年金[年金制度の仕組みと考え方]
第9 被用者保険の適用拡大

 厚生年金においては、適用事業所に勤めている場合でも、パートタイマー・アルバイト等の被用者は、勤務時間等について一定の要件を満たさなければ厚生年金の被保険者として扱われない。また、法人の事業所であれば従業員等が1名以上いれば適用事業所となるが、個人事業所については、従業員数や業種に応じて一部は適用から除外されており、これらの事業所に勤務する被用者には厚生年金は適用されない。
 このように、被用者でありながら厚生年金に適用されず、国民年金への加入(第1号・第3号被保険者)となっている人については、被用者にふさわしい保障が行われないことから、厚生年金の適用拡大を進めることにより、報酬比例の給付を含めた社会保障の充実を図る必要性が高い。[1]
 こうした観点から、累次の制度改正において、被用者保険の適用拡大が段階的に進められている途上にある。本稿では、これまでの制度改正の変遷を辿るとともに、適用拡大による具体的な効果、影響等について解説する。
 
 
[1] 以下では、厚生年金と健康保険(医療保険)を合わせて、「被用者保険」との用語を用いる。

1.被用者保険の適用拡大の意義

 被用者保険の適用拡大の意義については、大きく以下の3点に集約される。
 
① 被用者にふさわしい保障の実現
 被用者でありながら国民年金・国民健康保険加入となっている人に対して、被用者による支え合いの仕組みである厚生年金や健康保険による保障が確保される。厚生年金では、報酬比例の上乗せ給付などがあり、健康保険では、病気や出産に対する傷病手当金や出産手当金の支給が確保される。
 また、保険料についても、被用者保険では労使折半の負担となる。
 
② 働き方や雇用の選択を歪めない制度の構築
 労働者の働き方や、企業による雇い方の選択において、社会保険における取扱いによって選択を歪められたり、不公平を生じたりすることがないようにする。
 適用拡大を通じて働き方に中立的な制度が実現すれば、働きたい人の能力発揮の機会や企業運営に必要な労働力が確保されやすくなることが期待できる。
 
③ 社会保障の機能強化
 厚生年金では給与や賞与等の収入から保険料が源泉徴収(天引き)されるため、適用拡大によって厚生年金の適用対象となった人は、保険料の未納が生ずることがない。さらに、基礎年金に加え、報酬比例給付による保障を受けられるようになる。
 また、これまでの財政検証の試算でも示されているように、適用拡大は、基礎年金の水準の確保を通じて、所得再分配機能の維持に資する。
 

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2.短時間労働者への適用拡大

(1)これまでの経緯
 短時間労働者への被用者保険の適用については、長らく、所定労働時間及び所定労働日数が通常の就労者のおおむね4分の3以上であるかどうかにより判定するという運用が行われてきた。[2]
 短時間労働者への適用拡大については、平成12(2000)年、平成16(2004)年の年金法改正時にも検討されたものの改正に至らず、また、平成19(2007)年には適用拡大を一部盛り込んだ法案(被用者年金一元化が主な内容)を提出したが、廃案となった経緯がある。
 こうした中、平成24(2012)年の改正では、①週労働時間20時間以上、②月額賃金8.8万円以上、③勤務期間1年以上見込み、④学生は適用除外、⑤従業員500人超の企業、という5つの要件の下で、短時間労働者への適用拡大を図ることとなり、2016年10月から施行された。[3]
 さらに、平成28(2016)年の改正では、2017年4月から、500人以下の企業で、労使の合意に基づき、企業単位で短時間労働者への適用拡大を行うことが可能となった。[4]
 
(2)令和2年改正における適用拡大
 令和2(2020)年年金法改正では、平成24年改正で設定された適用拡大の5要件のうち、勤務期間1年以上見込みの要件を撤廃するとともに、企業規模要件を、2022年10月から100人超規模、2024年10月から50人超規模に引き下げ、被用者保険の適用範囲を拡大することとした。
 このうち、当初、企業規模要件については、平成24年改正法附則の当分の間の経過措置であることから、要件そのものを撤廃することが目指されたが、中小企業の経営への配慮の要請もあり、令和2年改正では、企業規模要件を撤廃した場合の約半数が新たに適用になると見込まれる50人超規模までの企業を対象とすることとした。
 また、令和2(2020)年改正では、短時間労働者に対する勤務期間要件を撤廃することとし、2022年10月からは、雇用期間に基づく適用の判断に当たっては、短時間労働者もフルタイムの労働者と同じ取扱いがなされることとなる。なお、同改正により、雇用期間が2か月以内の場合であっても、当該定めた期間を超えて使用されることが見込まれないことが確実な人以外については、当初から被用者保険が適用されることとなった。
 今後も、令和2(2020)年改正法附則の検討規定[5]や国会の附帯決議[6]に沿って、企業規模要件の早期の撤廃も含め、さらなる適用拡大に向けて検討していくこととなっている。

