Approaching the essence─「社会のリアル」に学ぶ─

コロナ禍の「孤立」
若者が自殺を選ぶ理由を探る


 厚生労働省は、国民生活に最も身近な省庁と言われますが、日々の業務で、一人ひとりの暮らしという視点を意識することが減っています。暮らしを支える社会のセーフティネットも弱まるなか、厚労行政の将来を担う職員が「社会のリアル」から学ぶ勉強会を、人事課と広報室で定期的に開催することにしました。今回は第三回勉強会の様子を紹介します。

<エピソード 1>
悩んでいる若者に
身近な支え手の支援こそ鍵


 身近な若者の悩みに気づき、声をかけ、話を聴いて見守り、必要な支援につなげる「ゲートキーパー」の育成に取り組む石井さん。「死にたい」という気持ちを受け止める支え手を支援するなかで見えた、若者たちのリアルな声にスポットを当てます。



いしい・あやか●1989年、福島県生まれ。精神保健福祉士。2012年、特定非営利活動法人Light Ring.設立。全国若者自殺対策ネットワーク共同代表、革新的自殺対策研究推進プログラム共同研究者、作新学院大学客員准教授、新宿区・港区の若者自殺総合対策会議委員を務める。


若者の自殺率第一位の日本

 若者の自殺率がとても高いという日本の現実があります。10代から30代の死因の第一位は自殺で、特に20代では亡くなる人のうち、2人に一人が自殺です。先進国G7のなかで、死因の第一位が自殺という国は日本だけです。また、18~22歳の若者のうち4人に一人が自殺を本気で考えたことがあるとのデータもあり、10人に一人が自殺未遂を経験しています。

 さらにコロナ禍において、20歳未満の若者の昨年8月は自殺者数91人。前年同月比2・2倍になっています。特に女子中高生では、中学生が前年同月比4倍、高校生が7倍以上に急増しています。今年の1月から3月にかけ、さらに増加することが予想されます。


若者の自殺の背景としての社会的孤立

 日本で若者の自殺が多いのは、社会的孤立が大きな要因です。中高生、大学生など若者の場合は、「自分など社会にいてもしかたがない」というのが孤立の感覚であり、はたから見たら「そんなことで」という理由で死を選んでしまいます。

 コロナ禍の続く今、社会的孤立がより深刻化していると考えられます。学校や大学、塾などのオンライン化が進んでいる、再開した学校になじめない、家庭で過ごす時間が増え、悩みごとや心配のない子どもとして振る舞わなければならないなど、相談への心理的・物理的障壁が高くなっています。

 実際に、家庭が経済的に困窮しているため進学への不安がある、学びの機会が減って勉強についていけなくなり学業不振に陥って不安感を抱いている、家庭にはいるが心の拠り所がなく長時間お風呂やお手洗いに閉じこもっている、母親の愚痴を始終聞かされ精神的にまいってしまったというケースも我々のもとに届いています。


悩みを話せる存在が必要

 私たちの法人は、当初、カフェで話を聞く活動をしていました。そこで話を聞くと最初は、自分の悩み事ではなく「友達や彼氏が○○のことで悩んでいて」と悩みを聞く側として打ち明けます。しかし、60分間の最後の5分で、実は自分の話だったと言うのです。若者は、自分が悩んでいることを打ち明けることが難しい繊細な殻をもっていることに気づき、そこから私たちは支え手の支援に切り替えました。

 自殺念慮を抑え自殺を思いとどまった理由をみても、2016年日本財団いのち支える自殺対策プロジェクト『日本財団第2回自殺意識調査』では、「家族や恋人などが悲しむことを考えて」との回答が多くを占めていました。また、内閣府の『第2回青少年の生活と意識に関する基本調査報告書』では、15~17歳の青少年が悩みを相談する相手の第一位は「学校の友だち」で70.2%となっています。

 悩んでいる身近な人を支えたいと思っている若者も、確かに存在します。私たちはこれまで10年間で15,000人以上をサポートしてきましたが、その8割に当たる12,000人以上が「友達が悩んでいたら助けになってあげたい」と答えてくれました。しかし、どう支えていいのかわからないという若者が多いのも事実です。

 生活しているなかで、自然に悩みを打ち明けられる存在が、自殺を防ぐためにはとても重要なのです。その役割を担う存在を増やすことができるという思いから、当法人はゲートキーパー養成事業に取り組んでいます。


