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良質な睡眠で心と身体を健康に
-日本人は睡眠不足!?-
睡眠は、すべての世代の健康維持・増進に不可欠な休養活動です。不足することで心身の健康に影響を及ぼし、不調だけでなく病気や事故を招く場合も。
しかし、日本人の平均睡眠時間は世界と比較してとても短く、十分な質と量の確保が重要な課題となっています。本企画では、睡眠の重要性とその不足の背景、質・量の確保のためにできること——などについて、睡眠学の世界的権威である柳沢正史先生にお聞きしました。
日本人の睡眠不足は根が深く、こどものころから始まります
柳沢正史さん
筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構 機構長・教授
やなぎさわ・まさし 1960年、東京都生まれ。筑波大学大学院修了、医学博士。米国科学アカデミー正会員。大学院在学中の1988年に血管制御因子エンドセリンを、1998年に睡眠・覚醒を制御するオレキシンを発見。31歳で渡米し、24年間にわたりテキサス大学とハワードヒューズ医学研究所で研究室を主宰。2012年、文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)を設立。2017年、株式会社S'UIMINを起業し、取締役会長を務める。株式会社ポケモンによる睡眠ゲームアプリ『Pokemon Sleep(ポケモンスリープ)』の開発にあたり、睡眠情報に関する監修を担当。
睡眠の重要性を広く普及啓発するため、ガイドを作成し公表しました
岩﨑もにか
厚生労働省 健康・生活衛生局 健康課
睡眠不足は短期的・長期的に影響がある
岩﨑 そもそもなぜ人は眠るのでしょうか。そして、眠っている間に身体のなかではどういったことが行われているのでしょう。
柳沢 ショートアンサーとしては「よくわかっていない」です。
睡眠の基礎科学のセントラルクエスチョンの一つで「そもそもなぜ人は眠るのか」とギリシャ時代から学者が問うてきたらしいですが、2000年以上かかってもまだ納得できる回答が得られていません。
人に限らずすべての動物は「眠る」ということが知られていますが、いわゆる睡眠中というのは意識が薄れた状態であり、動物で言えば外界の状況に対して非常に鈍い状態になるので、どう贔屓目に見ても危険な行動であると言わざるを得ません。どうしてこうした機能がすべての動物に備わっているのか、それは今もよくわかっていないのです。
コンピューターにたとえればオフラインメンテナンスのようなことが必要で、眠っている間に私たちにも何らかのメンテナンスが行われているのでしょうが、具体的なところはよくわかっていません。
岩﨑 眠らないことは心身にどういった影響があるのでしょうか。
柳沢 眠っている間にどのようなメンテナンスが行われているか明快な答えがないと言いましたが、眠らないとどんな問題が起こるかについては詳しく研究されています。
まず、短期的には明らかに脳と身体のパフォーマンスが落ちていきます。一晩徹夜すると、血中アルコール濃度0.1%になったくらいの状態、完全に酔っぱらった状態のパフォーマンスになるということが知られています。また、個人差がありますが、完徹ではなくても1日4時間しか眠らない状態を5~6日続けると完徹と同じくらいまでパフォーマンスが落ちてしまう場合があることも明らかになっています。
世界では睡眠不足に伴って運動のパフォーマンスもどんどん落ちていくことも言われています。
これらを社会的なレベルで言うと、単位時間にできるような作業の質も量も落ちるしミスも増える、感情のコントロールもできなくなり、イライラしたり、くよくよしたりして人間関係も悪くなります。
岩﨑 長期的にみた場合はいかがでしょう。
柳沢 長期的な睡眠不足を「睡眠負債」とよく言いますが、睡眠の借金が溜まってくると、身体的な病気のリスクが上がっていくことが知られています。一番エビデンスレベルが高いのがいわゆるメタボリック症候群の類で、肥満・高血圧・糖尿病・脂質異常症・高尿酸血症などの生活習慣病です。メタボのリスクは確実に上がることが知られています。
また、免疫系の働きも悪くなるので、いろいろな感染症にかかりやすくなったり、一部のがんのリスクが上がるという論文もあります。
さらに、うつ病をはじめとしたメンタルの問題についても、発症や悪化に関係することがわかっています。
ほかにも、中高年以降になると睡眠不足をはじめとする睡眠障害があると、認知症の発症リスクが上がることがわかっています。
岩﨑 こどもの成長の面でも睡眠は影響しますか。
柳沢 こどものときの睡眠不足はより深刻で、幼いこどものころに睡眠不足があると肥満になる率が高いことも知られていますし、脳の海馬という部位に影響するという論文も出ています。
眠っていないこどもは、認知機能が低下したり、問題行動を起こしやすい、メンタルな病気にもかかりやすい、という論文も出ています。
快適な環境で質の高い睡眠へ
