年金[年金制度の仕組みと考え方]
第7 マクロ経済スライドによる給付水準調整期間

 平成16(2004)年改正では、国民年金及び厚生年金の年金財政の枠組みにおいて、自動的に給付と負担のバランスを図る仕組みとして、マクロ経済スライドが導入された。
 既に「第6 平成16年改正年金財政フレームと財政検証」で見たように、マクロ経済スライドによる給付水準の調整は、基礎年金と報酬比例それぞれに適用されるが、両者の間で、調整が終了するまでの期間は必ずしも一致しない。
 例えば、令和6年財政検証では、成長型経済移行・継続ケースにおいて、報酬比例部分のマクロ経済スライドによる調整は2025年度以降不要となる一方、基礎年金は2037年度まで調整が続き、基礎年金のみの調整が13年間続く見通しとなっている。過去30年投影ケースにおいても、報酬比例部分のマクロ経済スライドによる調整は2026年度に終了する一方、基礎年金は2057年度まで調整が続き、基礎年金のみの調整が31年間続く見通しとなっている。
 こうした基礎年金の調整期間の長期化は、前回の財政検証においても確認されていた結果であり、引き続き基礎年金の水準低下が課題となっている。

1.基礎年金と報酬比例の調整期間が異なる要因

(1)国民年金と厚生年金のそれぞれの財政均衡を図る仕組み
 マクロ経済スライドによる給付水準調整は、財政単位の異なる国民年金と厚生年金の双方において、それぞれ財政が均衡するまで行う必要がある。
 国民年金については、支出の大部分が基礎年金拠出金であるため、基礎年金の給付水準調整により財政の均衡を図る必要がある。このため、給付水準調整は、
 ① 国民年金の長期的な財政が均衡するように、基礎年金の給付水準調整期間を決定し、
 ② ①で決定した基礎年金部分の給付水準を踏まえて、厚生年金の財政が均衡するように報酬比例部分の給付水準調整期間を決定する
という2つのステップに分かれる。
 したがって、1階部分の基礎年金と2階部分の報酬比例で給付水準の調整期間は必ずしも一致しない。



 現在の財政フレームが導入された平成16(2004)年改正当時においては、当時の社会、経済の将来見通しの下で、基礎年金と報酬比例の調整期間は一致する見通しとなっていた。しかし、その後の社会、経済状況の変化を受け、厚生年金と国民年金の財政状況は異なることとなり、基礎年金と報酬比例の調整期間が異なることとなった。
 
(2)基礎年金拠出金の仕組みに伴う影響
 基礎年金と報酬比例の調整期間が異なる要因は、基礎年金拠出金の仕組みにもある。厚生年金、国民年金に共通の基礎年金の給付費は、毎年度、国民年金勘定と厚生年金勘定から人数割で基礎年金拠出金を拠出して賄っているが、この基礎年金拠出金に必要な費用は、国民年金、厚生年金それぞれの保険料収入のほかに、それぞれの積立金を活用して賄う。
 このため、財政力が相対的に弱い国民年金勘定の積立金が不足すると、国民年金の財政を均衡させるため基礎年金の調整が長期化する。すると、国民年金勘定の基礎年金拠出金の低下とともに、厚生年金勘定の基礎年金拠出金も低下することとなる。その結果、厚生年金勘定は1階の基礎年金に充てる財源が減少するので、2階の報酬比例に充てる財源が相対的に増加し、逆に、報酬比例の調整期間は短縮することとなる。



