第3回新しい時代の働き方に関する研究会 議事録

労働基準局労働条件政策課

日時

令和5年4月7日(金) 10:00~12:00

場所

航空会館501+502号室

議題

構成員からのプレゼンテーション

議事

議事内容
○今野座長 それでは、時間になりましたので、ただいまから第3回の「新しい時代の働き方に関する研究会」を開催いたします。
 本日の研究会は、会場参加とオンライン参加の双方による開催となります。
 カメラ撮りにつきましては、ここまでとさせていただきます。
 それでは、本日の議事に入ります。本日は構成員からのプレゼンテーションをしていただくということで、大湾委員と伊達委員からプレゼンをお願いいたします。
 1人目は、大湾委員からよろしくお願いします。説明は20分くらいで、あとは30分くらいみんなで議論したいと思いますのでよろしくお願いします。
 それでは、お願いします。
○大湾構成員 それでは、私のほうから、人的資本投資を増やすためにどうしたらいいかという視点での御報告をさせていただきます。
 まず、今、出ている表は、おそらくここにいらっしゃる方々はもう見慣れているグラフではないかと思います。左側は日本の人材育成投資のGDP比を諸外国と比べたものです。GDP比にするとちょっと分かりにくいので賃金との比率で考えると、例えば労働分配率が5割強で、Off-JTが必要な比較的高スキルの人材、労働者が半分くらいだとすると、2掛ける2くらいの4倍にこの値をしていただくと、大体賃金との比率になるかと思います。ですから、欧米では大体これの4倍ということで、5%くらいから7%くらいですね。賃金の5%から7%くらい人材育成に投資している。それで、日本の場合は1から1.5%くらい投資しているということになりますので、かなり低い水準であります。
 右側は前回も御覧いただいたグラフですけれども、パーソル総合研究所の調査でアジア・パシフィック地域のビジネスパーソンに自己研鑽投資しているかという質問に対して、日本はいずれも非常に低い水準で、何も行っていないという人が46~47%くらいいる。
 これを私は最初に見たときに、かなりバイアスがあるのではないかと思ったのですね。
 ところが、JILPTのほうの統計を見ると、やはり学習も研修にも参加していない人たちが若い人でも3割近くいて、それが50代くらいになると4割くらいは何も人的資本投資をしていないという数字が別途出ていますから、かなり実態に近いものを表しているのではないかと考えています。
 では、今日は企業の育成投資が低いのはなぜかということと、なぜ労働者が自己研鑽投資をしないのかという問題の、この2点について議論をしたいと思います。
 企業が人的資本投資をしない理由を考えるとき、一つのキーワードは労働市場の摩擦だと考えています。労働市場の摩擦というのは何かというと、転職とか自由な労働契約の障害となるようなものです。代表的なものをちょっと挙げていきますと、情報の非対称性、どの労働者が優秀かどうかというのは現在の雇い主は分かっているけれども、外部の潜在的な雇用主は分からない。したがって、生産性に近い賃金をオファーできないという問題があります。
 2番目がサーチコストで、就職、採用にかかる時間、労働、その他の負担ですね。特に日本のように職の標準化が進んでいない国では、このサーチコストが大きくなるとどうしてもマッチング効率が下がってしまうという問題があります。
 3番目が解雇コストで、解雇コストが高いときの問題は、特に水準だけではなくて不透明性ですね。解雇コストがどのくらいかかるかという不透明性があるということが採用の抑制につながって、それが非正規雇用の増大につながっているという現状があります。
 4番目が年功賃金で、企業の人事施策によっても摩擦が生まれる。年功賃金というのは若いときには生産性より低い賃金を払って、年を取ってくると生産性より高い賃金を払うということになりますから、ある程度の年代になってくると誰も辞めない。また、企業も中途採用というのは人件費との兼ね合いで言うとあまりうまみがないので新卒採用に集中してしまうという問題が起きました。それで、摩擦が大きいと離職率が下がってしまって、労働市場はより非競争的になります。
 よく私が講演とかでまず聞くのは、人的資本投資が増えるのは摩擦が大きいときですか、小さいときですかという質問をします。それで、大抵の場合は摩擦が大きいときですという答えが返ってくるのですね。つまり、離職率が低い方が投資した社員が辞めないので、そのほうがリターンは高いはずだというふうに皆さん考えるわけです。
 ところが、それが正しければ、労働市場の摩擦が人的資本投資のインセンティブをつくり出すのであれば、どうして労働市場の摩擦が高い日本企業の人材育成投資は欧米企業より低いのかという問題、矛盾が出てくるわけです。それについてちょっと考えたいと思います。
 労働経済で分かっているのは、労働市場に摩擦があるだけでは人的資本投資は決して効率的にはならない。つまり、社会的に望ましい付加価値を最大にするような投資は行われない。どうしてかというと、摩擦があっても雇用主はまずはリターンをフルに享受できない。付加価値が3%上がるような研修を行っても、そのうちそれが一般的な技能を高めるものであれば、例えば1%くらい賃金を上げなければいけない。そうすると、完全にはリターンを享受できない。
 それからもう一つの問題は、人的資本投資が競争優位につながる効果を経営者自身が理解していない可能性がある。そうしますと、特に労働市場の競争がなければ、こういった関係を分かっていて人的資本投資を行っている企業に必ずしも優秀な人が集まってくるという効果が十分に期待できないために投資の水準が上がらないという結果になる可能性がある。
 それから、コスト回収のために投資期間を長引かせるという誘因が働きます。例えば寿司職人の例を考えると、通常、弟子入りして一人前になるまでに最低10年かかると言われている。これは本当に10年かかるのか。ひょっとすると、一生懸命指導すれば3年で一人前になるかもしれない。
 ところが、3年で一人前にしてしまうと、自分の競争相手を増やすだけで十分にコスト回収できない。要するに、弟子を低賃金で下働きさせている期間は、その生産性と賃金との間のマージンを雇用主が取れるわけですね。それによって研修あるいは人的資本投資、育成投資のコストを回収することができる。したがって、できるだけコストを回収する、あるいはそこからベネフィットを得るためにはできるだけ投資期間を長引かせようという誘因が働いて、それが非効率的なものにつながっていく。
 人的資本投資を生み出すロジックというのは実は2つあって、今まで割と経済学者を含めて1番目のロジックを考える人が多かった。つまり、摩擦の大きい労働市場で長期的な雇用関係があれば従業員を囲い込めるので投資意欲が生まれる。ですから、例えばジョブ型雇用の導入によって労働市場の流動性が高まると企業の育成投資は減るのではないかという発言を結構聞くのです。
 ただ、もっと重要なのは2つ目のロジックで、競争的な労働市場で長期的な雇用関係があって、そこに情報開示があれば、つまり応募者が、あるいは従業員が、その企業がどのくらい人的資本投資をするかということが分かっていれば、より投資意欲は生まれる。もともとのベッカーが始めた人的資本理論によると、次の3つの条件が成立すれば効率的な人的資本投資が達成されるということを数学的に証明している。
 1つ目は、人的資本投資内容が契約に書けるということ。2つ目は、労働市場が競争的であること。3つ目が、労働者が研修期間の低賃金を受け入れられるということですね。
 ただ、先ほどの数字を見たように、日本の場合には賃金の1から1.5%、Off-JTだけでOJTは除いていますけれども、欧米の場合でも5から7%ですので、必ずしもそのコストを労働者に負担させたとしても生活できないようなレベルの投資ではないということで、3番目の条件は現状に照らし合わせるとほとんど制約になっていない。したがって、最初の2つだけを考えたいと思います。
 これらの過程が成立すると何が起きるかというと、高い人的資本投資を契約で約束できる企業に高い生涯賃金を求めて優秀な応募者が集まってくるわけです。さらに、競争を通じて投資水準が効率的な収入に近づいていく。
 では、どのようにその投資のコストを回収するかというと、企業は研修期間の賃金を下げて費用を回収する。十分に高い生涯賃金が期待できれば、従業員は多少最初の頃は賃金が低くてもそれを受け入れるわけですね。
 それで、ここで最大の問題は人的資本投資を契約に書くのは無理じゃないか。つまり、最初に雇用契約の中でこれだけの投資をしますよ、あなたはこういったスキルを身につけられますよということを雇用契約の中に書き入れるということは通常はないわけですね。
 また、技術的な環境、経済環境が変わるにつれて必要なスキルは変わっていきますから、そんな契約を結んでもあまり意味がない。
 ただ、必ずしも明示的な契約を結ぶ必要はなくて、人的資本投資内容が開示されて企業が人的資本投資にコミットする。それによって社員や応募者がそれを信頼する。つまり、期待を共有できれば契約に書くのと同じ効果が期待できるということが議論できます。
 これは経済学的には関係的契約というふうに呼んでいて、関係的契約さえ形成できれば明示的契約と同じような効果が期待できるはずです。
 したがって、今の話をまとめると、1つ目のロジックというのは今までいろんな人が議論してきたもので、摩擦が大きければ「囲い込める」ので投資が増えるだろう。しかし、投資水準は効率的にならない。
 それから、2つ目のロジックは、労働市場が完全に競争的で契約に書くことができれば効率的な人的資本投資が期待できる。もちろん完全に競争的な労働市場は存在せず、完全に明示的な契約も書くことはできないので、おそらく効率的な人的資本投資は達成できないのですけれども、できるだけ近づけることはできる。それが今、進んでいる人的資本情報開示の動きだと思います。
 この2つ目のロジックを通じて、欧米では人的資本投資が増えてきているということだと思います。したがって、日本も今の状態ではなかなか人的資本投資というのは増えないので、右の世界に進めていく必要がある。
 したがって、今、必要なことは労働市場の摩擦を減らして企業間で育成投資競争が起きるような競争環境を整えるということが、第一に必要だと思います。
 第二に、人的資本情報の開示を進め、経営陣と社員の間で効率的な人的資本投資に関する共有された機会の形成というものを図っていくことが必要だろうと思います。
 次に、自己研鑽投資をどう高めるかということなのですけれども、まず御覧いただきたいのがこの国際社会生活調査プログラムという枠組みの中で、各国にそれぞれ同じ質問をした統計があります。
 ここで興味深いのは、あなたの仕事は面白いですかという質問です。この回答が下から「Strong Agree」、「Agree」という形で5段階評価になっていて、「Strong Agree」ということは、私の仕事はとても面白いということ。グレーの部分は、仕事は面白い。白の部分は、どちらとも言えない。ドットの部分は、面白くない。縦線は、全く面白くないというように答えているわけですね。
 それで、日本は一番右側で、自分の仕事を面白いと言っている人は5割強しかいない。他の欧米諸国を見ると7、8割方の人が面白いと言っている。それで、左から2番目のスイスですけれども、スイスでは9割の人が自分の仕事を面白いというふうに答えているわけです。次に、どういった要因によって仕事の面白さが決まってくるかというのを調べると、日本とそれ以外でちょっと要因が違う。次の結果は、アジア研究所の明日山陽子さんの論文からの引用です。
