誰かの希望の光になる みんなで考えよう移植医療の未来——臓器移植と造血幹細胞移植——


 臓器移植と造血幹細胞移植は、その認知度が上がってきている一方で、臓器提供に関する意思表示や意思の共有が進んでいなかったり、若年者のドナー(骨髄などを提供する人)登録者数が少なかったり、それぞれ課題を抱えているのが現状です。10月の臓器移植普及推進月間・骨髄バンク推進月間を機に、改めて移植医療や自分自身の意思について考えてみませんか? 本特集では、考えるためのヒントとなる情報をお伝えします。







<解説>
コロナ禍で生じた新たな課題
移植医療の今


 臓器移植と造血幹細胞移植の現状や課題、新型コロナウイルス感染症の影響などについて、厚生労働省の担当者に聞きました。併せて、移植の仕組みを図で示します。



健康局難病対策課移植医療対策推進室長(取材当時)
田中彰子


国民と医療従事者の意識を変えなければ

 臓器提供は、基本的には脳死とされる状態、もしくは心停止の場合に行われます。日本では法的に、15歳以上であれば臓器提供の意思表示ができますし、本人の意思が不明である場合や拒否の意思表示がない場合は、家族の承諾があれば提供できることになっています。逆に、本人の提供の意思表示があっても、家族が「提供しない」という選択をすることも可能です。

 とはいえ、家族はすぐに臓器提供について考えられないのではないかと思います。事前に本人の意思を共有していない場合は、家族間で話し合い、医師や臓器移植コーディネーターの話を聞いたうえで決めてもらいます。本人の意思はもちろん、家族の意思も確認したうえで進めるので、「提供する」だけではなく、「提供しない」という選択もできます。

 現在、臓器移植については、日本は海外と比較して件数が少ない、進んでいないとされています。進んでいない理由は大きく2つあります。

 一つが、臓器移植への国民の理解がまだまだ深まっていないということです。たとえば、臓器移植が非常に進んでいるスペインでは、「臓器提供はすごくいいこと」という社会風土があります。日本は、こうした文化を醸成する環境がありません。死について考えたり、誰かと話したりすることに少なからず抵抗があるようです。

 もう一つが、医療機関などで選択肢の提示がなかなか行われない点です。諸外国では、医療従事者から臓器移植という選択肢も自然に提示されますが、日本では、そういう選択肢の提示は海外ほどされていないのが現状です。

 国民と医療従事者の両方の意識を変えていかなければ、臓器移植は増えていかないでしょう。

 造血幹細胞移植については、採取のために骨髄で3泊4日程度、末梢血幹細胞で5泊6日程度必要です。学生や働いている人、子育てや介護をしている人などにこれだけの時間を提供してもらうには、家族や職場などの理解が求められます。適合した場合も、ドナー登録された方に休みが取れないことを理由に断られてしまうことも少なくありません。

 お互いに協力しやすい環境・風土づくりが課題です。




コロナ禍の医療逼迫で選択肢の提示が困難に

 昨今の新型コロナウイルス感染症の流行で、臓器提供数はこれまでの3分の2程度にとどまっています。その実態と対策を検討するために昨年夏以降、特別研究調査を行いました。この結果から見えてきたのは、感染症対策で面会が制限され家族に臓器提供の選択肢を提示する機会が減ったことが、提供数の大幅減の一因だということです。

 日本の脳死下での臓器提供の約8割は、家族の承諾によるものです。これまでは、医師が家族の様子を見ながら脳死について話をし、ケアしながらも選択肢の一つとして臓器提供を提示していましたが、こうした時間をかけた対面でのコミュニケーションが難しくなりました。選択肢の提示がされないので、検討したり希望したりする人が減り、臓器提供数も減ったのだと思います。今後は、こうした状況下での選択肢提示の場について検討していかなければなりません。

 医療現場の逼迫も要因の一つです。新型コロナウイルス感染症で運ばれてくる患者への対応を優先するという判断が下されることもあるでしょう。

 造血幹細胞移植では、ドナーとなる人が検査や採取のために医療機関に行くことを感染防止の観点から恐れ、ためらうという話も聞いています。また、献血車で学校や地域を訪問した際にドナー登録の案内をしていましたが、そういった機会も少なくなってしまいました。

 コロナ禍の今、死について考えることも多いのではないかと思います。こうした状況下だからこそ、自身の臓器提供の意思やドナー登録について考えたり、誰かに伝えたりしてみてはいかがでしょうか。





