医系技官Voice

#08医系技官Voice

劇的に変化する国際保健課題

世界保健機関本部 事務局長補 (医薬品・医療材料アクセス担当)中谷 祐貴子NAKATANI Yukiko

平成13年入省。米国保健福祉省派遣、健康局新型インフルエンザ対策推進室長、保険局医療課医療技術評価推進室長、岡山県保健福祉部長、医薬・食品衛生局血液対策課長、内閣官房COVID-19ワクチン担当参事官、健康局がん・疾病対策課長を経て、現職。

世界保健機関本部 事務局長補 (医薬品・医療材料アクセス担当) 中谷  祐貴子
世界保健機関本部 事務局長補 (医薬品・医療材料アクセス担当) 中谷  祐貴子

医療機器・医療技術の実用化をライフワークに

2001年に入省後は、医政局医事課に配属され医系技官として初めての仕事として、医師臨床研修制度の創設に携わりました。日本初の医師臨床研修マッチングプログラムの開発や臨床研修到達目標の設定などを担当し、マッチングアルゴリズムの設計や海外関連制度に関する資料のとりまとめ、米国マッチングプログラムの調査、研修到達目標を検討する研究班や審議会の運営など、忙しくも充実した日々の中で、医系技官としての基本的なスキルを学ぶ貴重な時期だったと思います。

2004年から保険局医療課で診療報酬改定や高度先進医療の評価などに携わり、その頃から医療機器などを用いた先端医療技術の実用化に関心を持つようになりました。医薬品と異なり、医療機器や医療技術は導入にあたって医療機器を使用する医療者側の技術習得や提供に適切な環境も考慮する必要があります。先端技術を扱うための施設側の要件や、学術団体が認定する専門医制度などを評価項目に組み込むための法的な制度設計などに携わっているうちに、医療機器や医療技術の実用化を自分のライフワークにしたいと考えるようになりました。その後、医政局経済課で医療機器を担当することになりました。米国FDA(Food and Drug Administration)や欧州認証制度との制度の違いを踏まえた制度改正や、薬事承認されていない医療技術の評価制度の創設などの経験をすることで、先端医療技術の実用化が私のライフワークになりました。その後も多様な部署を経験しますが、医療機器や医療技術のことはいつも頭の片隅にありました。

2009年の新型インフルエンザH1N1流行の翌年、米国保健福祉省への派遣の機会を得ました。新型インフルエンザH1N1の経験を踏まえ米国保健福祉省との健康危機管理に関するリエゾンの役割で派遣されたのですが、その際もそのことを念頭に、研修先はFDAの中でも医療機器の審査を担当するCDRH(Center for Devices and Radiological Health)と、保健福祉省のうち危機対応に必要な医薬品や医療機器の開発を推進するBARDA(Biological Advanced Research and Development Authority)を選択しました。米国では、国立研究所や大学研究所、技術力のある関連企業を巻き込んで、いかに戦略的に危機管理対応医薬品等(MCM、Medical Countermeasures)を開発し、実用化に持っていくか、危機時であっても十分なMCMを確保できるよういかに他国と協力・連携して生産能力を高めるか、といった取り組みを進めています。そして、その懸け橋がBARDAの機能になります。米国派遣ではそのための貴重なノウハウを学ぶことができたと思います。現在は、COVID-19をきっかけに、日本にもSCARDAという組織ができましたし、今後、国立健康危機管理研究機構も設立される予定です。これらの組織が、将来の感染症健康危機における対応において、日本をリードする重要な役割を担うことになると思います。

2012年、WHO本部への派遣では、WHOで初となる必須医療機器リストの作成プロジェクトに携わりました。母子保健分野に関連するガイドラインを履行するために必要な医療機器のリスト作成は、同じく国際機関であるUNICEF及びUNFPAと共同で行うプロジェクトでした。UNICEFのオフィスはデンマークのコペンハーゲンにあり、会議のため何度か訪問しました。物資の輸送拠点でもあるため、港湾に隣接する巨大な倉庫と管理システムがあり、実際にその一部を見学させてもらいました。他の国際機関との共同プロジェクトでは、機関間のシステムの違いなども理解でき、とても新鮮な体験となったと思います。

改めて、自分のライフワークとして医療機器と医療技術の実用化に携わりたいという希望を持ったことがきっかけで、異なるように思える様々な経験も一貫して、必要な知識を積み上げるために欠かせない、どれも重要なものだったと今は感じています。