 日本で最も重要なのが、「興味・関心のマッチ」ですね。それから、2番目に重要なのが「人間関係」となっています。したがって、日本で仕事が面白くないと言っている人の多くは、自分の興味・関心とマッチしていないから面白くない、あるいは人間関係がよくないから仕事が面白くないというふうに答えていると考えられます。
 ということは、やはり自分で職場を選べない。人事部が定期的に異動、配置を決めて必ずしも自分の希望とは違うところに配置されることが多い日本企業の中で、この興味・関心と合わないということがものすごくその人の仕事の面白さに影響を与えている。あるいは、人間関係が悪くてもなかなかそこを辞められない。あるいは、別の部署に動けないという状況が、仕事の面白くなさにつながっている。やはり仕事が面白くないと、そのために勉強しようという意欲が湧いてこないと思うのです。
 それからもう一つ問題だと思うのが、中間管理職の部下育成力が弱いということだと思います。これは「PIAAC」という国際調査で日本とほかのOECD主要国を比べたものですけれども、日本が赤、ほかの国は緑です。部下のいる管理職に関して、「あなたはこういった活動にどのくらい時間を使っていますか」という質問をしているんです。これを見ると、日本の管理職は「指導/研修/教育」に時間を使う頻度が少ない。したがって、部下のサポート、あるいは部下の育成といったものに相当時間を使っていないということがこのグラフで分かるわけです。次に、「他人の業務計画」、つまり部下の業務計画を立てるということにほとんど時間を使っていない。それから「説得や感化」、いわゆるメンタリングとかコーチングに当たるようなことにも時間を使っていない。こういったことから、おそらく部下のキャリア形成を上司が一緒に考えてそれをサポートするということも当然できていない。
 ちょっとまとめると、自己研鑽意欲を抑制している要因としては、まずは自律的キャリア形成の機会が与えられていない。したがって、自分のしたい仕事ができない。仕事が面白くないから、そのために必要なスキルを身につけようという意欲が湧かない。
 2つ目には、職が標準化されていないために社内のキャリアというのがあまり可視化されていないという問題があります。したがって、例えば誰かみたいな人になりたいと思ったとしても、どういったキャリアで、そのキャリアに進むためにどういったスキルが必要かということがなかなか把握できないという問題があるかと思います。あるいは、キャリア志望を持ったとしても、必ずしも自分の好きなキャリアを実現することができないので、やはりなかなか投資の意欲は湧いてこないということかと思います。
 3番目に、中間管理職が部下のキャリア形成に主体的に関わっていない。一つの理由は、おそらく上司自体が自分のキャリア形成にも取り組んだことがないのではないかと思います。
 下のグラフは私が非常にショックを受けた統計なのですが、やはりJILPTの調査で年代別に自分のキャリア形成に関しての質問で、回答が「自分でキャリア計画を考えていきたい」というのが黒、次のグレーが「どちらかといえば、自分でキャリア計画を考えていきたい」、その次が「どちらかといえば、会社でキャリア計画を提示してほしい」、最後が「会社でキャリア計画を提示してほしい」。
 まだ20代の人が会社にキャリア計画を提示してほしいというのは分からないでもないですけれども、40代、50代になっても自分でキャリア形成、キャリア計画を考えるという人が3割にも満たないということはものすごく大きな問題ではないかと考えております。
 こういったことを踏まえて、ではどういうことが必要かということをまとめてみたいと思います。
 伝統的に起きるような構造的な問題としては、以下のものがあると考えています。
 まず1つは、年功的な処遇や遅い昇進など、経済合理性を失った制度や仕組みが温存されている。それで、企業特殊的な人的資本が非常に重要であった時代には、こういった年功的処遇、遅い昇進というのはある程度合理性を持っていて日本企業の競争優位性を高めてきたと思うのですね。
 ところが、今は企業特殊的人的資本投資の価値がほとんどなくなってきている。それは、やはりICTの導入の影響が大きいと思います。その結果、こういった古い制度が若い世代のエンゲージメントを低下させている、あるいは経営人材育成の遅れにつながっている。要するに、日本企業だとどうしても40歳くらいにならないと管理職、課長になれない。そこから、例えば経営陣に入るのが50代の半ば、あるいは後半だとしても、管理職として部下の育成とか組織をつくるという経験を15年くらい積んだところで経営陣に入る。これは、欧米の経営者のキャリアからすると相当短いということが言えるかと思います。
 それから、役職を目標にしたシニアマネジメントの学ぶ意欲が低いということも問題かと思います。早稲田ビジネススクールのディレクターなどと話しているとよく聞くのが、企業が例えば新たに役員になった方にビジネススクールのエグゼクティブプログラムでちょっと勉強して来いと言われると、いや、私はもう結構ですというふうに断る方が多い。それは、おそらく役職というのが自分のキャリア目標になっていて、部長になる、あるいは役員になるということが目標になっているために、役員になった途端に自分は上がりだと考える。したがって、そこから学んでいくというモチベーションは上がらないと思うのです。
 ところが、私がアメリカで教えていたときに感じたのは、ウィークエンドMBAとかがあって、それにシニアマネジャーの方が皆さん熱心に参加しているわけです。やはり組織の上に行けば行くほど、様々なビジネス知識、例えば戦略構築能力というものが必要になってくるので学ぶことは非常に重要であるが、それができていない。
 それから、2番目に職やスキルが標準化されておらずキャリアも体系化されていないということが言えると思いますし、3番目にCHROの役割を持つ役員の不在、過去20、30年の間にアメリカでは国を超えた、あるいは事業領域を超えた資源配分を迅速に行うために職能マネジャーが増えてきています。いわゆるCXOと呼ばれる人たちです。日本はこのCXOがなかなか普及しない。したがって、例えばCHROの肩書を持つ人も少ないし、あるいは肩書を持っていたとしても本来の意味でのCHROの役割を果たしていない。そのために、事業戦略とか育成計画がなかなかリンクした形では提示できないという問題があると思います。
 それで、最後に集権的人事が投資意欲を抑制している。その結果として人材育成の予算権限が現場に与えられていないために、迅速にこの部署で例えば若い人にこのスキルを身につけさせたいといったときに、なかなかすぐに始められないということがある。
 それから、2番目に先ほどから申し上げている自分でキャリアを形成できない。
 それから、中間管理職が部下の育成が自分の一番重要な主務だと感じていない人が多いために管理職がプレイングマネジャーになってしまって、部下の育成にあまり時間を使っていないという問題があるかと思います。
 そういったことを踏まえて、ではどういった労働市場改革が必要かというと、まず1つは競争的な労働市場の確立ということで、職とスキルの標準化を図っていく必要がある。前回もお話が出ましたけれども、日本版O-NETの内容を充実することで共通言語を提供していくことでマッチング効率を上げていく。
 それから、解雇コストを下げるために、解雇コストの不確実性を下げるために解雇の金銭補償ルールをつくって、それと合わせて非正規の正規化を図っていく。非正規が4割いるということは、この4割の人たちはほとんど人的資本投資を受けないわけですね。3年とか5年しかいない人に投資しようという組織はあまりないし、やはり無期化にするということは人への投資を増やすということで物すごく大事だと思いますので、例えば今、合法化されている雇止めというものを非合法化する。
 それと併せて、解雇の金銭補償ルールの導入が望ましい。人材が過剰にいる職種に関しては必要なコストを払って解雇するということができるようにしたほうが、より人的資本投資が増えていくと思います。
 それから、2番目に人的資本投資内容を盛り込んだ関係的契約の形成を図る。これは、今進めている人的資本情報の開示を引き続き進めていくということが大事だと思います。
 3番目に、人的資本投資コストを下げるために安価な学習プラットフォームの整備に政府が支援をしていく。これについては既にやられていることだと思います。
 最後に分権的人事を促す法整備ということで、例えばキャリア形成上、合理性を持たない異動命令の拒否権を認めたらどうか。明らかにそれまでの職種経験とは切り離した形で人を異動させることがある。拒否権を認め、拒否した場合には、例えば会社としては本当にその職種がなくなって異動させなければいけないときにはきちんとお金を払って辞めていただくことができるようになるでしょうし、こういった歯止めをつくることでできるだけ従業員の志望に沿った異動配置をする、あるいはより分権的な現場と社員、個人の希望に応じて異動配置を組めるような仕組みを導入するインセンティブをつくることができるだろうと考えております。
 以上です。
○今野座長 ありがとうございました。
 それでは、前回と同じように自由に議論していただきたいのですけれども、その前に私から質問ではなくてデータの見方をお聞きしたいと思います。これは今のお話には触れられていないのですが、7ページは面白い図なのですけれども、これの1、2、20や63というのはどう見れば良いのでしょうか。
○大湾構成員 一つ一つが業種です。業種別に、その業種で研修を受けている人の割合がその企業の生産性及び事業の賃金にどういう影響を与えたかというのを推計した研究です。
 それで、かなりこれは技術的にも信頼できる方法で推計しているのですけれども、これを見ると明らかに労働市場の摩擦がベルギーとか欧州でもかなり大きいということが分かるわけです。
 例えば、研修の結果、3%くらい生産性が伸びた場合、賃金のほうはこのグラフから見ると1%から1.5%くらいしか増えていないわけです。ということは、大部分は企業がリターンを取っているということが分かります。そういったことを示すグラフです。
○今野座長 要するに、投資しても儲かるという話ですね。
○大湾構成員 そうですね。
○今野座長 ありがとうございます。
 それから、17ページに中間管理職のグラフがありますよね。これは、中間管理職の時間配分ではないのですよね。
○大湾構成員 これは実はカテゴリーで5段階評価か何かで選んでいて、どのくらい頻繁にこういった活動をするかというのを1、2、3、4、5で回答させているわけです。その平均を取って標準化して比べたものです。
○今野座長 ということは、変な言い方ですけれども、完全には標準化していないですよね。これは面積を一緒にしていないから。つまり、管理職が行動するときに時間は一定だとすると、その時間をこの業務でどういうふうに配分したかということは分からないということでしょうか。
○大湾構成員 そうですね。時間の配分までは分からないです。あくまでも頻度を聞いています。
○今野座長 頻度ですね。分かりました。ありがとうございます。それでは皆さんどうぞ、御自由に御質問ください。
 小林構成員、どうぞ。
○小林構成員 ありがとうございます。
 基本的な質問も入るのですが、ここでお話に出ている育成投資が具体的に何のことを集計しているのかというところをちょっと確認しておきたいと思います。日本の場合、OJTがかなり多いと言われており、育成投資といえば研修とOJTとを含めたものを指すのではないかと想像するのですけれども、日本の場合、OJTで何か時間を取って教育をするというよりも、普段働く中で見て覚えることを前提とした育成の仕方をしている企業が多いのではないでしょうか。つまり、働きながらあえて別にそういった投資の時間を作っているという回答には至らないのではないかと思ったもので、日本の育成投資の時間が少ないというところの理由について、そういった観点からもう少し確認できればと思います。