「ゲートキーパー」(支え手)を支えることの意義

 ゲートキーパー養成講座は、中学生から大学生を対象に開催しています。講座では自殺問題の基礎知識や、身近な人の異変にどう気づくかなどの講義のほか、実際に友達の悩みを受け止めて記録し、それを用いて、悩み相談を受けた経験をグループで共有します。

 さらに、事例をもとにディスカッションをすることで支え手同士のコミュニティ形成を行います。ゲートキーパーの孤立を防ぐため、悩みを受け止めるスキルだけでなく、自分が悩みを話すスキルも学びます。

 また、私たちは、「ringS」というゲートキーパーの居場所活動もオンライン上で行っています。若者と同世代のファシリテーターがringSの運営に従事しており、なかには、自殺未遂をして立ち直った人、友達の死を止めた人もいます。運営に従事する者も含め、多くの10代や20代の若者が「死にたい」という声を実際に聞き受け止めています。

 孤立が自殺を生んでしまう状況があるなかで、つながりや友達をつくることで安心できる環境を、社会支援として用意していくことが求められています。これは、コロナ禍で一層重要になっています。孤立を防ぐことは自殺防止をはじめとする社会課題への対応において、喫緊の課題です。

 若者のゲートキーパーは、Instagramのストーリーなどリスティング広告や専門家の手も届かない若者のSOSに早期に気づき、悩んでいる若者に直接声をかけやすく、率直に話を聴いたり継続的にかかわっていくことで孤立を防ぐ関係性を構築しています。

 身近な友達などのSOSに気づきやすい同世代のゲートキーパーの育成・支援を強化していくことが、若者の自殺・孤立を防ぐために、強く必要とされています。



<エピソード 2>
夜の街での声かけから始まる
困難を抱える女性たちへの支援


 さまざま困難を抱える若い女性たちにアウトリーチし、適切な社会資源につなげる活動に取り組む坂本さんが、彼女たちの生きづらさを伝えます。



さかもと・あらた●1971年9月生まれ。大学卒業後、民間警備会社に就職し中央省庁の営業窓口等を担当。その後、ホンジュラス、ロシア、中国の日本国大使館のセキュリティ要員に。帰国後、退職し国際NGO、国内NGOに勤務。2020年、特定非営利活動法人レスキュー・ハブを設立。


活動の中心は繁華街夜回り

 私が代表を務めるレスキュー・ハブの「ハブ」とは、社会的な弱者を適切な社会資源につなげるという意味です。性的搾取の被害者、犯罪被害者、ストーカー等のつきまといなど、性に関する困難を抱える女性たちにリーチし、関係性を築くことで孤立を防ぎ、適切な社会資源につなげる役割を担いたいと考えています。

 活動の中心は、繁華街での対面アウトリーチの実施です。繁華街を夜回りしながら、困難を抱えている様子の10代から30代の女性に声をかけています。現在、週1~2回、1回につき約2~3時間、都内の新宿・歌舞伎町や池袋の駅周辺などで取り組んでいます。

 声かけの対象は、街頭で所在なさげにしている女性、ガールズバーなどの店舗前に立ち客引きをしている女性、売春が疑われるなど気になる兆候の見える女性です。

 突然、見知らぬ人から声をかけられたら、特に若い女性の場合は警戒心を抱きます。そこで、我々はマスクやクレンジングペーパーなどの配布物を用意し、その裏に相談カードを貼付。何かあったときに連絡してくれれば全力で守ると伝えています。


なぜ助けを求めないのか?

 なぜ風俗店で働くのか。その理由は多岐にわたりますが、多くは経済的な困窮です。シングルマザー、非正規職員、発達障害、知的障害、学費、奨学金返済、借金などが困窮の背景にあります。虐待、ネグレクト、自己肯定感の低下、親の障害、児童養護施設出身のため頼れる場所がないなど、環境も大きな要因です。騙しや脅し、DVなどの延長として風俗業に至るケースも。

 自ら助けを求めない理由もさまざまです。風俗で働いていることを知られたくない、被害にあっていると感じていない、公的制度や支援団体の存在を知らない。あるいは、自分が支援の対象だと思っていない。なかには、自治体に頼りたくても、住所不定や健康保険証がないなど、本来すべき手続きをしていないため、不安が先行して身動きがとれないケースもあります。

