第5回新しい時代の働き方に関する研究会 議事録

労働基準局労働条件政策課

日時

令和5年4月27日(木) 10:00~12:00

場所

航空会館501+502号室

議題

構成員からのプレゼンテーション
有識者からのヒアリング

議事

議事内容
○今野座長 それでは、ただいまから第5回「新しい時代の働き方に関する研究会」を開催いたします。
 本日は、大湾委員が御欠席です。
 それでは、今日の議事に入ります。今日は、小林構成員からプレゼンをしていただきます。小林構成員、よろしくお願いします。
○小林構成員 皆さん、おはようございます。
 今日は、健康とウェルビーイングの観点から現状と今後について考察してきたものをお話しいたします。
 私は企業のメンタルヘルスを専門にする心理職でして、これまで基本的に実務を中心にキャリアを積んでまいりました。まず、大手の製造業でメンタルヘルスの一次予防、二次予防、三次予防に関わって、次に、別の大手の自動車の製造業で人事部に所属し、全社のメンタルヘルス体制の構築、方針の策定、各事業所の体制の整備をやっておりました。
 また、別の会社では、人事部でハラスメントの加害者への再発防止のトレーニングを行ったり、ハラスメントが起こらないような職場環境の開発、教育研修、キャリアカウンセリングといったキャリアの支援体制の構築を支援することをやっております。
 そういった立場から、働く人の健康やメンタルヘルスの観点で、今後の働き方ですとか企業の健康管理のあり方についてお話をしたいと思っています。
 まず、前段では、「働く人の健康確保」ということで、現状、コロナ禍ですとか、あとは働き方が変わっている中で、働く人のメンタルヘルスにどのような影響が生じていて、それに対して、それを支える立場である産業保健職は何をやっていて、そしてそこから見えてきた課題を通して今後どのような手を打つ必要があるのかということを考察しています。後段では、「健康な職場をつくる」ということで、職場環境改善という取組を通した問題の予防と活力向上についてお話いたします。ワーク・エンゲージメントを高めるためにも、職場環境改善は有効な手段となる可能性がありますので、その取組について御紹介していきたいと思います。最後に、企業の取組を促すための提案をしたいと考えています。
 はじめに、「働く人の健康確保」の現状についてお話します。
 まず、労災に関しては、全体としてはこの60年で8分の1に相当する800人台となっており、60年前から大きく減少しています。一方で、自殺者に関しては、98年から3万人台に増えました。50代の男性労働者が急増したということがあり、さらにその後も30代の男性労働者が増えて過去最多になるというような変遷をたどって、2010年ぐらいから減少傾向にあるわけですけれども、依然高い状態であります。それから、働く人のストレスについては、強い不安や悩み、ストレスがある労働者に関しては5割から6割ぐらいを保っているような状況です。また、ワーク・エンゲージメントを感じている人は5%程度と、様々国際比較がありますが、世界的に見ても日本はワーク・エンゲージメントが低い状況にあります。
 対策として、2015年にストレスチェック制度が施行され、多くの企業で取組が進んできています。働き方改革の中で、産業医や産業保健機能の強化や、労働時間管理が強化されたことで、この辺りは一定の成果が上がってきていると現場でも感じています。それでもやはり労災認定の数は増えていて、2020年以降の認定事由の1位はパワハラになっています。働く人のメンタルヘルスは依然深刻であるということです。
 パワハラに関して言いますと、コミュニケーションの問題があります。一律で、一かゼロかというふうに決めてしまうということは難しい問題があると思いますし、言ったもの勝ちみたいな状況も起こってきてしまっております。文脈に基づいて判断すべき内容について、一部の事象から判断したり、それを管理したりということはなかなか難しい現状があるかなと思います。
 次に、コロナ禍におけるメンタルヘルスへの影響に関しては、幾つかの研究では、医療従事者のメンタルヘルスが相当悪化した一方で、コロナ対策を多く行っている事業場のメンタルヘルスはよいという結果が出ています。また、テレワークを導入している会社はメンタルヘルスが改善したといった報告もあります。
 テレワークに関しては、メンタルヘルスもそうですし、ワーク・エンゲージメントも上げるという、そういった報告が幾つかあるのですけれども、この取組を継続していくべきではないかと思うのです。環境が変わるとワーク・エンゲージメントは上がるのだけれども、それがなかなか続かないというような指摘もありまして、企業の中でそういった状態を維持するためにどのような方策が有効なのかということも検討していく必要があると思っています。
 加えて、低い年代ほどテレワーク開始によってメンタルヘルスが改善したということは周知のところかと思いますけれども、この左下の図で言いますと、右側の青い部分はメンタルヘルスが悪化した層、真ん中が変わらない層を示しています。左端の黄色い部分は、少しテレワークによってメンタルヘルスが改善したという層を、上側の段が男性、下側の段が女性で示しています。男女ともにメンタルヘルスの悪化した割合は年代ごとに変わらない一方で、若年層ではメンタルヘルスがよくなっている人が比較的多いという状況です。
 若年層は育児と仕事の両立が必要になる世代ですし、構造化が進み若年層にとってとても働きやすい環境になったことが、メンタルヘルス改善のきっかけになったと考えられているところです。
 テレワークをすることによって、パフォーマンスやメンタルヘルスがよくなることが示唆されている一方で、一部、テレワークによるコミュニケーション弱者がいることも事実です。一つ目に挙げられるのは、組織にまだなじんでいない人、組織社会化が進んでいない人です。新卒社員や中途入社社員、それから異動者などは、最初からテレワークのみの環境では不調になりやすいため、例えば新入社員に対しては仕事を覚えるまでは対面で一緒に働くといった配慮が必要になってくると思います。
 テレワークのコミュニケーション弱者として2つ目に考えられるのは、物理環境が整っていない人です。同居家族がいるためテレワークがしにくいですとか、騒音環境であるとか、そういったところが整っていないところでは、テレワークによる悪影響が考えられます。会社では環境面、安全面でしっかり対応されるわけですけれども、テレワークをする際の職場環境整備はまだ課題の残るところです。
 3つ目に考えられるのは、業務上のサポートを受けにくい人です。一人職場の方ですとか、上司との関係が悪い人は、対面で仕事をする時よりもサポートを受ける機会が減ってしまい、リスクが高くなります。
4つ目に考えられるのは、個人特性として、メリハリをつけることや自己主張が苦手な人は不調になりやすいということです。
最後に、仕事以外の人間関係でサポートを受けるということが難しい人、独居の人、そういった方などはかなり不調になりやすいということも分かっています。
 そういったところに焦点を当てながら対応が求められる中で、産業保健活動では何をするのかという点についてお話しいたします。産業保健活動の目的は、「労働条件と労働環境に関連する健康障害の予防と、労働者の健康の保持増進、ならびに福祉の向上に寄与すること」と定義されております。産業保健職の活動については、日本産業ストレス学会のホームページに様々、インタビューした内容を載せております。インタビューの中で出てきた意見で、コロナ禍で働く人のストレスとして一番多かったのは、リモートワークによる職場のサポートやコミュニケーションの減少でした。この辺りは、コロナ禍が始まってから生じた変化もありますが、むしろそれまでに起こっていた変化がコロナ禍において顕在化したという側面も含めて、働く人のストレスが挙げられています。例えば業務量の増加に関しても、しわ寄せや偏りが生じているというような意見もあります。
 例えば先ほど、テレワークによって指示が具体的で明確で構造化されるようになったので、若い人たちにとって仕事がやりやすくなったというようなお話をしましたけれども、そうすると、指示をする側の負担は結構増えているわけで、業務を整理して、何をしてもらわないといけないかということをしっかり考えて指示を出すようになる。そうすると、中間管理職自体も上から曖昧な指示がふってきたりする中で板挟みになる、この辺りもすごく負荷になって、しわ寄せが生じている部分もあります。あうんの呼吸で仕事を進めることができなくなったことも考えられます。あとは、仕事の進め方の変化によるストレスがあります。これはもしかすると一時的なもので、環境に適応していくことによって減っていくかもしれませんが、このように進め方が今どんどん変わっていって、それについていけない、昔は適応がよかったのだけれども、今の環境変化にはなかなか合わないというような人は、不調、ストレスを感じやすい。
 あとは、リモートワークができる、できないで葛藤や不公平感が生じるということは現場でよくあります。エッセンシャルワーカーでもあそこの職場はテレワークできるのに、ここの職場は何かいろんな理由をつけてやらないと不公平感を感じる方がいるという問題も結構実態としては起こってきているかなというところです。
 こういった状況で産業保健活動において何に注意しているかと言いますと、ここに挙げていますように、コミュニケーションの促進というところはかなり皆さん注意を払っています。個別支援が重要だということも口をそろえて言うのですけれども、やはりここで質が変わってきていると思うのが、今まで画一的な対応が基本のやり方、進め方、考え方としてあって、基本的には医学的なエビデンスに基づいて、こういう症状にはこういう対応をするということが決まっていたり、教育に関しても、しっかり寝ましょう、食べ過ぎには注意しましょう、アルコールには注意しましょう、といった教育になっていたわけですけれども、今は本当に多様な就労環境、多様な働き方、多様な考え方もある中で、このような画一的な対応というのはなかなか難しくなってきていることです。長時間面談に関しても、長時間になっている理由や職場環境は人それぞれなので、その人の行動変容を促すのであれば、その人の文脈に沿った提案をしないといけないため、かなり個別支援に時間がかかっている現状があります。