 それから、最終的に競争的労働市場を確立して、人的資本投資内容を明示して、働く人が自らキャリアを選んでいく世界というのはすごく合理的で理想的な世界だと思うのですけれども、現状、企業としてはゼネラリストを育てて、働きながら見て覚えさせて、キャリアについて考え出したら、それはあなたが考えることじゃないみたいな教育の仕方を未だにしている企業も多くあります。
 そういった状況の中で、職のスキルを標準化させて、労働者一人一人に考えさせ、自己投資も自己研鑽も促し、そして企業の教え方も変えていく。そのあたりの橋渡しとしてどういったものが考えられるのかという点を教えていただきたいと思います。例えば、業界団体でそういった教育をするなど、一企業の意識変革や努力では力足らずな部分が多いのではないかと思うので、そういったところのお考えがあれば少し教えてください。
○大湾構成員 ありがとうございます。非常に重要な点だと思います。
 日本はOJTが多いというのは確かだと思うのですが、ただ、OJTというのは基本的に企業特殊的な人的資本蓄積につながるものなわけです。それで、今、必要とされているのは例えばデジタルスキルとか、非常に一般的なスキルが大事だと言われている中で、Off-JTが少ないということがやはり問題だというふうに考えています。
 もちろんOJTまで含めると、日本とほかの主要国との比較がどうなるかというのは分からないですけれども、そもそもOJTというのは測れないわけです。ですから、Off-JTを比較しているというのは一般的な人的資本投資を比較するという意図でやっています。
 それから、2番目の質問は、私が提案していることと現状とかなりギャップがあるのではないかということだと思うのですけれども、今は集権的に人事が全部決めているのを段階的に分権化していくことで調整が進むと考えます。要するに、現場に任せる。そのための手段としては、社内公募制度とか、社内フリーエージェント制度とか、そういったものをより活性化して使っていくということがありますし、それから究極的にはマッチングアルゴリズムですね。現場が欲しい人材をリストアップして、社員が自分の行きたいところをリストアップしてランキングする。その情報を提出して、それを使って自動的にコンピューターで最適な配置を決めていくというようなことが少しずつ入っていくだろうと思います。
 実際にソニーとか、それからパーソルグループなどだと、かなりの割合の社員をそういった社内公募制度、あるいはフリーエージェント制で動かしている。それから、最近だと新卒の配置にマッチングアルゴリズムを使っているシスメックスという会社もあります。
 こういったことをやろうとすると、どうしてもデータベースが必要になってくる。要するに、現場で自分が欲しい人材はどこにいるかということを知らなければいけないので、社内のデータベースでこういう経験を持ってこういうスキルを持っている人がどのくらいいるかというのをリストアップしなければいけない。そうすると、そういうデータベースが必要になってくるわけです。
 それから、社員の側からしても、どの部署に行けばどんな業務ができるかということは可視化されていないといけない。そのためのデータベースも必要です。そういったデータベースを作っていくためには、職とかスキルが標準化されていないと、いわゆる共通の言語で全ての職が表現されていないとデータベースにならないわけです。
 それで、私が今3社くらいと共同研究をやっていますけれども、既に先進的な企業ではそちらの方向に向かっている。要するに、社内のまずは職務、それぞれのポジションでどういった職務があるかという職務記述書をつくって、それからどんなスキルが必要かということを、その会社にとって必要なコアのスキル、それぞれの事業領域にとって必要なスキルというものを全部リストアップして体系化して、その軸で社員のスキル水準を図るという取組をしている企業が出てきていますので、これがおそらく広がってきて、まずは各企業が努力してそういったものをやっていく。それが共有されて業種ごと、あるいは業界ごとに標準化が進んで、そういった情報を例えばJILPTとか厚生労働省が集めて日本版
O-NETの内容の整備に使っていけば、時間はかかるかもしれないけれども、ゆくゆくはもう少し標準化された世界というものができていくのではないかと考えています。
○今野座長 武田構成員、どうぞ。
○武田構成員 ありがとうございました。
 前半はすごく共感をしながらお話を聞いていて、一番は関係的契約が成立すればというところは私自身もすごく思うところですし、確かにこれがきちんと成立をすれば競争市場が健全に働くというのはすごく納得をしながら聞いていました。
 途中からCHROとしてお話を聞いていて、だんだん暗い気持ちになってきてしまったのですけれども、日本企業の中でいろいろできていないことが多いというあたりのくだりから、まだまだCHROの肩書を持つ役員が不在とか、少ないであるとか、いろいろなところに確かに国全体で見ると課題があるのだなというのを感じながら聞いていて、私からの質問は、3つです。
 1つは16ページの興味・関心で、仕事が面白くないと思っている方たちの割合ですとか、その方たちが実際に人間関係であるとか、興味・関心がマッチしないので仕事の面白さが低いというお話があったのですけれども、ちょっと乱暴な言い方をすると、そうであるならば転職をしてしまえばいいのにと考えるのです。人事としてはもちろん大問題なので改善するべきなのですが、一従業員としては場所を変える。
 でも、ここまで不満というか、自分自身の中で面白くない状態なのに動けなくなっているのはなぜなのか。もちろん上司であるとか、ほかの原因も挙げていただいたのですけれども、そもそも御本人たちが全くそこで転職をしようというスイッチが入らない背景には、その御自身の中に何かあるのではないかということをどう思われますか。
 あとは、21ページのところで、CHROが少ないであるとか、そもそも経営のボードのテーブルに人事がつかせていただけるチャンスがすごく少ないと思うのです。なぜ日本の人事の地位自体がすごく低いのかということです。
 あとは、最後のページの「キャリア形成上合理性を持たない異動命令への拒否権を認める」、これはまさに私が2018年にカルビーに入ったときにやっていた方法で、大混乱したのですね。
 というのは、キャリア形成上、何が合理性を持っているのか、持たないのか、キャリア自立をしていない社員たちが手を挙げて拒否権を発動すると会社の中は結局全体最適が実現できず、むしろ私はそのときに人事権を人事に取り戻したのですけれども、異動命令への拒否権については、完全にジョブ型の方たちや、エキスパートを育てるにはすごくいい仕組みだと思うのです。
 ただ、一方でいわゆる経営人材を育てていくときには、これは、私は当てはまらないと思っているのですけれども、そういう解釈でよいでしょうかという3つを教えてください。
○大湾構成員 非常に重要な点についてありがとうございます。
 仕事が面白くないと言っているのになぜ転職しないかというのは、私も非常に疑問には思っているのですけれども、おそらく自分の中でキャリア展望みたいなものがきちんとできていない。できていれば、もっと自信を持って転職できると思います。
 ところが、今やっている仕事はつまらないけれども、では自分は何がやりたいかというと、それをきちんと言語化できないという問題はすごく多くの人が抱えている問題だと思うのです。
 以前、リクルートとかパーソルの人材仲介のビジネスをやっている方々のお話を聞いたときに感じたのですけれども、応募者、転職希望者自身が、自分が何をやりたいかということをきちんと言葉で説明できない人が多いと言うのです。ですから、コーディネーターに当たるコンサルタントアドバイザーでしたか、そういった立場の人がいろいろと会話しながら相手が実は何をしたいのか、どういったキャリア展望を持っているかというのを読み取るためにすごい時間をかけている。それが転職コストでもあると思うのです。
 それで、前回も議論になりましたけれども、やはり自分のキャリアを考えさせる機会を与えていないというのはすごく問題で、節目、節目で、あなたは自分のキャリアをどうしたいのかということを上司と部下できちんと話し合って、もし仕事を変えたい場合には自分の意思で変えられるような仕組みを社内で持っていて初めて自分のキャリアというものがだんだん形成されて、もし自分のキャリアというものが社内で難しいと思ったときに多分、人は転職すると思うのです。そういった長期的な展望を持っている人が少ないから、なかなか転職できないのではないかと考えています。
 それから、2番目のCHROの地位が低いのはなぜかというのは、これはCHROにとどまらず、日本はCXO制度が浸透していないので、その職能マネジャーの重要性というのが恐らく経営陣の中で理解されていないと思うのです。CHROというのは結局、事業領域を比較、横串を刺して比べることによってどの事業領域でどんな人材が足りないか、あるいはここの事業領域のこの人材をここに連れて来ればもっといろいろシナジーができるのではないかということを構想する役なわけですね。それで、マーケティング、CMOはそれぞれの事業領域のブランド価値を評価して、どこに強みがあってどこに弱みがあるか、あるいはCTOはどの事業領域でその知財に強みがあってどこが弱いかということを横で比較することによって、その情報を全てCEOに上げて、例えば事業再編とか、事業の間での資源配分に使っていくということがやはりすごく重要になってきていると思うのです。
 そういった横で見て比較して客観的に事業を評価するということの重要性が多分経営陣の中で理解されて共有されていないから、ではCHROを経営会議に呼ぼうということにならないと思うのです。
 それで、最後に拒否権を認めるというのは、経営人材の育成のためには幅広い経験が必要なので、もちろん今までとは違うことをやらせるということは当然必要で、それはきちんと説明すれば本人は分かると思うのです。あなたが将来、経営者になるためにはこういう幅広い経験が必要だから今度ここに動かしますよと言えば、それは合理性を持っているわけですね。ですから、やはりそれも説明して本人が納得するということはすごく大事かと思っています。
○武田構成員 ありがとうございます。
○今野座長 ちなみに、武田構成員は最初の質問について自分はどう思っているのですか。
○武田構成員 同じようにキャリアの棚卸しをするチャンスがないのかなというのと、それこそずっと会社に委ねている時間が長ければ長いほど魂を抜かれてしまっていると思うのです。
 ですから、本当に転職をするような事例を社内でとか、または副業を認めてあげるとか、ちょっと越境させてあげて違う外の空気を吸わせてあげるとか、そういうことは非常に大事ですし、上司側もそういうことも起きるかもしれないという危機感をお互いが持っておくという環境をどれだけ会社として仕組みの中で持てるかが大事だと思っています。
○今野座長 中村構成員、どうぞ。
○中村構成員 ありがとうございます。問題意識や、ベースにある企業や個人の実態というのがこれまでの私自身の経験ともシンクロするものが多かったので、構造的な問題だなと思って伺っていました。
 その上で、前半のなぜこんなに不満があるのに転職しないのかというところに関連してなんですけれども、これまでにリクルートワークス研究所で行った国際調査等も含めると、日本の転職の大きな特徴は、転職によって賃金が上がらない可能性が高い、もう少し低くなる可能性が高いという転職市場の未成熟さの問題です。結果的に異業種、異職種転職が他国より多いというのも特徴がある。
 要は、ジョブ型の欧米の労働市場だと自分のキャリアを積み上げていって、それでさらにより上位のポストに就くとか、より待遇がいいところに移るという形でプロフェッショナルのキャリア形成ができるのですけれども、日本はそれが全般的に弱いので、10年くらい経験があっても全然違う分野に飛び込んでいってしまうというようなことがあって。そこも含めて労働市場の形成の方向性を描く必要があるだろうと思います。