短時間労働者に対する被用者保険の適用拡大の概要
 
 なお、この改正により新たに被用者保険に適用される層は、法案提出時には約65万人と推計されたが、足下の動向を踏まえて再度同じ推計を行うと、企業規模要件の拡大による効果は70万人程度と見込まれる。さらに、最低賃金が上昇して時給1,013円以上となると、週20時間以上働けば月額賃金要件(8.8万円以上)を満たすこととなる。この効果により新たに被用者保険に適用される人が110万人程度と見込まれるところである。
 
令和2年改正による適用拡大の効果(法案提出時の見通し)
令和2年改正による適用拡大の効果(最新統計と最低賃金の上昇効果を反映)
 
[2] 昭和55年6月6日付け厚生省保険局保険課長・社会保険庁医療保険部健康保険課長・社会保険庁年金保険部厚生年金保険課長内かんによる。(平成24年改正を契機に廃止)
[3] 上記のうち「従業員500人超の企業」という企業規模要件は、平成24年改正法附則において、「当分の間」の経過措置として設けられた。
[4] 同じ改正で、国・地方公共団体の適用事業所に使用される短時間労働者で、労働時間要件など他の要件を全て満たすものは、事業所の規模にかかわらず被用者保険の適用対象にされた。
[5]  令和2(2020)年改正法附則第2条第2項「政府は、この法律の公布の日以後初めて作成される国民年金法第四条の三第一項に規定する財政の現況及び見通し、厚生年金保険法第二条の四第一項に規定する財政の現況及び見通し等を踏まえ、厚生年金保険及び健康保険の適用範囲について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。」
[6] 衆議院厚生労働委員会(2020年5月8日)での附帯決議では、「短時間労働者に対する被用者保険の適用については、被用者には被用者保険を適用するとの考え方に立ち、更なる適用拡大に向け、検討を促進すること。特に、当分の間の経過措置となっている企業規模要件については、できる限り早期の撤廃に向け、速やかに検討を開始すること。」とされた(参院厚労委でも同旨の附帯決議)。

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3.個人事業所の適用業種の見直し

 令和2(2020)年改正においては、短時間労働者への適用拡大に加え、個人事業所の適用業種の見直しも行われた。
 被用者保険では、法人の事業所であれば従業員等が1名以上いれば適用事業所となるが、個人事業所の場合、法定16業種に該当する常時5人以上の従業員を使用する事業所に限って強制適用としており、この16業種は、1953年以来、一度も見直されてこなかった。[7]
 この適用業種の取扱いについては、本来、被用者には、事業形態、業種、従業員数などにかかわらず、被用者にふさわしい保障を確保するべきだが、令和2(2020)年改正においては、5人以上の個人事業所のうち、弁護士・税理士・社会保険労務士等の法律・会計事務を取り扱う士業について、他の業種と比べても個人事業所の割合が著しく高いこと、社会保険の事務能力等の面からの支障はないと考えられることなどから、適用業種に追加されることとなった(2022年10月施行)。
 個人事業所についての残る非適用業種には、農林水産業、宿泊業、飲食サービス業、生活関連サービスの一部などがある。今後は、被用者には被用者保険を適用するとの考え方に立ち、個人事業所に係る適用業種の見直しも含めた更なる適用拡大に向け、令和2(2020)年改正法の国会附帯決議等に沿って検討を進めることとなる。
 なお、この令和2(2020)年改正による士業の適用業種への追加により新たに被用者保険に適用される層は、法案提出時には約5万人と推計されている。
 
被用者保険が適用される個人事業所の非適用業種の見直し

被用者保険の強制適用事業所の変遷
 
[7] 強制適用の対象以外の事業所も、任意で適用することができるが、その数は2021年時点で約10万事業所にとどまっている。

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4.適用拡大の具体的な効果、影響

 被用者保険の適用拡大の意義については、前記1で示したとおり、①被用者にふさわしい保障の実現、②働き方や雇用の選択を歪めない制度の構築、③社会保障の機能強化の3点に集約されるが、以下それぞれの項目について、具体的な効果、影響を説明する。
 