 その一方で、遠隔技術などの利用も進んでいますので、遠隔にいる人の面談が便利になっています。産業保健面談は遠隔でできますので、その辺りは便利です。また、睡眠なんかはアプリのほうがかなりきめ細やかに対応できるということで、デジタルの活用も進んでいます。
 それから、今までよりも、より関係者間の連携ですとか、労働者間のコミュニケーションの促進策というのはかなり手を入れています。
 このような産業保健活動を通して、「今後生じる変化と課題」といいますと、基本的な方向性としては、自律的な管理を進めるという意見がとても多いです。今後生じる変化としては、キャリアが長期化して、いろんな世代の人と一緒に働く必要がある。一人の人を見ても、ライフキャリアが多様化している。それから、労働者属性の多様化ですね。外国人労働者も今後増える見通しだということですし、この辺りも、いろんな人と一緒に働いていくということが求められる。それから、時間と場所を共有しない働き方、副業兼業のマルチワークをするという変化が考えられます。
 このような変化の中で、脳卒中やがんなどの有所見率の増加、就労と治療の両立支援、労働者の孤立化といった課題が挙がっておりまして、一事業者の責任でできる範囲を超えてきたということは実感としてあるところです。つまり、企業による丸抱えの健康管理は限界で、自律的な管理というところを促していくということがやるべき方向性の一つと考えています。対応すべきところに産業保健のリソースをしっかり投入できるよう、技術の構築を行いつつ、セルフケアで管理できるところはできるだけ労働者個人でやってもらうという仕組みを構築する必要があると思うのです。
 自律的な健康管理における先進事例を少し紹介したいと思います。具体的には、社員が充実して幸せな状態になっていくための主体性が発揮されるように、健診の事後措置や復職支援で自律を促すといった取組になります。
 まず、健診の事後措置に関しては、基本的には、それまでは健康管理部門が丁寧に連絡をして呼び出して説明していたところ、自分で結果にアクセスし、検診結果の見方を学び、自ら行動変容を行い、質問があったら健康管理部門に質問するシステムをつくりました。復職支援に関しても、復職が見えてきた段階で丁寧に対応し、復職後も丁寧にフォローしてきていたところ、休職者自身が内省して、ここが改善したので復職できるということを自分で書かせる仕組みを、医療との連携の仕方もシステマティックにして整備しました。
 このようなことが実現できた理由の1つ目は、産業保健職だけではなく社員と一緒に進めたということ、2つ目に構造や仕組みをうまく構築したということ、3つ目にプロジェクトチームを作り、熱意を持ってメリットを伝えたことがあげられます。具体的には、人生100年時代で、会社に所属している時間はもう本当に一部なので、社員の皆さんが健康で生きていくためには自分で管理できなければいけないという社員教育をかなり熱心にされたそうです。このような取組を通じて少しずつ意識を変えていく。このような種まきを今の段階からやっていくということが求められるのではないかと思うのです。
 最後に、健康な職場をつくるための職場環境改善の取組についてお話します。
 職場環境改善は、WHOの職場のメンタルヘルスのガイドラインの中でも有効な手段の1つとして位置づけられています。管理監督者の研修が比較的効果が高く、強く推奨されていますけれども、職場環境の改善も推奨項目に入っています。物理科学的な照明ですとか、騒音などの環境なども含みますが、基本的には人間関係ですとか仕事の進め方ですとか、スケジュールの立て方ですとか、コミュニケーションの取り方ですとか、こういったことを改善していく取組になります。これがストレスを減らしてパフォーマンスを高めるということです。
方法としては、例えば職場環境の評価と改善を行うためのグループワークを行います。先ほどのWHOの職場のメンタルヘルスのガイドラインの中では参加型アプローチと言います。従業員の対話をしっかり取り込むと、かなり結果がよく出てくるというエビデンスがあります。まずその職場の状態、特に心理社会的な状況をみんなで理解して、心理社会的な状態がこういう状況ということを理解した上で、実際にはどのようなことが起こっているのだろうということを議論し、対応としてどのようなことならできるかなということを話し合い実行していく取組です。
 そのフレームワークといいますか、基本になるモデルについて御紹介しておきたいと思います。この真ん中の少し上のほうにあるのがワーク・エンゲージメントです。それに対して+の矢印が入っているのが仕事の資源と個人の資源になります。個人の資源は、楽観性ですとか、レジリエンスですとか、そういった個人の持っている資源です。仕事の資源というのが、幾つもありますが、裁量度ですとか、それから仕事の意義ですとか成長の機会ですとか、そういったものが仕事の資源になります。これが高いとワーク・エンゲージメントも高まっていきます。
 さらに、その上のほうにジョブ・クラフティングというのがありますが、このジョブ・クラフティングというのは自分の目の前の仕事をよりよく工夫するということす。自分の持っているスキルをアップデートしたり、新しいことを学んだり、もしくは対人関係の資源を増やすために周りの人にアプローチしたり、メリハリをつけた働き方をしたり、そういった工夫をすることを指します。ジョブ・クラフティングを行うことによって、仕事の資源や個人の資源がさらに高まることが示されています。
 その下のほうですが、ストレス反応が高まると、自己の弱体化と言って、物事の悪い側面が大きく影響するようになり、さらに弱体化していきます。そして仕事上の要求をさらに大きくしてしまう悪循環が起こります。こうしたところが絡まって、最終的には仕事のパフォーマンスや健康のアウトカムにつながっていく、こういったモデルになります。
 従来の産業保健ではストレス反応を減らすためにどうしようかということを考えていたわけですけれども、ワーク・エンゲージメントを高めていく方向も有効で、多くの職場で適用しやすいということで、このワーク・エンゲージメントを高める方法が開発されてきています。
 仕事の資源を高めることがその方法になるのですが、まず実態を調査して、仕事の資源を全国平均との比較ですとか、前回と今回の比較などを通して、どこの部分をよくしていくかということの当たりをつけます。
 次に、ワーク・エンゲージメントやパフォーマンス、ストレス反応と関連する資源を検討し、その資源の現状や強化する方法について職場で対話を行ないます。例えば、仕事の意義との相関が高い職場であれば、仕事の意義を高めていくためにどうしたらいいか、これをみんなで考えることがすごく重要かと思います。
 ただ、対話をすればよいという話ではなく、対話をする前段階に、こういう要素を満たしている必要があるということをお示ししているのがこの図になります。例えば、チーム内の居場所があるだけでみんながお互いを理解していないような職場でいきなり対話をしても紛糾しますので、そのような職場では、まず作業の目標ですとか役割分担を明確にする。もしくはその居場所感すらないような職場で言いますと、基本的な指揮命令系統をクリアにする、生じている対立にしっかりと対応するなど、チームビルディングの段階から努力が必要になってきます。
 そして、さらにもう少し一段階上がりますと、職場の一体感というところを高めるために、それぞれの役割を認識したり、上司のリーダーシップが特に求められるようになってきています。このように、職場の状態に合わせて対話を円滑に進めるための工夫をしていくことが必要になるかと思います。
 最後になりますが、「働く人すべてのウェルビーイングのために」というところで、先ほど申し上げたような自律的な健康管理の促進とデジタル技術の活用は、やはりこれから重要だと思いますし、ワーク・エンゲージメントを高めていくための企業の方策として、まずは取組の実施状況や心理社会的な指標の情報開示が必要になると思っています。
 中小企業に関しては、人権デューデリジェンスをうまく使って、こういった取組の状況を開示するということも有効な方法になるのではないかと思っています。
○今野座長 ありがとうございました。
 それでは、構成員からの質問になります。伊達構成員、どうぞ。
○伊達構成員 自律的な健康管理に関して質問させていただきます。健康管理の企業全体におけるコストの問題がある中で、労働者の自律的な健康管理というのは非常に重要になってくると私自身も感じています。
 一方で、同じ自律という意味では、キャリア自律も重要だと言われているのですが、なかなか実現するのが難しいというお話もあります。例えば企業主導の人事制度があるのでキャリア自律が促しにくいとか、様々な阻害要因があると言われています。健康管理の自律についてお伺いしたいのですが、自律的な健康管理は現状としてどれぐらいの水準にあるのでしょうか。
 2つ目に、自律的な健康管理を促していこうとしたときに、それはすんなりとうまくいくものなのでしょうか。
○小林構成員 現状の水準で言いますと、この先進事例はかなり特別な事例だと思っております。現状ではまだまだ手つかずといいますか、産業保健職の配置すらされていないような企業が多くあります。特に中小企業、1,000人未満の企業であまり手がついていない状況があり、50人未満の企業は産業医もいません。そういった企業にどう手をつけていくかということは、やはり重要な課題と思っております。
促せばうまくいくのかというところで言いますと、これもなかなか難しいです。
 教育をしっかりして、最初のほうは誰かが伴走する必要があると思うのですけれども、全員の働く人に伴走していくことは難しいことなので、どのような仕組みが効率的なのかというのはこれからの検討課題と思います。
○今野座長 水町構成員、どうぞ。
