地域共生×○○


第2回 地域共生×ICT


必要な人に支援を届けるには

社会のあらゆる分野でICTが活用される時代。医療・介護・福祉の現場でも注目されています。NPO法人POPOLO事務局長 鈴木和樹さんと厚生労働省雇用環境・均等局在宅労働課課長補佐 青木穂高が実際にICTを導入した現場で感じたこと、試行錯誤した経緯や、取り組みの実例のなかから、ICTの活用によって人と人、地域をつなぐということに焦点を当て、ICT化の可能性と課題から地域共生を考えます。



相談窓口につなげる仕組みと独自のレセプト情報ネットワーク


——最初にそれぞれの活動へのICTの活用状況を教えてください。

鈴木●POPOLOは静岡県を拠点に活動するNPO法人です。
 生活困窮者自立支援法に基づき、路上で生活を余儀なくされる方や生活が困窮している方のための一時生活支援事業、また、将来への希望や働く意欲を持ちながら、さまざまな理由で自立生活できない人への自立相談支援事業を実施しています。さらに、無償で提供していただいた食品を、福祉施設や行政・社会福祉協議会・支援団体を通じて困っている方へお渡しする「フードバンク」の活動も年間7,000件ほど行っています。
 2019年からはLINEのチャットボットを利用した、無料の生活相談・情報提供サービス「POPOLO生活相談ナビ(以下、生活相談ナビ)」を始めました。これは住居や仕事、生活費、食べ物などの生活支援相談に、LINEのチャットボットが該当する支援を行う行政や支援団体の窓口の情報を提供するというサービスです。
 仕組みは単純で、支援を必要としている人はLINE公式アカウントの「生活相談ナビ」にアクセスし、その後は「衣食住がない」「仕事がない」などの質問に回答していくと、その人に最適な相談窓口や行政にたどり着けるというもの。これによって必要な人に必要な支援をつなげることを目指しています。
 LINEを活用したのは、高齢者から若者まで幅広く利用されているからです。実際、「生活相談ナビ」を通じて、1784件の情報提供や相談につながっています。
 この取り組みの背景には、行政や支援団体の相談窓口は多くある一方で、支援内容によって異なるため、支援を必要とする人がなかなか相談窓口にたどり着けないという問題がありました。



青木●私は今年3月まで北九州市役所に出向し、地域医療の整備に携わっていました。
 北九州市は高齢化率30%の政令指定都市です。老老世帯や高齢独居、認知症の方も増えており、医療・介護職や地域住民がこうした方の生活をどのように支えていくかが課題です。たとえば、病院は意識不明の高齢患者が搬送されてきた際に患者の情報収集に時間がかかり初動が遅れる。高齢者が普段、誰(家族やケアマネジャー等)とつながっているのかわからず、退院に向けた支援が上手くいかない——。
 そんな現状を解消しようと考えたのが診療情報共有ネットワーク「とびうめ@きたきゅう」です。
 これは、市民が受けた医療・介護・健診の情報、さらには家族や知人、かかりつけ医やケアマネジャーなどの非常時の連絡先を、ICTを使って医療機関などで閲覧・活用するネットワークです。
 大きな特徴は、情報が自動更新されることです。ネットワークに加入したいと同意した人の医療・介護に関する情報は、福岡県国保連のレセプト情報等をもとに、毎月自動更新されるため、医療・介護現場や本人が情報を最新のものにメンテナンスする必要がなく、一度加入すれば一生安心な仕組みにしています。こうした「確実なメリット」により、2019年10月から21年6月までで加入者は2万1,691人。新型コロナで緊急事態宣言が出てからも加入者は順調に伸びています。





