新型コロナウイルス最前線


第13回
読んだ後に、前向きになれるメッセージを届けたい
——「新型コロナウイルス感染をのりこえるための説明書」に込めた思い

“まだ終息の見えない”新型コロナウイルス感染症。本連載では、その動向や対策などを紹介しており、今回は、諏訪中央病院(長野県茅野市)のHPで公開され、SNSで話題となった「新型コロナウイルス感染をのりこえるための説明書」について、作成者の同病院総合診療科の玉井道裕医師に話を伺いました。


諏訪中央病院 総合診療科
玉井道裕先生
2010年、金沢医科大学卒業。自治医科大学附属病院、社会医療法人財団慈泉会相澤病院での研修を経て、現在は諏訪中央病院総合診療科医長として勤務。
 

自分たちが見ている世界を知ってほしい

——「新型コロナウイルス感染をのりこえるための説明書」を作成するに至ったきっかけを教えてください。

 説明書をつくろうと思ったきっかけは、2つあります。
 一つ目は、今回の新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)は関連情報が多すぎて、正しい情報にアクセスするのが難しいと感じたためです。医療に詳しくない方であれば、なおさら正しい情報を取捨選択することは困難だったと思います。エビデンス(証拠・根拠)がない情報もたくさん広まりました。そのため、わかりやすくまとまった「これさえあればOK」みたいなものがあるといいなと思ったのです。
 二つ目は、友人から「医療崩壊になるとどうなるの?」という質問を受けたためです。雷に打たれたような衝撃でした。「えー、そんなこともわからないの?」と正直思ってしまいましたが、皆さんと医療者の間にとてつもないギャップがあることに、そのとき改めて気がつきました。私たちが日々見ている当たり前の世界は、皆さんには見えていないということを痛感したものです。
 最初の説明書には「自分たちが見ている世界を皆さんにも知ってほしい」という思いを込め、自分の目で見てきたことをそのまま伝えることを意識しました。文章ではイメージしにくいと感じたため、なるべく絵にしています。




感染した人の苦悩を少しでも解消したい

——説明書作成の際に意識したことはありますか。

 コロナ関連の情報には怪しげなものもたくさんありました。いくつかの論文が発表後に取り消されており、そういう情報を広めるわけにはいかないので、ファクトチェック(情報の正確性・妥当性を検証すること)に苦労しました。
 私だけではなく、ほかの医師にもチェックしてもらい、間違いがないことを何度も確認してから発信しています。
 また、それぞれの職場や生活には特有の環境や動きがあるので、「こうしたらいいですよ」と、一般的な感染対策を発信しても現実的にはできないということが多々見られました。実際に感染が起きた施設に伺ったこともあるのですが、工夫でどうにかなるところと、どうしようもないところがありました。

——正しく理解していないことから「コロナ差別」の問題も起きましたね。

 コロナの問題は感染だけではありません。一番厄介なのは、職場や学校での差別や偏見です。感染された方の多くが自分の体調よりも、ちゃんと社会に戻れるかどうかを心配していました。退院後も、会社の理解が得られないことを嘆いておられる方がたくさんいました。
 感染された方の苦悩はご本人にしかわかりませんが、我々医療者は一番身近にいる存在です。その苦悩は十分理解できますし、伝わってもきました。感染された方の苦悩を少しでも解消したいという思いで、昨年末には新たに心理面を主に描いた説明書をつくりました。そして、今年の初めには「誰かの物語編」も。
 また、私の外来には聴力障害の方も通院されており、その方はコロナの情報が全然届かなくて困っているとおっしゃっていました。特にワクチンを打つかどうか不安に感じておられたので、さらに「ワクチン編」もまとめました。


“頑張るぞ”という気持ちになれるように

——作成するにあたって特に工夫した点を教えてください。

 皆さんにも読んでもらえるようにわかりやすく、親しみやすい内容で、読んだときに不快な気持ちにならないものをつくろうと心がけました。コロナについてはネガティブな情報が多いので、読んだ後に「頑張るぞ!」という気持ちになれるようなメッセージも入れさせていただきました。
 もともと、私の字はとても汚いので、じっくり一文字ずつ丁寧に書きました。きれいな文字ではないかもしれませんが、思いのこもった手書きの文字だったからこそ、パソコンの文字よりメッセージとして届きやすかったのではないでしょうか。

——患者さんや世の中の反応はいかがでしたか。

 まさか、こんなに多くの方に読んでいただけるとは思っていませんでした。多くの方からお手紙や励ましのお言葉をいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。

——新作の予定などがあれば教えてください。

 特に予定はしていません。ですが、改めて振り返ってみると、感染が流行してきた時期に、必要に応じて出していたようです。
 第6波が訪れたとき、世の中が混乱に陥ったときにはまた、新たな発信をするかもしれません。
 


 

出  典 : 広報誌『厚生労働』2021年11月号 
発行・発売: (株)日本医療企画(外部サイト)
編集協力 : 厚生労働省