森とピッピとABBAの国から -欧州感染症危機管理研修記 スウェーデン編

IDESコラムvol.91 

2026年8月7日

IDES養成プログラム10期生:川並 麗奈

プロローグ
2025年4月29日。数日後から研修開始を控えた赴任先、ストックホルムへ向かう機内からの眺めは実に美しかった。太平洋や地中海のエメラルドグリーンに近い青とは異なる、深い群青のバルト海。その上に点在する無数の島々は朝日の中できらきらと輝き宝石のようだ。意外にも、スウェーデンは大小約27万の群島を擁する国として、その総数は世界第一位である。
WHO(世界保健機関)、と言えば殆どの人がその名前を耳にしたことがあるだろうし、米国CDCと言って、どこかで聞いたことがある、と頷く人は公衆衛生界隈でなくてもいるかもしれない。一方、ECDC1)(イーシーディーシー)と言ってどのくらいの日本人が、ああ知っている、と反応するだろうか。さて、私がIDES研修の海外派遣先として過ごしたEuropean Centre for Disease Prevention and Control (ECDC) について今回報告する。そして、このコラムの執筆を担当するのは市井の脳外科医から右往左往し、グローバルヘルスを志すまでの経緯等を記した2024年の秋から、約2年ぶりである。
 
欧州感染症対策の砦、ECDC
私が2025年の5月から9ヶ月、Seconded National Expert (SNE)として研修を行ったECDCは、日本語では欧州CDC、欧州疾病予防管理センターなどと訳され、スウェーデンのストックホルム県ソルナ市に位置する。ノーベル賞授章式や晩餐会の会場のほか、映画「魔女の宅急便」の街のモデルとなった旧市街ガムラスタンのあるストックホルム市中心部からは電車と徒歩で大体30分程度で、建物から10分ほどのところには美しい湖や、木々や花々の生い茂る公園や森が広がる。こんな自然豊かな場所にあるために、時々野生のウサギやヘラジカと遭遇することも珍しく無い。そしてスウェーデンといえば、世界的ポップグループのABBA、児童文学の「長くつ下のピッピ」(Pippi Långstrump)を生んだ国でもあり、他にも普段馴染みのあるスウェーデン由来の製品やメーカーが、思っていた以上に存在するものだ。
ECDCの歴史は比較的新しく、2025年で20周年を迎えたばかりである。2003年のSARS (重症急性呼吸器症候群)の世界的流行の教訓を経て、欧州連合(European Union: EU)全体の公衆衛生制度や感染症の監視・リスク評価・情報共有を担う専門機関の設立が急務となり、欧州委員会は2003年に設立法案を提出、2004年に法案可決、2005年の5月に稼働が開始された。ECDCはEU加盟国やEEA諸国に対する規制・執行権限を有さず、あくまで、EU加盟国・EEA諸国内の情報共有、科学的助言、調整を行うEUレベルの機関であり、加盟国の専門家ネットワークやサーベイランス、ラボネットワーク、研修ネットワーク(EPIET/EUPHEMなど2))を通して越境する感染症対策を支えているところに強みがある。
また、勘違いされやすい点として、ECDCには米国CDCや日本のJIHSのようにラボは設置されていない。ECDC設立時の基本理念は、EU加盟国には既に優れた公衆衛生研究所が存在していたため、EUレベルで新たな中央研究所を作るのではなく、各国のラボをネットワーク化し連携を強化することであった。このためECDC自身はハブとして機能し、検査法の標準化、外部精度評価、ゲノムサーベイランス、検査データの共有、アウトブレイク時の検査体制の調整などを担い、各国の専門機関の能力を結集してEU全体の感染症対策を支援している。
 
