下「働き方改革関連法」という。)により、上限規制が設けられた2
 2013年以降の所定内労働時間及び所定外労働時間の推移をみると、所定内労働時間は2018年以降、やや大きな減少幅となっている。これには、一般労働者の所定内労働時間の減少が大きく寄与するとともに、この間のパートタイム労働者比率の上昇やパートタイム労働者の所定内労働時間の減少が関係している。所定外労働時間は2013年~2017年はおおむね横ばいで推移していたが、この間の「働き方改革」の取組の進展等から、2018年以降減少傾向がみられる。2020年には、感染症の影響による経済社会活動の停滞により所定内労働時間、所定外労働時間はいずれも大幅な減少となった3。2021年もこの影響は続いたが、2020年と比較するとその影響は限定的となり、所定内労働時間、所定外労働時間はいずれも増加した。しかし、感染拡大前の2019年以前と比較すると、所定内労働時間、所定外労働時間いずれも下回る水準となっており、依然として感染症による影響がうかがわれる。
 次に、第1-(3)-2図により、月間総実労働時間の増減の要因の推移をみていく。同図の(1)は2013年以降の月間総実労働時間の前年差を要因別に分解したものである。2013年~2019年の動きをみると、一般労働者の労働時間による要因は、動きに幅がみられるが、2018年以降やや大きくマイナスに、パートタイム労働者の労働時間及びその構成比による要因は一貫してマイナスに寄与している。同図の(2)では、2013年~2019年の間、パートタイム労働者比率は一貫して上昇しており、相対的に労働時間が短いパートタイム労働者比率の上昇は、「パートタイム労働者の構成比による要因」としてマイナスに寄与している。これは、前章でもみてきたように、この間、女性や高年齢者を中心として労働参加が進展し、高年齢層はパートタイム労働者として労働参加が進んだことにより、パートタイム労働者比率が高まったためである。2020年には、感染症による影響から、一般労働者、パートタイム労働者の労働時間はともに大幅にマイナスに寄与したが、パートタイム労働者比率は低下したことから、「パートタイム労働者の構成比による要因」はプラスに寄与した。
 2021年は、一般労働者の労働時間は所定内労働時間、所定外労働時間はいずれもプラスに転じたが、パートタイム労働者の労働時間は感染症の影響による経済社会活動の抑制が続いたこと等から、引き続き、マイナスに寄与した。また、パートタイム労働者比率は上昇に転じたことから、「パートタイム労働者の構成比による要因」はマイナスに転じた。

一般労働者の労働時間は「働き方改革」の取組の進展もあり減少傾向にあるが、感染症の影響による2020年の大幅減からの持ち直しの動きがみられた

次に、就業形態別に労働時間の動向を確認する。
 第1-(3)-3図により、一般労働者の労働時間の動向をみていく。同図の(1)により一般労働者の月間総実労働時間の推移をみると、2013年~2019年の間、所定外労働時間がほぼ横ばいで推移する一方で、所定内労働時間は2018年以降減少傾向にあることから、一般労働者の月間総実労働時間は2018年以降減少傾向で推移している。同図の(2)により一般労働者の1日当たりの労働時間の推移を、同図の(3)により年間平日日数と一般労働者の年間出勤日数の推移をみると、2013年~2019年の間、1日当たり労働時間はほぼ横ばいで推移する中、2018年以降、年間出勤日数が減少している。このことから、同図の(1)で確認した2018年以降の一般労働者の月間総実労働時間の減少傾向は、年間出勤日数の減少に伴って所定内労働時間が減少したことに起因することが分かる。
 年間出勤日数は、土日祝日の日数など、その年のカレンダーによる影響(以下「カレンダー要因」という4。)と、それ以外の休暇、休業等による影響(以下「休暇等による要因」という。)により変動する。このため同図の(3)により年間平日日数と、年間出勤日数の推移を確認する5。2013年~2016年は、年間平日日数と年間出勤日数はおおむね同様の動きをしていたが、2017年以降、年間平日日数と年間出勤日数の差が顕著に広がっており、年間出勤日数の動向に休暇等による要因が影響していることが分かる。この背景には、「働き方改革」の取組の進展等から、年次有給休暇の取得が進んでいること等があると考えられる。
 2020年は感染症の影響による経済社会活動の停滞から、一般労働者の所定内労働時間、所定外労働時間はいずれも減少し、特に、月間の所定外労働時間は前年比で大幅な減少となった。1日当たりの労働時間の推移をみても、2020年は所定外労働時間が減少していることが分かる。2020年は、緊急事態宣言の発出等に伴う経済社会活動の抑制の影響から、年間出勤日数も2019年より減少した。これにより、2020年は、所定内労働時間、所定外労働時間がいずれも減少となり、一般労働者の総実労働時間は大幅に減少したと考えられる。
 2021年は、経済社会活動の抑制は2020年と比較すると限定的であり、年間出勤日数も増加したことから、所定内労働時間、所定外労働時間いずれにも増加がみられ、一般労働者の総実労働時間は増加となった。一方、2021年の月間総実労働時間は、感染拡大前の2019年以前の水準と比較すると低い水準である。この要因としては、「働き方改革」の進展等に加え、感染症による影響も考えられる。

パートタイム労働者の労働時間は長期的に減少傾向にあり、2020年に引き続き減少となった

次に、第1-(3)-4図によりパートタイム労働者の労働時間の動向をみていく。同図の(1)によりパートタイム労働者の月間総実労働時間の推移をみると、2013年以降、所定内労働時間が減少傾向で推移し、月間総実労働時間は一貫して減少していることが分かる。同図の(2)により月間出勤日数と1日当たりの所定内労働時間の推移をみると、1日当たりの所定内労働時間がおおむね横ばいで推移する中、月間出勤日数が減少傾向で推移している。このことから、2013年以降のパートタイム労働者の月間総実労働時間の減少傾向は、月間出勤日数の減少によるところが大きいと考えられる。この背景には、第2章でもみたように、高年齢者等の労働時間が比較的短く、月間出勤日数が比較的少ない層の労働参加がこの間進んでいることが背景にあるものと考えられる6
 2020年以降は、感染症の影響により経済社会活動が停滞したことから、パートタイム労働者の所定内労働時間、所定外労働時間はいずれも減少幅が大きくなり、特に、所定外労働時間の減少が顕著にみられた。また、2020年以降は、月間出勤日数の減少に加えて、感染拡大による経済社会活動の抑制の影響から、1日当たりの所定内労働時間の減少もみられている。その結果、2021年は、2020年に続き、所定内労働時間、所定外労働時間いずれも減少となった。一般労働者の労働時間は増加がみられたのに対し、パートタイム労働者の労働時間は増加しておらず、長期にわたって断続的に実施された経済社会活動の抑制の影響は、特に、パートタイム労働者の労働時間に大きな影響を与えたことがうかがわれる。

