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医師の働き方改革
- #02医系技官 座談会
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医師の働き方改革
令和6年4月、医師の働き方改革の制度がいよいよ始まりした。制度施行にあたり、多くの課題がありました。平成30年の労働基準法改正、令和3年の医療法改正、そして令和6年4月の制度施行まで、これらの課題に立ち向かい、歴代の担当者がバトンをつないだ一大プロジェクトの舞台裏をご紹介します。
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医政局 医事課
医師等医療従事者働き方改革推進室長
(2017年8月~2019年7月)堀岡 伸彦HORIOKA Nobuhiko -
医政局 医事課
課長補佐
(2017年8月~2019年3月)石丸 文至ISHIMARU Bunji -
医政局 医事課
医師等医療従事者働き方改革推進室長
(2021年1月~2022年6月)福田 亮介FUKUDA Ryosuke -
医政局 医事課
医師等医療従事者働き方改革推進室長
(2022年6月~現在)佐々木 康輔SASAKI Kousuke
令和6年4月に始まった医師の働き方改革。
働き方改革が始まった経緯を教えていただけないでしょうか?
堀岡
平成27年に労働基準法が改正され、すべての労働者について、労働時間の上限規制が始まることが検討されていました。地域医療を献身的に支えている医師の長時間労働と一方で働き方自体はしなければならないというバランスの中でなんとか5年間の猶予規定をもらい、どのような規制を適用すべきか、在り方も含めて議論すべきということになりました。ただ、そこに至る過程では、省内でも、地域医療を守らなければならない旧厚生省の考え方と、労働者を保護しなければならない旧労働省の考え方との間でも相当な議論があり、方針を資料として示したり、国会で方針を説明したりする時には、本当に直前まで様々な調整が行われていたことを思い出します。医政局内では、その検討のために新たに医師等医療従事者働き方改革推進室ができ、自分が最初の室長になりました。
石丸
堀岡さんと同じ時期に医事課の課長補佐で、医師の働き方改革の担当をしていました。新たに検討会を立ち上げることとなり、そもそも、医師は労働者なのか、そもそも労働時間規制をすべきなのか、根本的なところから、担当者全員が労働基準法の逐条解説や、様々な判例を調べるところから検討が始まりました。医師には特別なルールが必要なのか、応召義務など医師の労働には特殊性があるのか・・・、自分が担当していた医師の需給や偏在の対策とも相まって、毎週のように省内のみならず、様々な医療関係団体等の関係者と議論を続けました。自分は、入省前から、医師の自己犠牲により成り立つ医療システムではダメだ、と感じていたこともあり、「医師の働き方改革」は特にやりたかった仕事の一つでした。とても大変でしたがやりがいがありました。
働き方改革の意義をどう考えていますか?
堀岡
「医療従事者の自己犠牲により成り立ってきた医療提供体制からの脱却」がまさに、検討の合言葉でした。わが国の医療は、特に若い世代の医師を中心とした長時間労働に支えられてきました。当時はどの医師がどれだけの時間働いているか労働時間管理すら十分に行われていないことも多く、それでは、働き方改革に手を付けようもない。まずは、すべての病院で労働時間を把握する。これは、猶予規定と関係なく、労働基準法上の義務でもあり、まずは、これを進めることが一丁目一番地でした。他方で、一気に改革を進めると地域医療が崩壊するのではないかという懸念の声は極めて多く、そうした中においても、医師が十分なトレーニングをつみながら、健康で充実して働き続けることができるような社会を目指していくにはどうすればよいか、関係者全員が働き方改革について議論するようになったこと、これが一番の意義だと思っています。
福田
医療従事者の働き方の現状や現在・未来の医療提供体制、医療界だけでなく社会全体の状況を踏まえれば、医師の働き方改革は避けては通れない道だったと思います。ある意味ではパンドラの箱だったと思いますが、医師や行政を含むすべての関係者がこの問題に向き合ったこと自体、大きな意義だったのではないでしょうか。
佐々木
働き方改革を通じて、医療現場は必ずより良いものになると思っています。制度施行直後の今は、その対応に追われていますが、B・C水準の先生は当直明けには必ず帰らないといけなかったり、年間の時間外労働をみんなで工夫して短くしないといけないことは、私が臨床研修や脳外科の専門研修で、睡眠不足で眠りそうになりながらヒヤリハットを何回も体験したことを思うと、医師にとっても患者さんにとっても絶対より良い医療につながっていくと思います。
令和3年4月働き方改革の医療法改正や令和6年4月施行に向けの取り組み。これらはどのようなものですか?
