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令和4年度第2回雇用政策研究会 議事録
日時
令和4年5月20日(金)16:30~19:00
場所
オンライン会議会場
厚生労働省 職業安定局第1会議室
(東京都千代田区霞が関1丁目2番2号 中央合同庁舎5号館12階公園側)
傍聴会場
厚生労働省 職業安定局第2会議室
(東京都千代田区霞が関1丁目2番2号 中央合同庁舎5号館12階公園側)
厚生労働省 職業安定局第1会議室
(東京都千代田区霞が関1丁目2番2号 中央合同庁舎5号館12階公園側)
傍聴会場
厚生労働省 職業安定局第2会議室
(東京都千代田区霞が関1丁目2番2号 中央合同庁舎5号館12階公園側)
議事
- 議事内容
- 2022-5-20 雇用政策研究会(令和4年度第2回)
○雇用政策課長補佐 それでは、定刻になりましたので、始めさせていただきます。
ただいまより、令和4年度第2回「雇用政策研究会」を開催いたします。
委員の皆様におかれましては、御多忙の中、お集まりいただきましてありがとうございます。
本日は、鶴委員が御欠席となっております。
また、今回は外部有識者として、法政大学キャリアデザイン学部、梅崎教授を臨時委員としてお招きし、御講演をお願いしております。梅崎委員におかれては、18時をめどに途中からオンラインにて御参加される予定となっております。
また、玄田委員は18時30分をめどに、佐藤委員は18時45分をめどに、途中で御退室される予定となっております。
それでは、カメラ撮影の報道関係者の方は、ここで御退席をお願いいたします。
それでは、議事に入る前に、本日は、Zoomによるオンライン会議ということで、改めて簡単に操作方法について御説明させていただきます。
本日、研究会の進行中は、事務局のほうで委員の皆様のマイクをオフとさせていただきますが、御発言をされる際には、画面下の「参加者」のボタンをクリックしていただき、その後に表示されるポップアップ画面の右下に表示されます「手を挙げる」のボタンをクリックしていただければと思います。その後、樋口座長の許可があった後に、御自身でマイクをオンにしていただいてから御発言をいただきますよう、よろしくお願いいたします。
また、本会議室から御参加いただく皆様におかれては、御発言の前にお名前を名乗ってから御発言いただけますよう、お願い申し上げます。
なお、会議の進行中、通信トラブルで接続が途切れてしまった場合や音声が聞こえなくなった場合など、何かトラブルがございましたら、事前にメールでお送りしております電話番号かチャット機能で御連絡いただきますようお願いいたします。
オンライン会議に係る説明につきましては以上となります。
続きまして、議事に入らせていただきます。
今後の議事進行につきましては、樋口座長にお願いいたします。
○樋口座長 皆様こんにちは。
本日ですが、まず最初に、事務局から資料2から資料4まで説明していただきます。続きまして、山本委員から資料5について説明をいただき、その後事務局と山本委員から説明された内容について、一度自由討議を行います。
また、休憩をとる必要があるかどうかはその都度判断いたしますが、梅崎委員から資料6について説明をいただき、再度自由討議を行いたいと考えております。
それでは、事務局から資料2から4まで説明をお願いいたします。
〇雇用政策課長 事務局、雇用政策課長の溝口でございます。
まず、資料3について御説明いたします。
1ページ目ですけれども、総務省の通信利用動向調査におけるテレワークの定義と企業の導入状況の推移を示しております。
第1回の研究会におきまして、外回り営業もテレワークに含めているなど、テレワークを実施しているという意味が企業によってばらつきがあるという御指摘がございました。総務省通信利用動向調査における定義では、御指摘いただいたような形態もモバイルワークとしてテレワークの定義に入っておりますけれども、その他に自宅で業務を行う在宅勤務やサテライトオフィス勤務といった形態がございます。
こちらの定義を踏まえまして、2ページ目でございますけれども、JILPTの調査からテレワークを実施している企業におけるテレワークの実施日数について、コロナ禍での推移を示したグラフでございます。こちらは、在宅勤務やテレワークを実施している企業に勤める労働者に対して、1週間当たりの在宅勤務やテレワークの日数を聞いたものになりますが、この調査ではテレワークの定義は調査票には特に記載されておらず、単に在宅勤務・テレワークとされているということでございます。個人は、それぞれ在宅勤務・テレワークを実施しているかどうか判断するものになります。
グラフを見ますと、2020年4月の緊急事態宣言の発令後にテレワークを行っている方の割合が高まっており、コロナ禍前の水準と比較すると、足元においても高い水準で推移しております。
3ページでございます。前回の研究会でフリーランスの人数や定義について御質問がありましたので、幾つかの調査の定義と試算人数を整理したものになります。
一番左側の試算を御覧いただくと、定義としては①から④までを対象としております。それでいきますと、462万人ということで本業では214万人と推計されております。ただし、この調査のその後の継続調査はないので、コロナ禍での状況は反映されていないものになります。
4ページ、5ページでございますけれども、こちらは宿題ではございませんが、前回の研究会で事務局から地域の移動の動きについて触れたのですけれども、そのデータをお示ししていなかったので、今回提示させていただくものでございます。
御覧いただくとおり、コロナ禍では東京圏への人口流入が緩やかになっているということで、特に近年増加していた若い女性においても同様の傾向が見られているところです。
次のページの労働者の流入で見ても、コロナ禍では労働移動が控えられていることもございまして、東京圏への労働者の流入は低下しております。
続いて、資料4でございます。資料4は厚労省で取り組んでおりますEBPMの事例でございます。公共職業訓練の効果分析ということでお示ししております。
内容の詳細は御説明いたしませんけれども、2ページにございますが、政府全体でEBPMを進めている中で、直近で公共職業訓練の効果について業務データを使いながら分析したものということでございます。
続いて、資料2でございます。こちらは論点の紙でございますけれども、第1回の研究会で御説明いたしましたとおり、今回の研究会は一昨年に取りまとめていただいた報告書を踏まえ、コロナ禍での変化についてアフターフォローしつつ、コロナ後に予想される人手不足を念頭に置いて労働力供給と労働移動の観点から、アフターコロナを見据えた雇用政策について御議論をお願いしているところでございます。
その際にお示しした資料を前回の御議論を踏まえまして、論点や課題を整理しつつブレークダウンしたものでございます。事務局としては、本日の御議論を踏まえて、第3回に向けてこの資料を整理・肉づけしていく形で、議論の整理、課題の整理をしていきたいと考えております。
1ページ目でございますけれども、これまで雇用政策研究会で構造的課題として指摘されてきた①から⑤について、コロナ禍での変化を中心に前回の御指摘も含めて主立ったところを整理したものでございます。
例えば、①の人手不足については、女性・高齢者の非労働力化や失業期間の長期化、処遇面での課題といったことや、コロナ禍で止まっていた労働移動がコロナ後には一斉始まる可能性があるとの御指摘もいただいたところでございます。
②の働き方の多様化については、非正規雇用に影響が見られるとともに、テレワークの進展により柔軟な働き方ができる労働者とできない労働者の違いが生じているということでございます。
一方で、③のデジタル化と労働生産性で言えば、コロナ禍でデジタル化は進みましたが、企業規模の格差があること、また、④のメンタルヘルスや生活時間との両立の難しさが指摘されております。
さらに、⑤地域間格差もデジタル化の対応や人手不足の課題を指摘されております。
2ページでございます。課題の整理を踏まえた対応の方向性を整理したものでございます。
前回の御議論では、人材の確保や生産性だけではなくて、ウェルビーイングを実現していくことが重要ではないかといった御指摘がありました。その御指摘を踏まえて、赤い部分でございますけれども、内部労働市場については人的資本投資が低いという課題が指摘されていることと、労働者のエンゲージメントが企業業績に影響するということを踏まえて、配置や処遇などの雇用管理とキャリア形成の支援を含め、人材育成をどのように行っていくかを考えていくことが必要ではないかといった整理をしております。
緑色の部分ですけれども、外部労働市場でございまして、こちらはコロナ禍後に労働移動が再び増加する可能性がある中で、労働者が質のよい雇用機会を得て、企業が必要な人材を確保できる労働力需給調整機能を高めていくことを考えていくことが必要ではないかといった整理をしております。
続いて、3ページ目でございますけれども、方向性を踏まえた課題の整理でございます。
左の赤い部分が1ページ目に対応しているところでございます。真ん中の列が内部労働市場、右側の列が外部労働市場に分けております。それぞれの記載事項で青い◆になっているものにつきましては、これまでの研究会で御指摘があった課題や事務局から提出した資料に示した課題を整理しております。緑色の■でございますけれども、この後、山本委員や梅崎臨時委員の御説明を踏まえて、深掘りができればと思っている部分でございます。
これが全ての課題というわけでもないですけれども、アフターコロナを見据えた際に、こういった課題があるだろうということで整理させていただいております。追加・修正すべき点なども御指摘いただければと考えております。
中身につきましては、細かいので割愛いたしますけれども、特に真ん中の上の部分で緑色のところがあるということと、その下にエンゲージメントの話や人的資本投資の話があるといったところを御確認いただければと思います。
事務局からは以上になります。よろしくお願いいたします。
○樋口座長 ありがとうございました。これまでに皆様からいただいた宿題も含めて説明をいただきました。また今後まとめていくに当たって、今、議論になっているところ、さらには深掘りしなければならない点について説明いただきました。これらについては、後ほど一括して議論していただきたいと思っております。
続きまして、資料5に基づきまして、山本委員からアフターコロナに向けたウェルビーイングと生産性の両立についてということで説明をお願いしたいと思います。この議題も今、溝口課長から説明のありました今回のテーマの1つに挙がっておりますので、ぜひ深掘りをさせていただきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
では、山本委員、お願いします。
〇山本委員 慶應大学の山本勲でございます。よろしくお願いします。
ウェルビーイングについて何でもいいので20分くらいお話をしてほしいという依頼がございまして、何をお話ししていいのかよく分からなかったのですけれども、最近行っている研究を幾つかかいつまんで御紹介するということで議論の材料にしていただければという目的で、今から20分くらいお話をさせていただきます。
大きなストーリーがあるわけでもなく、4つほど研究を紹介します。
ウェルビーイングというのは、様々な使われ方がしていまして、医学部だと健康だったり、心理学だとユーダイモニアとか、経済学ですと効用ということだと思いますけれども、恐らく雇用政策研究会で注目しているウェルビーイングというのは、これまでの賃金や所得ではなくて、幸福感や満足度とかエンゲージメント、あるいはメンタルヘルスといった非金銭的なウェルビーイングなのだろうと想定しまして、そういったウェルビーイングのコロナ後の動きやテクノロジーとの関係あるいは生産性にどういう影響がありそうかなどについて、お話をしていければと思います。
まず最初が、コロナ前後でウェルビーイングが変わったのではないかということで、ウェルビーイングにかかわらず、ウェルビーイングに関係しそうな働き方、恐らくコロナ前後での一番大きな変化は在宅勤務の普及だと思いますけれども、それが所得階層で見てみると、高所得層ほど普及が顕著だったというデータがあります。それに関連しているのがワークエンゲージメント、これはユトレヒト大学の尺度ですけれども、これを見ると高所得層で相対的によくなっている可能性が見えてきている。在宅勤務がいろいろなショックへの対応をしやすくするというレジリエンスを高めるものと考えると、レジリエンスに格差があって、その格差が所得格差と連動しているような形で生じているという解釈ができるかと思います。それに伴ってウェルビーイングの格差も生じているのではないかという問題意識がございます。
こうした傾向は、ほかのデータを使っても見ることができまして、これはリクルートワークスの全国就業実態パネル調査のデータを使って、玄田先生、萩原さんの編著で出版していただいた本の1章に含めているものですけれども、横軸が所得のパーセンタイルのランクになっていて、右に行けば行くほど所得が高いのですけれども、縦軸が仕事の柔軟性という幾つかの項目を束ねて得点化したものですが、これを見ると、やはり所得ランクが高い人たちでじわじわと高まっているということで、どうも所得の高い人がいい働き方をするようになってきて、それがウェルビーイングにもつながっている可能性があることが見てとれるかと思います。
そこでまた、2つ前の図をつくりました。これはJHPS(日本家計パネル調査)用パネル調査ですけれども、そのデータを使って多変量解析を行ってみて、ワークエンゲージメントが所得階層によってどう変化したかで、コロナ前後の変化を被説明変数にして見てみると、所得階層の高いところで顕著によくなっていると。