(3)社会、経済の変動の影響
① デフレによるマクロ経済スライド等の発動の遅れ
 平成16(2004)年の改正においてマクロ経済スライドによる給付水準調整が導入されたが、その後の経済状況は、デフレ経済が続き、物価が上昇しないだけでなく、賃金が物価よりさらに低下し、実質賃金の伸びがマイナスとなる状況が生じていた。このため、賃金や物価が上昇した場合に年金の伸びを抑制するマクロ経済スライド調整は2015年度まで完全には発動しなかった。
 その上、このような経済状況において、賃金スライドを基本とする新規裁定年金(67歳に達する日の属する年度までの年金)と物価スライドを基本とする既裁定年金(68歳に達する日の属する年度以降の年金。以下同じ。)の年金改定率が同一のものとなり、既裁定年金の伸びを賃金の伸びより抑制する効果も発動しなかった。
 公的年金の保険料収入は賃金上昇に伴い増加する仕組みであるため、マクロ経済スライドや既裁定年金の物価スライドにより年金改定率が賃金よりも抑えられると財政状況は改善する。これまでの財政検証においては、これらの効果を一定程度見込んでいたが、その効果の発揮は不十分なものであった。この結果、マクロ経済スライド調整期間を長期化させる要因となっているが、これは、国民年金の財政と厚生年金の財政に等しくマイナスの影響を及ぼしている。
 
② デフレによる基礎年金の足下の所得代替率の上昇(基礎年金と報酬比例の年金額算定式の違い)
 実質賃金上昇がマイナスという経済状況は、国民年金の財政に対してさらにマイナスの影響を与えることとなった。平成16(2004)年改正の年金額改定ルールは、名目賃金の伸びがマイナスであって、かつ、物価>賃金の場合は、年金額は賃金ではなく物価で改定(物価がプラスの場合はゼロ改定)することとされていた。



 この改定ルールの下で、上記のような経済状況となると、保険料収入は賃金の低下に応じて低下するが、定額の基礎年金は賃金ほど低下せず、足下の所得代替率が上昇する。この結果、年金財政に悪影響を与える。一方、賃金を基礎に算定される報酬比例は、賃金が下がった見合いで将来の給付額も自動的に低下する。このため、改定ルールによる財政影響を中期的に吸収することができる。また、足下での所得代替率の上昇も生じない。
 このため、デフレ経済の悪影響は、基礎年金拠出金が支出の大部分を占める国民年金の財政をより悪化させ、基礎年金の調整期間が長期化し、将来の基礎年金の所得代替率を低下させることとなった。
 なお、平成28(2016)年改正法により、賃金がマイナスであって、かつ、物価>賃金の場合は、年金額は物価ではなく賃金で改定するように見直されており、今後は上記のような作用は生じないようになっている。
 
③ 女性や高齢者の労働参加の進展による影響(被保険者の構成の変化)
 2004年以降の公的年金の被保険者数の動向をみると、女性や高齢者の労働参加の進展に伴い、国民年金の第2号被保険者が増加し、第1号被保険者と第3号被保険者が減少している。平成16年財政再計算においても一定の労働参加の進展は見込んでいたものの、現実は、当時の想定を大きく上回って進展し、2020年度の厚生年金の被保険者数[1]でみると、平成16年財政再計算における見通しが3,460万人であったのに対し、実際には4,530万人となっており、当時の見通しを1,000万人以上(30%以上)上回っている。この被保険者数の変化のうち、第3号被保険者の減少と厚生年金被保険者の増加は、国民年金の財政には影響を及ぼさず、専ら厚生年金の財政を改善させるものであり、報酬比例の所得代替率の上昇に寄与している。一方、第1号被保険者の減少は、被保険者1人当たりの積立金を増加させる効果を有することから、国民年金の財政を改善させ基礎年金の所得代替率を向上させる要因となっているが、①や②で述べた影響を含めて考えると、国民年金の財政状況は悪化しており、基礎年金の給付水準調整期間は長期化し、所得代替率が大きく低下する見通しとなっている。
 

[1] 共済組合の被保険者数を含む。

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2.オプション試算(被用者保険の更なる適用拡大、基礎年金の拠出期間延長・給付増額、マクロ経済スライドの調整期間の一致)

 財政検証では、現行制度に基づく試算に加え、一定の制度改正を仮定したオプション試算を実施している。ここでは、令和6年財政検証で実施したオプション試算のうち、将来の基礎年金の水準確保にプラスの効果があることが確認されている「被用者保険の更なる適用拡大」、「基礎年金の拠出期間延長・給付増額」、「マクロ経済スライドの調整期間の一致」の3つのオプション試算の結果についてみていく。
 