 それで、外部労働市場が未成熟なことというのはやはり個人側の能力開発にすごく影響しています。よく言われているのが、なぜ学ばないのか、だって出口がないからと。学んだことで自分のやりたい仕事につけるとか、よりいい待遇に移れるということがあるのだったら、人は幾らでも学ぼうと思うのですけれども。観念論として学んだらいいと言われても、リアリティーとして学んだら得すると思えないと、なかなか学びが発動しないという問題があります。学ぶということと、実際にその人たちがこれからキャリアを築いていくという、出口の接続をどうするかという問題が芯なのだと思います。
 出口というときに一番気になったのは、先ほどのベルギーのページにあったように、教育訓練投資をして企業は生産性が上がるけれども、個人の賃金には跳ね返らないという点です。個人側から見た場合はそこが学びのインセンティブを阻害する要因になります。いろいろな改革議論の中で、「企業が生産性を上げれば賃金が上がる」というのだけれども、生産性は上がっても賃金は上がらないということを示しているデータなので、「生産性を上げたときにどうやって賃金に反映させるのか」という接続の仕掛けが、ともするとないまま生産性を上げるための議論に終わっちゃうというリスクをはらんでいるのだと思いました。
 よく労働市場の議論と、労使関係とか労使自治みたいな議論を、結構、対立した論点と思っていらっしゃる方がいます。つまり、労働市場の整備をするということは、従来型の日本的な労使関係を捨てていくことですよねと思っている人もいるし、従来型の長期雇用を前提とした労使関係の仕組みが機能不全なのだから労働市場を整備するべき、そこの中には、転職を含めた雇用の流動性が必須ですと言う人もいます。
 本来、そこが対立しているのではなくて、必要があれば、本人が望めば移動もできるし、一方で、最後は本人の賃金とか待遇がちゃんと実現できるような重層的な労使関係で補強しないといけない。対立論点ではなくて、重層的に整備していくとか、そのために何がどういう順番で必要なのだという議論の交通整理が必要なのだと思いました。
 そういう観点で言うと、今日出ている競争的というキーワードは、これまでで言うと敗者を生むということで、ある論者からすると一番怖いキーワードの一つかと思うのですけれども、反対側の論者からすれば、それはとても魅力的です。競争という言葉が内包している、将来にわたって状況をブレークスルーするというポジティブな面がある。一方で、そこの競争の中で結果、負ける、弱い立場にいく人たち、企業がいて、ここで言うと恩恵が受けられない個人とか、教育訓練の競争が始まったときにそこから脱落しやすい中小企業などに対してどう整備するのかというのも、引き上げられるところをどんどん引き上げていく一方で、全体像を描くときには検討する必要があると思って伺っていました。
 以上です。
○大湾構成員 1点だけ、競争的労働市場といった場合、従業員の競争じゃなくて企業間の競争を意味しています。ですから、競争的な労働市場で負けるということは、十分に人を採用できない、優秀な人を採用できない企業が出てくるということなので、それは十分な人への投資をしないから負けるのであって、そういった競争が必要だと思います。
○中村構成員 そう思います。ですから、そういうふうにちゃんと投資できる魅力的な、いい環境で働ける企業が増えることが私もいいと思うのですけれども、ただ、用意ドンとやったときに、どんどんやっていける企業群と、そちらを目指したいのだけれどもとやれない企業群が出るので、やる気があるけれどもリソースが足りない企業への手当が必要なのだと思いました。
○大湾構成員 もう一点補足すると、全ての企業が人的資本投資を増やすというのは難しいと思うのです。要するに、人的資本投資というのはやはり規模の経済が働くので、大企業であるほどより効率的に投資ができる。したがって、どこの国でもそうですけれども、すごく投資しているのは大企業で、リーディングカンパニーが投資して、そこにいっぱい人材が生まれて、そこからあふれた人たちが、例えば中小企業とか、自分たちが投資する体力がないところに流れていくわけですね。
 ですから、主として小さい企業とか体力のない企業は外から取ってくるということが基本になりますので、そこはやはりきちんと生産性に見合った賃金を払える企業だけが生き残るということにはつながりますけれども、必ずしも全ての企業が投資しなければいけないということではないと思います。
○今野座長 安部構成員、どうぞ。
○安部構成員 ありがとうございます。
 大湾構成員のお話は、現状を極めて正確に俯瞰して捉えて頂いていると思いながら伺い、その後、皆さんの意見を聞いて非常に考えさせられました。
 今、私が感じているのは、昨今の人的資本に対する議論、しっかり投資して行くべきと言う社会的な問題意識は、日本の経済力、競争力が相対的に低下してくる中、企業も危機感を高めており、人材が数少ない重要な資源である我が国にとって、その人材に対し何とかしなければならないと言う、経営の視点から始まった議論のように受け止めています。
 労働者の視点を、それにどう反映し、同期させ連動させて行くか。経営、使用者の視点だけで進めると、必ずしも持続性を持った、長期的に安定した施策に繋がらないと懸念される中、労働者にとっての意義をどう反映して行くかと考えると、16ページに全てが集約されていると感じました。即ち、労働者、社員の意識が今こういう現状で何にやりがいを感じ、どう言ったところに動機が見いだされるのか、そして経営者がそれに対してどう向き合うか、それが今、強く問われているように感じます。
 経営の視点で今、人材と言う労働力に対して求められることを一言で表すと「シフト」です。即ち、競争に勝ち抜くため今後の成長領域への「リソースのシフト」。それから、一人一人が持っているスキルを必要なものにシフトする「スキルのシフト」。そして、私が最も重要と思っているのが、使用者並びに労働者自身の「価値観のシフト」。これが伴わないと、いくら人的資本への投資を高めるとの考えのもとで研修に費用を投じ、活躍の場を提供しても、使用者の期待や意図が明確に伝えられ、労働者本人が、それをしっかりと受け止めて理解し、そこに意義や、やる気を見出さない限り、期待する効果というのは出てこない。
 そのように、労働者自身にも価値観のシフトが求められる現状を作り出したのは、日本の社会の仕組みと、やはり企業だと思うのです。こう言った機運を高めていくことで社会の仕組みも少しずつ変わっていくことを期待すると同時に、何より企業自体が社員の意識を変えていくことに有効な施策を打たなければならない。いくら制度を整えても、それはやはり環境的なものでしかないということを最近非常に感じています。
 その観点で、人事施策全般に責任を持つCHROの役割とは、社員一人ひとりが自身の仕事に、やりがいや面白さ、高い意識をどのように持ち続けてもらうか、そしてそれをどう経営戦略と連動させ続けるか、だと思います。社員が持つスキルや知識をデータ化し、ニーズとマッチする仕組みをつくり、それをどう恒久的に機能させるか、が重要と思われがちですが、実はもっと人の内発的、根源的な動機に向き合って、そこをどう高めるか、それを経営戦略にどうつなげるかと言うことがより本質のような気がしています。
 先ほど大湾構成員から、ソニーがうまく運用しているようにおっしゃって頂きました。確かにソニーは、とにかく「自主性」を重んじる、という理念を採用の入り口から掲げ、ジョブポスティングと言った制度を70年近く運用するなど、一貫して自立した社員を求め続けています。それによって挑戦し続けることを促す企業文化が継続するよう今も腐心しているわけですが、それは、そうしないとすぐに退化し廃れるからです。他社の方から、ソニーは自主性溢れる社員ばかりが集まっていて良いですね、とおっしゃって頂いたことがありましたが、そんなわけはありません。国内だけでも5万人近い社員がいて、その全員がやる気に溢れ、自分のキャリアは自分で築くと積極的に取り組んでいるかと言うと、そう言うわけではなく、例えば自身の専門性を極めたい、と思っている技術者など、自分のキャリアをどうしようかと日頃から考えている社員ばかりではないわけです。
 ただ、自主性を前提とした人事制度は、企業文化を構成する上で非常に有効で、弛まずその制度の趣旨や目的を投げかけ続ける、必ずしも自分で新たなキャリアに挑戦しようとしない人に対して、あなたはこのように素晴らしい力があるのだから、こう言う新たな挑戦に臨んでみては、と言うことを働き掛け、対話し続ける、そこに大きな意味があると思います。
 制度は大事ですが、最終的にはやはり対話です。日頃からどれだけ対話を重ねるか。それによって動機や意欲、価値観と言ったところまで踏み込んで行き、スキルなどのデータや仕組みでマッチさせて新たな挑戦の場に繋げるよりも、もっと内的で本質的な労働者の意識に近づくことで、より意味のある将来に向けた投資に繋げ、それを経営戦略と連動させることがこれから、益々求められている気がしいます。今回その思いを再確認させて頂きました。
 制度に目を捉われ過ぎると本質を見失しないかねない例をいくつか。ソニーで長年運用している社内募集も、例えば構造改革事業から応募し合格した人を問答無用で抜こうとすると、事業責任者から、厳しい施策を推進することを支援すべき人事が逆のことをしているではないか、と強い抗議と反発を受けるわけです。しかし、それを人事が止めると、何が起こるかと言うと、そう言った社員は会社を辞めるわけです。人材を失うのと、グループ内に残るのと、どちらがいいかと言う判断が重要なわけです。また意中の人材を他部門から抜きたい時に、敢えてポスティングに掛けて応募させる、と言った制度の悪用も時に見られるわけです。
 仮にこう言ったケースがあったとしても、本来の趣旨における意義が変わらない限り、信念を持って継続する、それによって流動性が担保されると同時に、意識や文化と言う、より重要なものが維持される。私は一番大事なのはそこだと思っています。
 経営の競争力を上げ続けるための3つのシフトについてお話ししました。中でも価値観のシフトは非常に重要ですが、特にこれは時間が掛かるため、リソースのシフトとスキルのシフトを迅速に行って行く必要があります。その観点で一つ私見を述べさせて頂きます。
 副業、兼業が話題になっています。これに関連するのですが、日本には、グローバルに見ると非常に奇異に映る「出向」と言う制度があります。私自身、スウェーデンの会社と合弁会社を設立した際、出向=セコンドメントと言うものが理解されない。雇用主体が別にありながら労働提供先が別で、そこから役務提供料を受ける。この仕組みは一体何なんだと言われるのです。例えば、このように極めて日本の社会的な仕組みの中で出来上がったものを今後は逆手に使って、敷居が高いリソースシフト、例えば余剰人材をどこかにシフトするための出向ではなくて、より価値創造を迅速に実現するための社会的な基盤として活用し、これをリソースシフトに活用することはできないか、と考えています。そこにスキルシフトを同期させることで、リソースシフトとスキルシフトの併用を進めながら、それがより本質的な価値観のシフトにも繋がれば、と思っています。
 以上です。
○今野座長 私からもよろしいですか。
 1つ、情報開示というのは私も非常に重要だと思うんですけれども、今回は人的投資の研究との関係で情報開示をお話になりましたが、こういう情報開示を進めるということは、このテーマで言うと労働条件の確保とか、あるいは法律で決めたことの履行確保とか、そういう問題との関係ではどうなのかなと思ったのです。
