年金[年金制度の仕組みと考え方]
第10 在職老齢年金・在職定時改定

1.在職老齢年金とは

 在職老齢年金とは、就労し、一定以上の賃金を得ている60歳以上の老齢厚生年金受給者を対象に、当該老齢厚生年金の一部又は全部の支給を停止する仕組みである。
 このうち、60歳台前半については、基本的には就労期間であるところ、低賃金の在職者の生活を保障するために年金を支給する仕組みとして位置づけられてきた(低在老)。
 また、65歳以降については、老齢(基礎)年金が支給されている人に対して、①働いても不利にならないようにすべき、②現役世代とのバランスから、一定以上の賃金を得ている人については、年金給付を一定程度我慢してもらい、年金制度の支え手に回ってもらうべき、という2つの要請の中で制度改正が行われてきた(高在老)。
 在職老齢年金制度は、1965年の制度導入以来、高齢期の就労の在り方、年金の支給開始年齢や給付水準等を加味して数次にわたる改正が行われてきているが、令和2(2020)年改正では、60歳台前半に支給される特別支給の老齢厚生年金を対象とした在職老齢年金(低在老)の支給停止基準が65歳以上の人に対する在職老齢年金(高在老)に揃えられ、60歳台前半の支給停止が緩和されることとなり、より就労に中立的な制度となっている(2022年4月1日施行)。

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2.在職老齢年金制度の概要

 令和2(2020)年改正による2022年4月以降の在職老齢年金の仕組みは、次のとおりである。[1]
 
 就労し、賃金を得ながら年金を受給している人(厚生年金の被保険者及び70歳以上の使用される人)は、賃金+年金の合計額が支給停止調整額(47万円)を上回る場合は、賃金2に対し、年金を1停止

  
ア:「被保険者」は、厚生年金保険法第9条において「適用事業所に使用される七十歳未満の者」とされている。
イ:「70歳以上の使用される人」は、厚生年金保険法第27条において「被保険者であつた七十歳以上の者であつて当該適用事業所に使用されるものとして厚生労働省令で定める要件に該当するもの」とされている。
ウ:賃金は、「標準報酬月額(厚生年金保険法第20条)」+「標準賞与額(厚生年金保険法第24条の4)/12」のことを指している。70歳以降の場合には、「標準報酬月額に相当する額」+「標準賞与額に相当する額/12」となる。
エ:年金は、加給年金額、繰下げ加算額及び経過的加算額を除いた老齢厚生年金のことを指し、老齢基礎年金は含まれない。[2]
オ:支給停止調整額は、現役男子被保険者の平均月収(ボーナスを含む。)を基準として設定されている。これは、名目賃金変動率に従い改定することとなっており、2022年度は47万円である。
カ:賃金が2増えることに、年金を1支給停止することとし、賃金の増加に応じ、賃金と年金額の合計がなだらかに増加するようにしている。

イメージ図(年金額が10万円の場合)






 


 
厚生年金保険法第46条[3]

1 老齢厚生年金の受給権者が被保険者(前月以前の月に属する日から引き続き当該被保険者の資格を有する者に限る。)である日(略)又は七十歳以上の使用される者(前月以前の月に属する日から引き続き当該適用事業所において第二十七条の厚生労働省令で定める要件に該当する者に限る。)である日が属する月において、その者の標準報酬月額とその月以前の一年間の標準賞与額の総額を十二で除して得た額とを合算して得た額(~、七十歳以上の使用される者~については、その者の標準報酬月額に相当する額とその月以前の一年間の標準賞与額及び標準賞与額に相当する額の総額を十二で除して得た額とを合算して得た額とする。以下「総報酬月額相当額」という。)及び老齢厚生年金の額(第四十四条第一項に規定する加給年金額及び第四十四条の三第四項に規定する加算額を除く。以下この項において同じ。)を十二で除して得た額(以下この項において「基本月額」という。)との合計額が支給停止調整額を超えるときは、その月の分の当該老齢厚生年金について、総報酬月額相当額と基本月額との合計額から支給停止調整額を控除して得た額の二分の一に相当する額に十二を乗じて得た額(以下この項において「支給停止基準額」という。)に相当する部分の支給を停止する。ただし、支給停止基準額が老齢厚生年金の額以上であるときは、老齢厚生年金の全部(同条第四項に規定する加算額を除く。)の支給を停止するものとする。
2 (略)
3 第一項の支給停止調整額は、四十八万円とする。ただし、四十八万円に平成十七年度以後の各年度の物価変動率に第四十三条の二第一項第二号に掲げる率を乗じて得た率をそれぞれ乗じて得た額(その額に五千円未満の端数が生じたときは、これを切り捨て、五千円以上一万円未満の端数が生じたときは、これを一万円に切り上げるものとする。以下この項において同じ。)が四十八万円(この項の規定による支給停止調整額の改定の措置が講ぜられたときは、直近の当該措置により改定した額)を超え、又は下るに至つた場合においては、当該年度の四月以後の支給停止調整額を当該乗じて得た額に改定する。
4 前項ただし書の規定による支給停止調整額の改定の措置は、政令で定める。
5・6 (略)
 
