第6回社会保障審議会年金部会年金財政における経済前提に関する専門委員会 議事録

●日時

2023(令和5)年12月4日(月)15時00分~17時00分

●場所

全国都市会館 第1会議室(3階)

●出席者

深尾委員長、権丈委員(オンライン)、滝澤委員、玉木委員、徳島委員、藤澤委員
(オブザーバー)
前田参事官(内閣府計量分析室)、石川審議役(年金積立金管理運用(独):GPIF)、植田調査数理部長(年金積立金管理運用(独):GPIF)

●議題

検討作業班における議論について

●議事録

佐藤数理課長
 定刻になりましたので、ただいまより、第6回「年金財政における経済前提に関する専門委員会」を開催いたします。
 委員の皆様におかれましては、御多忙の折、お集まりいただき、ありがとうございます。
 本日の委員の出欠状況について御報告いたします。
 土居委員、権丈委員からは、遅れて御参加との連絡をいただいております。
 また、小枝委員、武田委員からは御欠席、権丈委員からはオンラインでの御参加の旨、御連絡いただいております。
 オブザーバーにつきましては、内閣府計量分析室の前田参事官、また年金積立金管理運用独立行政法人からは石川審議役と植田調査数理部長に御出席いただいております。
 なお、年金局長の橋本、大臣官房審議官の泉ですが、公務の都合により途中で退席させていただく予定となっておりますので、あらかじめ申し上げておきます。
 では、審議に入ります前に資料の確認をさせていただきます。
 本日の資料は、
 資料1 これまでの財政検証の経済前提について
 資料2 検討作業班における議論について
 そして、資料2の参考資料として
 参考資料1 検討作業班における議論について(参考資料)―第1分冊―
 参考資料2 検討作業班における議論について(参考資料)―第2分冊―
をお配りしております。
 それでは、以降の進行につきましては、深尾委員長にお願いいたします。

○深尾委員長
 委員の皆様には御多忙の折、お集まりいただきありがとうございます。
 議事に入らせていただきますので、カメラの方々はここで退席をお願いします。
 前回の専門委員会で合意したとおり、経済前提の設定に関する技術的な検討や具体的な作業を行う場として検討作業班が設置され、全体で3回議論されたとのことです。
 本日は、その検討結果の報告をいただきながら、この専門委員会でさらに議論を深めさせていただきたいと思っています。
 本日の議題である「検討作業班における議論について」、資料1、2をまとめて事務局より説明をお願いします。