人事関係の情報開示というのはいろいろなものがあって、今回は教育投資関連の情報開示だったわけですけれども、それ以外に例えば労働条件とか、いろいろな情報開示があったときに、それが働く人の労働条件の改善とか、あるいはもしかしたらこのテーマに一番近いのですけれども、法律で決まった基準を守ることのプロモーションになったりとか、そういう点での関係はどうかと思ったのですがいかがでしょうか。
○大湾構成員 ここでの人的資本情報開示は、いわゆる有価証券報告書だとか、アニュアルレポート等のレベルで経営陣が開示することで議論していますけれども、労働条件の開示というのは契約を結ぶときにきちんと労働者に説明しているかどうかという問題と思っており、それとの関連は、あまり考えていないです。
○今野座長 もう一つだけいいですか。
 今日もお話があったけれども、よく国際比較で日本は人的投資が少ないという話ですけれども、私がすごく気になっているのは、いろいろな統計を見ても人的投資が傾向的に減ってきたということなのです。
 そうすると、減ってきた原因は何だろうかといつも思っていて、例えば人的投資を阻害するのは年功賃金のような要素だとすると、ここ20年、30年、年功賃金はどんどん是正されてきたというか、なくなってきているし、あとは労働市場を見ると昔より転職を嫌がらなくなっているという意味では競争的な労働市場ができてくるし、そういう状況にあるにもかかわらず、なぜ教育投資がずっと減ってきちゃっているのかというのがすごく気になっているのですけれども、その点はいかがですか。
 日本の中の傾向的な減少についてどうお考えかと思いまして。
○大湾構成員 1つは、やはり失われた10年以降、非常にコスト削減に対するプレッシャーが高まってきているので、よく言われることですけれども、人件費をコストとしてみなすことによって、それに必要な経費をカットしていくという行動を日本企業は取ってきたということだと思います。
 それからもう一つは、企業特殊的人的資本投資の価値が下がっているので、当然それに伴う投資も減らしてきている。本来であれば、企業特殊的投資が下がってきているので、一般的なスキルを身につけさせるための投資を増やさなければいけないのですけれども、それを怠ってきた。
 それを怠ってきた一つの背景というのは、私は経営陣自身の問題があるのではないかと思っていて、アメリカの経営陣の学歴構成を見るとMBAとか、中には博士とか、あるいはほかの修士とか持った人たちがたくさんいて、7割、8割くらいは何かしらの大学のディグリーを持っているわけです。そういった方々がそういったメタ認知能力というか、概念的に捉えることがすごく大事、あるいはビジネスモデルなどを考えるときにそういった構想力をつけるためにはやはり体系的な知識を取得することが大事だと分かっているので、それを一般的な投資を管理職、マネジャーを中心に導入しているということがあると思います。
 それで、日本の場合にはそういった教育を受けた経営者が少ないので、やはり現場からたたき上げでやってきた人たちが一般的な知識の重要性というものをあまり認識していない、あるいはデジタル技術がすごく大事になってきたときに、それが非常に社会の様々な構造をシフトさせるものだということを十分に認識しない中でデジタルスキルの投資を導入してこなかったということがあるのではないかと思っています。
○今野座長 ありがとうございました。
 今3つほどおっしゃいました。コスト削減で減らしたということと、特殊的熟練要素が減ったのでということと、経営者の意識・能力の問題だとことですが、そうするとコストを下げるために行動したとしても、結局企業がもし合理的に行動しているとすると、投資してリターンが多ければ投資するはずだというふうに考えられるので、このコスト削減をしたというのは合理性から外れた行動をしたということになりますよね。それと、一般的スキルが重要になってきていても、人手不足が深刻化して一般的スキルを外部から購入できなければ内部で養成しなければいけないという行動を取らなければいけないのにしてこなかった。
 ということは、回り回ると結局は経営者がよくなかったのかなと思って聞いていたのですが、どうですか。
○大湾構成員 私は企業と共同研究をしているときに非常に疑問に思ったことが1点あって、それは多くの企業で今、幹部候補生のプール人材というものを特定しています。それで、その特定の仕方が所属長の推薦で決めるという会社がすごく多いのです。それで、それをやると所属長のバイアスで必ずしも将来いい経営者になるだろうという人よりも、その所属長の判断で人が選ばれるという傾向があって、例えばデータをもらって分析すると、必ずしも評価の蓄積で予想される、この人は優秀だろうという人とは違う人たちが結構選ばれている、あるいは本来優秀な方々がその先発で漏れているということが起きていて、それに対する検証を人事部はやっていないのです。
 ですので、やはり選抜のところで一つ問題があるということと、それからやはりどういった投資が必要かということについての十分な議論がなされていないのではないかということをすごく私は対話する中で感じてきました。
○今野座長 ありがとうございました。
 日本も、80年代はパフォーマンスが高いと言われていたのですよね。それで、80年代の教育投資は今見たら物すごく少ないですから、国際比較の水準を見ると80年代だって決して多くなかったのではないかと思わざるを得ないくらいの水準ですね。そうすると、なぜ減ってきたのだろうかということを非常に疑問に思ったのです。
 それでは、時間ですのでこの辺で大湾構成員の質疑は終わりにさせていただければと思います。先ほど安部構成員から、特にこれから企業が取り組む上で重要なことは一種の意識とかバリューの転換だというお話があったのですが、次の伊達構成員のテーマがぴったりだなと思います。
 大湾構成員、ありがとうございました。
 それでは、伊達構成員お願いします。
○伊達構成員 
 改めまして、ビジネスリサーチラボの伊達と申します。
 今日は、まさにミクロなお話というのをしたいと思っています。特に実践的に注目を集めているテレワークとエンゲージメント、この2つのテーマについて、主に組織行動論と呼ばれる経営学の中でも心理学的なアプローチを基にした領域の研究知見を皆さんに紹介できればと思います。そのことを通じて、新しい働き方を構想したり、それから展望したりするための枠組みを手に入れることができればと考えております。
 1つ目のテーマが、テレワークについてです。テレワークについては私が申し上げるまでもないかもしれないのですが、特にコロナ禍以降、テレワークを導入する企業というのが一気に増加したといった社会的な背景があります。
 ただ、その一方で、実はテレワークをめぐってはいろいろな用語で今まで学術的な研究が行われてきたという背景があります。
 テレワークというのを少し定義だけ紹介させていただければと思うのですが、「労働時間の一部を、従来の職場の外で働き、テクノロジーを使って職場のメンバーとコミュニケーションすること」、これがテレワークの定義です。おそらく皆さんが想像されている定義とそんなには変わらないかなと思うのですが、1点だけ補足するとすれば、自宅以外で働くといったこともテレワークです。例えば、コワーキングオフィスですとか、そういうところで働くのもテレワークというふうに定義されています。
 このテレワークについてなのですが、これまでいろいろな研究が行われていて、それらの研究というのを統合的に分析したメタ分析という論文があります。このメタ分析に基づくと、テレワークというのは果たして良い効果があるのだろうかということを検証しているのですが、一言で言うと、テレワークは効果がありそうですということが今までの多くの研究から分かっています。
 主たるところ少し取り上げると、テレワーカーのほうが満足度が高い、あるいはパフォーマンスが高い、あるいは仕事と家庭の間の葛藤が低いといったことが分かっています。
 なぜ、こういったテレワークはそもそも効果があるのだろうか、ポジティブな影響があるのだろうかということについてなのですが、いろいろな説明がなされていまして、1つは仕事の進め方とか目標とかの裁量が大きくなる、あるいは大きくせざるを得ないというところもあるかと思うのですが、自律性が高まる。あとは、異なる役割の間で板挟みになりにくいといった特徴もあります。さらには、時間に対するプレッシャーが減るとか、そしてこれも確かにと思うのですが、テレワークだとオフィスにいないのでオフィスよりも仕事を中断されることが少ないのですよね。ですから、集中を維持できるといった点があります。
 すなわち、テレワークにおいては自分のペースで集中して自律的に働けるので、先ほどのようなポジティブな影響が出るということが分かっています。
 ただ、それとはちょっと反する研究もあることを紹介させていただきます。
 私は前回少し自己紹介でさせていただいたのですが、修士時代にCMC、Computer-Mediated Communicationと呼ばれるコンピューターに媒介されたコミュニケーションの研究を行っていたのですが、CMC、例えばビデオカンファレンスとかもそうですし、チャットでやり取りするといったコミュニケーションもそうですし、いろいろなコミュニケーションがあるのですが、CMCの研究を見ていくと、CMCのグループは対面のグループに比べて実はパフォーマンスが低い。これはさっきと逆の結果が出てしまっているわけですね。あるいは、満足度も低い。これも逆ですね。あるいは、意思決定に時間がかかるといった結果も出ています。
 加えてコロナ禍の個別研究を見ていくと、テレワークについてもネガティブな影響というのが挙げられていたりするのですね。なかなかイキイキと仕事に取り組んでいないとか、離職したい気持ちが強まっているとか、バーンアウトの傾向があるといったことも挙げられています。
 なぜこんなネガティブな影響が出るのかということなのですが、これもいくつか説明というか、実証研究から参考になる点があります。
 まず1つが、テレワークをするほど自分の働きぶりに対するフィードバックが得られにくいという点があります。さらに、テレワークほど自分の期待されている役割が分かりにくくなってしまう。さらには周囲からの支援、ソーシャルサポートと呼ぶのですが、そういうものが減りやすいという傾向があります。
 こういったことを一言でまとめると、テレワークではコミュニケーションの質と量というものが低下してしまう。ですから、ネガティブな影響が出てしまうということが分かっているわけです。
 このように整理していくと、テレワークというのは働く場所がオフィスから分散していくわけですね。ばらばらになっていくわけです。ばらばらになることによって、ポジティブな影響としては、自分のペースで集中して自律的に働けるようになるのでいろいろないい影響がある一方で、同時に周囲とのコミュニケーションの質と量がやはり低下してしまうのでネガティブな影響というのが出てくる。こういった光と影があるという点がテレワークにおいては重要な点ではないかと思うのです。
 特にこのネガティブな影響のほうに対していかにアプローチしていくのかという点は重要になってくるかと思います。後ほど、また触れたいと思います。
 続いて、エンゲージメントについてですが、エンゲージメントについては実務的に注目を集め続けているコンセプトになります。エンゲージメントというのは実務的に産業界ではどんな感じで使われているのだろうかということで、エンゲージメントとか従業員エンゲージメントというふうに調べて、いろいろな会社がいろいろ定義しているのですね。
 その定義の要素を挙げたのが14ページの下のところなのですが、とても要素が多いということですね。本当にいろいろな要素を伴う形でエンゲージメントというものが定義されています。
 ただ、これだといろいろあるよねということで終わってしまうので、私のほうでこういったいろいろな要素がある中でも大きくは2つに分けられるのではないかというふうに整理しています。
