知っておきたい 性感染症の正しい知識

昨年の梅毒感染者の報告数が10月下旬時点で1万141人となり、1999年に現在の統計方法になって以来初めて年間1万人を超えました。今年に入ってからも感染者数は6月21日時点で6,762人と、依然として増え続けている状況です。

今回の特集では梅毒に加え、患者数が減少しているHIV感染症や、昨年7月に国内1例目の患者が確認されて以降散発的な発生が続いているエムポックスなど、今注視すべき性感染症の現状や予防法・治療法、相談先などを紹介します。



Q1:どうやってうつるの?
A1:性感染症は性交渉(セックス)で感染します。
性的接触によって、病原体に感染した血液や精液・膣分泌液を介して、皮膚や粘膜の小さな傷から侵入して感染します。オーラルセックス(口腔性交)やアナルセックス(肛門性交)でも感染する可能性があります。
また、便のなかの病原体が手などについて口に入り感染することもあります。
性感染症は性的接触の経験がある人なら、だれでも感染する可能性があり、たった一度のセックスでもうつることがあります。

Q2:予防方法は?
A2:コンドームの正しい使用が有効です。
精液・膣分泌液が粘膜に触れないようにするためには、コンドームの正しい使用が有効ですが、すべての性感染症を予防することはできません。A型肝炎・B型肝炎に対してはワクチン接種が有効です。
ピルは避妊のためのもので、飲んでも性感染症の予防はできません。

Q3:不安を感じたら、どこに相談すればいいの?
A3:保健所や医療機関に相談しましょう。
症状がなくても心配なことがあった場合には、一人で悩まずに、保健所に相談するようにしてください。匿名で電話相談も受けられます。また、保健所では、HIV感染症と梅毒の検査を同時に受けられるところが増えています。あわせて、クラミジアや淋菌感染症などの検査を行っているところもあります(保健所により検査項目や費用は異なります)。
何か症状があったり、上記以外の性感染症が疑われる場合には、病院など医療機関を受診するようにしてください。性感染症科のほか、男性は泌尿器科、女性は産婦人科、のどに症状がある場合は耳鼻咽喉科、皮膚に症状がある場合は皮膚科などを受診することができます。
検査方法は、採血による血液検査がほとんどですが、病気によっては尿検査もあれば、患部を綿棒でぬぐう検査もあります。

<Part2>
HIV感染症を正しく知る

早期に治療につながることがカギ
HIV感染症は、以前は「死の病」と言われていましたが、現在は感染しても早期発見・早期治療につなげることで、感染していない人と同じように長く健康的に生活できるようになりました。HIV感染症の歴史と現状、検査や治療法について、厚生労働省の担当者に聞きました。


解説
健康局結核感染症課 課長補佐/エイズ対策推進室 室長
杉原 淳



●早期発見・早期治療により長く健康的に生活できる
HIV(ヒト免疫不全ウイルス)は、ウイルスなどの感染症から身を守るための免疫系の司令塔であるCD4陽性Tリンパ球(CD4陽性T細胞)という白血球などに感染します。

感染してもすぐに症状が現れるわけではありません。数週間以内に発熱やリンパ節の腫れ、頭痛などの風邪やインフルエンザに似た急性感染の症状が出たのち、血液中にHIVの抗体ができ、その後無症状の期間(無症候期)に入ります。

数年から十数年かけて、HIVが徐々に体内で増えていき、免疫の働きが少しずつ低下していきます。このため、健康な状態ではかかりにくい感染症(日和見感染症)や悪性腫瘍を引き起こすことがあり、カンジダ症(食道、気管、気管支、肺)、ニューモシスティス肺炎、サイトメガロウイルス感染症、カポジ肉腫などの23の指標疾患のいずれかを発症した場合、「後天性免疫不全症候群(エイズ、AIDS:Acquired Immunodeficiency Syndrome)」と診断されます。

1981年にアメリカで初めてのエイズ患者が発見されてから、40年以上が経ちました。当時は治療薬がなく、HIVに感染すると若くして亡くなる人が多かったため、「死の病」と言われていましたが、現在は、ウイルスの増殖を抑える治療薬が開発されており、1日1錠の薬も登場しています。早期発見・早期治療をすることで、感染していない人と同じように長く健康的に生活できるようになりました。



