国際保健規則(IHR)(2005年)の改正の検討状況について
令和6年10月10日 最終更新
経緯
世界保健機関(WHO)は、疾病の国際的伝播を最大限防止することを目的とした国際保健規則(IHR)(2005年)(注1)を定めています。このIHRでは、地域・国家レベルの、国境における日常の衛生管理及び緊急事態発生時の対応に関して最低限備えておくべき事項 (通称:「コアキャパシティ」)が規定されています。このコアキャパシティを十分に満たしていると評価されていた先進国であっても、新型コロナウイルス感染症の流行下では、甚大な影響を受けました。
こうした各国の新型コロナウイルス感染症対応の教訓を踏まえ、2020年から2021年にかけて、パンデミックへの備えと対応に関する独立パネル(IPPPR)・IHR検証委員会・独立監視諮問委員会(IOAC)が、WHOの強化を含め、世界の健康危機への備えと対応能力の構築・強化に関して議論を行いました。各委員会の報告を踏まえ、WHO加盟国は、2021年の第74回WHO総会で、WHOの強化に関するWHO加盟国作業部会(WGPR)(注2)を設置し、同作業部会での議論の結果、2021年12月にはパンデミックの予防、備え及び対応(PPR)に関するWHOの新たな法的文書(WHO CA+、いわゆる「パンデミック条約」)(注3)の作成に向けた交渉を行うことが決定され(注4)、さらに2022年1月には現在のIHR(2005年)を改正するための議論を行うことが決定されました(注5)。その後、2022年5月の第75回WHO総会において、加盟国は、IHR改正に関するWHO加盟国作業部会(WGIHR)(注6)として、WGPRに新たな役割を与えた上で継続することを決定するとともに(注7)、IHR改正の効力発生までの期間をWHO事務局長による通報後24か月から同12か月に短縮する第59条等の改正案を採択しました(注8)。以降、IHR改正に関する議論は、WGIHRで行われました。
WHO CA+作成とIHR改正に向けた作業は、2024年5月の第77回WHO総会での提出及び採択を目指して、同時並行で進められました。これら2つの文書による枠組みが相互に補完し合うことで、世界の公衆衛生のより良い協調が実現されることが期待されます。
(注1)IHR (2005):International Health Regulations
(注2)WGPR: Working Group on strengthening WHO preparedness and response to health emergencies(WHO HP)(英語)
(注3)WHO CA+:WHO convention, agreement or other international instrument on pandemic prevention, preparedness and response (PPR)
(注4)パンデミックの予防、備え及び対応(PPR)に関するWHOの新たな法的文書(いわゆる「パンデミック条約」)の交渉(外務省HP)
(注5)WHO執行理事会決定EB150(3)(WHO HP)(英語)
(注6)WGIHR: Working Group on Amendments to the International Health Regulations (2005)
(注7)WHO総会決定WHA75(9)(WHO HP)(英語)
(注8)WHO総会決議WHA75.12(WHO HP)(英語)
第59条等仮訳 (PDF)[1.5MB]
第77回WHO総会におけるIHR改正案の採択
2022年5月の第75回WHO総会において、WHO加盟国は、WGPRをWGIHRとして、新たな役割を与えた上で継続させ、同作業部会に対して加盟国が改正案を提出することを決定しました。加盟国は、(1)全面改正は行わないこと、(2)改正を通じて新型コロナウイルス感染症対応で特定された、公平性を含む課題やギャップに対処すること、(3)公平な方法で疾病の国際的なまん延から世界中のすべての人々を守ること、という共通の認識のもと、2022年11月以降、日本を含む複数の加盟国から提案された306の改正箇所(注9)について議論を行いました(注10)。第8回WGIHRでは、過去7回の会合の議論の結果を踏まえて作成された改正案(注11)を基に交渉が行われ、交渉は、2024年5月の第77回WHO総会まで継続されました。
これまでのWGIHRの開催実績は以下のとおりです。
・第1回:2022年11月14日~15日
・第2回:2023年2月20日~24日
・第3回:2023年4月17日~20日
・第4回:2023年7月24日~28日
・第5回:2023年10月2日~6日
・第6回:2023年12月7日~8日
・第7回:2024年2月5日~9日
・第8回:2024年4月22日~26日、5月16日~18日