○佐藤数理課長
 数理課長でございます。
 まず資料1を御覧ください。
 こちらは、過去の財政検証において設定された経済前提について、実績と比較しつつ一定の評価を行った資料となっております。
 検討作業班において検討を行いまして、資料2の取りまとめにも反映しているものであります。
 また、第5回の当専門委員会において委員より、経済前提が年金財政にどのような影響を与えるかについて説明してほしい旨の御発言がありました。前半がその御要望を反映した資料となっております。
 それでは、2ページを御覧ください。
 公的年金は企業年金や私的年金と異なりまして積立て方式ではなく、現役世代が支払った保険料をそのときの年金の支払いに充てる賦課方式を採用しております。つまり、「世代間での支え合い」の仕組みとなっております。
 また、そのときの賃金のベースにした保険料が年金の原資となっておりますので、現役世代の賃金、すなわち生活水準に応じた年金の支給が可能になっております。これは、積立て方式の仕組みでは激しいインフレなどが生じた際に困難となるものでありまして、賦課方式のメリットがあると考えられているものであります。
 続いて3ページを御覧ください。
 公的年金における積立金の役割を確認しております。
 日本の公的年金は200兆円を超える積立金を保有しておりますが、これは過去の保険料を給付に充てた残余が積み立てられて運用で増大してきたものであります。この積立金は高齢化がさらに進んだ将来の給付に充てることとされており、将来の給付水準の下支えに寄与するものであります。つまり、赤字で書いておりますが、少子高齢化の影響を緩和する役割があるものであります。
 続いて4ページを御覧ください。
 こちらは、定量的にその役割と規模を確認したものであります。
 左図を御覧いただきますと、今後100年間の年金給付の財源を考えると、積立金は全体の約1割でありまして、補助的な役割であることが分かります。
 右の図は、この積立金がいつ活用されるかを示しております。主に活用されるのは団塊ジュニアが引退を迎える2040年代以降となっておりまして、より高齢化が見込まれる将来に備えるものであることが分かります。
 続いて5ページを御覧ください。
 経済が年金財政にどのような影響を与えるかを確認しております。
 公的年金は収入、支出、ともに賃金水準の変化に応じて変動する構造となっております。また、この性質により、激しい経済変動があっても一定の安定性を確保しておりまして、賃金水準に応じた年金給付を可能にしているものであります。
 このような構造におきまして、収入、支出の中で賃金に連動しない部分が収支のバランスに影響するということになりまして、年金財政に影響を与えることになります。この賃金に連動しない部分が、赤字で記載しているものとなります。
 1つ目が運用収入になります。その中でも賃金上昇との差に相当します実質的な運用利回り、スプレッドと言われるものとなります。
 2つ目が既裁定の年金が物価スライドになりますので、賃金上昇と物価上昇の差に相当します実質賃金上昇率がもう一つの要素となります。
 したがって、実質的な運用利回り、スプレッドと実質賃金上昇率が年金財政において重要な経済要素ということになるものであります。
 続いて6ページを御覧ください。
 次は、物価上昇率がどのような影響を与えるかを確認したものであります。
 実質賃金上昇率と実質的な運用利回りが同じであれば、物価は収入、支出を等しく変化させるというものでありまして、基本的には年金財政に中立であります。
 しかし、マクロ経済スライド調整には名目下限があるため、物価上昇率が低い場合にはマクロ経済スライド調整がフルに発動しないということになりまして、マイナスの影響を与えることになります。
 このように、年金財政にとって重要な経済要素は実質賃金上昇率と実質的な運用利回りということになりますので、次ページ以降、この2つの要素についてこれまでの財政検証の設定について確認しております。
 8ページを御覧ください。
 現在の経済モデルを用いた枠組みが用いられることになったのが平成16年財政再計算以降ということになりまして、それ以降の経済前提について実質賃金上昇率、実質的な運用利回りの2つの要素について、前提と長期的な実績、具体的には2001年から2021年度の平均を比較しております。実質賃金上昇率は実績より高く設定する一方、実質的な運用利回りについては実績より低く設定してきているというものであります。
 この要因を簡潔に吹き出しに記載しております。財政検証におきまして、実質賃金は労働生産性向上に伴いまして上昇することを前提としておりました。しかし、実際には労働生産性向上にかかわらず実質賃金が低迷したため、乖離が生ずることになったというものであります。
 一方、実質的な運用利回りにつきましては対賃金の運用利回りですので、賃金が低迷したことが、実績が高い要因の一つとなったものであります。
 続いて9ページを御覧ください。
 次は、実質賃金上昇率の設定の基礎となります生産性向上について、前提と実績の比較をしております。
 全要素生産性上昇率、労働生産性上昇率、ともに実績はおおむね経済前提で設定された範囲の中に位置しているというものであります。
 ただ、範囲の中では低めに位置していることにも留意が必要というものであります。
 続いて10ページを御覧ください。
 既に専門委員会で御確認いただいた資料ということになりますが、先進諸国の実質賃金の伸びの要因分解をしたものであります。多くの国では労働生産性の向上がベースになっているということでありまして、伸びの大きな要因を占めているということが確認できます。
 日本においても労働生産性は向上しておりますが、デフレーターの要因など、ほかのマイナス要因と相殺した結果、実質賃金の伸びはほとんど見られなかったというものであります。
 続いて11ページ、12ページになりますが、こちらは労働生産性と実質賃金の推移を先進諸国で比較したものとなります。
 日本においては労働生産性向上にかかわらず実質賃金はおおむね横ばいとなっているものでありますが、他の先進諸国を見ますと、一定の差はあるものの労働生産性向上に伴って実質賃金も上昇していることが確認できるというものであります。
 続いて13ページを御覧ください。
 こちらも、既に専門委員会で確認いただいている資料となります。国内外の市場運用を行っている年金基金につきまして、対物価の実質運用利回りの10年移動平均を確認したものであります。
 令和元年財政検証における実質運用利回りは、最も高いケースで3.0%と設定されているというところでありますが、日本のGPIFを含む先進諸国の年金基金の実績は10年平均を見ますとおおむね財政検証の前提を上回っているというものであります。
 次の14ページを御確認ください。
 こちらは、対賃金の実質的な運用利回りについて同様に実績を確認したものであります。対賃金の実質的な運用利回りについても、日本のGPIFを含みます先進諸国の年金基金の実績は10年平均を見ますとおおむね財政検証の前提を上回っているというものであります。
 続いて15ページを御覧ください。
 こちらは、一国全体のマクロの数字ではなく、法人企業に限った資料ということになりますが、GPIFの国内の主な運用対象が法人企業となりますので、ここからは資産運用の影響を確認するために法人企業について確認しているものであります。
 法人企業について労働分配率を見ますと、バブル崩壊後、長期的な趨勢といたしましては労働分配率が低下傾向にあるというところであります。
 続いて16ページを御覧ください。
 法人企業の収益等について確認しております。
 左のグラフで、付加価値の内容を確認しております。人件費が横ばいで推移する中、自己資本への分配に相当いたします営業純益が大きく増加しているというところであります。営業純益とその下の水色の支払利息等を合算したものが営業利益に相当しますが、これが増加しているということが確認できます。
 さらに右のグラフを見ていただきますと、本業の利益に相当します営業利益の増加に加えまして営業外の損益とか特別損益が2000年代くらいまではマイナスに寄与しているところでありますが、2010年代以降はプラスに転じて、そのプラスも増加してきているというところであります。その結果、税引前の当期純利益が大きく増加しております。
 続いて17ページを御確認ください。
 左の図を見ますと、税引前の当期純利益から法人税等を控除したものから配当金が支払われて、残ったものが内部留保ということになるわけですが、当期純利益の増加に伴いまして配当金、内部留保、ともに大きく増加しているところであります。
 さらに右のグラフを見ていただきますと、その結果、企業の純資産、またはストックの内部留保と言われます利益剰余金も大きく増加しているということが確認できます。
 このように、純利益が増加いたしまして、それに伴い配当金、純資産も増加しているということから、企業の株価にもプラスの効果があって、運用利回りにもプラスの効果があったと考えられるものであります。
 18ページを御覧ください。
 こちらが、全体を要約したものということになります。こちらの内容は、作業班の取りまとめにも反映させております。前提との比較、または乖離の要因につきましてはただいま御説明したとおりであります。
 3つ目の枠のところに、今回の設定に当たっての視点をまとめております。
 1つ目の◆に、日本においては労働生産性向上にかかわらず実質賃金の上昇は確認できなかったわけですが、他の先進諸国では一定の乖離はあるものの、労働生産性向上に伴って実質賃金も上昇しており、労働生産性上昇が実質賃金上昇の大きな要因を占めているというところであります。
 2つ目の◆、日本の将来を考えますと、女性や高齢者の就業率が高い水準に到達して労働力不足が続くと見込まれる。こういったことを踏まえますと、状況が変わる転換点にある可能性も視野に入れる必要があるというところです。
 3つ目の◆ですけれども、一方、実質賃金上昇率の設定の基礎になっている全要素生産性上昇率や労働生産性上昇率につきましては、長期の実績はおおむね前提の範囲にあるものの、低めに位置しているということにも留意が必要であります。
 4つ目の◆、実質的な運用利回りにつきましては国内外の市場運用を行っている年金基金の長期の実績はこれまでの財政検証の前提をおおむね上回っておりました。
 また、5つ目の◆ですが、将来、日本の実質賃金が上昇に転じた場合は実質的な運用利回りにマイナスに寄与するということになりますが、実質賃金の上昇が見られた先進諸国の年金基金においても財政検証の前提を上回っております。
 また、GPIFの運用は海外の年金基金と同様に長期分散投資によるグローバルな運用を実施しているというところであります。
 以上に留意する必要があるとまとめているところであります。
 続いて、資料2を御覧ください。
 こちらが、検討作業班における議論の結果の取りまとめとなります。
 1ページは検討作業班を開催した日時、メンバー、議題等をまとめております。
 続く2ページ以降が検討結果のまとめとなります。基本的な考え方や、経済前提としての枠組みなどについて検討作業班としての案をお示しいただいているというところであります。
 本日、委員の皆様より御意見をいただいて、専門委員会としての取りまとめ案をまとめて年金部会へ御報告したいと考えているところであります。
 その後、具体的な数字の議論につきましては年明けに公表予定の内閣府の中長期試算やJILPTの労働力需給推計、2022年度の国民経済計算の係数が公表された後の議論となるところであります。
 では、検討結果について、読み上げさせていただきます。
 2ページ以降を御覧ください。
 
