社会との接点から広がる、医師としての多彩なキャリアの可能性
健康・生活衛生局 感染症対策部 感染症対策課長木庭 愛KOBA Ai
平成16年入省。保健統計、食品安全、医師養成・医師確保等医療政策、移植医療対策、母子保健等を経て現職。公衆衛生大学院(英国)留学、WHO本部(スイス)や茨城県への出向も経験。
医科ベテラン・管理職
医療政策国際保健・留学ワークライフバランス
平成16年入省。保健統計、食品安全、医師養成・医師確保等医療政策、移植医療対策、母子保健等を経て現職。公衆衛生大学院(英国)留学、WHO本部(スイス)や茨城県への出向も経験。
医科ベテラン・管理職
医療政策国際保健・留学ワークライフバランス
学生時代は臨床・研究以外のキャリアを考えたこともなかった私が、「医系技官」の存在を知ったのは、内科研修医2年目の時でした。2003年当時、それまで世界が経験したことのなかったSARS(重症急性呼吸器症候群)がアジアを中心に多くの地域に広がり、日本にとっても脅威となっていましたが、WHOが迅速に対策を講じ、早期の制圧に成功したというニュースに感銘を受け、医師として、世界規模の感染症対策、公衆衛生対策に貢献する仕事もあることを知ったのです。
研修医として、日々病棟や外来で患者さんと向き合いながら、臨床スキルを身につけるために奮闘していた私にとって、それまで全く馴染みのない分野でしたが、チャレンジしてみたい、という思いが募りました。周りの先生に相談したところ、まずは厚生労働省で医系技官として仕事をして、行政分野の経験を積んだらどうかという助言をいただいたことがきっかけで、この世界に足を踏み入れることとなりました。
入省後は、動機となった感染症対策を皮切りに、約1~3年ごとに、省内外、様々な立場で、保健や医療に関する仕事に携わってきました。
厚生労働省に入ってみると、医系技官としての仕事は、臨床と似ているところもあると感じました。たとえば、治療方針の決定に際しては、診察・検査等によって患者さんの病状を評価した上で、治療によるメリットやデメリットをエビデンスに即して患者さんやご家族に説明し、これらを勘案しながら、一緒に治療方針を決めていくと思いますが、政策の企画立案も同じです。現場の方々の話を聞いたり、調査を行うことなどにより現状・課題を把握した上で、エビデンスを踏まえた対応方針を考え、関係者の意見を聴きながら、調整・検討を進めます。
しかし、医系技官の仕事は、制度を作ったり、改正することによって、全国の医療、ひいては全国民に影響を及ぼすというところに、臨床との違いがあると感じます。また、国際対応においては、日本という国の代理人として仕事をすることや、国際公務員として、グローバルな視点で人々の健康にとっての最善を考えて仕事をすることもあれば、自治体に出向すれば、より住民に近い立場で、地域に即した具体的な制度設計を考える仕事をすることもあるなど、幅広く、多様なフィールドで仕事をすることになります。
これまで20年近く医系技官として仕事をしてきて、大きなやりがいを感じる瞬間や、尊敬すべき人との出会いを多く経験してきましたが、印象に残っている仕事の一つに、WHOでのエボラ出血熱対応があります。
2014年、WHOで日本政府からの拠出金を管理する部局に在籍していたときに、西アフリカを中心にエボラ出血熱の大流行が起こりました。それまでの流行多発地域(中央アフリカ)と異なる西アフリカで発生し、死者に直接触れて弔う風習等を通じて感染が広がり、ついには首都に入ったことで爆発的に患者が増加するとともに、空路を通じて他大陸にも広がりました。もともと医療体制が脆弱な地域だったところ、患者の急増による需要のひっ迫に加えて、医療従事者も多く感染したことにより、現地の医療も壊滅的なダメージを受け、事態は深刻でした。致死率が非常に高い(約50%)疾患であるため、国際社会も事態を重く見て、8月にWHOが「国際的に懸念される公衆衛生危機」を宣言し、9月に国連安保理が「国際の平和と安全に対する脅威」と決議する事態にまで至りました。必然的に、外部からの支援に頼りながらの対応となりましたが、外部支援のコーディネーションも、WHO等の国際機関の重要な役割です。私の所属する資金調達チームは、現地が必要としている支援を国際社会に訴えて、各国から申し出られた物資や資金の援助を最も効果的に活用できる配分先を考え、ドナー国と契約を結ぶというオペレーションを繰り返していました。
