まとめ

第Ⅰ部 労働経済の推移と特徴

2021年の我が国の経済は、感染拡大以降、経済社会活動の足かせとなっている感染症の影響が依然として残る中、半導体不足などの供給面での制約や年後半にかけての原材料価格の上昇もあった。緊急事態宣言等が発出された1月~9月のGDPの水準は、名目・実質ともに第Ⅰ四半期(1-3月期)でマイナス成長、第Ⅱ四半期(4-6月期)でプラス成長、第Ⅲ四半期(7-9月期)でマイナス成長と一進一退の動きとなった。9月末の緊急事態宣言等の解除以降は、ワクチン接種の進展などの感染症対策の効果もあり、経済社会活動が徐々に活発化したため、第Ⅳ四半期(10-12月期)は実質GDPで大幅なプラス成長となった。年平均でみると、2021年は前年比でプラス成長となり、実質GDPはおおむね感染拡大前の水準まで回復した一方で、感染状況などによる下振れリスクも存在している。また、企業の業況や経常利益の動向については、多くの産業で持ち直しの動きがみられる中、緊急事態宣言下において断続的な行動制限が続いたことから、「宿泊業,飲食サービス業」などの対人サービス業では2020年に続き厳しい状況となった。
 雇用・失業情勢は、1月~9月は、一進一退の動きとなったが、9月末の緊急事態宣言の解除後は、経済社会活動が徐々に活発化していく中で求人等について回復に向けた動きがみられるなど、各指標が改善傾向で推移した。年平均では、完全失業率は2020年から横ばいの2.8%、有効求人倍率は前年差0.05ポイント低下の1.13倍と底堅さがみられた。雇用情勢が持ち直していく中で、感染拡大前からみられる人手不足を背景に、多くの産業では経済社会活動の活発化に伴い再び人手不足の状況に転じており、新規求人数もおおむね増加傾向にある。一方、転職者数は2020年に続き大幅な減少となったほか、失業期間が1年以上に及ぶ長期失業者の増加がみられるなど、感染拡大後の労働市場における課題もうかがわれた。
 労働時間の動向をみると、感染症を踏まえた働き方や事業活動が徐々に定着したことから、緊急事態宣言等の対象期間における直接的な影響は2020年と比較すると限定的となり、月間総実労働時間は前年差でプラスとなった。一方、一般労働者、パートタイム労働者のいずれも、所定内・所定外労働時間ともに、感染拡大前の2019年と比較して低い水準で推移した。賃金の動向をみると、経済社会活動や労働時間の動きを反映し、現金給与総額は前年差でプラスとなったものの、一般労働者では特別給与、パートタイム労働者では所定外給与で2020年からの減少がみられた。また、年次有給休暇の取得率の上昇や長時間労働者の割合の低下、いわゆる「同一労働同一賃金」の取組に伴うパートタイム労働者の特別給与の増加など、「働き方改革」の取組の進展もみられた。
 このように、2021年の労働経済は、緊急事態宣言等の対象期間が長期に及ぶ中で、「宿泊業,飲食サービス業」などの対人サービス業では厳しい状況が続いたものの、経済社会活動が徐々に活発化していく中で持ち直しの動きが続き、「働き方改革」の取組の進展もみられた。一方、一般労働者、パートタイム労働者ともに現金給与総額の水準は依然として2019年を下回っているほか、転職者数の大幅な減少や、高年齢層の非労働力人口及び長期失業者の増加がみられるなど、引き続き感染症の影響を含め、労働市場の動向を注視していく必要がある。

第Ⅱ部 労働者の主体的なキャリア形成への支援を通じた労働移動の促進に向けた課題

第1章 我が国の労働力需給の展望と労働移動をめぐる課題

我が国の労働力需給の展望

我が国の労働市場においては、少子高齢化に伴う生産年齢人口や新規学卒者数の減少が進んでおり、今後労働力の供給に制約が生じることが想定される。我が国の就業構造は、ポスト工業社会が進展し、商品やサービスの高付加価値化が求められる。工場における生産ラインの人員や、小売店の販売業務など、定型の業務を行う人材のニーズは減少する一方、高度な専門知識や技術を用いて付加価値を生み出す人材や、非定型のサービスを提供する人材のニーズが高まっている。特に、介護・福祉やITといった分野の労働力需要は今後一層高まっていくことが予想される。このような労働力需要の変化に対して、新規学卒者等の労働市場への新規参入だけではなく、女性や高年齢層を中心とした労働参加が促されてきたが、今後は、労働者の主体的な転職など外部労働市場を通じた労働力需給の調整機能が更に重要になると考えられる。