[1]  令和2年改正前の60歳台前半の低在老の仕組み(厚生年金保険法附則第11条に規定)は、以下のとおりであった。
・ 賃金+年金(厚生年金の定額部分も含む)の合計額が28万円 を上回る場合は、賃金2に対し、年金を1停止。
・ 賃金が47万円を上回る場合は、賃金1に対し、年金を1停止。
なお、厚生年金の支給開始年齢の段階的引上げが完了する2025年度(女性は2030年度)以降は、低在老の対象者はいなくなる。
[2]  老齢厚生年金を繰り下げて請求した場合の増額の対象となるのは、老齢厚生年金の受給権発生時から受給していたならば、在職老齢年金制度により在職支給停止されていたであろう部分を除いた部分のみとなる。
[3]  令和2年改正後においては、厚生年金保険法附則第11条も同法第46条と同様の規定となった。

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3.在職老齢年金制度の状況

 65歳以上の在職老齢年金制度について、2018年度末のデータを基に賃金と年金の合計額の階級別に見ると、20万円以上~24万円未満となっている人が多い。
 65歳以上の在職している年金受給権者の2割弱が支給停止の対象となっている。具体的には、在職停止者数は41万人であり、在職受給権者(248万人)の17%、受給権者(2,701万人)の1.5%を占めている。
 また、60歳台前半の場合、賃金と年金の合計額の階級別に見ると、26万円以上~28万円未満となっている人が多い。
 令和2(2020)年改正前の状況においては、60歳台前半の在職している年金受給権者の半数強が支給停止の対象となっていた。具体的には、在職停止者数は67万人と、在職受給権者(120万人)の55%、受給権者(337万人)の20%を占めていた。

65歳以上の在職老齢年金制度の状況(令和2年改正前)


60歳台前半の在職老齢年金制度の状況(令和2年改正前)
 

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4.在職老齢年金の仕組みの変遷

① 厚生年金全面改正時
 昭和29(1954)年に厚生年金保険法を全面改正した際の考え方としては、老齢年金は退職(被保険者資格の喪失)を支給要件としており、在職中の人にはそもそも年金を支給しない仕組みであった。
 
② 昭和40(1965)年改正 [高在老]
 当初の考え方を転換し、新たに65歳以上の在職者にも支給される年金として、在職老齢年金を導入した。支給割合は本来の年金額の一律8割であった(条文上は、本来の年金額の2割の支給停止)。
なお、65歳未満の在職者については、引き続き年金が支給されない制度のままであった。
 
③ 昭和44(1969)年改正、平成元(1989)年改正 [低在老]
 昭和44(1969)年改正では、在職老齢年金を65歳未満の人にも適用し、標準報酬が一定額に満たない在職者については、8割、6割、4割、2割の老齢年金を支給することとした(低在老)。
 平成元(1989)年改正では、この低在老について、賃金が増えたにもかかわらず年金と賃金の手取額が減少する逆転現象が極力生じないよう、支給割合を8割~2割の7段階に細分化する見直しが行われた。
 
④ 昭和60(1985)年改正 ~高在老の廃止~
 基礎年金制度の導入と併せて厚生年金の適用年齢を65歳未満に設定したことから、65歳以上は被保険者ではなくなり、在職老齢年金の仕組みから除外され、在職中でも全額支給されることとなった。
 
⑤ 平成6(1994)年改正 [低在老]
 60歳台前半に支給される厚生年金について、高齢者雇用の促進の観点から、賃金の増加に応じ、賃金と年金の合計額がなだらかに増加するよう改正した(ただし、就労時点で一律2割を支給停止)。これにより、賃金が増加したのに年金と賃金の手取りの合計が減少するという逆転現象が解消された。
 