○水町構成員 自律の話についてお話をさせていただくと、企業による丸抱えの健康管理は限界で、労働者の自律的管理を促すという話だったのですが、そこで責任を負う主体は誰なのかというところが、今後、法的に考えるときに重要になってくると思います。状況が個別化していったり、個人が主体的に何かやろうということは大切だと思いますが、それを責任持ってやるというのは恐らく企業であると考えます。個人が転職したり、人生が長くなり、企業にいる期間だけではなくなってくるので、企業を超えた全体の記録なり情報管理なりシステムの開発というのは政府と企業を超えたところでサポートしていかなければいけないと思うのです。しかしながら、企業と労働者との関係においては、前提としての情報格差なり、指揮監督関係のもとで働いているという事情もあるので、責任は企業が基本的に負うと思います。技術が発展して、個人が自身の健康状態がよく分かるようになれば、個人にいろんな情報を出してもらいながら企業が責任を持って最終的にサポートする。それを政府が、企業を超えたところでどう連携させていきながら社会的なシステムにしていくかということは、今後も変わらないのではないかと思います。そういう意味で、企業だけが責任を持つのではなく、個人の責任も強くなっていくというニュアンスで考えなければいけないのではないかと思うのです。
 それとあともう一つは、産業医の体制が、今、大企業と中小企業で対照的になっていることです。実効的にやっていくためには、中小企業については、専任の産業医でなくて、地域でいつでも呼んだら来てくれる、そういうシステムをつくっていく。地域で難しいとすれば、国がどうするかということになると思いますが、産業医の体制を、大企業、中小企業とか転職するというときにかかわらず、プラットフォームをつくるというヒントみたいなのがあれば併せて教えていただければと思います。
○小林構成員 私も企業の責任は外してはいけないと思います。産業医のプラットフォームに関しては、もちろん、行政のほうで産業医の紹介ですとか、この辺りはしっかりされているところではあると思うのですが、なかなか利用率が上がらない。今後どうしていくかということについては、いいアイディアが今は思い浮かばないです。企業に働きかけて、訪問して、困っていることを繋げるような草の根活動的なやり方が、今は基本になってしまっているとは思います。
 あとは、民間企業で、低価格で産業医を派遣するサービスをしている企業が結構ありますけれども、実効的にどれぐらい機能しているのかというのがよく分からない。その辺りの整備も必要になってくるのかもしれないとは思います。
○水町構成員 大企業はかなりのコストをかけながら産業医を選任しなければいけないけれども、中小企業については法律上の義務とか責任というものが必ずしも明確にされていない。これは安全配慮義務という何か事故が起こったときの責任で、産業医は法律上義務付けられていないけれども、このようにすれば企業として責任が相対化されたりするということで、何か誘導していくということが政策的にはあり得るとは思っています。また何か良い事例などあれば教えていただければと思います。
○今野座長 今の点、非常に重要だと思うのです。責任は企業にある、これはいいのですけれども、責任の中身がいろいろですよね。今の水町構成員の例では、支援する責任と、結果に対する責任では違うということです。その辺は整理しないと難しいと思うのですが、ある部分については支援責任でいいのではないかというようなニュアンスも感じるのですけれども、その辺はどうでしょうか。
○水町構成員 法律的に申し上げれば、労働安全衛生法は予防する義務を課してると考えで結果でなくて、予防です。事故とか怪我とか病気にならないよう予防するという義務を法律上課しているのが労働安全衛生法に基づく予防です。それでも事故が起こったりした場合には労災保険法で補償するとか、場合によっては裁判で安全配慮義務違反として損害賠償責任が課されるというのが事後責任になります。
 実は制度としては別々になっているのですが、これをうまくかみ合わせないとやはりうまく全体が回っていかない。そのため、もしかしたら、大企業については予防としての労働安全衛生法上の規制が非常に強くかかっているけれども、中小企業ではほとんど規制がかかっていない。中小企業はそういう経験とかノウハウがないので、よく知らないまま放置しているということもあり得て、裁判になって急に大きな事故責任を問われるということもあると思うのです。
 先ほどの話は、事前の予防の責任として個人に責任を負わせるというのはなかなか難しいことだし、事後は最終的に裁判になって、企業がどこまで責任を負うかという話になりますが、政策としては融合させなければいけないという視点が大切だと思います。
○今野座長 今の議論の前提は指揮命令下で働いているということですよね。指揮命令とは関係ない部分の健康管理もきちっと行ったほうが、エンゲージメントやパフォーマンスが上がるという点についてはどのように考えていますか。
○水町構成員 これは労働安全衛生法が適用される前提として、事後的に責任を負うかという安全配慮義務の範囲でも指揮監督関係というのが重要になってきていますが、人間を預かって働かせると、様々な病気にかかったり怪我が起こる可能性がある。医学的な知見が発展してきているので、こういう状況にある人についてはやはりこういう予防を図るべきだよねと、医療の発展によって会社が考えなければいけない、考慮しなければいけないというのがいっぱい出てきているけれども、人間を預かって人間に働かせているという点での企業の責任は変わらないのではないかと思います。医療が発達している中で、技術のサポートもあって、企業がやるべきことの中身が変わってきているという話ではないかと思います。
○今野座長 指揮監督関係というよりかは、預かっているという、もう少し広い概念で責任があるという考え方でしょうか。
○水町構成員 その通りで、例えば業務委託であっても、業務委託で働いてもらっているときに、実質的にどれぐらい指揮監督をしているかという話がありますし、契約を結んでいなくても、下請、孫請けで自分の敷地内で働いている場合にはやはり責任を負うという考え方もあります。
○今野座長 企業は全体を包括的に予防する責任があるという意味で、私は、預かっているというのは指揮命令を超える広い範囲と考えていいのかと思うのですけれども、それはそうですか。
○水町構成員 そのとおりです。
○今野座長 わかりました。安部構成員、どうぞ。
○安部構成員 社員からのアウトプットを最大化しつつ、社員に成長してもらい企業も成長する、と言う関係を成立させる上で、やはり社員がオーナーシップ持つというのが重要だと常々思っています。昨今、エンゲージメントやウェルビーイングが頻繁に取り上げられますが、エンゲージメントを高めるというのは、確保すべき境界線=スレッシュホールドを超えてさらに向上、成長し、より成果を出してもらうための考え方だとしたら、ウェルビーイングというのは、最低限誰もが確保されるべき健康な状態=スレッシュホールド・ラインまでの整備、これが全員について確実に整えられるべき、この両方が重要だと考える次第です。
 前者=エンゲージメントを高める取り組み、と言うのは、後者=ウェルビーイングが確保されて初めて成り立つと考えると、その実現のために阻害要因を早期に特定して、予め何らか手立てを取る「予防」というアプローチが重要な意味を持つと思います。我々は、エンゲージメントレベルを確認する「社員意識調査」を毎年実施していますが、ウェルビーイングについてもストレス・チェックを年に1回取っているわけです。エンゲージメントに影響を及ぼす要素とストレス・チェックの要因は微妙に異なっており、ストレスレベルを上げないために有効なのは、上司や同僚からの支援、仕事に対する自身のコントロール感、それからコミュニケーション、この三つが大きな影響を及ぼすと理解しています。
 ストレスを過度に上げないよう、いかにこの3つを整えられるかは、先ほどの水町構成員のお話しのとおり、各人の努力と言うより、むしろ企業側の支援が重要となるため、企業の責任と言っても差し支えないと考えます。
 エンゲージメントを高める上で重要なのは、各自が自らのキャリアに対してオーナーシップ持つことで、これは、一定の仕組みを整えることである程度、可能だと思っています。我々の場合は、常に選択肢を与える、ということだと整理し、現在の職場や職務に対し、もし違うと思ったら、会社の意向や意思とは関係なく、自らの意思で変えると言う決断ができる仕組みを常に担保しておくことを心掛けています。一方、ウェルビーイングにおける自律的な健康管理と言うものは、ある程度までは自身の努力ででき、会社がそれに支援の手を差し伸べることも有効ですが、より本質的な部分を根本的に解決しようとすると、そのために重要と言われている要素、すなわち上司からの支援や、仕事のコントロール感、そしてコミュニケーションについては、基本的には自分の力で得るには限界があり、周囲が整えなければ、実際にはなかなか難しいと思っています。
 真に実効性のある健康管理とは何なのだろうというのはいつも大きなテーマだと思っています。例えば喫煙を例に挙げて見ると、改正健康増進法によって、屋内喫煙が原則禁止となり、喫煙スペースをなくすことで間接的に喫煙から遠ざける効果が期待できます。しかしこれは、自律的な健康改善の行動を促しているわけではなく、環境的に、そう仕向けているに過ぎないとも言えます。自らが主体的に意識を持って、自分のオーナーシップで健康改善に取り組んでいるわけではないのです。
 弊社の健康開発センターから、喫煙スペースをとにかくなくすことで喫煙率を下げる方向に持って行きたい、と言う提案に対し、その前にやることがあるのでは、と投げ返しています。喫煙というのがどういう影響を及ぼすかということを教育して、ちゃんと認識をさせる。それによって自ら主体的に取り組むオーナーシップを育むことに繋げようと言うものです。また職場の環境整備において有効だと考えられるのは、ベンチマークの共有ですね。特に現場の保健師がマネジメントに対して説明するときに、統計有意な比較において、社会一般的に見ても自分たちがどう言う状態にあるのか、喫煙率が高い、或いはストレスが高い環境と言わざるを得ない、などと言われると、職場における課題認識が一気に高まり、それによって、各自がオーナーシップを持てるような支援を提供していくことに繋がるわけです。