岩﨑 「健康づくりのための睡眠ガイド2023」では、成人については6時間以上の睡眠時間が目安とされていますが、個人差があると思います。自分に必要な睡眠時間を把握する方法はありますか。
柳沢 必要な睡眠時間は個人差がありますし、年齢によっても変化します。こどもは本当にたくさん眠らないといけません。25歳を過ぎるとだんだん落ち着いて、いわゆる大人の睡眠時間になるのですが、それも年齢とともに徐々に減っていくことがわかっており、高齢者になると若いときほど睡眠時間は要らなくなります。
具体的にどれくらいの睡眠時間が必要かというと、いろいろなところから目安が報告されていますが、あくまでも目安であり集団平均です。自分がそのなかのどこにいるかというのは実験的に測るしかありません。
一番確実な方法は——誰にも邪魔されずに眠れる環境を用意して最低3晩、できれば4晩連続して眠れるだけ眠って割り出す方法です。最初は多くの方が睡眠負債を抱えているのでたくさん眠ります。2晩目はそこまで眠れなくなり、3晩目はもっと減っていく。その3晩目あるいは4晩目の睡眠時間があなたにとって必要十分な時間である、という知り方です。これをやってみると、多くの人が自分が思っていた以上に睡眠時間が必要であることに驚きます。
岩﨑 睡眠時間の確保とあわせて、良い睡眠をとるためのポイントはありますか。
柳沢 私がお勧めしていることは「寝室の環境を整える」ことです。暗く静かで快適な室温を保つことが第一です。良い睡眠をとるためには、昼間にアクティブであることも重要です。運動による肉体的に健康な疲労は睡眠の促進になります。そして、自分が眠くなるための入眠儀式を持っておくのもよいです。癒される動物の動画を見る、音楽を聴くなど。私はつまらない論文を読んでいるとすぐに眠れます。
眠れないのにベッドのなかで悶々としているというのはよくありません。それを繰り返していると本格的な不眠症の入り口になってしまいます。いわゆる心理学的な条件付けが起こって、下手をすると自分の寝室やベッドは眠れない場所であると、身体が覚えてしまう可能性があります。条件付けが起こってしまうと悪循環になってしまいます。
また、多くの人がやってしまうのですが、夕方以降夜の時間帯で仮眠を取ってしまうことも、夜の本格的な睡眠が阻害されてしまうのでお勧めできません。意地でも起きていたほうがいいです。夕方以降のカフェイン摂取や、大量の飲酒、喫煙も睡眠の質を下げる要因になります。
日本人の睡眠不足の根は深い
岩﨑 2021年のOECD(経済協力開発機構)の調査報告において、日本人の平均睡眠時間が対象33カ国のなかで最も短かったという報告がありました。
柳沢 日本と韓国はアジアのなかでも睡眠時間が特に短く、どうしてなのかというのがわからないです。とにかく、多くの人々が睡眠を重視しない社会慣習なんだと思います。
こどものころから勉強もサークル活動も忙しい、大人になったら仕事も忙しい、自分の時間も友達との時間も欲しい——本当に忙しいので「残りの時間で眠りましょう」というのが典型的な働く世代の日本人の考え方だと思います。頭の片隅では睡眠不足だと良くないとわかっているのにやめられない、私はこれを覚醒に対する依存の状態だと言っています。
日本人の睡眠不足は根が深く、こどものころから始まります。小学校高学年くらいから忙しくなってきて睡眠不足が始まり、日本の中高生は、真面目な子ほど、ほとんど睡眠不足です。一生の価値観が決まるような世代を睡眠不足で過ごすので、日本人のほとんどが昼間眠いのが当たり前になってしまうんです。
日本の働き世代では、自分が実は眠いということに気づいていない人が多いんです。騙されたと思って、1週間くらい毎晩30分なり1時間なり早く眠ってください。そうするとほとんどの人は何らかの差を自覚します。今まで眠かったんだと気づいたり、仕事の効率が上がったと気づいたりという人は多いと思います。
岩﨑 柳沢先生、睡眠の専門家のお立場から、睡眠の重要性や、より良い睡眠のためのポイントなどのお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
厚生労働省では、睡眠の重要性を広く普及啓発するため、「健康づくりのための睡眠ガイド2023」を作成し、公表しております。昨年9月には、健康増進普及月間において、睡眠をテーマにイベントを開催し、ナイトキャップをかぶったピカチュウやカビゴンにも参加していただきました。また、企業・団体・自治体と連携し、国民運動として健康づくりを進める事業「スマート・ライフ・プロジェクト」においても、2025年度から新たに「睡眠」をテーマに追加しました。
こうした取り組みを通じ、引き続き、良い睡眠をとることができる環境づくりを進めてまいりたいと思います。
健康づくりのための睡眠ガイドリーフレット表面(右)
健康づくりのための睡眠ガイドリーフレット裏面(左)
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出典 : 広報誌『厚生労働』2025年3月号 発行・発売: (株)日本医療企画(外部サイト) 編集協力 : 厚生労働省 |