国際保健規則(IHR)(2005)の改正について
令和7年6月19日 最終更新
経緯
世界保健機関(WHO)は、疾病の国際的なまん延を最大限予防することを目的とした国際保健規則(IHR)(2005)を定めています。このIHRでは、地域社会及び国等のレベルにおいての、入域地点における日常の衛生管理及び緊急事態発生時の対応に関して最低限備えておくべき事項 (通称:中核的能力(コアキャパシティ))が規定されています。この中核的能力(コアキャパシティ)を十分に満たしていると評価されていた先進国であっても、新型コロナウイルス感染症の流行下では、甚大な影響を受けました。
こうした各国の新型コロナウイルス感染症対応の教訓を踏まえ、WHOの委員会等で議論が行われ、WHOの強化に関するWHO加盟国作業部会(WGPR)(注1)において、2021年12月にパンデミックの予防、備え及び対応(PPR)に関するWHOの新たな法的文書(WHO CA+)(注2)の作成に向けた交渉を行うことが決定され(注3)、さらに2022年1月にはIHR(2005)を改正するための議論を行うことが決定されました(注4)。
WHO CA+作成とIHR改正作業の交渉は、同時並行的に進められ、2024年5月の第77回WHO総会にて改正IHRが、2025年5月の第78回WHO総会にてWHO CA+としての「WHOパンデミック協定」(仮称)が、それぞれコンセンサスにて採択されました。これら2つの文書による枠組みが相互に補完し合うことで、世界の公衆衛生のより良い協調が実現されることが期待されます。
(注1)WGPR: Working Group on strengthening WHO preparedness and response to health emergencies (WHO HP) (英語)
(注2)WHO CA+:WHO convention, agreement or other international instrument on pandemic prevention, preparedness and response (PPR)
(注3)WHOパンデミック協定(仮称)の交渉(パンデミックの予防、備え及び対応(PPR)に関するWHOの新たな法的文書)(外務省HP)
(注4)WHO執行理事会決定EB150(3)(WHO HP)(英語)
第77回WHO総会におけるIHR改正案の採択
2022年5月の第75回WHO総会において、WHO加盟国は、WGPRをWGIHR(注5)として、新たな役割を与えた上で継続させることとし(注6)、同作業部会に対して加盟国が改正案を提出することを決定しました。加盟国は、(1)全面改正は行わないこと、(2)改正を通じて新型コロナウイルス感染症対応で特定された、衡平性を含む課題やギャップに対処すること、(3)衡平な方法で疾病の国際的なまん延から世界中のすべての人々を守ること、という共通の認識のもと、2022年11月以降、日本を含む複数の加盟国から提案された306の改正箇所(注7)について議論を行いました(注8)。第8回WGIHRでは、過去7回の会合の議論の結果を踏まえて作成された改正案(注9)を基に交渉が行われ、交渉は、2024年5月の第77回WHO総会まで継続されました。
WGIHRの開催実績は以下のとおりです。
・第1回:2022年11月14日~15日
・第2回:2023年2月20日~24日
・第3回:2023年4月17日~20日
・第4回:2023年7月24日~28日
・第5回:2023年10月2日~6日
・第6回:2023年12月7日~8日
・第7回:2024年2月5日~9日
・第8回:2024年4月22日~26日、5月16日~18日
・フォローアップ会合:2024年5月23日~24日
第77回WHO総会最終日の2024年6月1日にIHR改正案一式がコンセンサスで採択されました(注10、注11)。今回の改正内容を踏まえ、各国ではその実施に向けた国内調整が行われます。改正されたIHRは、拒絶又は留保(注12)を表明した国を除く加盟国に対して、改正の採択に関するWHO事務局長による通報の日から12か月後に効力が生じることになります。WHO事務局長による加盟国宛て通報は2024年9月19日付けで、行われたことから、今般の改正は、2025年9月19日に発効することとなります。また、改正に対する拒絶又は留保の意思表明の期限は、通報の日付から10か月後にあたる2025年7月19日となります。
(注5)WGIHR: Working Group on Amendments to the International Health Regulations (2005)
(注6)WHO総会決定WHA75(9)(WHO HP)(英語)
(注7)Proposed Amendments to the International Health Regulations (2005) submitted in accordance with decision WHA75(9)(2022)(WHO HP)(英語)
(注8)WHO | Working Group on Amendments to the International Health Regulations (2005)(WHO HP)(英語)
(注9)Proposed Bureau’s text for the eighth meeting of the Working Group on Amendments to the International health Regulations (2005)(WHO HP)(英語)
(注10)IHR(2005)本編・附属書 正文[825KB](英語)
(注11)改正仮訳について
(注12)IHRの改正に対する拒否又は留保のための期間は、改正の採択に関するWHO事務局長による通報後10か月と規定されています。
第77回WHO総会におけるIHR改正の主な内容
1.「パンデミック緊急事態」の定義を新たに規定
従来の「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」(PHEIC)(注13)のうち、感染症によって引き起こされるものであって、かつ「(1)複数の国への及び複数の国における広範囲にわたる地理的まん延のリスクが高いもの、(2)それらの国の保健制度の対応能力を超えている又は超えるリスクが高いもの、(3)社会的又は経済的に重大な混乱(国際交通及び国際取引の混乱を含む。)を引き起こしている又は引き起こすリスクが高いもの、かつ (4)政府全体及び社会全体のアプローチによる迅速で衡平な、かつ、強化された協調的な国際的行動を必要とするもの」の全てに該当するものを「パンデミック緊急事態」と定義することが新たに規定されました。
PHEICを決定する従来の手続に加えて、検証している事象が「パンデミック緊急事態」にも該当するか否かについて、専門家の意見等を踏まえて事務局長により判断されます。該当する場合、従来のPHEICと同様に、法的拘束力のない勧告が発出されます。
2.「国内IHR当局」の設置
健康危機への予防、備え及び対応のためには、コアキャパシティを満たすことも含め、参加国がIHRの義務を果たし、確実に実施していくことが重要です。これに関する課題を参加国同士で共有し、解決に向けて議論を行う「国内IHR当局」が設置されることが規定されました。
3. その他、新型コロナウイルス感染症対応の教訓を踏まえ、衡平及び連帯がIHRの原則に新たに加わり、「パンデミック緊急事態」を含むPHEIC発生時には、医薬品等へのアクセスを促進するための協力を強化する内容が新たに盛り込まれました。
上記の改正事項を含め、今回のIHRの改正を通じて、国際交通及び取引に対する不要な阻害を回避しつつ、疾病の国際的伝播を最大限防止するというその目的がより効果的に達成されることが期待されます。
(注13)Public Health Emergency of International Concern (PHEIC): 国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態
【参考資料】国際保健規則(IHR)の概要および改正内容について(PDF[871KB])
■IHR(2005年)の改正の検討状況に関するQ&A(一般の方向け)