 ベンチマークによると、我々は全体として幸い比較的良い数値が認められますが、企業の規模や職務の種類など、もう少しセグメンテーションを絞り込み、前提条件を揃えたベンチマークデータが整備されるとより有効と感じています。エンゲージメント向上は各自の主体的な取り組みをメインにするものの、健康管理において主体的な取り組みを促すには、自分たちの現状を経営者や管理職が正しく理解し、その結果を社員に対する支援という形で具体化させていかない限り、なかなか持続性のある取り組みは難しいと思う次第です。
○小林構成員 大事な観点を幾つも御提示いただき、ありがとうございます。まず、エンゲージメントとウェルビーイングで言いますと、こちらの図で出していますように、現行、ウェルビーイング調査とストレスチェックと別々に運用している会社がほとんどです。同じようなことをしているなと実際思っておりまして、エンゲージメント調査を上げるためにも、全て社員自律ではなく、企業側がやるべきこともあるわけですのでその辺りを一緒にできないかなというのはかねがね思っているところです。
 その中でも、ストレスチェックで出てくるような裁量度、コントロールですとか職場の支援、この辺りは、おっしゃるように、会社のマネジメントですとか経営層がしっかり手を入れていくべき問題かなと思います。
 先ほど自律的な健康管理と申し上げたのは、自分でできることはやりましょうという話でして、自分で学んで自分で行動を起こすことができる人はそれを促し、そこで浮いた時間をマネジメントや予防的な活動にもっと割きましょうという考え方を提案しました。ですので、なかなか自律的な管理が難しい部分もあると思います。そこの部分は個別対応でしっかり対応していく必要があると思います。
 たばこに関しては、依存ですので、環境を整えないと難しいと考えています。幾ら頭で悪いと分かっていても、なかなかやめられないというのはあると思うので、自律的な健康管理の対象からは少し離れますが、個別対応として会社がやらないといけないと思います。
 あとは、もう一つお話を伺いながら思いましたのが、エンゲージメントと今までの人的資本の人材投資のほうですね。リーダーを選抜して育成していくと、実際は選別されなかった人たちがくすぶっているという現場が多いと感じています。ワーク・エンゲージメントは、その格差が大きいと幸せ度が下がるという指摘があって、所属の中で選ばれた人と選ばれなかった人が明確になっていて、多くの人がくすぶっている状況は全体として余り健康的でないと思っています。そういった人たちへの対応も必要ということもあると思います。
 あとベンチマークに関しても、他社はどうなのだということはよくありますし、それがモチベーションにもなるというのはあるのですけれども、中小企業に関してはまだまだデータを集めているところで、これは国の研究班で進められているところかと思います。
○今野座長 武田構成員、どうぞ。
○武田構成員 とても同感しながら聞いていました。産業保健の内容は、会社から見ると、いわゆるリスクマネジメント、危機管理という側面で、ここに健診とか事後措置も入ってくると思います。人事の中に担当する部門がおかれている企業が多いので、人事の全体としては、ウェルビーイングですとかエンゲージメントとかグッドコンディションとか、だんだんレベルが上がってきているのかなと。人事としては、最近は大分マストになりつつありますけれども、願わくば高いといいねというウォントの部分と、少し分けて見ることをしています。
 自律的な健康管理を促すために、システムを入れて、自分で動くように促すということについては必要性を感じています。実際こういうのをやると何が起きるかというと、健康に関心が高い社員の人たちが集まってきて、すごく濃い議論をして終わり、主催者側として来てほしい人たちは全然来ない。半強制的にある程度やっていかないと、なかなか難しいですね。そのため、自身が気づくような仕掛けを考えていかなくてはいけないと思います。
また、先ほどから思っていたのは、産業医の先生と保健師さんが本当に少ないということです。企業としては、きちんと職場のことは、特にウェルビーイングのところまで、職場の中に入ってまでコンディションのことまで関わってもらう産業保健スタッフが欲しいのですが、これがなかなかいない。同じ会社の中でも、職場によって仕事の仕方もカルチャーもコミュニケーションの取り方も全然違うではないですか。そこまで御理解いただくには、ある程度一定期間、会社の中にはいてほしいですし、そういうことにまず興味を持っていただきたいと思うのです。
 きっちり中に寄り添って動いていただける産業医や保健師が増えると全体のレベルと絶対数が上がり、いわゆるアルバイト的に産業医される方が減ると、本当に社会が変わっていくのではないかと思うのです。一方で、すばらしい産業医の先生がいらっしゃる会社もありますけれども、ほとんどの会社は、大企業含めて人材の確保に本当に困っているので、何かいい方法があるのであれば教えていただけますでしょうか。
○小林構成員 本当にもう全く同感です。人を育てないといけないし増やさないといけないし質も高めないといけないと思います。もともと、保健師は寄り添いたい、そういう関心が高い人が多いのですけれども、産業医の場合はどうしても法的な責任がすごく大きいですし、そもそも予防は報われないというところがあって、あまり感謝されないですよね。魅力が高まらないというところがもしかするとあるのかなと思います。
 でも、その面白さ、この領域の楽しさというのをもっともっと伝えていかないといけないと思いますし、行政面での課題、やはり質の担保ということで資格が前提にあるわけですけれども、そうすると、間口が本当に狭くて、なれる人がいなくなる。関心があってもそういう資格がないという方がとても多いので、そういった方たちをどう巻き込んでいくかというのはこれからの課題だと思っています。
○武田構成員 企業側としても、私自身は、毎回新しい産業医の先生に会うたびに、あくまで人事のチームの中の一員であること、何かあったときには人事が責任を取るということまで話をして、意見をぶつけ合いながら施策を立てていきます。そういう関係がそこら中ででき上がっていくと、やりがいもきっと伝わるでしょうし、また、産業医や保健師の働く環境をもう少しよくしてあげられると思いました。
○今野座長 中村構成員、どうぞ。
○中村構成員 先ほど今野座長と水町構成員がお話しされていたのは、個人の責任なのか、法的に企業に責任を持たせるか、そのどちらですかという二者択一だったのですけれども、実態としては、その間をつないで機能を高めることが必要なのだと思います。有効性を担保するときに、今、企業はいろいろストレスチェックも含めて様々施策が充実していますし、人事と話していてもそういうことを一生懸命やっている企業が増えてきている印象もあります。
 しかしながら、例えば地方や、大企業でも製造の現場や労働組合の人たちと話をすると、「心理的安全性」という言葉はまず知りません。身体的安全性とか労災事故の防止に関しては極めて高い関心があるのですけれども、身体的安全性と同じぐらい、実は個人のウェルビーイングにおいて心理的安全性の重要度が高まっているにもかかわらず、心理的安全性の確保とか、その施策のバリエーションとか、社内で充実させるための方法論みたいなところが極めてまだまだ脆弱だと感じます。
 そういう意味でいうと、大企業の一部はできていて中小はできていないというよりも、恐らくまだ大企業でも広く浸透しているレベルになっておらず、一個人の従業員というレベルでは、もっとそれが遠いという状態になっているのだと思います。原理原則論としての責任がどこにあるかという議論が最初にあった上で、次の段階としては、社内や社会の中で有効に機能させるための様々なサブシステムを補完的にどう強化するのだという議論が2段階で必要なのではないかという感想を持ちました。
○小林構成員 心理的安全性は納得感の高い概念なので、認知が徐々に広がっているところですし、すごく重要な概念ですけれども、それが高まるためにどうするのがいいのかという方法論に関しては、まだ余りうまく確立されていないといいますか、重要性は分かるけど何をやるのだろうみたいなことが実際あるかなと思うのです。
 この心理的安全性との関連で言うと、このレベルが上がっていくと心理的安全性が最終的には高くなっていくというような位置づけをしていくべきと考えておりまして、この辺りの方法論をもう少し具体化していく必要があるなと考えているところです。
○今野座長 戎野構成員、どうぞ。
○戎野構成員 最初に自殺の話がありましたけれども、その要因として、精神疾患があり、これは過労死白書を見ても、問題が顕在化してから自殺に至るまでの時間が極めて短く、どう対処するかというのは非常に大きな課題だと思っています。そういったときに、自律的な健康管理というものが、自覚があるもの、あるいは顕在化するものに関しては対応ができるのかなと思って伺っていたのですけれども、先ほどのような問題は顕在化させていくというところも1つ大きな課題としてあると思います。早期に問題を顕在化させ、それに対する対応をするといったときに、今のストレスチェックだけではかなり不十分なのではないかと認識しています。何か今後のあり方として考え方があるのか教えて頂きたいということが1点目です。もう一つは、労働者一人一人というのは、相当知見にも差があり、知識に差もある中で、労働者の集団であります労働組合。あるいは労使関係において、今後何か取り組むべきものがあるとお考えであれば教えていただきたいと思います。
○小林構成員 自殺に関しても、テレワークですとか、今は本当に多様な働き方が進んでいる中で、コミュニケーションもなかなか深まっていない、普段の状態の変化をマネジメントが分からないといった状況が実際起こっていまして、見逃しやすいという面はあると思います。ストレスチェックを1年に1度の実施ではやはり足りないと思いますので、1つは、パルスサーベイのように、定期的にその人のストレス反応ですとか心身の反応の変化を測り、変化があればアラートをあげる、そういったシステムをつくっていく必要があると思います。心身の反応の変化を自分で分かるというのは、セルフケアとしてできると思います。
