一人ひとりの「生きづらさ」を社会で解消する 誰も自殺に追い込まれることのないように

自殺の多くは「追い込まれた末の死」であり、その背景には精神保健上の問題だけでなく、経済や生活問題、家庭問題、勤務問題、学校問題などさまざまな社会的要因があります。このため自殺は、その多くが防ぐことのできる社会的な問題であるとの認識の下、社会における自殺のリスクを低下させるとともに、生きるための包括的な支援を行っていくことが重要です。本特集では、自殺対策の現状やポイント、相談先や周囲の人ができることについて紹介し、自殺対策が生きることの支援であることを伝えます。



自殺防止へ向けて
社会全体で問題意識を共有


2006年に自殺対策基本法が施行され、国を挙げて自殺対策に取り組んできたことで、日本の自殺者数は3万人台から約2万人になり、2010年以降は10年連続で減少してきました。しかし、2020年は新型コロナウイルス感染症が拡大するなかで、自殺者数は11年ぶりに前年を上回り、女性や小中高生の自殺者数が増加しました。

自殺は、自ら命を絶つ瞬間的な行為としてだけでなく、命を絶たざるを得ない状況に追い込まれるプロセスとして捉える必要があります。

そうした状況に至る背景には、経済や生活の問題、家庭問題、勤務問題、学校問題など、社会におけるさまざまな要因が横たわっていますが、こうした問題の多くは、制度の見直しや相談・支援体制の整備という社会的な取り組みにより解決が可能と考えています。

毎年3月は「自殺対策強化月間」です。この機会に「自殺は、その多くが追い込まれた末の死」という認識を社会全体で共有しましょう。


<Part1>
データや大綱から読み解く
日本の自殺対策の今


昨年10月、新たな「自殺総合対策大綱」が閣議決定されました。それを踏まえ、日本における自殺対策のこれまでの取り組みと成果、現状の課題、さらにコロナ禍の今、改めて自殺対策で重要なポイントや、国民一人ひとりに考えてほしいことなどについて、厚生労働省の担当者に聞きました。

解説者

社会・援護局 総務課自殺対策推進室
企画調整係
椎野あゆみ 山田大輔



◎減少を続けていた自殺者数コロナ禍で一転増加

――日本で自殺対策はどのように行われてきたのか、その流れを教えてください。


椎野:日本の自殺者数は1998年に3万人を超え、2003年にはそれまでで最多の3万4,427人となるなど、毎年3万人を超える人が自殺によって亡くなられてしまう状況が続いていました。

このような状況に対処するため、2006年に自殺対策基本法が成立し、その翌年には政府が推進すべき自殺対策の指針である「自殺総合対策大綱」が策定されました。これにより、個人の問題として認識されがちであった自殺は、社会の問題として捉えられるようになりました。

自殺の背景には、精神保健上の問題だけでなく経済や生活問題、家庭問題、勤務問題、学校問題などさまざまな社会的な要因があり、その多くが追い込まれた末の死と考えられるため、社会全体で対処することにより自殺を防ぐことができるという考えです。

関係省庁や地方公共団体、関係団体が一丸となって、国を挙げての自殺対策に取り組んできた結果、法律を制定した2006年とコロナ禍以前の2019年の自殺者数を比較すると、自殺者数が年間3万人台から約2万人に減少しました。男女別では男性が38%減、女性が35%減で、これまでの取り組みに一定の成果があったと考えています。

一方で、日本の人口10万人あたりの自殺者数である自殺死亡率は、先進諸国のなかで依然として高い水準にあります。また、コロナ禍の影響で自殺の要因となり得るさまざまな状況が悪化したことなどにより、2020年以降、女性の自殺者は2年連続で増加し、小中高生の自殺者も過去最多の水準になるなど、対応すべき問題も顕在化してきました。

このようなコロナ禍での自殺の状況も踏まえて、今後5年間に取り組むべき国の自殺対策の指針として、昨年10月に新たな「自殺総合対策大綱」が策定されました。これを受けて2023年度以降、全国の自治体でも、新たな地域自殺対策計画を踏まえた対策が始まります。




――法律制定後一定の成果が出ていた自殺対策ですが、新型コロナウイルス感染症の流行の影響は大きかったですか。

山田:自殺者数が10年連続減少してきたところで、新型コロナウイルス感染症が流行し始めた2020年は11年ぶりに増加に転じました。2021年は若干減少しましたが、2022年(暫定値)は再び前年を上回っているため、高止まりの状態となっています。まだまだ非常事態は続いているといえます。

