医系技官Voice

医療が複雑化する中、私たちの役割はより重要になっていきます

健康・生活衛生局 感染症対策部長鷲見 学SUMI Manabu

平成9年10月入省。診療報酬、環境保健、食品安全、精神保健、がん対策の他、WHOや国連代表部、外務省等にて国際保健に従事。健康課長、地域医療計画課長として新型コロナ対応。内閣感染症危機管理統括庁内閣審議官を経て現職。ハーバードにてMPH取得。

医科ベテラン・管理職

感染症対策国際保健・留学

健康・生活衛生局 感染症対策部長 鷲見  学
健康・生活衛生局 感染症対策部長官 鷲見  学

様々な部署で身についた能力

厚生労働省の施策は、基本的に科学的なエビデンスに基づき講じています。そして、医系技官の最も重要な役割は、施策の方向性を正しく定めるために科学的なエビデンスを収集・分析して判断すること、そして、その正しい施策を講ずるための合意形成を行うことです。

科学的なエビデンスに基づく施策を講ずるためには、法律や制度などの仕組みを変更したり、それに対応する人員・組織や必要な予算を確保したりする必要があります。また、新しい施策を講ずることによって、様々な施策効果を出すことが期待されるわけですが、同時に、これまでの施策を変更することになるため、何らかの影響がどこかに必ず出ることから、事前にそうした影響を分析することがとても重要です。

臨床現場の医療従事者、都道府県や市町村などの自治体、日本医師会などの職能団体、製薬企業などの民間企業、患者団体、国会議員の先生方など様々な関係者と連携して、施策の効果や影響に関するデータや実例などを丁寧に収集・分析した上で、施策の妥当性を確認することが必要です。そして、正しい施策を前に進めるためには、時間軸やプロセスを含めて関係者間で合意形成を行う必要があります。上記のとおり、こうした合意形成に向けたプロセスはとても大変ですが、医系技官として、科学的な分析等の役割に加えて、関係者間での合意形成プロセスに関わり、科学的な分析を踏まえた粘り強い交渉を行うこともとても大切な役割と感じます。

私自身も、入省以来10以上の部署を経験してきましたが、すべての部署において、それぞれの案件はもちろん異なりますが、常にそうした役割が求められてきました。そして、過去の部署の一つ一つの経験や知識の積み重ねやその過程で構築されたネットワークが私自身の糧になっており、その後に着任した部署で役立っていると感じます。

政府の組織・部門の中で重要ではないところは一つもありませんが、医系技官が配属される部署は基本的に人の健康・命に関わる保健・医療分野であり、特に重要な部署であることは間違いありません。

現在のポストの魅力

現在のポストは感染症対策部長となります。感染症対策部は、新型コロナの経験を踏まえて2023年9月に厚生労働省内に新しくできた組織です。このように組織自体も時代とともに進化していきます。現在は、水際対策を担当し部全体を統括する「企画・検疫課」、感染症の動向を把握し、様々な施策を講ずる「感染症対策課」、そして予防接種を担当する「予防接種課」の3課が感染症対策部の中にあります。
一方、感染症対策はこの3課だけで対応できるものではなく、医療や物資、研究・開発を担当する省内の他部局や、政府の感染症危機管理の司令塔機能として感染症対策部と同時期に新設された内閣官房内閣感染症危機管理統括庁や他省庁とも調整する必要があり、感染症対策部はその窓口になっています。感染症対策部長は部内の仕事を統括することに加えて、他部局や他省庁との連携を迅速にそして円滑に進め、厚生労働省の感染症対策全体を率いることが求められます。

感染症に関しては、新型コロナの蔓延により全国民が注目することとなりましたが、新型コロナ以外にもインフルエンザ、RSウイルス、マイコプラズマなど季節性の感染症から、結核、HIV/AIDS、梅毒などの性感染症等まで幅広くあります。私の現在のポストの仕事は、これら多くの感染症に関して、国内外の発生動向や治療薬・ワクチン・検査といわれる感染症に対峙するために必要ないわば「武器」となる3点セットの研究・開発の状況、予防接種ワクチンの出荷状況や接種率など、感染症に関する様々な情報が私のところに集められ、そうした情報を分析し、厚生労働省としての判断を行うことです。

環境省や食品安全部で学んだ化学物質や食品の「リスク評価」や「リスク管理」の考え方やそうしたリスクを伝える「リスクコミュニケーション」の方法などは今の仕事でもとても役立っていますし、国際保健分野で学んだ国際機関との関わり方や国際交渉、外交ルートの活用方法は、国境がない感染症分野においてとても役立っています。

これまで培った行政経験や公衆衛生の知識、ネットワークを最大限活かしながら、一方で予算や人員をはじめ一定の制約がある中で、感染症から国民を守るために必要な施策をうつことは簡単な仕事ではありませんが、大きなやりがいをもって取り組めていると感じます。医系技官としての一つ一つの経験の積み重ねが現在の仕事に活きており、日本国政府の感染症対策に貢献できていると実感できることが、現在のポストの最大の魅力です。

医系技官の魅力

医系技官の魅力は医系技官が関わる仕事の高い重要性にあると私は強く思います。そして、逆説的かもしれませんが、仕事の困難度が極めて高いことや影響力が大きい判断を適切に行わなければならないことによる責任の大きさも仕事のやりがいにつながっていると感じます。

保健医療の現場における課題を認識したら、その課題を解決するために様々な情報を入手・分析・評価し、適切な施策を打つ必要がありますが、これは医療現場において症状がある患者について、症状や検査結果等に基づき診断して処方する医師の仕事そのものと感じており、厚生労働省に入省してからも医師としてのアイデンティティを失ったことは一度もありません。

現在の医療の世界においては、ロボット技術やAI、遺伝子技術のような新しい技術や、アプリを活用した取り組みや医療DXの進捗、新しいワクチンや治療薬などイノベーションが次々と生まれています。こうした素晴らしいイノベーションを現場の診療に、迅速かつ適切に導入することは極めて重要ですが、こうした技術の評価や承認プロセス、倫理面の課題、法令上の整理、現場における診療報酬などの運用など様々な課題を整理・解決する必要があり、医系技官の役割はますます高まっています。時代が医系技官を求めているといっても過言ではないと感じています。

医系技官に興味がある方にメッセージを

新型コロナウイルス感染症に対応している間は休みもとれず大変な日々が続きましたが、これまで医系技官として20年以上の経験を積んできたのは、100年に1度ともいわれる、この公衆衛生危機に対応するためだったと強く感じさせられました。医系技官の仕事は、患者さんに日頃感謝される臨床現場の診療とは異なりますが、医療従事者の業務や患者さんの医療へのアクセスに直接影響する大切な仕事です。誰かがやらないといけない、でも誰もができるわけではない、とてもやりがいのある仕事です。そうした仕事にチャレンジしたい方をお待ちしています。

健康・生活衛生局 感染症対策部長 鷲見  学