一方で、レジリエンスと呼んでいますけれども、在宅勤務の日数や実施しているかどうかがウェルビーイングを高めることが分かってきています。これらの変数を入れると、少し所得階層の係数が小さくなったり、有意性が低くなったりしているということは、どうも所得の高い人ほどレジリエンスを高めて、それによってワークエンゲージメントが高まっている可能性もあることが言えるかと思います。
別のウェルビーイングの指標として、勤め先への満足度・愛着度の変化、従業員エンゲージメントと定義してみると、それも所得階層の高い人たちが相対的に高めていて、レジリエンス指標が入ると、むしろそっちのほうが要因として残って、所得階層が消えるというのも見えています。
今のことで言えるのは、働き方の格差が生じていて、それによってウェルビーイングが変わってきているところがあるということで、アフターコロナを見据えても、働き方がウェルビーイングに影響を与えるのではないかということが言えるかと思います。
ウェルビーイングに影響を与えるものとして、もう一つ最近行った研究が、新しいテクノロジーの活用がございます。これも日本家計パネル調査を使ったものですけれども、職場でAIやロボット、RPAが導入されていますかということを回答者に聞いて、ここは捉え切れていない部分も労働者の回答なのであるのですけれども、認識している範囲では、例えばAIだと5.7%は導入していると回答している。導入の計画があるとか検討しているというところまで入れると、1割ぐらいが何らかの形でAIに関係していそうだというのが分かってきています。
この指標をAIエクスポージャー、職場でこういうテクノロジーが導入されていると、その人がAIの影響を受ける可能性が高いとみなそうということで、このAIエクスポージャーの度合いをほかの研究の、例えばアメリカのWebをつくったAIエクスポージャーと比較してみると、職業別に見ると比較的似たような動きをしているということで、このAIエクスポージャーによっていろいろなものがどう変わるのかを見てみました。
これはシンプルな図になりますけれども、AIを計画や何もなかったところから導入した人たち、何もなかったところが計画するようになった、ずっと何もないと3つに分けて、それぞれに応じて賃金や労働時間、主観的生産性、ワークエンゲージメントの変化をグラフにしています。これを見ると、導入したことによって賃金がよくなったり、高くなったり、労働時間が減少したり、主観的生産性はウェルビーイングの一つだと考えられると思いますけれども、ワークエンゲージメントがよくなるというところが見られています。
このことを回帰分析でほかの要因をコントロールした上で見てみると、確認したような傾向が見られると。ワークエンゲージメントはほかの要因をコントロールすると有意ではないのですけれども、ほかの指標に関してはもろプラスの影響がありそうだと。つまり、テクノロジーの活用によってウェルビーイングが高まる可能性があるのではないかと。
その背後にあるものとして注目されるのが、タスクの変化になります。これは抽象タスクと言って、ルーチンではない、考えて仕事をするようなタスクの多さを図っているのですけれども、その変化を見ると、AIなどを導入した後に抽象タスクを多くするようになってきているということで、機械導入によって機械にできる仕事は機械に任せて、より高度なタスク、いわゆるタスクトランスフォーメーションといったものが起きているというところも注目できるのかなと思います。
そのほかもいろいろなアウトカムに対する影響やほかの変数、例えばITスキルが高いかどうかといったこととの関係も見ているのですけれども、総じてウェルビーイングにプラスの影響がどうも新しい機械導入にはありそうだということが言えます。
一方で、雇用状態の変化に関しても、継続雇用、無業化、自営業化といったものへの影響を多項ロジットで見てみたのですけれども、明確な関係性はどうもなさそうだと。やはり、まだ雇用への影響は生じていなくて、むしろ今AIなどの新しいテクノロジーに接している人は、プラスの影響のほうが出てきていると言えるのかなと思います。
続いては、ウェルビーイングと生産性の両立が可能かどうかを検証したもので、こちらは経済産業研究所のディスカッションペーパーとして昨年出したものになりまして、ウェルビーイングの中でもポジティブメンタルヘルス、ワークエンゲージメント(ユトレヒト尺度)、シャウフエリ先生というのはそれをつくった人で、島津先生はその日本語版をつくった人ですけれども、彼らと一緒に研究しています。
エンゲージメントが高まると業績がよくなるという研究は実はほとんどなくて、似たようなものは、鶴先生がこの間、日経の「経済教室」に書かれていましたけれども、日経Smart Workプロジェクトという日本経済新聞社のプロジェクトで、上場企業のデータを使って少し分析してみると、ワークエンゲージメントの低い企業、高い企業で分けると、高い企業のほうが業績がよさそうだという相関関係が見えてきているのですけれども、まだまだ検証が足りていないということもあって、この利益の分析では大手小売業1社のデータを提供してもらって、それを解析したということなります。その会社では年に1回、従業員満足度調査を行って、そこにワークエンゲージメントを入れてもらって、売り場ごとに売上高が見えるので、それを業績指標と見て表にしました。
その結果が13ページにあるものですけれども、ほかのものをコントロールした上で、ワークエンゲージメントは売上高、これは小売業なので予測対比の前期比を見るのがいいということで、それに対する影響を見ているのですが、平均値で見てワークエンゲージメントが高まると売上高がより高くなるという傾向が見えています。
さらに、変動係数を入れてどれくらいワークエンゲージメントがばらついているか。この変動係数というのは、売り場の中で従業員のワークエンゲージメントがどれくらいばらついているかを示すものですけれども、それがマイナスで有意になっていまして、ということは平均的にエンゲージメントが高いと業績がいいのですけれども、一部の人がすごくエンゲージメントが高くて、ほかの人がよくないといった状況では、むしろ業績は悪くなってしまうということが変動係数で見ても標準偏差で見ても見られるということで、温度差がなく、全員が生き生きと働いている状態がいいのではないかというのが見えてきていると言えます。
ワークエンゲージメントの売り場での変動が、ほかのアウトカムとどう関係しているかを見てみると、個人で答えてもらった主観的な指標ですけれども、チームワークのよさを示した指標です。これがマイナスの相関を持っているので、ワークエンゲージメントにばらつきがあるとチームワークがよくないとか、結束力がないといったものと結びついていて、それが先ほどの結果につながったのではないかということが言えるかと思います。
最後に、ウェルビーイングの中でもエンゲージメントではなくて睡眠に特化して、睡眠というのは健康状態の代理指標とも言われていますけれども、睡眠と働き方、生産性について御紹介します。これは日経スマートワーク経営研究会での分析になりますが、使われたデータが上場企業のデータなのですが、日経スマートワーク経営調査というものを上場企業に対して行っていて、その調査のデータを基に表彰しているのですが、スマートワークというのが生産性を高めながら働き方改革をしていくという状態を目指しているというものですけれども、そこでスマートワーク経営調査という上場企業対象のデータ、これはパネルでやっております。それに加えて、上場企業に勤務する正社員に対して1万人サンプルの調査も並行して行って、そのデータも使っています。その調査は勤務先の上場企業の名前を聞いているので、同じ企業に勤めているかどうかが分かると。さらに、このスマートワーク経営調査とマッチさせれば、企業調査ともリンクできるというエンプロイヤー・エンプロイー調査データとして使えるという特徴がございます。
まず、労働者のデータを使って、睡眠時間の年齢層別、男女別の違いを見てみました。上場企業に勤めているというものだったりサンプルの偏りがあるとよくないので、厚労省の国民生活栄養調査との比較も行っています。それが青色。赤色がビジネスパーソン調査という分析に使ったデータですけれども、棒グラフが平日の睡眠時間になりまして、公的統計との違いはあるのですけれども、そこまで顕著ではなさそうだというのが分かります。むしろ、年齢層別、男女で結構違うところが見てとれます。点については、睡眠の質を表していまして、非常にざっくりとしたものですけれども、回答者に睡眠の質のよさを1から10の10段階で答えてもらっています。それを見ても男女別、年齢階層別に違いがあることが分かってきました。
こういう違いがあるので、どの企業に勤めているのかが分かるので、企業ごとに睡眠時間や睡眠の質の平均値を取っても、たまたま50代が多いとか、女性が多いという回答者のサンプリングの問題でバイアスがかかってしまう可能性がある。そのあたりを解析で調整した上で、性別や年齢層の影響を受けない形で、かつ、1企業当たり5人以上の労働者がいるサンプルのみを使って、企業ごとの睡眠時間の平均値を分布にしています。これで見て分かるのは、睡眠時間が比較的短いということと、企業が違うだけでかなり差がある。10%と90%の分位点で見ると、約1時間ぐらいの差があるという結果が出ています。
睡眠の質で見ても同じように、10段階のうちの上位10%と20%で2段階ぐらい差がありそうだとなって、働いている企業が違うだけで睡眠のとり方が大分違っている。
なぜそうなるのかを結果だけ抜粋したものですけれども、回帰分析を使って見ると、働き方がかなり有意に影響があることが分かってきました。例えば、残業時間、通勤時間、これは個人で見たもの。企業の平均労働時間で見ても、そういったものは睡眠時間とマイナスの相関関係がある。休暇については増えると睡眠時間が長い。コロナ禍では在宅勤務をとっていると睡眠時間が長い。人材マネジメントについて仕事の目的や役割が明確であると答えている人ほど睡眠時間や睡眠の質もいい。ダイバーシティに関しても、正社員女性比率が高いと睡眠時間が長いといった傾向が見えてきています。
影響の度合いとして、残業時間に関しては、企業の平均労働時間をIVとして、因果的な効果を見てみると、月10時間残業時間が長いと睡眠時間が平日で11分、これを長いと見るか、短いと見るかというのはまた別問題かもしれませんけれども、月当たりに直すと約4時間長いという影響が見てとれます。
次に、企業別の平均睡眠時間がとれたので、これが業績との関係があるのかを図で確認してみました。見てみると、横軸が睡眠時間を5分位に分けて、それぞれの利益率の平均値を並べてみると、どうも睡眠時間が長い企業ほど利益率が高いという相関があって、その状態が1年後の利益率を見ても、2年後の利益率を見ても続いてみられると。睡眠の質で見ても似たような傾向があることが分かってきました。
それを今度は回帰分析してみると、OLSで見ると睡眠時間と利益率は相関があって、特に4分位5分位あたりが影響があるということですが、企業データはパネルで使えるのでサブモデルを取ってみて企業の異質性を除去していると。なので、常に業績がいいから睡眠時間が常に長いという意味での逆の因果性は排除できてきます。それで見ても、睡眠時間は利益率を高める傾向があるという結果が出ていまして、上位10%の企業と下位20%の企業を比べると、ここでの利益がROSなのですけれども、1.8~2程度高いという結果が出ています。
睡眠の質についても、似たような傾向が見られているということです。
こうした結果は、今回睡眠で見たのですけれども、これまでにもメンタルヘルスが業績に影響を与えるのではないか、健康経営の実施が業績に影響を与えるということを示してきたのですけれども、かなり整合的な結果かなと思われます。
最後に、RIETIでやった別の研究で、健康経営の表彰をする健康経営度調査を使って健康施策が健康アウトカムに影響を与えて、それが業績に影響を与えるという解析もしてみたのですけれども、それを見ると、健康経営施策の中でも経営理念に関する施策が充実すると業績がよくなるという結果が出てきています。
その内訳、施策を行ってなぜ業績がよくなるかというと、健康経営に関する施策なので健康アウトカムがまずよくなる可能性がある。そこを見てみると、検査の受診率が高まるのもあるのですけれども、健康診断の結果の問診結果で見た、非常に簡便な健康アウトカムですけれども、ここに実は十分な睡眠者率も含まれるのですが、そこがプラスに改善するという影響が出てきていて、問診結果スコアがよくなると業績がよくなるというつながりが確認できました。
睡眠と企業業績、一見するとあまり関係なさそうに見えるかもしれませんけれども、睡眠がよくなると、個人の健康を改善して個人の生産性が高まることは、組織・企業についても言えることなのだろうなということが見てとれます。
ちなみに、健康アウトカムあるいは睡眠をよくするには、RIETIの研究では健康経営理念に関するものがよかったということで、そこにどういう変数が入っていたかというと、健康経営度調査で従業員の健康保持増進についての明文化があるかどうかや、30ページに列挙したような項目を使っています。これらが平均的に高まると健康がよくなって業績がよくなるということが出てきまして、そうしたことを意識した経営も必要になるのかなということが言えると思います。
私からは以上になります。
○樋口座長 どうもありがとうございました。
前回の雇用政策研究会の取りまとめで、当面の労働市場あるいは労働政策の目標ということで、1つは、企業における生産性の向上をいかに図っていくのか、企業の競争力をいかに高めていくのか。それと並んで、そこで働く個々人のウェルビーイングを高めるというのを政策目標として掲げたわけですが、それを具体化する上でどのようなことをしていけばいいのかということで、今日は山本先生にそのお話をしていただいたことになるかと思います。