 1つが「組織コミットメント」と呼ばれるものです。これは、会社に対して愛着を持っていることを意味します。こちらの「組織コミットメント」は、個人と労働者と「組織」の関係が良好であることを指します。
 一方で「ワーク・エンゲイジメント」というのがありまして、こちらは仕事全般に対してポジティブで充足した状態のことを指します。要は、個人と「仕事」の関係が良好であるということを指すわけです。「組織」との関係と「仕事」との関係、この2つで整理することができるかなと思います。
 実はこれは2つに分けているのですが、この2つのエンゲージメントが高いほどいいことが基本的には分かっています。例えば、組織コミットメントであればパフォーマンス、それから会社にとって有益な行動を取るといったことも明らかになっています。
 他方で、ワーク・エンゲイジメントについても、離職したい気持ちを下げたり、それからパフォーマンスを高めたりするといった効果が挙げられている。エンゲージメントは高めたほうがよさそうですねということが、まずは1つの側面として分かっています。
 ただ、その一方でその副作用、ネガティブな影響というのも指摘されてはいるのですね。
 例えば「組織コミットメント」、会社への愛着というところだと現状維持を志向してしまうとか、あるいは自己犠牲を強めてしまう。それから、いわゆるワーク・ライフ・バランスに悪影響が出たりする。あるいは、非倫理的行動をいとわない可能性があるなどということも指摘されています。
 他方で、仕事との関係がいいというワーク・エンゲイジメントについても、知識を隠蔽してしまったりとか、生き生きと働くがゆえに残業時間が長くなってしまったり、あるいはそこにも関係してくるのですが、賃金とか自分のプライベートを犠牲にしてしまいがちになったり、仕事と家庭の間の葛藤が高まってしまったりする。こういったいわゆる仕事とか組織に対してのめり込んでいってしまうがゆえに悪影響が生じていくということが指摘されています。
 エンゲージメントについての議論を少し整理すると、エンゲージメントは仕事と組織と良い関係になっていくことですね。熱心に打ち込んで、会社のために頑張ろうというふうに思うのでポジティブな影響が出てくる。ただ、同時に、のめり込んでしまうので様々なネガティブな影響が出てくるということがあります。
 エンゲージメントにも、光があれば影もある。この影に対して、やはりきちんとそれを抑制するような支援というのが求められていくのではないかと思います。例えば、健康増進ですとか、ワーク・ライフ・バランスといったところですね。
 今までテレワークとエンゲージメントの議論というのを紹介させていただいたのですが、そこから新しい働き方というものを少し考えるためのフレームワークを紹介させていただきたいと思います。今回、その整理のフレームワークとして用いたいなと考えているのが、経営学だと割と古典的な概念なのですが、「分化」と「統合」という概念です。
 分化というのは、より細かい単位に分かれていくことを指します。例えば、分散していくとか、個人化していくとか、あるいは遠心力が効くとか、そういったイメージで捉えていただければと思います。
 統合というのは、分かれたものを再び連結させるということを指します。集中とか、組織化とか、求心力といったところですね。
 このフレームワークで実は読み解いていくと、ちょっと興味深いのではないかなと思うわけです。
 例えば、テレワークについてはばらばらの場所で働くのでいい効果がありますという話もありました。それは分化を促していくわけですね。つまり、分散とか遠心力を効かせていく施策になるわけです。
 他方で、エンゲージメントは仕事やその組織との関係性を強めていくというところなので、まさに統合を促すような作用があるということです。
 実は、この分化と統合という考え方をもってすると、企業の中で今、行われている様々な取組を整理することができるのではないかと考えられます。
 例えば、分化であればダイバーシティも分化を促していく作用がありますし、キャリア開発もそうです。それから、自律型人材も分化を促していく施策として考えられます。
 逆に、統合を促す取組としては、リーダーシップ開発はそうだと思いますし、さらにパーパスとかミッション、ビジョン、バリューといったものも含まれるかと思います。あるいは、リテンションといっていわゆる離脱を防いで定着を図る施策も統合を促す取組ではないか。
 こうした分化と統合というフレームワークで見ていくと、分化と統合の程度というものを組み合わせてみるといろいろな職場、いろいろな企業がありそうだなということが見えてきます。
 例えば第一象限を見ていただくと、分化も強くて統合も強い。例えばですが、個々人が自由に働きながらもパーパスが浸透しているような会社ですね。
 次に第四象限を見ていただきたいのですが、例えば分化が強く統合が弱いという職場というのが考えられます。テレワークをしているんですけれども、エンゲージメントが低くてばらばらになってしまっているような職場というのはあるかもしれません。
 こういった4つの状態が浮かび上がってくるわけなのですが、ここから私の推論というか、これから今後ちょっと考えてみようというときに、これまでの研究がちょっと参考になるんですね。実は環境の不確実性が高いほど分化の程度も大きくなるということが研究の中で実証されています。環境が不確実であれば分化して、それに対応していかなければならない。
 今、環境の不確実性が高いといったことがよく言われるのですが、今後も企業はおそらく分化の程度を高めようとしていくのではないかということが推論として成り立ちます。
 ただ、他方で、分化しっ放しではうまくいかないので、統合をしなければならないということになります。分化を大きくすると、統合も大きくしなければならないといったことが生じてくるのではないかと考えられます。
 そういったフレームワークで捉えたときに、新しい働き方において注意すべき点というのが3つ浮かび上がってきます。
 1つ目が、分化の程度を大きくしていく、分化を強めていくときに分化の悪影響というのが生じてくる。それに気をつけていく必要がありそうだということです。
 例えば、今回、例に出したテレワークであれば、コミュニケーションの質と量が低下するといった問題に対して、何かしらの施策を打っていかなければなりません。
 2つ目が、統合を強めていこうと考えたときに、今度は統合の悪影響に気をつけていく必要があります。
 エンゲージメントの場合だと、仕事や会社に過剰にのめり込んでしまうということが生じてくるので、そういったものに対してそれを緩和させていくような支援が求められるというところです。
 3つ目に注意するべき点というのが、分化と統合の両方を強めようとしたときにダブルバインドといった状況に労働者が陥る可能性があるということです。ダブルバインドというのは、相反する要請を同時に受けることで、混乱するというような状況を指します。
 前回のこの研究会の中でも、キャリアに関する話がまさにダブルバインドだなと思いながら聞いていたのですが、キャリアを自由に描いてください。これは分化ですね。
 ただ、会社主導で異動は行いますというふうなところで統合を利かせようとする。そうすると、先のことを考えていいのか、考えたら駄目なのかというのがよく分からない状態に陥ってしまうということです。こうしたダブルバインドにも気をつけていく必要があるのかなというところです。
 以上、まとめつつ、最後に支援の方向性を出して私の報告は終了したいと思うのですが、要は労働者の働き方というのをミクロレベルで見たときに分化という力と統合という力が働いているのではないかと思うのです。
 テレワークは分化で、エンゲージメントは統合という形だったのですが、不確実性が高くなると今度は分化の程度を大きくして、かつ統合も大きくする必要があるので、分化、統合、それぞれの悪影響、それからダブルバインドに対して支援を行っていく必要が出てくるのではないかと考えられます。
 ここからはあくまでもアイデアなのですが、例えばどんな形の支援というのが必要なのかというところを最後にまとめています。
 例えば、分化の副作用として孤立してしまうとか、格差が生まれるとか、対立が生まれるといったところが挙げられるのですが、例えば孤立であれば社内外の交流を促していったり、格差であれば教育を拡充したり、待遇を改善したり、対立であれば利害を調停するような機関とか、それからリーダーとか、そういったところを強化していく必要がありそうです。
 統合の副作用というのは、例えば過労であったり健康被害、それから私生活を圧迫するといったことが生じてくるので、それぞれ労働時間を管理したり、メンタルヘルスケアを拡充したり、それからファミリーフレンドリー制度を推進したりするといったことが求められるかもしれません。
 最後に、分化と統合のダブルバインドというのはなかなか対処が難しいところなのですよね。個人と組織の対処力不足とか、あとはその職場の中でブラックボックス化してしまうというところがやはり怖いところかなと思います。
 例えば、個人のダブルバインドに対する対処力を高めていくためにはスキルアップが求められるかもしれませんし、組織のダブルバインドに対する対処力を高めていくためには優良な企業事例を共有したり表彰したりしていくといった支援があるかもしれません。
 そして、最後に不可視化、要は行ってみないと分からないというような状況を防いでいくために、どのような人材マネジメントを行っているのか、そしてどんな課題があるのかといったことを開示したり、それからそれを労働市場であったり、政策であったり、様々な点からモニタリングしていくといったことが支援としてあり得るのかなというところです。
 以上、私から分化と統合という枠組みを基に、テレワークとエンゲージメントについて研究知見を紹介させていただきました。
○今野座長 ありがとうございました。
 それでは、水町構成員、どうぞ。
○水町構成員 ありがとうございました。大変勉強になりました。
 1つ簡単な点の質問なのですが、状況が不確実になるということの意味と、状況が不確実になると分化が高まるということの意味、これは分化を高めるべきだという規範なのか、それとも事実上、分化を高めるような組織なり関係が増えてくるという事実の中から見出されたことなのか。そして、併せてもし可能であれば、それは一般的に世界の中で共通に普遍的に言われていることなのか、日本のコンテクストでいうとどうなのかという点をもう少し教えていただければと思います。
○伊達構成員 ありがとうございます。
 まず不確実性についてなのですが、不確実性というのは、今やろうとしていることに対して情報が足りていないといった状態を指します。要は、未知の状況というか、なかなかどうすればいいのかよく分からないといった程度が高まると不確実性が高いというふうに称します。
 それで、この不確実性の高さに対応していくときに1つ有効なのは、いろいろなやり方を試してみるということなのですね。企業として例えば1つのやり方しか試せないと、不確実性に対応していくというのはなかなか難しくなってくるわけです。いろいろなやり方を試していくためには分化をさせていく必要があるのですね。例えば、現場ごとに対応を促していったりすると、少なくともその中からいい対応が生まれてくる可能性があります。
 これが事実なのかどうかという点なのですが、少なくとも私が紹介させていただいたのは実証研究になっていますので、不確実性が高まると分化の程度が高まると言えます。
 これが日本の文脈か、国際的な文脈かというところが最後の御質問かと思うのですが、日本の文脈でこれがきちんと当てはまるのかどうかというところは、私の中ですみませんが、ぱっと出てこないのですが、少なくとも海外の研究において不確実性が高まることで分化の程度が高まるといった事実は一部示されているというところです。
