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2018年3月16日 第3回「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会」議事録

労働基準局労働条件政策課

○日時

平成30年3月16日(金)14:00~16:00


○場所

労働基準局第2会議室


○議題

・外国法制について(有識者からのヒアリング)
・その他

○議事

○岩村座長 定刻より少し早いのですけれども、出席予定の方が皆様おそろいでございますので、始めたいと思います。ただいまから、第3回「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会」を開催したいと存じます。

 委員の皆様方におかれましては、本日も御多忙の中をお集まりいただきまして、まことにありがとうございます。

 本日ですけれども、鹿野菜穂子委員、佐藤厚委員が御欠席ということでございます。

 本日の議題でございますけれども、前回委員の皆様にお伝えしましたところではありますが、賃金請求権に関する外国法制につきまして、有識者の方々からヒアリングを行いたいと考えております。

 なお、事務局から後ほど御紹介いただきます細川研究員におかれましては、この後の御予定があるということで、フランスについての御説明と質疑応答が終わりましたところで御退席と伺っております。あらかじめ御了承いただきたいと思います。

 それでは、早速、ヒアリングを始めさせていただきたいと存じます。ヒアリングに当たりまして、フランス、ドイツ、イギリスの労働法を専門的に研究していらっしゃいます3名の先生にお越しいただいております。

 それでは、事務局からきょうヒアリングをさせていただきます先生方の御紹介と、配付していただいている資料の確認をいただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

○猪俣労働条件政策課長補佐 それでは、本日ヒアリングさせていただく先生の御紹介をさせていただきます。

 まず、フランス労働法の専門家でいらっしゃいます、労働政策研究・研修機構の細川良研究員でございます。

 続きまして、ドイツ労働法の専門家でいらっしゃいます、労働政策研究・研修機構の山本陽大研究員でございます。

 最後に、イギリス労働法の専門家でいらっしゃいます、立教大学法学部国際ビジネス法学科の神吉知郁子准教授でございます。

 次に、お配りいたしました資料の御確認をお願いいたします。

 資料といたしましては、

資料1:労働政策研究・研修機構細川研究員提出資料

資料2:労働政策研究・研修機構山本研究員提出資料

資料3:立教大学法学部神吉准教授提出資料

でございます。

 また、委員の卓上に細川研究員と山本研究員の補足資料といたしまして、フランスとドイツの関連条文の仮訳を置かせていただいております。これは仮訳でございますので、申しわけございませんけれども、委員の先生方のみとさせていただきまして、公開は控えさせていただきたいと思います。

 その他、座席表をお配りしております。不足などございましたら、事務局までお申しつけいただければと思います。

○岩村座長 よろしゅうございましょうか。

 それでは、きょうの検討会の進め方でございますけれども、それぞれの国につきまして、きょうおいでいただいている説明者の方から20分程度で御説明をいただきまして、その後、20分程度質疑応答という形で進めていきたいと考えております。

 それでは、早速でございますけれども、まず、細川研究員からフランスについて御説明をいただきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

○細川研究員 ただいま御紹介いただきました、労働政策研究・研修機構の細川良でございます。本日はどうぞよろしくお願いいたします。

 私のほうでは、フランスについて説明せよということですので、資料のタイトルにもありますとおり「フランスにおける労働関係にかかる時効」について、御説明させていただきます。

 岩村先生がフランス労働法の御専門、大先生でいらっしゃいますので、岩村先生の前でフランスのことを報告するというのは恐縮ですし、怖いのですけれども、間違いのないように頑張って説明したいと思います。

 レジュメに沿って御説明させていただきますが、「はじめに」ということで、きょうの報告の流れを簡単に御説明させていただきます。現在のフランスでは労働関係に関する法規は一つの法典という形で統一をされておりますけれども、フランスの労働法典における時効制度の構造を簡単に御説明しますと、労働法典のL.1471-1条というものが、まず基礎になっております。まず第1項で一般原則として、2年の消滅時効を規定しておりまして、2項と3項に例外を規定するという構造になっています。そして、賃金に関する消滅時効についても、実はこの例外規定の中に含まれる形になっているわけです。

 しかし、事務局から御説明をいただいたとおり、検討会の議論の中心は賃金請求権に関する話だということで、賃金請求権に関する話を中心に紹介してほしいという御依頼でしたので、そのような形で進めさせていただきます。賃金請求権に係るもの以外のものについては、資料の4ページ目、最後に「補遺 賃金以外の労働関係にかかる時効について」ということで、一通りそこに列挙してあります。もし必要があれば、後で質疑のところで御質問等をいただければと思います。

 それでは、具体的な中身に入っていきたいと思います。まず1ということで、労働関係に関する話をする前に前提として民法の話を、最低限のことをしておく必要があろうかと思います。私は民法が専門ではありませんが、必要な範囲で簡単に言及したいと思います。

 フランスでは、この消滅時効の定義ということについて、条文上は「権利の消滅」という書きぶりになってはいるのです。しかし、当初から消滅時効が意味するのはどういうことかということについて、「権利の消滅」というよりは「訴権」の消滅、要するに、裁判を起こして訴える権利がなくなると理解するというのが通説的な理解であったようです。すなわち、消滅時効の期間が来たからといって、実態的な権利が消滅をするのではなく、あくまでも裁判を起こして訴える権利がなくなるにすぎないと理解するのが、民法学における一般的な理解だったようです。このことがまず前提として大きな特徴と言えるかと思います。

 そして、フランス民法典における時効ですが、2008年に大きな時効法の改正が行われましたが、それ以前の段階においては、一般原則として30年の消滅時効というものを定めて、プラスアルファとしてさまざまな形で短期消滅時効を定める。そのような構造になっておりました。

 そして、民法典の規定の上では、賃金については、そこに書いてありますとおり、定期金とか定額小作料云々と並んで、6カ月の消滅時効ということが規定をされていたわけです。ただし、後でお話をしますけれども、労働法典のほうで1971年以降は賃金については5年に延長されています。

 しかしながら、先ほど申し上げましたとおり、2008年に民法典の大きな改正が行われまして、消滅時効の一般原則は5年間ということになって、その上で、これよりも長いものを例外的に規定するという法構造に変わりました。そこに書いてあるとおり、身体損害については10年云々ということで、例外が規定される。これに加えてさらに民法典以外の各種の法典によって例外規定が定められるということで、労働関係についても労働法典により別途規定をされるという、そのような法構造になったということです。

 ここまでが民法についての話ということになりまして、次に資料の2ページ目、「2 賃金債権の時効」について御説明をいたします。

 まず最初に沿革になりますが、当初は先ほど申し上げましたとおり、民法典に基づいて6カ月間の短期消滅時効が定められておりました。そして、その後、1971年7月16日の法律によって賃金債権の時効を5年間に延長するという旨の規定が定められたということになります。これ以降、40年ぐらい、賃金債権については5年ということが続いております。先ほど御紹介した2008年の時効法改正でも、賃金債権については特に影響はない。要するに、一般的なものが5年に短くなったということですから、結局一緒ですので、ここについては特にいじられることがなかったということです。

 このようにして40年ほど賃金債権の時効は5年という時代が続いたわけですが、2013年6月14日の法律、雇用安定化法などと言われますけれども、これによって賃金の支払い及び返還に係る消滅時効3年に短縮をされます。これが労働法典のL.3245-1条に定められ、さらに、労働法典における時効に関する条文の再編が行われまして、先ほど申し上げたL.1471-1条を基礎として、その他例外を定めるという構造に変わったということです。

 以降、現在に至るまで、賃金債権に関しては、3年間の消滅時効という規定が続いています。

 次に、同じページの真ん中辺になりますけれども、この規定を前提として、もう少し細かい時効制度の適用に関する問題を幾つか御説明をしたいと思います。このL.3245-1条の規定ですが、その適用対象としては、「賃金」の支払いということになっておりますので、まず、問題としては、この「賃金」に何が含まれるかという話になるわけであります。

 フランスの判例は、この「賃金」の範囲を広く解釈する傾向にありまして、当初の民法典の規定ぶりから思いつくような日給、週給、月給等の定期的な支払いによる労務の報酬の支払いはもちろんですけれども、それに加えて、例えば年俸制における業績に応じた変動部分であるとか、代償休日というのは、これは簡単に言うと時間外労働をした場合に、それに対して代償措置として、お休みをしつつ報酬が支払われるという、フランス特有の制度ですが、こういうものに対する支払いであるとか、あるいは、各種の手当です。日曜労働をした場合の補償とか、転居を伴う異動をした場合の補償とか、競業避止の代償というのは、フランスの場合はいわゆる退職後の競業避止条項を定める場合には代償措置を必ずとらなければいけないということになっているのですが、この代償措置としての支払いですね。こういうものも賃金に含まれるということになっていますので、このL.3245-1条の適用範囲はかなり広く考えられているということです。

 では、当たらないものは何かあるのかというのは、経済的利益参加、これはフランス法の専門でないとわかりにくい制度なのですが、簡単に言うと、企業のもうけの部分を分配する制度なのですけれども、こういうものであるとか、社会保障関係の拠出金に関するものなどが賃金には当たらない、例外だとされています。非常に例外、限定的でありまして、くどいようですが、賃金の範囲を非常に広く解釈するというのが判例の考え方ということのようです。

 なお、先ほどちらっと申し上げましたが、賃金の支払い及び返還ということになっていますので、逆に何らかの事情で賃金を支払い過ぎたものを使用者の側から返還請求する場合についても、同じように3年の消滅時効になるようです。

 時効の起算点についてですが、条文上は「権利の正当な行使を可能にする事実を知った」とき、あるいは「知るべきであった」ときということで、これは今回の債権法改正に伴う日本の規定ぶりとかなり近いと理解していいと思います。

 では、実際のところどうなのかということですが、基本的な考え方としては、原則としては、賃金については支払い日が決まっている、特に定期的な賃金については支払い日が決まっているということで、そこで権利が発生するのが普通はわかるだろうということで、原則としては支払い日とされた日が起算点となります。労働者側がそれよりも遅い日が起算点だと主張する場合には、権利の行使を可能にする事実を知ることが遅くなったという事情を示す、労働者側がそのことを立証しなければいけないというのが基本的な考え方です。

 なお、時効の援用については、あくまでも当事者が援用することによって初めて効果が生じるということで、裁判官が職権で時効による効果を補充することはできないと考えられております。

 時効の中断については、これは訴訟を起こすとか、民法典における一般的な時効の中断事由がそのまま当てはまるようです。細かいことは現段階では説明は省略しますが、必要があれば後で御質問をいただければと思います。

 3ページ、請求の範囲ですが、原則として請求の日からさかのぼって3年間になります。要するに、時効の期間イコール請求可能期間になりますが、例外がございます。労働契約が解約された場合には、訴権が消滅するのは解約されてから3年間なのですけれども、その間に訴えを起こせばどこまで請求できるかというのは、訴えを起こした日から3年ではなくて、労働契約の解約された日からさかのぼって3年間となります。ですから、極端な言い方をすれば、労働契約が解約されてから、例えば2年11カ月後ぐらいに訴訟を起こした場合に、未払い賃金は、そうすると、1カ月だけしか請求できないとかという話ではなくて、そこから5年11カ月さかのぼって解約される前からの3年間分は請求できるということになります。これはまさに先ほど申し上げた時効という概念を権利の消滅としては捉えないという構造をとっているからこそ可能な規定ということになろうかと思います。