日本経済の成長と労働移動

我が国の経済成長や賃上げを実現するためには、TFPや労働生産性の上昇が重要である。我が国の労働移動の活発さは他国と比較すると低い水準にあるが、労働移動の活発さとTFPや労働生産性の上昇には正の相関がみられ、労働移動による技術移転や会社組織の活性化が行われることで生産性の向上につながる可能性がある。

第2章 我が国の労働移動の動向

労働移動の概況

我が国の労働移動の動向を、転職入職率や転職者数、離職者数でみると、女性やパートタイム労働者で離転職者が増加している傾向もみられるが、男性や一般労働者を含めた労働者全体では労働移動が活発化している傾向は顕著にみられない。また、諸外国と比較すると、我が国では勤続年数が10年以上の雇用者の割合が比較的高く、一つの職場で長期間働く雇用者が多い傾向にある。

キャリアチェンジを伴う労働移動の動向

産業間や職種間などのキャリアチェンジを伴う労働移動については、男女ともに学歴が高く、若い層でやや活発化している可能性がある。職種間の労働移動においては、就業構造の変化への寄与度が高まっている傾向がみられ、第1章でみたような就業構造の変化に対して、外部労働市場を通じた労働移動の役割が高まっている可能性がある。産業間や職種間の労働移動性向をみると、対人サービス業間や、販売従事者とサービス職業従事者の間といった、類似する分野への労働移動をしやすい傾向があることがうかがえる。また、感染症の影響下において、労働力需要が高まっている介護・福祉分野やIT分野への労働移動の状況をみると、「医療,福祉」「情報通信業」といった産業へ他産業から転職する者が増加している傾向はあまりみられず、介護・福祉職についても、他職種からの労働移動が大きく増加している傾向はみられない。

転職者の実態

転職経験者は雇用形態を問わず女性の方が多くなっている。女性では労働条件や家庭の事情等を理由に転職する者が多い傾向があり、パートタイム労働者からパートタイム労働者への転職が多い。パートタイム労働者から一般労働者へと転職をしている者の増加もみられるものの、役職がアップする者は男性と比較して少ない傾向がある。
 キャリアチェンジを伴う転職をする者について、前職と新職のタスク距離を用いて、前職の職業経験が転職先の選択に及ぼす影響について分析した。これによると、就業経験年数が長いほどタスク距離が小さい職種への移動をする傾向があり、就業経験を重ねるにつれて、就業経験から把握した適職に類似する職種に転職を行うようになる傾向がうかがえる。特に、専門・技術職の者は、専門知識を活用して同一又は類似の職種間での移動を行う傾向が強い。また、タスク距離が近い職種への転職をする傾向がある場合でも、事務職については事務職の範囲内で移動をする傾向が強いのに対し、営業販売職とサービス職では相互の移動が多いなど、前職の職業経験に応じて、職種間移動の態様が異なる傾向もうかがえる。

第3章 主体的な転職やキャリアチェンジの促進において重要な要因

転職希望者の転職活動への移行や転職の実現に向けた課題

転職希望者の実際の転職活動への移行や、転職の実現に当たって影響する要因について分析した。特に、労働者が係長・主任や課長などの役職に就いている場合、転職活動への移行や転職の実現がしづらい傾向があることが分かった。加えて、転職希望者が実際に転職活動へ移行するに当たっては、男女問わずキャリア見通しができていることや自己啓発の実施が重要である可能性が示唆されるとともに、転職の実現に当たっては、中堅層や正社員を中心にキャリア見通しが重要である可能性が示唆された。現職において、正社員や役職に就いている者などでも、普段からキャリアの棚卸し等を通じて自立的なキャリア形成の意識を高め、キャリアの見通しを良くしておくことで、転職の決断がしやすくなる可能性があると考えられる。

キャリアチェンジを伴う転職の促進に向けた課題

キャリアチェンジを伴う転職において、職種間移動の場合、ワークライフバランスを理由とする者が多い傾向があることが分かった。また、キャリアチェンジをする場合の職業生活の満足度は、自らの技能・能力の発揮、仕事内容、賃金の増加といった、積極的なキャリアアップを目的とした場合にも向上しやすいことも示唆される。労働者がキャリアチェンジにより自らの能力をより適切に発揮し、ワーク・エンゲイジメントを高めることは、社会全体の生産性の向上にも資するため、積極的なキャリアアップのためのキャリアチェンジを促進していくことは重要であると考えられる。また、キャリアチェンジに際し、キャリア相談によるキャリア見通しの向上や自己啓発によるスキルアップを行う場合、自らの技能や能力を発揮し、満足できる仕事に転職しやすい可能性が示唆された。さらに、自己啓発やキャリア見通しの向上は、自らの能力を発揮できる適性のある仕事への就職を通じて、賃金の増加にも資する可能性がある。