年次有給休暇の取得率は「働き方改革」の取組を背景に上昇傾向となっている

ここからは、年次有給休暇の取得状況について確認する7
 第1-(3)-5図の(1)により、年次有給休暇の取得率の状況をみると、2016年調査(2015年の状況)以降、男女計では6年連続で上昇している。特に、「働き方改革関連法」の施行により2019年4月から年5日の年次有給休暇を取得させることが義務付けられたことを背景8に、2020年調査(2019年の状況)では3.9%ポイントの大幅な上昇がみられるなど、近年の「働き方改革」の取組の進展状況と併せ、取得率が上昇を続けていることが分かる。
 2021年調査(2020年の状況)では、年次有給休暇取得率56.6%となり、過去最高を更新したが、2020年調査(2019年の状況)と比較すると緩やかな上昇となった。男女別にみると、年次有給休暇取得率は、男性より女性の方が高い傾向にあり、2016年調査(2015年の状況)以降、男女ともに上昇傾向にあったが、2021年調査(2020年の状況)では女性に低下がみられた。
 また、同図の(2)により、企業規模別に年次有給休暇の取得率の状況をみると、企業規模が大きいほど高い取得率となっており、2016年調査(2015年の状況)以降全ての企業規模で上昇傾向にあった。2021年調査(2020年の状況)は、企業規模「100~299人」「300~999人」では上昇した一方で、企業規模「1,000人以上」では低下、企業規模「30~99人」では横ばいと、企業規模により異なる状況がみられた。

2019年以降、「建設業」「卸売業,小売業」「宿泊業,飲食サービス業」などを中心に年次有給休暇の取得率が上昇している

続いて、第1-(3)-6図により、産業別の年次有給休暇の取得率の状況をみると、産業ごとに取得率の水準に差があることが分かる。「情報通信業」「製造業」などは産業平均と比較して高い水準で推移している一方で、「建設業」「卸売業,小売業」「宿泊業,飲食サービス業」などで産業計からみて低い水準で推移している。しかし、近年の「働き方改革」の取組の進展から、年5日の年次有給休暇を取得させることが義務付けられた2020年調査(2019年の状況)以降、「建設業」「卸売業,小売業」「宿泊業,飲食サービス業」などの、特に、それ以前までは低水準となっていた産業を中心に上昇がみられている。2021年(2020年の状況)には、多くの産業では引き続き上昇がみられたのに対し、「製造業」「学術研究,専門・技術サービス業」など低下となった産業もみられた。

週60時間以上就労している雇用者の割合は近年低下傾向にあったが、感染拡大後の2020年以降は更に低水準となった

続いて、長時間労働の状況を確認するため、第1-(3)-7図の(1)により、週60時間以上就労している雇用者(以下「週60時間以上就労雇用者」という。)の割合の推移をみると、近年、週60時間以上就労雇用者の割合は低下傾向で推移している。男女別にみると、男性の方が高い水準で推移しているものの、低下傾向も顕著にみられる。2020年以降は、感染症対策としての経済社会活動の抑制の影響により低下幅が大きくなっている可能性に留意する必要はあるが、2021年は2013年と比較して、男性で5.5%ポイント低下の7.7%、女性で1.1%ポイント低下の1.8%、男女計で3.8%ポイント低下の5.0%となった。
 同図の(2)により、年齢階級別の週60時間以上就労雇用者の割合をみると、近年おおむね全ての年齢階級で低下傾向がみられ、年齢計と比較して高い水準で推移している20歳台後半~50歳台前半の年齢層においては、特に顕著に低下傾向がみられる。2021年は、2020年に感染拡大に伴う経済社会活動の停滞の影響から水準が低下していたところ、全ての年齢階級でほぼ横ばいとなった。
 また、第1-(3)-8図の(1)により、企業規模別に週60時間以上就労雇用者の割合をみると、企業規模の小さい企業ほど比較的高い水準にあるが、全ての企業規模で低下傾向にあることが分かる。
 同図の(2)により産業別に週60時間以上就労雇用者の割合をみると、「運輸業,郵便業」「教育,学習支援業」「建設業」などでは高い水準となっている一方で、「医療,福祉」「金融業,保険業」などでは低い水準で推移しており、近年は全ての産業でおおむね低下傾向で推移している。2021年は、2020年に感染拡大に伴う経済社会活動の停滞の影響から水準が低下していたが、「宿泊業,飲食サービス業」は引き続き低下し、それ以外の産業は横ばいとなった。
 週60時間以上就労雇用者の割合は、感染拡大の影響もあり、2021年も2020年と同様の低水準を維持している。感染拡大後の働き方の変化など新たな要因により週60時間以上就労雇用者の割合が低水準となっている可能性もあり、今後もその動きを注視していく必要がある。

週間就業時間34時間以下就労雇用者の割合は若年層や高年齢層を中心に全ての年齢階級で上昇傾向となっている

さらに、第1-(3)-9図の(1)により、週34時間以下で就労する雇用者(以下「週34時間以下就労雇用者」という9。)の割合の推移をみると、週34時間以下就労雇用者の割合は男女ともに上昇傾向にあり、男性の上昇幅が比較的大きい。また、同図の(2)により、年齢階級別に週34時間以下就労雇用者の割合をみると、全ての年齢階級で上昇傾向にあり、「15~24歳」「65歳以上」の年齢階級において比較的大きく上昇している。若年層や高年齢層を中心に全ての年齢階級において、短い就業時間を希望する者の労働参加が進展したことなどが週34時間以下就労雇用者の割合の上昇傾向の背景にあると考えられるが、2020年以降は感染拡大に伴う経済社会活動の抑制が影響していると考えられることに留意が必要である。