すそ野を広くするためにアナログ的手法も


——実際に活用されてみて感じたことはありますか。

鈴木●まず、ICTで何でも解決できるわけではないということです。実際、さまざまな課題を抱えています。
 1つは支援を必要とする人にどう周知させるかです。知られなければ使ってもらえませんから。これに関しては、県内のパチンコ店やコンビニに頼んでチラシを貼らせてもらったり、フードバンクの箱にチラシを封入したり、地道な取り組みをしています。
 もう1つは有人対応を求めるニーズは一定数あるということです。
 LINEのチャットボットを使うと、手軽で迅速に必要な相談窓口の情報が手に入るので、煩わしくないし便利だという声がある一方で、相談窓口はわかったけど、「一人では心細い」「話をしたい」という声も意外と多くありました。実際、LINEで検索した後、電話やメールで連絡してこられるケースも少なくなかったのです。
 そこで、直接話したい人を見逃さないために、今年度から「生活相談ナビ」内に有人対応のコーナーも設けました。

青木●確かに使ってもらわなければ意味がありません。加入する市民が少なければ、病院も「とびうめ@きたきゅう」を閲覧しませんので、加入手続きの敷居を大幅に低くしました。登録申出書1枚を書くだけで、印鑑や添付書類なども不要。本人同意があれば代筆OK。
 また、市役所や病院に行かないと加入できないとなると敷居が高くなる。このため、診療所・病院、介護事業所・施設、区役所・社協のほか、民生委員・市民センター・自治会・老人会・ご近所の人など、心配な高齢者と接している人誰もが、いつでもどこでも高齢者等に声をかけて加入させられるようにする「たらい回さない仕組み」にしています。
 加入による確実なメリットや、手続き負担の少なさとともに、市内で「協力してくれる人なら誰でも、誰に声をかけてもいい」とすることで、普段の業務や活動中や延長線上で取り組めることに配慮しました。



対象を絞らずSOSを逃さない仕組みづくり


——「とびうめ@きたきゅう」は、利用者の加入手続などにはICTを使われていないのですね。

青木●「とびうめ@きたきゅう」は、人と人との付き合いのなかで普及させたいという思いから、あえて紙の申出書で加入する形にしました。心配な高齢者への声かけや説明、記入の手伝い、申出書の回収などは人を介して行い、オンラインシステム等の方式はとっていません。
 人を介さない「本人任せの仕組み」とすると、老老世帯や高齢独居、認知症の方など真に支援・加入が必要な方が取り残されます。また、「とびうめ@きたきゅう」というキラーコンテンツにより、人と人のつながりや地域活動を呼び起こす効果も期待できます。
 周りにまだ加入していない人がいれば、申出書を持って会いに行ったり、声をかけ合ったりする運動論が主役で、「とびうめ@きたきゅう」というICTネットワーク自体は脇役くらいが丁度良いと思っています。
 鈴木さんがICTを使う際に、人や事業がICTに振り回されないよう気をつけたのはどんなことですか。

鈴木●青木さんに指摘されたように、人と人とのかかわりが完全になくなってしまうのは避けないといけないと考えました。これについて配慮が必要だと思ったのはナビの仕組みではなく、つないだ後の行政の窓口の対応でした。相談窓口にたどり着けたにもかかわらず、実際の支援に結びつかなかった、ということだけは避けたかったのです。
 どういうことかというと、「窓口の担当者に冷たくされたのでもう二度と行かない」という人は意外に多いのです。そうした人は、「相談しても結局解決できない」と、がっかりして今後SOSを発信しなくなってしまいます。ですから、各相談窓口には、支援を必要とする人への対応を丁寧にしてほしいと頼みました。

青木●ICT以外の事業活動全体への配慮、人に対する際の心遣い、努力に敬意を表します。ほかの地域でこの事例を横展開されるときには、方法論だけを真似するのではなく、そういう「本質」がそぎ落とされないように注意する必要がありますね。