そのような夏のある日、日本政府から、とある自治体が新型インフルエンザの発生に備えて備蓄しているPPE(個人防護具)を、エボラ出血熱に苦しんでいる西アフリカの人々のために役立てたい、との申し出を受けました。WHOのロジスティックチームに相談したところ、現地ではあらゆる物資が極端に不足していて、日本の質の高いPPEは大歓迎、とトントン拍子に話が進みました。
ところが、実際に現地に話を持っていくと、日本のPPEは、材質は非常に優れており、機能的にもエボラ対応に適したものでしたが、当時主流であった宇宙服のようなカバーオールタイプとは異なるセパレートタイプでした。
現地関係者に、いくら科学的に問題ない旨を話しても、反発が強くなる一方であったため、PPEの現物を携えてシエラレオネとリベリアに赴くこととしました。
現地で、実際にレッドゾーンでエボラ患者を診察しているドクターに話を聞きました。セパレートタイプのPPEでもあなたを感染から守ることができる、科学的に証明されていると話したところ、科学的にはそうかもしれないけど、不安だし本当は怖いんだ、と言われたのです。同僚医師が次々と流行中心地を去る中、使命感を持って、文字通り命懸けで仕事をしている若いドクターの言葉を聞いて、それまで、安全な場所で、現地でセパレートのPPEを使ってもらう方法ばかりを考えていた自分を恥じました。そして、理論的な原則論ばかりを押しつけるのではなくて、一番大変な思いをしている人、当事者に寄り添い、彼らの感情を受け止めつつ、総合的に一番よい選択肢は何かを考えることにしました。
最終的に、日本のPPEは、ギニア、リベリア、シエラレオネ、マリで、発熱患者がまず訪れる地域の保健所(診療所)で、基本的な感染対策のための個人防護具として広く用いられることとなり、現地で多くの人を感染から守る役割を果たすことができたと思っています。
科学的エビデンスは政策決定において基盤となるものですが、これが全てではありません。困っている人の心情や世論、公平性、費用対効果といった様々な要素を勘案して落としどころを探っていく、そんな仕事の仕方が行政官には求められることもあります。
学生さんや若い先生方とお話をしていると、男女問わず、将来の子育てとキャリアの両立について情報を求めている方が多いと感じます。
私自身、二人のこどもがいますが、こどもの成長過程で必要な人事上の配慮を頂いたり、職場の上司や同僚、後輩の理解、助けを頂きながら、仕事を続けてきました。
私の場合、出産後にロンドンに2年間留学(修学中は夫が育児休暇を取得)、帰国後は、国会対応や緊急対応のない部署(統計情報部(当時))に配属となりましたが、育児を経験した先輩ママの上司・同僚も多く、育休からの復帰直後にとても心強かったことを覚えています。また、統計調査は、現状を正しく理解するための基本・政策立案の基盤であり、このときに習得した、公的統計に関する知識は、その後配属された多くの部署において役立つものとなりました。
その後、こどもが6歳、3歳の時に、スイスでのWHO勤務の機会を得ました。現地にこどもを連れて単身で赴任しましたが、幸い良いナニーに出会い、家事・育児の多くの部分を彼女に助けられながら、アフリカへの1週間の出張も含め、3年間、求められる任務をほぼこなすことができたと思っています。
現在は、こどもも大学生と高校生になり、学校からの緊急の呼び出しといったことはなくなりましたが、こどもの卒業式や入学式など、家族でともに時間を過ごすことを優先したいときには周囲の理解を得て、休暇を取るようにしています。
また、自身の育児もそろそろ卒業の時期を迎えつつあった3年前に、新しくできたばかりの「こども家庭庁」で改めて「子育て」とじっくり向き合う機会を得ました。この十数年で、育児をとりまく状況は大きく変わったと感じています。育児と仕事の両立を目指す方々を、政府は全力で応援しています。自分の人生・生活の基盤があってこそのキャリアです。制度を上手に活用しながら、ぜひ自分なりのスタイルを模索していただきたいと思います。
技術革新が進み、高度に発達した生成AIが多くの既存の職業の役割を代替しようとしています。しかしながら、保健・医療に関する、地域、国、世界の様々な課題の解決に向けて、エビデンスを基盤に、現場の声に耳を傾け、関係者から知恵を頂き、時代のニーズを意識しながら先の見通しを立てて取り組むという医系技官の仕事は、どんなに技術革新が進んだ時代にあっても、社会から必要とされるものです。興味を持っていただいたあなたと、いつの日か一緒に仕事ができることを楽しみにしています。