2020年以降、労働投入量は労働時間の減少により水準が低下しており、パートタイム労働者の労働時間の減少は著しい

ここから、2020年以降の感染症の影響による労働時間について、月次データにより詳細にみていく。
 まず、2020年以降の労働投入量の状況を確認する。労働投入量(マンアワーベース)とは、雇用者全体の総実労働時間を表し、雇用者数に雇用者1人当たりの労働時間を乗じることで算出する雇用者の総労働量を表す指標である。企業は、一定の資本設備のもと、労働力や原材料を投入することで経済活動を行う。労働投入量は投入される労働力を表しており、企業の経済活動の水準に従って変動する。
 第1-(3)-10図の(1)により、労働投入量の推移とその変動要因をみると、2020年以降、労働投入量は2019年同月の水準を下回って推移しており、その変動要因は、労働時間の減少による要因が中心となっている。2020年は、最初の緊急事態宣言の発出等により、全ての産業分野で経済社会活動が停滞した4月~5月を中心に大幅に減少がみられたものの、その後は徐々に改善傾向がみられ、10月には労働時間による要因が2019年同月比でプラスに転じ、労働投入量も同水準程度まで回復した。しかし、2020年秋以降に感染者数が増加したことから2020年後半にかけて労働時間が減少し、労働投入量の水準も低下した。2021年は、2020年4月~5月のような大幅な減少となる月はみられなかったが、感染状況に応じて経済社会活動の抑制と解除が断続的に繰り返され、労働時間もそれに従って変動したことから、労働投入量は2019年の水準を下回った。
 ここまで、2020年以降の労働投入量の状況は労働時間の増減を主要因として変動してきたことをみてきたが、同図の(2)により2020年以降の2019年同月と比較した月間総実労働時間の推移をみると、2020年以降の2019年同月比の月間総実労働時間は、労働投入量とおおむね同様の動きで推移していることが分かる。月間総実労働時間の変動を要因別にみると、2020年以降、一般労働者、パートタイム労働者いずれもほぼ全ての月で労働時間が減少しており、特に、一般労働者の労働時間による要因が大きく寄与していることが分かる。
 次に、第1-(3)-11図により、就業形態別に月間総実労働時間の推移をみてみる。同図の(1)により、2019年同月比の一般労働者の月間総実労働時間の推移をみると、2020年以降の経済社会活動の水準を反映し、所定外労働時間は一貫して2019年同月比で減少がみられるが、所定内労働時間は、最初の緊急事態宣言が発出されていた2020年5月を除き、大幅な減少はみられていない。一方、同図の(2)によりパートタイム労働者の月間総実労働時間の推移をみると、一般労働者と同様、2020年以降の経済社会活動の水準を反映し、所定外労働時間に一貫して減少がみられることに加え、所定内労働時間の減少が顕著に現れている。2021年は1月~9月にかけて2019年同月を大幅に下回る状況が続いた。2021年10月以降は減少幅も縮小したものの、一般労働者と比べると依然として低水準で推移している。

2021年も「宿泊業,飲食サービス業」「生活関連サービス,娯楽業」の労働時間は低水準となっている

さらに、産業別に労働時間の推移をみていく。
 第1-(3)-12図により、2020年以降の産業別の月間総実労働時間の推移をみると、最初の緊急事態宣言が発出された2020年4月~5月までの間はおおむね全ての産業で月間総実労働時間が減少となっており、その後は産業ごとに様相が異なって推移していることが分かる。「情報通信業」「卸売業,小売業」「医療,福祉」などでは2021年は2019年同月とおおむね同水準で推移した。一方、2021年も感染状況に応じて断続的に経済社会活動の抑制や行動制限が続いた影響により、「宿泊業,飲食サービス業」「生活関連サービス業,娯楽業」では2021年も2019年同月を大きく下回る水準で推移し、感染状況の改善により多くの産業で持ち直しがみられた10月以降も、「宿泊業,飲食サービス業」では低水準が続いている。
 以上のように、2020年以降、企業の経済活動に投入される労働力を表す労働投入量は雇用者の労働時間の増減が主な要因となっている。就業形態別に労働時間の動向をみると、経済活動の水準を反映する所定外労働時間はいずれも減少がみられるが、一般労働者は所定内労働時間の大幅な増減はみられないのに対し、パートタイム労働者は所定内労働時間が比較的大きく減少している。また、産業別にみると、2021年も経済社会活動の抑制の影響を受けた「宿泊業,飲食サービス業」「生活関連サービス,娯楽業」においては依然として労働時間も低水準となった。労働時間は、経済社会活動の水準を反映するとともに、パートタイム労働者の場合のように賃金水準にそのまま影響を与えることから、今後の持ち直しの状況について注視していく必要がある。次節後段では、こうした労働時間の状況が、労働者の賃金水準にどの程度影響を与えているかをみていく。

第2節 賃金の動向

2021年の現金給与総額(名目)は増加となったが、感染拡大前と比較すると依然として低い水準となっている

本節では、前節で確認した労働時間の動きを踏まえつつ、雇用者の賃金の動向をみていく。
 まず、我が国の現金給与総額の状況について確認する。「現金給与総額」とは、税や社会保険料等を差し引く前の金額であり、きまって支給する給与(定期給与。以下「定期給与」という。)と特別に支払われた給与(特別給与。以下「特別給与」という。)に分けられる。定期給与とは、労働協約、就業規則等によってあらかじめ定められている支給条件、算定方法によって支給される給与を指し、所定内給与と所定の労働時間を超える労働に対して支給される給与や休日労働、深夜労働に対して支給される給与である所定外給与の合計額である。一般的に、所定内給与は労働者に支払われるベースとなる給与であることから短期間で大幅な増減がみられることはあまりないが、所定外給与は所定外労働時間の変動に従って増減することから、企業の経済活動の状況等を反映して増減する。特別給与10とは、一般的にボーナスと呼ばれる夏冬の賞与、期末手当等の一時金等や諸手当、あらかじめ就業規則等による定めのない突発的な理由等に基づき支払われた給与等の合計額を指し、企業の業績に従って大きく変動することから、経済の動向を反映して水準が変動する傾向にある。
 第1-(3)-13図は、従業員5人以上規模の事業所における2013年以降の労働者1人当たりの現金給与総額(名目)の推移とその増減の要因をみたものである。2021年の現金給与総額(名目)は、就業形態計でみると31.9万円となった11。これは感染拡大の影響により大幅減となった2020年からは増加したものの、感染拡大前の2019年と比較すると依然として低い水準となっている。
 次に、就業形態別にみていく。一般労働者の現金給与総額(名目)の状況をみると、2013年~2019年の間、一貫して増加傾向で推移していることが分かる。要因別にみると、この間、好調な企業収益から特別給与の増加がみられるほか、2014年以降は所定内給与の増加傾向がみられる。一方、前節でみたように、所定外労働時間が減少傾向にあった影響もあり、所定外給与には大きな増減はみられていない。2020年は、感染拡大による経済活動の停滞の影響から、所定外給与と特別給与に大幅な減少、所定内給与にも小幅な減少がみられ、一般労働者の現金給与総額(名目)はリーマンショックで大きく減少した2009年以来の減少となった。2021年は、所定外給与、所定内給与ともに増加したことから一般労働者の現金給与総額(名目)は増加としたものの、特別給与が引き続き減少したことなどの影響から、感染拡大前の2019年を下回る水準となった。
 パートタイム労働者の現金給与総額(名目)の状況をみると、2013年~2019年の間、長期的に緩やかな増加傾向がみられる。要因別にみると、この間のパートタイム労働者の現金給与総額(名目)の増減は、所定内給与が中心であり、おおむねこの間の所定内給与は増加したが、前節でみたとおり、この間のパートタイム労働者の労働時間は、所定内労働時間を中心に減少傾向がみられていた。このように、労働時間の減少傾向がみられた中で所定内給与を中心に賃金の増加がみられたことから、パートタイム労働者の待遇改善の状況がうかがえる(付1-(3)-1図)。2020年は、感染拡大による経済社会活動の停滞の影響から、所定内給与、所定外給与が大幅減となったが、特別給与は増加となった。これは、働き方改革関連法のうちのいわゆる「同一労働同一賃金」(同一企業内における正規雇用労働者と非正規雇用労働者の不合理な待遇差の解消)に関する規定12が施行され、パートタイム労働者に賞与等を新設・拡充した事業所が増加したことが背景にあると考えられる。2021年は、所定外給与は引き続き減少したが、所定内給与は増加となり、パートタイム労働者の現金給与総額は2020年と比較して小幅な増加となった。

