まとめ

第Ⅰ部 労働経済の推移と特徴

2022年の我が国の経済は、引き続き感染症の影響がみられたものの、感染防止策と経済社会活動の両立が図られ、経済活動は徐々に正常化に向かった。2022年1-3月期においては、一部地域にまん延防止等重点措置が発出され、飲食店等に営業時間短縮等が要請されていたこともあり、民間消費が抑制され、実質GDPはマイナス成長となった。4-6月期においては、3年ぶりに行動制限のない大型連休を迎え、個人消費が回復したことなどから、民間最終消費支出がプラスに寄与し、プラス成長となった。7-9月期、10-12月期は、前年のような全国的な行動制限が求められなかったことで、消費の大幅な落ち込みには至らず、おおむね横ばいとなった。
雇用情勢は、2021年以降、感染拡大前と比べて求人数の回復に遅れがみられる産業もあるものの、経済社会活動が徐々に活発化する中で持ち直している。また、求人の回復基調が続く中で、女性や高齢者等の労働参加が着実に進展している。ただし、少子高齢化に起因する我が国の労働供給制約や経済社会活動の回復などに伴う人手不足の問題も再び顕在化している。2022年において、新規求人数は対前年で2年連続増加、年平均の完全失業率は前年差0.2%ポイント低下の2.6%、有効求人倍率は前年差0.15ポイント上昇の1.28倍となった。
労働時間の動向をみると、感染拡大等による2020年の大幅な落込みから回復し、月間総実労働時間は前年に比べて増加した。一方で、働き方改革の取組の進展等を背景に、感染拡大前の2019年と比較して低い水準となった。
賃金の動向をみると、経済活動の正常化等に伴い、現金給与総額では前年と比べて増加し、感染拡大前の2019年を上回った。また、最低賃金の引上げや同一労働同一賃金の取組の進展、人手不足などに伴うパートタイム労働者の所定内給与の増加などもみられ、春季労使交渉においては例年と比べても高い水準での賃上げに向けた動きがみられた。一方で、名目賃金が大きく増加する中でも、実質賃金が前年比でマイナスとなるなど、物価上昇による影響もみられた。
このように、2022年の労働経済は、感染防止策と経済社会活動の両立が図られ、経済活動が徐々に正常化に向かう中、飲食、宿泊等のサービス消費やインバウンドの回復、長期的に続く人手不足の状況を背景に持ち直しがみられた。一方で、資源価格の高騰等に伴う物価上昇による経済活動の停滞や実質賃金の減少に加え、感染拡大前の水準まで求人等が回復していないこと等、引き続き動向を注視していく必要がある。

第Ⅱ部 持続的な賃上げに向けて

第1章 賃金の現状と課題

我が国における賃金等の動向

1990年代後半以降、我が国の名目賃金は、①名目生産性は他国に比べて伸び悩み、②パートタイム労働者の増加等により労働時間が減少し、かつ、③労働分配率が低下傾向にあり付加価値の分配そのものが滞ることで、賃金の伸びが抑制されてきた。また、実質賃金についてみると、交易条件の悪化も賃金の押し下げ要因となっている。我が国において賃金を持続的に上げていくためには、しっかりとイノベーションを生むことができる土壌を整え、名目でも実質でも生産性を持続的に上昇させていくことが重要である。

我が国において賃金が伸び悩んだ背景

我が国において、生産性の上昇ほど賃金が増加しなかった背景には、経済活動により得られた付加価値の在り方が変わってきたことが考えられる。この点について、①企業の利益処分が変化してきたこと、②労使間の交渉力が変化してきたこと、③雇用者の様々な構成が変化してきたこと、④日本型雇用が変容していること、⑤労働者が仕事に求めるニーズが多様化していることの5点について、ここ25年のそれぞれの変化や賃金に及ぼしてきた影響を分析したところ、これらの要素は全て名目賃金に対して押し下げる方向に寄与している可能性があることが確認された。

第2章 賃金引上げによる経済等への効果

賃上げによる企業や労働者への好影響(ミクロの視点)