エピデミックインテリジェンスという仕事
そもそも私がSNEとしてECDCに派遣されるきっかけとなったのは、2024年の秋に締結されたECDCと厚生労働省の間の協力覚書3)に端を発する。この覚書にある人材育成の一環として、運よく機会を与えていただいたのだが、当時はECDCが欧州でどのような立ち位置で、どのような役割を担い、臨床からキャリアチェンジしてすぐの自分がどのように関わり、貢献、学ぶことができるか殆どイメージできていなかった。派遣に関しては「感染症の専門医でも疫学専門家でもないのに、あなたには無理なのでは」、と仰る方は少なからずいた。そんな中、「今来ている波に乗りなさい。絶対に多くのことを学べるから、自信を持って行ってきなさい」と背中を押してくれた当時の上司にはとても感謝している。
私がメインで配属された部署はエピデミックインテリジェンス(Epidemic Intelligence: EI)部門であり、マルタ人の上司(医師)、ギリシャ人の医師、ギリシャ、リトアニア、スペイン、イタリア出身のエピデミオロジスト、データサイエンティストたちとアイルランドからの研修生及び、これにEmergency  Operations Centre(EOC) の運営や各種国外含めた出張・会議などのロジを担当するフランス人、ルーマニア人のスペシャリスト、スウェーデン人のアシスタントで構成されていた。エピデミックインテリジェンスという仕事は、病院で例えれば救急の初療室のようなイメージに近い。Epidemic Intelligence from Open Sources (EIOS)4)というWHOベルリンハブ(WHO Hub for Pandemic and Epidemic Intelligence)の開発したプラットフォームには、毎分毎秒、膨大な数の感染症に関わる公開情報が押し寄せる。それらに一定の検索条件を設け、重要な情報は見逃さないようにしつつ、ある程度の効率化を図りながら、24時間365日、潜在的な感染症の脅威を監視し続けるのがEIでの基本的な仕事である。これ以外にもX(旧Twitter)やFacebook上の保健省のアカウント、Blueskyといったソーシャルメディアの情報にも目を光らす。ECDCの定めるクライテリアに基づき“トリアージ”(EI用語ではスクリーニングという)された情報は、毎日11時半からのRound Table で取り上げられ、各種疾患別の部門へ情報共有、そこでさらに精査されることとなる。このEIのスクリーニング業務は週替わり制であり、加盟国(Member States: MS)やWHO EURO、アフリカCDCなど含めた外部関連機関との情報交換や、リスクアセスメントの方針決定にメインで関与するDuty Officer1名と、EpiPulse5)(後述)上の情報管理や日報、週報 (Daily/Weekly Communicable Disease Threats Report: CDTR))の取りまとめ、ECDC内部での調整や日々のスクリーニングの補助業務を行うThreat Detection Officer(TDO)1名で行われる。私は一定期間のトレーニングを受けた後、何度かこのTDOを担当した。
この他にもEIでは他部署と連携した疾患別モニタリングや MSの公衆衛生機関の窓口(National Focal Point: NFP)などと協力した様々な活動が行われている。具体的にはマスギャザリングイベント(欧州におけるLGBTQ+コミュニティの人権推進、多様性の促進、差別や偏見の解消を目的とした祭典Euro Prideや、昨年ではイタリア・ローマで25年に一度行われるカトリックの行事Jubilee Romeのほか、毎年イスラム歴12月に行われるサウジアラビアのイスラム大巡礼Hajj、今年2026年ではイタリア冬季五輪、サッカーW杯など)の際の人の移動・接触を介した感染症の世界的拡散リスクのモニタリング、シーズンごとのvector borne diseases、夏季にバルト海沿岸諸国等で問題となる“海水浴や遊泳に関連したビブリオ感染症7)”(海水への接触を契機とした創傷感染、敗血症が問題となるこの地域に特徴的な季節性の感染症 - 私はこのモニタリング業務をメインで担当した)に関するものなどがある。MSなどの中で重大な越境する感染症脅威が疑われた場合は、瞬時に周辺国や関連専門機関と情報交換し、支援体制(必要に応じた専門家やFETP派遣など)を確認しあう。そして、ECDC内及び加盟国や関連国との迅速な情報共有で活用されているのが、ECDCが運営するプラットフォーム、EpiPulseである。あるECDCの同僚は“公衆衛生のFacebookみたいなもの”と説明していたが、そんなイメージと思っていただいて良いかもしれない。ここにEIOSなどでピックアップされた感染症関連の情報の概要や評価が”item”として掲載、アップデートされたり、M Sからのリアルタイムの報告やコメントを受けたり、“Situation Awareness”として注意すべき感染症の情報や注意喚起を投稿することができる。このシステムのお陰で、煩雑なメールのやり取りは最低限まで割愛され、前述の業務の他に日報、週報までをもプラットフォーム上で作成し、瞬時に発出することも可能である。重大な感染症脅威の検知を担うEIの仕事は、時間が命であり、即座に国を跨いだ情報共有と協働ができるこのプラットフォームの価値は非常に大きい。そして常に少しずつ機能を進化させ続けている点にも衝撃を受けた。既存のものを踏襲すればある程度の質の標準化が担保される。一方で試行錯誤しつつ新しいものを生み出す過程では、それなりに面倒な手順が増えたり、エラーに遭遇したりもする。しかし、それらは一時的なものである。そうしたプロセスを経ないとより良いものや効率化は生まれてこないのだろう。
 