○水町構成員 経営学のテリトリーで考えた場合に、その不確実性というのは本当に増えているかどうかというので、例えばデジタル化してビッグデータを使ってAIを使うと大体すぐ分かるので、逆に不確実性が減っているのではないかということと、実はその不確実性というのは隣の人も知らない、何も知らない。だけど、高度なスキルとか高度な認識、概念とかが分からないといけないというところで生じているかもしれないので、そこら辺の不確実性というのが経営学とか働く現場でどういう意味合いを持つのかというところが一つの大きなポイントかなと思いました。
○伊達構成員 おっしゃるとおりで、この経営学の中の議論でも本当に不確実性というのは増大しているのかといった議論とかもあるのですね。
 これはいろいろな意見が分かれるところで、増大していないという研究者もいれば、いやいや増大しているというふうな研究者もいます。
 私はどちらかというとミクロな領域の研究を行っているので、これに対しておそらく増えたり減ったりするのだろうなというのが現場というか、職場の中で起こることだと思います。それは、例えばちょっとルールが変わったりとか、新たなツールが導入されたりとか、新たな商品を売るようになったりといったことでも不確実性というのは高まることができますし、あるいはそういったものに慣れてくると今度は不確実性が下がるといったことも起き得ると思います。
 つまり、増えたり減ったり、結構現場レベルでは変動していくものになる。そうなると、分化の程度を高めたりとか、統合の程度を高めたりとか、そういったことを現場で選択しながら何とかバランスを取ろうとしているのではないかなと思います。
○今野座長 戎野構成員、どうぞ。
○戎野構成員 ありがとうございます。
 1つ質問させていただければと思います。分化と統合という概念で区分していることは今お話がありましたけれども、さらに前半のところでエンゲージメントというのをいわゆる仕事と会社ということで分けて、区分されて現状を整理されているのを聞き、なるほどと思って拝聴させていただきました。
 その中で1つ疑問に思ったので教えていただきたいのですけれども、この分化と統合という概念は仕事への統合、あるいは組織への統合と、どちらも考えられるのかなと思うのですけれども、最後にある副作用への改善などで研修などもありますが、これは具体的にどういったこと、どちらの統合を強めていくことを研修していくというようなことをイメージされているのでしょうか。
 というのは、例えば今プロジェクト型でその場に人々が統合して、分化された人が統合することによって一つのパワーになっていく。もちろん組織への統合というのもあるでしょうし、最初にこの2つに分かれた仕事と組織と両方のことを考えていらっしゃるのかなと思ったので、この仕事と組織それぞれの分化統合の相違があるのか、あるいはそこへの関係性があるのかということがあれば教えていただければと思います。
○伊達構成員 ありがとうございます。
 私がふんわり説明してしまったところを、ある意味、痛いところを突いていただいたと思います。
 仕事と組織というふうにエンゲージメントを分けていくと、仕事とのエンゲージメントを高めるための施策と、組織とのエンゲージメントを高めるための施策というのは、当然ながら共通する部分もあれば異なってくる部分もあります。
 例えば、共通する部分だと、サポートを促したほうがいいとか、そういったことは共通する部分として言われているのですが、異なる部分も出てくるのですね。そういうふうに考えると、例えば仕事のエンゲージメントを高めるために必要な研修と、組織のエンゲージメントを高めるために必要な研修は異なってくる可能性があります。
 例えば、組織のためのエンゲージメントを高める研修、働きかけというのは何となく想像しやすいのですが、例えば理念の浸透とかを促していくような研修を行うというのが一つあり得ると思います。
 また、仕事のエンゲージメントを高める研修というのは、仕事を楽しくなるようにしていく必要があるので、果たしてこれが研修で可能なのかどうかというところは難しい部分なのですが、ただ、今、御指摘いただいた中で重要だなと感じたのが、仕事のエンゲージメントと組織のエンゲージメント、これらは対策が重なりつつも異なっている部分もあるかもしれない。こういったことを細かく見ていきながら支援とかも考えていく必要があると思います。
○戎野構成員 今、2つの動きがあるかなと、先の大湾構成員のお話も伺って思いました。仕事への満足度と、いわゆるその組織への愛着というのが今まではかなり一致していたものがずれてきたときに、このダブルバインドの解決に、お話にありましたように分けて考えて、そこの関係性をみていくことも重要かなと思ったので質問させていただきました。
○今野座長 大湾構成員、どうぞ。
○大湾構成員 非常に刺激的な話で、大変勉強になりました。
 2つ質問があって、仕事へのエンゲージメントが重要な業種、あるいは企業と、それから組織のエンゲージメントが重要な業種とで違うと思うのですね。
 以前、公務員の人事に関わる方々とお話ししたときに、公務員向けにエンゲージメントサーベイをやっていました。エンゲージメンというのは何を測っているのですかと聞くと、離職意思を聞いていたのですね。離職意思ということは組織エンゲージメントを測っている。それで、公務員に必要なものは組織エンゲージメントなのですかと私は聞いたのですね。本当は仕事エンゲージメントのほうが重要ではないか。
 要するに、公務員という仕事に誇りを持って、国のために貢献するということに熱意を持ってほしいわけなので、決して組織へのエンゲージメントではないはずだ。だから、エンゲージメント指標を変えたほうがいいのではないですかと私はまず申し上げたのですけれども、同じようなことがいろいろなケースに言えると思うのです。
 では、仕事へのエンゲージメントが必要な場合というのはやはりこの分化の方向に寄ることでしょうし、組織へのエンゲージメントが高い場合というのは統合のほうに寄ることなのではないかと思っていて、このあたりの違いについて伊達構成員がどういうふうに感じているかということをお聞きしたいと思います。
 それから関連してもう一つですけれども、分化と統合というお話を聞いたときに、非常によく似た概念として探索と深化という概念があります。新しい知識を探索していく活動と、組織内にある知識を統合していく活動の二つがある。探索を行う場合というのはより多様性、リスクテイキングが大事です。深化を行う場合というのは、より同一性、あるいは、リスクを取らない行動が望ましい。ですから、先ほど水町構成員から質問がありましたように、不確実性が高まってくると分化のほうが大事だというのは、探索が大事だと言われている結果とすごく似ていると思うのです。
 それで、この探索と深化の議論の中であったのは、両方をやるのは非常に難しいということです。探索が得意な組織というのは深化が苦手で、深化が得意な組織というのは探索が苦手です。
 だけど、両方やることでその企業の競争優位性は高まるので、両方できる両利きの経営が大事だという議論につながっていったわけです。
 同じことをここでも言えるのではないかなと思っていて、分化が例えばみんながばらばらでもうまく回るビジネスというのはあると思うのです。ですから、分化が得意で分化が適した会社と、それから統合が大事で統合が適した会社と、恐らく分化が適した会社というのはどんどんテレワークを進めて自律的に仕事をしてもらう。
 一方で、統合が大事な会社というのは、どちらかというとみんな来てもらって対面でやりましょうという方向につながっていくだろう。だけど、中には両方うまくやろうと頑張る企業もあると思うのですね。
 それで、伊達構成員のイメージの中では、今後どんどん会社の礎というか、分化の方向にいく会社と、統合のほうにいく会社のように分かれていくということが意味されているのか、あるいは全ての企業が両方うまくバランスする方向で頑張らなければいけないというふうに考えているのかというのをちょっとお聞きしたいと思いました。
○伊達構成員 ありがとうございます。
 まずエンゲージメントについてのところなのですが、仕事のエンゲージメントと組織のエンゲージメントというときに、確かに仕事のエンゲージメントというのは一見すると割と分化の発想に近いのかなと感じる部分もあるのですが、ただ、そのワーク・エンゲイジメントの効果を見てみると、統合の効果を持っていたりするのですね。そこから考えると、恐らくその統合の方法というか、アプローチが幾つかあるのではないかと思うわけです。組織への愛着を高めるといった統合のアプローチもあれば、仕事を楽しんでもらうといった統合のアプローチもある。それぞれ企業によって、おそらくどちらをより強めていくのかといった判断は出てくるのかなと思うのが1点あります。
 ただし、少し考えさせられる結果もありまして、このワーク・エンゲイジメントと組織コミットメントというのは相関しているのですね。ですから、ワーク・エンゲイジメントが高いと組織コミットメントも高い傾向がある。裏を返すと、どちらかが低いともう一方も低くなる可能性があるというところなので、2つの異なるアプローチではあるのですが、ただ、同時に進めていかないとなかなかうまくいきにくいのかなと感じています。区分しつつも両方とも進めていく必要があるのかなというのが、仕事のエンゲージメントと組織のエンゲージメントについて私自身が考えていることです。
 2点目なのですが、新たな視点をいただいたと感じております。確かにおっしゃるとおり、分化と統合というのは探索と深化といういわゆる両利きの経営の議論と相似しているというか、構造が似ているなと感じました。そして、その探索と深化の両立が難しくて、だからこそ両利きの経営が大事。でも、両利きの経営というのはどうやるのかがとても難しいところも非常に似ている。職場のマネジメントというのを考えたときに、大湾構成員からいただいた分化を志向する企業、そして統合を志向する企業というふうに分かれていくのだろうか、それとも両方とも目指していくのだろうかと考えていくと、私自身は大きな流れとしてはおそらく分化を志向する力というのは今後も働き続けるだろう。さっきの不確実性の議論ともつながるのですが、そこはある意味デフォルトであるのだろうなと思います。
 ただし、両方ともと言うと何か同時並行でやられるみたいなイメージになってしまうのですが、おそらく現実的には振り子のような感じで分化を強めては、まずいというようなことになって、統合を何とかしようとする。統合がまた強くなってくると、これはちょっとまずいのではないかというふうになって分化の程度が増していく。
 しかも、それが部分的に同時に起こったりするので、そういった感じで何とか荒波を乗り越えていこうとする取組が求められてくるのかなと推測しています。
○今野座長 安部構成員、どうぞ。
○安部構成員 ありがとうございました。
 今おっしゃられたことに関連するのですが、テレワークで明らかになった課題というのは、かつて強みとして機能していたものが機能しなくなったがゆえに課題になったということで、逆にその部分にフォーカスを当てて対処の手立てを見出すと、強みとして競争力を上げることに繋がるのではないかと言う受け止め方をしました。
 分化と統合で例に出されていたことは、今、多くの企業が総じておっしゃっている、個の尊重ということに他ならないと思うのです。個の尊重を推進していくと、個性が解き放たれて発揮されるので、リー・フレミングのチャートのように、多様性が増して効率は落ちるがイノベーションが発生する割合が高くなる、と言う世界に近づきます。効率が落ちると言う現象に対する手だてとして、統合という管理的な手法でなく、価値観を同じくする、或いはパーパスを共有すると言った、最近、経済界で認められる大きな流れと連動させることで、イノベーションをより創発して行くことができる、そのように解釈しました。