 マネジメントも状態の変化を把握できるような仕組みをつくっていかないといけないかなということです。技術的には可能になってきていると思いますので、どう広げていくかという点についても、実装上の問題があると思っています。
 それから、労使関係に関して言いますと、孤立を防ぐために、よりコミュニケーションをとっていくような機会をつくらないといけないだろうなと思っています。それが目的ではないのですけれども、そういった労使コミュニケーションをより活性化していくことによって、働く人の健康にも寄与しますし、使用者側の責任も果たすことにもなっていくというところで、双方の観点からの活性化というのは必要かなと思っています。
○今野座長 よろしいですか。小林構成員、ありがとうございました。
 それでは、次は、産業医科大学の産業生態科学研究所・人間工学研究室教授の榎原毅さんです。
 榎原さん、よろしくお願いします。
○榎原教授 皆様、おはようございます。産業医科大学の榎原と申します。
 本日、私のからは「人間工学から考えるデジタルヘルス・テクノロジーの普及による健康確保の新発想」というテーマでお話させていただきます。
 私は人間工学という領域を専門にしています。人間工学は、労働衛生の作業管理、環境管理、健康管理という3本柱があるうちの作業管理を担う領域で、労働負担の軽減、快適職場の確保、生産性向上活動を扱っています。
 人間工学を一言でいうと、仕事を人の特性に合わせる実践科学という表現をしてきています。これは例えば湯飲みに急須でお茶を注ぐときに、注ぎ初めや注ぎ終わりに少しこぼしたりすることがあると思います。これがもしも湯飲みでなくて試験管だったらば、とても精緻な動作が要求されて難しいので、よりこぼしてしまいますよね。でも、仮に受け皿が洗面器であればこぼさないですよね。
 何を言っているかというと、人が行う行動は同じでも、受け手側の環境が変わればエラーにもなるし、ならない。つまり、人の特性に合うように仕事とかをデザインしておけば、そういうエラーや健康影響といったものは防げる。そういう人の特性と仕事をうまくマッチングさせる技術が人間工学だという説明をしております。
 2000年に人間工学は新しい定義をつくりました。今は、もう少し発展的に進化した概念に変わってきています。いわゆる労働者の安全・健康といういわゆるウェルビーイングと、企業が求める労働生産性とか効率とかシステム全体のパフォーマンス、2つのアウトカムのバランスをうまくとる。バランスをとるために、人を含む多様なシステム要素を人の特性とうまく合うように調整して、ウェルビーイングとパフォーマンスをうまく両輪、両立できるように、適正化していくのが人間工学となります。
 今日はこの人間工学の観点から、健康確保の新しいお話をできればと思います。その前に、健康の話と生産性の話は両立しないと思われている概念についてお話します。横軸が身体的または精神的な負荷の度合い、縦軸はパフォーマンス、または安全の水準で考えると、例えば負荷が高過ぎても、当然のことながら、人に与える影響、いわゆる負担感とか作業負担が高くなります。逆に人間というのは負荷が低過ぎても向かない生き物ですので、バランスが大事です。生産性も同じで、負荷が高過ぎてもパフォーマンスは下がり、エラーも増えます。一方で、負荷が低過ぎてもだらだらしてパフォーマンスが上がりません。
 そのため、ウェルビーイングとパフォーマンスのそれぞれの中庸の部分、ほどほどにバランスのいい部分を調整するという、そんな概念で人間工学というのは今発展してきています。
 もう一つ、私は、前職の名古屋市立大学で「JST共創の場形成支援プログラム」という近未来労働環境デザイン拠点という事業を進めていました。100歳まで元気に働ける労働環境デザインというテーマで取り組んでいました。働くということは人の健康を害すると、ネガティブに作用するという大前提で思われているのですけれども、むしろ100歳まで働く上では、働くことが健康増進につながる、その仕組みをどのようにつくればいいかということをプロジェクトとして進めていたものです。
 このプロジェクトをする中で、1つ採用している手法はバックキャスティングです。現状起こっている問題を明らかにして、それに対処していくというのは、現在から未来に向けて積み重ねていくというフォーキャスティングの考え方です。一方、バックキャスティングは、まず未来のあるべき姿を設定して、それを達成するためにどういうプロセスが必要なのですかと逆算的に考えていく、こういう観点で近未来の労働環境のデザインというのを検討してきた時期があります。
 横軸に技術的な成熟度、縦軸が産業保健の成熟度という軸をとったときに、我々が忘れてはいけないのは、技術革新が働き方を変えると、労働者の安全とか健康というのは、新しい働き方に応じてバランスがうまくとれなくなったときに、健康影響などの問題が生じるということです。
 そのため、独立変数、従属変数の概念でいくと、技術が独立変数で、技術が新しくなることに伴って働き方が変わって、新しい産業保健のあり方が必要になります。つまり、産業保健は従属変数なのです。このことを意識しておかないと、技術はどんどん進むけれども、産業保健はどんどん時代遅れになっていってしまう。そういうことにならないように、バックキャスティングで、ある時点で、これは技術の進歩なども見据えた上で、あるべき未来像を最初に設定して、それを達成するために必要な産業、安全保健上の政策をバックキャスティングでビジョンをつくっておくということを、このJSTの事業では進めてきた経緯がございます。
 また、技術の成熟度も色々な軸があります。例えば10年先、20年先は分からないと皆さんおっしゃるのですけれども、技術の発展を20年前から考えてみると、例えばインターネットの速度は劇的に速くなっていますし、携帯電話もすごく小型化、スリム化していますよね。技術要素に分解してみると、時間は短くなる、速度は速くなる、サイズとか重量は小さく軽くなるという方向でベクトルがあります。このような要素を共通意識として持った上で未来像を描くために、2040年のあるべき姿として描いたシナリオシートを御紹介します。時間・空間・デバイスから開放され、自律的な労働と健康センシングが融合するというシナリオです。
 どういうことかといいますと、今日のメインの話につながるところです。今様々なセンシング技術が急激に開発されてきています。例えば我々の日常生活の中で言うと、排せつ物は今までは捨てるだけのものでしたけれども、実は貴重な生体試料ですよね。センシングだとか解析の技術が発展してくると、日常のトイレで健康センシングできるかもしれない。さらに、今、非接触で心拍数を計る技術、心拍変動を捉える技術なんていうのもすごく発展してきていますので、寝ている間、また仕事中とかも、センシングするということが可能になりつつあります。あと10年ぐらいすると、健康センシングはかなり民生品市場として普及してくると思います。
 技術的な動向に伴って働き方も変わってきます。センシング技術をうまく産業保健の領域に応用していくということを今の段階からバックキャスティングして考えておく、そのようなことが必要なのではないかなと思うのです。
 ちなみに、この中では2100年のビジョンもつくっています。労働という概念がなくなるという、ややラジカルなビジョンもございます。いずれにしろ、バックキャスティング側の産業保健の領域が技術とか社会の変化に即応できるように今から考えておくということが肝要だと思います。
 私の所属している日本人間工学会も、持続可能な人間工学目標SEGs2040を昨年公表しました。今のSDGsの時代で学問領域もそういう社会の変化に対応して、人間工学という領域がどういう取組をしなくてはいけないのかということを提言としてまとめようという取り組みです。
 今日の本題なのですけれども、産業保健や働き方、またどのように健康を担保するか、そういう観点を考える上で、デジタルヘルス・テクノロジーが今どうなっているのかという話をさせていただければと思います。
 産業革命に代表されるように、技術革新が人々の労働や生活スタイルを作ってきました。例えば、運転労働も、今までは運転するという行為が必要でしたが、このような労働も要らなくなれば、車の中での生活、もしかしたら車の中が労働の場になるかもしれないという時代が2040年には来るかもしれません。また、AI、VR、バーチャルリアリティ、Augmented Realityといった非常に多様な新技術が出てきていますので、技術の発展によっても働き方が変わる可能性があります。
 実際のところ、発展途上国の中でも技術の恩恵を受けられないような地域では、従来からあるような労働格差・遍在の問題ですとか、インフォーマルセクターの問題等がより顕在化することが想定されます。一方で、先進的な技術の恩恵を受ける地域では、新しい働き方が発展するという、働き方の二極化が進むと考えられます。
 本日は先進的な例に絞って御紹介させていただきますけれども、昨年度から、AMEDの事業で「メンタルヘルスに対するデジタルヘルス・テクノロジ予防介入ガイドライン」という事業を進めています。メンタルヘルスに関するテクノロジーも非常に発展してきていまして、左上にある、頭にバンドを巻いているようなデバイスは、脳波が簡便に撮れるデバイスです。自分の脳波を撮って、スマートフォンでリアルタイムに見て、自分のリラクゼーション度みたいなものを自分でモニタリングして、いわゆるマインドフルネス的なことを自分でやれる。これも実は3万円ぐらいで買えます。
 また、映像脈波という、顔の映像で心拍や脈拍が分かる技術もあります。波長で言うと540ナノメートルの緑色の光を多く吸収するというヘモグロビンの特性がありますので、ビデオカメラとかスマホのカメラで顔を撮影し、緑色の成分だけを取り出して時系列に見てみると結構変化していることがわかります。