●性行為による感染が最も多い
HIVは感染力が弱く、社会生活のなかでうつることはほとんどありません。主な感染経路は次の3つ。

⒈ 性的接触による感染
HIVに感染すると、HIVは血液や精液・膣分泌液などに多く分泌され、性的接触により相手の性器や肛門、口などの粘膜や傷口を通じて感染します。これが、最も多い感染経路です。そのため、性行為におけるコンドームの正しい使用は、HIV感染症・エイズ予防の有効な手段といえます。

⒉ 血液を介しての感染
HIVが混入した血液により感染するケースです。注射器・注射針の使い回しや違法薬物の回し打ち、医療現場における針刺し事故などがリスクとして知られており、感染者の血液がほかの人の血液中に侵入すれば感染する可能性があります。

⒊ 母子感染
母親がHIVに感染している場合、妊娠中や出産時に子どもに感染するケースや、母乳によって感染するケースがありますが、抗HIV薬を服用したり、母乳を与えないなどの対策で子どもへの感染を抑えることができます。こうした母子感染の予防策が確立しており、日本ではHIV陽性の母親からの赤ちゃんへの感染は非常に少なくなっています。

治療方法
抗HIV薬を“飲み続ける”
現在は、複数の抗HIV薬を服用する抗HIV療法により、体内のHIVの増殖を抑え、免疫力の低下を防ぐことができます。早期に感染を知り、治療を始めることにより、HIVに感染していない人と同じように長く、健康的な社会生活を送ることができるようになりました。最近では、複数の抗HIV薬を合剤にした1日1錠の服薬ですむ薬も登場しています。

患者数
減ってきてはいるものの安心できず

2023年3月22日に開催されたエイズ動向委員会によると、HIV感染者とエイズ患者を合わせた新規報告数は速報値で870件となっており、6年連続で減少しています。ただ、HIV抗体検査件数は、2020・2021年は新型コロナウイルス感染症流行の影響による保健所などでの検査控えで減少したと考えられ、2022年も検査件数は増加したものの、コロナ禍以前の水準にはまだ達していません。検査件数はかつての水準に戻っていないので、減ってきているからといって安心はできません。



●HIVの検査を受けよう
HIV感染の有無はHIVの検査(抗体検査など)を受けることでしかわかりません。感染の可能性がある場合はきちんと検査を受け、もし感染していたら必ず医療機関を受診することが大切です。 検査は、保健所や医療機関で受けることができます。

保健所や自治体の運営する検査所では、名前や住所を知らせなくても無料で検査を受けることができます。また、自治体によっては、医療機関での委託無料匿名検査を実施しています。検査を受けられる時間は場所によって異なり、予約が必要なところもあるので、事前に電話で確認することをおすすめします。

医療機関での検査は内科、泌尿器科、産婦人科、性感染症科などの診療科で受けることができます。検査受付については、費用や時間なども含めて事前に確認してください。

相談先
相談内容や居住地で相談先を探す

検査や相談先はHIV検査相談マップで検索してみてください。キーワードや都道府県から探すことができます。
HIV検査相談マップはこちら

イベント
HPやイベントで正しい情報を得よう
厚生労働省では、HIV感染症やエイズについて、多くの人に正しく知っていただくため、ホームページなどを通じて情報発信や関連イベントの開催、検査の呼びかけなどを行っています。
HIVについての情報はこちら


HIV検査普及週間
毎年、6月1日から6月7日までの1週間を「HIV検査普及週間」と定め、普及啓発イベントを実施しています。


世界エイズデー
毎年、12月1日の「世界エイズデー」には啓発イベントを実施しています。

【差別・偏見はダメ!】
HIV感染症の人たちが普通に社会生活を送ればうつすことはないにもかかわらず、周りの理解がなくて差別を受けることもあります。今、解消しなければならないのは「スティグマ(差別・偏見)」です。皆さんの知っているHIV/エイズの情報が、思い込みではないか、誤ったものではないか、立ち止まって調べ、考えてみてください。


●正しく理解することで差別・偏見を解消
HIV感染症やエイズ対策において、「スティグマ(差別・偏見)」は今も深刻な課題です。未だにHIV感染症を「不治の病」と思ったり、抗HIV薬を飲めばエイズの発症を抑えられることを知らない人がいます。
HIV感染症の人たちが普通に社会生活を送ればうつすことはないにもかかわらず、周りの理解がなくて差別を受けることもあります。そういった差別や偏見をなくすためにも、正しく理解してもらえるように取り組んでいく必要があります。