(1)基本的な考え方
(財政検証の特徴等)
・財政検証においては、将来の人口や経済の状況は長期的な前提を設定する必要があるが、最善の努力を払ってこれらの前提を設定したとしても、時間の経過とともに実績との乖離が生じるのは避けられない。このため、少なくとも5年ごとに最新のデータを用いて諸前提を設定し直した上で、現実の軌道を出発点として新たな財政検証を行うことが法律で定められている。
・将来の社会・経済状況は不確実であり、長期の予測には限界がある。このため、財政検証における将来見通しは、将来の状況を正確に見通す予測(forecast)というよりも、一定のシナリオに基づく投影(projection)という性格を持つことに留意が必要である。また、投影という性格を踏まえ、財政検証の将来見通しは、一定のシナリオを基に長期の平均的な姿を描いたものと解釈すべきである。
・したがって、経済前提は長期的に妥当と考えられる複数のシナリオを幅広く想定した上で、長期の平均的な姿として複数ケースの前提を設定すべきものであり、財政検証の結果についても幅を持って解釈する必要がある。
・さらに、長期の経済前提を設定する際には、財政検証がおおむね100年にわたる超長期の推計であることを踏まえ、足下の一時的な変動にとらわれず超長期の視点に立ち妥当と考えられる範囲において設定する必要がある。
・公的年金への理解と議論を深めるため、国民に分かりやすく伝えるという視点も重要であり、設定方法をいたずらに複雑にせずシンプルにするとともに、設定したシナリオの意味を分かりやすく説明できるよう工夫すべきである。
(積立金の平滑化)
・将来の短期的な時価の変動を織り込むことは困難である上、長期の平均的な姿を描くという財政検証の性質を踏まえると、財政検証の将来見通しの積立金や経済前提として設定する運用利回りは、短期的な時価の変動を平滑化したものと整理することが適当である。したがって、財政検証で用いる足下の積立金については平滑化したものを使うことが望ましい。なお、その際に使用する平滑化の方法は、社会保障審議会年金数理部会の公的年金財政状況報告において使用している方法が適当である。
(2)これまでの財政検証の経済前提について
(実績と前提の比較)
・長期的に収入、支出ともに賃金上昇率に従って変動する公的年金の財政において、大きな影響を与える経済要素は、「実質賃金上昇率(対物価)」とスプレッドと呼ばれる「実質的な運用利回り(対賃金)」である。
・この2つの要素について、長期の経済前提を実績(2001~2021年度平均)と比較すると、実質賃金上昇率(対物価)の前提は実績より高く、実質的な運用利回り(対賃金)の前提は実績より低く設定されていた。
・一方、実質賃金上昇率の設定の基礎となった全要素生産性上昇率や労働生産性上昇率の実績は、概ね前提の範囲内であるものの、範囲の中では低めとなっていた。
 