2018年までの現金給与総額(名目)は、パートタイム労働者比率が上昇しマイナスに寄与する中でも増加傾向だったが、2020年に大幅に減少し、2021年は前年比で増加した

次に、第1-(3)-14図により、現金給与総額(名目)の変動について要因を詳細にみていく。現金給与総額(名目)の変動は、就業形態ごとの現金給与総額の変化と、その構成割合の変化に要因を分けることができる。就業形態の構成割合の変化が現金給与総額(名目)の変動要因となる理由は、一般的に、労働時間の短いパートタイム労働者の賃金水準は一般労働者よりも低くなるためであると考えられる。2013年~2019年の間、女性や高年齢者を中心に労働参加が進展し、特に、高年齢層はパートタイム労働者として労働参加が進んでいた。こうした労働参加の進展によりパートタイム労働者比率が上昇し、この間の「パートタイム労働者比率による要因」は一貫して現金給与総額(名目)に対してマイナスに寄与した。一方、一般労働者、パートタイム労働者の現金給与総額(名目)は増加していたため、2018年までは就業形態計でみて現金給与総額(名目)は増加傾向で推移した。2020年には、感染拡大による経済社会活動の停滞の影響によりパートタイム労働者比率は低下し、「パートタイム労働者比率による要因」はプラスに寄与したが、一般労働者の所定外給与、特別給与の大幅減がみられ、現金給与総額(名目)は減少した。2021年には、一般労働者の所定内給与、所定外給与が増加し、現金給与総額(名目)は増加したものの、一般労働者の特別給与は2020年に続き減少となった。

2021年の現金給与総額(実質)は3年ぶりに前年比プラスとなった

実質賃金の状況をみていく。実質賃金とは、実際に支給される名目賃金の額から物価の変動分を取り除いた値であり、これをみることで物価の上昇(インフレ)や下落(デフレ)の動きを除いた賃金水準の動きを確認することができる。第1-(3)-15図は、2013年以降の現金給与総額(実質)の変動を名目賃金の変化と物価の変化による要因に分けてみたものである。2013年以降の現金給与総額(実質)は、名目賃金が2018年までプラスに寄与していたが、その間の物価の上昇により物価要因がおおむねマイナスに寄与していたことから、2016年と2018年を除き現金給与総額(実質)は減少となっていた。2020年は、物価要因による変動はみられなかったが、感染症の影響から名目賃金が減少となり、現金給与総額(実質)は減少となった。2021年は、名目賃金の増加による寄与がみられ、物価の下落がみられたことから物価要因がプラスに寄与し、現金給与総額(実質)は3年ぶりに前年から増加した。

2021年の総雇用者所得(実質)は、2年ぶりのプラスとなった

ここまで、労働者1人当たりの賃金の動向を確認してきたが、第1-(3)-16図により、2013年以降の雇用者全体の実質賃金の合計を表す総雇用者所得(実質)の変動要因の推移をみていく。2013年~2019年の総雇用者所得(実質)は、物価の上昇により物価要因はおおむねマイナスに寄与したが、名目賃金はおおむねプラスに寄与したことに加え、この間の労働参加の進展から雇用者数要因は一貫してプラスに寄与した。その結果、2013年~2019年は、2014年を除き、総雇用者所得(実質)は増加していた。2020年は感染症の影響から大幅減となったが、2021年は名目賃金、雇用者数、物価要因がプラスに寄与したことから総雇用者所得(実質)は増加となった。

労働分配率はおおむね感染拡大前と同程度の水準まで戻った

ここで、労働分配率の状況を確認する。労働分配率とは、企業の経済活動によって生み出された付加価値のうち、労働者がどれだけ受け取ったのかを示す指標であり、分母となる付加価値、特に営業利益が景気感応的であることから、景気拡大局面においては低下し、景気後退局面には上昇するという特徴がある。内閣府「国民経済計算」又は財務省「法人企業統計」から算出する方法が一般的であるが、各々の統計により水準やトレンドが異なることから、一定の幅を持ってみる必要がある13。労働分配率は産業による水準の差異が大きく、長期的にみる場合は産業構造の変化が労働分配率に影響を及ぼしている可能性があることに留意する必要がある。
 第1-(3)-17図により、企業の資本金規模別に労働分配率を確認していく。2013年以降の景気拡大局面では、全ての資本金規模において労働分配率は低下傾向にあったが、2020年の感染拡大による景気減退の影響から企業収益が悪化し、全ての企業規模で労働分配率は大幅に上昇した。2020年後半以降は企業収益の回復がみられたことから、労働分配率も全ての資本金規模で低下傾向がみられ、2021年後半にはおおむね感染拡大前と同程度の水準まで戻った。しかし、「資本金1千万円以上1億円未満」では資本金規模が大きい企業と比べて2021年の企業収益の回復が遅く、労働分配率の低下幅は小さかった。

「運輸業、郵便業」「サービス業」では労働分配率が高い状況が続いている

第1-(3)-18図により産業別の労働分配率をみると、「医療、福祉業」「卸売業・小売業」「サービス業」などは水準が比較的高い一方で、「情報通信業」「製造業」などは水準が比較的低い傾向にある。また、景気後退期には、産業ごとに労働分配率の上昇幅が異なり、2008年後半のリーマンショック期には「製造業」で上昇が顕著にみられた。一方、2020年の感染症の感染拡大期には「運輸業、郵便業」「サービス業」「製造業」「卸売業・小売業」などで大幅な上昇となったが、「医療、福祉業」「情報通信業」などでは、景気後退期においても労働分配率の大幅な上昇はみられなかった。2021年は、「運輸業、郵便業」「サービス業」では感染拡大前の水準と比較して高いが、その他の産業においてはおおむね感染拡大前と同程度の水準まで戻っている。