福田
働き方の担当になったのは2020
年末からです。働き方改革の検討会の内容が盛り込まれた法案が国会で審議され、令和3年4月、改正医療法が成立しました。年間の時間外休日労働時間の上限が960時間であるA水準、やむを得ずA水準を超えざるを得ない場合の水準(上限1860時間)である地域医療確保暫定特例水準(B・連携
B水準)、集中的技能向上水準(C-1・C-2水準)の枠組みとなるところまでは決まっていた。逆に言うとどう運用するかとか、現場の実態がどうかっていうところがまあ全く分かってなかったっていうのが、最初の状況でした。医療機関においてこうした働き方を実現するための医師の健康確保措置や労働時間短縮のための計画の策定など詳細な検討を進めていきました。ちょうど、新型コロナウイルス感染症が拡大していた時期でもあり、労働時間短縮のためには、ICT等を用いた業務効率化や育児等をしながらでも働き続けられる環境整備、タスクシフト・シェア(他職種への業務の移管・業務の共同化)などの取組を進める必要がありますが、令和6年4月に医師に上限規定を適用しても良いのか、相当な喧々諤々の議論がありましたが、最初の目標通り、期限までに絶対に準備を進めてやろう、ということとなりました。
佐々木
働き方の担当になったのは2022年からです。引き継いだ時は、制度の詳細もようやく決まり、各医療機関でのコロナ対応も安定して、取組をいよいよ進めてもらえるというところでした。ところがその際の一番の課題は、労働時間短縮により医療提供体制への影響が生じないように進めることでした。これまで3人でなんとか支えてきた中小病院の外科から、一人異動や定年でいなくなる。残った2人には労働時間上限があるので、当直医やタスクシフトをする医療従事者を雇ったり、あるいはICT機器を導入するなど、新たな人材を探す労力や費用が必要になります。こういったことが各地で起こるので、2024年に向けて、働き方改革に伴う経費に対して基金事業で支援しながら、毎日各都道府県の担当者に電話し、あるいは都道府県に足を運び、困っている病院や地域への対応を関係者で一丸となって行ってきました。
働き方改革を振り返って、印象に残ったことはありますか?
石丸
診療に従事する医師については、2024年度から上限規制が適用されるものの、適用される上限時間等については、一般の上限である時間外労働月80時間(年960時間)超の医師が全体の40%程度、その約2倍の年1860時間超の医師が全体の10%程度いることから、一部の病院ではこの年1860時間が上限時間となりました。ただし、2036年までには、働き方改革とともに、いわゆる「三位一体の改革」と言われる、医療機能の集約化等を行う地域医療構想や、地域枠や専門医シーリングなどの強力な医師偏在対策を進めることで、一般の上限時間である年960時間まで下げていくことが求められています。こうした改革を一気に進めなければならない、ということは、医療の質の向上や、医療提供体制の持続可能性にもつながります。
堀岡
時間外労働を行わせるには、必ず労使間で、命令できる時間外労働時間の上限などについて締結しておかなければならないのですが、相当数の病院では、それすら結ばれていなかった。大学における「無給医」の存在も、多く報道もあった。そこから、働き方改革のみならず、医師の偏在対策なども含めてですが、こうやってアクセルが踏まれたことで、10年も20年もかかったかもしれない改革が進んだと思っています。現在、私は文部科学省医学教育課に出向して、医学部や大学病院の担当をしていますが、この働き方改革をきっかけに、今度は医学教育・研究をどうするのか、また、地域の医療政策においても大学病院を巻き込む重要性を感じています。
福田
いっぱいありすぎますが、2つ。ひとつは、医師の働き方に向けた労働時間の管理や短縮に向けた進捗が、あまりよくわかっていなかったこと。働き方改革を「できる!」「むりだ!」といった声は法案成立後も多くありました。ただ、どちらかというと気持ちというか、あまりデータに基づいたものではありませんでした。実態はどうなのか、課題は何なのか、という地に足をつけた議論をするため、実態調査を繰り返し行ったことは、大変でしたが、施行をするうえで重要だったと思います。
それからもうひとつ。働き方改革を進めるにあたって、医療提供に支障がでるのではないか、医師の技量や研究に長期的には負の影響があるのではないか、そうした懸念の声が強くありました。今もあると思います。印象に残るというか、責任が残るというか、引き続き考えていかなくてはいけない部分だと思います。
佐々木
おそらく福田さんの時代には、「むりだ!」の声が多かったのではないかと思います。2022年の着任直後の病院長の先生方とのディスカッションでは、制度に関する沢山のご指摘を頂き、「もう一度制度を見直すべき」という働き方改革に反対の声もありました。それでも、都道府県や大学、病院の先生方と何度も議論を交わし、制度施行に向けて予算措置や研修・助言等を繰り返すことで、2024年の施行直前の同じディスカッションの場では、これからいかに労働時間短縮に向けて工夫できるか、という議論に終始しました。このときの議論で、2年間での医療界の変化が垣間見えたことがとても印象に残っています。働き方改革の達成に向けてまだまだ課題はありますが、こういった議論や対策を積み重ねていけば、より良い方向に進んでいけると思っています。
働き方改革における医系技官の役割はなにでしょうか?