 合意による時効期間の修正ですが、これは後で多分ドイツの話が出てきたときにこの話が出てくるのではないかと思いますが、フランスの場合は、賃金に関する消滅時効の期間は、その延長、短縮を問わず労働契約や労働協約によって修正することはできないとされております。

 最近の改正に関する議論について、若干ですが、御説明をしておきます。先ほど申し上げましたとおり、1971年以降、労働関係における時効は賃金に関する時効が5年で、その他が30年という時代が長く続いてきました。30年以上続いてきました。これが2008年の改正で、実はその他の部分は30年から5年に短くなったということになりますが、いずれにせよ2008年改正以降、先ほど申し上げた2013年の改正も含めてですが、各種改正を終えて、賃金債権に関する時効が3年、その他に関しては2年に短縮されるということになりました。

 この短縮された背景ですが、これはいろいろと調べてはみたのですが、こういう言い方は語弊があるかもしれませんけれども、非常にストレートに申し上げると、使用者側からの要請がかなり大きかったと思われます。2000年代ぐらいから使用者団体から時効の短縮という要望はずっと続いていたようであり、それを受けての改正だということです。そして、それを正当化する論拠はどうかですが、「法的安定性」という論拠が用いられることが一般的ではあります。

 それから、先ほどの背景のところで若干補足して説明をしておきますと、実は当初使用者団体が要請をするときには、「法的安定性」という言葉と同時に、時間がかなりたってから訴訟を起こすというのが、ある種、不意打ち的ではないかという主張があったようです。日本でも似たようなところはあろうかと思いますが、通常、未払い賃金等に関する訴訟は、これは労働関係の裁判が多いフランスでもそうですが、労働契約が続いている状態で請求する訴訟を起こすというのは、労働者としてもなかなかハードルが高いということで、現実には労働契約が解約されて以降に訴訟を起こすことがかなり多くなります。最近いろいろと議論になる同一労働同一賃金でもフランスの裁判例などがしばしば紹介されたりしますけれども、ああいうものを見ていても実は本体は解雇の正当性を争う訴訟で、それにプラスアルファとして未払い賃金があったとか、平等原則違反があったとか、そういう形で争いになっている判例は多いのです。そういう事情もあって、結局未払い賃金に関する訴訟は多くの場合退職後に起きているので、そうすると実際に不払いが生じていると主張された期間から訴訟の時点では何年もたっているということで、それが使用者側からするとある種不意打ち的だという、そういう感覚はあったのだろうとは思います。

 そこで「法的安定性」という言葉を用いてこれを正当化するということが行われますが、しかし、この「法的安定性」という論拠を用いて時効を短縮することについては、学者の間ではかなり批判的な見解が強いようです。幾つか理由はありますが、一つは「法的安定性」と言うけれども、それは使用者側にとっての「法的安定性」で、労働側にとっては別に何のメリットもないということで、こういうものを「法的安定性」という言葉で正当化するのは、論拠としては弱過ぎる。公平性を欠くというのが一つです。

 それから、時効という制度をどのように考えるかということです。しばしば言われるのは、時効の制度というのは、当事者にとっての安定というよりは、これは取得時効などのケースを考えるとわかりやすいかと思いますが、どちらかといえば当事者だけの関係を超えた社会的に見ての安定性ということを意識している制度である。本来時効はそういう制度だろうということで、こういうまさに当事者だけの安定性を図るための消滅時効期間の短縮というのは、時効制度というものの趣旨から考えても、果たして妥当と言えるのかという批判をされたりすることもあります。

 このようにして「法的安定性」という論拠だけで直ちに正当化できるのかというのは、フランスでもかなり議論があるというところかということでございます。

 最後に、ここまでの御報告を踏まえて、簡単に日本との関係についてもコメントをして終わりたいと思います。まず大前提として、フランスの話をということで呼んでいただいてお話をさせていただいているのに、ちゃぶ台をひっくり返すようですけれども、まず前提として、フランスと日本では民法学における考え方も含めて、時効というものをどう考えるのかということが必ずしもイコールではないということは理解をしておく必要があろうかと思います。ですから、単純にフランスでこうなっているから日本でもこうだろうと直ちには言えるとは限らないということは、押さえておく必要があろうかと思います。

 そのことを前提としても、こういうことは言えるのではないかということを2点挙げますが、一つは、労働関係における時効について、どういう制度設計が考えられるかと考えた場合に、本日は最初に申し上げましたとおり、賃金についての話を中心にお話ししましたが、最初に補遺として御紹介したとおり、賃金以外のものについて、それぞれの状況に合わせてさまざまな時効期間を定めています。この点、統一して定めなければいけないかというと、そこはいろいろな制度に応じて異なる時効期間を定めるとか、そういった制度設計というものは必ずしもあり得ない話ではないということは、フランスの例を見ても参照し得るのかなと思います。これが一つです。

 もう一つとしては、民法典の定めと異なるより短い賃金債権の時効というものを労働法で定めるということが規範的に正当化できるかということについて、フランスでは根拠として「法的安定性」というものが挙げられてはおりますが、これに対しては批判も多いということで、「法的安定性」だけで正当化できるか。それとも、それ以外の何か正当化できる理由があるのかということについては、より踏み込んだ検討が必要かもしれないというのが、フランスでの議論状況を見ていると言えるのではないかと思います。

 ちょっと時間を過ぎたかもしれませんが、大体時間になったかと思いますので、不足する部分等がございましたら、質疑等でいただければと思います。

 ひとまず私からの報告は以上でございます。

○岩村座長 細川研究員、大変詳細にありがとうございました。

 それでは、今の御説明につきまして、御質問等がありましたら、お出しをいただきたいと思います。

 森戸委員、どうぞ。

○森戸委員 ありがとうございました。

 確認させていただきたいのですけれども、このレジュメだと3ページです。請求の範囲の例外のところで、労働契約が解約された場合というのは、これは使用者が解約した場合に限らず、契約が辞職だろうが何だろうが終わった場合はという趣旨なのかということを、まず1点、確認したいのですけれども。

○細川研究員 御質問いただき、ありがとうございます。

 条文をまず見る限りでは、単に労働契約が解約された場合としか書いてありませんから、これは本人が辞職をした場合、あるいは合意退職で退職をした場合ということも含めて労働契約は解約された。つまり、解雇には限らないという理解で誤りはないかと思います。

○森戸委員 わかりました。その上で、この場合は例外で解約時から3年さかのぼって3年分請求できる。それをいつまでできることになるのですか。そこがわからなくて。

○細川研究員 私の説明が十分ではなかったと思いますが、労働契約が解約された場合、解約された日から3年間はその労働契約に関する、例えば賃金の未払いとか何とかということの訴えを起こすことができる。その場合に、請求の範囲がどこまでかということになりますと、そこはまさに解約された日から3年間さかのぼれることになりますので、理屈の上では、最大6年前までさかのぼれます。でも、あくまで請求できる範囲は3年分にすぎないということです。そういう趣旨でございます。

○森戸委員 わかりました。ありがとうございました。

 しゃべってばかりで済みません。それで、一番今回の検討会にかかわる話としては、2013年改正で3年に短くなったということで、そこが多分私も含め興味があるところなのです。だから、改正前は5年、5年で10年前までいけたという理解なのかなと勝手に思っていて、だとすると、大分昔のことを不意打ちされたという感じになるから、使用者側としてはもうちょっと短くしてくれよという要請が特に強かったのかなと想像したのですが、その辺はいかがでしょうか。

○細川研究員 御質問をいただき、ありがとうございます。

 改正前の条文を確認してみないとわからないので、正確なところは確認をしてからとしたいと思います。ただ、このL.3245-1条というものが定められたのがまさに2013年の改正のときだと理解をしておりまして、それまでは1971年の単に賃金債権の時効を5年に定めるとなっていたので、推測ですが、当時は単にまさに5年になっていたのではなかろうかと思います。これは当時の条文を確認しないとわかりませんので、念のため確認をして、後日御説明をさせていただくということにさせていただければと思います。

○森戸委員 わかりました。ありがとうございます。

○岩村座長 ほかにはいかがでしょうか。

 水島委員、どうぞ。

○水島委員 御説明ありがとうございました。

 関連して確認の質問なのですけれども、現在は賃金のほうが3年で、解約は2年ということですか。

○細川研究員 解約というのは、簡単に言うと解雇に関する紛争という理解でいいですか。これは4ページ、補遺のところを見ていただければと思うのですが、実は2013年の改正のときは、労働契約の解約と履行については2年となっていました。ですから、解雇に関する紛争は2年となっていたのですが、実は昨年2017年の9月に、マクロン大統領主導の労働法改革が行われまして、このときに先ほどのL.1471-1条の改正が行われ、労働契約の解約に関する訴えはさらに1年間まで短縮をされました。ですから、現在は解雇に関する紛争の訴権は時効が1年間ということになりました。労働契約の履行に関するその他の訴えは2年間です。

○水島委員 ありがとうございます。

 もう一つ伺いたいのは、フランスと日本ではさまざまな前提が異なると思うのですけれども、先ほどおっしゃっていた未払い賃金は、退職後でないと請求がしにくい。それは私は日本特有と思っていたのですけれども、フランスにおいてもやはりそうなのかということの確認です。

 それから、これは何件というデータではなくてよいのですが、細川さんが研究なさっている中で、日本と比べて割増賃金や未払い賃金の不払いの事件は、フランスでは多いという印象か、少ないという印象か、いかがでしょうか。

○細川研究員 御質問ありがとうございます。

 まず1点目ですね。簡単に言うと在職中に訴訟を起こすことのハードルがどうかということがあろうかと思います。これは実際に起きている件数の問題があるので一概に単純化して言えない部分もありますが、実際問題として、フランスの労働裁判所における訴訟件数の中で、解雇事案の占める割合は9割以上です。ですから、結局のところ訴訟が起こるのは、ハードルが高いというものもあるでしょうし、簡単に言うと、怒りが爆発する契機が解雇されたときということもあると思います。ハードルが高いということだけが全てではないと思いますが、現実問題として解雇に関する紛争が労働裁判所における事件の中で占める割合が圧倒的に高いということが一つ。

 もう一つは、これは逆の部分もありますけれども、御承知のとおり、フランスの場合、解雇に関する紛争は金銭解決が基本で、日本と違って不当解雇は無効という構成をとりません。そうすると、これは向こうの裁判所に行って実際の訴状を見ればすぐわかるのですが、労働側の弁護士としてはいかにお金をたくさん積むかという世界になりますので、当然不当解雇であるという訴えをすると同時に、言ってしまえば、積めるものは何でも積むのです。やれハラスメントを受けた、やれ未払い賃金があるというようにどんどん積むので、結局その中で賃金未払いに関する話も出てくるという実態はございます。

 ですから、水島先生から御質問をいただいたハードルが高いのがどこまでかということを実態としてつかむのはなかなか難しいですが、現実にあらわれる訴訟としては、賃金の未払い等に関する紛争についても、解雇に関する訴訟とセットで出てくるというものが非常に多いということは確実に言えるかと思います。これがハードルが高いかどうかというのは、日本よりは低いであろうが、しかし、さりとて在職しながら裁判を起こすのは簡単ではなかろうと思います。