 表は省略させていただきます。
 
(実績と前提の乖離の要因)
・実質賃金上昇率(対物価)については、労働生産性向上に伴い実質賃金も上昇する仮定を置いていたが、バブル崩壊後、労働生産性は向上する一方で賃金上昇率(対物価)は概ね横ばいで推移し、実績が前提を下回る一因となった。
・一方、実質的な運用利回り(対賃金)については、実質賃金上昇率(対物価)の低迷が、実質的な運用利回り(対賃金)の上昇に寄与し、実績が前提を上回る一因となった。さらに、GPIFの国内の投資対象となる法人企業において、人件費が横ばいで推移する中、純利益、純資産の増加したことも一因と考えられる。
(今回の経済前提の設定に当たって)
・労働生産性向上と実質賃金の関係について調べると、日本以外の先進諸国においては労働生産性向上に伴い実質賃金も上昇しているが、日本の労働生産性向上と実質賃金の関係は、これらの国と異なる状況にあることが確認された。また、先進諸国について実質賃金の伸びの要因分解を行ったところ、多くの国で労働生産性向上が大きく寄与していたことを考慮に入れる必要がある。一方、全要素生産性上昇率や労働生産性上昇率については、長期の実績はおおむね前提の範囲に入っているものの、範囲の中では実績は低めに位置していることにも留意が必要である。
注:女性や高齢者の就業率が高まる中で労働力不足が続くことも見込まれることを踏まえると、状況が変わる転換点にある可能性も視野に入れる必要があるとの指摘があった。
・実質的な運用利回り(対賃金)については、GPIFと同様に国内外の市場運用を行っている諸外国の年金基金等の長期の運用実績は、これまでに設定してきた財政検証の前提を概ね上回っている。また、将来、日本の実質賃金が上昇に転じれば、実質的な運用利回り(対賃金)にはマイナスに寄与するものの、実質賃金の上昇が見られる先進諸国の年金基金においても、これまでの財政検証の前提を上回っていることを考慮する必要がある。
(3)長期の経済前提に用いる経済モデルの建て方
(経済モデルの建て方とパラメータの設定について)
・これまでの財政検証において用いられてきたマクロ経済に関する試算に基づく設定方法は、諸外国に比べても工夫されたものとなっている。また、財政検証においては継続性の観点も重要であり、今回においても基本的な枠組みを維持することは適当である。一方、その後の状況等を踏まえ、改善が可能な点は改善を図る。
・経済モデルに投入するパラメータの設定については、財政検証は一定のシナリオに基づく投影であるという性格を踏まえれば、長期のヒストリカルなデータの平均や分布を用いて設定することが適当であり、2019年財政検証の経済前提の設定と同様に過去30年のデータを用いて設定することを原則とすべきである。
・また、複数のケースの設定に当たっては、背景となるシナリオを踏まえ、それぞれのパラメータの整合性を考慮して設定すべきである。
(新型コロナウイルス感染症の影響下のデータの取り扱い)
・過去を振り返ると、新型コロナウイルス感染症の他にもリーマンショックや東日本大震災など、様々なショックがある中、異常値を排除する場合、何を異常値とするかには一定の恣意性が入る余地がある。また、長期の経済前提は、長期の平均的な姿として設定するという基本的な考え方を踏まえれば、パラメータ設定の際に用いる長期の実績から、新型コロナウイルス感染症の影響下のデータを除外せずに使用することが適当である。
(総投資率の設定方法)
・2019年財政検証では、総投資率の長期的に低下している傾向を外挿して設定するケースの他、総投資と総貯蓄の差が一国全体の経常収支に相当することに着目し、総投資率の過去からの傾向を外挿したものから、総貯蓄率の過去からの傾向を外挿したものへ30年間かけて緩やかに遷移するようなケースも設定し、全てのシナリオについて、両方のケースについて推計を行い両方の結果を幅で示すこととした。
・上記の推計方法によると、総投資率が停滞する中で利潤率が上昇し続ける見通しとなっていたが、過去の総投資率や利潤率の推移を見ると、利潤率の変化に一定のタイムラグをおいて総投資率も同様に変化する動きが確認され、両者には一定の相関があることも確認された。
・このため、総投資率の設定方法を見直し、利潤率を説明変数とする回帰式により総投資率を設定することが適当である。なお、どれだけタイムラグを置くかは、分かりやすさの観点から前年度の利潤率を使用し、回帰式の設定に当たっては、様々な経済状況に当てはまるものを定めるという観点から、できる限り長期間のデータを用いることが望ましい。
(利潤率の計算式)
・2019年財政検証における利潤率については、以下の算式により決定しているが、
利潤率=資本分配率×GDP/資本ストック-資本減耗率
資本や労働への報酬といった分配の観点を踏まえると、GDPから「生産・輸入品に課される税-補助金」を控除する方が利潤率の定義に沿うものであり、利潤率の計算式を以下のとおり変更することが適当である。
利潤率=資本分配率×(GDP-(生産・輸入品に課される税-補助金))/資本ストック-資本減耗率
・なお、「生産・輸入品に課される税-補助金」をどのように見込むかは、財政検証が 予測ではなく一定のシナリオに基づく投影であることを踏まえ、足下のGDPに対する「生産・輸入品に課される税-補助金」の割合を一定とする等、恣意的な設定とならないようシンプルな方法で見込むことが適当である。
(4)長期の経済前提に用いるパラメータの設定等
(全要素生産性(TFP)上昇率の設定について)
・2019年財政検証における全要素生産性(TFP)上昇率の設定については、過去30年間(1988~2017年度)の実績の分布を踏まえ、内閣府「中長期の経済財政に関する試算(以下「中長期試算」)」の設定を基礎に、より低い方向に幅広く設定していた。
・直近の内閣府の中長期試算(令和5年7月25日、経済財政諮問会議提出)では、全要素生産性(TFP)上昇率は、足下の水準(0.5%)から、成長実現ケースでは日本経済がデフレ状況に入る前の期間の平均、1.4%程度に到達、ベースラインケースでは近年の動向を踏まえ、直近の景気循環の平均、0.5%程度で推移するとの前提が置かれている。
・一方、直近30年間(1993年第2四半期~2023年第1四半期)の全要素生産性(TFP)上昇率の実績の分布をみると、0.2%~1.2%の範囲で推移している。
・長期の設定における全要素生産性(TFP)上昇率については、シナリオの基軸となるものであり、内閣府の中長期試算の設定や全要素生産性(TFP)上昇率の長期の実績を踏まえつつ、足下の全要素生産性(TFP)上昇率との接続を意識して幅広く複数ケースを設定することが適当である。
(労働投入量の設定について)
・2019年財政検証では、長期の労働投入量の設定は、2019年1月に取りまとめられた「労働力需給推計」((独)労働政策研究・研修機構)に準拠し、内閣府の中長期試算の設定を踏まえ、中長期試算の成長実現ケースに接続するケースⅠ~Ⅲについては労働力需給推計の経済成長と労働参加が進むケースを、中長期試算のベースラインケースに接続するケースのうち、ケースⅣ・Ⅴについては労働力需給推計の経済成長と労働参加が一定程度進むケースを、最も低いケースⅥについては労働力需給推計の経済成長と労働参加が進まないケースを組み合わせることとした。
・労働投入量については、今後公表予定の新たな労働力需給推計を基礎にマンアワーベースの労働投入量(総労働時間)を推計し、経済モデルに投入することとなるが、2019年財政検証における労働投入量の設定の考え方も参考にしつつ、今回においても幅広く設定することが適当である。
(資本分配率及び資本減耗率の設定について)
・2019年財政検証における資本分配率及び資本減耗率は、全要素生産性(TFP)上昇率を高めに設定するケースはバブル期を含む過去30年平均、低めに設定する場合には過去10年平均の実績で設定していたが、今回、過去30年からバブル期が外れることから、前回と同じ考え方でケースにより使い分けることは困難である。