 右上にあるのは指輪型の指尖脈波です。指先に流れる血管のヘモグロビンの量をはかって心拍、脈拍を推定します。
また、右下にあるように、時計型のウェアラブル端末や歩行をセンシングする技術も出始めています。
 左側はホログラムアバターの技術です。いわゆる対話型AI、Chatbotの技術を応用し、AIのバーチャルのアバターとの会話を通じて、人の精神的な健康度をセンシングするようなこともできるようになるかもしれません。
 他にも、アメリカのアフェクティバという会社が開発した顔表情で感情推定をするAIや、イスラエルのネメシスコという会社が20年前から開発しているLayered Voice Analysisという非常に精度の高い音声感情解析技術があります。ラッセルの感情円環によると、感情は8つぐらいに分類できるというのがありますけれども、例えば今私が話している音声の波形を分析して、AIで学習されたデータベースと照合していくと、私が今、ストレスの状態がすごく高いということが可視化される技術です。
 これはメンタルストレスの評価やメンタル不調の予測にも使える可能性があります。また、左下は非常に有名なアイボ、コミュニケーションロボットです。これも接触センサがついているので、もちろんアイボ自体でのヒーリングの効果みたいなのはあるのですけれども、人が触った際にセンシングして、ストレスの評価に使える可能性もあるかもしれません。
 右下は、会社側が従業員の睡眠状態をモニタリングしてマネジメントするツールです。これは睡眠状態の評価や労働生産性も推定できるということで、ビジネス展開されているものもあります。
左の写真では、歩いている状態をモーションキャプチャーで追っているのですが、特別な機械とか要らずに、スマートフォンとかのカメラの映像で筋骨格的な計測点をAIが推定して、二次元のビデオ映像から三次元の座標情報を推定するという技術もあります。
 このような技術があれば、例えばオフィスの中とか、家の中とか、歩くという行為を人間は必ず行うので、日常生活における歩行をデータとして取ると、パーキンソン病の将来の発症予測が分かったり、長期間のモニタリングによってうつ病の推定が分かる、という研究もあります。このようなAIを使った技術がどんどん発展してくると、活用の幅が広がります。
 真ん中に記載されているのは、普通の映像から骨格点が取れる技術です。日常の立ち上がり動作は、起き上がる前に体が前傾姿勢になるのですけれども、その前傾姿勢のパターンを撮影することで、ロコモとかフレイル、体力測定、体力年齢みたいなものがある程度推定できます。
 あとは、顔表情を推定する技術もあります。五十点程度ある顔の特徴点を全て取れるのですけれども、日本人は外国人よりも顔の表情が非常に微表情なので、日本人の特徴的な特徴点を分析して、推定に将来使えるのではないかということで、様々な開発がされてきています。
 次は眼鏡型デバイスの技術です。加速度計が入っている眼鏡を装着してもらうことで、日常生活における頭の動きを全て取れます。このデータをある処理をして、人の行動というのは、データとデータの間の差分値をどんどん取ってくる、インターバルデータ化をして、分布を書かせるとU分布というのに従うというのが時系列データで分かっているのですけれども、これをログ変換すると直線化します。あるところから直線にならないで曲線で丸く裾野が長くなっているところがあると思うのですけれども、こういったところがアノマリー、つまり、想定されている動きとは違う異常な検知が出ているということが分布を書かせてみると分かります。在宅ワークが増え、首・肩の痛みを感じる人がすごく増えているという疫学研究が増えているのですけれども、実はそういうものも日常のセンシングデータを使ってうまくモニタリングしておくと、症状が深刻に現れる前に、異常検知を早い段階でして、予防介入ができるのではないかと思うのです。
 今日の本題のところなのですけれども、2040年ぐらいの近未来ビジョンを想定して、現在の技術動向、また開発動向なんかを踏まえていくと、恐らく2040年ぐらいはDigital Healthcare Medication、こういう社会が到来すると考えています。これは日常生活や労働の中でセンシングが非常に増えてきて、日常的に使われるようになってくる。そうすると、定期健康診断みたいなものも多分様相が変わってくるのではないかと思うのです。
 例えば健康診断は、現在は、2030年、2031年、2032年というように、毎年定期的に受けています。ある年の健康診断で、要検査と出ても、多くの人は仕事が忙しいからという理由で受診をなかなかしなく、すごく自覚する症状が出てから受診行動に出る。そのため、毎年定期的に健康診断を取っているからといって、早期発見のためにうまく機能しているかというと、もしかすると数か月とか数年とか、タイムラグがある中で実はやっています。
 一般市民の方がヘルスケア製品、つまり、デジタルヘルス・テクノロジーを使えるような環境が整いつつありますので、このセンシングの技術をうまく使うと、音声とか顔表情とか歩行とかいろんな生成情報がどんどん統合されていきます。そうすると、日常の生活行動の中でその人の健康のライフスタイルをモニタリングし、その方々によりよい健康、ライフスタイルを提案することが出来ます。つまり、予防活動が日常的に、デジタルヘルス・テクノロジーによって介入されていて、モニタリングする中で異常値が検知される。異常値が出てくると、対話型AIに現在の症状を自己問診していくことで初期診断を行う。 
結構精度高く診断できるAIもあります。診断の結果、ある疾患の疑いが何%の確率であるため、すぐ病院を受診してくださいと具体的に言われるほうが受診行動につながりますよね。日常の健康予防と医療がシームレス化してくるという時代も多分そう遠くない未来に実現可能ではないかなと思うのです。そのため、デジタルヘルスが日常の中に入ってくると、日々の健康行動を支援するだけでなくて、いわゆる超早期の予兆を検知して、受診勧奨につなげるということが可能な社会が到来するのではないかと思っています。
 今、対話型のChatbotで一番有名なのは、バビロン・ヘルスというイギリスの技術です。問診のように、チャットで症状に関する質問に答えていくと、あなたはこういう病気の可能性がありますということをAIが診断してくれます。結構いい精度で診断が出てくる。感度が高めに設定してあるので、結果を受けて実際に病院を受診しても、問題ない場合が多いのですけれども、そのようなものはもう既に海外ではあります。
 日本は後進国で、こういうセンシング、デジタルヘルス・テクノロジー系の技術はアメリカ・イスラエルといった国が先行しています。技術立国日本ではもう既にないのですけれども、何とか技術立国を再興するためにも、産業安全保健の政策が技術発展に資するような未来ビジョンを確立する必要があるのではないかなと思っています。
 2点目の近未来ビジョンとしては、いわゆる伝統的な労働時間管理から脱却して、過重労働対策に新たなセンシングヘルスケア指標を確立するものです。今まで、我々は労働時間を万能な指標として使ってきました。これはなぜかというと、生産性を反映する指標でもあるし、過重労働を表す指標としても使えるからです。ウェルビーイングとパフォーマンス、両方が汎用的に捉えることができる指標なので、時間という概念はすごくよく使われてきました。この概念は、F・W・テイラーが確立した科学的管理法がベースになっています。
 例えば、健康に関することで言うと、過重労働対策における労働時間管理は、もともとは睡眠の時間をベースにして間接的に推定している時間です。睡眠時間が6時間を切ってくると脳血管疾患といった病気に罹るリスクが2倍以上に高まってきます。 
6時間の睡眠時間を確保できるようにするためには、一日の時間外労働は4時間ぐらいが限度です。1日4時間ということは、大体1か月に換算すると80時間ぐらいです。睡眠時間を確保するというところが本質なので、当時は、こういう時間概念で健康管理するという設定をしました。100年前はセンシング技術がなかったのでできなかったのですけれども、今は睡眠時間とか睡眠の量と質をセンシングで評価するというのがもうダイレクトにできる時代なので、間接的に推定しなくてもダイレクトに、睡眠をマネジメントしてしまえばいいじゃないですかと、そういう考えもあるわけですね。
 生産性を示す指標として使われるようになった時間のベースは科学的管理法なのですけれども、これは要素作業に分けて科学的に工場の生産ラインを改善する、経営工学の手法として生まれたものです。この手法が最も産業の発展に寄与したのは第二次産業革命だと思います。アメリカのフォード車の組み立てラインにこの科学的管理法が導入されていました。つまり、習熟している作業者が行う動作を幾つかの要素作業に分けて、標準作業時間というような概念をつくりました。そのようなものができると、労働者をトレーニングするような仕組みもできてきますし、仕事を要素に分けるということで仕事の分業という概念が生まれてきて、併せて効率の概念も、ここの科学的管理法の中から生まれてきています。
 我々が経営で使う目標管理とかガントチャート(工程管理)とか、生産ノルマとか、あとは管理者、マネージャーみたいなものを置くという概念も全部、この科学的管理法が生み出した成果ですね。つまり、仕事を要素に分けていくと、全体をマネジメントする人が必ず必要になるので、それがマネージャーという役がつくられるようになりました。近年の企業の組織マネジメントの基礎をつくった人でもあります。
 ただ、ここで申し上げたいのは、時間管理が生産性をうまく反映する指標として機能するのは、ルーティン化可能な要素に分解できる仕事の場合に最大限に効果を発揮するということです。先ほどの小林構成員のお話にもありましたけれども、多様化する働き方で知的労働生産性が非常に求められるような今の仕事の場合、このモデルをそのまま時間という概念を使って効率を図ろうとしたり、労働時間で労働者を管理するみたいなことを、長年この科学的管理法に基づいて我々はやってきているのですけれども、実は大分破綻していると思うのです。労働時間も、これはILO1号条約でもございますけれども、働く人の健康管理をするという面でも、工場法をベースにできてきていると思います。