厚生労働省では、多くの人に正しく知っていただくため、ホームページなどを通じて情報発信や関連イベントの開催、検査の呼びかけなどを行っています。

<Part3>
エムポックスを正しく知る

差別・偏見を生まないための知識を持つ
エムポックスは、中央アフリカから西アフリカにかけて地域的な流行が見られる感染症です。昨年5月以降は世界各地で患者が発生し、日本国内でも同年7月に1例目の患者が確認され、今年になってからも患者数が増加しています。エムポックスについての基本的な情報とあわせて、現状や治療・予防法について、厚生労働省の担当者に聞きました。


解説
健康局結核感染症課 課長補佐/エイズ対策推進室 室長
杉原 淳

【エムポックスとは……】

オルソポックスウイルス属のエムポックスウイルスによる感染症です。主に、感染した人や動物の皮膚の病変・体液・血液との接触(性的接触を含む)や、近距離での対面で飛沫に長時間さらされること、患者が使用した寝具等との接触などにより感染します。

サルからはじめて見つかったため「サル痘(monkeypox)」と呼ばれてきましたが、昨年11月に世界保健機関(WHO)により国際的に「MPOX」という名称に変更になり、今年5月に日本においても「エムポックス」という名称に変更されました。



●世界的には減少傾向だが日本では今年に入り患者増加
エムポックスは、1970年にザイール(現在のコンゴ民主共和国)で人への初めての感染が確認された、オルソポックスウイルス属のエムポックスウイルスによる感染症です。
エムポックスは、中央アフリカから西アフリカのリスなどの齧歯類などがウイルスを保有しており、そうした動物との接触により人に感染することが報告されていました。

しかし、昨年5月以降は、従来のエムポックス流行国であるアフリカ大陸への渡航歴のないエムポックス患者が世界各地で報告され、日本国内でも同年7月に初めての患者が報告されました。
その後、世界的には患者数が減っていますが、日本では今年に入り患者の報告が増加し、6月14日時点で176例が確認されています。

2022年5月以降の国際的な流行では、性的接触を含め、感染した人の皮膚の病変などへの接触による感染が中心とされており、国際的に男性同士の性的接触による感染が多いことが報告されています。

患者数
昨年7月に国内1例目の患者 今年になって増加しています

WHOによると、昨年5月以降、従前のエムポックス流行国への渡航歴のないエムポックス患者が世界各地で報告されていますが、今年3月時点では全体の症例の報告数は減少傾向になっています。しかし、日本では昨年7月に1例目の患者が確認され、その後散発的に発生し、今年に入ると患者の報告数が増加しています。



検査
気になる症状があれば最寄りの医療機関へ

エムポックスを疑う症状が見られた場合、最寄りの医療機関に相談してください。医療機関にかかる際には、マスクの着用や発疹部位をガーゼなどで覆うなどの対策をしたうえで受診してください。

治療と予防
治療薬やワクチンの臨床試験が進行中

・治療
症状に合わせた対症療法を行います。まだ、国内で利用可能な薬事承認された治療薬はない状況ですが、海外で承認されている薬を日本でも使えるように、臨床研究を進めています。
・予防
エムポックスに感染している方の、発疹や体液に触れること(性的接触を含む)を避けるようにしてください。また、ワクチンの臨床試験も進めています。流行地では、感受性のある動物や感染者との接触を避けることが大切です。

エムポックスについての情報はこちら

●感染すると発疹やリンパ節の腫れなどの症状
エムポックスに感染した場合、一般的には発熱や発疹、リンパ節の腫れなどの症状が見られます。発疹は体の部位に関係なく出現しますが、特に顔や口、手足、肛門、性器、臀部での発生に注意が必要です。多くの場合、2~4週間症状が持続した後、自然軽快しますが、免疫不全の方など、まれに重症化するケースが報告されています。

感染した場合は、症状に合わせた対症療法を行います。国内で利用可能な承認された治療薬はまだありませんが、米国・欧州などで承認された治療薬を用いた臨床研究を実施しており、日本でも投与できる体制を整えています。また、天然痘ワクチンによって約85%の発症予防効果があるとされていることから、我が国で開発・製造されている天然痘ワクチンを投与することで発症を予防する研究も進めています。

日本では、まだなじみの薄い感染症であることから誤った情報や偏った知識からの差別・偏見が懸念されます。正しい知識と判断、対応をお願いします。

 

出典 : 広報誌『厚生労働』2023年8月号 
発行・発売: (株)日本医療企画(外部サイト)
編集協力 : 厚生労働省