・資本分配率及び資本減耗率について、機械的に変化させ感応度分析を行ったところ、これらのパラメータを過去30年平均と過去10年平均の差分だけ変化させたとしても経済前提へ与える影響は小さいことが確認された。このため、ケース毎にこれらのパラメータを使い分ける必要性が低いと考えられ、全てのケースにおいて過去30年平均の実績で設定することが適当である。
(物価上昇率の設定について)
・2019年財政検証では、物価上昇率は、日本銀行の物価安定の目標、内閣府の中長期試算、過去30年間の実績の平均値を参考に、経済モデルの外生値として設定されている。今回もこれらを参考に設定することが適当である。
(長期の運用利回りの設定について)
・2019年財政検証では、2001年のGPIFの発足から17年以上が経過し、一定の長期間のGPIFの運用利回りの実績が活用できるようになったことから、ケースⅠからⅤまでの実質運用利回りは、GPIFの運用実績を活用し設定することとした。過去の実績を活用するに当たっては、単に過去の実績をそのまま利用するのではなく、フォワードルッキングな視点も導入し、GPIFの運用実績を基礎に、経済モデルから推計される利潤率倍率を乗じて推計していた。今回も同様の方法により設定することが適当である。
将来の実質運用利回り(対物価)=GPIF実質運用利回りの実績(対物価)
×将来の利潤率の推計値/利潤率の実績
・2019年財政検証におけるケースⅣの長期の運用利回りの設定は、前述のGPIFの運用実績を活用する方法によらず、イールドカーブを用いた方法を採用していた。
・しかしながら、GPIFのポートフォリオにおいて、金利と関係の深い国内債券の割合は低下し25%となっている。また、中央銀行の政策の影響等を受けイールドカーブから求められたフォワードレートの動きは不安定であり、ある特定の時点のイールドカーブを用いて長期の運用利回りの設定することは適当ではない。このため、ケースⅥについても、ケースⅠからⅤにおける実質運用利回りの設定と同様に、GPIFの運用実績を活用する方法に変更することが適当である。
・運用実績はGPIFの運用目標や基本ポートフォリオの設定に依存する一方、GPIFの運用目標は財政検証の経済前提に基づき設定されている。また、市場経済の影響を受け、運用実績は短期的には大きく変動する。これらを踏まえ、運用実績を活用するに当たっては、10年程度の一定の長期間の移動平均の変動の幅を踏まえ、保守的に設定することが適当である。
(実質賃金上昇率と労働生産性上昇率の乖離)
・2019年財政検証では、実質賃金上昇率と労働生産性上昇率の乖離について要因分析を行い、1.経済成長率を実質化するGDPデフレーターと賃金上昇率を実質化する消費者物価指数のデフレ-ターの違い、2.労働分配率の低下、3.雇主の社会負担の増加により概ね説明できることを確認し、1の消費者物価指数のデフレ-ターとGDPデフレーターの差のうち、作成方法等の違いにより生じている部分については、将来にわたり続く可能性も考えられるとして、アメリカ、カナダの年金財政の見通しにおいてデフレーターの違いが考慮されていることも参考にしつつ、実質賃金上昇率の設定に当たって一定程度考慮した。
・今回の専門委員会においても実質賃金上昇率と労働生産性上昇率の乖離について1995~2021年のデータにより同様の要因分析を行い、日本においては「実質化する際のデフレーターの違い」の寄与が大きいものの、「雇主の社会負担」、「生産・輸入品に課される税-補助金」、「自営業者、混合所得等」の影響もあることを確認した。また、デフレーターの違いについては、「作成方法等の違い」と「交易条件の変化」の寄与が大きいことも確認した。
・財政検証が100年にわたる見通しであることを踏まえると、実質賃金上昇率と労働生産性上昇率の乖離については、その乖離の要因が数十年にわたり持続するかどうかを踏まえ検討すべきである。
・2019年財政検証においても考慮した消費者物価指数のデフレ-ターとGDPデフレーターの差のうち、作成方法等の違いにより生じている部分については、日本の毎年の動向を見ても多くの年において実質賃金上昇率にマイナスの影響を与えており、前回同様に、将来にわたり続くことを想定し、考慮することが適当である。
・一方、実質賃金上昇率と労働生産性上昇率の乖離を生じさせるその他の要素については、毎年の動向を見るとプラス・マイナス変化しており、必ずしも将来にわたり一定方向に続くとは想定できない。このため、今回も考慮する積極的な理由はないと考えられる。
・なお、2019年財政検証においては、アメリカ、カナダの年金財政の見通しにおいてデフレーターの違いが考慮されていることも踏まえた設定としていたが、諸外国を勘案する際には、CPIの作成方法に違いがあることや様々な社会経済状況の違いも考慮に入れる必要があり、我が国の動向のみを考慮して設定することが適当と考える。
(5)足下の経済前提の設定
(足下の経済前提の設定について)
・2019年財政検証における足下の経済前提は、中長期試算の成長実現ケース及びベースラインケースのそれぞれに準拠して設定されたが、賃金上昇率、運用利回りについては内閣府の中長期試算において推計、公表されていないことから、賃金上昇率は、労働生産性上昇率を基に設定し、運用利回りについては、内閣府の中長期試算の長期金利に内外の株式等による分散投資効果を加味するとともに、長期金利上昇による国内債券への影響を考慮し設定していた。
・内閣府の中長期試算(令和5年7月25日、経済財政諮問会議提出)では、賃金上昇率や物価上昇率の見通しが示されており、来年1月に公表予定の中長期試算も同様である場合は、賃金上昇率や物価上昇率については、内閣府の中長期試算に準拠することが適当である。
・一方、足下の運用利回りの設定については、長期の経済前提の運用利回りと設定の考え方が異なることもあり、足下と長期の接続が悪いことが確認された。また、GPIFのポートフォリオにおいて、金利と関係の深い国内債券の割合は低下し25%となっていることを踏まえると、足下の運用利回りの設定については、長期の経済前提の設定に合わせ、GPIFの実質運用利回りの実績(対物価)を基に設定する方法に変更するべきである。
(足下と長期の経済前提の接続について)
・2019年財政検証では、全要素生産性(TFP)上昇率、労働投入量、物価上昇率の水準を足下と長期の経済前提との整合性を意識して接続させていた。今回は、これらの要素に加えて実質賃金上昇率(対物価)や実質的な運用利回り(対賃金)の整合性を意識して接続させるべきである。
(6)その他
(経済変動を仮定するケースについて)
・社会保障審議会年金部会における議論の整理(令和元年12月27日社会保障審議会年金部会)において、マクロ経済スライドの効果については、引き続き、その状況の検証を行うべきとの指摘がある。
・2019年財政検証では、マクロ経済スライドの効果を検証するため、名目賃金上昇率や物価上昇率の変動幅や周期を機械的に設定していた。今回も前回の設定の考え方を踏まえ、マクロ経済スライドの効果を検証できるよう、経済変動を仮定するケースを設定することが適当である。
(国際人口移動の前提の違いによる経済前提への影響)
・令和5年「将来推計人口」(国立社会保障・人口問題研究所)における国際人口移動の前提は約16万人となっている。将来推計人口において公表されている条件付推計の結果を用いて、国際人口移動の前提の違いによる総人口(20~69歳)の変化を、総労働時間の変化率に反映することで粗く試算したところ、経済前提への影響は限定的であることを確認した。
・引き続き国際人口移動の前提を変えた場合の影響を確認し、その結果を経済前提の設定において、どのように取り扱うかは検討していくべき課題である。
 