<座談会>
自分の意思と家族の思い
15歳からの意思決定


 臓器提供の意思表示は15歳からできます。今回、高校生4人に集まっていただき、臓器移植についての率直な意見を聞きました。

参加者



未成年ゆえに自分の意思だけでは迷う


——まず、皆さんは、臓器移植について、どのような印象を持っていますか。

三浦●僕の倫理観の問題にもなりますが、生きる目的として「人のために生きる」ということは素晴らしいこと。死んだ後も人の役に立つことができる、そんな選択肢もあるんだと思っています。

赤田●ただ怖いとか不安という感情だけで判断しないで、いろいろ情報を見聞きしてから判断すればいいんじゃないでしょうか。

僕自身は、脳死になったら臓器移植をしたいと思っています。

山本●私は、小学生くらいのときに見たドラマで初めて臓器移植について知りました。詳しく知ったのは、中学3年生のときの道徳の授業です。そこでは、お医者さんが話をしてくれたのですが、医師や提供する家族など、さまざまな立場の人がいて考え方や捉え方がさまざまであることを考えさせられました。

山田●私は、自分が死んでしまった後に臓器を提供することで、ほかの困っている人を助けることができるということはとてもいいことだと思っています。


——皆さんは臓器提供について意思表示はしていないということですが、今、臓器提供の意思について考えていることや、ご家族と話していることがあれば、教えていただけますか。

山田●即死だった場合は臓器提供を考えていると、家族とも話しました。けれど、脳死だと「生きられる可能性がまだあるんじゃないか」と家族が思ってしまうことを考えると、まだ意思表示ができません。

赤田●僕は特に怖いというようなことはなくて、意思表示できるのであればしたいと思っています。意思表示カードなど、意思表示ができるものが手元にないからできていないという感じです。

山本●臓器提供の意思を決めたり、家族と話したりすることに少し抵抗があります。
 「死」が前提で話が進んでいくので、家族に切り出したり、向こうから言い出されたときも、正直楽しくはない。ですので、あまり話したくないというのが正直な気持ちです。

三浦●マイナンバーカードを受け取ったときに意思表示の欄があって、それがきっかけで親に話してみました。自分は提供の意思表示をしようと思ったんですけど、親が誤解や先入観を持っているのを感じました。
 僕はまだ17歳なので、自分だけの意思で決めるのは難しい。自立して自分で責任をとれるような年齢や立場になったら、意思表示しようかと思っています。

山田●私は親の意見や価値観も大事だと思っているので、意思表示についてまだ答えが出せません。

赤田●僕は、臓器移植の授業を受けた後に、「もし脳死になったら臓器移植するわ」と一方的に両親に言ったことがあるんです。両親からは特に返事をもらっていませんが。




知らなければ考えることもできない


——皆さんくらいの世代に臓器移植医療をもうちょっと身近に、いつ誰にでも起こりうることとして考えてもらうためには、どうすればいいと思いますか。

三浦●脳死を人の死として受け入れることが標準になれば、ドナー数も増えると思います。
 意識をどうやって変えるかというのは難しいですけど、表面的な知識ではなく日本人全体の潜在意識から変えていかないと、身近なものにならないと思います。
 一朝一夕で変わるものではないというのが、今の僕の考えです。

山本●脳死を人の死として、どのように受け入れてもらうかという議論が進んでいますが、私は脳死を人の死と簡単に受け入れることには、文化的、慣習的側面から、少しとまどいがあります。
 脳死と臓器移植について学校で学ぶのも一つの手段だと思います。習うだけではなく考える時間をとるような授業や講演会があれば、今は意思表示できなくても、いつかは意思表示しようと思う人が、もしかしたら出てくるかもしれません。

山田●家族やほかの人と話をせずに自分一人で考えてしまうことで、臓器移植に対して思い込みを持ったり、不安などを強く感じたりしてしまうことが多いのではないでしょうか。だから、いろいろな人と話し合う機会はつくっていくべきだと思います。

赤田●考えるうえで必要な基礎的な知識は、テストで出すなどすれば皆覚えるし、そこから考えるかどうかは人それぞれではないでしょうか。半分強制的にでも覚える機会があればいいと思います。
 意思表示カードも、書くかどうかは別として僕たちに配ってみてはどうかと。手元にあれば、考えて書く人は増えると思います。


◎座談会を終えて
命について考えるきっかけに



 臓器提供の意思表示は、する・しないどちらの意思も残しておくことができます。今回の座談会が命について考えるきっかけになればとても意義があったと思いますし、臓器移植のことだけではなく、自分の気持ちや家族の気持ちを考える、そして伝えあえる世の中になれば良いと思います。






 

 

 
出  典 : 広報誌『厚生労働』2021年10月号 
発行・発売: (株)日本医療企画(外部サイト)
編集協力 : 厚生労働省