英国の研修よりRight to Healthを考えて

IDESコラムvol.90 

2026年7月24日

IDES養成プログラム10期生:目時 史衣

感染症危機管理専門家(IDES)養成プログラム10期生の目時史衣と申します。
研修2年目になり、海外研修として、英国健康安全保障庁(United Kingdom Health Security Agency (UKHSA))に派遣されています。ロンドンは、春になると日照時間が一気に長くなり、夜9時でようやく薄暗くなってきます。休日の公園では、多くの人が芝生にレジャーシートを広げてくつろいでおり、良い季節になりました。一方で、熱波の影響により気温が30度を越える日もあります。ロンドンではエアコンがない家庭が一般的であり、気候変動による影響を感じています。

派遣先ではAll Hazards Public Health Response (AHPHR)という部署に配属されました。
AHPHRはその名の通り、公衆衛生上のあらゆる危機に対応する部署です。感染症のアウトブレイク等の公衆衛生の危機への対応や備えについて、身近で学ぶことができ、大変貴重な経験になっています。
 
IDESの研修前にCOVID-19の流行がありました。公衆衛生の危機におけるVulnerable Population「社会的弱者」への影響、偏見や差別の問題が生じていました。そのような背景から、公衆衛生における人権とは何だろうか、という問いがIDES研修における私の個人的な問いになりました。
UKHSAでの研修が始まり、Health Equityという言葉をよく見聞きするようになりました。Health Equityとは「健康の公平性」と言いますが、あらゆる人が必要な医療・保健を得られることを意味しています。その実現には、誰が「社会的弱者」であり、何を提供することで他者との格差が是正されるかを考慮する必要があります。研修先では公衆衛生の危機におけるリスクアセスメントにおいてもHealth Equityの観点が組み込まれており、単なる重要な概念としてではなく、実務的に必要な視点の一つとして存在しました。なぜなのか。多様性がある社会だから?公衆衛生が発展しているから?そのような背景がベースにあるとは思うのですが、私が背景として驚いたのはEquityに関する法律の存在でした。以前より分野毎の平等に関する法律があったとのことですが、2010年に「Equality Act 2010」という包括的な法律が制定されました。また、「Public Sector Equality Duty (PSED)」では、公的機関が政策を検討する際に、差別をなくすこと、機会が平等であること、人々の関係性が良好であることを考慮するように求められています。善意からだけでなく、法律によっても「社会的弱者」に配慮する構造が作られていることを学びました。
 
公衆衛生の文脈では「社会的弱者」に関するテーマとしてHealth EquityやSocial Determinants of Healthがあり、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(International Covenant on Economic, Social and Cultural Rights (ICESCR))第12条では、すべての人が到達可能な最高水準の心身の健康を享受する権利を有することを規定しています。COVID-19の流行の際に話題になりましたが、健康を医学や公衆衛生の範囲だけで取り扱うのではなく、法律や社会、経済、文化の分野も含めて構成されるRight to Healthの枠組みで考えることが重要だと思います。各分野を横断する規範、基準を形作るのは難しいことだと思いますが、それを経てしか得られない結果があるかもしれないと感じています。
 
私が励まされる英国の絵本があります。「The snail and the Whale」という絵本で、クジラと広い海に出る巻き貝のストーリーです。巻き貝は、自分をちっぽけな存在だと思うのですが、そこからの展開が胸を熱くさせます。グローバルヘルスの広大な世界において、個人は小さな存在かもしれないけどそれでも出来ることがあるのかな、いま何が出来るかを考えながら広大な世界を進む楽しさがあるのかな、そんな風に思いを馳せさせてくれる絵本です。
 
国際情勢や円安など、不確実性の高い状況はありますが、多様性を受け入れてくれる懐の深いロンドンで、引き続き学びを深めたいと思います。
 
参考資料
UKHSA equality objectives 2023 to 2026 - GOV.UK International Covenant on Economic, Social and Cultural Rights | OHCHR
The Snail and the Whale - Julia Donaldson
  • 当コラムの見解は執筆者の個人的な意見であり、厚生労働省の見解を示すものではありません。
  • IDES(Infectious Disease Emergency Specialist)は、厚生労働省で平成27年度からはじまったプログラムの中で養成される「感染症危機管理専門家」のことをいいます。