地域共生×○○


第4回 地域共生×企業×社会福祉法人

企業とのコラボで収益性を高め
持続可能な農福連携をめざす



生活困窮者がぶどう園での仕事を通じて収入を得るとともに自信や生きがいを取り戻す。広島県竹原市で企業と社会福祉法人の連携による、新しい商工農福連携事業が始まっています。今回は同事業をもとに商工農福連携と地域共生を考えます。

◎社会福祉法人宗越福祉会
広島県竹原市において、特別養護老人ホームやケアハウス、ショートステイ、デイサービス、ホームヘルプサービス、居宅介護支援など高齢者の介護保険事業を中心に在宅から看取りまでを担うサービスを提供している。2016年から生活困窮者の就労訓練事業の認定を受け、生活困窮者支援にも取り組んでいる。

◎株式会社八天堂
昭和8年創業の「くりーむパン」を柱としたスイーツパンの製造・販売会社。本社は広島県三原市。国内外で31の販売店舗を展開しているほか、カフェや食のテーマパーク、オンラインショップも運営している。2016年に株式会社八天堂きさらづを設立し、地元の社会福祉法人と連携して障害者就労支援にも取り組んでいる。



精神的な障害を持つ方が10品種のぶどうを栽培

 農福連携という取り組みをご存じでしょうか。簡単に説明すると、障害者や生活困窮者が農業に従事することで収入を得るとともに、自信や生きがいを取り戻し、社会参画するきっかけをつくることを狙いとし、併せて耕作放棄地の利活用や後継者・働き手不足の解消につなげることも期待されています。




 実際に、先行して行われている取り組みでは、障害者の精神状態や身体状態の改善、地域住民との交流やコミュニケーションの向上などの対人関係の改善に関する成果も報告されています。

 この農福連携の新しい取り組みが、広島県竹原市で始まりました。企業と社会福祉法人が連携した事業です。これは同市にあるぶどう園を生活困窮者の就労訓練の場とする取り組みで、その管理、運営、収穫物の販売を「くりーむパン」の販売で知られる株式会社八天堂が、生活困窮者の自立支援を社会福祉法人宗越福祉会が担当する、生活困窮者就労訓練事業(生活困窮者訓練事業:事業者が自治体から認定を受けて、生活困窮者に就労の機会を提供する事業)です(図1、図2)。





 竹原市はぶどう栽培に歴史があり、29農家が従事していますが、なかにはオーナー不在のぶどう園もあります。このたび約1年間放置されていたぶどう園を八天堂と宗越福祉会が整備し、昨年4月から本格的に就労支援事業を始めました。

 現在は精神的な障害を持つ男性2人と、宗越福祉会の職員が一緒にシャインマスカットやピオーネなど、約10品種のぶどうを栽培しています。八天堂が農業技術を持つ人を雇用して宗越福祉会の職員を指導し、その職員を通して働き手への技術指導を行っています。作業時間は9時~16時で週4日。男性2人は草刈りや余分な芽の除去などの農作業を、農閑期は宗越福祉会の施設内の掃除、シーツ交換などを行い、その対価として賃金を受け取っています。


加工技術と販路を活かし事業の継続性を確保する

 スタートして約10カ月、早くも成果は現れてきています。ここで働くことで、コミュニケーション力は向上し、また賃金を得ることで自信も得ているそうです。八天堂代表取締役の森光孝雅さんは「『働きに行くのが楽しみになった』との嬉しい言葉もいただきました。農業は土に触れ、太陽に当たる仕事で、心身の健康にも寄与すると思います」と手ごたえを感じています。

 地域にとっては耕作放棄地の管理に、八天堂にとっては自社で生産した農作物を使った商品開発と社会貢献に、宗越福祉会にとっては企業との連携による新たな就労訓練事業のモデル構築につながっています。生活困窮者と地域、企業と社会福祉法人すべてがWin-Winとなっているのが大きな特徴です。

 なお、福祉人材の確保が課題となるなか、宗越福祉会では今後、参加した生活困窮者の一般就労の1つの道として、介護職員の初任者研修、さらには実務者研修の受講、介護福祉士の養成についても検討し、自法人での雇用も目指しています。宗越福祉会理事の伊藤大悟さんは「就労と教育の場を持ち、地域づくりにかかわることで未成年から高齢者までさまざまな生活困窮者の自立を支えていきたいと思います」と話します。

 農福連携事業は総じて収益性が低いという課題を抱えていました。八天堂のこの取り組みでは作業の効率化を図って収益性を高めるとともに、収穫したぶどうを独自の加工技術で付加価値をつけて同社の販路を活かして販売することで、ぶどう園単体で成り立つサステナブルな農福連携事業モデルを目指しています。

 八天堂常務取締役の林義之さんは「さまざまなトラブルもありましたが、付加価値をつければきちんと収益を出せることがわかりました。ここでの事業をベースに持続可能なモデルをつくりたいと考えています」と意欲を見せます。



「ジャム×クリーム」「農福×商工」
異色の掛け合わせがイノベーションを生む


企業と社会福祉法人の連携による商工農福連携事業に取り組む八天堂と宗越福祉会の皆さまに話を伺いました。見えてきたのは、試行錯誤しながらも、課題×課題をプラスにかえる新たなモデルづくりに挑戦する姿でした。