また、この間、著名人などの自殺報道による影響の可能性も指摘されています。自殺に関する報道はセンセーショナルな見出しや過度の繰り返しなど、その報じ方によっては自殺を誘発する可能性があるため、メディアが適正な報道を行うようWHO(世界保健機関)において自殺報道ガイドラインを策定しています。厚生労働省では、機会があるたびにガイドラインの周知を行っています。


――日本での自殺者の特徴や傾向はありますか。

椎野:日本の自殺者数を男女別にみると、男性の自殺者数が多く、女性の約2倍。年齢別にみると40・50代の中高年の自殺者が多く、男性では40代、女性では50代が最も多くなっています。

原因動機別にみると、健康問題が最も多く、経済生活問題、家庭問題と続きます。さらに詳細にみると、健康問題では「うつ病」、経済生活問題では「生活苦」「多重債務」、家庭問題では「夫婦関係の不安」「親子関係の不安」が多く、また小中高生は「学校問題」、なかでも学業不振や進路の問題が多くなっています。

いずれにしましても、これらの原因動機が複合的に重なり合っているものと考えられています。




◎大綱が示す幅広い対応と未然のリスク解消の重要性

――新たな自殺総合対策大綱(以下、大綱)の基本方針を教えてください。

山田:大綱の基本的な骨格ですが、2つのポイントがあります。一つは、健康問題、経済や生活問題、勤務問題、家庭問題などのさまざまな自殺の要因に対して、幅広く、制度横断的に対処していくということ。もう一つは、まさに今、自殺を思い悩んでいる人への支援のみならず、悩みが深刻になる前から未然に問題を解消していくということです。この考え方に基づいて、総合的・網羅的な対策を行っていくことが大綱の骨格となっています。


――具体的には、どのような対策を行っていくのですか

山田:たとえば、「死にたいほどつらい」とSOSを発している人など、自殺リスクが高まっている人については、相談を受けて内容に応じた支援につないでいきます。また、現時点では自殺リスクが高くない場合でも、いろいろな困りごとを抱えていて、そのままでは問題が深刻化したり、うつ病などになってしまう危険がある人については、支援者が連携のうえ早めの対処をすることで、思い詰める手前の段階で解決を図ることができます。

できるだけ悩みが深刻化しないうちに支援制度につなげていくことも、効果的な自殺対策になるという考えです。

大綱制定以降、国、地方自治体、支援団体がこのような認識により総合的な対策を実施してきました。


◎子ども・若者や女性の支援強化などがポイント

――新たな大綱のポイントはなんでしょうか。


山田:大綱は5年に一度見直す規定があります。近年の自殺の状況や社会の状況、対策の実施状況などを踏まえて見直しています。新たな大綱では、コロナ禍の状況も踏まえて、主に4つのテーマに重点的に取り組んでいくこととしています。

一つ目は「子ども・若者の自殺対策の更なる推進・強化」です。子どもの自殺者数がコロナ禍で過去最多の水準になっているために強化項目に入りました。子どもは自殺の原因がわからないケースも多いため、今後は、子どもの自殺などについて詳細な調査や分析を進めていくこととしています。また、SOSの出し方の教育等の推進、長期休暇明け前後の自殺予防の強化のほか、子どもの自殺の背景には、学校だけで解決できない家庭の問題などもあるので、地域のさまざまな関係者がチームとして子どもを守っていく取り組みを推進していきます。今年4月に設置される「こども家庭庁」とも連携し、子ども・若者の自殺対策を推進していくこととしています。

二つ目は「女性に対する支援の強化」です。子ども同様に、コロナ禍で顕在化した課題を踏まえた女性の自殺対策を「当面の重点施策」に位置づけて、支援の取り組みを強化していきます。

三つ目は「地域自殺対策の取組強化」です。都道府県と指定都市に設置され、自殺対策の中核的機関である「地域自殺対策推進センター」の機能の強化や地域の関係者のネットワーク構築をしていきます。

四つ目の「総合的な自殺対策の更なる推進・強化」では、これまで取り組んできた総合的な施策のさらなる推進・強化を図ります。具体的には、ゲートキーパーの普及やSNS相談体制の充実、精神科医療との連携、勤務問題対策、性的マイノリティ支援、誹謗中傷対策、自殺報道対策などです。


――自殺対策の目標値はあるのでしょうか。

山田:自殺対策の数値目標としては、世界的に比較できる基準として、自殺死亡率(人口10万人当たりの自殺者数)を先進諸国の水準までに減少させることをめざしています。具体的には、2026年までに自殺死亡率を2015年と比べて30%以上減少させる、つまり10万人あたり18.5人の自殺者数を13人に減らしていくということです。


――今後の課題は?