鈴木●「いろんな人に登録してもらうためには運動論的なことがないと広がらない」という話にはとても共感できます。
 静岡県島田市の社会福祉協議会などとともに、子育て家庭に食べ物を届ける「夏休み子ども食糧支援事業」を行っているのですが、この事業では、自治体のさまざまな課を巻きこみ、小・中・高校から、幼・保、小規模保育所、企業保育所を含めて全戸配布しています。
 もしかしたら就学援助、特定妊婦など重複することもあるかもしれない。でも、困った人限定にしてしまうと「本当は必要な人」にも行き届かなくなるかもしれない。なかなか個人でSOSが出しにくい部分を「子育て応援」という運動にすることで利用者が膨らんでいくんです。
 やはり、こうした広がりを意識して仕組みを設計されたのですか。

青木●まさに「どうやったら広がるか」にこだわりました。鈴木さんがおっしゃったように、難しい言葉を使わない、対象者に制限をかけないという部分、そして全戸配布も同じです。対象者を絞った瞬間、「私には関係ない」と思った人は、事業に関心を払わなくなります。
 それに今回予想外だったのが住民側の動きでした。この事業の構想段階では、各方面から個人情報などの問題に対する懸念が示されましたが、老人会や自治会など住民側が「大事な取り組みだ」と受け止めてくれ、彼らの声かけを通じて加入への動きが強まった。こうした「市民・生活者の常識」に立脚して事業を進めることは、今後も必要な精神だと思います。



使うのはあくまで人そこに可能性が生まれる


——試行錯誤されながら現在も取り組みをアップデートされています。周囲からはどんな反響がありますか。

鈴木●支援を必要とする人の反響に加えて、多くの自治体に興味を持っていただき、新たな交流も生まれました。ICTの活用を通して人と人、人と関係者、関係者と関係者がつながることで、支援が必要なところに支援を届ける新たなネットワークが広がる、その無限の可能性が生み出せると感じています。
POPOLOでは「生活相談ナビ」以外にICTの活用として、一時生活施設の全部屋にスマートスピーカーを置いています。
 これは面談などにも使っているのですが、話しかけるだけで事務所につながるから「お醤油が切れた」など、何でもないことでも連絡が来ます。電話や対面だと「今相談したら迷惑かも」と気を使ったり、ためらったりする人も、スマートスピーカーに向かってしゃべるだけなので、気軽に使えているようです。
 当初「対面じゃないと心が離れるのでは」と心配していましたが、電話やメールよりも心理的ハードルが低いので、離れているけれど心は近付くという印象です。
 声さえ出ればSOSも発せられるし、若い人に限らず携帯を使いこなせない年配の人や知的障害の人にも有効な見守りツールかもしれません。使うのはあくまで人。どこでどう使うか医療・福祉分野にも、使う人次第で上手に取り入れていくことは可能だと思います。

青木●「とびうめ@きたきゅう」で自動更新される病名や薬、健診の情報が治療に活用されることはもちろんですが、普段利用している医療機関やケアマネジャー、家族・知人の緊急連絡先などの情報を医療機関で共有できるようになったことで「かかりつけ医が分かったので退院後の受診がスムーズにできた」「ケアマネジャーとすぐに連絡が取れ、退院後の支援の方向性を一緒に考えることができた」といった成果が出ています。
 医療者に本当に共有してもらいたい情報は患者の生活情報や価値観であり、「とびうめ@きたきゅう」を介して、こうした情報を知っている人とまずつながってほしいというのが真の狙いです。医療モデルではなく、社会モデル・生活モデルで活用してもらいたい。
 また、全高齢者の登録を目指すには、この仕組みの成果を市民にきちんと伝えていく必要があります。
 ICTの仕組みを導入しただけでは望むような成果は出せないと思います。システムを必要とし、活用する人たちの問題意識や実務に寄り添ったものをつくらないと、木に竹を継いだようなICTになってしまう。行政は、まずは各支援者や当事者の努力や試行錯誤に敬意を払い、現場の声を聞き、力を合わせて泥臭く一緒に取り組む。その姿勢が不可欠だと思います。


 

 
出  典 : 広報誌『厚生労働』2021年8月号 
発行・発売: (株)日本医療企画(外部サイト)
編集協力 : 厚生労働省