事務局の説明も含めまして、あるいは今ありました山本先生のお話も含めまして質疑をしたいと思いますが、どなたからでも結構ですので、発言のある方は発言ボタン「挙手」を押していただくと分かりますので、そのようにしていただけますでしょうか。どうぞよろしくお願いいたします。
それでは、宮本さん、お願いします。
○宮本委員 大変触発的な御報告ありがとうございました。いつも山本先生のお話、雇用政策研究会の中で勉強させていただいております。
この後議論が深まっていくとちょっと違和感があるというか、浮いてしまう質問かもしれないので先に聞いてしまおうと思ったのですけれども、ウェルビーイングってどう定義すればいいかということです。どちらかというと社会保障論というか福祉論というか、そちらの分野の言葉だと思っていたのですが、最近、経営学などでもこの言葉がよく使われるというのは何となく了解しております。大学1年みたいな議論になってしまうのですけれども、科学的管理法とか人間関係論の分野あるいはポストフォーディスムみたいな分野で、職場の満足度だとかやりがい、充実度というようなことが言われてきて、そこと関わるのかなと思ったのですけれども、エンゲージメントという言葉が熱意だとか没頭というところをカバーしているので、どうもそれ以外のところに関わるらしいと。そうなると、どういうことをこの言葉から受け取ればいいのだろうかということです。
社会保障論とか福祉論でのウェルビーイングとは違うわけで、まず1つは、再分配というのは関わっていないのだろうと思います。自ら職場でアクティブであることに関わっているということだと思います。そうなると、具体的に何をエンゲージメントと区別して想定すればいいのだろうか。これは山本先生にお伺いするのは筋違いで、山本先生御自身もちょっと戸惑いつつそういうテーマを振られたとお話を始めておられたので、事務局にお伺いするべきか、事務局が労働力供給の確保とウェルビーイングの実現が今回の雇用政策研究会のテーマの1つであると言っておりますので、そうなってくると、報告書などにも当然盛り込まれるし、突っ込まれやすい言葉なのかなと思って、どう定義すればいいかと思いました。
今日、実は山本先生のお話を伺って、一つヒントなのかなと思ったのは睡眠との関係で、よく寝ておくとしっかり働けるという話なのかなと思っていたのですけれども、必ずしもそうではなくて、職場でいい働き方ができてすっきりするとよく眠れるという関係もあって、要するに、ワークのライフに対するポジティブなフィードバック、メンタルヘルスもそうかもしれません。だとすると、この分野でのウェルビーイングの独自性が抽出できるのかなと思ったのですけれども、繰り返しになりますが、エンゲージメントと区別したウェルビーイング、特にライフとの関係で考えていった場合、主観的幸福一般だとしてしまうと誰も反対できないけれども、それに対する手だても具体的には取りにくいということになると思うのですが、ここで抽出したウェルビーイングはどう定義され、具体的にどういう手だてがその改善のために想定できるのか、そのあたりもし御示唆いただければと思います。
以上です。
○樋口座長 どうしましょうか、今のと関連するような御指摘・御質問がございましたら、お願いしたいと思いますが。もし、よろしければ山本先生からお話ししていただいてと思います。
○山本委員 ありがとうございます。御指摘のとおり、ウェルビーイングは非常に分野によっても使い方・定義が違うと思っておりますので、確かに報告書などで使うときに定義しておいたほうがいいのかなと思っています。
OECDのベターライフインデックスを見ると非常に広くて、金銭的なものも非金銭的なものも含めて指標化しようとしていたりして、私が今進めている研究などでは賃金や所得とは線引きして、そこもウェルビーイングになるのでしょうけれども、そうではない非金銭的なところでの主観的構成をウェルビーイングとして捉えようとしているというのがありますが、いずれにしても雇用政策研究会でどうするかというのは事務局に御発言いただいたほうがいいのかなと思います。
○樋口座長 事務局の意見をということですが、私は事務局ではないのですが、私が考えて事務局にプッシュしたところがありますので、その点、私から考えを申し上げたいと思います。
まさにおっしゃるように、はっきりとウェルビーイングというのはこうですという定義をしていませんで、むしろ、私の場合は広く捉えてみたらいいのではないかと。といいますのも、例えば、働き方改革がありますが、何のために働き方改革をやるのか。働きやすい状況をつくって、労働供給を増やすことも経済的にはあるかと思いますが、一方において、働く人たちの経済学で言うところのユーティリティー、効用を高めることが本来経済成長の目標であるのではないかと思っているところがあります。生産性ばかりではなくて、そういったものが結局は将来的に国民のウェルフェア、ウェルビーイングを高めるという意味で使っていただいたところがありまして、そこについては金銭的・非金銭的を逆に区別していないことがあるかと思います。まさにOECDが使っているような意味で私は使わせていただきました。
といいますのも、ここのところ賃金の引き上げについて日本はなかなか進んでいないことがある一方において、労働時間の短縮あるいは働き方の多様化、柔軟性については、ある程度進展してきていることがございまして、それを統合的にどういう視点から見たらいいのだろうか。両方を進めることがユーティリティーを高めることにつながると思いますけれども、統合的に考えてみたら人々の満足度、時には意欲あるいは働きがいもあるかしれませんが、そういったことを高めることになるのではないかということから、この言葉を使わせていただいたところがあるかと思います。これはある意味では、ワーク・ライフ・バランスの議論にもつながりますし、あるいは労働時間の短縮も一体どこまで短縮すればいいのか、あるいは何を短縮することによって人々は得られるのだろうかということを考えたときに、短縮自身が目的というよりも、今の健康の話やものを向上させること、逆に労働時間が長いことによって、それを阻害しているということを除去しなければならないことから、その言葉を使わせていただいたということで、むしろ皆さんからその定義をどうするかについて御議論いただいたらよろしいのではないかと思っております。
事務局から何かありますか。いいですか。
むしろ宮本先生、何かありましたらいかがでしょうか。
○宮本委員 よく分かりました。私は、今の座長のお話を承って、やはりワーク・ライフの関係の問題が大事なのだなということで、あながち自分の受け止め方は間違っていなかったと思いました。どうもありがとうございました。
○樋口座長 佐藤先生、いかがでしょうか。
○佐藤委員 中央大学の佐藤です。山本先生、いつも勉強させていただいて、どうもありがとうございます。RIETIの論文などを読ませていただいています。
スライド5なのですけれども、1つは、我々は人事関与でワークエンゲージメントを議論するのですけれども、御存じのように仕事への熱意、活力、没頭、多分これで測定されているのだと思いますが、働き過ぎ、バーンアウトとのボーダーラインがすごく難しくて、ワークエンゲージメントが高いと企業にとってもプラスかも分からない。もしかすると、バーンアウトみたいに働き過ぎになる可能性もあるわけです。でも、これを見ると、週60時間以上ダミーをコントロールすると、労働時間が長くなるとマイナスになってしまうんですよね。なので、そういう意味では、ワークエンゲージメントを高めながら、かつ長時間労働にならない施策を同時にやらなければ駄目だということなんですよね。その辺のバランスをどう考えるかが1つです。
もう一つはレジリエンスですけれども、レジリエンスはいわゆる心理学などで言う困難への対応力でいいですか。
○山本委員 いえ、ここは個人のベースというよりは企業のということです。個人の精神的な心理学での対応力だけではなくて、ショックに対して働き続けられるとか、職を失わないで済むとか、そういった意味でレジリエンスを使っています。
○佐藤委員 何で在宅勤務のところに入っているのかなと思ったので、くくってあるところはレジリエンスでいいですか。何となく我々が使うレジリエンスとは違うということですね。
○山本委員 レジリエンスも多分使う分野によって異なると思いますけれども、心理学でのレジリエンスは違います。
○佐藤委員 ただ、ここでは在宅勤務の日数とダミーで代理変数を使っているという理解でよろしいですか。
○山本委員 そうです。
○佐藤委員 そうすると関心があるのは、多分柔軟な働き方みたいなことができるとワークエンゲージメントが高くなるということですよね。他方で、在宅勤務もそうですけれども、特にテレワークみたいになると、仕事と仕事以外の生活の境界がボーダレスになって長時間労働になるという議論もあるので、そうするとよく分からないのは、(5)のモデルにレジリエンスを入れるとどうなるのかなというのが気にはなって、もしあれば教えていただければ。その2つです。
○樋口座長 山本先生、いかがでしょうか。
○山本委員 今の点は、両方入れたのはまだやっていないので、やってみたいと思います。
1点目をもう一度お願いできますか。
○佐藤委員 長時間労働を抑制する取組と同時にやる必要があるのだろうということでいいですかという話です。
○山本委員 おっしゃるとおりだと思います。バーンアウトとワークエンゲージメントの指標は尺度としては違うものですけれども、それでこそ多分、60時間以上ダミーが負に有意というところが表していて、どんどん働いて燃え尽きてしまうような働き方はよくないということだと思いますので、バランスが大事というのはそのとおりだと思います。ありがとうございます。
○樋口座長 佐藤先生、よろしいですか。
○佐藤委員 ありがとうございました。
○樋口座長 佐藤先生がおっしゃっているのは、在宅就労が増えればそれによって必ずしもウェルビーイングが高まるわけではないと。そこについて労働時間の問題をセットで考えていかないといけないのではないかということですね。
○佐藤委員 そうですね。1つは、在宅勤務については、最近、私たちはバウンダリー・マネジメントで仕事と仕事以外をどう個人がマネジメントできるかとか、長時間労働は会社の支援もあると思いますので、そういうものとセットでやらないと、ウェルビーイングを高める取組がもしかすると働き過ぎみたいなことにもなりかねないかなということだけです。
○樋口座長 それと、在宅であれば基本的に通勤時間は節約できるというようなところで、労働時間が同じであったとしても自由時間は増えるところもあるということだろうと思うのですが、それでよろしいでしょうか。
では、ほかにいかがでしょうか。大竹さん。
○大竹委員 ありがとうございます。テレワークとかがエンゲージメントを増やすということがはっきり出ているのですけれども、マイナスの局面が先ほど佐藤さんがおっしゃったこと以外にもあるような気がします。例えば、新入社員の訓練がしにくくなっているとか、そういうところで顔を合わせないから孤立化するとか、孤独になるという側面もあるようにも思うのですけれども、そこにはあまり注目しなかったのか、そういう側面はあまり出てこないものなのかを教えていただければと思います。
以上です。
○樋口座長 山本さん、いかがでしょうか。
○山本委員 御指摘の点、私も気になっていて、今回ここでお示ししたのは、まず見たかったのは所得階層との関連ですけれども、在宅勤務をコントロールすると所得階層、ワークエンゲージメントとの関係が少し弱くなるとしたら、働き方が関係してきているのかなということで在宅勤務を入れたのですが、すごくプラスになって、結果的には平均的に見ると在宅勤務をしているほうがワークエンゲージメントが高まるという結果になっているかと思います。
ただ、別の分析で、在宅勤務をやることによるストレスや主観的な生産性というのは人によって大分違うということで、やった分析は即座に緊急事態宣言中に在宅勤務に移行して、その後すぐに戻ってしまったような人たちと、ずっと続けてやった人たちで、緊急事態宣言中のメンタルヘルスなどのウェルビーイングがどう違うかを見ると、緊急事態宣言が明けて通勤勤務に戻った人たちは、むしろ無理やり緊急事態宣言中に在宅勤務することによってマイナスの影響が出てきていると。恐らくそれは環境が整っていないとか、向いていない仕事だったということがあるかと思いますが、負の側面も在宅勤務にあるのは確かだと思っていますので、一概に在宅勤務をするべきというよりは、負の影響が出ないような環境を整えて在宅勤務を導入する、あるいは推奨することが大事なのかと思っています。
○樋口座長 ありがとうございます。
荒木先生から事務局へヒアリングをした際に、日本ではOJTが中心で人的投資、能力開発をやっていると。その点、それを数値化することはできないのかと。OJTがどれだけ人的投資になっているのか、あるいは個々人あるいは企業によってどのように違っているのかを数値化することを通じて、本当に日本では人的投資が少ないのかどうか。これは、経団連からも要望という形で出ているのですが、そういったところについて考えていく必要があるのではないかということで、これは最後のまとめで次回にでもお話しさせていただきたいと思っていたのですが、果たして今の在宅就労あるいはテレワークが能力開発、特にOJTを減らすというところ、新入社員を中心にということで大竹先生から話がありましたが、そういったところに目配りをしていく必要があるのではないかということだろうと思いまして、その点また次回でもお話を皆さんでしていただければと思います。
ほかにはいかがでしょうか。堀さん、いかがですか。
○堀委員 山本先生、大変勉強になりました。どうもありがとうございます。