 このように、自らの力で支援窓口につながれない女性が多いため、現場を歩いて声をかける必要があるのです。そうすることで、当事者の置かれている環境が変わる可能性があると感じています。


事例から浮かび上がるもの

 すべてが自殺の問題に直接結びついているわけではありませんが、我々が出会った女性たちが抱えている困難について、事例を交えてご紹介しましょう。

<事例①>
風俗店勤務のケース
 緊急事態宣言期間中に、勤務していた風俗店の営業時間が短縮、あるいは閉店したために収入が激減。完全出来高制の業界ゆえ収入ゼロの日も。そこで、街頭で直接声をかけて売春することで生活を維持していこうとしている女性たちがいます。

<事例②>
ガールズバーキャストのケース
 親との関係の悪化などで、生活のためにガールズバーで働き始めるのですが、ホストクラブを頻繁に利用するようになり支出が増加。困窮に至る女性たちもいます。なかには、同居人によるDV被害にあって体はあざだらけなのに、共依存の関係があり離れられないケースもあります。
 ガールズバー勤務の女性は入れ替わりも多く、知り合って半年くらいで退職する方もいます。同居者の大半はホストで、妊娠が理由で退職する方も少なくありません。困ったときは連絡するように伝え、緩くつながり続けている女性もいます。

<事例③>
シングルマザーのケース
 幼い子を持つシングルマザーで、所持金が底をつきそうな状態で出会う方もいます。
 ある女性から、「ここ数日、死にたいという気持ちが強くなっている。自分でも怖いから心療内科に連れていってほしい」と頼まれ、医療機関で薬を処方してもらったこともあります。ここまではなんとか乗り越えていますが、非常に危うい状況と心配しています。

<事例④>
未婚妊婦のケース
 これも非常に多いケースです。妊娠に気づくのが遅れ、経済的余裕がないことから、医療機関の受診をほとんどしていない。出産予定日の数日前に初めて電話相談があったこともありました。所持金もほとんどない、母子手帳もない、定まった住所もないなど、困難が重なっている。予期せぬ妊娠をした女性を支援する団体と一緒に動くことや、特別養子縁組につながることもありますが、なかには過去に嬰児殺人として報道された事例と同様のケースに直面することもあります。


一歩踏み出す勇気と覚悟

 当事者が置かれている環境は千差万別ゆえ、支援をマニュアル化することは困難です。それを踏まえた上で、臨機応変かつ迅速に対応しなければ支援につなげることはできません。

 日本では、当事者の自己責任を問う声が多い。しかし、今の状態に至ってしまった理由を問うことは重要ではないと考えます。風俗や水商売を否定するのではなく、本人が抜け出したいと願うのなら、孤立を防ぐためにも、寄り添って一緒に行動していく大人が必要です。

 また、私以外につながる場所がないと、共依存に陥る危険や自立が困難になる可能性もあります。どんなに難しい状況でも次の案を考えていく。

 どの方も様々な事情を抱えているため、関わることで自分が抱えることも増えますし、面倒な問題に巻き込まれることもあります。

 そのため、支援する側には、今自分が立っている位置から一歩踏み込む勇気が求められます。しかし、それでも踏み込み、当事者が再生の入り口に立つまで支援のステージを降りない覚悟がなければ、当事者との信頼関係を築くことは難しいと考えています。






<意見交換>

中野●坂本さんが紹介されたのが、極端なものではなく、よくあるケースだと知り驚きました。
 SNSでは人との距離は一気に近くなりますが、リアルなコミュニティではないので支援の難しさもありそうです。

石井●SNSの普及に伴う支援へのプラス面でいえば、支援機関に行かなくてもSOSを出せることです。マイナス面は、若者の使い方が精神的に近づきすぎることです。友達の希死念慮を受け止める学生が「返事をする間が空くと、相手が自殺するかもしれない」と秒単位で返答することに限界を感じているケースもあります。上手に距離を図ることが困難となる実態が多数存在します。