そして現在、WHO本部への2回目の派遣の機会をいただきました。ここでも、医療機器と医療技術の実用化に関係する仕事にも携わることになり、事務局長補として充実した日々を過ごしています。

新型インフルエンザH1N1とCOVID-19の経験

2009年、新型インフルエンザH1N1の世界的流行により、WHOはPHEIC(国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態)を宣言しました。日本は他の先進国と比較しても極めて少ない死亡者数でした。要因は様々指摘されていますが、国民の感染対策の意識の高さ(手指消毒の励行、マスクの着用等)、医療サービスへのアクセスの良さ、有効な診断薬、ワクチンや治療薬が確保可能であったことなどが挙げられています。他方、2020年にPHEICが宣言されたCOVID-19は、当時は有効なワクチンや治療薬がない病原体でした。ワクチンの実用化には少なくとも数年、多くは10年以上かかるといわれますが、COVID-19ワクチンは約1年という従来にないスピードで開発されました。これは、100日ミッション計画と呼ばれる国際協力の下で、各国が莫大な投資を通じ、ワクチンの開発と供給に力を注いだからです。そして開発されたワクチンは、新たな枠組みを通して、途上国にも提供されました。新興感染症のパンデミックは繰り返し人類を襲うことは歴史が証明しています。今後も、今回の経験を活かし、将来のパンデミックに備えた活動を続けていく必要があります。そうした、パンデミックへの各国の対応を規定する新たなパンデミック条約の締結に向けて、現在、加盟国における議論が続けられています。各国の利害が対立する内容も含まれるため難しい調整が続いていますが、5月のWHO総会までにまとまることを期待しています。

AIやデジタル技術の活用も

近年、国際保健分野では感染症パンデミックのほか、気候変動や人道危機などによる健康リスクをできるだけ少なくするため、医療体制の強化と危機時に必要な医薬品や医療材料などへの適時のアクセス確保が大きな課題の一つとなっています。中でも、人工知能(AI)やデジタル技術を積極的に活用し、医療体制の脆弱な地域でのアクセス改善につなげる取り組みも盛んです。

日本でも急激な高齢化のため医療介護サービス制度の運営が難しい状況になってきています。また、急激な高齢化は中国やアジアで主流に、その後はアフリカで主流になることが予想されています。WHOが創設された1948年、世界の平均寿命は48歳でした。それが、2019年には73歳にまで延伸しています。これは、WHOだけでなく様々な機関による保健課題への取り組みの成果と言えると思います。

WHOへの2回目の派遣では、ライフワークに変化がありました。日本は医療保険制度があり「実用化」とはすなわち薬事承認をとり保険収載することができればほぼ達成されるのですが、途上国には日本のような保険制度はありませんので、いわゆる実用化のその先に、アクセスを確保するための取り組みが必要になります。今回、そこもライフワークに含まれることになりました。アクセス確保のためには、保健省だけでなく、経済成長や教育水準の向上といった面でも関係省を巻き込んで、総合的に健康課題に取り組む体制づくりが重要になります。健康課題の重要性を理解し、必要な対応を国の優先政策に位置付けて推進してもらうためです。各国にそうした戦略を助言するのもWHOの重要な役割のひとつになります。なお、途上国の方が積極的にAIやデジタル技術を活用する素地がありますので、新たな技術を医療に活用するためのガイドラインの提供もWHOの重要な仕事になります。

日本も今後、過疎地や医療人材の不足がさらに深刻化することが予想されており、そうした状況下での医療体制を考える上でも、日本でもAIやデジタル技術を活用した柔軟な仕組みを考えていく必要があると思います。今後も、WHOでの経験が日本の保健医療政策に活かせるよう、新しい課題にも積極的に取り組んでいきたいです。

医系技官に興味がある方にメッセージを

直接、患者さんを診るのとは大きく質の異なる仕事になりますが、医系技官は、病気にならない環境を作ることができる仕事だと私は思っています。スクリーニングの仕組みと医療情報の活用推進、データの活用による先制医療、エビデンスに基づく介護予防、貧困を防ぐ社会保障制度や医療保険制度の充実といった様々な取組を通じ、根本から人々の健康と暮らしを守る仕事でとてもやりがいがあると思います。一度実際に話をきいてみることをお勧めします。

世界保健機関本部 事務局長補 (医薬品・医療材料アクセス担当) 中谷  祐貴子