 資料2は以上でありますが、続いて参考資料について2分冊を用意しております。こちらは検討作業班で用いた資料をまとめたものであります。大部でありまして、詳細な説明は省略いたしますが、ポイントとなる資料、または今後の議論の参考となる資料について御紹介させていただきたいと思います。
 参考資料1の56ページを御覧ください。
 今後、経済前提のケースをどのように設定していくか、御議論いただくこととなりますが、その際ベースとなるのがTFP上昇率になるかと思います。TFP上昇率については内閣府試算の前提や過去30年の実績を踏まえて設定するということとなりますので、これらの直近の数値を確認したというものになります。
 直近の内閣府試算では、成長実現ケース1.4%、ベースラインケース0.5%となっておりますが、直近30年の実績を見ますと0.2から1.2%の範囲内で分布しているというところであります。年明けに公表される内閣府の新しい中長期試算の前提により、足下の数字は変わってくるというところでありますが、これらを踏まえて足下と長期の接続も意識しつつ、TFP上昇率の前提を設定するということになるというところであります。
 続いて68ページを御覧ください。
 先ほどの取りまとめにおきまして資本分配率、資本減耗率については経済に与える影響は小さいことを確認したと記載しておりますが、その感応度分析の結果となります。前回の財政検証では、過去30年平均と過去10年平均をケースにより使い分けておりましたが、その違いが経済前提の結果にどの程度影響があるかを試算したというものであります。実質賃金上昇率、実質的な運用利回りに与える影響は0.1%以下となっております。
 続いて第2分冊、参考資料2のほうになりますが、26ページを御覧ください。
 こちらは資料1の再掲ということになりますが、先進諸国において実質賃金の伸びの要因分解になります。
 日本においては、労働生産性向上にかかわらずデフレーターの違いなど、マイナス要因によって実質賃金上昇率との乖離が生じていますが、そこでこの乖離をどこまで織り込むかが課題となります。
 続いて27ページを御覧ください。
 こちらは、日本について実質賃金と労働生産性の毎年度の伸びの乖離について要因分解をしたものであります。
 平均してみますと、デフレーターの差が大きいことは前のページでも確認できたというものでありますが、毎年度の要因を見てもデフレーターの差が大きくて、おおむねマイナスに寄与しています。
 一方、その他の要因につきましては全期間平均して見たときのマイナスの寄与も小さいですし、年度によりプラスマイナスの変化が見られるところであります。
 続いて29ページを御覧ください。
 次に、先ほどの27ページで見ていただいたデフレーターの差についてさらに要因分解をして見たというものになります。
 作成方法の違いに相当しますオレンジ色の部分ですね。こちらが平均してみた場合の影響も大きいですし、毎年度を見てもおおむねマイナスに寄与しているというところであります。
 一方、その他の要素につきましてはプラスマイナス変動しているということであります。こういったものを見まして、前回の財政検証でも考慮いたしましたデフレーターの差のうち、作成方法の違いについては引き続き考慮するものの、他の要素については必ずしも将来にわたり一定の方向に続くとは想定できず、考慮する積極的な理由はないと整理されたものであります。
 続いて、51から56ページを御覧ください。
 まず51ページです。
 いずれも前回の財政検証における設定になりますが、経済要素の足下と長期の接続を確認したものになります。
 51ページが全要素生産性上昇率で、52ページが労働投入量のケース分けを見たもの、53ページが物価上昇率、54ページが実質賃金上昇率となります。
 さらに、55ページが対賃金の実質的な運用利回り、56ページが対物価の実質運用利回りとなります。
 御確認いただいたとおり、55ページ、56ページの運用利回りについては足下と長期の接続が悪くなっているところであります。この要因としては、足下と長期で運用利回りの設定方法が異なるということにあります。足下のほうは内閣府試算の金利を基礎に設定しているということに対して、長期はGPIFの実績を基礎に設定しているということであります。
 また、金利と関係の深い国内債券の割合が低下しているということを踏まえて、足下の設定方法を見直して長期と同様にGPIFの実績を基礎に設定する方法に変更すべきではないかと整理したところであります。
 続いて77ページを御覧ください。
 国際人口移動の前提の違いによる経済前提への影響は限定的であることを確認したと取りまとめで記載しておりますが、その試算結果となっております。これも感応度分析を行ったものであります。
 国際人口移動の前提の違いについては、専門委員会の経済モデルでは労働投入量の変化として現れるということになります。JILPTの労働力需給推計はまだ公表されておりませんので、こちらは粗い試算ということになりますが、20から69歳の人口の変化に伴って総労働時間も変化すると仮定して試算したところ、実質賃金上昇率、実質運用利回りの影響は0.1%未満、スプレッドへの影響も0.1%程度と見込まれているというところであります。
 私からの説明は以上となります。