 もう一つ、未払いがたくさんあるのかということ。これを率直に申し上げると、私もわかりません。ただし、裁判例を見ると手当の支払いが問題になっているケースが多い。あとは、差別に関するものが多いので、いわゆる日本の例えば時間外労働の未払い、割増賃金の未払いとか、そういうタイプ、あとは単純な賃金の未払いというのは、そこまで極端には多くはなかろうと。そういう解釈が分かれそうな手当とか差別に関する事例が裁判例などを見ると多いという印象を抱いております。

○岩村座長 水島委員、どうぞ。

○水島委員 手当は賞与みたいなものなのか、あるいは家族手当みたいなものなのか、もう少し説明していただいてよろしいですか。

○細川研究員 ありがとうございます。

 まさに今、御指摘をいただいたものだと後ろのほうになります。フランスは労働協約でいろいろと手当を定めているのです。ところが、フランスの場合、いわゆる産業レベルで定める協約というものは、極端に言うと50年ぐらい改定されていないことがあって、そうすると、50年もたつと全然働く状況、取り巻く状況は変わるので、50年前に定められたこの手当が今で言うとどれに該当するのかみたいなことがわけのわからないことになっていることがしばしば起こり得るということもある。手当の適用範囲の解釈がよくわからなくなることはあるかと思います。そういうところなどで問題になると思います。

○岩村座長 ボーナスは13カ月目の手当という形をとるので、要するにクリスマス手当という形をとりますから、それは場合によって、一定の社員には払っているのに私は払ってもらっていないという形での紛争が起きるとフランスの場合は承知しています。

 家族手当はフランスはないので、というのは、なぜかというと、社会保障の家族手当金庫のほうで払うことになっていますから、企業自体が家族手当とか扶養手当を払うという労働慣行はほとんどないと承知しています。

○細川研究員 岩村先生に御指摘をいただいとおりで、手当といっても、いい表現があるかはわかりませんが、例えば車を使って通勤する場合のそういうガソリン代に相当するようなものとか、いろいろあるのですけれども、要するに、昔はなかったさまざまな交通手段などがあったりして、時代の変化に応じてどれが適用範囲になるのかわけがわからなくなったりすることがある。そういう本当に細かい手当です。そういうものが問題になるということです。

○岩村座長 安藤委員、どうぞ。

○安藤委員 ありがとうございました。

 私からも3点お伺いしたいと思います。1点目は、先ほど解雇の紛争が起こった際に積めるものは積むという御説明があったわけです。ただし、これは労働者側から立証しないと、全く何も根拠がなく未払いがあると一方的に主張しても意味がないと思うのですが、そのあたりは実際に積めるだけ積むと何らかの影響が金額としては出てくるのか。そのあたりをまず教えていただきたいと思いました。

 2点目は、この消滅時効の期間が短縮された場合に、どの人に以前のルールが適用されて、どの人に新しいルールが適用されるのか。前回でしたか。こちらの会議でも議論になった話として、ルールを変更したとき、例えば今の2年を5年に延ばすときに、変更前に労働契約を締結した場合には、以前のルールが適用されるのではないかという議論があったのですけれども、時効期間を変更したときに新しいルールと古いルールがどのように適用されるのかについて教えていただきたいと思います。

 3点目に、細かい点なのですけれども、もう一点論点になっている話として、有給休暇を持ち越す期間を、日本ではこの時効の期間を援用しているという議論があるわけですが、フランスでは有給休暇というものの扱いはどうなっているのか、教えていただければありがたいです。ありがとうございます。

○細川研究員 御質問ありがとうございます。

 まず、1つ目の点については、先生の御指摘のとおりで、これはもちろん立証しなければ認められないということはそのとおりです。ただ、賃金に関する、例えば通常の賃金に関しては、先ほども申し上げたとおり、未払いという状況がフランスの場合は発生することはそんなには極端には考えられないので、先ほど来申し上げているとおり、解釈が分かれる余地がある手当の定義とか適用対象についてとか、こういうものは、言ってしまえば大体協約に定められているのです。協約の条文の解釈次第という部分があるので、そういう解釈が分かれるものについては、もちろん争う余地があります。

 差別についても、これはもちろん立証しなければいけないということはありますけれども、立証が難しいのも事実ですが、逆に言うと使用者側としても差別ではないということを証明するのもなかなか大変な部分もありますから、とりあえず言ってみる価値はあるということになります。

 ハラスメントについても、ある程度以上就労していて、かつ最終的に退職、解雇という事態に陥っている場合は、その間に少なからず何かトラブルが起きている可能性が高いので、とりあえずそこを主張してみて、立証を頑張ってみて、裁判所が認めてくれたらもうけものということになります。日本の場合はあくまでも、まず解雇が不当ということになれば復職、実際に戻るかどうかは別として、無効になったら戻ることが前提になりますから、そのことを踏まえた上で例えばその他の論点についてどこまで争うかをセーブする選択肢もあり得ますけれども、フランスの場合、どのみち辞めることになりますから、そういう意味では徹底的にけんかして、労働側は失うものは何もありませんので、言うだけ言ってみるというのは当然の発想かなと思います。

 2つ目に御指摘いただいた点、非常に大事な点だと思います。これは改正のときにもちろんその条文の中でフォローはされておりまして、改正時について、改正の発効する日付以降に生じた権利という規定ぶりになっております。そこはもちろん、そうしないと御指摘のとおり、どちらが適用になるのだみたいな話になりますから、そこはどこで生じた権利から適用の対象になるかということを定めるという形で処理をするということです。

○安藤委員 済みません。非常に細かくて申しわけないのですが、そこが改正後の時間帯に発生した未払い賃金の話をするのか、それとも改正後に新たに締結された雇用契約について適用されるのか、ここが重要なポイントだと思うのです。今、議論になっているのは、仮に今、2年のものを5年に延ばす、日本でそれを行ったとしても、この改正前に締結された雇用契約については一連のものとして従前のものが適用されるのではないかという話があるので、そちらについてお願いします。

○細川研究員 先生の御質問の意図を正確に捉えておらず、申しわけありませんでした。

 今、御指摘いただいた点については、権利の発生段階で分けるという処理をしておりますので、たとえ改正前から生じていた労働契約であっても、改正後に未払いが生じるということになれば、新しい法が適用になるという理解でよいと思います。

 3つ目の有給については、補遺の一番最後に書いてありますが、フランスの場合、原則として有給の繰り越しは認められませんので、基本的には、そもそも時効という概念に親しまないという理解でいいと思います。例外的に労使の当事者が合意した場合とか、病気や妊娠等で長期休職が生じた結果として年休をとれなくなってしまったという場合に繰り越し可能となっていますけれども、そういう一部の例外を除いて、基本的に繰り越しができないので、時効という考え方には、フランスの場合は年休については親しまないという整理で差し支えないと思います。

○岩村座長 よろしいでしょうか。

 若干質問とコメントが両方あると思いますが、最後の年休の点について言いますと、フランスの場合、日本と全然制度が違って、使用者が与えなければいけないということになっていますので、最終的に余りが出てしまったときには使用者に罰則がかかってしまうのです。ですから、使用者は全部とにかく完全に5週間分与えなければいけないということになっていますので、メカニズム上、基本的には繰り越しというのは起こらないということになります。

 もう一つは、時間外労働ですけれども、何しろフランスは法定労働時間は今、週35時間という世界の中で、一般的に大体平均の労働時間が通常1週間で37時間ぐらいと言われていますので、残業して大体2時間程度ですが、それでも37時間ですので、時間外の割増賃金の手当の問題とか、割増率は違いますけれども、それを考えたとしても、そんなに大きな額に膨れ上がることでは必ずしもないのかなというように思います。平均が2時間ですから、たくさんやっている人と全然やっていない人というところの中での2時間ということだと思います。

 お聞きしたいのは、まず、事実関係なのですが、1971年法、これは労働法典の改正でしょうか。

○細川研究員 はい。

○岩村座長 わかりました。ありがとうございます。

 それから、2008年の改正のときに5年から3年にしたわけですけれども、これは政権としてはサルコジ政権のときで、かなり新自由主義の考え方で、使用者側、ビジネス側の意向が非常に強く働いた時期だと思って伺っていました。

 それから、先ほどもおっしゃいましたけれども、これも確認ですが、基本的に賃金とか、きょうお話しいただいた問題は、第1審は労働審判所に行くということでよろしいわけですね。

○細川研究員 はい。

○岩村座長 ちょっと御質問で、私もややうまくお聞きできるか余り自信がないのですが、これは先ほど話題になった解雇の場合も、訴権の期間の制限があって、そういう意味ではだんだん短くなっていて、解雇についても紛争をとにかく早く審判所に持ってこなければだめだと。そういう意味で、早期解決というものをやっている。それと、例えば賃金等についての訴権消滅というか、消滅時効というか、それが短くなっているということとの間に何か関連性があるのかどうかというのは、いかがなのでしょうか。

 つまり、労働紛争全体を、なるべく解雇も含めて裁判所に持っていくのだったら早く持っていけというのが全体の考え方ということなのか、解雇は解雇で別で、賃金は賃金で使用者側の主張もあったのでという話なのか、その辺のところがもし何か御感触があれば教えていただければと思います。

○細川研究員 非常に難しい御質問をいただいたのですが、まず御指摘をいただいたとおり、経緯に関して申し上げますと、賃金についての時効が3年になった2013年は、先生の御指摘の事情は背景にあったとは言えるかと思います。

 解雇に関する出訴期間の短縮と賃金に関して、関連性があるかないかということですが、これは裏づけは全くなくて、私のこうではなかろうかという推測ですが、ダイレクトな関係は恐らくないと思います。というのは、一つは、賃金に関してはずっと2000年代から使用者側から言われていて、それが2013年に改正が行われてきたということ。それから、先ほど申し上げたとおり、当初言われていたのは、時間を置いて後出しで出されるのが非常に困る。これは恐らく使用者側の立証の都合なども多分あったりしてということだと思いますけれども、そういう経緯があったということは前提として押さえていただきたいのです。

 そして、これに対して解雇の訴権の短縮については、この2013年で2年にしたのもそうですし、今回2017年で1年にしたことについては、「安定化」もそうなのですが、2017年の今回の改革では、御承知のとおり、不当解雇の補償金の上限額がかっちり決められることになって、勤続年数対応の表ができました。これらについては、いわゆるコストの予測可能性とか、そういうこともかなり言われています。これは誤解を恐れずに言えば、対外向けアピール。EUとの関係で、労働市場改革をやっているという姿勢を示さなければいけないので、外国から投資家を呼び込むために、こういうわかりやすい制度になりました、予測可能性が高くなりましたということをアピールするという意図が、今回の解雇に関する改革については、プラスアルファとして入っているということがある。その点では、賃金の時効の短縮とは異なる事情が、解雇紛争に関する今回の時効の短縮についてあるだろうと。先生の御指摘のとおり、紛争解決の早期化による安定性を求めるということ、これは経済的解雇についても時効を短くするということもありますが、解雇についてはそういうプラスの特殊な事情もあるという点において異なる部分もあるかなというのが私の感触です。