ワークライフバランス、平等、多様な価値観
さて、場面をスウェーデン到着初日に巻き戻す。アーランダ空港に降り立った私は、そこから中央駅へ向かい、某部門のHeadである某氏にお会いした。幸運なことにも、厚労省での覚書調印式にもいらしたある方の御協力もあり、某氏の所有する、ストックホルムで非常に人気のあるエリアの素敵なアパートの部屋をお借りできることになったのだ。「ちょうど20周年の記念のパーティーの日に来るなんて運がいいね。ECDCで働く色んな人と知り合うには絶好のチャンスだよ。シャンパンで疲れなんて吹き飛ぶから大丈夫、是非来なさい!」というお誘いを受け、部屋にスーツケースを置き、小休憩ののち、電車を乗り継ぎ、羽田からほぼ一睡もしない状態でECDCまで向かった。
ドアを開けるとまだ午後3時過ぎだが、既にパーティームードで、ECDCバンドが奏でるダンシングクイーンの音色に合わせ役職に関わらず、お掃除スタッフも混ざって様々な人がフロアで踊っている。EOCで律儀な上司が一人残って仕事をしていたのを見つけた以外は、殆どの職員がちょうどいいところで切り上げたようで、皆で語り合ったり、お酒を飲んだりしている。ひと段落し、屋上のテラスに行くと午後8時過ぎなのにまだ外は明るく、小雨が降った後の空には虹がかかっていた。
正式に研修が始まったのは5月2日で(1日は祝日だったため)、E Iチームがマドリードに出張だった最初の二週間はEPIETやEUPHEMなどといった研修プログラムを管轄するフェローシップ部門でお世話になった。そこではワンヘルスのモジュールをフェローと共に受講したのだが、初日に上司に言われた印象的な言葉がある。「日本人はとても勤勉で、とても長い時間働くと聞いています。でもヨーロッパ、特にスウェーデンは文化的に違うのでよく覚えておいて。夕方5時には殆ど人はいなくなるし、6時には正面玄関が閉まります。7時まで職場に残ることなんて滅多にないし、そうなるとしたら緊急事態くらいしかありえません。」そして、他の上司には「残業をするということは、不平等さを生むことなんだ。もし家族がいたら、家の仕事を自分はしないで誰かに押し付けることになる。それってフェアじゃないよね。そして仕事は人生の一部分でしかないから、仕事だけやっていたら、他の部分での自分の成長機会をなくしてしまう。」この言葉を後から思い出してなるほど、と思う場面は幾つもあった。男性職員でも子供の幼稚園のお迎えのため3時から4時に職場を抜ける人は普通にいたし、育児休暇も同様だ。日本では暗に女性の役割、とされているようなことも、スウェーデンでは平等に分担されていた。更に仕事とプライベートはしっかりとわけ、夕方5時以降はジムで汗を流したり、映画に行ったり、友人と過ごしたりなど、明確な境界線が存在していた。ECDC自体にもいくつかスポーツサークルが存在し、私はボクシングサークルに所属し、仕事の後は同僚とトレーニングに励んだ(建物内にジム、サウナ、シャワー室完備)。また、ECDCの職員は女性が6割で、研究機関のような場所には男性が大多数、というこれまで持っていたイメージも鮮やかに覆された。そして欧州加盟国出身の職員、研修生が殆どであるものの、一部南米やアジア、中東など非EU圏からも外部契約や人材派遣会社を通しInterim staff(臨時職員)として雇用されており、日本人は私がただ一人であったが、多様な文化と価値観が自然と受け入れられる環境の中、滞在期間を通し非常に居心地が良かった。
そして、国外出張にも3回行かせていただいた。ポルトガルのリスボンで行われたECDCフェローの集いProject Review Module、ポーランドのワルシャワでの会合、学会ESCAIDE8)、エジプトのカイロでのMigrant Healthに関するワークショップといった出張では、様々なネットワークが広がった。ここで知り合った方達とは今でも時々連絡を取り合い、アドバイスをいただいている。いつかどこか、公衆衛生の世界で必ず再会する確信がある。
 