堀岡
2019年度に医療機関で働くすべての人を対象に、時間外労働の上限規制が導入されるとなったとき、医師は、昼夜問わず、患者への対応を求められうる職業であり、医療現場の持続可能性がないと、結局はいつか医療が崩壊すると思っています。医療現場にいたことがある医系技官だからこそ強く信じています。
石丸
「役割」とは異なるかもしれませんが、私は、その後リクルートの担当をしたこともあり、必ずしも、現場の人よりも現場に長けているわけではなく、法令を専門にしている職種でもない、ある意味「医系技官」の存在意義について質問されることが多くありました。もちろん、専門性を持つ総合職という意味で、いくらでもそれを説明することはできますが、やはり、施策を進めていくうえで大事なのは、関係者との「信頼関係」だと思っています。多くの関係者から、これをやった時の担当者が誰で、毎日のように議論をした、というような話を耳にします。もちろん、その時々で、うまくいったことも、いかなかったこともあると思いますが、医系技官は、こうして脈々と積み上げられてきた「職種」としての信頼関係があり、それを、次の担当者につなげていかなければならない、これを忘れずに仕事をしていくことが重要なのだろうと思っています。
福田
厚生労働省で働くと様々なステークホルダーと議論しながら施策を進めていくことになります。働き方改革に関しては、このプロセスが特に険しいものでした。例えば同じ「医師」であっても、若手、中堅、管理者、研究をメインでする医師、身を削ってでも長く働くことをいとわない医師、ワークライフバランスを優先する医師など、働き方に抱く思いはさまざまです。さらに当然その先には、医療を受ける国民があるわけです。石丸さんの話と同じ趣旨かもしれませんが、丁寧に議論し、そうしたバランスを取りながら制度を形作っていくことが医系技官に求められた役割のひとつだったと思っています。
佐々木
そのほか、例えば不眠不休の現場を経験しているからこそ、医師の働き方改革の重要性を実感でき、病院の先生方ともその必要性を十分に共有しながら取組をお願いできたことで、各病院での働き方改革をより一層進めていただけたように思います。
医系技官を目指す人へメッセージをお願いします。
堀岡
日本だと少ないですが、私たちはいわゆるテクノクラート(技術官僚)です。諸外国でも医療政策を立案する現場には必ず医系技官がいます。もちろん何十年も活躍している現場の医師とは天と地の差ですが、我々は誰でも最低数年間は瀕死の救急患者を診療した経験、当直で眠れなかった経験、外科や救急科がどのような過酷な勤務をしているのか身をもって経験しています。そのような経験を持った上で、法律専門職の知識や予算、行政の仕事のやり方を覚えることが必要不可欠です。絶対的に正しいと信じられるような政策でも民主主義の世界の中で形にするには嫌になるようなこともたくさんあります。しかし、官僚の中で医療の世界で曲がりなりにも実務を経験していることはかけがえのない財産です。今いる臨床、研究、教育どの現場でもいいですが、目の前の仕事に全力投球していれば、必ずその現場で政策のことを思うことがあるはずです。その時に「評論家」ではなく、政策の「実践家」として関わりたいと思えば是非仲間になってください。
石丸
医師の働き方だけでなく、医療だけでもなく、社会保障だけでもない。国という高みから、視野を広げて見てみると、もし、解決することができれば、日本をもう1歩前に進めることができる課題が山積しています。医師としての知見も活かしながら、国という最高の舞台で、最高のメンバーとチームを組んで、世界で最高の国を目指す。その先には、きっと、最高のやりがいが待っています。
福田
私たちは役人です。この医師の働き方改革に携わったメンバーもそうであるように、積み重ねられた議論や経緯をもとにさらに進めていく役割を務め、次に渡す。医師の働き方改革は施行しましたが、働き方の実態がどうかわったか、医療提供体制はどう変わっていくか、本当の意味が問われるのはむしろこれからです。やる気あふれる皆さんにぜひその役を担っていただきたいと思います。
佐々木
この長い議論に最後まで付き合って頂けた皆さんは、熱い志を持った公衆衛生医師だと思います。ぜひ私たちの輪に入っていただき、医師の働き方改革のような、日本の未来により良い医療を届けられる政策を、一緒に考えて実現していきましょう!