スライドの14ページについて教えていただきたいのですが、ワークエンゲージメントのばらつきがチームワークを悪化させて生産性に負の影響を及ぼしている可能性があるのではないかという御指摘、大変重要だと思っておりまして、私が若者にインタビューしている中でも、「ワークエンゲージメント」という言葉は使わないですけれども、結局ワークエンゲージメントみたいものが離職に結びついているということを聞くことがよくあるのですけれども、これは職場の単位で分析なさっているわけですが、例えば、離職などに関係している可能性はあるのでしょうか。御教示いただければ幸いです。
○山本委員 ありがとうございます。当然、離職に影響は出てくると思うのですが、ここのデータに関しては離職が明示的にはとれなかったんです。なので、離職の分析はしていないというのがお答えになると。ただ、当然、こういった働き方あるいはウェルビーイングの影響を見るときに、よくあるのはワーク・ライフ・バランスの企業の業績、アウトカムへの影響を見るとか、離職率の先に見られるようなものを張ったりしますので、関係はきっとあるのだろうなと思うのですが、ワークエンゲージメントと離職に関しては、私の知る限りあまり研究は見たことがないです。
○堀委員 分かりました、ありがとうございます。
○樋口座長 黒澤先生、お手を挙げていらっしゃいましたか。
○黒澤委員 すみません、ありがとうございます。山本先生、どうもありがとうございます。大変勉強になりました。
先ほどの話に戻ってしまうのですけれども、在宅勤務日数が若い人とそうではない人でどう影響が違うのか。入社からの勤続年数で分けてもいいのですけれども、見ていただくとそういうものが出るのかもしれないなと思ったのが一つです。
それから、今は在宅勤務・テレワークがどうエンゲージメントに影響を与えるのかという話なので、ちょっとずれてしまうのですけれども、そもそも低所得者層でもワークエンゲージメントは高いという、Uの字になっていることについて、どのように解釈したらいいのかということについてです。4枚目のスライドですと、仕事の柔軟性が実は所得の低い方でも高いということですね。通常柔軟性というのは自分で自律的に柔軟に働く場所や日にちを選択できる度合いが高いことをいいますが、所得が低い、つまり非正社員的な働き方をする方においては、実情を見ると、シフトがギリギリにならないと教えてもらえないといった、柔軟性というのがかなり強制的に雇用主から押しつけられている形で、労働者にとってみると柔軟ではない状態に置かれているイメージもあったのですけれども、どうなのでしょうか。そうではなく、本当の意味で柔軟であって、エンゲージメントも高いと解釈していいのかどうか、そのあたりも教えていただければと思います。
○山本委員 まず、在宅勤務の影響が年齢別に違うのではないかという御示唆は、そのとおりなのかなと気もするのですが、そこは調べていないので今後検証してみたいと思います。ありがとうございます。
それから、所得の低い人たちの仕事の柔軟性に関して、御指摘のとおり、ここの変数は勤務日、勤務時間、働く場所の選択ができるかどうか、あるいは勤務中の中抜けができるかどうかを答えてもらっているので、そういう意味では回答者がどう捉えているかが現れているので、企業から指定されて実質的には選択できないということではなくて、所得の低い人たち、恐らく非正規が多いと思いますけれども、その人たちはむしろ選べると認識しているという解釈になるのかなと思っています。
そういう意味では、正社員で長時間労働してがちがちに働くのが嫌で非正規社員で働いている人が多いということもよく言われますけれども、それを表しているのが2018年の線になるのかなと思うのですけれども、じわじわと高所得層でも柔軟な働き方が浸透してきて、コロナでそれより進展したということで、必ずしも所得高く稼ぐと働きにくいというトレードオフがなくなってきたと解釈できないこともないかと思っております。よろしいでしょうか。
○樋口座長 それでは、阿部先生。
○阿部委員 私の手元に山本さんの資料がないので記憶を頼りに、間違っていたらすみませんが、御質問というか感想めいたものをお話しさせていただきたいと思います。山本さん、ありがとうございました。
最初のほうだったと思いますが、所得階層の高いところでウェルビーイングが高かったり、ワークエンゲージメントも高いという結果だったように思うのですが、これまでも賃金の関係でいうとハイ・ウェイジ・ワーカー&ハイ・ウェイジ・ファームという議論があって、いろいろな属性をコントロールしても高い賃金の労働者はそういった人たちがそういう企業に集まって、結果的に賃金も高くなるような議論があったと思うんですね。所得階層の高い人たちというのは多分高い賃金をもらっている人たちで、そういったところがある企業に集まっていて、そこの企業がワークエンゲージメントを高めていたりすることでウェルビーイングが大きくなって、その結果、また生産性が上がって高い賃金になるとか、そういったことが起こっているのかどうかが結構気になるところです。
もし、それが起こっていたとしたら、政策的な対応をどのようにしていけばいいのかが次の議論になるのではないかと思うんです。最初のほうに多分、宮本先生が再分配があるかないかといった点が結構気になるとおっしゃっていたように思うのですけれども、私もそういう意味では、政策としてウェルビーイングにしてもワークエンゲージメントにしても、再分配機能を機能させるような政策が必要なのかどうかを考える上でも、所得階層ごとのウェルビーイングは結構大事なポイントになるのかなと思いましたということだけです。失礼しました。
○樋口座長 お手元にないということでしたが、今の御指摘は多分3ページの今画面に出ているものに関してということでよろしいですか。
○阿部委員 はい。
○樋口座長 では、山本先生、お願いします。
○山本委員 ありがとうございます。分析上の懸念としては、セレクションが起きているのではないかということなのかもしれないと阿部先生のコメントを聞いて思ったのですけれども、もともとワークエンゲージメントが高いような企業に生産性の高い人、賃金の高い人が集まっていると。その可能性もないことはないのですが、一応このグラフで見ているのは、変化に注目していて、コロナ前はコロナ後の短期間の変化になるのですけれども、そのときに高所得層ほどワークエンゲージメントが相対的に高まったという変化を見ているので、少なくともコロナ前との変化で言うと、必ずしもすごく高所得層の人によりよい循環が生じているということは言えないのかなと思うのですが、結果として高所得層ほど働き方がよくなって、ウェルビーイングもよくなっているということが続いていくと、再分配のような議論も出てくる可能性はあるのかなと思います。
ただ、ウェルビーイングをどう再分配していくのか、そういう意味ではエンゲージメントだったり、非金銭的な部分での格差を、例えば、所得で再分配するのがどう正当化できるのかというところは政策的にも検証が必要ですし、かなりチャレンジングなことなのかなと思ったりもした次第です。
むしろ、格差が生じているのであれば、それを是正するように底上げを図っていくような悪い働き方をしていると、そこに人が集まらないので、そういう悪い働き方をする企業が淘汰されていくということで、格差があることで、その後、平均的にウェルビーイングが高まっていくような流れをつくっていく方向性も必要かなと思ったりしている次第です。よろしいでしょうか。
○樋口座長 この図を見ると、第3階層、中間所得層における2020年から2021年5月の落ち込みが非常に大きいことが見て取れるかと思います。高所得のほうは上がっている、低所得のほうは変わっていない。落ち込みが中間所得層で起こっているというように見えるのですが、そのように考えてよろしいですか。
○山本委員 そうだと思います。
○樋口座長 では、玄田さん。
○玄田委員 山本さんへの質問ではなくて、それを踏まえて感想、特に雇用政策のこれからってこういう方向があるのかなという感想です。さっきから出てきた再分配とか底上げとかボトムアップとはまた違う方向の政策が求められているのかなという印象があったという話で、全体からすると上位層は放っておいてもどんどん状況はよくなっている。ウェルビーイングもレジリエンスも。そこはある意味では政策対応の必要はなくはないけれども、そうなったときに、川上からどう波及促進していくかのほうじゃないかと。川下から上げていくのではなくて、さっき思いついた言葉で言うと、時間差プラス波及促進型の雇用政策みたいなものを考えないとうまくいかないんじゃないか。まずは、上位層にレジリエンスやウェルビーイングを十分に発揮してもらって、それをさっきばらつきと言っていたけれども、すぐ下にどんどんモデルとしても事例としても波及させていくようなことを考えないと、反対から攻め上げるという感じではない気がする。
そういう政策って今まで考えてこなかったので、いわゆる中流の崩壊みたいな議論と近いと思うけど、上側のものがどんどんある意味では変わり始めているので、それを部分にとどめずに、どう中間まで波及浸透させていくのか。そのために、まず上位層で伸ばすところは伸ばさないといけないというのは、従来の政策とは違う方向が求められている感じがする。そういうことも2020年代は意識しないといけないのではないかと、山本さんの全体の図表もそうだし、冒頭の宮本さんの話も含めて思いました。
○樋口座長 ありがとうございました。
1つは、所得と必ずしも企業規模は完全にマッチングしないのですが、大企業の議論ではもしかしたらウェルビーイングが高まったのかもしれない。中堅企業にどう波及していくかというようなこと。
○玄田委員 樋口座長、必ずしも大企業と中小企業の話をしているだけではなくて、それももちろん長期的にはあるのだけれども、今の山本君の話は、どちらかというと同じ職場の中でとか同じ企業の中で、むしろばらつきが大きくなっているような印象があります。もちろん、より長期的に見ると企業間の大企業から中小企業へという、これは比較的従来からあった話だと思うから、職場間の浸透みたいなことのほうがイメージとしてありましたけど。
以上です。
○樋口座長 それでは、もしよろしければ、山本先生の報告あるいは事務局に対する質問はここまでとします。どうもありがとうございました。この研究会で非常に重要なポイントについての報告だったと思います。
玄田さんが拍手していますので、どうぞ拍手してください。ありがとうございました。
続きまして、梅崎先生からお話をいただきたいと思いますが、わざわざありがとうございました。教授会があるところを早く切り上げていただいたということでありがとうございます。
それでは、法政大学教授の梅崎臨時委員にオンラインで御参加いただきまして、早速ですが、資料6の「人的資本投資の観点から雇用システムと雇用政策を考える」ということで、1つのテーマになっております人的資本、新しい資本主義の理論的な武装について、少しお話をいただきたいと思いますので、梅崎先生、よろしくお願いいたします。
○梅崎臨時委員 どうもよろしくお願いします。画面共有させていただきます。
いただいたのは非常に大きなお題でして、私が提供できる情報は非常に限られているかと思いますけれども、私の分野から何か皆様の議論の題材のようなものを提供できればと思っております。
自己紹介も一応書いておきました。労働経済学を専門にしておりますが、広く言いますと、人的資源管理論とか制度派経済学と言っていただいても構わないです。マクロのことではなくて企業内の人事制度の話を御報告できればと思っております。
とはいえ20分程度ということなので、こういう聞き取り調査などをやっている人間はどんどん話が細かくなってしまう傾向があります。短い時間で細かい話をされてもということだと思いますので、幾つか絞って今日の論点をお伝えできればと思います。人事制度の細かい話はせずに、できるだけ概略として大体こんな流れにあるということをお話しできればと思います。
次に、いろいろな論点があると思うのですけれども、私が専門にしているキャリア形成や熟練形成という問題に焦点を当ててお話をします。ほかにもいろいろ人事・労務管理の論点があると思うのですけれども、技能形成、キャリア形成に絞ります。
取り上げる事例も1社のみではなくて、私が知っている中で複数事例を分かりやすく様式化して、こういう事例を見るべきではないかという形で、一つ一つ事例をできるだけ詰め込んでお話ししようと思っています。
先ほど途中から議論に参加させていただいたのですけれども、私の観点から言いますと、すごく分かりやすく結論を言えば、OJTが企業内においても企業外においても全体的に少なくなってきている、もしくは格差があるということです。その格差を埋めるためには、減少した企業内OJTから新しいOJTの体制に移行しないと格差は埋まらない。OJTの機会が失われた人にOFF-JTの機会を与えても、多少の足しにはなるかもしれないけれども、完全に代替することはできないことをお話しできればと思います。お役に立てるかどうか分からないですけれども、最初に、この研究会の報告書を見せていただきまして、少し重なる部分もあるのかなと思っております。
まず、人事制度が今日本はどうなっているのかが非常に悩ましく、多分迷走中だと思うのですけれども、人事制度もしくは労務管理の研究者が今、日本がどう変わっていくかと問うときに、一つの雇用システム論議の起源として、1999年、アメリカで行われたCappelliとJacobyの論争があります。いわゆるこれが始まりで、その論争をずっと続けている。やや日本は遅れてその論争がずっと続いていると理解してよいのではないかと思います。