山田:大綱に盛り込まれた施策を着実に実行していくということです。国としては引き続き、自殺対策を進める全国の自治体や民間団体を支援し、実施状況の確認やフォローアップも継続的に行っていきます。そして、自殺の動向を注視して適時適切な対応に取り組んでいきます。


――国民一人ひとりにできることはありますか。

山田:
深刻な悩みを抱えている方は、自分から相談できない、助けを求めにくい心理状態になってしまう可能性があります。そのままの状態が続くと、どんどん思い詰めてしまうかもしれません。そうした方には、身近な人の「どうしたの?」「元気ないけど大丈夫?」など優しい声かけが大きな助けになります。制度や支援はつながらなければ活用できないので、身近な人が話を聞いて、場合によっては支援につなげるといったゲートキーパーの役割が、とても重要になるのです。

ゲートキーパーは特別な存在でもなければ、特別な資格も必要ありません。誰でもいつでもなれます。身近に悩んでいる人がいるとき、どうすればよいのか、どんな声かけがよいのか、詳しく知りたいと思ったら、ぜひ厚生労働省のホームページをご確認ください。


<「自殺総合対策大綱」のポイント>

自殺対策基本法が成立した平成18(2006)年と、コロナ禍以前の令和元(2019)年の自殺者数を比較すると男性は38%減、女性は35%減となっており、これまでの取り組みに一定の成果があったと考えられる(平成18年32,155人 令和元年20,169人)。

自殺者数は依然として毎年2万人を超える水準で推移しており、男性が大きな割合を占める状況は続いている。さらに、コロナ禍の影響で自殺の要因となるさまざまな問題が悪化したことなどにより、女性は2年連続の増加、小中高生は過去最多の水準となっていることから、今後5年間で取り組むべき施策を新たに位置づける。


1 子ども・若者の自殺対策の更なる推進・強化
・自殺等の事案について詳細な調査や分析を進め、自殺を防止する方策を検討。
・子どもの自殺危機に対応していくチームとして学校、地域の支援者等が連携し自殺対策にあたることができる仕組み等の構築。
・命の大切さ・尊さ、SOSの出し方、精神疾患への正しい理解や適切な対応等を含めた教育の推進。
・学校の長期休業時の自殺予防強化、タブレットの活用等による自殺リスクの把握やプッシュ型支援情報の発信。
・令和5年4月に設立が予定されている「こども家庭庁」と連携し、子ども・若者の自殺対策を推進する体制を整備。

2 女性に対する支援の強化
・妊産婦への支援、コロナ禍で顕在化した課題を踏まえた女性の自殺対策を「当面の重点施策」に新たに位置づけて取り組みを強化。

3 地域自殺対策の取り組み強化
・地域の関係者のネットワーク構築や支援に必要な情報共有のためのプラットフォームづくりの支援。
・地域自殺対策推進センターの機能強化。

4 総合的な自殺対策の更なる推進・強化
・新型コロナウイルス感染症拡大の影響を踏まえた対策の推進。
・国、地方公共団体、医療機関、民間団体等が一丸となって取り組んできた総合的な施策の更なる推進・強化。

■孤独・孤立対策等との連携 ■自殺者や親族等の名誉等 ■ゲートキーパー普及 ■SNS相談体制充実 ■精神科医療との連携 ■自殺未遂者支援 ■勤務問題 ■遺族支援 ■性的マイノリティ支援 ■誹謗中傷対策 ■自殺報道対策 ■調査研究 ■国際的情報発信など

※ゲートキーパーとは、悩んでいる人に気づき、声をかけ、話を聴いて、必要な支援につなげ、見守る人のこと。

 

出  典 : 広報誌『厚生労働』2023年3月号 
発行・発売: (株)日本医療企画(外部サイト)
編集協力 : 厚生労働省