感染拡大以降の総雇用者所得(名目)の変動要因は名目賃金の変化が中心となっている

2020年以降の感染症の影響による賃金の動向を確認するため、月次データにより詳細にみていく。
 まず、雇用者全体への総賃金額を表す総雇用者所得(名目)の2020年以降の推移を確認する。総雇用者所得は家計部門全体の勤労所得を示す指標であり、個人消費等に影響を与えうる重要な指標である。
 第1-(3)-19図の(1)は、2020年以降の総雇用者所得(名目)の変動を2019年同月の水準と比較してみており、その変動は、1人当たりの「名目賃金による要因」と「雇用者数による要因」に分けることができる。2020年以降の総雇用者所得(名目)の動向をみると、最初の緊急事態宣言が発出された2020年4月に低下がみられた後、2020年12月までは2019年同月を大幅に下回る水準で推移した。2021年は、「雇用者数による要因」は1月~4月に、「名目賃金による要因」は2月~4月にはプラスに寄与したことから、1月~4月の間は緊急事態宣言下ではあったものの、2019年同月を上回る水準に回復した。その後感染状況が悪化し、経済社会活動が停滞する中で、いずれの要因もマイナスに転じ、5月以降は2019年同月を下回る水準で推移した。要因別にみると、「名目賃金による要因」は、所定外給与や特別給与、パートタイム労働者の給与が経済活動の水準に対して弾力的に変化するため、月別の変動幅が比較的大きく、2020年以降の総雇用者所得(名目)の水準の変動に対し比較的大きな影響を与えている。
 同図の(2)により、現金給与総額(名目)の推移をみると、総雇用者所得(名目)とおおむね同様の動きをしていることが分かる。要因別にみると、2020年4月以降、労働時間が短く相対的に賃金水準の低いパートタイム労働者を中心に雇用者数の減少がみられたことから、「パートタイム労働者比率による要因」はおおむねプラスに寄与しているものの、「一般労働者の賃金による要因」のマイナス寄与が大きく、「一般労働者の賃金による要因」がプラス寄与に転じた2021年2月~4月を除き、2019年同月を下回る水準となっている。また、一般労働者の特別給与の水準が大幅に低下していることから、6月及び12月の「一般労働者の賃金による要因」は他の月と比較して大幅なマイナスとなっている。2021年は、2月~4月は緊急事態宣言下にありながら2019年同月を上回る水準で推移したが、5月以降は長引く経済社会活動の抑制等の影響から「一般労働者の賃金による要因」がマイナスに転じ、8月~9月には「パートタイム労働者の賃金による要因」のマイナス寄与の拡大もみられ、2019年同月を下回る水準が続いた。また、2021年10月以降は、緊急事態宣言が全面解除となったこと等からパートタイム労働者が増加傾向となり、「パートタイム労働者比率による要因」がマイナス寄与に転じた。一方、2019年同月と比較すると、依然として低い水準となっているものの、2021年の現金給与総額(名目)を2020年同月の水準と比較すると、特に、「一般労働者の賃金による要因」はマイナス寄与がいずれの月もおおむね縮小傾向にあり、持ち直しの状況にあることがうかがえる。

2021年のパートタイム労働者所定内給与は月ごとに大きく変動している

次に、就業形態別に現金給与総額(名目)の動きを詳細にみていく。
 第1-(3)-20図の(1)により、一般労働者の現金給与総額(名目)の推移をみると、2020年4月以降、2019年同月をおおむね下回る水準で推移しているが、所定外給与及び特別給与の減少がその要因となっており、所定内給与は大きな変動はなく、2021年には増加傾向もみられている。所定外給与及び特別給与は経済活動の状況や業況により変動することから、今後の持ち直しの動きに注視していく必要がある。
 同図の(2)により、パートタイム労働者の現金給与総額(名目)の動向をみると、2020年4月以降、所定外給与が一貫してマイナスに寄与していることに加え、所定内給与の月ごとの変動が大きいことがみてとれる。パートタイム労働者は経済社会活動の状況等により労働時間が変動すると考えられ、それに伴い、所定内給与の水準も変動することから、感染状況により経済社会活動の抑制・再開が繰り返された影響を大きく受けていることがうかがわれる。一方、6月及び12月には、パートタイム労働者の特別給与のプラス寄与が顕著にみられ、感染症の影響下においても、いわゆる「同一労働同一賃金」の取組が進展している状況も見受けられる。

現金給与総額(名目)の動きは産業ごとに差異がみられる

さらに、第1-(3)-21図により、2020年以降の産業別の現金給与総額(名目)の推移を2019年同月の水準と比較して確認する。2020年の感染拡大後はおおむね全ての産業で水準の低下がみられたものの、「宿泊業,飲食サービス業」「運輸業,郵便業」では、特に大幅な水準の低下がみられた。2021年は、「宿泊業,飲食サービス業」は、依然として2019年同月の水準を大幅に下回って推移している。「運輸業,郵便業」は、年後半にかけて2019年同月を大幅に下回る水準となったことに加え、特別給与の減少から、特に、6月及び12月の水準低下が著しい。一方、「卸売業,小売業」では、2021年は、2019年同月をおおむね上回る水準で推移するなど、産業によって現金給与総額(名目)の動きには差異がみられる。

第3節 春季労使交渉等の動向

2021年の春季労使交渉の動き

ここでは、2021年の春季労使交渉の動きについて振り返った上で、2022年の春季労使交渉の動きについて、労働者側、使用者側の双方からみていく。
 まず、2021年春季労使交渉の動きを振り返る。
 2021年春季労使交渉では、労働者側の動きとして、日本労働組合総連合(以下「連合」という。)は、「2021春季生活闘争方針」において、「賃上げ要求」については、「2021闘争においても、『底上げ』『底支え』『格差是正』の取り組みの考え方を堅持する中で、引き続き、月例賃金の絶対額の引上げにこだわり、名目賃金の最低到達水準と目標水準への到達、すなわち『賃金水準の追求』に取り組むこととする。」とし、月例賃金については、「すべての組合は、定期昇給相当(賃金カーブ維持相当)分(2%)の確保を大前提に、産業の『底支え』『格差是正』に寄与する『賃金水準追求』の取り組みを強化しつつ、それぞれの産業における最大限の『底上げ』に取り組むことで、2%程度の賃上げを実現し、感染症対策と経済の自律的成長の両立をめざす。同時に、企業内で働くすべての労働者の生活の安心・安定と産業の公正基準を担保する実効性を高めるため、企業内最低賃金の協定化に取り組む。」としていた。
 これに対する使用者側の動きとして、(一社)日本経済団体連合会(以下「経団連」という。)は、2021年1月に公表した「2021年版経営労働政策特別委員会報告-エンゲージメントを高めてウィズコロナ時代を乗り越え、Society 5.0の実現を目指す-」において、「コロナ禍の影響で業績が大きく落ち込んでいる企業がある一方、業績が堅調な企業もあるなど、まだら模様の様相が強まっている。こうした中、業種横並びや各社一律の賃金引上げを検討することは現実的ではない。『賃金決定の大原則』に則った検討を行っていく際、コロナ禍にあって外的要素をどう考慮するかについてはより慎重な判断が求められる。企業労使は、自社の事業活動へのコロナ禍の影響に関する情報を正しく共有し、当面の業績見通しなどについてもできる限り認識を合わせた上で、十分に協議を尽くし、自社の実情に適した賃金決定を行うことが重要である。」としていた。
 こうした中、2021年3月17日に、多くの民間主要労働組合に対して、賃金、一時金等に関する回答が示された。感染症の影響で先行き不透明感がある中、月例賃金については、ベースアップの回答を行った企業もあれば、定期給与相当分を維持する企業もあるなど、業種間でばらつきがみられ、一時金は2020年に比べ減少傾向という回答となった。