(1)被用者にふさわしい保障の実現
 これまで国民年金に加入していた人(第1号・第3号被保険者)が厚生年金に移行することにより、年金における老齢・障害・遺族の三つの保障それぞれが充実する。基礎年金に加えて報酬比例の上乗せ給付が支給されることに加え、障害厚生年金は、障害等級3級や障害手当金も用意されており、障害基礎年金に該当する状態よりも軽度な障害でも保障されることになる。
 医療保険においても、国民健康保険から健康保険に移ることで、業務災害以外での傷病等による休業期間中に賃金の3分の2を支給する傷病手当金や、産休期間中の出産手当金も支給される。
 他方、保険料の納付については、社会保険料の半分は事業主が負担するので、賃金(標準報酬月額)が低い場合には、保険料の自己負担が下がるケースも生ずる。
 例えば、月額賃金8.8万円で国民健康保険・国民年金に加入している人(第1号被保険者)の場合、毎月およそ19,100円の保険料を自身で納付する必要があるが、被用者保険の被保険者であれば、半分は事業主が負担するため、本人負担は月額およそ12,500円になるほか、報酬比例の給付が保障されることになる[8]
 
個人の受益と負担

被用者保険の適用拡大のメリット

(2)働き方や雇用の選択を歪めない制度の構築
 前述したように、労働者の働き方や企業による雇い方の選択において、社会保険制度における取扱いによってその選択が歪められたり、不公平が生じたりすることがないようにすることは重要である。
 特に、被扶養認定基準(年収130万円)が適用されている国民年金第3号被保険者は、収入が増えて認定基準を超え国民年金第1号被保険者となると、保険料を新たに負担することとなるにもかかわらず、給付は増えない。これは、いわゆる「130万円の壁」と呼ばれ、特に第3号被保険者の大部分を占める既婚女性に対して、働くインセンティブを損なわせ、就業調整をする人を生じさせているとの指摘がある。
 これに対し、短時間労働者への被用者保険の適用拡大により拡大された週労働時間要件(20時間以上)や賃金要件(年額106万円相当以上)の下では、一般的な賃金水準の下で労働時間を増やしていくと、被扶養認定基準(年収130万円)から外れるより先に被用者保険が適用されることになる。また、保険料を負担することになっても、その分給付が増えることから、「106万円」や「20時間」は「壁」ではない。このように、被用者保険の適用拡大は「130万円の壁」を消失させる効果がある。
 適用拡大により被用者保険に加入した場合、保険料は労使折半での負担となる上、報酬比例の給付を受けられるようになるため、就業調整を行うよりも労働時間を延ばす誘因が大きくなる。実際に、2016年の短時間労働者の適用拡大に際して働き方を変えた人のうち、労働時間を短くした人より延ばした人の方が、第3号被保険者でも多かったとの調査結果が出ている。[9]
 被用者保険の適用拡大を通じて雇用や働き方に中立的な制度が実現すれば、130万円の被扶養者基準を気にせず自らの希望する働き方ができるようになるほか、企業運営に必要な人材が確保されやすくなることで、事業主側にも大きなメリットが期待される。

個人の働き方と社会保険の適用区分
 
適用拡大の労働者への影響について

(3)社会保障の機能強化
 社会保険料(厚生年金・健康保険料)の納付義務は事業主に課せられており、本人負担分は賃金等からの源泉徴収となるため、適用拡大によって厚生年金の適用対象となった人は、未納がなくなり、確実に将来の保障に結びつけられる[10]。さらに、基礎年金に加え、報酬比例給付による保障を受けられるようになり、無年金・低年金を防ぐことができる。
 また、これまでの財政検証の試算でも示されているように、被用者保険の適用拡大は、現在被用者でありながら国民年金に加入している人が厚生年金の被保険者となることで、国民年金財政を改善させる。国民年金財政の改善は、マクロ経済スライドによる調整終了後の所得代替率の改善や基礎年金水準の確保につながるものであり、年金制度における所得再分配機能の強化にもつながる。[11]
 なお、令和2(2020)年改正当時には、企業規模要件の見直しにより新たに被用者保険に適用される人を65万人と試算しており、その場合、2019年財政検証のケースⅢを基に機械的に計算すると、モデル世帯における所得代替率はおよそ0.3%改善すると見込まれる。
 
 
[8] 国民健康保険や健康保険における保険料は保険者によって保険料が異なるため、ここでは全国平均値を用いて試算している。
[9] 労働政策研究・研修機構(JILPT)「社会保険の適用拡大に伴う働き方の変化等に関する調査」(2018)
[10] 国民年金の場合、徴収時効(2年)までに保険料を納めないと、その期間は「保険料未納期間」として扱われ、年金を受けられるための受給資格期間(10年)にも算入されず、年金額にも反映されない。
[11] 年金の給付水準は、平成16(2004)年改正年金財政フレームに基づき、年金財政の均衡が図られるまでの間、将来に向けて給付水準が自動的に調整される(マクロ経済スライド)。国民年金財政が改善されれば、給付水準調整の終了時期が早まり、基礎年金水準の確保等につながる。

