「令和5年版 労働経済白書」から見る 持続的な賃上げに向けて

2022年の経済や雇用、労働時間、賃金などの現状や課題を分析した「令和5年版 労働経済白書」のテーマは、「持続的な賃上げに向けて」です。
同年は、新型コロナウイルス感染症の影響が見られたものの、感染防止策と経済社会活動の両立が図られ、経済活動は徐々に正常化に向かっていきました。
本特集では、同年の労働経済の推移や特徴、賃上げによる企業・労働者や経済への効果、企業と賃上げの状況を踏まえた今後の方向性などについて、同白書から読み取れる情報を伝えます。
 

<PART 1>「令和5年版 労働経済白書」が示すもの
~2022年の社会背景を知ろう~


PART1では、同白書で分析した2022年の経済や雇用、労働情勢などの動向を概説。あわせて、今回の白書の構成と特徴についても紹介します。

経済活動が正常化に向かうも 賃金には物価上昇が悪影響

2022年の日本の経済は、前年・前々年に引き続き新型コロナウイルス感染症の影響があったものの、感染防止策と経済社会活動の両立が図られたことで、徐々に経済活動が正常化に向かいました。

その一方で、下半期においては、ロシアのウクライナ侵攻や円安の進行などの影響を受けた輸入原材料・エネルギーなどの価格の高騰に伴う物価上昇、供給制約や外需の弱さから、GDP(国内総生産)※は伸び悩みました。

同年の経済を四半期ごとに見ると、1~3月期は、一部地域にまん延防止等重点措置が発出され飲食店等に営業時間短縮などが要請され、民間消費が抑制された結果、実質GDPはマイナス成長となりました。4~6月期は、3年ぶりに行動制限のない大型連休を迎え個人消費が回復したことなどから、民間最終消費支出が上向きになりプラス成長に。7~9月期と10~12月期は、前年のような全国的な行動制限が求められなかったことで、消費が大幅に落ち込まず、おおむね横ばいという結果となりました。

雇用情勢については、2021年以降、新型コロナウイルス感染症の拡大前と比べて求人数の回復に遅れがみられる産業もありましたが、経済社会活動が徐々に活発化するなかで持ち直しています。
賃金については、名目賃金(貨幣で受け取った賃金そのもの)でみると12月の前年同月比の伸び率が25年11カ月ぶりの水準となるなど、年間を通して感染拡大前(2019年)の水準を大きく上回りました。しかし、円安の進行や輸入原材料価格の高騰に伴う物価上昇などにより、実質賃金(実際に受け取る名目賃金から、消費者物価指数に基づく物価変動の影響を差し引いたもの)は減少しています。

「令和5年版 労働経済白書」の第Ⅰ部「労働経済の推移と特徴」では、2022年の労働経済をめぐる動向を分析してまとめています(パート2)。第Ⅱ部「持続的な賃上げに向けて」では、賃金の動向やその背景を分析し、賃上げによる企業・労働者・経済への効果や、持続的な賃上げに向けた今後の方向性などを示しています(パート3)。

※ Gross Domestic Productの略。一定期間内に国内で生産された財(モノ)・サービスの付加価値の合計額



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<Part4>
「令和5年版 労働経済白書」のポイント
~制作担当者が語る~

PART4では、「令和5年版 労働経済白書」の制作を行った政策統括官付政策統括室の担当者に同白書のポイントや、企業・労働者へのメッセージを聞きました。

注目が高まる賃金問題を分析  賃上げの重要性を提示

——「令和5年版 労働経済白書」のテーマ決めや制作の流れについて教えてください。

「持続的な賃上げ」という通しのテーマは結構早めに決まりました。「賃金」の問題が世間の注目を集めていたこともあり、「労働経済白書ではやはり賃金を取り上げないとね」という話が当室内でも多くあがりました。賃金に焦点を当てるにあたって、どう見せるか、賃金の何を扱うかということを議論しながら、「日本の賃金は上がっていない」という問題に対して、その答えを掘り下げてみようということになりました。

最初に日本の賃金が伸びていないという現状をきちんと見るために、海外と比較して分析しました。海外比較にあたってはなるべく広く捉えてみようと、恐らく、ほかの白書では行っていないであろうOECD30カ国での比較もしています。伸びていないという現状認識だけでなく、「何で賃金を上げることが大事なのか」についても、さまざまなデータを分析して示しました。