 最後に、このような技術革新がどんどん進んでくると、恐らく幾つか考えなくてはいけないことが出てくると考えています。
 1つ目は、Digital Healthcare Medicationが普及してくると、労働者の健康管理は誰が行うのかということです。先ほどの議論もありましたけれども、事業主に対して労働者保護を課すような法制度が本当にいいのか。むしろセンシングのデバイスがたくさん市場に出てくるということを考えると、従業員を雇用している事業主ではなくて、ヘルスケア企業やサービス企業側に何か課すような仕組みがもしかしたら必要になるかもしれません。
 そのような仕組みづくりで言うと、イギリスのNHSという組織がこの辺りの体制整備を進められています。日本はまだまだ遅れているところがあります。
 2つ目は、事業主が労働者を保護するという発想から、労使の区別なく、働く人々全員を支えるような産業保健になるということです。センシング技術が広まってくれば、働いている人、企業に雇用されている人だけに限定したような発想である必要は実はないので、組合のあり方とか労働基準監督行政のあり方みたいなものも変わってくるかもしれないということです。
 いわゆる人的資本開示が始まっていますので、各企業の安全衛生の取組は自律的に労働者の健康状態を、センシング情報なんかを全部集約して開示をして、社会が各会社を監督するような仕組みがもしかしたら普及するかもしれません。
 3つ目は、ウェルビーイングとパフォーマンスの均衡をうまく図るためにどうするかということです。先ほどの、労働時間管理をなくすというやり方も、ハイブリッドのほうが現実的な路線だと思います。つまり、過重に労働者の人権が害されるような可能性のある、そういう過重性が高いようなところはやはり時間というのは大事な物差しだと思うのです。一方で、知的労働の方々に時間で生産性とか健康度を管理するというのは、多分、今の時代と少々そぐわないですね。もっといい指標があるので、そういったものを使うほうがいいと思うのです。
 4つ目は、技術革新を支援する産業保健のスタンス、そういうスタンスでバックキャスティングの観点を使って、ウェルビーイングとパフォーマンスを適正化するような、そういう制度がつくれるといいなと思っております。
 以上になります。
○今野座長 それでは構成員からの質問に入ります。安部構成員、どうぞ。
○安部構成員 今のお話しは、小林構成員による、自律的な健康管理のオーナーシップは誰が持つか、というお話しの延長線上で大変興味深いと感じました。人間工学というのは両義性の調和だというのは、今、ジョブ型という、仕事がどんどん前面に出てきている中で、非常に時宜を得た捉え方だと思いました。
 テクノロジーが健康管理をどのように支援するかという観点で、センシングの技術が非常に進んでいるというのは、我々も事業の中で取り組んでいるので、高い納得感と共にお聞きしました。技術が進むほど、より早い段階で兆候を正確に感知することが可能になり、全てがセンシングと言う技術に包含されるようにも思え、そこで認識された事実に対して本人がどういう行動をとるかがより重要になってくると思いながら聞いていました。
 個人的な見解ですが、センシングに加え、アラーミングというか、センシングで認知された状況を踏まえ、具体的に何らかの示唆をする、信号を出して具体的な行動を促す、と言う方向でテクノロジーが活用されると、一層の進化が期待できそうな気がしています。あくまで主体は本人だという前提に立ったときに、テクノロジーで行動を促すような進化というのはあるのではないでしょうか。
 先ほど、アイボを取り上げていただいたのですけれども、癒やし系というのは間接的に気がつかないうちに健康増進に貢献する非常に大きな領域だと思っています。このような発想はいろんなところでまだあり得るのではないかと思うのです。
 弊社で非常に優秀なコンピュータサイエンスラボのリサーチャーが、会議室のドアをオートロックにし、ロックを解除するには入り口のセンシングカメラに向かって笑顔にならないと部屋に入れないようにすると言う実験を行いました。すると入室前にみんな笑顔になって入ることで会議の効率が大幅に改善され、時間が大きく短縮されたと言う実験結果が示されました。センシングを具体的な行動につなげて結果を導き出す、すなわち、笑いを健康に繋げ、それを生産性と言う形で具体化させると言う、突飛ながら興味深い実験をしたわけです。センシングやアラーミングが、さらに具体的な行動を促す方向にいってくれると、新たな期待ができそうだと思った次第です。
○榎原教授 貴重な御示唆をいただきましてありがとうございます。おっしゃるように、センシングしただけだと十分ではなくて、その後にどのように行動変容を促すかというところが大事になります。私が今進めているデジタルヘルス・テクノロジーのガイドラインのほうの動向で言うと、例えばメンタルヘルスを支援するためのデジタルヘルス・テクノロジーは様々あるのですけれども、実は多くのテクノロジーは途中で使われなくなってしまうというという問題があります。
 一方で、長く使い続けてもらえている製品もあって、1つは時計型のウェアラブルデバイスです。腕時計をはめるという行為は習慣化されていますよね。ただ、使ってもらえるようになったからといって、それで行動変容が促されているのかというと、ここはやはり難しいところで、どういう情報を提供したりするのがいいのかというのは、実はまだまだこれからの研究領域だと思っています。
 ただ、今ナッジ理論が結構出ていて、例えば全体の平均のレベルがこのぐらいですよというのが分かると、人は平均的なラインから自分が逸脱しているというのは嫌がるので、平均に回帰したいという特性を持っています。
 例えば家庭の電気代が、ここの地域では平均1世帯当たり5,000円で、あなたのお宅では今月もう1万円使っていますというと、うちはここの地域の平均よりも倍使っているのかと思うと、行動に移そうと変わりますよね。そのため、人の特性をうまく情報としてデザインするというのも方法の1つとして考えられると思っています。多分、そのようなノウハウがこれからより蓄積され、デジタルヘルスに実装されてくるのではないかなと思っています。
○安部構成員 ナッジは本当におっしゃるとおりで、単にセンシングの精度を高めるだけではなくて、行動を促すという方向になっていくといろんなことが期待できるのかと思いました。ありがとうございます。
○今野座長 水町構成員、どうぞ。
○水町構成員 労働時間で過労死ラインが100時間、80時間と設定されていて、健康を守るためには時代遅れになっているのではないかという話の中で、最後はやはりハイブリッドで、エッセンシャルワーカーについては労働時間管理、知的労働についてはセンシングヘルスケア指標ということをおっしゃっていましたが、例えば、今は代替指標として労働時間で管理していますが、100時間、80時間以外に、このセンシングヘルスケア指標を法的に重要な意味を持つ水準として設定するということが可能なのか。可能だとしたら、いつ頃、こういう指標に置き換わるのではないかという予測をお聞きできればと思います。
今は、産業医が最終的に専門的な知見から判断するということになっていますが、労働時間とは違う指標で、こうなったら責任が法的に発生する、発生しないという指標を標準化して設定することが可能なのかどうかということ。もう一つは、AIやアルゴリズム自体は責任を取ってくれないので、誰が最終的にチェックするのかということがあります。これは医療だったらお医者さんが責任を取るし、法的な問題だったら弁護士とか裁判官が責任を取るということですが、その人間の関与についてここの中でどう制度化するか。最終的には、労働者個人が責任を取るのか。企業が働かせている以上、企業、事業主が最終的には責任を取り、そこで専門的な知見については産業医の知見を借りたり、ヘルスケア開発企業サービス提供企業というのがいろんな新しい技術を提供しているので、我が社はこの企業のソフトとかAIを採用するけれども、その結果についての最終判断は我々が委託しているお医者さんに判断してもらって、最終的な責任は企業が取るというところが、恐らく法的な立てつけとしては変わらないのかなと私は思っているのですが、そこの点について何かお考えがあれば教えてください。
○榎原教授 御指摘いただいた点はすごく大事なところで、むしろここの部分は、私は法律の専門ではないので、水町構成員のほうが多分造詣深いと思うのですけれども、法律の体系として責任の所在をどのように位置づけるかというところは、今の段階では答えを出していません。
 一方で、社会の技術開発みたいな大きな流れの中では、どんどんセンシングデバイスを使って、ヘルスケア産業が今非常に発展してきているという大きな流れがございます。そこに対して、ヘルスケア産業の発展を全く無視するのではなくて、そこと法体系をどのように融合させていくのかというのは、まさにバックキャスティングで10年、20年先を見越して、このようなことが将来必要になるのではないかというのをつくっていく必要があると思っています。
 ヘルスケアで大事だと思っていることは、ヘルスケアと医療は分けて考えたほうがいいということです。分けるというのは、医療は当然、医師の確定診断がなければ、AIが診断したからといってそれが確定診断になるわけではないということです。一方で、ヘルスケアというのは、病気ではなくて、健康な方が、皆さんが日常生活の中でスマホを使う延長線上で自分の心拍数も見たりというのは、これは何となく医療の中の範疇でそれを捉えてしまうと多分ガチガチになって、むしろ技術の発展なんかの足かせになってしまうので、ヘルスケアと医療は、線引きをして制度をつくる必要があるのではないかなと思っている次第です。