坂本●便利な面は、困ったときに、たとえば、「風俗・止めたい」「援助交際・相談」などと検索すると、支援機関の広告を表示できることです。広告により、前年の倍くらいに相談が増えた例もありました。
 その反面、相手が見えないので、40代の男性でも、「16歳の高校生」と言われれば信じてしまう。相手を同性と思い込み、たとえば乞われて下着の写真を送ってしまう。そこで「言うことを聞かなければネット上にばらまく」などと脅され、要求がエスカレートし被害が深刻化する現実もあります。
 また、私が出会う女性は、支払いが滞り電話機能が使えない方がほとんどです。Wi-Fi環境という制約があるので、連絡を取りたいときに取れないのが課題です。

オンライン参加者●支援する人自身が共感、同情しすぎて辛くなることはありませんか。

石井●子ども・若者自身が身近な相談相手になる活動で大切にしているのは、支え手のセルフケアです。バーンアウトしてしまうと、相手をより孤立させて傷つけてしまいます。自分の健康状態を定期的に確認して、その上で話を聞いてもらうようにしています。

坂本●これは当たり前ですが、どのような状況でも当事者と不適切な関係にならないことに注意しています。また、当事者が私とだけではなく、中長期的な安心・安全を確保するためにも公的機関につなげるように気をつけています。

横山●コロナ禍の影響は、元々辛い状況の方により強く及んでいると思っていましたが、事例を伺い、こんなに深刻な現実があるのだと改めて気づかされました。
 私たちは、制度側から見て対象者を考えがちですが、実際の相談では、本人が複雑に抱えている問題を少しずつ解きほぐしていく作業なのだと思います。お二人はどのようにされているのでしょうか。



石井●主訴として本人にとって一番つらいことから解決するようにしています。次に私たちの活動だけではなく他の支援機関との連携体制を図ります。しかし、支援機関の情報はあるが、本人のために、実際のところどこまでサポートしてくれるのか、明らかでない点も支援現場の問題だと言えます。

野崎●相手にどういう悩みがあるのかも、つなぐ先があるのかも分からないなかで、私であれば、立場を越える一歩を踏み出せるのか。重い判断だと感じました。

坂本●妊娠であれば医療機関、犯罪被害であれば警察が、支援団体同様、当事者の状況を理解して受け入れてもらえるようにコミュニケーションを取っています。

石井●私も横のつながりが大事だと思います。支援者支援が強固になっていけば、いざというときに相談を受ける側の若者も、さらに専門家にも助けてもらえると思える人が増え、踏み込める人も増えていくのではないでしょうか。

吉田●本人が抜け出したいと願うなら、寄り添って一緒に行動する、という覚悟に感銘を受けました。私自身は、夜の街の存在をどう考えればよいか、迷います。

坂本●私個人としては、倫理的側面から見れば、金銭を介した性の売買はない方がいい。しかし、その手段でしかその日の糧を得られない女性たちがいることもまた現実です。性風俗の是非は一旦横に置き、現況以上に状況が深刻化しないための選択肢を提示できればと思いながら支援しています。





勉強会を終えて

〈オンライン参加者から〉




〈主催者から〉
 今回の勉強会でも、若い世代に広がる深いリスクに、参加者は皆衝撃を受けていました。前回根本さんから、若い世代に自己責任論が染みついて助けを求めないとありましたが、今回紹介された、希死念慮を持つ若者や様々な理由で夜の風俗で働く女性たちに同じ姿が重なります。
 辛くても助けを求めようとしない――これまでの社会を築いてきた世代は、将来の日本を担う彼らが、社会の様々なひずみの被害者となっている、その現実を真摯に受け止めなければなりません。それは私たちも同じです。
 今回の講師のお二人のお話からは、身近な関係性と専門的な支援機関がそれぞれ別個のものとしてではなく、双方が重なり合うことで、声を上げられない若者たちに支援の手が届く可能性を感じました。そして、身近な支援者も専門機関も単独でできることには限界がありますが、身近な支援者を支え、専門機関同士の横のつながりを強めることで、セーフティネットが厚くなることも学びました。
 若い世代が生きやすいと感じられる社会としていくため、行政のこれまでの立ち位置から勇気をもって一歩踏み出していきたい、その思いを強くしました。

野﨑伸一:大臣官房総務課 広報室長
吉田 慎:大臣官房人事課 企画官



 
出  典 : 広報誌『厚生労働』2021年3月号 
発行・発売: (株)日本医療企画(外部サイト)
編集協力 : 厚生労働省