この論争は、いわゆる長期雇用慣行が残るのか、そうではなくて、もっと雇用は流動化していくのかという議論であったと思います。同じ雑誌の中で議論していますので、最初にCappelliさんのほうが、いわゆるアメリカの内部労働市場がすごく限定的になって、「New Deal at Work」という書名なのですけれども、市場原理に基づく雇用システムに置き換わっていくのだという主張をしました。Jacobyさんは、そこまで大きくは変化しないのだという主張でした。内部労働市場と言い方ではないですが、ウェルフェア・キャピタリズムという人事方針を従業員も多くの経営者もある程度共有しているのだという意見でした。
ただ、アメリカの場合は、時間軸で見てこれからどう変わるかという議論をしていたのですけれども、日本はどうしても二国間の比較になってしまって、アメリカはこうで日本はこうだという議論になりがちであります。7ページは田中博秀さんという方が1980年に提示した図ですが、その後も何度も引用されている図だと思います。これは極端な概念類型ですけれども、左か右かというのが昔と今もしくは昔と未来ではなくて、アメリカと日本という形でどうしても理解されてしまいます。結果的日本では、議論が複雑になってしまうということかと思います。だから、二国間の比較だけではなくて二時点間の比較も考えて、現在の日本を理解する必要性があると思います。
図の上のほうがアメリカの雇用システムだとするならば、ジョブ型の内部労働市場が長い期間をかけてできてきたことを意味します。企業内でキャリア管理する内部労働市場の形成ということになります。それをキャリア型雇用という言い方をしています。労使関係で言えば、アメリカではジョブ・コントロール・ユニオニズムと呼ばれています。
日本の場合は、もちろんジョブコントロールとかジョブ型の内部労働市場はなくて、職能型の内部労働市場が徐々にでき上がって、1970年から80年くらいまでに完成したわけですね。これが恐らくアメリカのほうが先に動き始めて、その後に日本が加わっていくということなので、国際比較は時間軸で見ていく必要性があります。
日本の場合、80年代くらいまでの日本的雇用システムがアメリカに与えた影響はあると思うのですけれども、改良されて導入されていくわけです。例えば、「高業績労働組織」(High Performance Work Systems)というキーワードがアメリカのHRMの教科書などによく出てくるわけですけれども、改善(KAIZEN)とかチームワークを導入しましょうということだと思います。
1990年代ぐらいに入りますと、脱ジョブ型という言い方がアメリカでも出てきて、脱ジョブでタレントという言い方が多くなってきます。職能とは言わないのですけれども、コンピテンシーとかタレントと言っても、属性としての能力をベースにマネジメントしていきましょうということなので、日本企業の職能主義と近いのです。このようにアメリカ企業で少し改良されたものが、逆輸入されて日本企業の中に入ってきていると。
ただ、混乱するのは、同時にジョブ型という古いタイプのアメリカの人事制度が入ってきている。両方が入ってきてしまうので、人事の用語と実態がすごくずれてきてしまう。私が矢印で書いてあるように、今の状況からしますと、市場原理を雇用システムの中にある程度企業内に取り入れていくことは合意されているのですけれども、むしろ人事制度としてはタレントマネジメントという形です。成果主義以降の人の能力をダイレクトに測って選抜や配置をしましょうということをやっているわけです。
特に、雇用の「New Deal at Work」のように市場原理を導入することになると、ほぼ同時代的に、これは労働経済学の分野ではありませんが、キャリア論の中ではバウンダリーレスやプロティアンという、いわゆるキャリア自律という言葉が非常に出てくるんですね。これは少し昔を振り返れば、成果主義のときにもキャリア自律という言葉が出てきていました。ですから、人事制度やヒエラルキーの構造をいじるということと、個人のキャリア意識を変えていこうというのは、ほぼ同時に入ってくる。これは、90年代に日本で起こったことが、今もずっと続いていると考えてもいいのかもしれません。
ただ一方で、市場原理を入れてしまうとどういうことが起きるかも当然指摘されるわけです。それが短期志向になってくるということかと思います。労働市場の流動化や資本市場における短期業績重視ということになってきますと、本来ならば高業績労働組織というチームワークコンセプトなどを担うための企業特殊的な熟練を身につけたであろう人たちが辞めてしまいますので、定着を促しつつ短期で評価していくという、ちょっと矛盾したことが起きてくるのが現状です。
実際、Cappelliさん自身も「New Deal at Work」を書いてから10年ぐらいたった後に、市場だけではうまくいかないよと主張されて、「Talent on Demand」という本になるのです。才能ある人材をどこから採ってくるかといったときに、労働市場で外部採用(BUY)するだけというのは、どうも破綻するよという言い方をされていて、組み合わせ・調整であるという言い方で理想の人事施策を再定義されている。どういう組み合わせが一番いいですかということに関しては、正直言って今の企業の人事実践の中でも混乱した状態で分からないのではないかと。結局、いろいろやっているけれどもうまくいかないというところが実際なのかなと思います。
そもそも引き抜き競争が激しく行われているという状態で、MAKEとBUYの調整、適切な割合というのが果たして達成できるのか。企業は競争していますので、どうしてもBUYに力を入れて、つまり新卒採用と中途採用に力を入れて、MAKEのほうは引き抜かれては困るということで、社会全体としては過小投資になっている可能性があるということが考えられるわけです。
そのような議論を踏まえて、どのような論点があるのかということだと思います。「New Deal at Work」に対する雇用流動化社会に対する批判としては、小池和男先生が2015年に書かれた本の中で非常に分かりやすく説明されています。株式市場、資本市場と労働市場でリンクして短期競争を行っていると、長期的なOJTの利点を喪失するのではないかという主張です。教育は全てそうなのかもしれませんけれども、教育の成果が出るのに長期になってしまう。
もう一点は、教育は測定が難しいということだと思います。企業内でやっていることも測定ではなくて、一種の信頼の予測みたいなことです。彼だったら伸びてくれるだろうというような信頼であって、これをどのくらい伸びるのですか、何パーセント伸びるのですかと聞かれても答えられないでしょう。そんな曖昧なものにはお金はかけられないということになってしまうのだと思いますけれども、長期雇用システムの中では、企業内OJTの機会を生み出すことができていた。つまり、短期競争では、投資しにくいような現状が生まれているのではないかというのが、小池先生の批判だと思います。
それに私のほうで付け加えることがあるとすると、幾つか構造的な問題があって、OJTがなかなか難しくなっている新しい理由があげられると思います。企業内OJTは、本人たちがどう認識しているかも分かりませんので、キャリアの組み方で考えていくと、どこからが投資で、どこからが効果かというのは、普通の調査に乗せるのが難しいのです。けれども、調査で明らかになった事例を幾つか挙げていきたいと思います。
1つは、中途採用者は本当にコア人材化しているのかという問いです。中途採用者をうまく企業内OJTにつなげていくことができているのかという問題ですね。それから、これは事例を挙げていないのですけれども、昔に比べて従業員の高齢化が進むと、仕事を与えるタイミングが遅いことを、遅い昇進とか遅い抜てきと90年代、80年代は言っていたのですけれども、今は遅すぎるのではないかと。抜てきするのが入社20年たってとか。タイミングを間違うとOJTとしては機能しなくなってしまうということだと思います。
それから、非正規化がどんどん進むと、非正規の人だけではなくて正社員のOJTの計画を困難にしていく部分があると。だんだん仕事の経験幅が小さくなってくるという例です。
逆の見方をしますと、転職をしながらある程度キャリアを形成し、企業内のコア人材になっていくことができるのか。実際、中途採用者は統計的に見れば増えているのですけれども、本当に増えているのは意図どおりで増えているのか、企業側は本当にコア人材として採用したくてやっているのか。この問いをJILPTの聞き取り調査で調べました。この図は類型図です。20社という少ない事例なのですけれども、人事担当者にどういうつもりで中途採用をしていますか、意図どおりですかということを聞いてみますと、本当の意味で中途採用者を企業内のコア人材として使おうと思っている企業さんは、かなり限定されているということが言えます。
例えば、たまたま中途人材を採っているけれども、新卒が辞めてしまうから、もしくは新卒が採れないからという企業も多い。本当は新卒が採りたいと言っている企業さんも結構あるのです。
あと、年齢構成がゆがんでいるから50代だけ採りたいみたいなことは、言ってみれば年齢構成をピラミッド型にしたいだけです。長期雇用という日本的雇用システムを維持するためにバッファーとして中途採用がある。
それから、A-3が面白いのですけれども、企業は新規事業を始める時に中途採用を行います。事業を多角化することはあるのですが、そのときに今欲しい人材がいないので、その時点ではBUYしましょうと。でも、10年くらいのサイクルを考えて、あとは新卒に徐々に置き換えるということなんですね。ですから、ずっと中途でやっていきますよ、ではなくて、新規事業立ち上げの数年間だけ必要な人材がある。つまり、いま急ぐので、ということです。
あとA-4は、本当に少数なのですけれども、非常に高い専門性を持っているということです。AIの知識だとか、統計のすごい知識ということで非常にニッチな知識を持っている人ですけれども、数的にはそんなに多くないし、お話を聞いている限りでは、重役などになっていくというよりも、ピンポイントで高所得、希少な専門性で生きていくみたいなことです。
ただ、全ての日本企業が中途採用をコア人材にしていないというわけではなくて、分け隔てなく使っている企業もあります。これはコンサルティング会社になってくる。あと、戦略を立てたり、事業全体を回したりしていくような人材(管理職)が、中途でないと採れないんです。新卒で上がってきた人は、どうしてもそこの能力が獲得できていないので、外から採っていくという企業はありました。具体的には、サービスや飲食の業界で確認できました。
もう一つ、個人の側から見て、転職してOJTのキャリア形成ができるのか。この概念図は、調査としては粗いのですが、私が指導していた社会人大学院生が調べた事実です。転職というのは、当たり前ですけれども、自分がこれまでやってきた経歴をアピールして転職するんです。例えば、人事担当者が、今まで「新卒採用と新入社員教育」を非常に頑張ってきたことを労働市場でアピールすると、転職はできるのですけれども、次の会社でも「新卒採用と新入社員教育」を任されるんです。ですから、将来人事担当者として部長レベルになろうとすると、キャリアとしては一職能の中でもとんがり過ぎてしまう。転職を繰り返すととんがってきて、一企業内である程度定着しないと、部署内でも関連業務まで広げることができるということです。
あと、非正規化がもたらす正社員のOJTの難しさ。これは一事例ですけれども「助走なきOJT」と言えばいいのでしょうか。OJTの場合、ある程度簡単な業務から幅を徐々に広げていって最終的には難しい業務までというのがパターンですが、これは一大学のケースですけれども、どんどん外部化したり非正規化したりしていくと、新卒社員で初めてやる仕事が消滅し、そこそこ難しい仕事にぽんと飛び込むしかないわけです。準備段階がないということです。「周辺から中心へ」というのもOJTのパターンだとするならば、周辺がなくていきなり中心に飛び込むことになる。中心には複雑化した新しい業務がありますので、丁寧なOJTになっていなくて、むちゃぶり的なOJTになってしまう。これでは、OJTに失敗してしまうケースが増えてくる。
これが企業内OJTに関する議論です。ちょっと飛ばして話しておりますけれども、後で質問していただければ。こんな企業ですという情報は出せるかと思います。
政策議論はあると思います。先ほど申し上げたように、OJTがなくなればある種のOFF-JTで補えばいいではないかと。OFF-JTとOJTの代替性の問題だと思うのですけれども、OFF-JTがないほうがいいと私は思っているわけではないのですが、代替性は低いと思います。短期勤続を繰り返していたとしても企業外でOJTの場所が必要であると言えるのではないかと思っております。
続きまして、日本的内部労働市場の問題点を考えます。小池先生の説というのは内部労働市場があって企業内OJTがあり、そのOJTというのは基本的には企業内のキャリア管理によって最も効率的に運営されるのだという説明の仕方だと思います。ただ、この説明の仕方だと例外的な問題が出てくるし、理論的には穴があると思います。それは基本的には2つぐらい挙げられるのかなと思います。
1つは、一般的な部署で、その部署の中の仕事を丁寧にできるようになる。さらに、それ相応の幅を持って部下の仕事をマネジメントできる人材になるというのは分かりやすいんですね。これは知的熟練論と言いますけれども、もともとブルーカラーを対象に考えられた概念です。何かトラブルが起こったらその場で機転を利かせて対処する、ちょっとサポートするということです。ただし今、企業の主軸のホワイトカラーで、なおかつ企業に多大な業績向上を生み出すような人材を考えますと、想定している熟練が違うのではないか。両利きの経営という理論がありますけれども、小池先生の言っているような熟練論というのは基本的には知識の活用であって、ちょこちょこ既存知識を改良していく過程だと思うのです。イノベーションを起こすとか新規事業を起こすというのは、まったく別の能力なのであって、日本の企業内キャリア管理・OJTだけで育つのかどうかは微妙です。