○岩村座長 ありがとうございます。

 先ほどの質問で私は勘違いしていました。2008年のときは賃金の時効を短くしていないのですね。ごめんなさい。だから、2013年だとオランドのときですね。

○細川研究員 ごめんなさい。そうですね。

○岩村座長 失礼しました。私の勘違いでした。逆に言うと社会党政権で短くしたというところなのですね。

○細川研究員 そうですね。

○岩村座長 興味深いといえば興味深いところだと思います。

 ほかにはいかがでしょうか。

 村山総務課長、どうぞ。

○村山総務課長 私が御質問をしていい立場なのかどうかよくわからないのですけれども、役所的な関心で1点だけ教えていただければということがあります。先ほど水島先生や岩村座長に整理していただいて、細川先生からお答えいただいたので、この問題が取り上げられるときに日本で一番大きな関心を呼ぶのは、未払いの賃金、時間外割増等の問題だという前提の違いがあるものですから、そこから逆にお伺いするのですけれども、きょう、基本的にお話しいただいたのは民事的な世界の話なのですが、これにフランスだと労働監督官というのでしょうか、行政監督のほうもこれになぞらえてやっているのかどうかという点について教えていただきたいということが御質問の趣旨でございます。

 これは日本の場合、基準法の基本的な性格は13条があって、民事と行政指導とか、さらに司法警察員としての取り締まりなどが連動しているので、この議論をすると当然、特に中小企業の方々が受け取る印象というのは、未払い賃金について今まで2年ベースだったのがどうにかなるのかという関心で捉えていらっしゃる方が現実問題としては多いと思うのです。そもそもそこのところが、フランスで長くしたり短くしたりしたときに連動していくのかどうか、あるいは、行政は一定の別途のラインでやるという世界があり得るのかどうかについてお伺いしたい。

 我々は労働基準法ができて、基本的に大きくは変わっていないので、一体の世界で何十年間も関係者はずっと頭が固定しているのですけれども、民事では延びるけれども、行政の監督などは別だよというのが、そもそもそれがいいとか悪いとかではなくて、地球上にそういう例があるのかないのかがわからないものですから、フランスはこうやって最近でも一つの民事の基準が揺れ動いている中で、そこがどうなっているのかということについて、もし御知見があれば伺えればということでございます。雑駁な質問で済みません。

○細川研究員 非常に難しい御質問で困ってしまうのですが、まず前提として押さえておかなければいけないのは、フランスの監督官と日本の監督官は、名前としては同じような名前で労働監督官という名前がついていますけれども、間違いであれば後で岩村先生に訂正していただきたいですが、私の理解では、フランスの労働監督官というのは、日本に比べると非常に民事介入的です。実際に労働法典の規定上も、労働法典の規定だけではなくて、労働協約の規定の適用についても監督指導権限があるということは明記されておりますし、その意味で、日本に比べると非常に監督官の私的な労働関係に関する介入の程度が強い。もちろん、いわゆる行政のさまざまな権限、罰則も含めて、権限の発動までいくかどうかというところまでいくと、もちろんそこは抑制的にはなると思いますけれども、それ以前の段階というレベルにおいては、フランスは非常にそういう意味では監督官は非常に介入的だということは前提として押さえておく必要があると思います。

 ですから、逆に言えば、行政の規定と民事の規定の差というものが、日本ほど現場の監督官レベルで明確に意識されているかというと、もしかするとそこの差はあるかもしれないということは一つございます。

 もう一つ、これは後でデータを調べなければわかりませんが、フランスも監督官の年報みたいなものが毎年出ていまして、それを見れば監督官のさまざまな指導といったものの、どういう事案でどういう件数があるのか、その割合は調べればわかると思います。この点については調べて後で御報告をさせていただくということにさせていただければと思います。

○岩村座長 細川さんがお話しになったとおりなのですが、補足しますと、労働監督官というのはフランスでは非常に権限が強くて、多分賃金の未払いというものも労働者がまず駆け込むのは監督署なのです。そこで監督官にまず事実上の調停みたいなものをやってもらって、だめだと結局弁護士に頼んで労働審判所というパターンが結構多いように聞いています。

 さらに、労働監督官はそもそも集団的労働紛争にも介入するので、これもまた日本とは全然発想が違うところがあるかと思います。そういう意味では、非常に、単に個別的労働法だけではなくて、労働の世界全般にわたって、いろいろな形で関与するというのが、フランスの労働監督官なのかなと思っています。

○村山総務課長 座長も含めて、ありがとうございました。

 逆に日本の実情は、御案内のとおりですけれども、御紹介しますと、もちろん個別の労働基準法等の法規に基づいて労働基準監督官が日本で対応しているわけですが、結局、労働時間関係の違反で最後にひっかけるところはどこが多いかといえば、37条のところは非常に多いということと、司法警察員としてやる仕事の中でも、こちらは労働災害関係が多いですけれども、近年では非常に不払いのところがウエートを増しているということが実情としてある中で、大変参考になる御意見を両先生からいただきました。ありがとうございました。

○岩村座長 済みません。私の不手際で予定の時間をフランスについて大分使ってしまいましたので、申しわけありませんが、もし何か追加的に御質問等があれば、事務局を介して細川研究員に伝えていただいて、追って書面などで御回答いただければと思います。

 それでは、細川研究員、どうもありがとうございました。

○細川研究員 ありがとうございました。

○岩村座長 続きまして、山本研究員からドイツについて御説明をいただきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

○山本研究員 同じくJILPTで研究員をしております山本でございます。

 水島先生がおられる前でドイツの話をするのは大変恐縮なのですが、私からはドイツにおける賃金等請求権に関する消滅時効と、もう一つ、スライドにありますように除斥期間ですね。実はこれがドイツ法ではこの問題に関して重要な役割を占めておりますので、この除斥期間も含めて概況を御説明したいと思います。

 なお、この賃金等請求権、あるいは労働関係上の請求権という言い方をこれ以降しますが、先ほどフランスのところで安藤先生と細川先生との間でお話がありましたが、ドイツでも年休はここには含んでいないという点は御承知おきください。理由はフランスとほぼ同様なのですけれども、年休だけは本報告の対象外であるということを御承知おきいただければ幸いであります。

 それではまず、前提として消滅時効と除斥期間、この2つについて何が違うのかということをお話ししておきたいと思います。これらはいずれもかなり日本法に近いところがあるのですけれども、消滅時効というのは、ある請求権に関する消滅時効期間が経過した場合には、債務者に給付拒絶権という権利が発生いたします。そして、債権者から起こされた訴訟のなかで、その債権者からの請求に対する抗弁として債務者がこの給付拒絶権というものを行使すれば、それによって初めて債務者は債務から解放されるという構成になっております。

 したがって、観念的に言えばこの場合、実体法上の債権債務自体は残っているわけですけれども、消滅時効期間の経過によって給付拒絶権が発生し、それを債務者が抗弁として訴訟で主張することによって初めて履行しなくて済むということが、ドイツ法における消滅時効の制度であります。これは、日本法においても時効の利益は債務者のほうが援用が必要であるという点と似通っているかなと思うところであります。

 一方、除斥期間についてでありますが、ある請求権について定められた除斥期間が経過しますと、当該債務あるいは請求権そのものが実体法上も消滅するということになります。したがいまして、先ほどの消滅時効とは異なり、除斥期間の場合には債務者による主張は不要でありまして、裁判所のほうが職権を持ってこれを判断することができるということになっております。

 かくして、消滅時効、除斥期間というのは、一定の時間が経過すれば、債務者が債務から免れうるという点では共通している制度ではありますが、法的構成は、今申し上げたようにかなり異なっているということであります。

 それでは、消滅時効について、まずドイツ民法典のレベルでは一体どうなっているのかということからお話ししたいと思います。これは御存じの方々も多いかと思いますが、日本では今般改正民法が問題になっておりますが、ドイツでは2002年の1月に債務法、日本で言う債権法が大きく改正されまして、それによって消滅時効の規制についても大きく変化いたしました。

 それによれば、まず一般原則としては、時効期間は3年という期間が定められております。この3年の消滅時効期間に関しては、起算点というのは、いわば主観化されておりまして、どういうことかというと、この3年の消滅時効に関しては、請求権が発生し、かつ債権者が請求権を基礎づける事情及び債務者を知り、または重大な過失がなければ知っていたはずの年の末、すなわち1231日から起算されるということになっております。これを主観的起算点と言いますが、この時点から3年の時効期間は進行するという形になっております。

 ただ、これだけだと債権者がその債権を認識しない限り、その債務がいつまでたっても消滅しないということになりかねませんから、もう一つ、10年の消滅時効期間が定められておりまして、これは請求権が発生した時点という客観的な時点から起算されることになっております。

 このように、ドイツにおいては、一般原則のレベルではいわば二元的な形での消滅時効のシステムがとられているということであります。これは今般の改正民法とかなり内容的には近いものであろうかと思います。

 ドイツにおいては、消滅時効制度の目的というのは3つあると言われておりまして、まず一つは、いわゆる法的安定性です。これは債権者、債務者のというよりも、経済社会全体における法的安定性という意味で言われております。

 もう一つは、債務者の保護です。これはすなわち、いつまでも債権者から履行請求をされ得るような状態に置かれることから、債務者を保護するということです。

 さらに、債権者に権利を行使できるだけの相当な期間をきちんと保障してあげるという意味での債権者の保護も目的の一つとなっています。

以上の3つが消滅時効法の目的にはあると考えられていて、この3つの調和という観点から、先ほどみた一般原則が2002年の債務法改正によって定められたといった経緯が、ドイツにおいてはございます。そして、労働契約に即して言えば賃金請求権をはじめとする労働関係上の請求権のかなり広い範囲がこの一般原則によってカバーされている状況があるわけであります。

 ただし、一方で一般原則に対する例外というものもございます。例えば、故意による生命・身体・健康・自由の侵害に対する損害賠償請求権、これは時効期間は30年になっております。起算点は損害を惹起する出来事が発生した時点から30年が起算されるということになっております。

 この規定は必ずしも労働契約だけに適用されるというものでは決してありませんけれども、労働関係に即して言えば、例えば使用者が故意に労災を発生させて、それで労働者が何か被害に遭ってしまった場合の損害賠償請求権は、この規定によってカバーされるということが一つ考えられるところであります。

 もう一つ、判決や裁判上の和解等によって法的な効力が確定した請求権に関しても、時効期間は30年ということになっております。これはそれぞれの法的効力の確定時点から30年の期間がスタートすることになっております。

 御承知の方も多いかと思いますが、ドイツにおいては、解雇紛争を裁判上の和解によって金銭解決することがまま行われておりまして、こういった場合の金銭、ドイツでは補償金という言い方をしますが、補償金の請求権というのは、この規定によって30年の期間にかかるということがあり得るということになります。

 以上が民法レベルの話でありますが、このほか労働法に属する法令の中にも個々の請求権について消滅時効期間を定めているものもいくつかあります。例えば、ドイツにおいては商法典、日本で言う商法のなかにも、部分的に労働法としての役割を果たす規定があるのですが、例えば労働関係の存続中、すなわち在職中における競業避止義務に労働者が違反したことを理由とする損害賠償請求権は、この商法典の61条2項によって、3カ月の消滅時効期間にかかるということになっております。起算点は、使用者が競業行為を知り、または重大な過失がなければ知っていたはずの時点に設定されております。文献等を読むと、この規定の趣旨は、労働関係が続いている間については法律関係を早期に確定する必要がある。そういった趣旨で3カ月という比較的短い期間が定められているのだという説明がされております。