⑥ 平成12(2000)年改正 [高在老]
 平成12(2000)年改正では、少子高齢化の進行を踏まえ、年金制度の支え手を増やすという観点から、厚生年金の被保険者の適用範囲が65歳未満から70歳未満へと引き上げられ、60歳台後半の人についても厚生年金の被保険者とすることとされた。これに伴い、60歳台後半に在職支給停止の制度を再度設けることとなった。ただし、その支給停止は、60歳台前半よりも緩やかな仕組み(より高い支給停止基準額、一律2割停止はなし。)とした。なお、基礎年金は支給停止の対象外とされている。
 
⑦ 平成16(2004)年改正 [低在老、高在老]
 60歳台前半の在職老齢年金について、就労を阻害せず、働くことに中立的な制度とするため、一律2割を支給停止する仕組みを廃止した。
 また、予想を上回る少子高齢化の進行の中、世代間の公平性や高齢世代内の公平性という観点から、厚生年金の被保険者の適用範囲は70歳未満までのままとした上で、就労して負担能力のある70歳以上の受給者にも、60歳台後半と同様の在職支給停止の仕組みを導入した。
 
 令和2(2020)年改正 [低在老]
 より多くの人がこれまでよりも長く多様な形で働くという高齢期の就労状況の変化を年金制度に反映することが重要であるとの考え方の下、令和2(2020)年改正においても、在職中の年金受給の在り方について議論が行われた。
 その結果、前記2のとおり、60歳台前半の低在老の支給停止の基準額(28万円)について、65歳以上の高在老と同じ基準額(47万円・2022年度)へと見直しが行われた。この低在老の見直しは、

 ① 在職支給停止の仕組みによる65歳未満の人の就労への影響が一定程度確認されている
 ② 60歳台前半の就労、特に2030年度まで特別支給の老齢厚生年金の支給開始年齢の引上げが続く女性の就労を支援する
 ③ 低在老を高在老と同じ支給停止基準とすることは、制度をわかりやすくするという利点もある

という観点によるものである。
 また、高在老については、令和2年改正では見直しは行われなかった。2019年財政検証結果を踏まえた議論・検討の過程では、高齢期の就労が多様化する中、高在老の在り方を見直すべきとの意見もあった。他方、在職老齢年金制度の撤廃又は基準額の緩和は、見直しによる就労の変化を見込まない場合、将来世代の所得代替率を低下させることが2019年財政検証結果でも確認されていること、高在老の適用基準47万円の対象者は、年金と賃金を合計すれば比較的所得に余裕があり、単純な見直しは高所得高齢者の優遇となるという観点等から、見直しに否定的な意見もあった。
 結論として、高齢期の就労と年金をめぐる調整については、税制での対応や各種社会保障制度における保険料負担等での対応を併せて、今後とも検討していくべき課題であると整理された。

在職老齢年金制度の導入と見直しの経緯(高在老)


在職老齢年金制度の導入と見直しの経緯


令和2年改正による60~64歳の在職老齢年金制度(低在老)の見直し(2002年度末推計)
 

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5.在職定時改定の導入

 令和2(2020)年改正においては、在職老齢年金の見直しに加えて、在職定時改定の導入が行われた。
 従来、老齢厚生年金の受給権を取得した人がその後に就労した場合には、退職時や70歳到達時等、厚生年金保険の被保険者資格を喪失した際に、受給権取得後の被保険者であった期間を加えて老齢厚生年金の額を改定する退職改定が行われていた。
 令和2年改正では、この退職改定に加えて在職定時改定を導入し、65歳以上の人は、在職中も毎年1回、10月に年金額が改定されることとなった(2022年4月1日施行)。これにより、就労を継続したことの効果が、退職を待たずに早期に年金額に反映されることとなり、年金を受給しながら働く在職受給権者の経済基盤の充実が図られることとなった。
 

退職改定と在職定時改定

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【参考文献等】

・ 「日本公的年金制度史―戦後七〇年・皆年金半世紀―」(吉原健二、畑満著)
・ 「社会保障審議会年金部会における議論の整理」(令和元年12月27日社会保障審議会年金部会)
https://www.mhlw.go.jp/content/12501000/000581907.pdf
 

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