○深尾委員長
 ありがとうございました。
 玉木委員が検討作業班の座長でございましたので、何か補足等ありましたら御説明をいだければと思います。

玉木委員
 先ほど事務局から詳しい御説明がございましたけれども、これに加えて検討作業班の中での議論で大体コンセンサスがあったなといったところを4点申し上げます。
 まず、平滑化です。資料2の2ページに積立金水準の平滑化についての言及がございます。この平滑化は数理部会で行われるようになったのを受けて経済前提作業においても行われることとなったものでございます。市場の短期的な変動が積立金水準を大きく動かすことは全く珍しくないことから、平滑化という方法には合理性があると言えるかと思います。
 加えて、将来の姿を描く経済前提及びそれに基づく財政検証と、過去の実績を検証する数理部会の作業は一体となって、いわばPDCAサイクルを構成するものと言えます。2つの作業の整合性を確保する上で、数理部会と本専門委員会が同じ手法を用いることは望ましいことと言えると思います。
 経済前提及び財政検証の作業というのはPDCAのPあるいはAに相当すると思いますけれども、これに関する国民への説明において数理部会でPDCAのCが行われることによってPDCAサイクルを回す形で年金制度の運営がなされているということが伝わるように広報の工夫をよろしくお願いしたいところでございます。
 続きまして、積立金の運用利回りについて申し上げます。資料1の13、14ページを御覧ください。
 GPIFの運用の実績は長期的に見て実質的な利回り、対賃金スプレッドの目標といいますか、財政検証で置かれた数字を余裕を持って確保したものとなってございます。
 GPIFの実績を見ますと、リスクとリターンの組合せにおいて海外の類似の運用組織のそれに近いものとなっております。海外の運用組織もGPIFも現代投資理論、あるいはファイナンス理論という学問に基づく同じ方法論を用いてグローバルな金融資本市場という同じ対象に働きかけ、しかも運用を委託する運用機関もしばしば重なるものでございますから、運用の結果が近いものとなるというのは、当然と言えば当然でございます。
 GPIFが現行の枠組みで運用してきた期間、2001年以来の期間でございますが、この間、我が国の名目賃金の動きがごく少なかったことは確かであります。その中で、賃金物価の上昇傾向が維持されていた海外の資産で運用資金の半分を現在は運用しておりますので、我が国の賃金上昇率に対するスプレッドが大きくなりやすいということも言えるかと思います。
 したがって、今後我が国の物価賃金の動きに基調的な変化が生じた場合に対賃金スプレッドがどうなるのだろうかといった論点が浮上するかと思います。
 この点に関しましては資料の14ページでございますけれども、物価賃金の上昇が持続した他の先進国においても対賃金スプレッドが一定程度出ていたことは注目に値するかと思います。
 3番目に、労働生産性上昇率と実質賃金上昇率の関係でございます。資料1の11ページでございます。
 ここにありますように、労働生産性上昇率と実質賃金上昇率の関係は我が国において他の先進国と様相を異にしております。いわばワニの口というふうな言い方が可能な姿になってございます。
 この現象の背景として、以下の諸点が指摘可能なのではないかという議論が検討作業班において行われました。
 ただ、もとより今から申し上げることは仮説にすぎませんで、厳密な実証を経たものではございません。
 第1に90年代前半以降、70年代に生まれた団塊ジュニア世代が労働市場に参入したことによって若年層の労働供給が増加しました。また、団塊世代はまだ40から50代でありました。すなわち、1990年代から2000年代は若年、あるいは中堅層の労働供給が特に潤沢であったと言えると思います。
 他方、労働需要はバブル崩壊後の不況の中で盛り上がりを欠いておりました。
 第2に、2010年代に入って団塊世代が60歳代に入ると、60歳以上の就業率が顕著に上昇し、2010年代半ば以降は70代前半の就業率も目立って上昇しております。人数の多い団塊の世代の就業が大きく増加したわけです。また、女性の就業も増加し、もはやМ字カーブと呼ばれた現象はほぼ消滅しております。今、我が国の女性の年齢別の就業率は恐らくアメリカとスウェーデンの間くらいにあるのではないかと思われます。
 第3に、このように2010年代以降の我が国の労働市場は一過性、高齢者や女性の就業率上昇は繰り返されるものではありませんので、一過性と言うべき労働の追加供給によって特徴づけられていたのではないでしょうか。
 また、この現象は必ずしも例えば20年前に広く予想されていたものではございません。2004年財政検証のときに、将来の2号被保険者数の推移の想定が置かれたわけでございますけれども、2020年頃の実績は2004年財政検証時の想定を1000万人以上、上回ったものとなっておりました。すなわち、60歳以上や女性の就業、それに伴う厚生年金の加入2号への移行という現象は20年前の予想をはるかに超えて進んだということでございます。
 第4に、この間の企業行動を見ますと、バブル崩壊後、多くの企業は金融システム不安の中で流動性の確保を優先し、また、2003年のりそな銀行の国有化などを経て我が国の金融システムの安定が回復された後も、多くの企業が無借金で現金の山の上で座っている、すなわち、積極的な設備投資や新技術の開発は行わずに流動性を厚く保っているという意味の比喩が使われることすらありました。
 こうした消極的とも言える経営が2008年のリーマンショック、あるいは2020年以降のパンデミックなどの大変動に鑑みれば、結果的にはよかったといった形になったことも否定はし難いところでございます。
 これらの結果、ワニの口とも言うべき現象が我が国において生じたのではないか、こういった議論があったわけでございます。
 過去におけるワニの口の背後にこうした一過性の事情があるとすれば、検討作業班としては類似の状況が長期にわたって今後継続すると想定するだけの材料を持ち合わせているとは言えないということになります。
 他方、一過性の現象が過ぎ去ってしまえば、他の先進国のように労働生産性と実質賃金上昇率がいずれ、これがいつかはなかなか特定し難いわけですけれども、いずれ収れんしていくというふうな想定の仕方、置き方も可能であろうかと思います。この点につきましては、予断を持たずに注視していく必要があるのではないかと思います。
 最後に物価についてです。物価変動については、検討作業班におきまして置くべき数字について具体的に細かく議論したわけではありません。
 しかし、賦課方式の下で我が国の年金制度が構造的にインフレ体制の強いものであることは共通の理解になっております。我が国の制度においては、インフレ率がマクロ経済スライドの調整率を下回ると財政的な影響が生じ得ます。
 しかし、既にキャリーオーバーの仕組みが取り入れられているほか、今後のインフレ率が安定的にプラス圏で推移するならば、物価が年金財政に対してほぼ中立になるという理解を検討作業班としては持っているところでございます。
 以上でございます。

○深尾委員長
 ありがとうございました。
 それでは、ただいまの御説明につきまして御質問、御意見等がありましたらお願いします。いかがでしょうか。
 では、私のほうからよろしいですか。
 2点と、あとはマイナーな点があるんですけれども、1番目は実質賃金、今、御説明のあったワニの口についてなのですが、資料の第2分冊の29ページに、先ほど佐藤さんのほうから御説明があった「GDPデフレーターと消費者物価指数の変化率の差の要因分解の推移」、恒等的な関係を分解しているわけですが、確かに黄色い部分、家計の最終消費デフレーターと消費者物価指数の変化率、結局家計調査で対象にしている消費の構成と、それから国民経済計算の家計最終消費支出の対象にしているバスケットの違いで起きている、例えば介護とか教育とか、そういう要因だと思うのですが、つまり家計調査で購入している統計では少な目に出ているものが割と安くついているのでこういう影響があるのではないかと思うのですけれども、ほかの要因、特に交易条件の部分ですね。
 デフレーターのうち、その他の費用に入っていると思うんですけれども、交易条件、つまりGDPデフレーターと家計最終消費支出のデフレーターの間の動きの乖離の問題、SNAベースの家計最終消費支出のバスケットと、日本がつくったもの、最終生産物に当たるGDPのバスケットの違いの相対価格の推移の問題、このグレーのところを見るとすごく上下している。オイルショックとか、いろいろなことがあると、為替レートが変わったりするとプラスマイナスが変わるわけですけれども、これは長期で平均すると結構大きなマイナスではないか。
 この議論は前にもしたと思うのですけれども、そういう危惧を持っていまして、日本がつくってきた先端的なものというのはどんどん安くなって交易条件が悪化するのは自然なことで、韓国もそうだという話を前にも議論したと思います。それで、それは今後そんなに続かないという考え方はあり得ると思うのですけれども、一応、結構大きな要因の可能性があるので確認しておいたほうがいいのかなと思います。
 この報告書の議論の取りまとめ、検討作業班における議論についてでも、この計測の方法の違いというのは恐らく黄色い部分、29ページの家計最終消費支出変化率と消費者物価指数変化率の違いの問題とか、あとはラスパイレスとかインデックスの問題等に言及されているのではないかと思うのですけれども、この議論についてという資料2だと8ページの下段のところですね。
 交易条件の違いというか、GDPデフレーターと家計最終消費支出デフレーターの動きの違いの問題も一応平均して長期で見てどういうトレンドなのか。それが今後はそんなに悪化しないだろうというふうに考えるというならば、それはそれでいいと思うのですけれども、そういうことを明示しておいたほうがいいのかなと思います。それが1点目です。
 それから、2番目は第1分冊の27ページのところで、これは過去のやり方、前回のやり方だと思うんですけれども、貯蓄と投資で考えるという考え方があって、今回の御提案はこの議論のまとめの5ページの上段にあるように当時の収益率、利潤率が、投資があまり進まなくて、そうするとコブ=ダグラス型の生産関数だと利潤率が上がって、そうすると投資が促進されますねという考え方を取りましょうというのは、私もこれは賛成で、これも前に議論したと思うのですけれども、そういう前提を置いたときに、そうすると結局過去の前回の推計の貯蓄で大体投資が決まってくるねという考え方から乖離することになるので、そうすると例えばマクロの経済全体の貯蓄と投資というふうに考えると、その差というのは経常収支なりに相当すると思うのですが、それがどう変わるか。
 つまり、この投資のところを貯蓄で頭を押さえるのではなくて、利潤率に基づいて投資が決まってきて資本蓄積が変わっていく、投資が変わっていくというふうに前提にしたときに、貯蓄投資バランスが日本でどうなると考えているのかということを一応押さえておいたほうが安全なのかなと。
 国際資本移動は活発ですし、日本は膨大な対外資産を蓄積していますから、貯蓄よりも投資が上回っても全然おかしいことはないと思うのですけれども、前回の前提から離れて想定をする以上は、前回の想定と貯蓄投資バランスについてどう見通しが変わってくるのかというのを一応議論しておいたほうがいいのかなと思いました。
 それから3番目、これはマイナーな点なのですけれども、第1分冊の20ページで、ここでは生産関数を恒等式として利用しているだけであると、たしか土居委員が前におっしゃったことだと思うのですが、これは事後的に生産関数の関係を使って全要素生産性を残差として計測するときにはこれで恒等式として使っているという議論でいいと思うんですけれども、将来について生産関数を我々は使って、例えば実質賃金を予測というか、外挿というか、するというときには、これは恒等式ではなくてやはりその生産の関係を前提にするということだと思いますので、生産関数を恒等式として利用しているだけというのは経済学的には間違った表現だと思います。
 事後的にはいいのですけれども、事前で将来のことを考えるときには経済学的には間違った議論なので、ここは修正したほうがいいと思います。
 私からの質問とコメントは以上です。