 一方、これとは逆に長い期間が定められているというのもあります。例えば、事業所老齢年金法の18a条1文というところで、事業所老齢年金、日本風に言うところの企業年金のうち、毎月年金をもらえるという意味での支分権の部分に関しては、先ほど見た民法の一般原則が適用されるのですが、大もととなるいわゆる基本権の部分については、30年という非常に長い長期の時効期間が定められているということがございます。このように、労働法の中でも個別の請求権について、消滅時効のルールを設けている規定もあるということであります。

 しかし、先ほども申し上げたように、労働関係から発生する請求権のほとんどは、ドイツでは、先ほど見ました民法典上の一般原則に服することとなっております。そうすると、民法典上の消滅時効に関する一般原則が、ドイツではかなり重要な役割を果たしているように見えそうであります。しかし、実はドイツにおける雇用社会の実態に目を向けますと、民法典が果たす役割は、さほど大きくない。といいますか、ほとんどないと言っても過言ではない状況がございます。

 なぜかというと、実はドイツにおいては、2002年の債務法改正以前から既に、労働関係に基づいて発生する請求権に関しては、労働協約の中で、冒頭で申し上げた除斥期間が設定されるのが一般的となっているからであります。しかも、ここで言う除斥期間というのは、短いもので2カ月、長くても6カ月という、民法典上の消滅時効期間に比べるとかなり短い期間で除斥期間が設定されているわけであります。

 ドイツにおいては、労働協約というのは、日本法と同様、その協約を結んだ組合に加入している組合員にしか適用されないというのが、まずはドイツ法の原則となっています。そして、組合員に関して労働協約が適用される場合には、この労働協約上の除斥期間規制のほうが消滅時効期間の規制よりも優先して適用されるということになっているわけであります。ちなみに、ドイツでは、当事者間の合意によって、消滅時効期間を民法典が定めている期間よりも長くしたり短くしたりすることが民法典法上認められているということも、併せて付言しておきたいと思います。

 そのうえで、これも多くの方が御承知のように、ドイツにおける労働協約というのは、産業別労働協約として締結されるのが一般的であります。お配りいただいております資料の1ページをごらんいただきますと、幾つか実際の産別協約の規定を御紹介したいと思って用意したのですけれども、1というのは、金属電機産業の中でもバーデン・ヴュルテンベルクという非常に大きな地域がありまして、ここはダイムラーやボッシュをはじめ、非常に有名な金属電機産業の企業がある地域なのですけれども、そこの一般労働協約の中の18条というところに除斥期間の規定があります。この18条のまず1項を見ていただくと、労働関係に基づく被用者の請求権は、使用者に対して以下のとおりに行使されなければならないと。そして、1条の1項で、全ての割増金、これは時間外割増等を含むものでありますが、全ての割増金に関する請求権は、履行期から2カ月以内、そして賃金請求権を含む、その他全ての請求権は履行期から6カ月以内という期間が設定されております。さらにその下を見ていただくと、かかる期間内に行使されなかった請求権は失効するということになっているわけです。ですから、例えばこの金属電機産業の一般協約が適用される組合員について、賃金未払いがあった場合には、6カ月を過ぎてしまうと除斥期間によって請求権が消滅してしまうということになるわけであります。

 一方、ほかの協約例も見ておきたいと思います。もう一つ、これもかなり広い労働者をカバーしている協約ですが、ドイツにおける建設業の連邦枠組協約というものの14条を見ていただきたいと思います。これを見ると、労働関係に基づく請求権及び労働関係との関連で発生する請求権は、全て、いずれの当事者においても履行期到来後2カ月の間に、他方当事者に対して書面で主張されない場合には失効するものとするということになっております。ですから、まず賃金未払いがあった場合には、労働者は使用者に対して2カ月以内に書面で請求するという行動が求められるわけです。

 次に、じゃあ使用者が払ってくれなかった場合はどうかというと、2項を見ていただくと、他方当事者が請求権を認めず、または請求権行使後2週間以内に意思を明らかにしない場合、当該請求権は当該日に、または期間満了後に2カ月以内に裁判上の請求が行われない場合には失効するものとすると規定されておりまして、これはよく2段階モデルの除斥期間規定と言われるのですが、書面による請求と、その次に裁判上の請求という2段階をもって除斥期間を定めております。これも、ドイツではかなり一般的なものであります。

 そうしますと、こういった労働協約によって労働者の賃金請求権も含めた広い労働関係上の請求権について、除斥期間、しかもかなり短い除斥期間を定めるということは適法なのかということが当然疑問として湧いてくるところであります。が、これに関しては、憲法、ドイツでは基本法という言い方をしますが、この基本法の9条3項というところで、労働組合及び使用者(団体)に対して、協約自治というものが憲法レベルで保障されております。すなわち、労働協約を組合側と使用者側で結んで、その中で労働条件を規制するということが、憲法によって保障されているわけです。そしてこのことから、労使が結んだ協約の内容というのは、そもそも正当ないし相当なものであるということが推定されると解釈されていて、これによって除斥期間を設定するということもまた、原則として適法であると考えられているわけです。

 このように、ドイツにおいては、協約自治が憲法レベルで保障されている、それによって正当性の推定が働くということがあるために、その協約の内容が正当であるか、相当であるかということについて、裁判所が後からその協約の内容を審査するということは原則としてできないことになっております。後から民法上の約款規制というものを御紹介しますが、これも労働協約には適用しないということが民法典上の明文をもって規定されているところであります。

 ただ、例えば男性労働者と女性労働者でそれぞれ違う除斥期間を定めるとか、そういった差別禁止規制に抵触するようなものに関しては、これはさすがに違法であるということになっておりますが、そういったことがない限り、除斥期間、なかんずく民法典上の3年と比べてもかなり短いような期間で除斥期間を設定するということも、ドイツでは原則として適法であると解されているわけであります。

 ということで、ドイツにおける労働者のうち、労働組合員に関しては、今、申し上げたような状況であるわけでありますが、他方で、組合に入っていない非組合員である労働者についてはどうかというと、非組合員の労働条件については、ドイツでは使用者と労働者の個別の1対1の労働契約の中で定められることになります。この場合、よく行われるのは、使用者が一方的に定型的な労働契約の書面をつくってしまって、その契約書面によって、労働条件が規律されることが多いわけであります。そして、この定型的な契約書面が用いられる場合にも、その中では、労働関係上の請求権について、除斥期間が置かれることが通例となっております。

 ただし、この定型契約書面というのは、法律上、特に民法典上、いわゆる約款に当たると解されておりまして、それによって民法典が定める約款規制が適用されるということになっております。とりわけ重要でありますのは民法典307条の1項でありまして、お手元の資料の3ページを見ていただきたいのですが、どのような規定になっているかというと、約款に含まれる規定は、当該規定が信義誠実の原則に反して、約款使用者の相手方を不相当に不利益に取り扱うときは無効とすると規定されております。ですから、約款の中の規定が相当な内容かどうかというのが、この約款規制によって審査される、これを内容規制と言いますが、こういった点が審査されるわけでありまして、この約款規制、とりわけ民法典307条の規定によって、先ほどの定型契約書面上の除斥期間規制が無効とされた裁判例が幾つかございます。

 例えば、2005年9月の連邦労働裁判所判決というのは、履行期が到来してから3カ月より短い期間で除斥期間を定めるような規定というのは、民法典307条1項に反して無効であるという判断を下しております。また、ほかにも2005年8月の連邦労働裁判所判決は、労働関係上の請求権というのは使用者側も労働者側もそれぞれ持つわけですが、労働者側の請求権だけを除斥期間の対象とするといったような規定というのは、これも民法典307条に反して無効であると判断しております。

 このように、非組合員については、使用者が一方的につくった約款としての定型契約書面が用いられている場合には、その中で定められている除斥期間を含めて民法典上の約款規制が及ぶというのは、これは先ほどの労働協約が適用される組合員の場合との、一つ大きな違いであるわけであります。

 ただ、ドイツにおいて実務上よく行われるのが、ある職場に組合員と非組合員がいる場合に、組合員にはついては、もちろん労働協約が適用されているわけでありますけれども、この場合には、非組合員との個別の労働契約の中では、当該組合員に適用されている労働協約の労働条件を参照して、非組合員についてもそのまま適用しますという実務上の取り扱いが行われるということが多いです。協約の引用・参照という言い方をしますが、こういった取り扱いが行われるということがかなり多いです。

 そして、こういった非組合員について、協約の引用・参照が行われ、なかでも、労働協約全体を参照するといったようなことが行われている場合には、これは先ほど見た307条を含めて民法典上の約款規制は適用しないというのが連邦労働裁判所の立場であります。なぜかというと、先ほど申し上げましたように、労働協約の内容というのは、憲法上の規定によって既に正当性が推定され、それによって裁判所が事後的にその内容を審査することはできないことになっているわけであります。しかし、非組合員について、協約が全体として引用ないし参照されているという場合、約款規制を適用してしまうと、これは間接的に裁判所が協約の内容の正当性を審査しているということになってしまうではないかと。これは協約自治を尊重するという観点からすればよろしくないということで、そういった場合には約款規制は適用しないというのが、連邦労働裁判所の立場となっております。

 この協約の引用・参照というのは、ドイツにおいては実務上かなり広く行われていると言われます。統計によれば、現在、ドイツにおいては、非組合員に関する協約の引用・参照を含めると労働者の約7割が産別協約によってカバーされているという統計がありまして、この点からも協約上の除斥期間規制というものが、ドイツにおける雇用社会ではかなり重要な役割を果たしていると言って差し支えない状況があるものと思われるわけであります。

 それでは最後に、若干ではありますが、労働法に属する法令の中でも、除斥期間というものについて規制を置いているものが幾つかございますので、簡単に紹介しておきたいと思います。

 まず、実体法上の除斥期間の規制としまして、民法典626条2項ですね。これは労働契約の即時解雇に関する規定でありますけれども、労働契約を即時解雇する場合には、2週間以内にそれを行使しなければいけない。これは消滅時効ではなく除斥期間の規制であると解釈されていて、即時解約の原因となる事実を権利者が知ったときから2週間以内に行使されなければならないということとなっております。

 また、一般平等取扱法15条という規定でありますけれども、これは差別的な不利益取り扱いが労働者に対してなされた場合には、当該労働者は一般平等取扱法の規定に基づいて損害賠償請求をすることができるわけでありますが、その行使については不利益取り扱いをしたときから2カ月の除斥期間にかかるという規定となっております。

 これら2つは、どちらかといえば、実体法上の除斥期間規制であるということが言えようと思いますが、もう一つ、訴訟法上の除斥期間規制というものもありまして、これは何かというと、先ほどフランスのところでも問題になっておりました出訴期間規制のことであります。代表的には、解雇無効の確認の訴え、これは解雇制限法4条というところで規定がありますが、かかる訴えは、解雇通知が到達してから3週間以内に労働裁判所に対して提起されなければなりません。これはまさに出訴期間の規制でありますが、訴訟法上の除斥期間の規定であるとドイツにおいては分類されております。

 また、パートタイム・有期労働契約法17条というところに、期間の定めの無効確認の訴えについて、同様の規定があります。これも御承知のとおり、ドイツにおいては、有期労働契約に関しては、いわゆる入口規制というものが行われていて、正当な理由がないと、有期労働契約を締結してはいけないわけです。それで、労働者が有期労働契約を結んだのだけれども、しかし、この契約には正当な理由がないと思った場合には、労働裁判所に訴えを提起し、それによって、当該使用者との間で無期労働契約が結ばれているということの確認を求めることができるわけでありますが、こういった訴えを起こす場合には、当初契約の中で定められた期間が経過した時点から3週間以内に労働裁判所に訴えを提起しなければいけないということになっております。