実際、数は少ないと思うのですけれども、転職しながら伸びる人材もいるのかもしれない。恐らく本当に少ない人数だと思いますけれども、少ないから日本の企業は今駄目なんだ、日本経済は駄目なんだというロジックも成り立ちます。何か別のOJTのキャリアパスもあるかもしれないということになるかと思います。
もう一つ事例をして挙げましたものは、私の共著論文で調査した会社なのですけれども、1つの会社に2つの人材がおりまして、1つは戦略コンサルタント、1つはスタッフ人材なんです。そして、異なるOJTの仕組みをとっています。戦略コンサルタントに関しては30歳ぐらいで化けなくては駄目だと。30歳ぐらいで能力の壁みたいなものがあって、これを乗り越えなくてはいけないので、プロボノ活動を推奨しているのです。プロボノは何でもいいのですけれども、別の業界を見てそこで仕事をしてこいという育成方式なんです。
知的熟練論は、易しい仕事から難しい仕事、周辺から中心にというOJT育成です。1つの仕事から関連する複数の仕事へ、つながっているものを固めていくという感じなのですけれども、このようなプロボノにあえて飛び込ませるやり方は、もともとまったく違った仕事をさせるということなんですね。そこで生まれる矛盾や葛藤というのが結果的には学びになっていきます。ですから、今はやっている言葉で言えば、越境学習とは、違ったものにあえて飛び込むと学習なのですね。また、エンゲストロームという人が拡張的学習モデルということを言っているのですけれども、あえて矛盾を突きつけて成長する方法と比較しますと、関連業務だけを回していること自体が能力の停滞を生んでいるのではないかという問題が出てくるわけです。これは非常に難しいことだと思います。
最後に、まとめに入らせていただきます。分かったこと、分からないことです。
まず、多くの人材にとっては企業内OJTの効率性はいまだ高いと言えると思います。ただ、量的には、そのOJTの機会は縮小しているかもしれないということです。
一方で、少数だけど優れた人、イノベーション創出人材を考える必要性もある。それは従来型の周辺から中心へ、関連性の高い仕事へということではない形の仕事の振り方が必要で、拡張的学習が起こらなければならない。
ただ、ちょっと注意していただきたいのは、拡張的学習はどんどん転職しろということではなくて、企業内のキャリア管理の中でも、あえて違うところに飛び込ませることでもいいんです。例えば、関連会社に飛び込ませることで横断的なジャンプが起こることもありますので、転職すればいいということではないと思います。
もう一点は、横断しすぎて失敗するという問題はあると思います。横断というのはかなりリスキーで、横断したことによって成長する人と失敗する人がいます。この辺は多分今後の研究すべき課題なのかなと。関連と横断をうまく組み合わせてオーダーメードしてOJTをつくっていく必要があると思っています。
このような企業内・外を飛び越えたOJTのパターンを踏まえた上で人材育成の支援づくりをしていくことが必要ないのではないかというのが、私の報告になります。
以上で終了します。御静聴ありがとうございました。
○樋口座長 どうもありがとうございました。非常に勉強になりました。労働市場の流動化論なんて、そう簡単に議論することができるものではないということになるかと思います。
それでは、皆さんから御質問・御意見をいただきたいと思います。
清家さん、お願いします。
〇清家委員 梅崎さんの報告、本当に一々うなずいて聞いておりまして、とてもすばらしい御報告だったと思いました。ありがとうございます。
OJTというのは人的資本投資なのですけれども、結局ボトムライン、つまり考える際の一番基本的なポイントは、誰がコストを負担して、そのリターンを誰がとるかということなのだろうと思います。あるいはもう少し正確に言えば、企業と個人でコストをどのように分担して、リターンをどのように分け合うかということではないかと思います。ベッカー的な解釈かもしれませんけれども。
私は1980年代前半に、島田晴雄先生のカバン持ちでアメリカの雇用調整分析のヒアリングをやったのですけれども、そのときに非常に印象的だったのは、御承知のとおりアメリカは、もともと大企業のホワイトカラーはほとんど終身雇用でして、学卒採用で企業内で育てて昇進させるという、日本の今の大企業の仕組みと同じだったわけですけれども、そのときにアメリカの大手の企業の人事部のマネジャーが、自分は今までさんざん、いわゆるノンエグゼンプトと呼ばれるブルーカラーの人たちのレイオフとリコールをする仕事はずっとやってきたと。景気変動に応じてノンエグゼンプトはしょっちゅうレイオフされるわけです。しかし自分たちのようなエグゼンプトのホワイトカラーがレイオフされるなんてことは一度も考えたことはなかった。けれども、ようやくここにきて、まさにあなた方日本などがいろいろと競争を仕掛けてくるので、ホワイトカラーの雇用まで危うくなりましたという話を聞かされました。
そこにCappelliの話につながってくるわけですけれども、それまで大企業がコストをかけて育ててきた人が労働市場に出てくることになってしまったので、コストを今まで負担できなかったような企業がパッとそれを採ることができた。つまり、フリーライドすることができるようになったということで、ここでいわゆるCappelliの言う、MAKEとBUYのBUYが企業にとって結構おいしいという状況がアメリカで出てきたわけです。ただ、それはどんどん景気がよくなると、今度は今いる人をとどめておくために賃金を高くしないといけないことになりますから、企業にとってもそんなにおいしい話ではなくなってきたというのが、Cappelliが「New Deal at Work」から「Talent on Demand」を書くまでに至る経緯だったと思うのです。そこで私の質問というか、これは梅崎さんも当然お考えになっていることだろうと思いますけれども、そのときにコストを誰がどういうふうに負担し、そしてリターンをどのようにとっていくか。例えば、完全にジェネラルな、どこでも役に立つような能力の形成については、企業はコストを負担する動機は一切ないわけですから、それはどのように負担されるか。ただ働きをして、労働者が全部それを負担して、その間は借金か何かして暮らして、一人前になったら高い報酬をどこかでもらうということになるのかもしれませんけれども、具体的にそれはどのようにされるのか。
今日の梅崎さんの話で本当に大事だなと思ったのは、たとえどんなにジェネラルな訓練でも、およそ仕事能力というのは主にOJTで身につくわけですよね。今、盛んに大学でリカレント教育をとか言うのだけれども、それは一部のではできるかもしれないけれども、やはり仕事に関わる能力の多くは仕事を通じて能力を身につけるわけですね。そういうジェネラルなスキルの形成については、そのコストを理論的に言えば労働者が負担しなければいけないのだけれども、それは恐らく労働者だけで負担し切れるものではないから、社会全体がどのようにそれを負担していくのか。あるいは労働者が負担するのを社会がどのようにサポートしていくのか。ファイナンスでもいいのかもしれないけれども、そういう仕組みをどう考えるのかということです。また梅崎さんの最後のお話とも関係するのですけれども、ファーム・スペシフィックなスキルというのは相変わらず残るから、それは必ず企業が負担して、収益回収のために一定期間何らかの方法で企業内にとどめようとするのでしょう。いずれにしても、多少なりとも転職・中途採用などが増えることは、自分のところでせっかく育てた人がよそに逃げられるということになるので、そのときに労働者が負担しなければいけないコストのファイナンスをどうするのか。これは政策的にとても大きな課題だと思うのですが、その辺について梅崎さん、何かお考えなどありましたら伺いたいなと思いました。
いずれにしても、とてもすばらしい御報告で、今日はとても得したような気分でおります。ありがとうございました。
○樋口座長 梅崎さん、どうぞ。
〇梅崎臨時委員 どうもありがとうございます。大変難しいご指摘なのですけれども、企業内である程度長期でいる人がいたときに、従業員の人と企業の人の間で、OJTに対する展望と申しましょうか、従業員個人と会社の間の「暗黙の約束」が形成されなくてはいけないわけです。非常に難しいと思うのですけれども、成長できたら、はい辞めるということではなく、一応信頼関係があって、情報の非対称性だから投資も行えないよということにならないように、こういうキャリアパスがあるのだから、あなたに投資するよ、投資されたので貢献するよという責任が双方にあるのかなと。そうすると、信頼関係がある程度できて投資できると。信頼という言葉を使うと、それはそれで難しいと思いますけれども、信頼関係をつくれるかどうかだと思います。
もう一点は、もともとOJTというのはある意味で非常に残酷なものだと思うんです。必ず企業内の横の異動というのは配置転換と異動ですけれども、育成のためにやっているのが半分あったら、半分は育成なんてまったく考えていなくて玉突きなんですよ。調整のためにやっているだけなんですね。全部が育成のためにやっているわけではない。どうやら俺は調整のための異動をさせられているのだったら、転職を考えるかもしれません。その人が、先ほど申し上げた「尖がるキャリア」でいきたいのですか、それはそれで難しいですね。前の会社でのOJTの経験と次の会社での仕事が本当にいい意味でマッチしているのか。キャリア自律というのは自分で考えろよという全て個人責任になってしまうので、それはあまりにも個人の能力を過信した理想になってしまいます。何らかのサポートでキャリア選択をチューニングさせてあげる。つまり、それはキャリアコンサルタントの役割なのですけれども、その役割は仕事の意味づけをサポートしましょうとか、こんなスキルがいいですよと測ることではなくて、あなたの仕事歴を見たときに、あなたはこういう仕事でOJT機会を確保したほうがいいですよというアドバイスができるかどうかなのです。このままでは、とんがるか、バラバラになってしまうよということだと思います。
〇清家委員 あともう一つだけいいですか。テクニカルな質問なのですけれども、今のコストの話ですが、分析するときに人的資本投資のコストがどのくらいかというのをメジャーするときに、OJTのコストの大部分はOpportunity Costでしょう。つまり訓練を受ける人のOpportunity Costでもあるし、上司や同僚が教えたりするのであれば、その人のOpportunity Costであって、それはなかなか計測しにくいですよね。最近、日本では、企業が教育投資にお金を使わなくなったとよく言われるのだけれども、でも、それって多分、そういうOpportunity Costは計算していないですよね。ですから、日本の企業は、もともとOpportunity Costをかなり高く払ってOJTやっていたので、分析上そういうOpportunity Costをどうメジャーするかはとても大切になってくると思うのですけれども、その辺についても梅崎さん、何かアイデアがあったら御示唆いただけるとうれしいです。これで私の質問は終わりです。
〇梅崎臨時委員 実際、計測は難しいと思うのですけれども、OJTはいい仕事の数で決まってくると椅子取りゲームになる。あなたにOJTを与えますよという数と、必要なOJTの機会が合っていないわけです。まず、この辺から調整していくしか方法がないと思います。アメリカの場合は、何だかんだ言って入社の段階でエグゼンプトとノン・エクゼンプトがわかれているので、あなたはかなり高いレベルのスキルまで獲得できる、できないがはっきりしています。大卒ホワイトカラーでも明確に入り口で二極化していて、入り口で分けるがゆえに選抜された人に少ないOJT機会を集中的に分け与えることができる。でも、日本の場合はそこが明確ではないので、かなりの人数がOJTを受けられると思って30歳ぐらいまで来てしまうのですけれども、実際は人数が絞られていないのでOJT機会が与えられない人がいる。
答えは、入り口である程度分けてしまう。つまり、あなたは1つの職能でスタッフで細かくとんがる型でいってくださいなのか、横断にチャレンジする人なのか、横断は絶対にしない人なのか、もう少し選択肢をはっきりさせて、もう少し早い時点、30歳ぐらいで決断したほうがいいのではないかと私などは思います。みんな決断しないから全員が後ろ倒しになって、全部タイミングを失っていて非効率になっているような気がします。
○樋口座長 今のお話と関連するのですが、梅崎さんの最初のお話で、日本でもOJTがどうも減少しているように感じるというお話がありました。それは感触かもしれませんけれども、その理由は何だろうか、あるいはどうすればいいのかというのが今の回答になっているのかと思いますけれども、1980年代の日米構造協議のときに、日本側からなぜアメリカの企業はOJTも含めた能力開発に力を入れないのかという指摘があったわけです。どうも自動車の中にバナナの皮が入っているというような話から始まってそういうことがあった。そのときにまさにCappelliが言ったように、そんなに労働市場が流動化していたら教育訓練してもコストがかかるだけで、パフォーマンス、アウトプットを得るのはむしろ外部の人、教育訓練していない人で、ただ乗りしているだけではないかと。だから、教育訓練しないのだというようなことをアメリカ側は言ったのだろうと思いますが、今起こっている日本でOJTが減少しているということは、若者が転職してしまうために労働市場が流動化し過ぎているために、逆に企業としてはそういったチャンスを与え切れていないということになるのでしょうか。あるいはそれとは関係なしに、たとえば企業が忙しすぎて教育訓練が減っているのかもしれない。なぜ日本企業の教育訓練が減っているのか。そこの感触があったら教えていただけますか。