2022年の春季労使交渉の動き

2022年の春季労使交渉の動きについてみてみる。
 まず、労働者側の動きとして、連合は、「2022春季生活闘争方針」において、「2022闘争は、すべての組合が月例賃金の改善にこだわり、それぞれの賃金水準を確認しながら、『底上げ』『底支え』『格差是正』の取り組みをより強力に推し進める。」としている。
 これに対する使用者側の動きとして、経団連は、2022年1月に公表した「2022年版経営労働政策特別委員会報告-ポストコロナに向けて、労使協働で持続的成長に結びつくSociety5.0の実現-」において、「業種や企業による業績のばらつきが拡大する中、2022年の春季労使交渉・協議においては、業種横並びや一律的な賃金引上げの検討ではなく、各企業が自社の実情に適した賃金決定を行うとの『賃金決定の大原則』に則った検討が重要となる。『成長と分配の好循環』実現への社会的な期待や、企業の賃金引上げの環境整備に向けた政府の支援策をも考慮に入れながら、企業として主体的な検討が望まれる。」としている。
 こうした中、2022年3月16日に、多くの民間主要労働組合に対して、賃金、一時金等に関する回答が示された。2021年を上回る賃上げ、一時金等の回答がある一方、感染症の影響等により業績低迷が続いている業種では、賃上げの動きが鈍いなど、業種間でばらつきがみられた。

2021年春季労使交渉では、2014年以降で最も低い賃上げとなっている

2021年の春季労使交渉の概況についてみてみる。
 第1-(3)-22図により、賃上げ集計結果をみると、2021年は、妥結額は5,854円、賃上げ率は1.86%となり、妥結額、賃上げ率ともに3年連続で前年の水準を下回り、賃上げ率は8年ぶりに2%を下回った。また、経団連の調査14では1.84%、連合の調査では1.78%と、いずれも2020年を下回り、2014年以降で最も低い賃上げ率となった。

2021年は2020年を下回る賃上げとなった

春季労使交渉の結果を受けて、2021年の平均賃金がどのように変化したかをみてみる15
 第1-(3)-23図により、2021年の一人当たりの平均賃金の改定額及び改定率を企業規模別にみると、企業規模計では、2020年に比べ改定額、改定率ともに減少した。同図の(1)により、2021年の改定額をみると、「1,000人~4,999人」で2020年より増加した一方、それ以外の規模では2020年より減少した。同図の(2)により、2021年の改定率をみると、2020年と比べて「300~999人」及び「5,000人以上」で低下、「100~299人」及び「1,000~4,999人」で横ばいとなった。

賃上げやベースアップを実施する企業の割合は、2021年は2020年に続き低下している

次に、平均賃金の引上げを行った企業の割合及びベースアップの実施状況について確認する。
 2021年の状況について、第1-(3)-24図の(1)により、賃上げ実施企業割合を企業規模別にみると16、2021年は、企業規模計では80.7%となり、2020年より低下した。企業規模別にみると、2020年より増加した「5,000人以上」を除いて低下した。
 同図の(2)により、ベースアップを実施した企業の割合をみると17、2021年は、企業規模計では17.7%となり、2年連続で低下した。また、企業規模別にみると、全ての企業規模で低下し、2021年にベースアップを実施した企業の割合は、企業規模が大きい企業ほど大きく低下した。

2021年の夏季一時金及び年末一時金は、減少した

次に、第1-(3)-25図により、夏季・年末一時金妥結状況の推移をみると、2021年の夏季一時金の妥結額は、前年比6.59%減の77.4万円と、3年連続で減少し、1970年以降では2番目の低下率となった。また、年末一時金の妥結額は、前年比0.54%減の78.2万円となり、2年連続で減少した。

労働組合員数は7年ぶりに、推定組織率は2年ぶりに減少

最後に、労働組合の状況についてみてみる。
 第1-(3)-26図により、労働組合員数及び推定組織率の推移をみると、2021年は、労働組合員数1,008万人、推定組織率16.9%となり、労働組合員数は7年ぶりに、推定組織率は2年ぶりに減少した。
 また、第1-(3)-27図により、パートタイム労働者の労働組合員数及び推定組織率の推移をみると、2021年は、パートタイム労働者の労働組合員数は136万人、推定組織率は8.4%となり、労働組合員数、推定組織率ともに過去最高を記録した2020年より減少した。特に、パートタイム労働者の労働組合員数は、1990年に調査を始めて以来、初めて減少した。

コラム1–3 我が国の賃金の動向

近年、日本の賃金が他の先進各国と比較して伸び悩んでいるといった指摘が多い。2021年10月に閣議決定により設置された「新しい資本主義実現会議」でも賃上げについての議論が行われた。本コラムでは、1990年代から今日にかけての日本の賃金について分析を試みる。

(1)賃金(名目・実質)の国際比較

コラム1-3-①図により、OECDが公表するデータを使って、G7各国の賃金の1991年以降の推移をみてみる。同図の(1)により、日本は、1991年の賃金を100とすると、2020年の名目賃金は111.4となっており、他のG7各国と比較すると賃金の伸びが低くなっていることが分かる。また、同図の(2)により、物価の伸びを考慮した実質賃金をみると、1991年の賃金を100とすると、2020年の日本は103.1となっており、イタリアを除く各国と比較すると賃金の伸びが低くなっていることが分かる。さらに、リーマンショック後の2010年以降の実質賃金は、イギリスやイタリアなど日本以外でも実質賃金が伸び悩む国もあることが分かる。