 深化と探索の話が出たので、オライリー博士が日本の成功例の一つとして取り上げられていたAGC株式会社さんの例を共有させて頂きます。元旭硝子と言われていましたが、もはやガラスだけでなく電子や化学と言った多様な事業構造に見事に変容されています。その変革の過程で、成功の秘訣の一つは、徹底的に個に焦点を当てて取り組んで来た点だ、と言われていました。取り組みに関する表現の中で印象的だったのは、いかに一人ひとりの社員の心に火をつけるか、そして一旦、火がつくと、炎と言うのは上にしか上がらない、即ち組織力の最大化と原動力は組織を支え、構成する社員こそが原点である、と言うことを見事に表された表現だと思いました。一人一人の個性を発揮しながら、それを企業の総合力につなげていくというのが、この分化と統合の両立そのものかなという気がした次第です。
 先ほどの大湾構成員のお話しにあった、日本人の特性として何にやりがいを感じるか、人間関係や社会的な意義とかその興味というところに、それらをどう当てはめていくか、それによって、日本の企業の競争力の源泉になり得るのではないかと思った次第です。
 AGCもそうですし、私が良く参考にさせてもらっているリクルートさんも、弛まず個を活かし続けておられると認識しています。有名なウィル、キャン、マストといった投げ掛けなど、徹底的に個を重視しながら企業自体が成長し続けている、やはり素晴らしい例だと思っています。また最近、本社をご訪問して感心したのは、マツダさんです。スカイアクティブと言う徹底的な全体最適を追求する中、設計手法や製造手法を抜本的に変革される取り組みで、5年間新車を出さないと言う大きな覚悟と共に、全体最適だけを追求され、その上で、ブレークダウンして一人一人の個の仕事の意義ということを、集団で自ら明らかにして細分化し遂げたと言うのは、トップダウンやウォーターフォール型の手法でもなく、組織的にも従来型の家族主義的集団組織運営と言うわけでもなく、構成員である個々人が自らの職務の意義を、各自で大きな経営戦略の中にどう位置づけられるか、各々が策定して行く、素晴らしい実践だと感心しました。
 ソニーも歴史的、企業文化的に個が強く、社員も、ソニーグループを構成する6つの事業それぞれも、独立性と遠心力が働きがちな構成となっています。それらをどう束ねるか、統合に重きを置いたグループ経営を模索し続けてきました。ソニーの人事の役割は管理でなく支援だ、と常々言っていることとも通じています。同様の思いから、CEOは存在意義、パーパスの重要性を認識して策定し、浸透と共有に努めています。これから日本が労働者の個性を解き放って成長と活躍を支援しつつ、企業ごとに、必要な統合を各企業のニーズと方法で両立させていくところに、今後の秘訣があるのではないかと思います。チャレンジではありますが、分化と統合の両方を推進していくところに、私は日本の競争力の可能性がまだまだあり、今回挙げられた課題というのはすなわち競争力のポテンシャルではないかという風に感じた次第です。
○伊達構成員 ありがとうございます。
 まさに分化と統合を両立するための創意工夫を、企業レベルでもそうですし、それから職場レベルでも繰り返していくといったことは大事なことですし、また、理論的な部分とも整合性が取れるお話だと感じました。
 1点だけ、少し補足というか、私の発表と少しつなげさせていただくと、そうした両立の創意工夫というのは、企業が生き残っていくために非常に重要だと思うのですね。
 ただ、一方で、そうした創意工夫を行っていく中で、それに翻弄されてしまう労働者がもしかしたらいるかもしれないという点もまた忘れてはならないと思います。例えば、分化を強めようとすると、分化の副作用に苦しんでしまう労働者が出てくるかもしれないですし、また統合もそうですよね。そして、両方やろうとすると、会社としてはめちゃくちゃ頑張っているのですが、ただ、ダブルバインドに陥ってしまったりするといった翻弄のされ方というのもあるのかなと。
 そうした企業としてきちんと進めていく。何とか頑張って創意工夫していくという部分と、それが職場というところに与えるダイナミズムというか、影響みたいなものと両面にらみながら、労働政策であったり、あるいは職場のマネジメントであったり、人材マネジメントを進めていけるといいのではないかと、改めてお話を伺いながら思いました。
○今野座長 ほかにいかがでしょうか。
 私から質問してもいいでしょうか。大湾構成員の先ほどのお話ですごく問題になったのは、伊達構成員の言葉を使うと、日本の労働者のエンゲージメントは低く、したがって、勉強もしないのだということですね。
 その点については、伊達さんの研究分野で日本がそんなに低い理由はわからないのでしょうか。
○伊達構成員 これはいろいろな議論があるところでして、まず1つ目に大前提となるのですが、エンゲージメントや組織コミットメントの国際比較を行う指標自体が本当にいいのか、あるいはその指標を得点化する方法が本当にきちんと文化的な背景を反映しているのだろうかといった議論、いわゆる翻訳等価性というふうに呼ばれるのですが、翻訳で同じ意味を持っているのだろうかということについての議論というのがまず大きく技術的な問題として挙げられています。
 もう一つは労働市場のところにも少し関係してくる議論なのですが、エンゲージメントが低いと、労働移動が活性化していると違うところにいきますよね。それで、結果的に現時点でエンゲージメントはどうですかというふうに聞くと、総じて高まる。
 一方で、今の組織の外に出ていくことが損だとしたら残り続けることになって、そうした人たちに対して今のエンゲージメントはどうですかと尋ねると、総じて低くなってしまうといった構造的な議論でもあります。
○今野座長 日本がなぜ低いのかという研究はないですか。
○伊達構成員 あまり積極的に行われている印象はありません。やはり翻訳等価性が議論として残ってくるというところです。
○今野座長 今日はエンゲージメントのマイナスの方向のこと、負の影響、ネガティブな影響のことを話されて、例えば働き過ぎちゃうとか、それに対してやはり何らかの対応をしなければいけないのだということを話され、対応の仕方を例示されていますが、いろいろな方法を考えられるじゃないかと思うのです。
 例えば、労使関係で言うと組合がちゃんとウォッチングするみたいなものもあるかもしれないし、そういう意味ではこういう負の影響を最低限に抑えるとか、あまりひどい状況を起こさせないとか、そういうためには何が必要かという研究はないのですか。
○伊達構成員 私の専門とする領域の中では、あまりそういった研究というのは見受けられません。
 ただ、今、出していただいた論点とかの中にも、なかなか難しいなという部分も実は含まれていまして、例えば統合の副作用、エンゲージメントの副作用として、働き過ぎるという点はあるのですが、決して働かないと駄目で追い込まれて働き過ぎているというわけではなくて、楽しく働き続けているのですよね。
 ただ、それが行き過ぎると健康の問題になってしまう。そうしたセーフティーネット、あるところまで極端に行き過ぎることは防いでいく必要があるかなと思うのですが、管理を強めてしまうと、今度は分化がうまく機能しなくなってくるので、このあんばいというのは難しい。
 ただ、1個だけ、私からのメッセージとしてあるとすれば、やはり極端に進んでしまう。この副作用が極端に進んでしまうとすれば、そこは支援があって然るべきというのは総じて考えているところです。
○今野座長 ありがとうございました。
 素人っぽい考え方だと、自律的に仕事をしなさい、あなたに全部任せますということは当然、成果を期待していますからねとか言っておいて、やりなさい、時間も自分でコントロールしなさい、ハウツーも自分で考えなさいということになるので、多分、その人の能力や余裕次第ではものすごくメンタルにくると思うのです。
 そうすると、放置しておくと、そういうメンタルのような状況に追い込まれる人が当然出てくるだろう。これは、全員というのではなくて趨勢です。ですから、そういう問題に対してどうしたらいいのかなと今ちょっと思っていたということです。
○伊達構成員 そうですね。今回紹介させていただいた研究知見からヒントになる部分があるとすれば、自律を促すことによってパフォーマンスが高まる人は自律を享受できる人だと思うのですね。
 プラス、コミュニケーションがそんなに多くなくても仕事を進めることができる、成果を残すことができるような働き方をしている労働者かなと思います。裏を返すと、コミュニケーションやサポート、フィードバックが必要な仕事をしている労働者において自律を促されてしまうと、あるいは分化を強く促されてしまうと、そこに大きなストレスが発生してくることになるので、そこはメンタルヘルスの問題とかに発展する可能性もあるのではないか。
 そうすると、やはりコミュニケーション系の促進をする支援というのが1個は大きい施策になるかなと思います。
○今野座長 ありがとうございました。
 それでは、そろそろ時間ですが、水町構成員、どうぞ。
○水町構成員 自律と他律の関係という話も先ほど出ましたが、本当に両極端なのかということで大湾構成員のところでちょっと疑問に思ったのが、企業特殊的技能の価値が相対的に低まっているというところで、相対的にはそうかもしれないけれども、では一般的能力をこれから身につけるということだけでいいのかと思ったのです。
 逆に言うと、デジタル化が進んでいったときに、過去の情報に照らし合わせた標準的な技能というような価値はこれからどんどん安くなっていって、低くなって、むしろ企業特殊的なほかのところと差別化していくためには、企業特殊的な技能がこれからもう一回重要になるようなことがないのかと思うのです。
 そういう意味で、自律とかテレワーク以外にもうちょっと考えなければいけないことも出てくるかもしれないし、その大前提として、これからもしかしたら一般的能力としてデジタル技術は必要なのだけれども、やはり企業の中のコミュニケーションとか対人関係の中で生み出していくような新たな議論というのは当然重要になって、それこそ日本の組織とか企業の強みとしてこれから伸ばしていくところではないのかなという気がしたのですが、そこら辺はいかがでしょうか。
○大湾構成員 企業特殊的技能の価値が低下しているというのはデータにも出ているのですけれども、要するに賃金関数を推計したときに同じ企業にいることによってどのくらい賃金が上がるか。これは、ほとんど今はゼロなのですね。
 かつては、水町構成員とか私とかの世代に関しては、同じ会社にいることで当然プラスが多かった。今は、一般的技能に対するリターンと企業特殊的技能に対するリターンが逆転してきている。もちろんコーディネーションとかコミュニケーション能力がすごく大事になってきているというのはいろいろな研究で言われています。
 でも、そのときに議論の中心になっているのは、だから例えば企業特殊的な技能が大事なのだというのではなくて、対人スキル、社会的なスキルが大事だということがすごく強調されていて、要するにそういった社会的スキル、対人スキルといったいわゆるピープルスキルがたけている人は、比較的短時間でネットワークをつくることもできるし、人とのコーディネーションの仕方も覚えるのです。
 ですから、そういう意味では時間をかけてそれを取得するというのではなく、もともとその能力が高い人をそういったスキルが必要なポジションに充てるということのほうが多分重要視されているのだろうと思います。
○今野座長 それでは、伊達構成員ありがとうございました。
 今日はこれにて終わりたいと思います。最後に、事務局から次回の日程について紹介してください。
○労働条件確保改善対策室長 次回は4月21日金曜日16時から18時に、本日と同じ場所にて行います。
○今野座長 それでは、終わりたいと思います。ありがとうございました。