○玉木委員
 では、私のほうから申し上げることを申し上げようかと思います。
 最初の交易条件などに関する部分なのですけれども、資料1の例えば12ページを御覧いただくとノルウェーが出ていますね。ほかの先進国とノルウェーは全然違いまして、ノルウェーは上顎と下顎が日本とは逆になって、オレンジのほうが上にいっていますね。これは多分、ノルウェーの地下資源の交易条件が改善していて、日本は反対側にありますのでミラーイメージになっているのだろうと思います。
 したがって、交易条件が中長期的に不利になり続けるといいますか、日本が得意とする、比較優位がある分野が値段が下がりやすいというふうなことがずっと続くのであれば、その部分はむしろ一過性の要因ではなくて持続性のある要因ということになるかと思います。
 他方で、一過性の要因もあると思いますので、ここはどれぐらい収れんしていくかというのはやはりよくよく見ていかなければならないというふうな説明をしていけば国民に御理解いただけるのかなと思いました。
 それから、第2点の貯蓄投資バランスのところなのですけれども、確かにSが先か、Iが先かとか、それから利潤率があればIが増えるのではないかといったところは、事後的にはもちろんSイコールⅠになるわけではありますけれども、SとIの関係は決まってくるわけですけれども、そこはやはり表現の仕方としていろいろな決まり方があるからそれぞれのケースを考えているということになるのではないかと思いました。
 それから、例の生産関数、これは事後的、事前的というところはやはり説明を加えていくべき点はあるかと思いました。
 あとは事務局のほうで付け加えるところがあれば、あるいはほかの作業班の皆さんで付け加えることがあればお願いします。

○深尾委員長
 どうぞ。

○佐藤数理課長
 事務局から1点目のデフレーターの差に関してですけれども、参考資料2の29ページで先ほど深尾先生が御指摘された資料でありますが、これの一番右端に平均を載せております。
 交易条件については青色の輸出入の寄与、ここに入るかと思います。交易条件の影響の青色の部分は、平均すると作成方法の差に当たるオレンジの部分よりは小さいというところであります。

○深尾委員長
 分かりました。意外に小さいんですね。ここに平均が出ていたんですね。これぐらいならば、今後ゼロというのを標準的なケースと考えてもいいかなと思います。分かりました。
 ほかには、いかがでしょうか。
 どうぞ。

○藤澤委員
 藤澤です。2点補足したいと思います。
 積立金の平滑化のところで、資料2の2ページの下段ですが、平滑化の手法自体は企業年金でも用いられている手法でございまして、企業年金と違って公的年金のほうが長期的な姿を描くという財政検証の性質を踏まえて平滑化を用いるということは妥当だと思ってございます。
 ただ、時価とその平滑化だと、やはり時価のほうが圧倒的に分かりやすいということがございますので、この平滑化の意図のところを国民に丁寧に説明していく必要があると考えてございます。
 もう一点は国際人口移動の前提の違いのところで、これも以前、専門委員会でも議論があった部分ですが、資料でいうと10ページのところですね。この委員会の趣旨を改めて考えてみたときに、財政検証における経済前提を審議する委員会であって、粗い試算を今回行っていただいて、経済前提への影響は限定的だという点を確認しています。この結果を踏まえてどんなシナリオで財政検証を行うのかという点は、親委員会である年金部会で議論いただきたいと思ってございます。専門委員会としては経済前提に与える影響は限定的だと言及するという点に留めるということで良いと考えてございます。
 以上となります。

○深尾委員長
 ありがとうございました。
 ほかにはいかがですか。
 滝澤委員、德島委員、権丈委員、特にないですか。よろしいですか。
 そうしたら、議論は出尽くしたようですので、大分早いですが、今後の進め方について確認させていただきます。
 本日、御報告いただいた作業班の取りまとめ、本日までの専門委員会の議論を踏まえて、年金部会へ経済前提の設定の考え方について、中間報告することになっています。
 次回の専門委員会では、年金部会に報告する報告案について議論いただきたいと思っています。その議論の前提となる報告書案のたたき台を事務局に作成いただき、それを基に委員の皆様に御議論いただければと思いますが、皆さん、このような進め方でよろしいでしょうか。

(首肯する委員あり)

○深尾委員長
 ありがとうございます。
 それでは、事務局におかれましては年金部会への報告案の作成をお願いします。
 では、時間がまだ大分早いのですが、本日の審議を終了いたします。
 事務局より何か連絡はありますか。

○佐藤数理課長
 次回以降の日程につきましては、改めて御連絡申し上げたいと思います。よろしくお願いします。

○深尾委員長
 ありがとうございました。
 それでは、本日の審議は終了いたします。御多忙の折、お集まりいただきありがとうございました。