(1)被用者保険の更なる適用拡大
 被用者保険については、これまで、平成28(2016)年10月((ⅰ)週労働時間20時間以上、(ⅱ)月額賃金8.8万円以上、(ⅲ)勤務期間1年以上見込み、(ⅳ)学生以外、(ⅴ)従業員501人以上の企業等、の要件を満たす短時間労働者が適用対象)、平成29(2017)年4月(従業員500人以下の企業について、労使合意に基づき、企業単位で短時間労働者への適用拡大を可能とする(国、地方公共団体は規模に関わらず適用))と、短時間労働者を対象とした適用拡大を実施してきており、さらに令和2年年金改正法の施行に伴い、2022年10月に短時間労働者に対する勤務期間要件を撤廃するとともに従業員101人以上の企業等で働く短時間労働者への適用拡大、更に2024年10月に従業員51人以上の企業等で働く短時間労働者への適用拡大を順次行ってきた。
 本オプション試算では、2027年10月から、
① 被用者保険の適用対象となる企業規模要件の廃止と5人以上個人事業所の非適用業種の解消を行う場合(対象者約90万人)
② ①に加え、短時間労働者の賃金要件の撤廃又は最低賃金の引上げにより同等の効果が得られる場合(対象者約200万人)
③ ②に加え、5人未満の個人事業所も適用事業所とする場合(対象者約270万人)
④ 所定労働時間が週10時間以上の全ての被用者を適用する場合(対象者約860万人)の4通りの試算を行っている。





 試算結果については、現行の仕組みと比べて、適用拡大①の場合、所得代替率が0.9%~1.0%改善、適用拡大②の場合、所得代替率が1.4%~1.7%改善、適用拡大③の場合、所得代替率が2.7%~3.1%改善、適用拡大④の場合、所得代替率が3.6%~5.9%改善する結果となっており、スライド調整終了年度を見ると、適用拡大の対象者の増加と共に、基礎年金の調整終了年度は短縮されている。特に適用拡大④の場合、13年~19年と大幅に短縮されている。内訳を見ると、基礎年金部分が改善し、報酬比例部分は横ばいか若干の低下となっていることが確認できる。
 基礎年金部分の改善については、国民年金の財政が改善するためであるが、これは、適用拡大により、短時間労働者等の第1号被保険者が厚生年金の適用を受けることに伴い第1号被保険者数が減少することで、第1号被保険者1人当たりの国民年金の積立金が増加し、給付水準を下支えする積立金効果が大きくなったことによるものである。
 一方、報酬比例部分については、基礎年金の給付水準が上昇すると18.3%に固定された厚生年金の保険料のうち基礎年金に充てる分が大きくなり、報酬比例部分に充てる財源が減ることから、報酬比例部分の給付水準は低下する。
 
(2)基礎年金の拠出期間延長・給付増額の試算結果
 国民年金制度が昭和36(1961)年に創設された時に加入年齢は20歳から60歳までと定められ、その後60年以上変更されていない。この間、平均寿命の延伸や60代前半の就業率の上昇など、社会経済状況は大きく変化している。健康寿命の延伸や高齢者の就労進展等を踏まえると、基礎年金の拠出期間延長は、基礎年金の給付水準の向上を確保するために自然かつ有効な方策であると考えられることから、基礎年金の保険料拠出期間を現行の40年(20~59歳)から45年(20~64歳)に延長し、拠出期間が伸びた分に合わせて基礎年金を増額する仕組みとした場合の試算を行っている。



 試算結果について、所得代替率はいずれのケースでも約7%ポイント程度上昇し、給付水準が大幅に改善する結果となっているが、これは、保険料の拠出期間が40年から45年に延長され、モデル年金額が45/40倍となったことに伴い、給付水準も概ね45/40倍となったものである。保険料の拠出期間が40年間から45年間に伸びるため、その分給付水準も上昇することとなるが、保険料収入増の影響と将来の給付増の影響というプラスの要素とマイナスの要素の双方があることから、給付調整終了年度に大きな変化はなく、給付水準を40年分でみるとそれほど大きな違いはない結果となっている。


