伝説の医系技官

- 東 龍太郎
- あずま りゅうたろう
オリンピック知事
今年は東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。 1964年のときは、医系技官の先輩の東龍太郎さんが都知事でした。 東さんは、1946年に厚生省(当時)が改組された際に初代の医務局長となり、翌々年には現在の医療行政の基礎となる医師法、医療法などを制定した後に退官し、東邦大学長などを経て都知事となり、東京五輪を誘致、五輪後は日本赤十字社長も務められました。 現在、東京オリンピック・パラリンピックに向けて、医系技官は3つの立場で準備を進めています。今日はそれぞれの立場で、どのような関わり方をしているか語ってもらいましょう。
佐々木:まず宮本さんに伺います。
いわゆる「組織委」で、どのようなお仕事をされてますか?
宮本:東京2020大会の保健医療サービスとアンチドーピング活動の準備を担当しています。保健医療の分野では、選手や観客など大会に関わるすべての方に必要な医療サービスを提供することになっており、その準備を進めています。また、感染症対策などの保健分野の取り組みも大切な役割になっています。アンチドーピング活動としては、クリーンな競技環境づくりをおこなうための普及啓発や、対象となった選手からの検体採取を行うためのスタッフの確保、専用検査センターの立ち上げなど、多岐にわたる内容に取り組んでいます。
佐々木:続いて山本さんに伺います。
これに対して政府の「オリパラ本部事務局」では、どのようなお仕事をされてますか?
山本:政府は、東京大会に向けて、協力・支援を行うという立場であり、内閣官房では、省庁横断的な主要課題について、各省との調整の下、推進しています。その中で、私は、暑さ対策や感染症対策、受動喫煙防止対策など、人の健康に関わる業務を担当しています。
佐々木:なるほど。厚生労働省でも、お二人と呼応するように、医療体制や公衆衛生体制の整備を進めています。
医療と公衆衛生で言えば、東さんが医務局長の頃の公衆衛生局長も、医系技官の先輩の三木行治さんでした。三木さんは、後に岡山県知事となりましたが、知事4期目の途中、東京五輪のわずか19日前に亡くなってしまいました。
NHKの「いだてん」の番外編みたいな話ですね。
先ほどはお二人から仕事の内容を伺いましたが、医系技官ならではの工夫も、お聞かせいただけますか?
宮本:大会準備の中で医学的な知見が必要になる場面があります。例えば、東京2020大会では、選手の熱中症治療の治療手段として、氷を入れた水槽の中で選手の体温を急速に冷ます治療法を準備しています。競技会場でこのような治療を大規模に行うのは、我が国では初めてのことで、医師としての知識と経験が役立っています。
山本:東京大会に向けた感染症対策に関する推進計画をとりまとめましたが、厚生労働省や東京都、組織委員会と的確に調整するには、これまで医系技官として培ってきた感染症の知識や制度面での十分な理解が不可欠だったと思います。
佐々木:確かに医系技官の強みは、多角的に物事を捕らえ、分析できることですね。
それでは行政か臨床の経験があるからこそ、気付いた点があればお聞かせください。
宮本:これまで技官として勤務した経験を通じて、保健や医療の分野で活躍する多くの方に知り合うことができました。この度の東京2020大会の準備では、これまでにお世話になった多くの先生方のお力を貸していただくよう、ご相談し、多くのご支援をいただいています。このようなご支援がなければ、準備もなかなか進んでいなかっただろうと思っています。
山本:行政では、内外の多くの方の力を結集して一つの仕事を成し遂げます。東京大会に向けても、多くの関係者のご支援、ご協力を得ながら業務を進めています。
佐々木:最後に、東京オリンピック・パラリンピックに向けた抱負をお聞かせください。
宮本:組織委員会で働くことは、これまでに技官として蓄積した経験や知識を生かすことができること、多様なバックグランドを持つ多くの方と一緒に活動できることが魅力です。多くの方の協力もいただいています。組織委員会スタッフ、協力いただく医療スタッフ、大会ボランティアみんなの力で、東京2020大会を成功に導きたいと思っています。
山本:内閣官房でも、省庁や自治体、民間といったバックグラウンドの異なる多くの出向者とともに仕事をしています。大会成功に向けて、関係先と連携を図りつつ、国として対応すべき課題に全力で取り組んでまいります。
佐々木:我々の仕事は、オリパラ全体からすれば目立たないかも知れませんが、不可欠です。
医系技官の誇りにかけて、成功するよう最善を尽くすことを改めて互いに誓い合い、「伝説の医系技官鼎談」を終わります。