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5.適用拡大の対象と事業主負担への影響

 令和2(2020)年改正による短時間労働者への適用拡大は、従業員数50人超の企業を対象にするものである。ここでいう「従業員数」は、適用拡大前の通常の被保険者の人数を指す。つまり、フルタイムの労働者と週労働時間が通常の労働者の4分の3以上の短時間労働者の総数であり、それ未満の短時間労働者は算定に含まない。また、従業員数のカウントは法人なら同一の法人番号を有する全事業所単位、個人事業主なら個々の事業所単位で行う。さらに、賃金や労働時間の要件は、実績値ではなく、雇用契約上の所定賃金・所定労働時間によって判断するものであり、残業代や臨時に生じた賞与等の賃金を含まない。

被扶養者にとっての被扶養認定基準(130万円)と被用者保険適用規準(106万円)

 既に適用拡大の対象となった従業員500人超企業において、適用拡大に伴う影響がどの程度生じているか、一般被保険者に対する短時間被保険者の規模感を比較すると、人数ベースでは業種ごとに大きな開きがあり、中でも「飲食店」で7.1%、「飲食料品小売店」で6.7%となっているが、実際の保険料の事業主負担の増加につながる標準報酬総額ベースで見ると、上記業種においても短時間被保険者の規模はそれぞれ3.5%、2.9%にとどまっている。さらに、実際の事業主負担の増加は、これに事業主負担分の保険料率約14.2%(厚生年金+健康保険)を乗じたものになる。
 また、企業がこれらの短時間労働者を雇用する場合、適用拡大に伴って発生する1人あたりの追加コストについては、一定の前提を置いて試算すると、約24.5万円/年(40~65歳の人の場合+約1.5万円)となる。しかしながら、企業はこれらの労働者に対し、適用拡大の如何を問わず、労働の対価として賃金を支払うほか、福利厚生費や教育訓練費等の人件費を負担している。これに加え、一般労働者として被用者保険に既に適用されている人や引き続き被用者保険が適用されない20時間未満や学生の人も含めた全体的な人件費コストの中で見れば、適用拡大に伴い発生する追加コストはその一部にとどまる。
 こうした追加コストが発生する一方で、これまでも述べたとおり、被用者保険の適用拡大を通じて雇用や働き方に中立的な制度が実現すれば、希望する人が労働時間を延ばす効果が期待されるほか、労働条件の改善を通じて企業運営に必要な人材が確保されやすくなるといったメリットが期待される。

適用拡大に伴う負担増加割合
個々の企業における追加的な保険料負担のイメージ

被用者保険の適用拡大のメリット

 

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(参考)

 令和2(2020)年改正による適用拡大については、企業規模要件100人超規模への拡大が2022年10月に行われることとなった。円滑な施行を図るためには、適用拡大の意義について事業者や対象となる従業員への周知が欠かせない。
 このため、厚生労働省のホームページにおいて「社会保険適用拡大特設サイト」を設け、適用拡大の概要や意義を説明したチラシ、ガイドブック及び動画を用意するとともに、事業主が手軽に社会保険料を試算できるよう、社会保険料かんたんシミュレーターを設置している。
 ガイドブックでは、年間給与と保険料の目安、保険料や加入期間と年金額の目安を一覧にした表を示している。
 また、日本年金機構の年金事務所を通じて社会保険労務士などの専門家を無料で企業や団体に派遣する「専門家活用支援事業」など、事業主向けの各種の支援策を実施している。
 施行日に向けて、対象の事業主には、日本年金機構から直接、具体的なお知らせを送付している。引き続き、2022年の適用拡大の円滑な施行と、2024年に予定されている更なる適用拡大に向けた理解促進に取り組むこととしている。
 なお、2022年4月から、スマートフォンやPCで利用できる「公的年金シミュレーター」を厚生労働省のホームページ上で開設している。「ねんきん定期便」のデータを二次元コードで読み取って、入力の手間を減らす機能も搭載されている。このシミュレーターを用いることにより、収入と就労年数を増やすと年金額にどのように反映されるか、グラフで視覚的に確認することができる。
 

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【参考文献等】

・ 社会保険適用拡大特設サイト(厚労省HP)
https://www.mhlw.go.jp/tekiyoukakudai/index.html
 

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