以上、ここでみた実体法および訴訟法上の除斥期間の規定はいずれについても、文献等をざっと見た限り、各規制解消事項の法的明確性の確保が規定の趣旨であるという解説がされていたところであります。

 以上が雑駁ではありますが、ドイツ法の規制の概況であるということであります。

 最後に簡単にまとめておきたいと思いますが、まず、ドイツにおいては、賃金をはじめとする労働関係上の請求権というのは、民法典のレベルでは、その大部分が一般原則の適用に服するということであります。現在の日本民法では、賃金請求権に関して短期消滅時効の制度があるわけでありますが、現行のドイツ民法典というのは、賃金請求権、あるいは労働契約関係上の請求権を特別扱いするという発想を有してはおりません。

 一方、ドイツの労働法のレベルに目を向けますと、労働関係における特殊性というか、法的安定性、あるいは当該権利の性質等の観点から、民法典とは異なる期間での消滅時効、あるいは、先ほど見た除斥期間を定めるというものもございます。ただし、これらはあくまで個別の請求権を対象とするものにすぎません。これは現在の日本の労基法115条が非常に広範な労働関係上の請求権を規制の対象にしているのとは対照的と言えようかと思います。

むしろ、ドイツにおける労働関係請求権にとっては、労働協約、特に産別協約の中の除斥期間の規制が非常に重要な存在となっております。また、この規制については、特に非組合員について、個別の労働契約の中で、協約が全体として引用・参照される場合も含めて、憲法上保障されております協約自治の尊重という観点から、こういった除斥期間を設定するということの正当性が広く認められている状況にあると言えようかと思います。日本で、例えば労働協約や就業規則の中で、こういった短い除斥期間のような規制を置いた、あるいは、短い消滅時効の規定を置いた場合には、これは前回の第2回の会議で、古川弁護士もおっしゃっていたかもしれませんが、労基法115条の2年という期間について、労基法13条の最低基準効を発生させるかどうかという点と非常に密接にかかわってこようかと思います。この点は一つ、ドイツの比較でもおもしろい点であろうかと思います。

 最後に、これは全く蛇足ではあるのですけれども、こういった労働協約上の除斥期間の規制、特に2カ月から6カ月というかなり短いような規制が、ドイツの雇用社会において広く受け入れられている実質的な背景には、ドイツにおける労働紛争解決システムの存在と切り離して考えることはできないのではないかと、個人的には思うところであります。というのは、ドイツにおいては、労働裁判所制度があって、これは裁判費用は通常裁判に比べてもかなり安いわけです。また、ドイツにおいては産別組合、あるいは民間の保険会社が権利保護サービスというものを提供しておりまして、これはいわゆる弁護士保険とか訴訟保険と言われるものなのですけれども、労働者の側からしてみれば、例えば賃金の未払いがあった場合に、これらの労働紛争解決システムに頼ってその権利を実現していくということが、程度問題はあるかもしれませんが、恐らく日本と比べてもかなりやりやすいといった土壌があるのではないかと思うわけであります。ですので、こういった労働紛争解決システムの存在というのも、この問題を論じるに当たっては、念頭に置いておく必要があるのではないかとドイツ法を眺めていて感じた次第であります。

 済みません。若干時間をオーバーしましたが、私からの説明は以上でございます。御清聴ありがとうございました。

○岩村座長 山本研究員、大変ありがとうございました。

 ドイツについて、非常に幅広に御説明をいただいたと思います。御質問等がありましたら、どうぞ。いかがでしょうか。

 森戸委員、どうぞ。

○森戸委員 詳細な御報告、ありがとうございました。

 最初はコメントみたいになってしまいますけれども、協約で短い除斥期間を定めていいというのは、先ほどもちょっとおっしゃったように、日本法的に言うといわゆる協約自治の限界で、賃金債権の処分というのは、日本法的に考えると一番協約でやってはいけないことのような印象を受けるところなので、だから、ドイツで逆に協約自治が制限されるのはどこなのだろうと思ったぐらいですが、それはいいとして、現実はそうだということはわかりました。非組合員でもいわゆる協約の引用・参照で同じようになっている場合も多い。それで、7割ぐらいだとおっしゃいましたね。そうすると、結局残り3割は民法の規定にいって、時効は3年ということになっているのか。そういう理解でいいですか。

 あと、それだと協約においておよそ起こることですけれども、普通は組合に入って有利な条件を得ているのだというのが、この時効に関しては、組合に入っていないほうが長いのだということが起こっている。ただ、先ほど最後におっしゃったように、さっさと訴えられる社会だから、余りそういうものは関係ない。そういう理解でいいのかということも含めて確認したいと思います。ありがとうございました。

○山本研究員 ありがとうございます。

 まず前者でありますけれども、非組合員については、一つの事業所に組合員と非組合員がいる場合には、組合員に適用されている協約の引用・参照がほぼ行われていると見てよいかと思います。問題は組合がない、協約などでカバーされていない事業所における労働者の場合でありますけれども、この場合は、先ほどスライドで御紹介させていただきました、いわゆる約款としての定型的な契約書面が使われることが多いかと思います。そして、この場合にも除斥期間が置かれることは多いわけです。ただ、これは法的性質は約款でありますから、約款規制が及ぶわけで、例えば1カ月とかというような除斥期間を設けていた場合には、連邦労働裁判所の判決によれば、これは無効であるといったことになっておりまして、そういった約款規制に抵触していない限りにおいて、定型的な契約書面の中で定められている除斥期間の規制が、非組合員については適用されるということになろうかと思います。

 後者でありますが、確かに組合に入っていないほうが得だと、そういった側面ももちろんあるわけでありますけれども、ドイツにおいては、労働契約における請求権というのは、労働協約を根拠として発生するものがかなり多いわけであります。例えば、賃金はもちろんそうですし、割増賃金も日本とは異なって、これは根拠はドイツの場合は労働協約なのです。そういった労働関係上の請求権の多くが協約に依拠している以上、その協約の中でその権利がいつ消えるのかというルールについて、協約の中で定められるのもある意味自然なことであって、それはまさに協約自治というものを憲法レベルにおいて保障しているドイツの一つの特色であると言えようかと思うところであります。

○森戸委員 私も今、勘違いしていたところもあって、協約の参照まで含めて7割だけれども、ほかの3割もいわゆる約款規制の及ぶ個別の契約で除斥期間を定めていることが多いだろうという話ですね。では、それがどのくらいかというのは、相場観みたいなものは余りわからない。

○山本研究員 どれぐらいというのは、除斥期間の長さですか。

○森戸委員 はい。

○山本研究員 協約に関しては、私も昔JILPTの報告書で全部訳して紹介したことがあるのですが、定型的な契約書面までは直接みたことがありません。ただ、裁判例等を見る限りでは、労働協約と同じような数ヶ月の期間が設定されている例が多いように思います。。

○森戸委員 なるほど。そうすると、7ページには2カ月以内は恐らく短過ぎるのだろうということで、無効という判決もあるという紹介ですが、6カ月などならば多分これは有効であろうという感じですか。

○山本研究員 そうですね。現在の連邦労働裁判所の判例を前提とする限りは、内容規制には抵触しないということになろうかと思います。

○森戸委員 わかりました。では、3年などということはむしろほぼないと思ったほうがいいと。

○山本研究員 もし定型契約書面の中で除斥期間が置かれていない場合には、民法上の一般原則が適用されるということになると思いますが、かなりまれではないかと思います。

○森戸委員 ありがとうございました。

○岩村座長 ほかにはいかがでございましょうか。

 水島委員、どうぞ。

○水島委員 大変クリアな御説明ありがとうございました。

 2点ありますが、金属電器産業、バーデン・ヴュルテンベルクを挙げていただきましたが、典型的なモデルとして理解してよろしいですかということが1つ目の質問です。

 もう一点は、細かいことで恐縮ですが、この第18条の4項にあります、正当性に関して争いが存在する請求権というのが、どのようなことを想定されているのかを教えていただければと思います。よろしくお願いします。

○山本研究員 ありがとうございます。

 まず、この2つの協約は産別協約でありますから、もともと適用対象が当該対象産業における労働者全体と広いわけですが、なかでもドイツにおいて、多くの労働者をカバーしている協約を2つ持ってきたつもりであります。私が以前JILPTで出させていただいた報告書の中では、銀行業であったり、小売業であったり、ほかの産業のものも紹介してはいるのですけれども、大体同じような協約規定になっておりまして、中でも代表的な例として紹介し得るものを今回2点挙げさせていただいたということでございます。

 次に、金属電機産業の一般協約の18条の4項が一体何を意味しているかということでありますが、これは本当は組合の人に聞いてみなければわからないかなと思うのですけれども、例えば協約規定に解釈の余地があって、当該請求権があるのかどうかがわからないような場面を念頭に置いているのではないかと思います。

 不十分なお答えしかできませんが、現在のところは以上です。

○岩村座長 確認ですけれども、今の18条の4項はあくまでも紛争当事者ではなくて、労働協約の締結当事者間、つまり、労使の間でもめている場合ですね。

○山本研究員 そうです。産別協約ですから、産別組合と使用者団体の間で、当該請求権があるのかどうか、この協約によって発生するのかどうかが争われているようなものについて、規定の適用対象になるのではないかということであります。

○岩村座長 ありがとうございます。

 ほかはいかがでございましょうか。

 安藤委員、どうぞ。

○安藤委員 ありがとうございました。

 先ほど、フランスについては、どのような紛争の実態があるのかというところで、未払い賃金という話は余りないであるとか、そういうお話を伺ったばかりですけれども、ドイツについては、そのような紛争の実態として、2カ月から6カ月というのは日本の感覚からすると結構短いなと思うわけですが、このルールのもとでうまく回っているのかどうかという点と、どういう争いがあるのか。このあたりを教えていただきたいと思います。よろしくお願いします。

○山本研究員 ありがとうございます。

 これも正面からお答えすることは難しいのかもしれませんが、ドイツの労働裁判所の統計がございまして、2016年度の統計によりますと、支払いの訴えという形で統計がとられているのですけれども、136,000件が労働裁判所の1審段階で処理されているという統計が出ております。支払いの訴えといってもおそらく非常に幅広く、例えば割増金もあれば、あるいは手当もあれば、賃金本体もあれば、それはいろいろなものがあるのだとは思いますが、それ以上分類されていないもので、内訳はよくわからないところがあります。が、こちらの第1回の検討会資料によると、日本では地裁の1審段階で賃金未払いの事件がたしか3,000件程度であったと記憶しておりますが、それと比べても、単純比較はできないかもしれませんが、かなり多い紛争件数が継続しているのかなと思います。

 このように支払いの訴えの件数が多い背景の一つには、もしかしたら除斥期間の規定の存在はあるのかもしれません。早く請求権を行使しないと消えてしまうということがあるのかもしれません。ただ、特に組合員の場合ですけれども、ドイツの産別組合はいっぱい弁護士を抱えていますから、弁護士をつけて組合がサポートする。訴訟費用も弁護士の費用も全部組合が出してくれるくれるわけです。こういったこととも相まって、136,000件というかなり多い件数になっているのかなとは思うところであります。