農福連携事業の成否と収益性の関係性

——クリームパンで全国展開されている八天堂さんが福祉分野の取り組みを始めた動機やきっかけを教えてください。

森光●もともと創業者が和菓子店を創業し、その後、先代が洋菓子へも事業展開しました。私の代になり、今から30年前に小さなパン屋を開店しました。そこでパンづくり教室を開催したとき、障害のある子どもが参加してくれたことがありました。最初はあまり元気がないように感じましたが、パンをつくっていくうちに明るい表情になり、「ありがとう」と言ってくれたのです。以来、パンを通じて人に幸せを感じてもらうことができる、社会貢献できるのだと考えるようになり、福祉関係の取り組みを続けています。

林●宗越福祉会さんとのご縁は偶然でした。私と伊藤さんが同時期に広島県立大学大学院に在籍していた時に意気投合し、自分たちが抱える課題と地域の課題を掛け合わせて何か一緒に取り組みができないだろうか、と考えたのです。広島県竹原市は人口2万5,000人を割る小さな町ですが、生活困窮者の新規相談件数は令和2年度で100件と、全国平均並み。ここで実現しようとしているのは、①農家の後継者不足の解決、②遊休耕作地の解決、③働きたくても働けない方の社会参加、④民助による商工農福連携です。当社が、農福に商工という2次、3次産業を加えることで収益化を図り、サステナブルな事業にすることをめざしています。
 初年度は自然災害や鳥獣災害もあり、ぶどうの収穫率は46.1%でした。これらリスクを加味して収益化を図るには、ぶどうを加工し付加価値をつけた商品開発とその販売が重要になります。
 当社は事業リスク分散のために、さまざまな掛け合わせを行っており、今回、ぶどうジャムを使ったクリームパンやレーズン食パンを開発しました。また全国30以上の店舗に加えてオンライン販売も整備していて、そうした販路を使えるのも強みです。

森光●商品についてもう少し踏み込むと、ジャムはどんな果物でも加工でき、保存も可能です。傷がついたものでも使えます。ただ、ジャムだけだと差別化を図るのは難しい。そこで今回、ジャムとクリームを掛け合わせるというイノベーションを起こし、新しくジャムクリームを開発しました。クリームパンへの活用はもちろん、調味料としても確立させたいと考えています。これができれば、魅力的な収益モデルになると思います。

伊藤●それら商品販売で得た収益の一部を当法人は委託費としていただいています。それが法人スタッフや生活困窮者の賃金の原資となり、安定的なモデルづくりには収益が欠かせません。売れるものづくりはやはりプロフェッショナルとのコラボレーションが有益だと実感しています。
 八天堂さんのブランド力は高く、「そこに参加している」ことが生活困窮者の向上心を高め、「圃場へいきたい」「人に食べてもらいたい」と農業への意欲につながることもわかりました。実際、イノシシによる獣害によって4,000房程度食べられてしまいましたが、そのときの言動に悔しさが表れていました。休みの日でも圃場を見にきたり、雨の中でも合羽を着て対策をしたりと、この仕事に対する強い思いを感じました。これが社会参加のきっかけとなり、これまで地域にでることが少なかった方が、地域での集まりやカラオケに参加するようになるなど、社会性がすごく高まったように感じました。
 一般就労に向けては5年間で農業技術を身に付けたり、介護の資格を取得したりして、月収21万円以上を目指せるモデルづくりに取り組んでいるところです。




技術や知識とテクノロジー 人と人の掛け合わせが重要

——遊休耕作地の活用や地域づくりという観点から感じられたことはありますか。

林●今回、農業技術指導は、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構のOBにお願いしました。この方との縁がなかったら、ぶどうがすべて枯れてしまっていたかもしれません。全国には専門的な知識や技術、ノウハウを持ちながら年齢から農業を退かれる方が大勢いるのではないかと思います。農福連携を成功させるうえでは、こうした方々の持つ技術や知識とテクノロジーを掛け合わせることもポイントになると感じます。

森光●利益にならないから農業をやめたという農家さんは大勢います。利益を出せれば、後を継ぐという人は出てくるはずです。実際、広島県の瀬戸内レモン農家は若い人がどんどん入ってきて、ビジネスとしても盛り上がっています。農業のポテンシャルは大きいと感じますし、私たちはクリームですが、他の掛け合わせもあるはずです。そのために多くのプレーヤーに参入していってもらいたいです。

伊藤●当法人はもともと高齢者介護事業を中心としていました。しかし、生活困窮者の増加に伴う自立支援や高齢者の貧困、引きこもりへの対応も必要となってきたなかで、16年から生活困窮者の就労訓練事業にも取り組んできました。ただ、福祉の分野は対象者ややり方が決まっていて、イノベーションを起こしにくい分野でした。農福連携事業は精神障害や発達障害、高齢者、引きこもりの未成年などさまざまな方を受け入れる余地があります。とはいえ、すべての人を受け入れるための専門知識を持つというのは相当厳しい。そこでさまざまな専門職が、ときどき見守り的に入るといった、ケアする人を支えるためのネットワークもつくっていく必要性を感じます。

森光●最後に行政にお願いがあります。それは遊休耕作地といった地域資源や多種多様な人たちを掘り起こし、つなげる、プラットフォームとしての役割を担ってもらうこと。これは地域とさまざまなつながりを持つ行政だからこそできることはではないでしょうか。

——獣害に直面した際に、生活困窮者の方が悔しさを感じ、自ら対策を考えたという話を聞き、改めて、役割や生きがいが持てる場の重要性を感じました。また、異なる分野を掛け合わせて、技術を持つ人、思いを持つ人などさまざまな人がつながることで、一人ひとりの活躍と地域社会の発展につながっていることを感じました。こうした取り組みが地域共生社会の実現につながっていくのだと感じています。
 

 

 
出  典 : 広報誌『厚生労働』2022年2月号 
発行・発売: (株)日本医療企画(外部サイト)
編集協力 : 厚生労働省