介護・福祉分野やIT分野へキャリアチェンジする者の特徴

今後、労働力需要が高まってくる分野である介護・福祉分野やIT分野にキャリアチェンジする者の特徴についても分析を行った。介護・福祉職へキャリアチェンジする場合、前職との距離が遠い場合に、特に就業経験の長い者でワーク・エンゲイジメントが高くなりやすい傾向があることが分かった。このことから、タスク距離が遠い者も含めて、介護・福祉職へキャリアチェンジしうること、就業経験の長い者の方が、自らの職業適性の的確な把握により、ミスマッチの少ない転職ができる可能性があることが考えられる。
 IT分野に他分野から転職する者は男性が多く、就業経験年数は比較的幅広い。前職の産業は「情報通信業」や「製造業」が多く、職種では「専門職・技術職」や「事務系職種」が多く、入職経路としてはインターネットの転職情報サイト等が多くなっていることが分かった。

第4章 主体的なキャリア形成に向けた課題

キャリアコンサルティングが労働者のキャリア形成意識やキャリア形成に及ぼす影響

キャリアコンサルティング経験のある者の方が、職業生活の設計について主体性が高い傾向があり、転職行動や異分野へのキャリアチェンジも活発に行っている傾向がある。また、企業内よりも、企業外や公的機関のキャリアコンサルティングを受けた者は、自らの能力が他社に通用する可能性や、継続的な自己啓発の必要性についての意識が高まる傾向があり、客観的な第三者への相談により、自らの市場価値の把握や自己啓発に向けた意識の向上につながる可能性があることが示唆された。キャリアコンサルティングによりキャリアの棚卸しを行い、自己の今後のキャリアの見通しが明確になった労働者は、より主体的なキャリア形成の意識が高く、現在の職場でキャリアを形成していく上で有益な効果を感じているとともに、結果として円滑な転職やキャリアチェンジの実現につながる可能性があるといえる。

自己啓発の取組の促進に向けた課題

自己啓発を行うに当たって労働者が抱えている課題としては、仕事が忙しすぎて時間が取れないとすることや費用がかかることとする者が多い。また、女性では家事や子育てを理由とする者が多く、女性の家事負担の軽減は自己啓発を行う上でも課題となっていることがうかがえる。他方で、企業によるOFF-JTや自己啓発に対する費用面の支援などを特段行っていない企業も多く、企業の支援を増やしていくことが課題であることがうかがえる。企業による自己啓発費用の援助、就業時間や休暇等の配慮、情報提供等を行うことで、自己啓発を促進する可能性がある。労働者が自己啓発により職業能力を高めることは、企業にとっても生産性や付加価値の向上といった大きなメリットをもたらすものであり、企業による従業員の自己啓発に対する適切な支援が期待される。

企業における転職者の採用等に関する課題

転職者が入社後に新たな職場に円滑に適応できることは、円滑な労働移動を促進する上でも重要である。キャリアチェンジをする場合、受入企業がOJT・OFF-JTのいずれかを実施した方が、転職者の職業生活や仕事に対する満足度は高くなる傾向がある。
 また、転職者を採用する企業は、必要な職種に応募してくる人材の少なさや、応募者の能力評価に関する客観的な基準が無いことや、また、採用時の処遇等について課題を抱える企業が多く、求職者でも求人情報や職業紹介サービスの充実について課題を感じている者が多いことが分かった。「労働市場の見える化」を進めることで、転職時のミスマッチを防止し、企業・求職者の双方が安心して転職を実現できるようにすることが、円滑な労働移動を促進する上で重要になるといえる。

公共職業訓練の効果と課題に関する分析

公的職業訓練については、失業者等が外部労働市場を利用し、早期に再就職できるようにするための社会の重要なセーフティネットであるが、これまでEBPMに基づく効果や課題の検証は十分行われてこなかった。厚生労働省において、行政記録情報を用いて自ら分析を行ったことで、一般的に職業訓練を受講することで再就職に対する効果が一定程度あると数量的に示すことができた。
 訓練分野別の分析も行ったところ、介護・福祉分野については、訓練受講者をいかに増やすかが主な課題であり、介護・福祉職と遠い職種の経験者も含め、幅広く受講者を集めていくことが求められると考えられる。また、IT分野については、特に女性で情報技術者になりにくい傾向があるが、ITの専門訓練を受講した場合は男性と変わらない傾向であることが示唆された。女性は事務職への就職意向が強いことが主な要因である可能性があることから、女性の情報技術者として働くことへの関心を高めるための支援が求められると考えられる。