○梅崎臨時委員 そもそも雇用政策や企業内人事で解決できない問題と、企業人事で解決する問題が2つあると思います。アメリカの場合は、基本的には次々と新しい産業が出てくる。そして、ベンチャー企業に若い人が行く。新規事業のベンチャーには、年上が少ないし、多くのOJTの機会がありますので、人が企業を横断すること自体がOJTの機会を獲得することになっていると思います。例えば、日本の老舗大手企業とアメリカのベンチャー企業を比較すると、年齢構成がまったく違うのです。
一方、人事政策としてはA社(米国)などが面白くて、A社は非常に長い歴史のある企業ですから年齢構成も高齢化してきた企業です。だから、A社と日本の大手企業の比較は重要です。例えば、日本企業の影響を受けているのだけれどもタレントマネジメントをやっているアメリカ企業と、日本の元祖タレントマネジメントである職能資格制度は、根本的に何が違うのか。タレントマネジメントでは、9ボックスという評価・選抜制度が有名です。この仕組みでは、人を抜てきするときに2軸で考えているんです。1つの軸は成果を出しているかどうかという業績です。日本企業も、成果主義のときは、業績評価ばかりを強調していました。しかし、タレントという言葉は業績とはちょっと違い潜在的なものが含まれます。もう一つの軸は、将来伸びという軸なのです。この二つの軸で人材が9ボックスに分けられるんです。この将来の予測は、職能資格制度の設計の中にも入っていないんです。職能資格制度もタレントを見ていますよ。ただ、いってみれば柔道の「段」みたいなものであって、過去の能力(およびその能力が生み出した成果)を確認しているから抜てきが全部遅くなっているという感じがします。
今、日本の企業の中でかなり年齢構成が上がっている企業は、誰を本当に抜てきするか、このプロジェクトにどの人をつけるかと抜擢のタイミングに関して、何か遅れやずれがあって、それゆえ企業内OJTが非効率になっていると思います。それを問題にしているから、おそらく今、日本企業が取り組んでいる人事制度改革は、抜てきのための人事制度改革と言えると思うのです。
○樋口座長 ありがとうございました。要は、能力開発するチャンスが非常に重要だと、それが社内にあるか、時には外部にあるかということで、労働市場の流動化は結果である、外部に十分にそういったものがあるとすれば、そういったものにチャレンジしていく人がいるでしょうし、それがなければ、チャンレンジも何もできないという転職になってしまうということですかね。
○梅崎臨時委員 そうです。今、私が言っていることは、ある程度、社内の年功を崩しなさいということなので、抜てきするということは重要ポストに若い人をつけてしまう仕組みを考えないと、どんな優秀な人でもこんな年になってからプロジェクトリーダーだと・・・OJTとしての取れ高は小さいですよということです。
○樋口座長 分かりました。
玄田さん、どうでしょうか。
○玄田委員 梅崎さん、ありがとうございました。
梅崎さんに聞きたいことはチャットに書いてしまったので、それを見てもらえれば。一番新しいものなんですけれども、今日2回目の雇用政策研究会で、今後の方向性というところでさっき厚労省から説明があって、内部労働市場での人材育成活用と外部労働市場での円滑な人材確保はどうかという提案があったのだけれども、何となく梅崎さんの説明を聞くと、これはまずいのではないかという気がちょっとしてきたんだよね。さっきから言っているように、活用なんて甘いものじゃなく、今本当に問われているのは、思い切って「抜てき」についてちゃんと社会が納得するような仕組みを考えなきゃいけないんじゃないかとか、むしろ外部労働市場で人材育成することも発想転換しなければいけないんじゃないかとか、もうちょっと激しいことを言っているように思えて、この方向性だと90年代の人材ポートフォリオの話をもう一回塗り替えしているだけで、うまくいった部分もあったと思うけれども、かなりの反省もあるわけだから、同じようになってしまうのではないかと思って、もし梅崎さんが樋口さんに代わって座長になって、この2つの方向性を見直していいと言ったら、どういう文言のほうが梅崎さんの研究からすると方向性としてはいいかなというのを聞いてみたいなと、座長、思ったのですけれども聞いていいですか。
○樋口座長 どうぞどうぞ、聞いてください。
○梅崎臨時委員 非常に大きなテーマなので、私は、現場レベルの具体的なことしか考えていないので、お答えする力はないのですけれども。失敗するかもという予感だけを言いますと、ベンチャー企業がどんどん出てきたときに、例えば、日本企業も、最初は、同じ業界の老舗大手企業を見ていた。しかし、いつの間にか、あれ?その企業もどうやらアメリカではベンチャー企業に押されているぞという話になってきたわけです。人事制度を変えるのだったら途中からベンチャー企業に学ぶべきという変更になります。ただ、出来立てのベンチャー企業には、そもそも人事制度なんて整備されていないのですね。まず、事業が先にあり制度が遅れて整備される。そして、企業年齢と共に人事制度などの制度が整ってくる。その整った後の制度を、私のような調査屋が訪ねていって、大変ですねと言うのが企業対象の労働調査であるのです。恐らく日本の企業が今頑張ろうとしているのは、古い企業なりに何かイノベーションを起こすために組織の構造を変えたいと。よくあるようなオープンイノベーションで社員同士の対話を変えていったりしたわけです。これはもちろん本当にA社などが血まみれになってやってきたことだと思うんです。新規事業を起こすためには、何か古い企業の中ではできない。新しくシリコンバレーのような場所ができれば、それで解決するのかというと、日本で成功するとは思わないし、少なくとも私のような雇用システムを専門にするものからはよく分からないです。
新規事業をつくるためにどういう組織をデザインするかという課題があって、その組織デザインと新規事業は一直線で矢印が入っているわけです。それに対して人事制度というのは、この矢印を円滑に回すぐらいのことなんです。だから、何か新しい事業部制を取り入れたとか、組織を新しく変えたときに、必ず人事課題が生まれる。その課題をできるだけなくすような仕組みをつくらないといけない。社内ベンチャーなんて80年代ぐらいからめちゃくちゃやっていますからね。これが失敗しないためには本当に人事制度を考えなくては駄目で、賃金の話と雇用の話をちょっと置いておいて、そこは安定しておいて、抜てきという言葉がちゃんと機能するように企業内の仕組みをつくっていかないと回らないというのが、私の考え方です。
○玄田委員 ありがとうございました。
○樋口座長 ありがとうございます。神林さん、チャットで来ている、「梅崎さんの枠組みで社内ベンチャー(もしくは分社化)、独立などはどう扱っていますか」、この質問でよろしいですか。
○神林委員 今、さらっと梅崎さん、社内ベンチャーというキーワードを出したので、質問よろしいですか。抜てきというのは事業がありきですよね。事業が先にあるから抜てきできるのですけれども、事業そのものをつくり出すというのは前の段階の話になると思います。そのときに、1980年代から1990年代に分社化とか社内ベンチャーをやっていたのは、基本的には自社の中の資源を組み合わせを変えることで事業展開をするということをどの会社も考えていたのではないかというのが自分の認識です。それほど多くデータを持っているわけではないのですが、今問われているのは、社内ベンチャーを起こすときに自分の会社の中の資源だけではなくて、他社の資源もちょっと借りるみたいな格好で、会社の外の資源を利用しながら何かベンチャー的なことをやろうという話は出てきているのではないかと思っているのですけれども、データがなくてケーススタディーばかりなのですが、そうなると、昔の社内ベンチャーの話とちょっと違う要素があるのではないかというのが1点。
もう一点が、抜てき人事をすることとの関係というのは、何か梅崎さんのフレームワークの中でそういうことが位置づけられているのでしょうかというのが質問です。
○梅崎臨時委員 先ほど挙げたJILPTさんの報告書では、前半部分は中途採用で、後半部分は新規事業の調査なんですね。新規事業を生み出そうという努力を企業側がやるときに神林先生がおっしゃったように、社内ベンチャーは80年代の団塊の世代が社内に余っているから、そこの人たちに仕事を与えるために余力も金もあるから挑戦しちゃいましょうと。そこまで切実にやっていたのかなという感じなんです。でも、今は違いまして、企業側の認識としては、これからの主要事業・主要商品を作り出すしかないんですね。そのときに、ベンチャーだったら本当に事業に合わせて組織が変容する柔軟性がある。例えば、企画会議をやって、そのままどんどん関連会社をつくっていくベンチャー企業さんもありますね。もしくはオープンイノベーションだったらほかの企業とのコラボできるセンターをつくって、その場所にいろいろな会社の人を集めて共創をやっていくと。
○神林委員 そのロジックと抜てき人事をするというロジックは相似形ですか。
○梅崎臨時委員 私の感覚で言うと、そもそもその新規事業をやりたいとか、オープンイノベーションに参加したいという人を選ぶこと、自薦・他薦でもいいのですけれども、それが何か抜てきの仕組みと一緒に機能していないと。オープンイノベーションがすてきなカフェづくりみたいなもので終わってしまうということです。
○神林委員 そのときに、そういう人材を新規事業をやりたい「おまえやってみな」というような声をかけるのと、いわゆる抜てき人事として「おまえ、このポジションやってみな」というのは、企業の人事的な意思決定としてほぼ同じことをやっているのでしょうか。見るところが違うとか、評価基準が違うとか、あるいはタイミングが違うとか、あるいは長期的なキャリア形成の中での位置づけが違うとか、何かあるかもしれないのですけれども、自分から見ると非常に代替的というのでしょうか、抜てきすることと社内ベンチャーを任せることがすごく等価のように見えているんですね。その辺梅崎さんは、どうお考えなのでしょうか。
○梅崎臨時委員 会社によって違いはあるかと思いますけれども、理想は抜てきされることと、事業を提案する場が同時ならば一番いいんですね。ただ、本当に経済学で議論されてきた問題群が出てくるんです。つまり、その仕事をやったことの評価を誰がやるのかとか、新規事業を別会社化してその会社の社長になったときに、「俺は独立したいんだよ」みたいなことを言われてしまったら、その人たちの動機づけどうしますかということなんです。マルチタスク問題が出てきて、新規事業はリスクが高いですから、リスクが高くて失敗したら本社に戻れないと嫌だなとか。でも企業は、従業員にチャレンジさせたいなとか。そこの調整にすごく大変な労力をかけているなと思います。
かなりベンチャー企業も回ったんですね。メガベンチャーみたいなところも回らせてもらいました。まず、新規事業部門にジョブ型はないですね。絶対それは無理です。なぜならば、新規事業はその場でどんどん新しい仕事が生まれますから。初期のB社(日本)という会社のは、事業部ごとでなくて技術ごとに組織が分かれているような感じでしたね。この技術が商品になるのではないかという可能性が生まれると、わらわらとそこに人が寄ってくる。ある意味で理想型ですね。
今一番伸びる人材が一番難しいプロジェクトにチャレンジするために、うまく回転するためにどうしたらよいかは悩みますね。例えば、抜てきの中に仕事の抜てきと資格の抜てきと賃金の抜てきがあれば、成果主義がなぜ失敗するかというと、仕事と賃金の抜てきがイコールなんですね。そうしたら、抜てきされない人は絶対嫌ですよね。抜てきというのは、誰かをそこのポストから辞めさせるみたいなことが起こるので、仕事の抜てきと賃金の序列というのは緩やかにリンクすべきなんですよ。ただ、緩やかの緩さが人事の人の勘どころで、1対1にしてしまったら、抜てきができる制度ができても、誰も辞めませんみたいなことが起きてしまうので、一応仕事の抜てきはあるけど賃金はそんなに変えないよ、ということになります。
成果主義のように、抜てきが成果になってしまったときに、その成果に賃金を張りつけるしかないという問題が出るので、場合によっては抜てきから外れた人はスピンアウトしてしまうこともあり得るかもしれません。その辺の人事のかじ取りは難しいと思います。
○神林委員 ありがとうございます。
○樋口座長 ありがとうございました。抜てきによるチャンスを増やしていくということになってくると、抜てきされない人は逆に今まで平均的だったわけですから減っていくというようなことで、そこにおける格差とは言いませんけれども、差が大きくなっていくという問題を雇用施策としてどう考えていくかということも一方において発生するかと思いますが、どなたかいらっしゃいます。神吉先生いかがですか。
○神吉委員 まだ質問しても大丈夫ですか。梅崎先生ありがとうございました。いつも大変勉強させていただいております。
抜てきが今の状況を打開するようなポイントになっていくのかなと伺ったのですけれども、イメージが持ちづらいのは、特に大きな組織になっていったときに、誰が抜てきするのかということで、日本の場合割と直属の人が査定して、評価で人事調整なりで次のポストが決まっていくのではないかと思うのですけれども、タレントマネジメントがこれまでの日本の職能資格制度との違いで抜てきをしていくポイントとして、将来伸びそうな人ということを考えていくのだとすると、直属の人でなかったら誰が見るのかなというのと、よく分かっている人がやろうとするとそれは結構近い人なので、自分よりも上のポストに上げることができるような仕組みであるべきなのでしょうか。抜てきの具体的なイメージを教えていただければと思いました。