(2)日本の賃金の現状と近年の傾向

バブル崩壊以降、低い経済成長と長引くデフレにより、企業は賃金を抑制し、消費者も将来不安などから消費を抑制した結果、需要が低迷し、デフレが加速、企業に賃上げを行う余力が生まれにくい悪循環であったことが日本の賃金が伸び悩む要因として考えられるが、ここでは、年齢階級別の賃金水準や労働者の構成比率の変化について、分析する。
 コラム1-3-②図18により、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」を用いて、日本の労働者の名目賃金をみると、男性の一般労働者では、「~19歳」「55~59歳」及び「60~64歳」において、女性の一般労働者では、ほぼ全ての年齢階級において賃金水準が上昇傾向にあることが分かる。
 また、コラム1-3-③図により、厚生労働省「毎月勤労統計調査」を用いて、1993年以降の所定内給与を所定内労働時間で除した時給換算した賃金(名目・実質)19を就業形態別にみると、1時間当たり名目賃金は、一般労働者、パートタイム労働者20ともに、上昇基調で推移している。特に、パートタイム労働者の1時間当たり名目賃金は、最低賃金の引上げ等を背景に、近年、上昇している。また、1時間当たり実質賃金は、消費増税等急激に物価が上昇しているときなど、一時的に減少している年もあるものの、基本的に上昇基調で推移していることが分かる。

(3)日本の賃金が伸び悩む要因

①女性や高齢者の労働参加が進んだことに伴うパートタイム労働者・非正規雇用労働者の増加による影響

この30年間、少子高齢化の中で、労働力需要の高まりや就業意識の変化に伴い、育児支援の充実や定年の引上げなどにより、女性や高齢者の就業者、労働者が増加している。
 コラム1-3-④図により、総務省統計局「労働力調査(基本集計)」を用いて、就業者数についてみると、1991年と比較して、2021年は、344万人増加している。男女別・年齢階級別にみてみると、男性は「15~64歳」が370万人減と減少している一方、男性の「65歳以上」が303万人増、女性は「15~64歳」が189万人増、「65歳以上」が221万人増と、女性や高齢者の就業者が増加していることが分かる。
 次に正規雇用労働者、非正規雇用労働者の増加による影響についてみていく。コラム1-3-⑤図により、総務省統計局「労働力調査(詳細集計)」を用いて、男女別に正規雇用労働者と非正規雇用労働者について2002年及び2021年の状況をみてみる21
 女性についてみると、正規雇用労働者、非正規雇用労働者ともに増加しているが、非正規雇用労働者の割合がいずれも大きく、その多くは、相対的に賃金水準の低いパートタイム労働者である。また、「65歳以上」の高齢者についてみると、正規雇用労働者、非正規雇用労働者ともに大きく増加しているものの、非正規雇用労働者で特に大きく増加しており、男女とも同様の傾向にあることが分かる。
 コラム1-3-⑥図により、厚生労働省「毎月勤労統計調査」を用いて、現金給与総額(就業形態計)についてみてみる22。1997年まで、現金給与総額(就業形態計)は、一般労働者の所定内給与がプラスに寄与し、増加していたが、1998年以降、パートタイム労働者比率や一般労働者の特別給与のマイナス寄与が拡大し、2002年以降、現金給与総額(就業形態計)は減少に転じ、マイナス幅が拡大した。2013年以降、一般労働者の所定内給与や特別給与が増加しマイナス幅は縮小していたが、2019年以降再びマイナス幅が拡大した。

②産業構造の変化による影響

コラム1-3-⑦図により、厚生労働省「毎月勤労統計調査」を用いて、労働者全体に占める産業別、就業形態別の労働者の構成比の状況をみていく。2021年は、1993年と比較23すると、第2次産業では、一般労働者、パートタイム労働者の割合がいずれも低下する一方、第3次産業の労働者割合は上昇しており、特に第3次産業におけるパートタイム労働者の割合が大きく上昇していることが分かる。
 次に、コラム1-3-⑧図により、厚生労働省「毎月勤労統計調査」を用いて、産業別、就業形態別の名目賃金の変化の状況をみていく。同図の(1)により、1993年と2021年の第2次産業、第3次産業それぞれの賃金を就業形態別にみると、両産業分類とも一般労働者がパートタイム労働者よりも高く、いずれも賃金が上昇していることが分かる。
 それぞれの賃金が上昇しているにもかかわらず、調査産業計の名目賃金が伸び悩んでいる理由について、要因を分析したものが同図の(2)である。第2次産業の現金給与総額がプラスに寄与する一方、第3次産業の現金給与総額と労働者比率がマイナスに寄与している。したがって、一般労働者と比較して相対的に賃金水準が低い第3次産業のパートタイム労働者比率が大きく上昇するとともに、相対的に賃金が高い第2次産業の一般労働者が減少したことにより、結果として、名目賃金が減少したと考えられる24

③物価の上昇による影響

物価を加味した実質賃金の状況をみていく。コラム1-3-⑨図により、厚生労働省「毎月勤労統計調査」、総務省統計局「消費者物価指数」を用いて、実質賃金の動向について、名目賃金の要因と物価(消費者物価)要因に分解している。1991年以降、一貫して1990年比で物価が実質賃金にマイナスに寄与したものの、名目賃金の伸びが上回り、実質賃金はプラスで推移していた。しかし、2002年以降、名目賃金の伸びが物価の伸びを下回り、実質賃金はマイナスとなっている。また、2009年以降、名目賃金の伸びもマイナスに寄与し、マイナス幅が拡大していることが分かる。

(4)まとめ

本コラムでは、過去30年の我が国の賃金動向をみてきた。まず、パートタイム労働者比率が増加し、結果として賃金がマイナスに寄与することが分かった。パートタイム労働者比率の増加は、女性や高齢者が、希望に応じて働く機会が増え、労働参加を進めるという意味で、望ましいことであるものの、一人当たりの平均賃金の引下げ要因となっている。
 また、産業分類別にみると、第3次産業の労働者の比率が増加した結果、パートタイム労働者比率が増加し、賃金の引下げ要因となっていることが分かった。さらに、近年は、消費増税の影響等による物価の上昇により、実質賃金が低下していることも分かった25
 賃金を上昇させるため、企業の生産性や商品・サービスの付加価値を高めることが必要である。企業には、賃上げに向けた努力が引き続き求められると同時に、労働の付加価値を高められるよう個々の労働者の能力開発も必要になっていくものと考えられる。