同僚からの言葉
ECDCを去った後も交流を続けていた同僚の一人から、ある日、ご自身が母国フィンランドで年間最優秀獣医に選出された際のスピーチ原稿をいただいた。私はその頃、将来のことで思い悩んでいた。その原稿には意外にも、ECDCで専門家として正規雇用されるまでの波乱に満ちた道のりが記されていた。獣医学の学生時代、あまりの多忙さに燃え尽きたこと、何とか卒業し獣医師免許を取るまで15年かかったこと、パートナーを追ってスイスのジュネーブに移住した初めての外国生活、別れ、ECDC の研修プログラムEPIETに応募したが応募三度目でやっと合格、当時研修派遣先のあったジュネーブに行きたかったがフランス・マルセイユに派遣されたこと。しかしその研修がきっかけとなりECDCで働くことになったことなど・・。

  • “I had to go through burn-out before my career had even started and that I graduated considerably later than my classmates” (私は社会人としてのキャリアをスタートさせる前にバーンアウトを経験し、そのせいで同級生たちよりはかなり遅れて卒業することになりました)  -
 無職期間に取り組んだ動物福祉活動が高く評価され、彼女は年間最優秀獣医に選ばれた。結局人生は何が起こるかわからないし、目の前のドアが開いたら臆せず通ってみればよいのかもしれない。出国前に言われた「波に乗りなさい」という言葉が、何だか繋がったように感じた。
 
エピローグ
9ヶ月の研修期間はあっという間に過ぎ、2026年1月31日、私は思い出の詰まったストックホルムを去る寂しさで目を涙で濡らし空港へ向かっていた。街は雪に包まれていた。IDES研修の海外派遣は通常1年で、私は残り3ヶ月をイタリアの公衆衛生機関で過ごすこととなっていた。一つはECDCのNFPであるIstituto Superiore di Sanità(ISS)9)であり、もう一つはWHO Collaborating Centreに指定され、2014年エボラ出血熱流行時にも感染が判明した患者の搬送、治療実績のあるIstituto Nazionale per le Malattie Infettive 'Lazzaro Spallanzani' (INMI Spallanzani)10である。この2機関はどちらもローマにあった。今回は長くなり過ぎたのでローマ編は割愛する。もしまたどこかでコラムを執筆する機会があれば、ローマでの学び、発見(と珍道中)についてお伝えするかもしれない。
 
参考:
  1. Homepage | European Centre for Disease Prevention and Control
  2. Fellowship programme: EPIET/EUPHEM
  3. フォトレポート(欧州疾病予防管理センター(ECDC)との覚書調印式)|厚生労働省
  4. The Epidemic Intelligence from Open Sources Initiative
  5. EpiPulse - the European surveillance portal for infectious diseases
  6. Weekly threats reports (CDTR)
  7. Vibriosis
  8. Homepage | ESCAIDE
  9. Home - ISS
  10. Homepage - INMI Lazzaro Spallanzani IRCCS

 
写真:
ストックホルム到着初日、ECDCのルーフトップから見えた虹(4月)
 

ポルトガル・リスボン出張(Project Review Module)にて。(8月)。
Epidemiological training fellows gathered in Lisbon to strengthen scientific communication across Europe


エジプト・カイロでのMigrant Healthに関するワークショップ。エジプト保健省と関連機関のほか、WHO、IOM、UNHCRといった国連機関及びI NTERSOSなどの国際NGO等、様々な機関が参加した。(12月)
Regional workshop on health challenges linked to mass population displacement organised by ECDC and Egypt
 

家の近所から毎日眺めていた景色。旧市街(ガムラスタン)を望む。
 

  • 当コラムの見解は執筆者の個人的な意見であり、厚生労働省の見解を示すものではありません。
  • IDES(Infectious Disease Emergency Specialist)は、厚生労働省で平成27年度からはじまったプログラムの中で養成される「感染症危機管理専門家」のことをいいます。