○梅崎臨時委員 ありがとうございます。本当に難しいところだと思っていまして、職能資格制度も本当に運用ができれば、抜てきはできるロジックになっているわけです。能力が上がっているのだから、能力が上がっている人をもっと上の仕事に就けていこうということになるのです。でも、どうしても年齢構成が上に上がると資格上は上に張り付いていて能力があるとされている人が、その人に見合わない下の仕事をやることが頻繁に起こる。それをどうやって引き離すかということは、タレントマネジメントでははっきりしているんです。別の人材プールをつくるということです。さっき申し上げた9ボックスは、将来性を測るということが特徴でした。全社レベルで将来の幹部やプロジェクトを動かすであろう人を集める。既存の資格などは別に、社内に人事や市場をつくって、将来優秀な候補を推薦してもらう。ただ、直属の上司が推薦して自分の仕事が失われるならば、誰も正直に評価しないと思うんですね。だけれども、例えば、一応全社レベルで年間エリート候補100人の人材プールつくりますよということをします。既存の資格や賃金から引き離されているから、人事部が中心に研修などをやりながら、そのプールの中から「将来この人だ」という人材を選んでいく。
ただ、私は神吉先生の疑問に答えているつもりなのですけれども、無理なのではないかとも、私も思います。プールして、1か月ぐらいの研修みたいなものに参加させて、人事部長・重役が、彼は本当に伸びるやつだ、彼は伸びないやつだというのは、どう考えても時々間違えますよね。
一方、でも、いいんじゃないのという考えもあると思います。つまり、人的投資というのは確実に回収される投資ではなくて、不確実性を抱えた投資であると割り切ってしまえば、全員でなくても誰かが企業の成長性に貢献し得る。賭けとしてやっている部分があったほうが、結果的に企業全体を伸ばしていくと。玄田先生がコメントされているように、雇用政策の議論ではなくなってきているところもあると思うのですけれども、新規事業で競っている企業が考えている理想はそういうことだと思います。
○神林委員 その外れというのは解雇ですか。すみません、不規則発言になってしまいましたが、外れた場合はどう想定しているのでしょうか。
○梅崎臨時委員 私の実感では、解雇ではないです。一応、大企業だけれども成長が緩やかになっている企業が今直面して悩んでいる。これはかなりの日本の大企業が当てはまってしまうわけですけれども、そこはいきなり解雇ではなく降格ですね。新しいプロジェクトが起きたら、そのプロジェクトの代表を誰にするか、3人でやりましょうねというのはおかしいわけであって、今までの年齢が上だった人を外して若い人を入れるということもあるべきです。でも、そのプロジェクトから外された人の賃金がちょっとは下がるけど大幅に下がらない。又は、雇用は安定しているというところを確保しないと、そこはうまく抜てきが回っていかないと認識しています。
○神林委員 それは現状認識かもしれないですけれども、日本の場合、解雇規制が強すぎるという方が多分この場にもいらっしゃると思いますが、だから、外れた人を解雇できないので抜てきできないというロジックは成立しませんか。
○梅崎臨時委員 これは私の認識ですけれども、外れた人が解雇になってしまったら、その人はめちゃくちゃ自分を脅かすやつはつぶしにかかってくると思うんです。だから、かえって解雇という人事施策がいいわけではないと思います。アメリカの社会などでよく言われることですけれども、コア人材・マネジメント人材が転職しても雇用が安定しているのは、学歴は最高の資格だからだと思いますね。新卒も中途も入口で選別されているんですね。日本の場合は、学歴というのは入社のときのチケットであると。だから、1回使ってしまえばなくなってしまう。そして「遅すぎる抜てき」です。アメリカの雇用システムと労働市場の下では、前の会社で事業部長を外されたという人が、もう何もできないから辞めたとしても、ほかの会社であのMBAを取ったハーバード出身の人は使えるでしょうと評価されています。最高の資格として労働市場がセーフティーネットになっていると言えるかと思います。
○神林委員 ありがとうございました。不規則発言になってしまい、すみませんでした。
○樋口座長 いえいえ。
プロ野球のスカウトがスクリーニングしてもその選手が活躍しているわけではない。毎年外れているのを見ると難しいですね。
宮本先生、荒木先生のお二人の順番で、宮本先生からお願いします。
○宮本委員 荒木先生がまだお話しになっていないので、本当に簡単に済ませます。
一言で言うと、今日、梅崎先生が御示唆された方向での転換、最初の二国2時点モデルで、今の日本のところがクエスチョンだらけだったのがどういう意味だったのかよく分からなかったのですけれども、恐らく下手すると悪いところどりになってしまう可能性もあると。これをいいところどりに持っていくことで小池的熟練論をベースにしつつも、それを大胆にバージョンアップしていくという方向を示唆されていると思うのですけれども、これを進める上での政策としてどう関われるのか。さっき、清家先生もおっしゃったことですが、そもそも梅崎先生にお願いした背景というのが、総理が「文春」に寄稿された論文の中でも、日本のOFF-JT資質が諸外国に比べて経年的にも減っている、これは大変だと。でも、清家先生は、日本の場合は機会コストも非常に重要なので、それだけでは見られないということだったと思うのですけれども、逆に、悪いところどりになっているのかどうかをつかまえるインデックスや、さらにいい方向にプッシュする政策インプリケーションについて、単純にと言いつつややこしい話ですけれども、何か一言いただければと思います。
○樋口座長 では、一言お願いします。
○梅崎臨時委員 クエスチョンマークをつけたのは本当に迷走していると思っているからです。ここ10年ぐらいでも人事制度の変遷を追っていくのが大変で、どんどん新しいものが出てくるのですけれども、取材に行くと言っていることとやっている人事制度がすごくずれているから、一個一個確認するのが大変です。まったく変わっていないような気がしてくる。私のような融通が利かない研究者が言っているだけであって、人事の人は、本当の知恵を持っていて、実態と言葉が違うことは当たり前で、その両者をうまく使いこなして人事を回しているんだよ、と本当に言ってほしいんですよ。導入や運用を考えれば、キャッチコピーも必要で、うまく回しているんだぞ、と。でも時々、「まさか本気かな」と思う人事の人もいて、昔の人のほうがもう少し言葉をうまく使っていたなと。社員をだますということではないのですが、こうは言っているけど実態はこうだみたいにやっているということがあったように思います。
政策的には、労働市場の流動性を職種別やジョブの考え方でOFF-JTを充実させるというのは、セーフティーネットとしては機能しているというか、重要だと思うのですけれども、日本企業を元気にするとか、日本人の職業生活の活性化を考えたら、どこか仕事を通じて成長するというのは欠かせないです。小池先生が言っているOJTは、つまり内部労働市場とOJTがセットになってしまっている。それが効率的なのだというのは、一側面では真実かもしれないですけれども、企業内だけでなくても、もう少し幅広くとらえてOJTがうまく機能する場は作れるのではないかということです。それが何かを考えたいです。
例えば、シリコンバレーの技術者がバウンダリーレスキャリアでプロティアンキャリアでどんどん転職しながらキャリアを形成しているといっても、シリコンバレーにいるからできるのであって、そこに同じ職種の人が集積しているということが転職の成功になっている。身近なアドバイスもあるし、だから企業外OJTのために<地域>がハブ的機能を果たしていると思うんです。
これは理想論かもしれませんけれども、そういうハブ的機能みたいなものを雇用政策の一環としてつくれないか。転職が終わった人も、転職をこれからする人もみんなで集まって、私のキャリアってこれでいいのかなということを話し合える場所ですね。集まって働くメリットをもう少し雇用政策上の議論の中に乗せられないかというのが私の問題意識になるかと思います。
○宮本委員 ありがとうございました。聞いてよかったです。
○樋口座長 では、荒木先生、お願いします。
○荒木委員 時間もありませんので簡単にですけれども、人的資本投資は誰をターゲットにやるのかということで、イノベーティブな能力を発展させるのは多分上層の人ですよね。そういう教育訓練についてOJTでうまくいくか、むしろ拡張学習するとか違う仕事を経験するのがいいのだというのは大変納得がいきました。
ですが、AIの時代になって世界中でリスキリングが必要だと言っているときに、上層のイノベーティブなことを考えられる資質の問題ではなくて、時代遅れになって雇用がなくなるような人たちに対するリスキリングが問題となっているとすると、雇用保障があれば企業が抱えている人を有効に活用しなければいけないので投資インセンティブを持つと思うのですけれども、雇用保障がない世界だったら不要な人は単純にレイオフをすることになってしまう。上層2割ぐらいの人は恐らく放っておいても自分でどんどん訓練投資をするかもしれないけれども、そうではない層に対する教育訓練インセンティブを企業にどう持たせるかというのが雇用政策としては重要なのかなと思うのです。そういう問題について今日の先生のお話の中では、雇用保障した上での育成という言葉があったと思うのですが、それは日本としてはこれまでなじみがあり、これが時代遅れにならないようにするにはどういうOJTを工夫していけばいいのか。それがうまくいけば、日本の時代遅れと言われた雇用保障の下で教育訓練インセンティブを使用者に持たせたような仕組みがうまく再生するのかなという気もしますので、何かその点についてうかがえれば幸いです。
○梅崎臨時委員 これは自分が調査しているというよりも、調査したいなと思っていることでもあるのですけれども、先ほどから言っている企業内で昔のキャリア論でいえば特急組で何か選抜されて活躍できている人、活躍できていないことは薄々分かっているのだけれども何となく雇用があるからそのままいる人、もしくは辞めようと思って辞めた人といったときに、日本の場合、選抜が遅くなりすぎるので、キャリアの選択も遅くなりすぎるんです。5年前行動で、転職してもうまくいくキャリアがあっても、5年後では厳しいということがある。これはすごく大もうけするということではなくて、そこそこ仕事できている人はどういうスキル形成なのか、私の印象ですが、リスキリングと言ってしまうとすごい人材になろうというイメージだと思うんですよね。
どんなタイプがいるかなというのは調べてみないと分からないのですけれども、例えば、大企業で10年勤めていた人と、中小企業で10年勤めていた人が、転職して東京からどこでもいいのですけれども、地方に行って生活しようと思ったときに、どちらのキャリアのほうが地方で役立つのかなということを考える必要があるのかなと。中小企業でいろいろやったというのは、スキル形成からすると、ちょこちょこいろいろな能力があるということなんです。だから、地方における必要なITスキルは、イラストレーターとか、エクセルとかだと思うんです。そういうものを複数の技術を使えるぐらいのほうが結構地方では需要がある。大企業内でもいいのですけれどもトップで回しているというよりも、多様なスキルを色々抱えているほうがよいのです。言ってみれば、自営業的と言えばよいでしょうか。その人たちもキャリア自律なんですけれども、すごく成功しているのではなく、そこそこ食えていて転職している人かもしれないです。一体どんなスキル形成をOJTでしていたのかが分かればよい。そんなにリスキリングという言葉で慌てなさんなと。でも、これだったら年収500万円稼げるよという人が持っている熟練の編成が、多分大企業でそのまま部長になる熟練の編成とずれている。
それらをモデル化したいですね。「緩い」キャリア自律というか、キャリア論などでも最近はキャリア自律への反省もある。キャリア自律ですごく成功するというのは、アメリカ社会でももちろん全員は成功しないので、あまりあおるのではなくて、この辺のキャリア形成を目指しましょうという目標ですね。
かつて成果主義導入の時も同じでした。組織構造(リストラ)と評価処遇制度の改革でした。その組織上の課題が出ると、次には必ずキャリア自律という個人キャリア課題が出てきます。でも全員がキャリア自律で昇進というような展望はあり得ません。だから、緩いとか、ほどほどとか、スローというキャリア論が出てくる。実務家として成果主義を主導された高橋俊介さんも、大学に移られてから二種類のキャリア論の本を書かれていましたね。だから、組織構造を変える話があって、続けて、成功のためのキャリア自律と、同時にそこそこのキャリア論が生まれます。これだけやったら、このOJTを経験したら、そこそこ大丈夫だよというモデルですが、それはOff-JTだけだと見えてこないんですね。そういう人たちのスキル形成過程を30名集めて聞くとか、そんな聞き取り調査をする、新しいキャリアのイメージができてくるなと個人的には思っております。
○樋口座長 どうもありがとうございました。
当初の予定の時間になりましたので、この辺で終わりたいと思います。どうもありがとうございました。
○梅崎臨時委員 つたない発表でした。ご意見、ありがとうございました。
○樋口座長 それでは、次回の日程等について事務局から連絡をお願いいたします。
○雇用政策課長補佐 次回、最終回でございますが、第3回雇用政策研究会につきましては、6月20日月曜日の10時から開催を予定しております。後日、改めて御案内を送らせていただきますが、どうぞよろしくお願いいたします。
○樋口座長 どうもありがとうございました。お二人の先生からのお話は、この研究会にとって非常に有益であったと思います。どうもありがとうございました。
それでは、次回もどうぞよろしくお願いいたします。どうもありがとうございました。