個々の企業への効果についてみると、求人賃金を最低賃金よりも5%以上高い水準に設定すると、最低賃金水準と比べて、募集人数一人当たりの被紹介件数を1か月以内では約5%、3か月以内では約10%増加させている。加えて、賃上げは、労働者の仕事へのモチベーション向上等を通じて、企業や個人の生産性向上にも寄与する可能性があることを示した。

賃上げによる経済等への好影響(マクロの視点)

経済全体への影響についてみると、フルタイム労働者の定期給与・特別給与の1%の増加が、それぞれ約0.2%、約0.1%ずつ消費を引き上げる効果をもつ可能性があることや、産業連関表を用いた分析では、賃金・俸給額が1%増加したときに、約2.2兆円の生産増加と、約5,000億円の雇用者報酬のさらなる増加をもたらしうることを確認した。加えて、賃金の増加は希望する人の結婚を後押しする効果がある可能性を示し、婚姻数の増加を通じて、社会全体として少子化問題を克服する観点からも賃上げが重要であることを指摘した。

第3章 持続的な賃上げに向けて

企業と賃上げの状況について

賃上げを実施した企業の特徴についてみると、企業は足下だけでなく先行きの業績見通しも踏まえて賃金を決定しており、業績や見通しが高いほど賃金を上げている傾向が強いことを確認した。加えて、価格転嫁と賃上げの状況についても分析し、価格転嫁が行いやすいほど賃金を増加させる傾向があることも分かった。賃金制度と賃上げの関係についても、今後「職務給」を重視しようとしている企業ほど、賃上げに積極的であり、人手不足感が弱くなっている可能性が示唆された。

持続的な賃上げに向けて

スタートアップ等の新規開業、転職によるキャリアアップ、非正規雇用労働者の正規雇用転換の3つの観点から今後の方向性を確認した。

  1.  (1)新規開業については、OECD諸国で比較すると、新規開業と生産性上昇率、賃金上昇率の間には正の相関があり、国内企業に行ったアンケート調査でも、創業15年未満のスタートアップ企業等においてより高い賃上げが行われていることが確認された。このため、起業を行いやすい環境整備やマッチング支援などを行う必要性を指摘した。
  2.  (2)転職して2年程度経過すると年収が大きく増加する確率が上昇すること、転職により生活の満足度や仕事へのモチベーションが上昇すること等、転職による正の効果がある可能性を示した。一方、転職希望がありながら、実現に至らない理由として、希望する処遇と求人とのミスマッチや、自分の職務経験やキャリアへの理解不足や、中高年層等で、勤務環境の変化への不安等があることから、ハローワークを通じた就職相談、ジョブ・カードやjob-tagを通じたスキルや職業特性の見える化等に取り組む必要があることを指摘した。
  3.  (3)非正規雇用労働者の正規雇用転換は、年収を大きく増加させる効果があるほか、自己啓発やキャリア見通しにも望ましい影響が生ずる可能性があり、希望する人の正規雇用転換を促すことが重要であることを確認した。

政策による賃金への影響

最低賃金引上げと同一労働同一賃金が賃金に及ぼす影響について分析した。

  1.  (1)最低賃金については、特に最低賃金+75 円以内のパートタイム労働者割合を上昇させる可能性があるほか、最低賃金1%の引上げは、パートタイム労働者下位10%の賃金を0.8%程度引き上げる可能性があることが分かった。
  2.  (2)同一労働同一賃金の施行は、正規・非正規雇用労働者の時給差を約10%縮小させた上、非正規雇用労働者への賞与支給事業所割合を約5%上昇させた可能性が確認できた。
    このように、最低賃金制度や同一労働同一賃金は、賃金水準や賃金分布に対して様々な影響を及ぼしうるものであることが分かった。重要なことは、「持続的な賃上げ」を通じて労働者の生活の向上を図ることであり、労使の議論を踏まえつつ、政府全体としても、賃金の底上げや生産性向上に向けた取組を進めていくことが求められる。