 うまく回っているのかどうかというのは、これはなかなか評価が難しい点でありますが、実際に現地に行っていろいろ聞いてみましたけれども、協約上の除斥期間の規制自体が何か問題であるといったようなことは、あまり聞こえてこなかったところです。少なくとも、ドイツで、協約上の除斥期間の規制について、特に労働者側がものすごく不満を持っているといったようなことはないのではないかと思います。

○岩村座長 ありがとうございます。

 ほかにはいかがでしょうか。よろしいでしょうか。

 一番興味があるのは、労働協約でこれほど短い除斥期間というものを定めているということが、なぜ労使双方が受け入れているかということなのです。先ほどは労働裁判所があってという御説明だったのですが、ほかに何か仮説はあり得るのでしょうか。この短さを説明する理由について、例えば向こうでインタビューされたときなどの感触で、もしあればですが、特になければ、ないということで結構です。

○山本研究員 繰り返しになりますが、実質的な背景というのは、一つには、労働裁判所等の存在があるのかなと。あとは、かなり包括的ないろいろな権利を一つの労働協約の中で定めておりますから、その中で権利の失効に関してもルールを定めるというのが、ある意味自然なのかなと思うところであります。

○岩村座長 事業所委員会とか、従業員代表とか、そういうものの存在は関係しそうでしょうか。どうなのでしょうか。

○山本研究員 それは関係があると思います。ドイツでは、労働組合ではないのですが、従業員代表機関である事業所委員会があって、この事業所委員会というのは、特に職場の中に協約がある場合には、その協約がちゃんと守られているかを監視することも、その任務の一つになっておりますし、特にもし賃金の未払い等があれば、当該労働者は事業所委員会に苦情を申し立てることができ、事業所委員会はこれを処理すべき任務を負っております。このような形で、事業所委員会も労働関係上の請求権のエンフォースメントの機能を担っていることは、除斥期間規制との関係でも押さえておく必要があろうかと思います。

○岩村座長 ありがとうございます。

 よろしいでしょうか。

 それでは、山本研究員、どうもありがとうございました。

 続いて、神吉准教授にイギリスについての説明をいただきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

○神吉准教授 神吉でございます。よろしくお願いいたします。

 時間も押していますので、手短に報告させていただきます。お手元の資料3で「イギリスの労働関係訴訟・申立の出訴期限」をごらんください。

 まず、ここで出訴期限という言葉を使いましたのは、イギリスではそもそも取得時効と消滅時効を包摂するような時効概念がないこともありますし、いわゆる出訴期限、リミテーション、あるいはタイムリミットと言われるものは、時間の経過によって実体法上の権利が消滅するという意味の消滅時効とは言えないものです。実質的には同様の機能を有しているので、消滅時効とおっしゃる先生もいいますが、ここでは出訴期限とさせていただきました。

 出訴期限は、訴訟提起を通じた救済の道が閉ざされる期限であって、手続法上の効果しか持たないので、実体法上の権利の消滅とは必ずしも結びつくわけではありません。すなわち、出訴期限を過ぎても、合法的な自力救済の行使は妨げられないなどの違いがございます。

 この出訴期限は、もともとは狭義のコモンローではなくエクイティー上の救済だったのですが、現在は制定法によって明文化されておりまして、特に今回のテーマに関しては、1980年出訴期限法が、一定の意味を持っております。

2のところで、労働関係のどういった場面に出訴期限がかかわってくるかなのですが、まず、イギリスの労働関係の権利救済を考えるときに、1の契約関係の訴訟と、2の制定法上の申し立て、この2つの関係が非常に重要になってまいります。

 まず、1980年出訴期限法では、いろいろな訴訟の出訴期限が定められているのですが、労働関係で一番重要なのは、5条の単純契約に基づく訴訟に関する出訴期限です。この出訴期限に関しましては、訴訟原因が発生した日から6年間ということで、この6年が労働契約に基づく訴訟の出訴期限法上の出訴期限になります。出訴期限法自体は、主観的な起算点を持つ類型もあるのですが、この5条に関しては客観的な起算点を用いていることが、一つ、特徴として挙げられます。

 こういった労働契約関係の訴訟に関しましては、通常裁判所に提訴するという紛争解決ルートを持っております。まずは、訴額が5万ポンド未満かそれ以上かで、県裁判所、郡裁判所と呼ばれるCounty Courtあるいは高等法院、High Courtのどちらかに提訴します。法律審として控訴院と最高裁判所があり、法律問題に関しては、そちらのほうへ審級が進んでいくという構成になっております。

 ただ、日本の労働関係訴訟と大きく異なるポイントは、これらの契約関係に基づく訴訟で権利実現をするというのが、どちらかというと少数であることです。ほとんどの労働者の権利は、2の制定法上の申し立てというルートで処理されていくといきます。

 制定法上の申し立ては、労働関係を規律するの複数の制定法があるのですが、制定法が固有に権利を創設し、かつ、訴権もそこで設定をする。つまり、どのような権利の内容なのか、そして、その権利はどのように救済されるのかというその救済方法と訴権とが制定法の中でセットで設定されるのが通常です。さらに、救済方法としては、通常の裁判所ルートではなくて、雇用審判所という三者構成の機関に申し立てて、その後、雇用控訴審判所という機関に申し立てます。この雇用控訴審判所自体も法律審なのですが、法律問題についてのみ不服がある場合には、控訴院、それから、最高裁判所と、控訴院からは通常裁判所ルートに乗って処理されていきます。ほとんどの労働関係の訴訟は、この雇用審判所を入口とした制定法上の申し立てのルートを通って権利救済されていきますので、ここが恐らく日本と、先ほど伺っていましたけれども、ドイツやフランスともかなり違うところだと考えられます。

 2つのルートが併存しているところも特徴で、労働者は契約違反で訴える場合には通常裁判所ルートですが、制定法上の申し立てには雇用審判所を使う。ただ、一つの権利がどちらであるかが、そう簡単には御説明できないところがあります。というのは、原理的には、制定法で設定した権利というものは制定上の権利であって、契約上の権利とは厳密に区別はされているのですが、例外が幾つかございます。1つ目の例外は、制定法上の権利を契約に読み込むという趣旨の、読み込み条項がある場合です。例えば男女同一賃金の規定に関しましては、法律上に、性平等条項を全ての契約に読み込むという条項がありますので、これは、男女同一賃金に関する制定法上の権利であるとともに、契約上の権利にもなっており、この場合は、どちらにも提訴、申し立てをすることができることになっています。

 もう一つの例外は、契約中に読み込み条項を置くというものです。これは当事者が制定法上の権利などを自分たちの契約の内容とするというように決めると、それは契約上の権利になりますので、その権利実現に関しては、契約違反の訴訟ができることになります。

 もう一つの例外は、これまたややこしいのですけれども、どこにも明示の読み込み条項がない場合にも、コモンロー上、契約に読み込まれるものというものがあります。例えば伝統的に、イギリスでは解雇に正当事由は必要ないと解されてきて、それは制定法によって、不公正解雇という一定の類型ができて、一定の解雇は不公正解雇と扱うようにして、それは制定法上の固有の権利ですが、予告期間を設けなければいけないことがコモンロー上の義務としてあり、雇用権利法に最低予告期間が定められています。予告義務違反の解雇に関しては、何の読み込み条項がない場合でも契約違反になりますので、そういった場合には、この2つの紛争解決ルートの双方がかかわってきます。ちょっとややこしい話なので、個別に見ていきたいと思います。

 現在は、雇用審判所が紛争解決する申し立て類型は50以上ございまして、全部は網羅していないのですが、今回、賃金に関するものを中心として幾つか代表的な類型に関して、制定法と、その申し立て権の内容と、出訴期限を表にしました。

 まず最初の(1)で不公正解雇の関係を幾つか挙げてございます。これは先ほど述べましたとおり、もともとは伝統的に解雇に正当事由は必要ないとされていたものを、制定法上、一定の解雇に関しては不公正である、不公正解雇されない権利を労働者に認めたものです。これが最初にできたのが1971年で、一番古い類型です。つまり、1971年に不公正解雇という概念ができたと同時に、この雇用審判所、当時は労働審判所という名称でしたが、そこを救済機関と設定として、そこで救済するルートが初めてできました。現在は1996年雇用権利法という制定法が中心的な条文を収めております。ここでまず不公正解雇されない権利が労働者にあることを認めて、一定の事由に関しては自動的に不公正解雇とみなす規定を設けています。たくさんあるので、多くは挙げていないのですが、出訴期限は基本的には雇用終了日、解雇日といいますか、説明を注につけておりますが、そこから3カ月ということになっています。これは不公正解雇の制度が導入された1970年代から長らく3カ月ということになっております。

 なぜ解雇を挙げたかといいますと、不公正解雇の場合の救済手段は、第一次的には復職、再雇用です。ほとんどの紛争はインフォーマルに和解や取り下げで終わっていくのですけれども、消極的に審判で終わるもののうち、残りの大多数は金銭裁定で決着しますが、復職、再雇用という形で終わるものが1%程度あります。この復職、再雇用の場合は、逸失賃金が問題になりますので、その場合、3カ月の出訴期限が関係してまいります。

 1つずつ説明すると時間がなくなってしまいますので、(3)の賃金控除を御説明します。この賃金控除という訳を慣例上当てていますが、未払い賃金の支払い申し立てだとお考えください。この場合も不払いがあったときから3カ月という短い出訴期限が定められております。出訴期限は、表を見ていただくと、大体3カ月で長いものでも6カ月ですので、ざっと制定法を見れば、ほとんどが3カ月で、例外的に長い場合でも6カ月ということが言えます。

 詳細は表を見ていただくとしまして、賃金控除に関して若干補足的に申し上げます。もし賃金控除が継続的で連続している場合は最後の控除から3カ月ですが、少し前までこの規定しかありませんでした。最後の控除から3カ月なのはいいとして、最後の控除からどこまで遡及できるか一つの論点になっていたところで、いっとき立法が空白だったので、これは解釈に任せるという話だったのですが、ある判決が出ました。その判決では、連続する控除期間に3カ月以上のギャップがあった場合には、連続性が途切れるという判断が示されました。

 その際に、この3カ月の出訴期間の趣旨に関しても一応述べられております。3カ月という短い出訴期間は、申し立ては直ちにされなければならないという趣旨だという解釈が示されました。これはレジュメで5ページのところで、無権限賃金控除だけ若干補足した部分です。この2014年の判決は、雇用控訴審判所判決なのですが、ギャップがある場合にはそこで途切れると言っただけで、絶対的な遡及上限については何も述べていませんでした。ところが、当時の政府が、この判決を契機に絶対的な遡及上限を見直そうという動きに出まして、法改正をしました。

 法改正をしたというのは結論ですが、改正の議論をしたときに、そもそも雇用審判所にどこまで遡及を認めるかが白紙委任なのは不確実であり、その不確実性がビジネスにとって非常に不利益なのだということが主張されまして、このときに、3つの選択肢が上がりました。1つ目は何もしない、そのままで、不確実性を放置する。それはとれないので、具体的に残る2つの選択肢として、出訴期限法の6年までとする選択肢、それから、それより短期にするという選択肢の2つでメリット・デメリットを検討いたしました。

 そのときに、出訴期限法の6年は長過ぎるとして、結局不確実性というデメリットが克服できないという最終的な判断で、この2014年に賃金控除、出訴期限規則を制定して、雇用権利法の本体を改正いたしました。新しい条文が入り、2015年7月1日以降の申し立てからは、絶対的な遡及期間も2年が上限とされました。