賃金が伸びたときの影響については、実は「平成27年版 労働経済白書」でも似たような説明をしています。そこで、令和5年版を制作するにあたっては、平成27年版をもう少し深堀りして、賃金が伸びたときに「企業」や「労働者」にどのような影響があるのか、あるいは「日本経済」にどのような影響があるのかを整理しました。令和4年版におけるEBPM※の取り組みも踏まえて、ハローワークのデータを使って企業側のメリットを分析したり、平成27年版当時からデータの整備が進んできたこともあり、労働者個人に焦点を当てた分析を行ったりしました。

また、厚生労働省では「最低賃金」と「同一労働同一賃金」という二つの政策分野を持っているのですが、これらが実際どのくらいマクロの賃金に影響があるのか、どんな労働者に影響があるのか分析し、政策を進めるための再確認もできました。

※ エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキングの略。政策の企画をその場限りのエピソードに頼るのではなく、政策目的を明確化したうえで合理的根拠(エビデンス)に基づくものとすること

2,500社の協力で  経済と賃上げの関係を分析

——制作時に意識したことや工夫したことを教えてください。

今回一番意識したのは、通しのテーマからぶれないということです。分析をしていくなかで見えてきたことについて、いろいろ言いたいことが出てきましたが、「賃金」に絞ってまとめることを強く意識しました。

先に伝えたように、平成27年や昨年の白書から連なる形で「令和5年版 労働経済白書」はできています。「故きを温ねて新しきを知る(昔のことをよく研究し、それを参考に今突き当たっている問題や新しい事柄について考えること)」と言うように、きちんと過去の白書が示してきたこと、分析してきたことを踏まえたうえで、最近の変化も紹介できるようにしています。

これは毎年のことですが、調査票をつくる際には、我々が知りたいことに答えてくれれば良いというわけではなくて、きちんと企業が素直に回答できる項目になっているかどうかというところで、調査を担当していただいた労働政策研究・研修機構とも相談をしながら設計を工夫しています。今回も短期勝負という感じだったのですが、ありがたいことに2,500の企業から回答をいただきました。回答をいただけたおかげで、経済の見通しと賃上げの関係も示すことができました。ご協力、ありがとうございました。

<白書に込めたメッセージ>

働く皆さまへ

労働者の方には厚生労働省が進めている政策、最低賃金と同一労働同一賃金(同一労働同一賃金の導入は、同一企業・団体におけるいわゆる正規雇用労働者(無期雇用フルタイム労働者) と非正規雇用労働者(有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者)との間の不合理な待遇差の解消をめざすもの)について知っていただきたいです。

最低賃金は毎年、労使の議論を経て決まっており、特にパートタイム労働者の方には大きな影響を及ぼしています。また、同一労働同一賃金の施行は、正規・非正規雇用労働者間の不合理な待遇差を是正するものです。そうした仕組みにもご関心・ご理解を持っていただければありがたいと思います。

同一労働同一賃金特集ページはこちらから

企業の皆さまへ

ハローワークのデータを使って、どんな求人募集が応募されやすいかということを分析しています。これはおそらく今回初めての試みで、このデータによると賃金も含めてトータルで待遇を改善することが、求人応募を増やすためには大切だということが見えてきました。ボーナスも含めて賃金が一番大切な要素であることには変わりはありません。ただ、完全週休2日にする、時間外労働を減らすなどという部分も労働者を惹きつける一つの要素になっていると考えられます。

ワーク・ライフ・バランスが言われる現代においては、賃上げだけすればいいというというわけではなくて、賃上げと休暇と時間外労働トータルでの待遇改善を進めることが、労働者に応募してもらうためには大切です。

動画版「令和5年版 労働経済の分析」

厚生労働省は、今年9月に公表した「令和5年版 労働経済の分析」(労働経済白書)の解説動画を作成し、2023年12月1日から公開しています。この動画では、7つのトピックを取り上げ、わかりやすく解説しています。



■動画の構成
1.  労働経済白書ってなに?(約2分)
2.  2022年ってどんな1年だった?(約4分)
3.  日本の賃金って他の国と比べてどうなの?(約5分)
4.  なんで日本の賃金は上がらないの?(約4分)
5.  賃金が上がるとどんないいことがあるの?(約3分)
6.  賃金を上げるためにどうすればいいの?(約3分)
7.  最低賃金を上げるとどんな効果があるの?(約4分)

動画はこちらから
 

 

出典 : 広報誌『厚生労働』2024年1月号 
発行・発売: (株)日本医療企画(外部サイト)
編集協力 : 厚生労働省