注釈

  1. 1第1節の「毎月勤労統計調査」の労働時間の図表の数値は、指数(総実労働時間指数、所定内労働時間指数、所定外労働時間指数)にそれぞれの基準数値(2020年)を乗じ、100で除し、時系列比較が可能となるように修正した実数値であり、公表値とは異なる。
  2. 2時間外労働については、大企業は2019年4月から、中小企業は2020年4月から、基本的に、月45時間、年360時間を原則とし、臨時的な特別な事情がある場合でも年720時間、単月100時間未満(休日労働含む)、複数月平均80時間(休日労働含む)を限度に設定されている。
  3. 3労働時間の増減率の値は、修正した実数値から算出した値ではなく、「毎月勤労統計調査」の公表値に基づいて記載している。
  4. 4「カレンダー要因」は、業種等により休み方、働き方が異なると考えられるが、ここでは、産業計(平均)の一般労働者の出勤日数との関連をみるため、「カレンダー要因」の代理指標として、便宜的に年間平日日数を用いている。ここでの年間平日日数は、土日祝日以外の日数であるが、年末年始(12月29日~1月3日)の土日祝日以外の日も祝日扱いとして算出している。
  5. 5出勤日数について、「毎月勤労統計調査」では指数を作成していないため、公表値の実数を用いている。
  6. 6「令和3年版労働経済の分析」第1部第3章第1節参照。
  7. 7年次有給休暇については、調査年の前年1年間の状況について調べている。
  8. 8働き方改革関連法により、時間外労働の上限規制(大企業は2019年4月施行、中小企業は2020年4月施行)、年5日の年次有給休暇の確実な取得(2019年4月施行)等が定められ、順次施行された。
  9. 9非農林業雇用者の従業者に占める週34時間以下で就労している雇用者の割合。
  10. 10「毎月勤労統計調査」の特別給与とは、労働協約、就業規則等によらず、一時的又は突発的事由に基づき労働者に支払われた給与又は労働協約、就業規則等によりあらかじめ支給条件、安定方法が定められている給与で以下に該当するもの。
    1. 夏冬の賞与、期末手当等の一時金
    2. 支給事由の発生が不定期なもの
    3. 3か月を超える期間で算定される手当等(6か月分支払われる通勤手当等)
    4. いわゆるベースアップの差額追給分
  11. 11第2節の「毎月勤労統計調査」の賃金の数値は、指数(現金給与総額指数、定期給与指数、所定内給与指数)にそれぞれの基準数値(2020年)を乗じ、100で除し、時系列比較が可能となるように修正した実数値であり、実際の公表値とは異なる。なお、賃金(労働時間も同様)については2018年に母集団労働者数(ベンチマーク)の切り替え、2019年、2020年、2021年に30人以上規模の事業所の標本の部分入れ替えを行っており、一定の断層が生じている点に留意が必要である。
  12. 12いわゆる「同一労働同一賃金」の導入は、同一企業・団体における正規雇用労働者(無期雇用フルタイム労働者) と非正規雇用労働者(パートタイム労働者、有期雇用労働者、派遣労働者)の間の不合理な待遇差の解消を目指すものである。パートタイム・有期雇用労働法等においては、正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間の不合理な待遇差の禁止、待遇に関する説明義務の強化、それらに関する労働者と事業主の間の紛争に対して裁判によらない無料・非公開の紛争解決手続きを利用できること等が定められている。
  13. 13ここでは、企業規模別の動向及び景気局面の動向について着目して分析を進めていくため、財務省「法人企業統計調査」の四半期別調査により算出した労働分配率(分母の付加価値は粗付加価値)を用いる。なお、数値の動きは厚生労働省で独自に作成した季節調整値でみている(後方3四半期移動平均)。
  14. 14経団連は大手企業の妥結結果である。
  15. 15「賃金引上げ等の実態に関する調査」は、中小企業も含む民間企業(労働組合のない企業を含む)について調査(「製造業」「卸売業,小売業」は常用労働者30人以上、それ以外の産業は常用労働者100人以上)しており、第1-(3)-22図の春季労使交渉の調査より調査範囲が広い。
  16. 16「1人平均賃金を引き上げた・引き上げる」企業の割合。
  17. 17賃金の改定を実施し又は予定している企業及び賃金の改定を実施しない企業のうち定期昇給制度がある企業について集計したもの(一般職については、定期昇給制度がある企業割合は、企業規模計で2021年81.6%)。
  18. 18「賃金構造基本統計調査」は、令和2年調査より、調査項目及び推計方法の見直しを行っているが、本コラムでは、見直し前の2019年(令和元年)までの統計データを用いて1990年、2000年、2010年、2019年の男女別、年齢階級別の名目賃金を比較している。
  19. 19時給換算した賃金は、所定内給与指数を所定内労働時間指数で除することで算出している。なお、就業形態別の賃金を取り始めた1993年以降についてみている。
  20. 20「毎月勤労統計調査」では、常用労働者のうち、パートタイム労働者以外の者を一般労働者としている。一方、パートタイム労働者とは、常用労働者のうち、
    1. 1日の所定労働時間が一般の労働者より短い者
    2. 1日の所定労働時間が一般の労働者と同じで1週の所定労働日数が一般の労働者よりも少ない者
    のいずれかに該当する者としており、調査票の記入要領において、一般の労働者とは、いわゆる正規従業員、正社員のことと考えて良いとされている。
  21. 21「労働力調査(詳細集計)」は、2002年以降実施しており、2001年以前に実施していた「労働力調査(特別調査)」とは、調査方法や調査月などが相違することから、本コラムでは、比較可能な2002年と2021年で比較している。
  22. 22本コラムにおける「毎月勤労統計調査」の数値は、指数(現金給与総額指数、定期給与指数、所定内給与指数、総実労働時間指数、所定内労働時間指数、常用雇用労働者指数)にそれぞれの基準数値(2020年)を乗じ、100で除し、時系列比較が可能となるように修正した実数値であり、実際の公表値とは異なる。なお、「毎月勤労統計調査」において、就業形態別にデータを取り始めた1993年以降で分析している。
  23. 23「毎月勤労統計調査」では、第1次産業のデータはなく、本稿では「鉱業,採石業,砂利採取業」「建設業」「製造業」を第2次産業とし、その他の産業を第3次産業として分析している。
  24. 24内閣府政策統括官室(経済財政分析担当)「日本経済2012-2013」(2012年)において、非製造業の平均賃金が低いのはパート労働者比率が高いことが要因としている。さらに、産業構造、雇用構造が製造業から非製造業にシフトすると「賃金が低下する」という見方について、製造業、非製造業とも一般労働者(正社員、非正社員)に限ってみると、製造業、非製造業の賃金格差は小さく、パート労働者の賃金は、一般労働者に比べて大幅に低く、製造業の方が非製造業を上回っている。全体の賃金で見た時に製造業の賃金が非製造業の賃金を上回っているのは、非製造業において、賃金の低いパート労働者の比率が、製造業よりも大幅に上昇してきたためと指摘している。
  25. 25玄田(2017)では、労働市場の需給変動の観点、行動経済学等の観点、賃金制度などの諸制度、賃金に対する規制などの影響、正規・非正規問題、能力開発・人材育成、高齢問題や世代問題と7つに総括している。