 真ん中に、出訴期限の運用なども書いておきましたけれども、余り時間もございませんので、そこはご覧下さい。最後、有給休暇に関してですが、これは基本的には労働時間指令がございますので、ドイツ、フランスと同じ扱いです。指令に基づく4週間分の休暇に関しては、原則、翌年に繰り越せないことになっていますが、イギリス国内法で1.6週間分の上乗せの権利を認めておりまして、これに関しては、適切な協定があれば翌年に限り繰り越し可能だと解釈されています。ただ、ドイツ、フランスのところでも話が出たとおり、病気休暇をとっていて取得できなかった有給休暇に関しては、繰り越せるようにすべきだという判決がイギリスでも出ています。

 最後、まとめを書いていませんが、権利救済方法の違いが非常に大きいということは、一つ申し上げられると思います。イギリスでは、常に司法へのアクセスと同時に審判所制度による紛争解決のコストパフォーマンスを非常に重視しています。この消滅時効に関する調査のお話があってから、実は一番時間をかけて調べたのは、3カ月という短期の出訴期限というものがどのように導入されたのかという点です。1970年代の立法関係の国会議事録などもずっと見たのですけれども、残念ながらほとんど議論がされていませんでした。恐らく、理論的に突き詰めてから入れているわけではないと考えられます。

 ただ、一つわかったのは、既に1970年代には、雇用審判所、当時は労働審判所という名前でしたが、そこに対する事件数が非常に多くて、この数をどうにかしなければいけないという問題提起が何回も出てきています。それでも70年代初めは不公正解雇ぐらいしか雇用審判所の管轄はなかったところ、その後、どんどん管轄が肥大していった結果、2000年代は争点ベースで年間25万件を超えるような事件数となっています。3カ月の出訴期限を延ばすという選択肢は、現実的にあり得なかったのだろうと思われます。実際、余りにも多過ぎるので、どうにかして減らさなければいけないと、2013年に審判所への申し立てを有料化して、それもかなり高額な申し立て料金をとるようにしました。これが功を奏して7割ぐらい申し立てが減ったのですけれども、2017年に最高裁判決で司法へのアクセスを阻害すると判断されまして、政府も有料化を撤回して、現在払い戻し中でございます。

 ということで、非常にコストパフォーマンスを考えて制度設計する国ですので、日本と前提も大分違うかなというところで、報告とさせていただきます。

○岩村座長 ありがとうございます。

 非常に複雑な仕組みをクリアに説明していただいたと思います。

 それでは、御質問等がありましたら、どうぞ。

 水島委員、どうぞ。

○水島委員 御説明ありがとうございました。

 ドイツとも日本ともかなり違っているなと思いながら伺っていましたけれども、私もこの出訴期限が短いことは非常に注目すべきであって、その理由として、今、神吉先生、裁判所のパフォーマンスですとか、訴訟件数の話もしていただきましたけれども、先ほどドイツでお話がありましたような組合のサポートですとか、そのような状況というのは、イギリスではいかがでしょうか。

○神吉准教授 ありがとうございます。

 訴訟を提起するに当たってということでしょうか。それは非常に大きいと思います。イギリスで解雇に関する明文の立法規制が入ったのは1971年で、かなり遅いと思うのですが、それまでは労働組合が事実上のパワーをもって、裁判所とか法律といった公的なシステムがないところで紛争解決をしていた背景があって、70年代になって初めて法律で解決する紛争解決の手段を入れていったのですが、そのときに、組合はその訴訟を後押しする形で、個別の労働者の権利救済をバックアップするようになっていきました。

 先ほど言わなければと思っていたのですけれども、イギリスでは労働関係に関する包括的な行政監督は基本的にはございません。労働安全衛生に関しては、保健所のようなところがあり、全国最低賃金に関しては、税務署に当たる役所が監督するのですけれども、それ以外に関しては、最近できた職業紹介規制を除き、行政監督はございません。そこで、ほぼ全ての権利実現は、労働者個人が雇用審判所に申し立てる、あるいは、通常裁判所に契約違反として申し立てるという方法で履行確保するというのが原則になってきます。労働組合はそういうところにかかわっていくということで、前提は大きく違うかと思います。

 いずれにせよ労働組合が個人をバックアップしていくのですが、イギリスは公的部門はまだまだ強いのですが、民間部門に関しては非常に組合は弱くなってきていますので、サポート力もそれほど大きくなくなっているとは思います。

○岩村座長 どうぞ。

○水島委員 ということは、日本ですと、訴訟はすごく敷居が高いですけれども、今、おっしゃったように行政監督、つまり、日本の労基署に行くかわりに、この雇用審判所が使われているというようなイメージ、認識で間違いはないでしょうか。

○神吉准教授 そうですね。インフォーマルな解決が不調に終わったとき、最初に駆け込む公的機関が雇用審判所というで位置づけです。現在、雇用審判所に申し立てると同時に、ACASという助言あっせん仲裁機関で同時にあっせんを開始しなければいけないことになっているので、紛争解決の一番最初の入り口と言ってよいのではないかと思います。

 雇用審判所への申し立ても、オンラインで簡単にできます。ET1というフォームがあって、そこに記入をして、どのようなことがあった、相手は誰かということを書いてオンラインで出せますので、非常に簡便です。

○水島委員 ありがとうございました。

○岩村座長 ほかにはいかがでしょうか。

 森戸委員、どうぞ。

○森戸委員 ありがとうございました。

 まず最初、確認ですけれども、現実にはこのETですか。雇用審判所にほとんど行ってしまうのでしょうけれども、先ほどのお話だと、契約上のこちらの通常裁判所のほうかな。こちらも並行してある。別に排他的なものではないというお話でしたね。そうすると、3カ月賃金控除、賃金未払いなどでも、3カ月を過ぎても、通常裁判所には行けないわけではないと。ただ、余りそういうことはないだろうというような理解でまず一つはいいですか。

○神吉准教授 そういう事例はあります。もちろん両方の権利が存在していることが前提ですが、制定法上の権利が同時に契約上の権利でもある場合には両方できます。

○森戸委員 イギリスはよくわからないのですけれども、アメリカだと割とWage theftという言葉をよく聞いて、それなりにオーバータイムの未払いとか、そういう問題が割とあって、労働関係の弁護士さんは割とそういうものをやっている人もいるイメージがあるのですが、ほかの国についての質問も出ていましたけれども、イギリスだと、ドイツ、フランスは、聞いた感じでは、そもそもそんなにボリュームは大きくないのかなという感じで聞いていましたが、イギリスだといわゆる未払い賃金の訴訟なり争いというのは、この無権限賃金控除だけではないのかもしれませんが、どのぐらいのイメージで捉えたらいいのかなというのは、もしわかれば教えていただきたいのですけれども。

○神吉准教授 年によって変動がありますが、不公正解雇と並んで常に無権限賃金控除かなりのボリュームがあります。中身が時間外労働かどうかはわかりませんが、何らかの賃金、賃金もいろいろなものが含まれますが、賃金に関する訴訟はかなり多いイメージです。

 同一賃金訴訟もそれなりのボリュームがあります。男女同一賃金は基本的に女性労働者が申し立てるものですが、今、森戸先生がおっしゃったご関心に沿って申し上げますと、男女同一賃金の制定法上の出訴期限は6カ月なのです。ある女性労働者が、同僚が申し立てをして勝っていたのを見て自分も申し立てようとしたのだけれども、6カ月が過ぎていたので、通常裁判所に契約違反として申し立てたというケースがございます。通常裁判所は高等法院だったのですが、被告の使用者は、これは本来は雇用審判所で扱われる問題で、そちらの出訴期限を過ぎているので、裁量却下すべきだと主張しました。しかし、その主張は高等法院には却下されまして、その判断は最終的には最高裁まで維持されていますので、雇用審判所の出訴期限を過ぎたからといって、通常裁判所への提訴は妨げられないという判断は確立したと考えられています。

 

○岩村座長 いかがでしょうか。

 よろしいでしょうか。

 私はどこかで説明を聞き逃したのだと思うのですが、よくわからないところがあって、きょういただいた資料の5ページから6ページのところにかけてなのですが、無権限賃金控除、要するに、未払い賃金のところで、一番最初のところで出訴期限の話が出て3カ月という話があり、6ページ目のところに行くと、そこで、出訴期限法の6年は長過ぎてという話が出てくるのですが、ただ、最初の御説明だと、出訴期限法の6年というのは契約上の訴訟の話ではなかったのかという気がしていて、しかし、この無権限賃金控除のほうは、これは制定法上の権利なのではないかという気がしたものですから、そこの両者の関係がよくわからなかったので、私が何か聞いていなかったのかもしれないのですが、教えていただければと思います。

○神吉准教授 いろいろ説明をはしょりましたので、誤解を招いて申しわけありません。この無権限賃金控除として請求できるものの中には、制定法上の権利たる請求のほかに、契約上払うべき賃金の請求が入っています。契約法上の権利に基づく請求の場合は、これは本来通常裁判所に契約違反として未払い分を請求できる権利なので、無権限賃金控除として雇用審判所へ申し立てることも、どちらも可能ということになります。

 6ページの6年というところは、連立政権が連続する賃金控除をどこまで遡及するかという法改正の議論で、例えば出訴期限法の6年を適用したらどうだろうかというオプションの一つとして挙がったものです。書き方がまずかったのですけれども、出訴期限法を参照して仮に6年だったらどうだろうかというオプションを考えたのだけれども、それは長過ぎて結局不確実だという結論に至ったという説明です。結局、2年になった。何で2年かはよくわからないのですけれども、短いほうがいいだろうということのようです。

○岩村座長 ありがとうございました。

 きょう、最後のイギリスを聞きつつ、それから、先ほどのドイツを聞きつつ思っていたのは、ドイツの場合は協約が非常に大きな役割を果たしていて、ある意味協約の世界で完結する部分があり、したがって、協約上の請求権なりについては、協約が全部除斥期間などを定める。イギリスについても制定法上の権利であれば、その制定法がどういう権利かということを定める関係で、出訴期間を定めているという理解かなと。だから、短いものを定めているというのがあるのかなという理解を考えていて、フランスはどうだったか。賃金などが労働法典上の権利だという発想、あるいは訴権だという発想だとすると、それについて労働法典でどう定めるかという論理があるのかもしれないという気がしたのですが、フランスはそこまで言えるかどうかはわからなかったので、また場合によっては、細川さんに伺ってみてもいいかなという気がしました。

 きょう、細川先生は既にお帰りではいらっしゃいますけれども、山本先生、神吉先生、大変お忙しい中を準備していただいて、御報告をいただき、本当にありがとうございました。大変有意義だったと思います。

 それでは、本日、時刻も参りましたし、予定している内容は以上ということでございますので、ここで終了させていただきたいと思います。

 座長の進行が余りうまくなくて、時間を過ぎてしまったことをおわびしたいと思います。

 最後に、次回の日程等についてでありますけれども、事務局から御説明をいただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

○猪俣労働条件政策課長補佐 次回、第4回の検討会の日程については、現在調整中でございまして、確定次第、開催場所とあわせまして、追って御連絡いたします。

○岩村座長 ありがとうございます。

 それでは、これをもちまして、第3回「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会」を終了したいと思います。

 きょうはお忙しい中、ありがとうございました。

 


(了)

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