○今野座長 今の点で、センシングの技術は何か特定の変数を測定するとなると、どの変数が適切かという問題が出てきます。今の問題提起でいくと、労働時間管理からセンシングでの管理に変わると、測定する変数は労働時間の管理で何を実現したかったのかに依存しますよね。そうすると、今の労働時間管理は何のためにあるのかというのを定義し、クリアにすることで、対応する変数の設定ができて、センシングの指標ができるかもしれない。そう考えると、労働時間管理は何のためにやっているのということをきちっと定義するということが今度重要になってくる。例えば、もちろん健康もありますけれども、ワークシェアリングをするために労働時間を制限しているのだという考え方もあったりするので、その辺はどのように考えていますか。
○水町構成員 時間設定して割増賃金というのは、精神的、肉体的な疲労に対する代替として位置づけ、そして、上限の100時間、80時間は脳心臓疾患が発症する可能性が高いというので、そこら辺ぐらいまで目的が特定されたら、別に100時間、80時間でなくて、こういうデータから脳心臓疾患が発症しやすいから、時間に関係なくアラームを鳴らしたらいいのではないのということはあるかもしれません。ただ、AIの出てきた結果だけでは任せられないので、そこは最終的にお医者さんなり人間が判断して対応するということになると思います。
○今野座長 今、水町構成員が言ったことには前半の話と後半の話があります。後半は、私もそう思います。前半は、明確に法的にそのようになっているのですか。
○水町構成員 1日8時間、週40時間を超えた場合の割増賃金を支払うということと、時間外労働100時間、80時間の規制とは法的根拠は別です。この40時間とか1日8時間超えたら、人間として肉体的、精神的に疲労度が高まるだろうから、25%の割増賃金を払いなさいという、それは25%の割増しの話なので、センシングしてまで追わなければいけない健康情報なのかというところはあるかもしれませんが、目的の違った制度が絡み合っています。
○今野座長 今のように、80時間、100時間についての定義が非常にはっきりしたら、その疾患に関わる変数だけセンシングすることで、労働時間で管理しなくてよくなるということは起こらないですか。
○榎原教授 睡眠時間が脳血管疾患等のリスク決定因子になっているので、労働時間ではなくて睡眠時間をセンシングしてマネジメントするという軸はあると思います。ただ、それだけで全てがいいのかというと、脳血管疾患のリスクだけを予防すれば産業保健上労働者の安全配慮義務が満たせるのですかということまで考えると、代替する、これだけ押さえておけばいいですよという指標はなかなか、今の段階では申し上げにくいです。
○今野座長 その問題と、水町構成員が言われた労働時間の80時間や100時間については脳血管疾患のリスクを考えているというのと両方ありますね。論理的には、労働時間の管理に代替するセンシング指標だけに限定してアラームを出せば、労働時間を見なくていいという話になってしまうのでしょうか。
○水町構成員 実効性の話もあるし、誰が責任を取るかという話もあるので、センシングしただけでは難しい。どういうものをセンシングとして国が法的にも認めるかという制度設計上はきちんと詰めなければいけないことはいっぱいあると思います。
○今野座長 そうですね。中村構成員、どうぞ。
○中村構成員 感想に近いのですけれども、肉体的疲労とか脳血管疾患みたいな身体的な症状を予防するための時間管理というのは割と普遍性もあるし、それの効力の高さって、ある意味、歴史が実証しているのだと思っています。ここから先に考えるのは、先ほどから出ている知識労働が増えたり、メンタルヘルスの問題があったり、さらに言えば、エンゲージメントだったりウェルビーイングであったりという、より働く人たちが主体的に満足したり、そこから生まれてくる仕事の成果を高めるときに何を指標に置いたら、何をセンシングしたらそこのスコアが分かるのだという、今までのものを代替する議論でなくて、恐らく今出てきている新しい徴候に対する指標の特定なりそこに向けた議論が必要なのかなと思って伺っていました。
○今野座長 今日も、エンゲージメントとか、メンタルヘルスとか、ウェルビーイングとか、いろんな言葉が出てきています。いろいろ出てきているけれども、本当に法的にやるとしたら、ここまではやる、ここから先は企業が責任を持つという切り分けをどこかでする必要がある。それともう一つは、言葉の定義を明確にしてあげないといけない。我々はここで言うと、労働基準でいうと健康確保という言葉とウェルビーイングと何が違うのかとか、そこの言葉の整理も必要かなと思いました。
 戎野構成員、どうぞ。
○戎野構成員 26ページのところの「事業主ではなく、ヘルスケア開発企業・サービス提供企業が担い手」というのは、事業主がこういうところを活用するのではなく、個人が活用するときに、事業主はどういう位置づけになると考えているのかというところをもう少し御説明いただけますか。
○榎原教授 ありがとうございます。ここのところで、今「ヘルスケア開発企業・サービス提供企業が」と書いているのは、今までの労働安全衛生法の枠組みでいくと、事業主に対して従業員の健康担保、確保を義務づけしています。でも実際のところは、従業員50人未満の中小零細とか、実はほとんどカバーできないような現状もある中で、デジタルヘルス・テクノロジーのデバイスが、一般市民の方、多くの方が使われるようになってきているのであれば、開発企業さんに対してそういう製品を市場に出す際に、例えばそこにヘルスケア関連に大事な指標みたいなものを一緒にバンドル販売するようにみたいなのを例えば課すイメージですね。
 例えば、何でもいいのですけれども、振動工具を使う機械がありますと。あれは当然、振動の暴露があれば振動障害が発生しますので、センシングのデバイスと個人識別の技術も一緒に組み込んで、振動の暴露量を個人モニタリングできるようにちゃんと、そのような指標にして市場に出しなさいねとか、そのように規制をしておくと、それを使うユーザーは自ら自律的に自分の曝露量なんかをマネジメントしたりできるようになるのではないかと思うのです。
 ただ、当然のことながら、従業員の健康を企業は野放しで好き勝手やってもらっていいのですかというと、それはやはり違うと思うので、ここに「デジタルヘルス・レコードの共有基盤の整備」とあるのですけれども、従業員がそのようなヘルステクノロジー&デバイスを使っているそのデータは雇用している企業がちゃんと集約をして、自分たちの会社の中の安全衛生水準のモニタリングの情報みたいなものをマネジメントできるような仕掛けが要るのではないのかと考えています。
○戎野構成員 そうすると、これはツールとして使い、責任は事業主のほうにあるわけですね。
○榎原教授 そうですね。ツールとしてそういうものが使える可能性があると思っています。
○今野座長 一種の製造物責任、つくった人が、例えば振動が発生する機械を生産しているメーカーは使う人が病気にならないよう対応することが製造物責任において求められるので、そのデータをちゃんと取っておけと、そんな感じかなと思って聞いていました。
○榎原教授 PL法と産業保健がうまく融合してくるようなイメージです。
○今野座長 武田構成員、どうぞ。
○武田構成員 センシングすることによって取れた情報、これで、正直、企業が全部これをやると要らない機微情報も企業の中に入ってきてしまうではないですか。そうすると何が起きるかというと、多分、採用のときの差別とか、登用に使うよとか、そこをずるく使ったところの健保は安定するとか、いろんなこと考えてしまいました。ゲノムとかも同じだと思うのですけれども、情報の切り分けはどのように考えるのがいいのでしょうか。
○榎原教授 まさにそこは、個人情報のあり方とかデータセキュリティのことで、必ず技術のメリットの部分があれば、そういう悪用されたりとかデメリットの部分があって、そこの両義性をどうやってバランスとっていくのかというところを、法体制として未然に防げるような仕組みを何か議論していかなくてはいけないのではないかなと思っています。センシングデバイスで、例えば健康情報が早めに分かるのであれば、その情報を使って、もしもこの若い社員を雇ったらば、10年後ある疾患になるリスクが高いですみたいになったらば、それを就職のときにはじいてしまうとか、悪用しようと思ったら幾らでも実は技術は悪用できてしまう。そのため、そこら辺の両義性をどのように担保していくのかというのがまさに議論しなくてはいけないところだと思います。
〇今野座長 安部構成員、どうぞ。
○安部構成員 一方で、そのデータはものすごく大きな価値を持っているという議論も同時に進んでいます。各企業の健康保険組合にレセプトデータとして蓄積されているデータが使われないまま眠っているのですが、企業横断で匿名性を持たせて活用すると、いろんな施策、それこそ先程触れた、上流でセンシングするだけではなくて、全てアラームを出すための有効性ある行動の実証を高めるのでは、と言う議論があり、企業を超えて膨大なデータを集めて活用することに大きな可能性が秘められていると言われています。
 明確に目指す方向に向かっていく、いわばナビゲーティングとまではいかないまでも、有効性ある行動を促すためのアラームに使えると思うと、データというのは慎重に扱うべき繊細さと同時に、大きな可能性を秘めた価値との、両方を有している気がします。実効性が高まると、例えばアラームの出し方もより工夫がされてアピーリングになり、例えばたばこ一本吸うと寿命が何日短くなりましたと言ったアラームの出し方は、結構、はっとする行動につながり得るかも知れません。
○武田構成員 ありがとうございます。そういう意味では、そういったデータを健康保険組合と連携して活用できていないことはすごくもったいないと感じました。
○今野座長 榎原先生、ありがとうございました。時間ですのでここで終わりにさせていただきます。本日は、小林構成員、榎原先生、ありがとうございました。
 最後に、事務局から次回の日程についてお願いします。
○労働条件確保改善対策室長 事務局でございます。次回は5月16日(火曜日)、16時から18時にAP虎ノ門にて行います。
○今野座長 それでは、本日はここまでとさせていただきます。ありがとうございました。