・フォローアップ会合:2024年5月23日~24日
WGIHRは、加盟国間で意見が一致した改正案一式を第77回WHO総会に提出する予定でしたが、一部の改正案については同総会までの意見の一致が困難であったため、意見の一致が得られた改正案と、意見の一致が得られなかった改正案の両方が記載された文書をWGIHRの議論の成果として同総会に報告しました(注12)。
第77回WHO総会において、全WHO加盟国は、総会期間中にIHR改正案を採択することを目標に、IHR改正案の議論を継続するための起草グループを設置し、そこでの交渉の結果、第77回WHO総会最終日の6月1日にIHR改正案一式がコンセンサスで採択されました(注13、注14)。今回の改正内容は、今後各国において検討され、その実施に向けた国内調整が行われます。改正されたIHRは、拒否又は留保(注15)を表明した国を除くすべての加盟国に対して、改正の採択に関するWHO事務局長による通報の日から12か月後に効力が生じることになります。今回の場合、2024年9月19日付で、上記加盟国宛ての通報があったことから、この通報の日付から12か月後となる2025年9月19日に発効することとなります。また、改正に対する留保・拒否の意思表明の期限は、通報の日付から10か月後にあたる2025年7月19日となります。
(注9)Proposed Amendments to the International Health Regulations (2005) submitted in accordance with decision WHA75(9)(2022)(WHO HP)(英語)
(注10)WHO | Working Group on Amendments to the International Health Regulations (2005)(WHO HP)(英語)
(注11)Proposed Bureau’s text for the eighth meeting of the Working Group on Amendments to the International health Regulations (2005)(WHO HP)(英語)
(注12)WHO総会事務局文書WHA77/9 (WHO HP)(英語)
(注13)WHO総会決議WHA77.17[852KB]及びIHR(2005年)改正案一式WHA77/A/CONF./14(英語)[896KB]
(注14)改正仮訳準備中
(注15)IHRの改正に対する拒否又は留保のための期間は、改正の採択に関するWHO事務局長による通報後10か月と規定されています。(詳細は注8参照)
第77回WHO総会におけるIHR改正(注13)の主な内容
1.「パンデミック緊急事態」の定義を新たに規定
従来の「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」(PHEIC)(注17)の定義に加えて、「(1)地理的広範囲に感染が拡大し、(2)国内の保健システムの対応能力を超える又は超える高いリスクがあり、(3)国際交通・貿易を含む実質的な社会経済的破綻が起こりえる場合であり、かつ (4)政府及び社会全体のアプローチを通したより強固な国際的協働が求められる状況」を「パンデミック緊急事態」とすることが新たに規定されました。
PHEICを決定する従来の手続に加えて、検証している事象が「パンデミック緊急事態」にも該当するか否かについて、専門家の意見等を踏まえて事務局長により判断されます。該当する場合、従来のPHEICと同様に、法的拘束力のない勧告が発出されます。
2.「IHR実施のための委員会」の設置
健康危機への予防、備え及び対応のためには、コアキャパシティを満たすことも含め、参加国がIHRの義務を果たし、確実に実施していくことが重要です。これに関する課題を参加国同士で共有し、解決に向けて議論を行う「IHR実施のための委員会」が設置されることが規定されました。
3.その他
新型コロナウイルス感染症対応の教訓を踏まえ、公平性がIHRの原則に新たに加わり、「パンデミック緊急事態」を含むPHEIC発生時には、医薬品等へのアクセスを促進するための協力を強化する内容が新たに盛り込まれました。
上記の改正事項を含め、今回のIHRの改正を通じて、国際交通及び取引に対する不要な阻害を回避しつつ、疾病の国際的伝播を最大限防止するというその目的がより効果的に達成されることが期待されます。
(注16)Public Health Emergency of International Concern (PHEIC): 国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態
【参考資料】国際保健規則(IHR)(2005)の改正について[878KB]