 
 なお、2024年の財政検証においては、2019年の検証と比べて所得代替率が改善したことや、追加的な保険料負担が発生すること等を踏まえ、2024年末にとりまとめた社会保障審議会年金部会の議論の整理では、「引き続き、議論を行うべき」とされ、2025年通常国会における令和7(2025)年改正法では対応が見送られた。
 その上で、令和7(2025)年改正法には、基礎年金の拠出期間延長についての検討規定も盛り込まれており、引き続き、高齢者の就業の実態等を踏まえ検討していく。

(3)マクロ経済スライドの調整期間の一致
 マクロ経済スライドの調整期間の一致とは、長期化した基礎年金の調整期間を短くし、短くなっている報酬比例の調整期間を長くして、調整期間を一致させるものである。現行の仕組みでは、基礎年金の調整期間は財政力の弱い国民年金の財政均衡により決定するが、一致させた場合は、厚生年金と合わせた公的年金全体の財政均衡により決定することになる。



 試算結果については、現行の仕組みと比べて、所得代替率は3.6%~5.8%ポイント程度上昇し、給付水準が大幅に改善する結果となっているが、特に過去30年投影ケースでみると、マクロ経済スライドの終了は2057年度から2036年度に21年間短縮し、調整終了後の所得代替率は現行の50.4%から56.2%となっている。内訳をみると、報酬比例部分の所得代替率は現行制度より2.0%ポイント低下するものの、基礎年金の所得代替率は7.7%ポイント上昇し、全体として大幅に上昇している。これは、基礎年金の2分の1が国庫負担で賄われており、報酬比例部分の給付水準の低下以上に、基礎年金の給付水準の上昇幅の方が大きいためである。
 
 

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3.将来の基礎年金の給付水準の底上げ等

  令和7(2025)年改正法の衆議院における審議では、自由民主党・公明党・立憲民主党の三党提案の修正により、以下の規定が盛り込まれた。
 
① 政府は、今後の社会経済情勢の変化を見極め、次期財政検証において基礎年金と厚生年金の調整期間の見通しに著しい差異があり、公的年金制度の所得再分配機能の低下により基礎年金の給付水準の低下が見込まれる場合には、基礎年金又は厚生年金の受給権者の将来における基礎年金の給付水準の向上を図るため、基礎年金と厚生年金のマクロ経済スライドによる調整を同時に終了させるために必要な法制上の措置を講ずるものとする。この場合において、給付と負担の均衡がとれた持続可能な公的年金制度の確立について検討を行うものとする。

② ①の措置を講ずる場合において、基礎年金の額及び厚生年金の額の合計額が、当該措置を講じなかった場合に支給されることとなる基礎年金の額及び厚生年金の額の合計額を下回るときは、その影響を緩和するために必要な法制上の措置その他の措置を講ずるものとする。
 
 この修正は、今後の社会経済情勢を見極めた上で、基礎年金の給付水準の低下が見込まれる場合に基礎年金のマクロ経済スライドを早期に終了させるものであり、将来の幅広い世代の基礎年金の給付水準の確保を可能とするものとなっている。
 今後は次期財政検証の結果を踏まえながら、実施の要否や財源の確保について検討を行っていく必要がある。
 また、適用拡大や基礎年金の拠出期間延長・給付増額についても、令和7(2025)年改正法の附則において以下のとおり検討規定が設けられている。
 
(検討等)
第二条 (略)
2 政府は、この法律による改正後のそれぞれの法律の施行の状況、この法律の公布の日以後初めて作成される国民年金法第四条の三第一項に規定する財政の現況及び見通し、厚生年金保険法第二条の四第一項に規定する財政の現況及び見通し等を踏まえ、国民健康保険制度の在り方等に留意しながら、厚生年金保険及び健康保険の適用範囲について引き続き検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。
3 政府は、高齢者の就業の実態等を踏まえ、将来の基礎年金の給付水準の向上等を図るため、所要の費用を賄うための安定した財源を確保するための方策も含め、国民年金法第七条第一項第一号に規定する第一号被保険者の被保険者期間を延長することについて検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。
4 (略)
 

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【参考文献等】

・ 「令和6(2024)年財政検証結果レポート」
 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/nenkin/nenkin/zaisei-kensyo/R6suuri_report.html
 

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